ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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負けるとダムへの襲撃はどうでも良いとなったり、ミッション中は解放戦線側から一切の通信もない疑問が疑問を呼ぶミッション


多重ダム防衛/一羽の考察記録[二]

(バートラム旧宇宙港、とうとう……)

 この惑星の情報網を辿って得た情報。アーキバスがヴェスパーと独立傭兵を使って、惑星封鎖機構の拠点へと襲撃を仕掛けた。それに対し、惑星封鎖機構は無人機の怪物を解き放った。アイスワームと呼ばれるそれは、現存のどの企業にも、封鎖機構のデータベースにすら存在しない物だ。恐らく、喪われたルビコン調査技研の兵器の一種であるだろうと考えられる。

 だが、そんなことはどうでも良いのだ。問題は、それが起きたということは……。相棒と呼べる女性の運命の日が迫ってきているのだ。死を定められた日というものが……

「そんなこと……」

 認めたくないと、唇を噛む。そうならないためにも、大きく動くことは出来なかった。バタフライエフェクトによる、予測できない展開だけは回避しなければならなかった。だからこそ、全てにおいて後手に回るしかなく、起きたことに対して思考を巡らせることしか出来なかった。具体的な解決策は、何も浮かばないまま。

「オリヴィア」

 名前を呼ばれて振り向く。そこには、短い黒髪に赤い瞳の女性の姿――。正に、自分の死が定められていたと語った彼女の姿があった。

「ソフィー……」

「アーキバスが、バートラム旧宇宙港で派手にやった。そうでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「なら、そろそろね」

「……」

 彼女はまだ、冷静だった。普通ならば、取り乱してもおかしくないのだというのに。自分が、死ぬのかもしれないと。

「でも、どうするつもり? このままじゃ……」

「分かってる。だから、これからは()()()()()()()()()

「え……?」

 彼女は、最後まで諦める姿勢を見せないようだった。

「ここまで、私の記憶通りに来た。変えるなら、今よ。私単機で挑んだから、私は負けた。今度は、“ブランチ”としてあいつに挑むつもりよ」

「“ブランチ”として……? シャルとキングがいれば、確かに違うのでしょうけど……」

「とはいえ、シャルやキングがいたところで()()()()()()()()は十分にあるわ」

「そんな、あの二人まで道連れにするつもり!?」

 思わず声が荒くなった。相棒を喪うのは御免だ。それに加えて、仲間まで失う可能性まであるのだとすれば、話は別だ。自殺の犠牲者を増やすなんて、ナンセンスだ。

「あの二人も巻き込むから、なるべく現場は派手な方が良いわね。解放戦線の連中にも打診しておこうかしら」

「ソフィー! 自棄になって――」

 制止するように彼女の手が差し出される。赤い瞳を見れば、そこに諦めている様子はない。無論、自棄になっていないことも。

「……仮に彼らの手を借りるとして、どうやって借りるつもり?」

「そうね。外見上の名目が欲しい。シュナイダーの繋がりも利用して、シュナイダーの依頼でシャルとキングが、解放戦線を襲撃している。そこを、あのレイヴンに二人の撃破の依頼をして貰うというのは? 襲われる解放戦線は、無人機の学習を積ませればいい」

 それならば、解放戦線側の不利益は発生しない。それどころか、シャルトルーズとキングの戦闘データを無人機に学習させるという多大なメリットを与えている。フラットウェルも首を横には振らないだろう。依頼方法も、上手く身内を騙してやってくれそうではあるが……

「シャルとキングには?」

「ブランチとして、あのレイヴンを試す。それは伝えて良い。それなら、あの二人も本気で戦うだろうし、引き際もわきまえるでしょ」

「……伝えないのね」

「ええ、余計な雑念をあの二人には抱いて欲しくないから」

 あくまで、あのレイヴンを試す。そのためだけに舞台を整えて一芝居をするのだと。レイヴンを名乗る少女は、確かに頭角を露わにしてきた。だからこそ、()()()()()()()であるカラスの名を継ぐに相応しいかを見極める必要がある。名の引継ぎとも言える儀式は、ブランチ総出で対応するには十分な理由だ。あの二人を動かす理由にもなり、秘密裏にブランチと共謀しているフラットウェルも理解を示してくれる矜持でもある。だが今回は、目の前の女性が生き残れるか否かという賭けであることを隠すカモフラージュが主な理由だった。

「――分かった。貴女を信じるわ」

「ここまでやってどうしようもならないなら、私の運気と詰めが甘かっただけよ。さて、そうと決まれば、ナイトフォールだけじゃない。アスタークラウンとアンバーオックスにも、全力を出して貰わないと困る。あのカラスを試すのだから、()()最終チェックをやるわ」

「ふふ。アーキバスの()天才アーキテクトでもあった貴女の調整なら、あの二人も甘んじて受けるでしょうね」

 一世一代の賭け。少しでも成功率を上げるためにも、整えられるところは整えたいというのが彼女の心境なのだろう。元とは言ったが、目の前の彼女が、脳や身体に改造を加えるのが当たり前になった世の中で、一切の改造を加えることなく改造者たちに食らいつける本物の天才であることは確かだ。

「それじゃあ、早速段取りを整えるわ」

「ええ、お願い」

 たった二人の、大きな流れに逆らおうとする叛逆が始まろうとしていた。

 

 

 バートラム旧宇宙港にて突如として現れた怪物――。アイスワームという名を持つ技研の怪物に対し、アーキバスとベイラムは共同への方向を示し、あの怪物を倒すための策があるとカーラの連絡を受けたその時だった。

〈新着メッセージ、一件〉

「……? 再生して」

 このような緊急事態だ。アーキバスかベイラムから早速仕事が届いたのだろうか。だが、その送り主は意外な組織からだった。

〈独立傭兵レイヴン。すまないが、緊急の依頼を送らせてもらった。独力で解決できず心苦しいが……。おそらく貴女にしか遂行できない。まずは内容を確認してみてくれ〉

『今のは、解放戦線の……』

『どうしたんだろう……』

 ルビコン解放戦線からの、緊急の依頼。アーキバスとベイラムがアイスワームに対する対抗策が生み出されるまでは、地団駄を踏まざるを得ない。カーラの依頼も、目の前の障害を取り除く策となるならば受ける必要があるのだが……。彼女の雰囲気からして、こちらの都合に合わせると言ったものが読み取れた。そうなれば、少しだけ優先度を下げても問題無いだろう。となれば、アーシルから送られた依頼が優先度が上がる。ベイラムどころかアーキバスからも緊急の依頼もない。エアと二人で、解放戦線からの依頼の内容を確認することにした。

〈独立傭兵レイヴン、貴女に引き受けてもらいたい作戦がある。内容は、ベリウス地方。ガリア多重ダムの防衛。アーキバスは惑星封鎖機構との戦いと平行して、我々ルビコニアンに対する弾圧も強めている。ルビコン全土の実効支配に向けて、布石を打とうと目論んでいるのだろう……〉

 アイスワームを前にして、目の前だけでなく多方向に目を向けている。場が混乱している今こそ、解放戦線は反撃に打って出たい。だが、それをアーキバスが許すことなく圧をかけ続けている。と言ったところだろうか。

〈奴らは今回の作戦に対し、ランカー上位の独立傭兵二名を投入した。ACアスタークラウンおよびアンバーオックス。二機による同時襲撃に備えなければならない。……知ってのとおり、我々には手札が乏しい。貴女の助力が得られることを願う〉

 これは、確かに切実な状況だった。アリーナの上位ランカーというだけでも実力が保証されているものだ。そんな彼らに対する対抗策は、彼らに所属している中でも上位の実力を持つミドル・フラットウェル、リング・フレディ、彼らに協力しているという風変わりな独立傭兵六文銭を出撃させること。

 だが、フラットウェルという重鎮に万が一があってはならない。リング・フレディも六文銭も、上位ランカーに対して抵抗出来るかと言われたら別問題になる。こちらの()()()()によって、壊滅は回避されたガリア多重ダム。ライフラインは何としてでも死守したい。アーキバスが腕利きの独立傭兵を送ったのだとしたら、同じように腕の立つ傭兵をぶつけるしかない。それが仕事ならば、やるまでだ。

『……アリーナの上位ランカー二名が相手です。気を引き締めて行きましょう、レイヴン』

『そうだね』

 ウォルターとカーラに、緊急の依頼が入ったと報告した後に準備を整えて出撃することにした。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

『始めましょう、レイヴン』

 ガリア多重ダムの、作戦エリア内で最も高い変電施設付近に降下される。戦闘は既に始まっており、砲火が飛び交っている。情報を集めただろうエアが視覚にウィンドウを展開してくれる。

『アスタークラウンのパイロット……。識別名、キングの作戦成功率は八九.六%。その極めて高い技量から、完成された傭兵と称されます』

 アスタークラウン。四脚ならではの積載量を振るったシールドと三連レーザー砲を持つ機体。両手に持つバーストハンドガンとリニアライフルによって、相手の動きを確実に止め、レーザー砲を喰らわすと言った戦い方だろうか。四脚の滞空性能と強固なシールドによって、護りにも抜かりはない。完成された傭兵と呼ばれるのは伊達ではないのだろう。

『一方、アンバーオックスのシャルトルーズは正面突破と火力集中では比肩する者なく、()()()()()()()()女性傭兵として恐れられています』

 アンバーオックス。武器は火力を重視したレーザーライフル、バズーカ、レーザーキャノンにグレネードだ。そして、あまり見る事のないホバータンクだ。タンクならではの強固な防御性能に加えて、そこに滞空性能が保証されている。相手の狙いを翻弄した上で、自分は強力な火器を撃ち込むという戦い方なのだろう。

 どちらも、強敵だ。そこに、二機が合流してしまえば完成された前衛と後衛でこちらの撃つ手がなくなる。幸いにも、解放戦線の戦力に対応しているからか、今は両機とも二手に分かれている状態だ。合流される前にどちらかを倒す。そうしなければ、勝機はない。

『目標を迎撃してください』

『了解』

 どちらから相手取るか。ブーストを噴かせ、最寄りの対象へと近付いていく。見て来たのは、四脚タイプのACだ。レーザードローンを放ち、解放戦線のMTと戦うアスタークラウンにアサルトライフルとリニアライフルを撃つ。

〈お前がレイヴンか。敵として、その名を再び聞くことになろうとはな〉

 四脚のホバリング状態のアスタークラウンに対し、こちらはなるべく相手の真下を陣取るように雪原を滑りながら頭上の強者に向けて撃ち続けていく。

〈シャルトルーズ、優先順位は分かっているな? まずはこいつを叩く〉

「やっぱり、二人組――。っ!」

 たまたま居合わせただけの傭兵同士、という淡い希望は打ち砕かれた。ACS負荷限界で止まるアスタークラウンにパルスブレードを振るうも、アサルトアーマーによる反撃を受けてしまう。

 アスタークラウンとアンバーオックス。もし、この二機が既知の間柄だと言うならば、恐ろしいことになる。アスタークラウンが前衛に立ち、その後方でアンバーオックスが強力な火器を撃ち続ける。この二機の構成の相性の良さに加え、パイロット同士が信頼関係のあるコンビネーションを発揮されては、本当に勝ち目が無くなる。急いで、目の前の強者を迎撃しなければならない。

〈相変わらずだね、キング。その偉そうな口ぶり、友達なくすよ〉

〈仕掛けるぞ、シャルトルーズ!〉

〈偉そうにしない!〉

『レイヴン、挟撃されないように注意を!』

 制御を取り戻し次第、即座にクイックブーストで距離を取り、パルスアーマーを展開する。アスタークラウンから、リペアキットの排出が見えた。

〈しかし、聞きおよぶ以上の実力だな……。この圧力、あいつを相手にした時以来か……!〉

 再度レーザードローンを展開し、射撃戦を継続する。左肩の強力なシールドにこちらの射撃は遮られるが、レーザードローンはその隙間を掻い潜ってくれる。だが、パルスアーマーの切れ目を狙ったチャージされたリニアライフルの一射に再度ACSが負荷限界を迎える。幸い、レーザーキャノンは冷却中だったからか撃たれることは無かった。リペアキットを使用し、体勢を整える。

〈この感覚……。戦意を内に秘めるタイプか。これまでのレイヴンと似ているかもしれん〉

〈またそうやって人様を上から評価する……〉

『……。これまでの……、レイヴン……?』

「……」

 これまでのレイヴン。このライセンス。もとい、レイヴンという名前は引き継がれて来たものなのだろう。それを、キングは、恐らくシャルトルーズも知っている。ただの相棒というよりは、キング、シャルトルーズ。そして、レイヴンによるチームであった可能性も高い。彼らからすれば、チームの仇討ち、勝手にチームの一員の名前を使うこちらに対する報復か。いずれにせよ、ただアーキバスから依頼を受けたという訳ではなさそうだった。

 アンバーオックスの拡散レーザーキャノンを避けつつ、アスタークラウンへの攻撃に集中する。アンバーオックスの火力は本物だが、その一撃一撃は連射が効かない。迫る射線を避けるだけでいい。その間にも、二丁のライフルとレーザードローンの展開を止めない。こちらの一射が、シールドの耐久度に限界を迎えさせた。止まるアスタークラウンにレーザードローンが一斉に攻撃を加えていく。アスタークラウンに近付き、パルスブレードを振るう。それと同時に、アンバーオックスの拡散レーザーキャノンの一撃を頭上から受ける。だが、関係ない。パルスブレードの二撃はアスタークラウンに当てることが出来た。すぐに距離を離したアスタークラウンに向けてアサルトライフルとリニアライフルを向け、トリガーを引いた。

〈強いな……、名に恥じぬ……、戦い――〉

〈キング! 気取ってる場合か! 離脱を……! クソッ!〉

『AC、アスタークラウンの撃破を確認』

 これで脅威の片割れが立ち去った。あとは、目の前のアンバーオックスに集中するだけだ。これまで通りに、相手の火力に気を付けながら戦えば良い。

『!? 待ってください、新たな機体反応!』

『なっ、誰……!?』

 こんな状況に、一体誰がこの戦いに介入しようとしているのか。痺れを切らしたアーキバスか、漁夫の利を狙ったベイラムか、それとも――

()()()()、通信は聞こえてる……?〉

 それは、アサルトブーストを噴かせながらこちらに向かって飛んできている。RaD製の探査用パーツ。されど、一定の耐久度と扱いやすさを兼ね備えた質の良いものだ。

(あの、機体……。どこかで――)

 夕焼けの空。数多の残骸の中でたった一機で立っていた、絶対的な強者。こちらを見定めるべく立ちはだかった――

〈あの二人を同時に相手にするなんて……。あなたの偽物は相当やるようね〉

〈そうでなければこの惑星の、あらゆるやつらから引っ張りだこにならないでしょ〉

 胸を締め付ける、懐かしい声が耳に入る。

〈――それもそうね。見せてもらいましょう。借り物の翼で、どこまで飛べるか〉

『レイヴン!』

「っ!」

 アラートの音に現実に引き戻され、迫る拡散レーザーをクイックブーストで回避する。一対一で戦えると思っていたところで、もう一機が現れたのだ。後から現れた機体――。ナイトフォールがこちらまで合流するまでまだ時間がある。それまでに、アンバーオックスを撃破あるいはダメージを与え続けなければならない。パルスアーマーを展開して、少しでも被弾を抑えていく。

〈強化人間C4―621。“レイヴン”の名を返せとは言いません。ただ……、あなたにその資格があるか。見極めさせてもらいます〉

 ナイトフォールとの接敵まで、約三〇秒。それまでに、アンバーオックスをどうにかしなければならない。幸いにも、アンバーオックスがACS負荷限界に追い詰めることは出来た。パルスブレードの二撃を与えていく。アンバーオックスとカサブランカ、双方がリペアキットを排出していく。

〈こいつ、普通じゃない……。第四世代の強化人間なんて、アンティークじゃないの……!?〉

〈……お待たせしました、シャルトルーズ〉

〈やっと来たわね、お嬢様……! キングの馬鹿ならもういないわ。気を抜くとやられるわよ!〉

 アンバーオックスがパルスアーマーを展開する。だが、もう少しでアンバーオックスを落とせる。パルスブレードの二撃を与えることが出来たのが大きい。レーザードローンと実弾による二丁のライフルの銃撃を続ければ、合流される前に倒せるはずだ。再度パルスブレードを振るい、パルスによる護りを破壊していく。

『あの機体、あなたのライセンス……。その本来の持ち主ということでしょう。おそらく……、偶然ではありません』

『そうかもしれない。でも……!』

 ホバータンクという特殊な構造故か、こちらの実弾とレーザードローンによって再度アンバーオックスの動きが止まる。止めることなくアサルトライフルとリニアライフルを撃ち込んでいけば、レーザーの一射が確かにアンバーオックスを射貫いた。

〈なんなの、こいつ……!〉

『AC、アンバーオックスを撃破』

〈……シャルトルーズ、あとは任せてください。二人を……、退けるとは……!〉

『レイヴン、あと一機です!』

「くっ!」

 その瞬間、アサルトブーストで飛んできていたナイトフォールによるブーストキックがカサブランカの胴を蹴り飛ばし、小型連装グレネードを放ってくる。クイックブーストを噴かせて、直撃は避けた。

 一体一となった、白の機体と宵闇の機体。互いに、牽制のための双対ミサイルとレーザードローンが宙を舞い、実弾が飛び交っていく。どちらかが体勢を崩せば、左側に装備している近接兵装が一気に刈り取りに来る。自然と、距離を保った撃ち合いが主となっていく。ナイトフォールから、リペアキットが排出された。

〈……()()()()()、良い勘をしているわね。お前は〉

〈“レイヴン”とは意思の表象。相応しいのは、選び戦う者だけです〉

「あなたは、一体――。う、ぐぅ!」

 語り掛けてくる、懐かしい声。この懐旧の感覚は分からない。ナイトフォールがACS負荷限界で止まるも、近接兵装での追い打ちは避けた。近付けば、反撃を喰らう。その()()が働いた。だが、体勢を立て直したナイトフォールのアサルトライフルがこちらの動きを止める。止まったこちらに対しアサルトブーストを噴かせ、炸薬量を抑えた素早い鉄杭の一撃を喰らってしまう。最後のリペアキットを使わざるを得なかった。

『思考パターンの乱れを観測……。今は戦いに集中を、レイヴン』

『分かってる……!』

 もう一度、あの一撃を貰えば防御手段も回復手段も失ったカサブランカでは勝ち目がない。近距離戦を行わず、ライフルの射程を維持した護りに徹した戦い方をするしかない。ここで、倒れるつもりはない。

〈……どんな手段でも最後には勝ちを取っていく。その生き汚さ、嫌いじゃない。()()が定まれば、どこまでも飛んでいけるのでしょうね〉

〈……ええ、“レイヴン”。私も感じてるわ。この傭兵には可能性がある……〉

『……。選び戦う……、意志……』

(ワタシは――、私は……)

 選ぶということ。長期戦のせいか、目の前の戦闘に集中しなければならないというのに、思考が遮られていく。懐かしい声に集中をかき乱され、様々な声が反響していく。

『足掻けば、いいさ。借り物の翼で、どこまで、いけるのか……、を、ね――』

『あんたに賭けて正解だった。私も、ウォルターも――』

『届かなかったか――、――』

『それでも……、私は……。人と……、コーラル……、の――』

『これからのお前の選択が……。お前自身の可能性を――』

「っ……! うあああぁぁ!」

 反響する声を振り払おうとして、目の前の宵闇の機体をブーストキックで蹴り上げる。ACS負荷限界からブーストキックまでの時間で、パルスブレードの追撃は間に合わない。すぐさま距離を離した。

『レイヴン、冷静に……!』

〈っ……! そこのお前〉

 ブーストキックで蹴り飛ばされても尚、戦意を失っていない機体はアサルトブーストを噴かせて迫って来る。

()()()()()()()。お前は、何のために戦う。何のために、それに乗っている〉

 まるで、以前にも会ったことがあると言いたげな。違う。()()()()()()()()()()()。だが、その既視感が懐旧を誘っているのは違うと断言できる。戦う理由、再度問われたそれは――

「――分からない」

〈なんですって?〉

「でも……」

 ジグザグに交錯し、双対ミサイルでこちらにダメージを与えていく。こちらは大きく軸から離れることで、迫る機体から避けていく。

「負けられない……! 今はまだ、ここで、負ける訳には――!」

 きっと、()()()の強化人間C4―621ならば、ウォルターのためだと答えられたのだろう。だが、乱れた集中と、乱された思考から聞こえる()()のせいで、まともに考えることが出来ない。故に、理由らしい理由を答えることは出来なかった。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは、確信を持って言えることだった。

『レイヴン……』

〈理由なんてない、ただ負けられないだけ……? はっ〉

 小型連装グレネードを構えるアラート音。だが、跳躍を交えた移動で回避する。懐かしい声は鼻で笑うが、そこに嘲りを感じなかった。

〈負けられない、いいわ。それも十分に理由だもの。大義名分を並べられるより、ずっと良いわ〉

〈――そうね。奇しくも、同じ理由ね。最後まで付き合うわ、“レイヴン”〉

『私も、全力であなたをサポートします、レイヴン!』

 それは、ただシンプルな答えだった。互いに、負ける訳にはいかない。それが、飼い主のためである、自ら掲げる理想のためではない。負けてしまえば、そこで終わってしまう。終わらせたくないから、足掻くのだと。

 雪原の上を、二機が互いに距離を保ったまま走り続けている。双対ミサイルやレーザードローンが相手へと向かい、手に持つライフルの実弾が飛び交っていく。ナイトフォールが小型連装グレネードによる強力な一撃を狙うも、カサブランカは回避していく。カサブランカの持つアサルトライフルとリニアライフルを、ナイトフォールはクイックブーストで避けていく。アサルトライフルだけではない、レーザードローンの軌跡すら、ナイトフォールは避けていく。

〈右手武器、残弾五〇%〉

『大丈夫です、レイヴン。僅差ではありますが、こちらが押しています』

 確かに動き続けるこちらと違い、ナイトフォールは小型連装グレネードを構える停止が存在する。それに、あのRaD製のパーツは軽量機だ。中量二脚であるこちらでは、地力の差が生じる。ならば、次に距離が縮まるその瞬間に、勝負が決まる。最大までチャージしたレーザードローンを展開し、一対が折り重なった三基が向かうも、それらは相手のアサルトライフルで撃ち落とされる。

〈っ、囮……!?〉

 こちらのアサルトライフルの狙いは、確かにナイトフォールに定まっていた。引き金を引けば、この戦いに決着がつく。放たれた弾丸は、ナイトフォールのコアを掠め、APの限界を迎えさせた。

〈行けばいい、自分の、赴くままに――〉

〈“レイヴン”、反撃を――〉

 ナイトフォールが爆炎を上げる。懐かしい声は途切れ、もう一人の女性が息を呑んだ。

〈……そう、見届けようと言うのね。この翼が……、彼女たちをどこに運ぶのかを〉

『……全敵ACの撃破を確認。ミッション完了です』

 ワタリガラスの名を持つものたちの決闘は、先代の敗北で幕を閉じた。

 

 

 なんとか、依頼を終わらせて帰還することが出来た。依頼の報酬は、しっかりと支払われていた。まだ尚、身体は先の戦闘の火照りが残っているようだった。オールマインドのサービスの一環で、機体の修理費や弾薬費を支払えば、それらを行ってくれるというものだ。見上げた先にいるカサブランカの戦闘の傷は、ほとんど修復されていた。

(……)

 自分でも、あそこまで感情的にがむしゃらとなったのは初めて、のような気がする。自分を邪魔するあらゆるものが排斥され、ただ思ったままに戦っていたと思う。それは、強化人間という兵器には不必要なもののはず。先の戦闘における記録は、こちらの身体データも記録されている。ウォルターからは、よく戻ってきたと帰還に対する言葉だけで、感情的になったことには一切の言及が無かった。

『レイヴン、よろしいですか?』

『なに?』

『あなたを襲撃した独立傭兵集団……、“ブランチ”についてです』

 エアがタブレット端末に情報を送ってくれる。キング、シャルトルーズ――。そして、レイヴンと呼ばれていた女性。もう一人、オペレーターと思しき女性による四人組だったようだ。

『どうやら“ブランチ”には固定メンバーはおらず、入れ替わりつづけることで匿名性と独立性を保つ特殊な傭兵集団であるようです』

『だから、こんなにも画像や情報がまばらなんだ……』

 入れ替わり続けるとあるが、先程のことを考えれば襲名性なのだろう。託すに相応しい次代、あるいは先代を打ち負かした者が傭兵集団へと加入される。キングと呼ばれていた男性の画像は、逞しい体躯と金髪を持った男性であるとほとんど変わっていない。一方、シャルトルーズと呼ばれていた女性の画像は、赤毛の女性と茶髪の女性の姿がある。赤毛の女性の画像が少ないことから、対峙していたのは茶髪の方の女性だったのだろう。

 そして、もっと画像が少ないのがレイヴンと呼ばれていた女性だ。レイヴンと思しき傭兵のはっきりとした画像はほとんどない。男性のものも混ざっているのだ。こちらが対峙したのは、間違いなく女性の声だった。

『……彼らの定義する“自由意志”の象徴……。あなたは託されたのかもしれません』

『そう、かな……』

『はい。これから先……、あなたが何か重大な選択をするとき、私がその決断をサポートできることを願います。レイヴン』

『エア――』

「っ……」

 頭痛と共に、見知らぬはずの光景がまた浮かび上がる。何かを訴えたくて堪えるようなエアの瞳から目を背けたこと、見知らぬ兵器と対峙し、赤い炎の中で手を伸ばした――

『――、レイヴン』

「っ、はあっ……」

『……顔色が優れません、休みましょう。とても、激しい戦いでしたから……』

『ごめん、そうする……』

 一度深呼吸をした後、ゆっくりと自室へと足を運んだ。

 

 

 戦闘が終わり、白の機体は輸送ヘリへと帰投していった。画面には、アスタークラウン、アンバーオックス。そして、ナイトフォール。各々の機体の、信号途絶が映し出されていた。

(どうしても、抗えないというの……?)

 相棒であるソフィアどころか、キングとシャルトルーズまで失った。独立傭兵として、戦場にいるのだ、いつか、()()()()()()は来る。それでも、あの三人を同時に失うのは初めてのことだった。ブランチの再建は、骨が折れそうだ。それ以上に、強化人間C4―621との戦いに敗れて死ぬと、分かっていた結末に対して、結局抗えなかったという衝撃の方が強かった。

〈――、こちら――〉

「……え?」

 突如入ってきた通信。これは、ほとんど個人間に使われるものだ。この雪原では広すぎて、とてもか細くなっているものを、なんとか周波数を合わせて拾い上げていく。

〈――ちら、キング。聞こえているか、オリヴィア〉

「キング……!? 脱出出来て――」

〈あー、あー。こちらシャルトルーズ。って、キング。くたばってなかったのね〉

「シャルトルーズも……!」

 どうやら、二人は無事に脱出できたようだった。だが、だとしたらなぜ彼らの信号が途絶したままだったのか。この二人の通信を拾い上げて、初めて生体反応も確認出来た。

〈悪かったな、シャルトルーズ。俺も、どうして脱出出来たのかわからん。というより、あの天才様が細工したな?〉

〈やってくれたわねソフィーのやつ。コア拡張機能の、ターミナルアーマーの出力回路を弄ったわね。インストールしたデータに基づいてパルスの方向性が変わるだけで、理論上はどの拡張機能も使えるとはいえ……。ターミナルアーマーの発動タイミングをトリガーに、脱出装置を紐づけて、ご丁寧に数分のシャットダウンにジャミングまでやって……。徹底してるわ〉

 アスタークラウンとアンバーオックスの最終調整は、ソフィアが行った。両機に細工を施すならそのタイミングだろう。僅かな時間で、二人の確実な脱出という保険をかけたのだ。技術屋として、似た知識層を持つシャルトルーズは、すぐにからくりを理解したようだった。

〈――どうやら、上手くいったようね〉

「――! ソフィー!」

 そして、もう一人の声。死を告げられた相棒も、その運命から逃げ切ったようだった。

〈機体は失ったが、機体を失っただけで済んだと言うべきか……。ソフィア、()()()()()()を分かっていたのか? それが、俺たちにコソコソ隠れて何かしていた理由か?〉

〈あんたの気まぐれはいつものことだけど、今回の気まぐれは随分と手が込んでいる。その頭で、何十回シミュレートしてたワケ?〉

 彼女は運命から逃げ切った。そして、とうとうこの二人にも露見した。彼らに隠れて、彼女が何かをしていたということが。

〈――戻ったら話す。アスタークラウンとアンバーオックスには悪い事した〉

〈そこは、パイロットの俺たちに言うべきなんじゃないか……?〉

〈全くよ。とにかく機体の修理を――〉

「……? 待って」

 突如入った通知に、シャルトルーズ達を止める。この通知は、傭兵支援システムからのものだ。とても、嫌な予感がする。通知内容を確認し、書かれていた項目を全て確認し直した。確認したことに偽りが無ければこれは……

「……」

〈どうしたの、オリヴィア〉

「――落ち着いて聞いて。キング、シャルトルーズ。二人のライセンスが、既に失効として処理されているわ」

〈……は?〉

 オールマインドからの通知は、登録していた傭兵キング及びシャルトルーズのラインセンスの失効通知だ。万が一に備え、キング、シャルトルーズには、築いてきた資産をオペレーターであるオリヴィアが受け取ることとなっている。レイヴンことソフィアは、彼女自身が非強化人間であることも含め、データで管理される資産はほとんどオリヴィアが管理していた(それ故に、後釜となった強化人間には資産が不正利用されていない)。

 オールマインドのライセンス失効には、どのような状況下であっても猶予が設けられる。無論、さすがに絶望的な状況であれば、その猶予は短いものだが……。だとしても、こんな数十分にも満たない短さというものは異例だった。

〈じゃあ、なに? 修理もままならないってこと!?〉

〈保険という訳ではないが、やはり資産の受取人をオリヴィアに決めたのは正しかったわけだが……〉

「だとしても、これは……」

 動揺を隠せなかった。まるで、()()()だと告げられたかのような……

〈どういうこと……。傭兵支援システムの方まで細工は――、でも、全てに関与する傍観者ってまさか……〉

 動揺こそはしているものの、ソフィアはどこか合点がいったようだった。ずっと考察を重ねて来たこれまでのことに、最後のピースが嵌ったかのように。

〈状況証拠だけだけど、可能性として十分あり得る。でも、その理由は? なぜこんなことをしたのか(ホワイダニット)が分からない……〉

〈おい、ソフィア。俺たちはお前ほど頭が回る訳じゃない。どういうことか、戻ったらしっかり話して貰うぞ〉

〈――そうね。ここから先はもう、()()()()()()()()だもの。ちゃんと、二人に話すわ。キング、シャル〉

 ソフィアは運命に抗えた。そこから先は、彼女にとっても未知の世界だ。ようやく、彼女と足並みを揃えることが出来るのだ。

 少女に託した翼が、彼女たちをどこに運ぶのか。戦場から離れた部外者として、この惑星の戦いを見届ける必要がありそうだった。

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