少女をハンドラーの元に帰し、スティールヘイズをオーバードレールキャノンの設置エリアへと向かわせる。コクピットには、遠慮がちに座っていた少女の姿はない。銀色の髪を整えるシャンプーの類の香り、上等そうな衣類を清潔に保つ洗剤の香り。
(あんな身体になってまで、なぜ戦う)
アイスワームを撃破する算段がついた。そのブリーフィングの際に、背の低さから見づらそうにしていた少女を抱きかかえてやった。下心なぞない、純粋な善意だ。要である少女が状況を理解していないとは、あってはならない。
だが、抱きかかえた少女の重さというものは歪で。手は人工物かもしれないと思っていたが、その全身が人工物であると確信を得てしまった。人間らしさが希薄であると感じてはいたが、こちらが見えている以上に深刻な状況であったのは、予測していても思うところは出来てしまう。
戦う力のみを求められた人形。あの子は、自分の意志で戦場にいるのだろうか。あの怪物と戦わなければならない、自分が一打を与えなければならないというプレッシャーに押しつぶされそうになっていた
(やはり、あの男が……)
ハンドラー・ウォルター。少女が付き従う老人。元の身体に再手術を施させることを条件に、あの少女を利用しているのだろうか。なら、なぜあの少女の力を借りようとしているのか。旧世代型の強化人間を運用する、所謂変わり者。良く言えば骨董品愛好家。人間性が希薄している少女が、嫌な顔一つせずに、ここまで着いてきているのだ。あの子からすれば、彼も数少ない
「それは――」
〈やっと戻ってきたかい? 伊達男〉
「ああ、すまないミズ・カーラ。用事は済んだ」
いつの間にか、待機地点まで到着したらしい。スティールヘイズをレールキャノンの傍らに着地させ、整備スタッフが作業し易いようにしゃがませてからコクピットから降りていく。
「それで? ウォルターからの呼び出しってことはあの子絡みだろう?」
「ああ。自分が、スタンニードルランチャーを当てなければならないと気負っていた。君は一人ではないと、緊張を解してきた」
「なるほどね……。そういうあんたは?」
「緊張しているさ。だが、あの子の頑張りに応えたいと思っているよ」
君ならやれると、その言葉は、少女を奮い立たせるには十分だったようだ。責任重大な作戦に、緊張を感じない訳がない。徐々に、少女は感情を表に出すようになってきている。
「……そうかい。そら、あんたのところの技術屋連中にも顔出して来な。あんたの機体にも踏ん張って貰わないといけないからね」
「ああ、分かっているさ」
自分たちに与えられた役割の責任は、酷く重い物だ。だが、一人ではない。二人ならば。今までならば考えられなかったことを、あの少女には考えてしまう。少女の実力は本物だ。
(気張れよ、アッシュ。まだ、ラスティでいなければならないんだ)
自分に喝を入れるなぞらしくないなと思いながら、出向してきたシュナイダーの技術者達の元へと向かった。
*
作戦当日。スティールヘイズは既に炉が点火している。傍らには、巨大なレールキャノン。周囲にはレールキャノンへ電力を回す多くの移動変電所がコードを繋いでいる。
〈こちらベルタ、ミシガン総長との通信は良好。現場チームの観測にも問題ありません〉
〈こちら、アルドリック。レールキャノンの負荷に対するフィードバック制御プログラムは、
〈こちらカーラ。オーバードレールキャノンはいつでも撃てる。後はあんた次第さ、伊達男〉
レールキャノンによる狙撃チームの準備は万端だ。粗削りだが、カーラから試射のシミュレートも行った。ほとんどぶっつけ本番に近いが、それは、化物と対峙する現場も同じだ。
「こちらラスティ。スティールヘイズ、及びオーバードレールキャノン異常なし。いつでも始められるぞ」
一呼吸を付け、今回の作戦のためにと装着された外付けのターゲットスコープを覗く。あの化物を捉える分は問題無いが、細かく動く現場チームの動きまでは把握できない。ベルタが強襲艦隊ではなくこちらに残ったのも、スポッターとしてのサポートの側面が大きい。通信に入って来る音声と、ベルタの知らせが頼りだ。
〈レールキャノンの準備は整ったな。こちらも
〈了解。
電脳の視界の端には、現場チームの所在を示す簡易レーダーが表示されている。各々のメンバーはエンブレムで提示されていた。昼であるにも関わらず、分厚い雲が恒星の光を遮っている。現場の天気は、これに加えて降雪であるそうだ。
〈ケッ。野良犬のやつ、ビビって逃げたか? お子様には怖くてたまんねえか〉
〈
〈独立傭兵レイヴン、アレは死ぬことを勘定に入れていない駄犬だ。のこのこ飼い主と共に来るでしょう〉
〈ビジターが肝が据わっているのは同意だ。アイスワームのような兵器も、初めてではない〉
作戦開始まで、時間はある。時間は守る子だ。ここに来てボイコットをするような性格の子ではない。
〈……識別番号を確認。独立傭兵レイヴン、カサブランカです〉
〈これで、全員揃ったな〉
作戦エリアに、白い花のエンブレムが追加される。あの子も、この戦場に到着したのだ。レイヴンの到着と同時に、先に投下されていた三機が前進する。
〈これより、ベイラムとアーキバスの合意に基づき、混成AC部隊による作戦行動を開始する。始めるぞ!
ミシガンの号令が入る。かの木星戦争の英雄とも呼ばれるベイラムの“歩く地獄”からの喝は、気が引き締まる。彼とはいつか、AC乗りとして手合わせをしてみたい。強者を前に、どうしても奮い立つものがある。これが、フロイトが抱く同じものであるとは、認めたくないが。
〈寄せ集め各位、統率を欠かないように〉
〈なんだこいつは、舐めてんのか……? チッ、イラつく野郎しかいねえ〉
スネイル閣下も、随分と活き活きとしている。神経質な彼だが、生粋の現場主義者だ。ルビコン進駐の指揮官として、彼からすれば使えない駒を進めるより、自分の手で解決させた方が早いという考えの持ち主だ。今回の司令塔はミシガンだ。彼も、いつも以上に動きやすいのだろう。
〈まずは厄介な防壁を引き剥がす。
〈……了解〉
少女の声音も、相変わらずと言ったところだ。昨晩のような、緊張に追い詰められている様子はない。そのことに、安堵する自分がいる。この安堵は、良心から来るものなのか、この作戦成功に問題無いという打算から来るものなのか。もう一度、操縦桿を握る手に力をこめる。
「こちら
〈……、任せて〉
視界の端のレーダーでは、巨大な反応が作戦エリア内を駆け巡っている。今のところ、現場チームは誰一人欠けることなく第一段階のための隙を伺っている。
〈ビジター、うちのボスから伝言を預かっている。“滅多にない作戦、楽しんできな”だそうだ〉
〈カーラらしい、ね……!〉
RaDの青年(アリーナではAIだと明記されている。恐らく、少女と同じく義体を用いている)とのやり取り。あの少女は随分と顔が広いらしい。レールキャノンの調整を行っていたカーラ女史も、あの子のことを気にかけていた。
〈クソッタレが……、先にやられてたまるかよ!〉
〈これなら……!〉
少女の声と共に、レーダーに変化が見られた。上手く、あの化物の顔部にスタンニードルランチャーを当てたようだ。
〈当たった……!〉
〈目標のプライマリシールド消失を確認。各員、準備を〉
〈了解。フィードバック制御起動、オールグリーン。いいよ、ラスティくん!〉
少女は成し遂げた。ならば、こちらの番だ。あの子が繋いだバトンを、落とす訳にはいかない。
「シールド消失を確認。レールキャノン発射シーケンスに入る」
計器を操作し、レールキャノンのシーケンスを進めていく。
「EMLモジュール接続、エネルギータービン解放。出力八〇%――」
〈目標、地表へと進行中。十、九――〉
アイスワームが地表に現れるまでのカウントダウンと、予測地点が提示される。スティールヘイズの傍らにあるレールキャノンは、尋常ではない出力と熱量を放出している。これで、スティールヘイズに掛かる負荷はある程度軽減されているのだ。一介のドーザーが、どうしてこんな物騒な代物を作り上げたのか。
〈七、六――〉
「照準補正良し、九〇、九五――」
〈そっちに行ったぞ! 野良犬!〉
アイスワームの出現地点と、カサブランカの位置が近い。あの怪物が白い花を叩き潰す、その前に。
〈目標、出ます!〉
「外しはしない」
スティールヘイズがトリガーを引く。レールキャノンの発射と同時に、強い衝撃がスティールヘイズ越しに。違う、スティールヘイズと繋がった脊椎端子を通して全身に激痛が走っていく。咄嗟に腕を動かして、現場へのマイクをミュートにする。現場にいるあの子に聞かせる訳にはいかなかった。
「ぐうぅ!」
〈セカンダリシールド消失――、隊長!? バイタルの異常を検知!〉
〈くそ、強化人間の神経接続がアダになったのか! プログラムを調整する!〉
〈
〈……了解!〉
全身が沸騰するかのような熱量。激痛のあまりに意識が飛びかけるが、頭痛によって意識が保たれていた。
〈――どうする、伊達男。指揮官サマはあえて聞かないようだけど?〉
「――大丈夫だ。次弾の準備を始めてくれ」
〈あのキザ野郎、決めやがった……〉
〈当然です。この程度はやってもらわなくては〉
全身を焼き、さらに幾千もの針で刺すような痛み。痛みに悶えているのが原因で、作戦を止める訳にはいかない。ミシガンも、こちらが
〈ビジター、目標が子機を展開した。対処する〉
〈わかった〉
〈アイスワーム、無人兵器を展開。攪乱目的でしょうけど、逃さないわよ……!〉
〈戦友ちゃん、まだスタンニードルランチャー当てないでくれよう……!〉
激痛のあまりに声を上げてしまったせいか、ベルタもアルドリックも、今までに見たことがない気迫を見せている。なんとか腕を動かして、ミュートを解除する。
〈レールキャノン、装填完了!〉
〈
「いま終わったところだ、ミシガン総長」
〈
「ベイラムの“歩く地獄”にそう言われるとはな。光栄だが遠慮しておこう」
もう一度、操縦桿を握る。痛みが抜けきった訳ではないが、十分に休めた。アイスワームの周囲を点在していた余計な反応は、現場チームがしっかりと処理したようだ。アイスワームの反応が保たれているならば、問題無い。
だが、カサブランカとアイスワームが接敵寸前だった。
〈しまっ――、っ⁉〉
〈クソッ! 機体が……、どうして俺が先に落ちる……!〉
〈イグアス……⁉〉
寸でのところで、ヘッドブリンガーがカサブランカに衝突し、アイスワームの巨体とぶつかったのはヘッドブリンガーとなった。
〈ヘッドブリンガー、中破〉
〈情けない。ベイラムのレッドガンはその程度ですか〉
〈アーキバスのヴェスパーは評論家でも務まるようだな。
(……妬けるな)
少女に迫っていた危機を、あの青年が救いあげた。ただここで座すことに、もどかしさを覚えるとは。違う、
〈プライマリシールド消失を確認〉
〈よし、間に合った! フィードバック制御起動、さっきよりはマシになってるはずだ!〉
少女がスタンニードルランチャーを当てた。入らなくなっている力を、無理矢理込めていく。
「シールド消失確認。レールキャノン発射準備」
再度、あの激痛が襲ってくる。強張る身体を無理矢理動かして計器を操作し、レールキャノンのシーケンスを進めていく。
〈目標、地表へと進行中。十、九――〉
「エネルギータービン、出力八〇%――」
再度、傍らにあるレールキャノンが尋常ではない出力と熱量を放出している。今度は、痛みに身構えることが出来る。あんな痛みや苦しみは、何度も味わってきただろうと、己を言い聞かせていく。
〈七、六――〉
「出力九五……、一〇〇――」
〈目標、出ます!〉
スティールヘイズの指をトリガーにかける。相変わらず、あの化物は少女を標的としているらしい。こんなタイミングで、僅かに視界がぼやけ始めていく。
「巻き込まれるなよ……!」
あの子ならばあり得ないと分かっていても、万が一のことはあって欲しくなかった。
〈セカンダリシールド消失を確認〉
「戦友、追撃を頼む」
〈任せて〉
少女の鈴の音のような声に、先の一射に巻き込まれていないと安堵する。来ると思っていた痛みも、ほとんど無かった。
〈バイタル異常検知、無し……〉
〈よし、これならまだラスティくんもスティールヘイズもなんとか――〉
ベルタとアルドリックが安堵した瞬間、レーダーが異常を探知した。
〈アイスワームが、光って……。っ!〉
〈これは……⁉ まだ機能を隠していたのか⁉〉
〈アイスワームのコーラル反応増大! なに、このコーラル反応数値は……!?〉
〈待ってくれ、この数字が本当ならシールドの強度だけじゃない。コーラル汚染で現場もまずいぞ!〉
驚愕する少女とスネイルとベルタの声。鉄火場を知らないはずだが、技術屋としての好奇心が働くのか。アルドリックの分析する声。誰の目が見ても分かる。このままのペースで作戦を継続させるのは、リスクがある。ならば、
「これは……、悠長にやっている余裕はなさそうだな……」
計器を調整する。現場の状況、アルドリックの分析を鑑みれば、レールキャノンの持つ全てを、あの化物に撃ち込む。そうしなければ、勝てない。
「レールキャノンの出力を
〈ラスティ……〉
「なに、問題ないさ。君はスタンニードルランチャーを当てることに集中してくれ」
〈……わかった〉
気遣う少女に、見えていないにも関わらず笑みを浮かべて返していく。あの子の前では、
〈ちょっと、ラスティくん!?〉
〈隊長、そんなことしたら――!〉
〈……機体損傷拡大。長くは持たないと思ってくれ、ビジター〉
〈機体は限界か……。止むを得ん、撤退する!〉
〈っ……!〉
オープンフェイスの反応が沈黙する。サーカスも、長くは持ちそうにない。追い詰められる現場に、こちらの身を案じるベルタとアルドリックの息を呑む音が聞こえた。
〈――分かったよ。あんたの覚悟、受け取った。野郎共! どうせ封鎖機構のモンだ! 変電所もエネルギータービンもぶっ壊す出力で回しな!〉
〈フィードバック制御プログラムの書き換え、間に合わせてやるさ!〉
〈スタンニードルランチャー、命中。ですが、プライマリシールドは未だ健在です〉
やると決めたこちらに対して、各々が自分たちが出来る最大限を行おうとしてくれている。後は、彼女がやり遂げるのを待つだけだ。
〈……すまない、ビジター。手伝えるはここまでだ。離脱する〉
〈大丈夫、ありがとう。チャティ〉
もう、あの現場にいるのは白の機体のみだ。もう一度、スタンニードルランチャーをあの怪物の顔部に当てなければならない。
〈
〈……、了解!〉
だが、こちらが何もできない訳ではない。ミシガンのように、声を届けることは出来る。
「焦るなよ……、戦友……!」
〈――うん……!〉
少女に応えるかのように、アイスワームを覆っていたプライマリシールドの反応が消えた。
〈プライマリシールド消失! 目標が氷床に潜伏! 地表に上がるまで二八秒!〉
〈フィードバック制御プログラム、なんとか間に合わせた! 頼むぞ……!〉
〈ぶちかましな! 伊達男!〉
アイスワームが上がって来るまでの、カウントダウンと予測地点が表示される。照準補正は終わらせた。操縦桿を握り直していく。
「よくやってくれた、戦友」
〈ワタシだけじゃない。みんなが、いてくれた〉
「……、そうだな」
現場にいた三機も、この狙撃地点でサポートしている人々も。この作戦に参加している全員が繋げたものだ。深呼吸をして、発射シーケンスを進めていく。
「EMLモジュール全点接続。エネルギータービン全開。出力八〇……、九〇――」
既に、一射目に似た尋常ではない出力と熱量が伝わって来る。
「緊急弁閉鎖、リミッター解除……!」
視界の半分が赤くぼやけていく。それだけではない。汗以外の体液が口元に垂れ、口内が錆の風味を感じ取る。
「一〇〇……、一一〇……、一一五……。レールキャノン、最大出力――」
突然、視界がブラックアウトする。視界だけではない、音も聞こえない。意識があるということは、気絶していないはずだが……
(これは……、アイスワームはどうなった? レールキャノンは撃てたのか?)
身体が動く感覚すらしない。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。こんな状況は、初めてだった。
(どうして、こんなことに――)
思い返そうとすれば、理解を拒否する痛みに襲われそうで。
あんな痛みを背負ってでも、成し遂げなければならない事なのか。自分だけが、あんな思いをしないといけないのか。ふざけるなと、理不尽に噛みつこうとした代償が、これなのか?
(だったら、もう――)
意識も手放そうとした、その時だった。
〈――、ラスティ‼〉
少女の声で、全ての感覚が現実に引き戻される。アイスワームが現れるまで五秒もない。襲い掛かる痛み全てを振り切って、半分赤に染まった視界の中、操縦桿を握り直す。
「これで決める……!」
スティールヘイズが引き金を引く。電脳の視界にはHITの表記。アイスワームを覆っていたコーラルの反応が全て消失した。
〈目標のコーラルシールド、完全消失しました!〉
「あとは任せたぞ、戦友!」
〈オーバードレールキャノン、スティールヘイズの連携を強制解除!〉
〈パイロット救命システム、起動させます!〉
視界のほとんどが赤くぼやけ、鉄のにおいが充満する中、脊椎端子から鎮痛剤が投与される。全身が痛くて堪らない。だが、痛みを感じると言うことは生きているということだ。こちらも、スティールヘイズも、役目を果たせたようだった。
〈うああああああ!〉
普段の彼女からすれば、想像できない雄叫び。白の機体が猛攻を続けていく。
〈目標のコーラル反応が増幅! シールドを再展開するつもり!?〉
「大丈夫だ、ベル。
段々と、身体の熱と痛みが引いていく。彼女は、こちらを信じてくれた。ならば、こちらも彼女を信じなければならない。そして、アイスワームの反応に異常を検知した。
「やったか……⁉」
〈爆発するぞ! 離れろ!〉
〈っ……!〉
一際大きいコーラル反応。だが、それはすぐに消えた。
〈アイスワーム、反応、沈黙……〉
〈マジかよ……。野良犬野郎が、決めやがった……〉
〈これで、やっと……〉
アイスワームの反応が沈黙した。あの化物は、彼女の手によって討伐されたのだ。
〈うおおおおお! やった、やったぞ!〉
〈本当にやったんだあ!〉
マイクが音声を拾うまでもなく、歓喜の声が響き渡っている。
〈野郎共、まだ終わってないよ! 担架持ってきな!〉
「いいや、その必要はないミズ・カーラ。十分休ませてもらった」
〈何を言っているのですか、隊長! 数秒とはいえ、気絶していたのですよ!? すぐに医務室に――〉
「なら、拭くものだけ貰っても構わないか? こんな酷い顔では、彼女に会えない」
〈――、んの!〉
〈ああ、ベルタくん落ち着いて! どう、どう!〉
しっかりと、彼女が戻って来るのを見届けなくては。そうしなければ、安心して休めそうにも無かった。
*
バートラム旧宇宙港から、輸送ヘリで現場チームの機体が収められている格納庫へと向かう。その間、ベルタの雷は鳴り続けていた。あれだけ怒らせてしまう程、彼女に心配かけてしまったらしい。
「そもそもあなたは――!」
「それぐらいにしといてやりな、副隊長さん。今回のもう一人の立役者の前でやる説教じゃないだろう?」
「それは、そうですけど……。ですが、ミズ・カーラ。この馬鹿狼は本当にしょうもなくて――」
「分かってる、分かってる。カッコつけたいガキだとは思っているさね」
「……」
カーラ女史にもそう思われてしまっていては、何も言い返せなかった。そして、電脳の方に通信が入る。スティールヘイズの様子を見ると、旧宇宙港の方に残ったアルドリックからだ。
〈どうした?〉
〈声が疲れ切ってるよー、伊達男さん。副隊長殿にメタメタに絞られてるようだね。――スティールヘイズのことだけど、やっぱり動力系統が悲鳴上げててね。出来る限りの修理はするけれど、出来れば、一回分解して点検したいくらいだ。リミッター解除はやりすぎだよ〉
〈そうか……。スティールヘイズにも無茶をさせた〉
〈――フラットウェルには黙っておくけど、君が中途半端なところで倒れられてはこっちが困る。仕方が無かったとはいえ、もう二度とこんな真似しないでくれよ?〉
〈……わかった。すまなかった〉
〈それじゃ、作業に戻るね〉
通信が切れる。アイスワームが越えなければならない障害であったのは事実だが、それで戦えなくなってしまう、命を落としかねないというのは、確かにやり過ぎだ。フラットウェルに知られれば、彼からも説教が飛んできそうだった。到着したのか、少しだけヘリが揺れた。
「立てますか? 隊長」
「大丈夫だ。もう少しだけ、カッコつけさせてくれ」
「――分かりました」
ゆっくりと立ち上がる。立って歩く分は問題無い。ヘリから降りれば、スネイルと
「来たな、
「お褒めに預かり光栄だ、ミシガン総長」
想像とは異なり、意外と背丈が低いミシガンに向け、敬礼で答える。いがみ合いが再発しかねないスネイルと
「お疲れ様でした、ラスティ隊長。あなたに狙撃の経験があることは、初めて知りましたが」
「AC戦で長距離狙撃を行うこと自体、ほとんど無い状況だからな……。進言する必要はないと判断していた」
「まあいいでしょう。あなたは役目を果たした。それは事実です」
スネイルも、今回は小言を言うつもりはないらしい。それだけでも、身構えていた気を緩めることは出来る。
「ラスティ、だったか。あのレールキャノンをよく撃ち続けたといったところか。ボスもお疲れ様、だ」
「チャティ、と言ったな。君もお疲れ様」
「チャティもよく頑張ったよ。この伊達男が無茶してレールキャノンはおしゃかになったが、まあ結果オーライさね」
彼らから借り受けたものを確かに破壊してしまったが……。あんな代物、一体何のために作り上げたのか。最初に抱いた疑問が、思考に戻って来る。
「そう言えばミズ・カーラ。あのレールキャノンはどういう意図で――」
そう投げかけた瞬間、格納庫が動作する音が鳴り響く。空いていたスペースに、白の機体が納められ始める。そして、ゆっくりとコクピットブロックが開いていく。
「そら、我らが可憐なお姫様のご帰還だよ!」
少女が降りたことに気付いただろうカーラが声を上げる。その声に思わずつられてタラップを見上げてしまう。全員が一点を見つめているせいか、少女は咄嗟にしゃがんで身を隠してしまった。
「
「ケッ、もう良いだろうがよ」
「レイヴンの帰投を確認しました。これで失礼し――」
これ以上付き合ってられないと言いたげな
「お疲れ様、戦友」
「ラスティも、お疲れ様。カッコよかった」
「お褒めに預かり、光栄だ」
さり気ない少女からの賞賛。取り繕うことなく、自然と笑みが浮かぶ。この一言が、あの激痛に耐えた最大の褒美だった。
「来たな
「はっ! 皆さん! 一列に並んで!」
オオサワと呼ばれる、レッドガン隊員と思しき黒髪に眼鏡をかけた男性が箱型の道具を持っている。この、奇跡に等しい一時を残す。古い時代から、人類は心に留まった瞬間を残したいと絵画なり、詩集、写真と様々な方法で残していった。存外、ミシガンは文化への趣に理解のある人物なのかもしれない。
「
ミシガンに言われるままに(
「……、ウォルターは?」
「ハンドラーは……、あちらのようだな」
少し離れたところで、白髪交じりの灰の髪を持つ杖をついた老人が、こちらの様子を見ているのが見える。少女が列から離れ、老人の元へと向かう。二人のやり取りは聞き取れないが、来るべきだと言う少女に対し、老人が首を横に振っているのが見えた。恐らく、二人の意見は平行線になっている。
「ウォルター! 意地を張ってないで貴様も来い!」
「ビジターのオペレーターだろう⁉ あんたも来ないでどうするんだい!」
そんな硬直状態を打ち砕くがごとく、ミシガンとカーラが声を張り上げた。なるほど、ハンドラーがこの二人と既知であったらしい。それならば、少女も面識を持っていてもおかしくない。
観念したのか、杖と質の良い革靴の音と共に二人が列に合流してくる。少女に袖を引っ張られている老人が、少女の隣へと立った。これだけを見れば、不器用な父親に対して不器用ながらも甘えている娘の構図なのだが……。少しだけ、心にモヤがかかるのは、疲労のせいだろうか。中央に位置する自分達に合わせ、左右に今回の作戦に参加したパイロットやスタッフたちが並んでいく。
「僭越ながら、このオオサワが記念撮影を撮らせていただきます! 皆さん、こちらを向いて! それでは、三、二、一――」
カシャリと、どこか古めかしいシャッター音が鳴る。数枚ほど撮ります! と、数回、シャッター音が鳴り響いた。
「終わりました! データは後で送らせていただきます!」
「まだ遠足は終わりではないぞ貴様ら! 二時間後に、うちの炊事兵のメシを食わせてやる! 身体を休めつつ、腹を空かせて待っておれ!」
ミシガンの号令に、一旦は解散の運びとなる。だが、一休みした後も続くようだ。それまでに、医務室に顔を出さねば、またベルタの雷が落ちる。
「……行くぞ」
「わかった」
「また後でな、戦友」
「うん」
老人に促されて歩く少女に声をかければ、振り向いた少女が微笑みながら頷いてくれた。そのまま、奇妙な二人組は格納庫から立ち去っていった。
「さて、私もそろそろ――」
立ち上がろうとしたその瞬間だった。少女が立ち去ったと気が完全に緩んだのだろう。立ちくらみに、重い身体が制御出来ない。
「あ!? お、おい――!」
そんな身体を支えたのは、金色の髪が視界に入る。見上げれば、スネイルであった。
「スネイル、隊長……」
「全く、あのような子供にカッコつけようなどと……。ですが、女子供を前に気丈に振る舞い、ヴェスパーとしての品を保とうとした。そこは評価しましょう。
「
「……そうして貰えると助かる」
やはり、ミシガンにはお見通しだったらしい。スネイルの肩を借りて、ゆっくりと歩を進めていく。ふと、こちらに対して驚いた表情をしている
「……心配かけさせたな」
「し、してねえ! あんなガキの前でなに強がってんだか。ダッセ」
「そうか……。それと――」
口にしようにも、言葉がつっかえかける。だが、それで口を噤んでしまえば、それこそカッコが付かなくなる。
「作戦中、レイヴンを身を挺して護ったそうだな。君の貢献、私も感謝を述べよう。君の勇敢さが、今回の勝利を導いたと言っても良い」
「――そうかよ。さっさとベッドに寝っ転がってこい!」
「ああ、そうしよう」
スネイルに連れられて医務室まで行けば、なぜ最初のこちらを立ち寄らなかったと医者からも説教を貰ってしまった。
その後の打ち上げという食事会では、ハンドラー、カーラ、ミシガンの三名が古い付き合いの友人かのようなやり取りを行っていたり。スネイルが苦虫を噛み潰したような雰囲気でアラカワの料理を認めたり。アラカワに偏食をするなと叱られるイグアス。こちらを気遣ってか、食事をするところを初めて見た好奇心かは分からないが、妙にこちらに料理をわけていく少女と。