ベイラムとアーキバス。二大企業グループの一時共闘は、大きく戦況を覆していった。
ベイラム主導で行われたアイスワーム掃討作戦。これが決定打となり、惑星封鎖機構は星外への撤退を余儀なくされた。惑星封鎖機構が解き放った、半世紀前に開発された兵器の遺産を撃破する。この実績と名誉というものは、良くも悪くも世間を賑わすものとなる。
「……本当に、必要なことなのだろうか」
「面倒なのは俺も同じだ。だが、企業という組織にいる以上は付き合ってくれ」
これから出席しなければならない、企業主催によるアイスワーム及び強襲艦隊制圧の祝賀会。特に、アイスワームを討ち取った者として出席しなければならないらしい。ほとんど着た事が無い礼服に乱れが無いか、オキーフに確認をして貰っている。
「そう言えば、お前の戦友は?」
「ああ、彼女ならベルとモニカが面倒を見ている。二人とも、可愛らしい少女を着飾ることができると楽しみにしていたさ」
「まあ、うんざりする人間を相手にするくらいならば、女の子を洒落こませる方が良いだろうよ」
「同感だ。こればかりは、同じ女性の特権だ」
少女はどのようにドレスアップをされるのだろうか。あの二人の事だ、少女に不釣り合いなことはさせないだろう。普段でも人形のようではあるが、愛らしい少女なのだ。ドレス姿も似合うに決まっている。
「……お前の副隊長から、お前が粗相しないよう監視するのを頼まれている」
「てっきり、今回のゲストたちについて使い走りをさせられていると思っていたが」
「まあな。だが、既に調べはついているし、
お前のせいだとばかりに、年齢を感じる皺が刻まれた顔に呆れの表所が浮かんでいる。隈の出来た黒の瞳が、うんざりしていると訴えていた。こればかりは、肩をすくめるしかない。
「悪かったな、オキーフ。とはいえ、あなたがエスコートしてくれるならこちらとしてもありがたい。なにせ、このような晴れ舞台は初めてなものでね。知らなかったせいで、礼儀やマナーを欠く訳にはいかない」
「……そうか」
オキーフが礼服の最終チェックを行ってくれる。髪型に問題はないか、装飾品に乱れはないか、クロークに皺が出来ていないか。丁寧に確認して貰っている。
「――まあ、良いだろう。電脳はバレる。耳に仕込んでおけ」
「ああ、わかった」
渡されたのは小型の通信機だ。耳の中に仕込むものだ。アナログな方法ではあるが、電脳の通信は表面に出やすい。ならば、この方法が一番なのだろう。
「さて、そろそろ行くとしよう。女性の身支度は時間がかかるものだ。我らがスネイル閣下が不機嫌になっていなければいいが――」
「ラスティ」
オキーフに呼び止められる。振り向けば、相変わらず隈が出来ている目がこちらを見ていた。
「……どうかしたか?」
「お前、いつからあのお嬢を
時が止まる。いつからだ。年端のいかぬ少女を、幼い子供ではなく対等な女性として見るようになったのは。アイスワーム戦での高揚による勘違いか。違う、それより前から、少女への認識が異なり始めていた。
「……さあ、な。いつまでも幼い子供という扱いも、彼女には失礼だろう?」
「――そういうことにしておいてやる。その迷いは、ハッキリさせた方が良いぞラスティ。お前だけじゃない。お嬢のためにもだ」
「――肝に銘じておこう」
控室から出れば、オキーフが着いてくることは無かった。会場へと歩を進めながら、先程の彼の言葉を反芻する。
いつから、少女をただの幼い子供であると認識しなくなった。ただ、あの少女がこちらを信頼に値する存在であると、そう思わせるだけで十分だったはずだ。信頼するこちらの頼みならば、あの少女は引き受けてくれるだろうと。来たる日、ルビコン解放戦線が総力を挙げてこの惑星に滞在する敵対勢力と戦う。その加勢をして欲しいと。傭兵として、十分な報酬も用意できる。
それだけで、良かったはずだ。特に、彼女が自分以外の男性との関わりに不満を抱くこと自体、おかしな感情であるというのに。自分ではない誰かを最上にすることに、彼女の危機に咄嗟に手を差し伸べることが出来たことに、負の感情を抱くべきではない。
(これでは、まるで――)
あの幼い外見は偽りのモノだ。少女という性別すら怪しい。にも関わらず、彼女への執着というものが起きているのも事実だ。何もかもが不足している、この惑星の解放のための力となってくれればそれで良い。そのためだけに、彼女の信頼を勝ち取っているというのに。
気付けば、会場へと続くレッドカーペットの赤が見えていた。呼吸を整え、耳に仕込んだ通信機の状態を確認する。
「……オキーフ」
〈上の空から戻ってきたか? 若造〉
「それはすまないことをした」
〈まあ、改めて言う必要はないが……。前情報は伝えてやる。どうするかは自分で考えろ〉
「ああ、ありがとう」
姿勢を正し、案内をしているボーイに挨拶をすれば案内される。
広いホールに、等間隔に並べられたテーブル。スーツやドレスを纏った見知らぬ人間たちが集まって、談笑をしている。このホールに集まっている人間のほとんどがルビコンの外からやってきた来賓。この祝賀会が終わればすぐに星外へと戻るという人たち。薄っぺらい表情を浮かべながら、互いに腹の探り合いをしている、現場を知ろうとしない上級貴族共。反吐が出る、そんな表情を表に出さないようにボーイに着いていけば、今回のためにと設置された舞台だった。金色の髪を後ろに流し神経質そうな碧眼に眼鏡をかけた、高貴な紫色のクロークを身に着けた礼服姿のスネイルだった。
「ほう……。似合っているではありませんか」
「お褒めに預かり光栄だ、スネイル隊長。このような華やかな場とは、縁が無かった故。この礼服に着せられていないか、不安だった気分が晴れたよ」
「口が回るのは相変わらずだ。ですが、このような場ではその回る口が重要です。粗相をしないように」
「ああ、もちろん」
挨拶が終われば、この舞台で挨拶を行うための打ち合わせ、というよりは段取りの確認が行われる。確認の最中に妙に周囲が
彼らに合わせたのだろうか。うら若き乙女らしさがありながらも、華やかな黒のドレスを纏う少女の姿があった。
(あの二人に任せて正解だったな)
「遅いですよ、ミシガン総長」
「社交場も戦場だ。女の支度には時間がかかるものだぞ、次席隊長」
「では、我々もテーブルに移動しますか。レッドくん、イグアスくんも頑張って」
「はい! 先輩、
声が大きい新兵と思しき青年と、いかにも堅気ではない裏社会で生きていただろう東洋人の男性がテーブルの方へと移動していく。残されたのは、アイスワーム撃破に参加した面々だ。RaDの面々は出席を辞退したと聞いた。正直、辞退が出来るどころか辞退を歓迎される(一応、世間体を気にする企業として、協力者である彼らには形だけでも招待を送らなければならなかったらしい)彼らは羨ましい限りだ。
「全く。このような子供が、一人前に化粧が施されるとは」
「良いじゃないか、スネイル隊長。似合っているぞ、戦友。素敵なレディに仕立てて貰ったのだな」
少女に歩み寄る。汚泥が渦巻き、煌びやかな照明やドレスに埋もれないよう、幼い顔立ちにも化粧が施されている。呆然と見上げる少女の右手を取り、恭しく礼をすると共に手袋に覆われた、人工皮膚を纏う球関節の指先に口付ける。力が入る手を解放すれば、化粧が施されている頬が更に赤く染まっているのが見えた。
「……ガキ相手に何してんだ、てめえ」
「ふざけるのも大概にしなさい、第四隊長」
「これが淑女への挨拶だと聞いたのだが……、失礼。このような場は、恥ずかしながら初めてなのでね」
〈よく言う。ハント・クスは男からやるのは本来はマナー違反だぞ〉
スネイルに小言を言われるのは想定していたが、
「これで主役は揃った。政治家共に向けた挨拶は貴様が得意だろう?
「……挨拶を始めます。舞台に上がりなさい」
ため息をつきながらも、ミシガンが舵取りをしてくれる。なんとか切り替えたスネイルの指示に従って舞台の上に立つ。人々の視線が集まるのが、嫌でも分かる。これから、この祝賀会の舞台挨拶が始まる。自分たちはただ、挨拶を述べるスネイルの近くに立つだけ。実際に作戦に参加し、成果を残した者として必要なことだそうだ。
(早く、終わって欲しいものだ)
うんざりとした表情を出さないように、普段通りの薄っぺらい笑みを浮かべることを特に意識した。
*
舞台挨拶も無事に終わり、後は閉会までの時間を食べ物と飲み物を片手に歓談する。自由な時間になった途端に、ミシガンやスネイルはすぐに両企業の役人と思しき人物たちに捕まった。少女のハンドラーも、どうやら同じようだ。
「あのラスティさん。今回の作戦においては、兵器の防壁を破壊するための射手を担ったとか」
「正確無比な射撃と聞きました! さすが、ヴェスパーの隊長。恐ろしい兵器を撃破してしまうなんて」
華やかなドレスと、自分を良いものだと見せるための化粧や香水の香り。出てくる言葉は、こちらを持ち上げるもの。現場を知らない、敷かれたレールに乗るだけの養殖された女性たち。それでも、こちらの身分を探られないためにも、粗相をしないように
対応していく。
「そういえば、ラスティさんはその……。将来をどのようにお考えしているとか……」
「将来、ですか? 生憎、私がいる場所は戦場です。いつ失ってもおかしくない命だ。今を生きることに手一杯ですよ」
「あの、でしたら警備隊に回るというのは? あなたの実力なら、十分にやっていけます!」
「ふむ。経済圏の警備隊ですか……。すみません、これでもヴェスパーとして前線に出る方が性に合っているのです。ですが、ヴェスパーが前線に立つ必要が無くなった時には、考えさせて貰いますね」
独り身を装い、現状に満足しながらもその現状が維持されなければ考える。当たり障りのない言葉を並べ、可能性は五分五分だと信じ込ませる。遠回しではあるが、現状ではダメだが事情が変われば考えるという姿勢を出さなければ、こういう女性はしつこいものだ。適当に言葉を並べながら、視線は少女を探していく。小柄で銀色の髪、そして黒のドレス。その装いはすぐに見つけることは出来た。既に会場の端に退避して、退屈そうに飲み物を口にしている。その近くにいるのは、レッドガンの声が大きかった新兵と思しき青年と、先程も見かけた東洋人の男性だった。レッドガンの面々が傍にいると言うのであれば、この会が終わるまでは大丈夫だろう。出来れば、こちらからも話しかけたいところもあるのだが。
〈たく、上の空でよく対応出来たものだ。ラスティ、次のお客さんだ。相手は一人だ、適当な受け流しはするなよ〉
オキーフに言われ、視線を戻せば確かに囲っていた女性達の姿が無かった。こちらに、一人の女性が近付いてきている。
〈照合した。厄介だな。医療メーカー側の御令嬢だ。殊勝にも、戦地の医療ボランティアに参加する程のまとも寄りだ〉
一体一でもある以上、丁寧に対応しなければならない。そちらの方に振り向けば、栗毛色の髪の女性が驚いた。
「あ、えっと……。ラスティ隊長、ですよね? 今、お話しても?」
「ええ、もちろんですよレディ。緊張していらっしゃいますか? 飲み物はアルコールとノンアルコール、どちらがお好みで?」
「す、すみませんお気遣いを……。スパークリングワインでよろしいですか? あまりお酒は得意ではありませんが、このような場でソフトドリンクは……」
「――分かりました。確かに、一目では分からないものだ。私も同じものを頼もう。私も、深酔いはしたくないのでね」
このような場はどうしても外聞というものが付きまとう。酒すら嗜めないと弱気を見せるのは危険性がある。恥を忍んだ注文に答えることで、秘密は守ると行動で示す。同じものを口にしていれば、周囲からまず疑われない。とはいえ、酔いたくないというのが本音で便乗しているだけだ。ワインやシャンパンと度数の高いものを要求された際の言い訳もいくつかあったが、使わなくて良さそうだ。ボーイに頼み、なるべくアルコール度数が低いスパークリングワインを注文する。オキーフの手のものだったか、すぐにシャンパンに似た白ブドウを使っただろうスパークリングワインのグラス二つを渡された。
「どうぞ」
「ありがとうございます。噂に聞いた通り、紳士的な方なのですね。ラスティ隊長は」
「そうでしょうか。当然のことをしたまでですよ、レディ」
スパークリングワインを口にしながら、会話を続けていく。医療の出であることは確からしい。この遠征に健康維持の不備はないか、怪我やメンタルケアは問題無いかと、違った視点での問いかけをされる。オキーフの助力もあり、この生真面目なレディとの会話はなんとかなりそうだ。
「そういえば、ラスティ隊長」
「なんでしょうか?」
「その……。あの舞台挨拶にいた女の子のことですが……」
まさか、ここで少女について問い質されるとは思っていなかった。彼女がレイヴンであると、紹介されたのも当然だが……
「……やはり、このような場所でも少年兵はいるのですね。あの子くらいの年の子たちが、MTやACに乗ったり、銃を手にしているのを、何度か見たことありますから……」
〈……下手な返しはするなよ〉
改めて忠告されずとも、それは分かっていることだ。
「そうしなければ生き残れなかった。そういう子は、安心できる場所を提供できれば、まだやり直せます。ですが、戦うことが正しい事だと信じきっている子は――。レイヴン、あなたは戦友と慕っているとお聞きします。あの子は、どちらなのですか?」
それは、こちらが聞きたいことだ。彼女は、ただハンドラーに付き従っているだけなのか。自分の意志で、この地にいるのか。
わからない。分かる事は、
「――確かに。……、あの子は戦友です。ですが、戦場を共にし、今回の作戦のように戦場以外の場で会うことがあっても、なぜ、戦うのかと問うことはありませんでした。ここにいる人間は皆、コーラルという失われた物質を求めているのです。そこに、なぜを問うことは、不必要でした」
「――すみません。仕事で、その……。戦いをしているのが当たり前で、私の疑問自体、おかしなことでした」
「そんなことありませんよ、レディ。ここにいるほとんどの人間が、あの子にも戦う力があるからここにいると、割り切っている者が多い。戦場ではない場所で。ましてや、あなたは医療側の人間だ。それは、我々のような
戦場を知らない人間なら抱く、当たり前の疑問。いつしか、自分の中でも割り切ろうとして、割り切れなくなっているもの。なぜ、彼女は戦うのか。彼女への関心が、それが大きく占めているのだと。そして、
「そんなこと……! むしろ、ラスティ隊長。あなたは、すごい方だと改めて思いました。……アーキバスが、ACの製造を行っているのは分かっています。医療の側面に事業展開しているのは、あくまでその副産物。マッチポンプと罵られることもありました。強化人間部隊は、誰もが皆、戦うことが当たり前で、物の善悪というものはすぐに消えてしまうことも。ですが、あなたはそれを忘れていない。それは、誇って良いものだと思います」
これは、逆に気遣われてしまったのだろう。どうしても、彼女のことになってしまうと、
「――情けない。レディに気遣われてしまうとは……」
「そう思わないでください。むしろ、ごめんなさい……。本当の事を言いますと、私、父に縁談の相手として優秀な成績を収めているあなたが良いと、この祝賀会に乗じて来たのです。私、現場で戦っている方のほとんどが、仕事だと割り切っていて、仕事だから何も感じない方だとばかりで……。ですが、あなたは違います。あなたは、人間らしさを捨てない誠実な人。そんな方に不誠実を働いたこちらが恥ずかしい」
〈……本当に、真面目なお嬢さんだ。言わなくて良い事を〉
彼の言う通りだ。本当に、生真面目な女性だ。彼女のような人間が、この
「……!
レッドガンの新兵と思しき青年の大声がパーティーの喧騒の中に混じっている。目の前の彼女もそちらに目線を向け、こちらも少女がいた場所に目を向ける。そこにいたはずの少女は、確かに姿を消していたのだ。
「……戦友、なのでしょう? なら、行ってください。あなたのような人間らしさを持った人との接触は、あの子には必要でしょうから。今日は、お話できてよかったです」
「――こちらこそ、レディ。失礼する」
〈……会場から出たのはカメラで捉えている。他のカメラも見てみる〉
飲み終わったグラスをボーイに渡し、こちらもすぐに会場から出ることにした。
*
「……オキーフ」
〈慌てるな。少なくとも、施設の玄関口のカメラには映っていない。大方、廊下のどこかだろう〉
早足になる速度をなんとか緩めたいが、それは出来なかった。この冷えた場所で、一人でいるのだろうか。あるいは、誰かに連れられて――。後者であったら、冷静でいられる自信がない。
〈落ち着け、個室にも誰かが入った痕跡はない。――ラスティ〉
「っ……」
圧のある声音に、ようやく脚を緩めることが出来る。火照る身体を冷ますように、冷たい空気を肺に入れ、吐いていく。この
〈……そのまま進め。探しているお嬢さんはそこにいる〉
彼に言われた通り、最低限の明かりしかない暗い廊下を歩いていく。夜の暗さに目が慣れて来た頃、廊下の壁を背に座り込んでいる影が見えた。もう少し歩みを続ければ、そこには黒のドレスを纏う少女の姿があった。
「……ラスティ」
「君の姿を、ホールで見かけなくなったからな。何があった?」
「……なんでも、ない」
様子を見るためにしゃがみ込む。珍しく、顔は背けたままだ。片手が片足を抑えている。慣れない履物に足を挫いてしまったというところだろうか。
「……足を挫いたのか? 医務室を借りよう。気分が悪くなった来賓のために、貸し切りにされている部屋があるはずだ」
「いい。放っておけば、大丈夫」
「それはダメだ。失礼」
「あっ」
なるべく患部に触れないように、少女の背中と膝裏に腕を添えて、抱き上げていく。外見とは異なる人工物の重さが両腕に掛かるが、強化手術で膂力が上がっているこの身体には負担にならない。だが、降ろして欲しいのか胸板を腕で押されたり、脚がパタパタと動いていく。
「大丈夫、だから……」
「こんな場所で、レディを一人には出来ない。諦めてくれ」
「……」
〈――そこを左だ。まだ、誰も使っていないし、
患部が痛んだのか、腕の中の少女が大人しくなる。オキーフの案内に従って医務室を目指す。貸し切り状態の医務室など、このような社交場において本来の医務室として使われること自体が稀だ。無論、こんな子に違う使い方なぞもってのほかだ。医務室に辿り着けば、扉が開く。オキーフが開けてくれたのだろう。最低限照明が点いただけの医務室で、少女をスチールベッドの縁に降ろす。戸棚へと向かい、捻挫の応急処置を行うための品を探していく。
(必要ないかもしれないが、何もしないよりはマシだろう……)
人工物の身体。だが、あの様子は痛覚はあるようだ。ならば、生身の人間と同じ処置を行うだけでも痛みは和らぐはずだ。どうも、彼女も様子がおかしい。何があったのだろうか。
「……悪い、切らせて貰うぞ」
〈なに? おい、ラス――〉
彼女から見えていないその隙に、耳に仕込んだ通信機の電源を切る。なぜだろうか、彼にも干渉して欲しくないと思ってしまうのは。度数の低いアルコールを頼んだつもりだったが、場の雰囲気も含めて酔いが回ってしまっているのだろうか。目的のアイシングバックを見つけ、少女の方に振り向く。やはり、顔を合わせてくれないらしい。俯いたままだ。白い肌の項に、少しだけ良くない感情が芽生えてしまう。やはり、思ったより酔いが回っているようだった。ゆっくりと少女の前へと近付き、跪く。
「待たせてしまったな。戦友、患部の方を見せてくれ」
嘘をつけないのが少女だ。咄嗟に脚を引いたのが見えた。引いてしまった細い脚に手を添えて――、ストッキングに覆われたままであることに気付いた。脱がせようにも、必然的にボリューム感のあるスカートを捲ることになる。さすがにそれは、よろしくない。そっぽを向いてから、言葉を口にする。
「あー……。戦友、見ないようにはする。ストッキングを脱ぐのは、自分で出来そうか?」
「……? うん」
スカートを上げただろう衣擦れ音が妙に心臓に悪い。ガーターベルトの留め具を外しただろう音と、ストッキングが素肌を擦る音。相手は、外見上は幼い子供だ。それに、女性かどうかすら疑問に抱かなければならない相手だ。だが、もし、彼女が正真正銘の女性で、もう少し成長した姿だったら――。その時は、無知でありそうなことを良い事に、そこに付け入っていただろう。幼い外見は、寸でのところで理性を働かしてくれた。
「……これで、いい?」
「終わったか? 後は任せてくれ」
衣擦れ音がしないことを確認してから、正面を向く。ストッキングは膝下まで降ろされている。少しだけ、少女の表情を伺えば化粧が施された頬が妙に赤かった。患部になるべく触れず、動かさないようにヒールを脱がせる。ストッキングも降ろし、改めて患部を確認する。こちらの跪いている太腿に少女の素足を乗せて安定させ、アイシングバックを宛てる。
「……そこまで、しなくても……」
「君はまだ、ハンドラーの下で戦い続けるのだろう? こんな政治家たちが勝手に始めたことに、君が怪我をする価値はない。後遺症が残るのも困る」
動揺を隠すように少々語気が強まってしまうが、本心でもある。結局のところ、必要が無い催し物だ。惑星封鎖機構という公的機関を相手取れる、そのアピールに過ぎない。
「でも……、楽しそうにしていた」
「本当に楽しいと思っている訳ではない。上辺だけでも、良いと思わせる必要があるんだ。君が飛び出してしまった理由は、それか?」
「……」
こちらを見ていた少女の空色の瞳が逸れた。彼女に怪我をさせてしまった原因は、どうもこちらにあったらしい。まさか、上辺だけで女性と会話をしていた現場を見ていたとは。そう言えば、ベルタと仕事の会話をする現場に居合わせた少女は妙に、ぎこちなかった。これは……、信頼以上の感情を向けられている。そう考えるべきか。
「……図星になると、目を逸らすのが君の癖だ。その癖は、気を付けた方がいい。特に、異性を前にしている時は、な」
揺さぶりをかけるように言葉を紡いでいく。そろそろと、空色の瞳の視線が戻って来る。その瞳に宿る感情は、動揺だ。
「ラスティ、もう大丈夫だから――」
「ダメだ。君に怪我をさせた一因に私がいるのならば、処置くらいはさせてくれ」
「……」
諦めがついたかのように、少女は拙い言葉を並べるのをやめた。完全に、この場での主導権を握った。信頼以上の感情は、利用するには都合が良い。それが、目の前の少女ならば尚更だ。
「……君は不思議だな」
「不思議……?」
「戦場にいる君は、誰よりも強く、自由に羽ばたいていくというのに。戦場ではない場所は、無垢で在り来りな少女そのもので――。本当の君はどちらなのだろうな」
新雪を踏むように、無垢で無知な少女にゆっくりと言葉で侵蝕する。こちらだけを見て欲しい、それ以外には目を向けるな。その力を、解放のために振るって欲しい。
「ワタシは、ウォルターのために――」
「――なら、聞かせてくれ。ハンドラーのためだと言うのならば、ハンドラーが君を必要としなくなったら、君はどうするのだ?」
「……!」
少女が息を呑んだ。自分の役割が終わったその後のこと。何も考えていないということは、ハンドラーによる良心に付け入った無自覚な強制なのだろうか。もう、先が見えない戦況ではない。コーラルの争奪戦は終局へと向かおうとしている。惑星封鎖機構という脅威は去った。後は、アーキバスとベイラム、そこに目の前の少女を含んだハンドラー一行、誰が先に辿り着くか。誰かが辿り着いたその時、コーラルの所在は明らかになる。勝ったという油断の中、一斉蜂起する。これで企業を倒せば、もうこの惑星に縛るものはなく、これから生きるためのコーラルも手に入る。実現は厳しいが、それが理想の勝ちというものだ。そのために、目の前の少女には
「……ワタシ、は……」
少女は、言葉を出せずにいる。ならここは、もう少し踏み込んで良いだろう。
「――やはり君は、理由が無ければ武器を手にすることは出来ない普通の女の子だ、エイヴェリー」
「え……?」
患部は十分に冷やすことは出来た。素足を降ろし、ゆっくりと立ち上がる。そのまま、少女の隣に腰掛ける。重さで軋むスチールベッドの音、見上げる少女の表情は驚愕と共に頬が赤らんでいた。
「常々考えていた。どうして君は、戦うのだろうと。君のような人が、戦場にいる理由とは何かと」
「ワタシは、強化人間だから……。戦うための――」
「だとしても、君は人間だ。生体パーツではない。例え、その身体が人工物であったとしても」
「っ――!」
驚愕した表情に、恐怖が混ざっている。自分の身体が人工物であることは、隠し通したかったのだろう。その秘密は、既にバレている。逃げようとする少女の肩に腕を回し、そのまま懐に抱き寄せていく。咄嗟に、抵抗するかのように小さな手が挟まれた。
「いつ、から……」
「最初に君の手を取った時は、義手ではないかとは思っていたさ。身体の全てが作られたものだと気付いたのは、アイスワームのブリーフィングの時だがね」
抱擁に力を籠める。抵抗する手や腕も力が入る。顔面を離そうとしているのは、化粧が衣服に付かないようにしているのだろうか。
「……ワタシは、強化人間。戦うための、兵器」
抵抗の姿勢を崩さない少女。もう少しで、揺らぐ少女を落とせる。
「違う。君は、一人の人間だ。戦うことを強いられているだけの、普通の女の子だ」
「っ……、やめて!」
声を荒げると共に、抵抗していた力が強まって来る。失言だった。腕を離して少女を解放する。
「あ……。ごめん、なさい……」
「――いや。今のは失言だ。これまでの君を否定させるものだった。私の方こそ、すまなかった」
少女は、ハンドラーのために戦い続けていた。それを否定する言葉は、逆鱗に触れるものだ。あまりに性急過ぎた、らしくない。
「君とハンドラーの関係性は、見えている以上に深いものなのだな」
「……ワタシ、在庫だったから。元の身体、機能以外は植物状態でほとんど死んでいる。そんなワタシを見つけてくれたのが、ウォルター」
「旧世代型だったな、君は。やっと、君はその外見とはどこかが違うという合点がいった」
秘密は既に気付いている。そのせいか、少女が自ら告白してくれた。外見の差異、彼女がハンドラーに傾倒する理由。憶測はほとんど当たっていたようだった。こちらが逆鱗を触れてしまったあのようなやり取りがあっても、言葉を続けることが出来るのは、これまでの信頼とあの会場に戻りたくないという意思が大きいのだろう。
「いくつか肩を並べても、君のことは、知らないことばかりだ」
「それは……、ワタシも同じ。ラスティのこと、知らないことが多い」
「私のことか? そうだな……」
思案する。逆鱗に触れてしまった以上は、警戒心を抱かせてしまった。慎重に言葉を選ばなければならないが、彼女の感情に揺らぎがあるかを確認する必要がある。ならば、こう答えるのが確かめられるだろう。
「私が、一番魅力的な女性だと思っているのは君だぞ。戦友」
「……え?」
驚いた少女の表情。警戒は抱かせてしまっただろうが、こちらへの信頼と感情が潰えてしまった訳ではないようだった。
「それ、って――」
言葉を紡ごうとした少女の言葉が止まる。首元のチョーカーに手を当てる。どうやら、二人きりの時間は終わりのようだった。
「ハンドラーか?」
「……うん」
「仕方ない。戻るとしよう。足は大丈夫か?」
「大丈夫……。ありがとう」
少女が装いを正すのを待ち、それから医務室を出ていく。少女と共に会場に戻ると、少女を探していただろうレッドガン隊員。それどころか、ベルタやハンドラーも少女の捜索を行っていたらしい。少女を送り届け、その場は立ち去ることにした。陰謀と思惑が渦巻く社交界の一夜は、まだ続いていく。彼女たちから離れた場所で、切ってしまった通信機を起動する。
〈全く、監視カメラが無いとでも思っていたか? 随分と情熱的なアプローチだったな〉
「見られてしまったか。見ての通り、フラれてしまったよ。だがまあ、まだ脈はありそうだ」
〈らしくないことをしたな。何を焦っていた。それとも、
「――まさか」
それはない、と断言できなかった。彼女の姿が、偽りのもので、本来の姿があるということ。性別の言及がない以上は、女性であることは確定して良いだろう。本来の彼女に出会えることは、あるのだろうか。
(いいや、違う。彼女の力を利用したいだけだ。そうだろう?)
思わず、かぶりを振ってしまった。彼女に近付いているのは、その力を取り入れたい。ただそれだけのはずだと。
この一夜が明ければ、第四勢力であった封鎖機構という抑止力を失ったコーラルを巡る争いが再開される。執行部隊の強襲艦を初めとした、主力兵装を多数鹵獲したアーキバスが優勢としての再開となったのだった。
*
一夜が明け、アーキバスとベイラムは両企業の共同ベースから撤退を始めた。各々が撤退準備を始める中、手渡された資料に目を通していた。
(第四部隊は再編成、か……)
アイスワームの撃破作戦にて、スティールヘイズには確かに無茶をさせた。出撃は可能ではあるが、それは最低限に収めなければならないものだ。そうなれば、これから探査すべきウォッチポイント・アルファにて、先行を担わなければならない遊撃部隊が機能しないということになる。そうなれば、第四部隊に配置された人員を再編成するというのは、自然の流れだろう。恐らくは、あの少女に先行調査を依頼する腹積もりなのだろう。
(だが、これは……。そろそろこちらを切る算段を始めたということだろうな)
そろそろスネイルも、泳がせたあるいは尻尾を掴めていないスパイを取り締まりたい頃合いだろう。第四部隊は徐々にその人数を減らし、最後の一人となったこちらに出撃命令が下されたその時が、ラスティの最後の出撃となるだろう。それまでに、あの少女と最後の接触を図れるだろうか。それまでの時間に、機会はあるか。いずれにせよ、探査が始まればその時間や機会というものは限られる。巡ってきた機会が、最後の機会となるだろう。その機会が終われば、ヴェスパーのラスティは終わり、ルビコン解放戦線のアッシュに戻る。
「さて、どうしたものか……」
迫りつつあるラスティの終わりに、思わず天井を見上げた。