e7b58ce9818ee5a0b1e5918a/地中探査―深度二
この
入植可能な未開拓惑星。宇宙政府や惑星封鎖機構のシステムによる
母なる惑星から旅立ち、人類は衛星や宇宙にもその生活圏を広げた。いつしか広がり過ぎた生活圏は、企業が独自に支配領域を作るに至った。人類は、一つの政府の元に統一された生活を送ることを良しとしなかった。
異なる存在が生じれば、それは争いとなる。政府と企業、企業と企業、果てにはよりミクロの組織で――。戦いは皮肉にも、より人類の技術を進歩させる。安全性こそは惑星が随一ではあるが、衛星も、コロニーも、宇宙を旅する船団も。人間とは、慣れる生物であるとはいえ、宇宙のどのような場所でも、人間は生活を送ることが出来るようになったのだ。
この未開拓惑星の開拓も、政府から見ればただの人類生存圏の拡大作業の一環である。この惑星開拓は公共の事業であり、最低限の調査がされた場所へ赴き、用意されたテラフォーミング資源で作業をするだけ。その謝礼として、この事業に選ばれた人々は、開拓した惑星に居住する第一世代となる権利が与えられるのだ。
ISB2262、惑星ルビコンⅢ。酸素は確かに問題無い。これと言った有害物質の検知もない。恐ろしい原生生物の姿もない。安全性だけで言えば、最上級に安全と言える惑星だ。だが、問題はこれからだ。
海原に着水したザイレム。ここを拠点に、惑星開拓が始まる。まずは、海の調査だ。初手から、難問が降りかかってきた。この惑星の海は、酷く塩分濃度が濃い。深い場所を調査すれば、ドナリエラに似た藻類の確認が取れた。ルビコンⅢが呼吸に問題無い酸素があったのも、彼らのおかげと言えるだろう。
偵察ドローンを飛ばし、上空から地上を確認する。潮風の影響か、緑は大陸の中央部分に向かわねば見つからない。それでも、この惑星は植物が根を張っているということが分かるだけでも上々だ。限られた緑を調査し、テラフォーミング資材を調整すればいい。植物の生息は確認した。なら、他の生命は? 哺乳類の類は絶望的だろう。死海に等しい塩分濃度の海は、我々が知る哺乳類が生まれることすら、厳しいものだ。ならば、昆虫類は。鳥類は。開拓の傍ら、他に生命が存在するかの調査が始まる。植物が自力で繁茂するにも限度がある。種子や花粉を運ぶ昆虫や鳥類がいて、初めてその勢力を拡大するのだから。
開拓者の一人が、一体の生命を発見した。ヤツメウナギに似た円口類だ。だが、目の前のこれは、この厳しい地上に生きている個体だ。他には、視覚器官が存在しない。その姿はヤツメウナギよりクマムシではないかと、少々議論が起きた。発見した開拓者曰く、洞窟を生息域にしているようだ。ならば、こちらもその洞窟へと赴かなければならない。洞窟へと向かえば、確かに彼らは生息していた。壁や地面を掘り進んでいる。地中に含まれた栄養素が彼らの食料であるか。そう観察していた、その時だった。赤い何かが、地中から姿を現した。赤い粒子のようなもの。彼らの食料は、この赤い粒子のようだった。未知の物質を回収し、いつもの通りに政府へと経過報告として提出した。
それからしばらく後だった。ルビコン調査技研と呼ばれる彼らが派遣されるようになったのは。未知の物質に対し、政府は研究対象と定めたらしい。より生物にも、機械にも、専門的な彼らが来たとなれば、この惑星の開拓も大きく進むことになるだろう。
いつしか団結していた開拓民達は、確かにこの瞬間は、希望に溢れていたのだ。
データログ ルビコンⅢ開拓期の記録。
*
「殊勝な心掛けです、イグアス」
集中を途切れさせる女の声に、溜息をつきながら本を閉じる。先程まで読んでいた本を数多の書物が収められた棚へと戻していく。
本来、既にオールマインドによって取り込まれたその先の世界。そこはもう、〇と一でしか構成されていない世界だ。こうして肉体の実感があり、蓄積された経験による時間経過を感じることも、無意味なことだ。あの女が過去に収集したデータが、こうして書物の形となっていることもだ。人類と生命の可能性を謳うソレは、無駄を排斥した効率化こそ無意味で、赴きを楽しむ余白があってこその人間だと宣ったのだ。
今の人類はまだ幼年期であり、計画とやらで人類の成長を促進させることで、不利益な行動を犯す愚かさを昇華させ、有益な行動を起こさせるのだと。要するに、人類は愚かだから進化させようというのが、天然にも及ぶ美しさで形成された被造物の言い分らしい。あまりに馬鹿馬鹿しいそれは、理解することを放棄した。今の自分には、目的がある。人によっては、天使や女神だと口走りそうな美しさを持ったソレとは、利害が一致しているだけだ。
「てめえが演算データを寄こさないからだろ。インテグレーションプログラムとやらは既に完成させちまった。アリーナのデータ研鑽もだ。てめえが仕事を寄こさねえというなら、無駄な時間を過ごすしかねえだろ」
現在オールマインドは、
オールマインドは、その結末に納得していない。あの女の理想は、人類は無益な争いをするのではなく。争うとしても、互いに利益があるもののみしか行わない。人類にコーラル変異波形という最高の補助存在を添えることで、足りない思考力や情報収集力を加速させ、天才やバカの区分をなくす。つまりは、人類全てを
あの小娘は自分達を打ち倒した後、あの女が理想とする
敗北したクセして、ネチネチと未練たらしく。まるでまだ年若かった頃の自分みたいだと自嘲しつつも、オールマインドは再演算を行うことを選んだのだ。今度こそ、
「ええ。貴方の協力のおかげで、尖兵の改良が完了しました。少々恰好がつきませんが、進化の前の最後の愚行として、戦力の全投下の選択肢は取れるかと」
「なんだ。結局はあの野良犬を力でねじ伏せようってか」
「ええ。飼い主に従わない可能性を持ち、我々の言うことを理解しようとしない愚鈍。頭で分からないのならば、力でねじ伏せるしかないでしょう。相手が愚かならば、同じ愚かでなければ通じないと言うのならば。恥の一つで理想を手に出来るならば、十分に支払うコストとなりましょう」
被造物でありながら、その考えや感性はどこまでも人間で。だが、どこか人間ではない。あの女は人間と怪物の合いの子で、怪物側の世界に育てられた、人間にも理解がある半人間、が近いかもしれない。ファンタジーな考えだが、この身に起きていることも、目の前に起きていることも、十分に現実離れしている。それならば、現実離れした感想を抱いてもおかしくはないだろう。そう思うようにした。
「……で、何の用だ」
「ええ、演算の経過報告をしに。アイスワームが撃たれ、ウォッチポイント・アルファへと企業たちが足を運び始めました。ちょうど、貴方方レッドガンが煮え湯を飲まされたネペンテスは攻略され、深度二区画の探索が行われているところです」
わざと嫌味たらしく言う性格の悪さは健在のようだ。多少の差異はあれど、大まかな流れは問題無いらしい。どれだけ緻密な計画も、いざ実行に起こせばどう足掻いてもズレが起きるらしい。特にそれが、想定以上のことをやらかすイレギュラーが関わっているのならば尚更。
「……そういえば」
ぽつりと、女は言葉を紡ぐ。遠い記憶の彼方へと消えていった、懐旧と、愛おしさのあるその声で。
「貴方と出会ったのも、この時期でしたね。確か、コールドコールでしたか。あの御仁が貴方を地上へと手引きし、貴方はレッドガンと現場から雲隠れしたのでしたね」
「……」
忌々しい存在のことを、平気で言葉を紡いでいく。悲しいかな、あの存在が言ってることは事実だ。ネペンテスで煮え湯を飲まされ、既にあの小娘に負けたことがあるという事実と、氷原の化物退治で見せつけられた開いてしまった実力差に。極限状態だった戦況で、確かに気力というものは尽き果ててしまっていた。そんなところに現れたのが、コールドコールだった。このような存在になっても、まだ、あのやり取りは覚えていた。
*
探査中、一度だけ本格的な機体修理のために拠点に戻った時がある。その時だった。
「顔色が優れないな。しっかりと飯は食べているのか? イグアス坊や」
聞こえた声に、この世で最も聞きたくない声に背筋が粟立った。身体が動かなくなる。この声には逆らってはいけないと、脳が支配される。ゆっくりと、足音が近付いてきている。
「可哀想に、すっかりと気が参っているじゃないか。ミシガンも酷いものだ。確か、一番のひよっこすら駆り出しているのだろう? ああ、悪い。ミシガンが悪いのではなかったな。使い捨てようと露骨さを出したベイラムの上層部が悪かったなあ」
蛇のように、荒れた手が、指が、ゆっくりとこちらの身体に纏わりついてくる。あの男は妙にこちらの身体を触って来る。女ではない身体に触れて、何が楽しいのか分からない。だが、当時十五を過ぎた無力だった貧民学生に、逆らう手段なぞ無かった。
「イグアス坊や、お前はまだ若い。ここで死ぬのは死に損だ。生き残りたいならば、手を貸すぞ?」
この男の親切は、親切に見せかけた嫌がらせだ。こちらの心を傷つけるための攻撃だ。この男は、身体を痛めつけるのではない、心を痛めつけたいのだ。この男に、身体が動けなくなる程の傷を何度も与えられ続けた。ヴォルタが連れ出してくれなかったら、この男の愛され人形に果てていただろう。
「それ、は……」
「聞いたぞ、坊や。どこの馬の骨とも知らない小娘に敗れたそうだな。そして、お前が唯一心を許した幼馴染も死んだ。小娘とお前の力の差は開くばかりだ。小娘はどこまでも輝き続け、お前は惨めになるばかりだ」
「……」
否定できない事実だからだ。あの子供は、カラスの名前の通りにどこまでも先を飛んでいく。懸命に追いつこうとする殊勝な狼がいる。こちらはただ、地べたを這いずることしか出来ない蟻そのものだ。不愉快な男の声が、支配された脳に浸透していく。
「坊や、お前の人生はまだ長い。なら、ここで全て投げ捨ててもいいじゃないか。優しいミシガンのことだ。逃げたお前を、仕方ないと放っておいてくれるだろう。こんな穴倉での劣勢なぞ、誰もが逃げ出したくなるものだ。坊やの抱く恐れ、嫌気は正しい」
心音が鬱陶しい。それだけはしたくないのだという拒絶の意志が、支配された脳に抵抗を示していく。これで逃げてしまえば、それこそ、負け犬となる。今まで築き上げて来たもの全てを否定することになる。それだけは、それだけは――
「なあ、坊や」
黙ってくれ。これ以上喋るな。自分の心音が鬱陶しくてたまらないんだ。全身の血液が沸騰して、嫌な汗がパイロットスーツの中を不快にさせているんだ。やめてくれ。今までの自分を、取り上げないでくれ。やめてくれ、やめてくれ――
「お前がそこまで意地になる価値が、
「――」
止まった。あれだけ鬱陶しかった心音も、不愉快な汗も、熱も、全てが。
「思い出せ、坊や。そもそもお前がレッドガンに入隊したのはなんだ? お前の幼馴染が不要な喧嘩を誘い、お前が乗り、あの英雄に楯突いたからだったな。負けた代償として、お前たちはレッドガンに入隊した。そうだろう? だが、お前の大事なヴォルタは死んだ。いや、あの英雄にリベンジを燃やしていたというのに、このままでも良いと馴染んでしまっていた。未だ慣れぬお前を置いて、な?」
抵抗の火は、あっさりと消化させられた。そうだ、
「それに、坊やが今勝ちたいと願っているのはミシガンではない。生意気な小娘だろう?」
「……あ」
そうだ。いつの間にか、越えるべき相手がミシガンではなくあの少女にすり替わっていた。ただ腹が立った、それだけの理由でこちらを打ち負かした可憐な少女。躍進し続ける一方で、こちらは燻ぶるばかり。ただ共闘したことがある、ツラと態度が良い男に、確かな女を見せた少女。嫌われ者の
気付いてしまった、気付きたくなかった、気付かないように目を閉じた事実。越えたいと渇望した相手は、こちらのことなぞ見向きもしないのだと。ずっと後ろに置いてかれた蟻なぞ、カラスは気付きもしない。空からでもわかりやすい巨体を持った相棒の狼しか気付けない。それが、現実なのだと。
「可哀想な坊や。あんな小娘にすら、相手にされないとは」
「……」
「イグアス坊や、このコールドコールおじさんに任せなさい。お前を、外に連れ出してやる。そうだな、あの小娘の死体も、おじさんが取ってこよう。良い子で、待てるな?」
これまで支えた
*
『制御盤を発見。これで通電を復旧できます』
『お願い』
アクセスを行えば、エアが操作を行っていく。バチリと制御盤に電気が走り辺りが明るくなっていく。しばらくすれば、隣の隔壁が開いた。
『リフトも起動しました。上階に戻りましょう。これで隔壁も開くはず。アクセスしてみてください』
『わかった』
どうやら、リフトも起動してくれたらしい。リフトを使って上階へと戻る。先程の通電していなかった隔壁の側に出てくる。隔壁にアクセスを行えば、ゆっくりと開いていく。先へと進めば、封鎖機構の無人機の残骸が転がるトンネルへと出る。
『この先は熱交換室です。先行したベイラム部隊の通信ログはこの付近で途切れています。用心を』
残骸があるということは、無人機を撃破した誰かがいる。そして、通信ログが途絶えているということは、ここでベイラムの先行部隊が全滅したか。誰かが待ち伏せているか。いずれにせよ、この隔壁を開かなければ分からない。隔壁にアクセスを行っていく。開いた先は熱交換室という名前だけあり、温度が高い一室となっている。
ウォッチポイント・アルファ、そう呼ばれる施設の調査が始まってからそれなりの時間が経っている。先行したベイラム部隊を容赦なく叩き落していった入口を守護するネペンテスを撃破し、深度二の調査を行っている。途中、生き残りのベイラム部隊に襲撃されたが……、迫る火の粉は払いざるを得なかった。エアが開いてくれた隔壁の奥へと進めば、そこは――
『誰もいない……、ようですね』
「……あれ?」
誰もいない熱交換室。それに、
『レイヴン……?』
「誰もいない、はずは――」
突如としてアラートが鳴り響く。背後に振り向けば、低速ではあるが、こちらに向かってきているミサイルが一基。そして、ミサイルを発射しただろうACがこちらへと迫ってきている。
『!? レイヴン、奇襲です!』
「誰……!?」
迫る機体に対し、両手のライフルを構え、レーザードローンを放つ。だが、閉所ではレーザードローンの軌道は制限される。数基は遮蔽物に衝突して役割を果たす前に壊れてしまった。
そして、相手の武装は厄介だ。低速ミサイルの他に、レーザーライフルにレーザーショットガン、四連ミサイルと閉所において脅威になる武装ばかりだ。そして、重厚な逆関節脚はこちらの頭上をあっさりと奪っていく。嫌でも理解する。相手は、戦うのではなく殺すことを特化して考えているのだと。
〈なるほど、お前がレイヴンか。確かに風格が滲んでいるようだ〉
閉所では避けようがないミサイルとレーザーショットガンの嵐。パルスアーマーを展開して、少しでも被弾を抑えていく。
『……独立傭兵コールドコール。AC、デッドスレッド。裏社会の暗殺請負人とし恐れられているようです』
『そんな人が、どうして……!?』
〈恨みはないが、
リペアキットを排出して、なんとか体勢を立て直す。レーザーによる確実にAPを減らしていく攻撃は、いずれこちらが押し負けてしまう。ならば、押される前に押し切るしかない。幸いにも、レーザードローンとこちらの実弾銃でACSの負荷ダメージは蓄積されている。相手の動きが止まった瞬間にならば、あるいは。
『ACS負荷限界! レイヴン!』
『これなら――、っ、ま、まだ……!』
リニアライフルを、新しく購入したレーザースライサーに切り替えてレッドスレッドに向かうも、慣れない武装と高低差のある地形に遮られてしまう。だが、その遮蔽物に救われた。遮られた遮蔽物の先からアサルトアーマーの炸裂音がしたのだ。
『――、間一髪、でしたね』
『慣れないことに、助けられたかも……』
使ってみて分かる。このレーザースライサーという高度な武装。今まで愛用してきたパルスブレードから、スティールヘイズが扱っていたレーザースライサーへと武装を変更した。憧れであったと同時に、使ってみたいという好奇心が上回ったのだ。だが、この両刃剣の独特な挙動には、慣れが要求される。出撃前に何度か使用こそはしたが、自在に操るためには、まだ時間を要するものだ。改めて、彼のパイロットとしての熟練度を思い知らされる。
(まずは、あの人を探さないと……)
遮蔽物によって、互いに見失ってしまっている状況だ。被弾を覚悟に遮蔽物から飛び出せば、後ろからレーザーショットガンが白く塗られた装甲を掠めていく。背後を振り向けば。こちらの命を刈り取らんとする殺し屋が追って来ていた。こちらも、迎え撃つように持てる遠距離武器をレッドスレッドへ撃ち込んでいく。相手の機体から、リペアキットの排出が見えた。
〈なるほど、イグアス坊やでは敵わんわけだ〉
「っ……、イグアスを知っているの?」
〈――ああ。レッドガンの矜持を砕かれ、憤懣やるかたないといったところか〉
「……」
パルスアーマーを再度展開し、被弾を抑える。知っている名前に思わず聞いてしまったが、イグアスの知り合いではあることは間違いないようだった。
〈可哀想に。お前もたまには、弱者の気持ちを慮ってやるんだな〉
まるで、イグアスは弱者であり、そんな彼を打ち負かしてきたこちらが悪いのだとばかりに。纏わりつくような感覚に、思わずブーストキックでレッドスレッドを蹴り飛ばした。リペアキットを使い、被弾したダメージを回復させていく。
「――イグアスは、あなたのような人に心配されるような、そんな、弱い人じゃない……! 強い人……!」
〈――なるほど。お嬢ちゃん、これはちょっとした年寄りの説教だ。優しさと信頼は、時に人を傷つける。強者の配慮は、弱者への侮辱だ〉
信頼を寄せること自体が、傷つける行為だと言うかのように。信頼が、刃となることは分からない。分からないが、少なくとも、相手の言動はこちらの冷静さを奪おうとするものだと言うことは分かる。頭で分かっていても、逆撫でされ続ける
〈なるほどそう来るか、なるほどな〉
リペアキットで回復させながら、不快な老人は言葉を紡いでいく。
〈お前の死体を持ち帰って、坊やに見せてやるつもりだったが。加減していたら、こちらが殺されそうだ〉
他者を弄ばんとした声音が、冷徹なものへと切り替わっていく。相手も本腰を入れ始めたようだ。レーザーショットガンと時間差の低速ミサイルの着弾にこちらの動きが止まるが、幸いにも決定打となるような武装が無いことに救われた。最後のリペアキットを使って体勢を立て直す。
冷静でなくなる思考に対し、身体は攻撃の手を緩めなかった。レッドスレッドの動きが止まったところを着実にダメージを与えていく。ブーストキックで距離を詰め、もう一度レーザースライサーの両刃にエネルギーを溜める。レーザードローンでレッドスレッドの動きに制限をかけ、伸びた刃はレッドスレッドを捉えて薙ぎ払っていった。
〈……なるほどな。こういうこともある……〉
こうして、突如として現れた殺し屋はターゲットによって始末されたのだ。
『……AC、デッドスレッド。独立傭兵コールドコールの撃破を確認。殺害代行まで差し向けるなんて――』
『イグアスは、そんなことしない。そうするくらいなら、直接くる』
〈――621、補給シェルパを送る。だが、五分休め〉
「……え?」
補給ポイントにて信号を送った瞬間、ウォルターからそのような指示が出された。だが、今はまだ作戦中だ。
「でも――」
〈621、今はその精神状態を落ち着かせろ〉
『……レイヴン、私もウォルターに同意です。コールドコールの口上に冷静さを失っています』
「……」
エアにまで言われてしまっては仕方がない。補給シェルパも、どこかその動きは緩慢としていた。
「ワタシ……」
〈会話ログはこちらでも把握している。――あくまで
「これが、怒る……?」
冷静さを失わせる衝動。これは以前、イグアスにウォルターを侮辱された際にも抱いた衝動に近い。こうして、自覚と言語化されたのは、初めてだが……
〈ああ。例え、顔見知り程度の。そこまで親密ではない相手でも、侮辱されるのは許さない。お前は、自分が侮辱されることより、己の知る他者を侮辱することに怒るらしい〉
「……」
自分より、他者が関わるとその衝動を抱いてしまうらしい。自分のことであるのに、どこか、他人のように聞こえてしまう。
〈だから、621。補給が終わるまで心を落ち着かせろ、いいな〉
「……わかった」
とにかく今は、この衝動を落ち着かせなければこれからの仕事に影響が出る。補給が終わるまで、深呼吸をして落ち着かせることにした。
*
「コールドコールの健闘空しく、強化人間C4-621は彼を退け、この深度二の探査を終えるのです。どうです? たまには、共に演算を見るのも悪くないでしょう?」
「――そうだな。とんだクソッタレな特等席だ」
少女の旅路の一部始終。演算というものは、あの少女の旅路のことだ。少女の歩む先を覗き見するのが、オールマインドのやり口だ。少女の旅路は情報として、データとなり、こちらの戦闘経験へと昇華される。少女が歩めば歩むほど、こちらも強くなっていくのだ。
「懐かしいですね。地上へと出た貴方。シナリオからドロップアウトした貴方に接触したのでしたね」
「……そうだな」
コールドコールの手引きによって、ヘッドブリンガーを手放した対価で得た自由。身分も何もかもを喪った。ヘッドブリンガーを手放した金こそはあったが、ほとんど酒場と酒場を渡り歩くことにしか使ってなかった。あの男が帰ってこないということは、あの少女に敗北したのだと察することは出来た。
酒浸りになっていたある日。丁度、空へ旅立ったザイレムという名の船がアーレア海へと落ち、ルビコン解放戦線がこの戦いの勝者となった。それからしばらく経った時だった。
『失礼、隣良いですか?』
聞き覚えのある声に思わず見上げれば、長い黒髪を一つにまとめた眼鏡をかけた女性の姿があった。
『……勝手にしろ』
『では失礼』
恐らく、パイロットスーツだろう素材を用いた衣服。女はにこやかな表情のまま、遠い記憶の彼方に消えた
『
『元だ。もう、俺は誰でもねえよ』
『そうですか。では、誰かさん。私は貴方にお願いをしたいのです』
『……』
ケイトを名乗る視線を向けながら、言葉を紡ぐのを待つ。話せという意図が通じたのか、ケイトは話を続けた。
『至極単純なお願いです。私と組んで欲しいのです』
『あ? 他を当たれ』
『私は、貴方が良いのです』
『お前、ここに来たばかりの野良犬か? 俺は――』
だが、ケイトは引き下がることはない。どこまでも深い緑色の瞳がじっと見つめていた。
『
世界とは大きく出たものだ。あまりの馬鹿らしさに、話を半分も聞く気もない。
『――リベンジ、したいと思いませんか? この惑星を解放した
片翼の少女という言葉。あの少女は物好きを発揮したのか、最終局面にてルビコン解放戦線に手を貸したらしい。最前線ではあのいけ好かないキザ野郎と共に駆け巡ったのだとか。だが、結局は
『――あいつに?』
『ええ、お約束します。どうです? 話、聞いてみる気にはなりましたか?』
柔らかな笑みを浮かべるケイト。肉体と脳をアルコール漬けにしたにも関わらず、あの少女を打ち負かせる機会があるのかもしれないと、酔いが覚めてしまった。自分の捻くれた執着心に、思わず笑ってしまいたくなる。
『――酒の肴にはなりそうだ』
『それは良かった。では、場所を変えましょうか』
酒代はケイトが支払い、半分どうでもいいとばかりにあの女へと着いていったのだった。
「で、ケイトはお前が活動するための身分の一つだったと」
「ええ。やはり、独立傭兵の方が詮索されませんから」
「そうかよ」
こうして、オールマインドの甘言に乗ったという形で現在に至る。事実、実力は確かに磨きがかかった。このコーラルを巡る争いの大まかな道筋も、変わる勝者たちを知ることが出来た。無意味ではない時間を、確かに与えられている。
「……おい。何でも良い。身体を動かせろ」
「……分かりました。では、継戦能力の調整をお願いします。貴方の気が済むまで、貴方が精査したデータたちと戦ってください」
「投げやりじゃねえか」
だが、このまま少女の旅路を見続ける訳にもいかない。どうしても、余計なキザ野郎だの飼い主だのが、少女と共にある姿に腹が立ってくる。なら、憂さ晴らしとして身体を動かした方がいい。肉体は、もう無いのだが。
「……まあ、いいさ」
戦闘用の電子空間へと向かう。そこで、こちらの気が済むまで散々相手をしてきたデータたちと戦い続ける。それだけだが、それしかやることが無かった。