「体調は問題無いな? 621」
「うん。カーラから大丈夫って」
「そうか。なら、仕事を始めるぞ。アーキバスグループから依頼が入っている」
こくりと頷く。ヒビが入ったタブレット端末を操作してブリーフィング画面を開く。これまでの深度探査にて疲労が祟り、幼い子供を模した義体は限界を迎えてしまった。急遽駆けつけてくれたカーラに、メンテナンスと相談をしてもらったのだ。これから仕事を続ける分は問題ない。心も身体も、整備してもらった。
〈独立傭兵レイヴン。これは当社系列企業、シュナイダーからの依頼です〉
映し出されたのは、赤みがかった柔らかな髪を持つ若き青年ペイターだ。少しだけ、疲労の色が見えるが口調はいつもと変わらないものだった。
〈まずウォッチポイント・アルファにおける、アーキバスとベイラムの戦力状況をお伝えしましょう。先走り突入したベイラム部隊は防衛兵器による損耗で離反者も相次いでおり、直近で発生した我が方との交戦においても、敗走を続けています〉
ベイラム部隊の状況が極限状態であることは、なんとなく理解していた。交戦して分かる、彼らの必死であった状況は忘れられるものではない。
〈しかし、敵方には依然としてレッドガン総長。
「……」
思わず、ウォルターの顔を見る。彼の表情は依然と変わらない。違う。眉間の皺がより深いものになっている。
〈なお、受託なき場合はヴェスパー第四隊長がこれを代行することが決定されています〉
「……え?」
〈ブリーフィングは以上です。よろしくお願いします〉
理解が追いつかなかった。この仕事をこちらが受けなければ、ラスティが彼らの相手をするとペイターは言ったのだ。スティールヘイズは確か、そう激しい戦闘は出来ないはずだ。だと言うのに……。あるいは、数少ない出撃機会をこちらに充てたということだろうか。
「……受けるかどうかは、お前が決めろ。受けても構わん。拒否したければそう返答を出そう」
「……」
どちらも、見知った相手だ。こちらが受けなければ、ラスティが戦う。この仕事を受ければ、ミシガンを。ウォルターの友人を倒すことになる。どちらを選んでも、きっと、心に何かしらのものが残る。
「……ウォルター」
「どうした、621」
「少しだけ、考えさせて」
「――わかった。そう言えば、もう一つの依頼通知があったな。そちらでも問題ないだろう。アーキバスには白を切っておく。行くなら行ってこい」
こくりと頷き、ブリーフィングを聞くために別室へと向かった。
*
誰もいないことを確認し、もう一つの依頼を画面に表示する。傍らにいるエアを見上げれば、彼女は頷いた。
『それでは、ルビコン解放戦線指令。ミドル・フラットウェルからの依頼です』
エアがブリーフィング画面を進めてくれる。画面に映るのは、白髪交じりの黒髪に眼鏡をかけた初老の男性だった。
〈独立傭兵レイヴン。早速だが、仕事の説明をさせてもらう〉
声からして、彼がミドル・フラットウェルなのだろう。ブリーフィングの続きを確認する。
〈企業勢力の筆頭アーキバスは、封鎖機構の技術を取り込み優位にあるとは言え、終わらない勢力争いに消耗し、実態は疲弊している。今こそ、奴らの重要戦力を削ぐ好機だ。目標はヴェスパー部隊。番号付き二名の排除。これに協力してもらいたい〉
『これまで慎重な姿勢を見せていたフラットウェルが、大きく出ましたね』
今までのフラットウェルは、優位な状況を作り出さないための根回し。慎重な動きが多かった。そんな彼が好機だと、大きく行動を起こすとは。
(でも、探査の状況がどうして……)
〈対象は
ブリーフィングが終わる。疲弊している隙を突いた奇襲というものだ。それに、フラットウェルも同行する。解放戦線の情報網は、思った以上に企業の内部事情を把握しているということなのだろうか。
『解放戦線の実質的指導者、ミドル・フラットウェルが自ら……。あなたを測ろうという……。そういった意思を感じます』
『そうだね』
自分の立場とこちらと共闘すること。その天秤をかけて後者を選んだということだ。それだけ、彼の信頼を勝ち取っているとも言える。だが、この深度探査の事情に
『どうか、しましたか?』
『ウォッチポイント・アルファには、ワタシ達と企業しかいない。よね』
『確認が取れる範囲では――。確かに、ミドル・フラットウェルが近況を把握しているのは妙ですね……。私やウォルターのような電子戦を得意とする方がいるのか……。そういえば、敵陣に入り込むことで情報を獲得するという、スパイという存在がサブカルチャーにありますね』
『スパイ……』
アーキバスやベイラムにハッキングを行う。というよりは、スパイが忍び込んでいるというのが自然だろう。それも、この探査にまで生き残った上で更に情報を獲得し続けている猛者だ。そんな存在が紛れ込んでいるとなれば、中央氷原での動きも的確であったことに納得が出来る。では、そのスパイとは誰か。それは、こちらが知っても仕方がない事だ。ただ、そういう存在がいるからこそ、フラットウェルの動きが的確であるという裏付けの材料となる。それだけのことだ。
『――』
「っ……」
真っ赤に灼けた空。その中で燦然と輝く錆色の綺羅星――。フラッシュバックする光景に頭痛が走る。落ち着いて、一呼吸をつける。頭痛のことも、カーラに相談するべきだった。どうして、メンテナンスを行って貰った時に出てこなかったのだろう。だがもう、後の祭りだ。
『レイヴン? また、頭痛が……?』
『ごめん、大丈夫。行こう』
『分かりました。無茶はしないでくださいね』
こくりと頷いた後、出撃準備をするためにガレージへと向かった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
場所は深度二。丁度、この場を護る守護者であったエンフォーサーを下した場所だ。深度二の中で適度に広さがある入り組んでない場所は、確かにこのエリアだ。場所も調査済みとは、どれだけの情報が彼らの元に流れてしまっているのだろうか。
『ミッション開始。ルビコン解放戦線司令、ミドル・フラットウェルとの協働作戦です』
傍らの機体を見やる。エルカノ・ファウンダリィ製の軽量二脚一式。武装もBAWS製のバーストマシンガンとバーストアサルトライフル、メリニット製の四連ミサイルと小型バズーカだ。素早くACS負荷を蓄積させ、スタッガーさせて更に追い詰めるという機体構成なのだろう。軽量機という速さを活かした機体構成だ。
〈……来るぞ、レイヴン。仕掛けるタイミングは、お前に任せる〉
フラットウェルの言葉に、眼下の広間を見やる。隔壁が開き、二機のACが広間へと入ってきた。
〈第二隊長閣下から緊急招集とは、何事でしょうか?〉
〈スネイルにはよくあることだよ、ペイター君。人を呼びつけるのが好きなんだろうね〉
〈第五隊長殿、聞かれでもしたら面倒ですよ〉
『目標を確認。四脚ACが
聞こえてくる声は、片方は聞き覚えがあるペイターのもの。もう片方の優し気な壮年を思い浮かばせる声は、ホーキンスなのだろう。遠目からだが、機体構成の耐久度を考えて……。ホーキンスがこちら、ペイターがフラットウェルを担うのが理想だろう。だが、こちらがすぐにペイターを撃破し、ホーキンスを二人がかりで襲撃するのも手だ。デュアルネイチャーは軽量寄りの逆関節と考えれば、後者のやり方でも対処できる。前者は安全だが時間効率は悪い、後者は、上手くいけば速攻をかけられる。
〈番号付きが二機。間違いないな。……レイヴン、こちらの準備は出来ている〉
「……なら、ペイターから始める。ホーキンスを引き付けるのは――」
〈良いだろう。心配は無用だお嬢さん、生き延びるのは得意だ。決定打となる武装はこちらにはない。下手に戦う時間を延ばして、増援を呼ばれるより、短期決戦の方針は助かる〉
ならば決まりだ。ゆっくりとカサブランカで宙を舞う。デュアルネイチャーに狙いを定め、リニアライフルを撃ち込む。
〈ぐあっ!?〉
〈伏兵か!? ペイター君、被害状況は!〉
火蓋は切られた。二機の砲火がこちらへと向かうが、ホーキンスが二機目の存在に気付いたのだろう。すぐにペイターと一対一の状況を作ることが出来た。
〈損傷軽微、戦闘に支障ありません!〉
〈よし、迎撃始め〉
パルスバックラーによって、こちらの二丁の銃弾が弾かれる。だが、逆関節独特の三次元運動にもレーザードローンは追従していく。
〈なるほど……。理解したよ、ペイター君。スネイルを出しに使うとは、いかにも
〈はっ。いっぱい食わされました〉
〈流石に番号付き。偽計の効果は薄かったか。ここからは力戦になるぞ!〉
ACS負荷限界で止まるデュアルネイチャーを、レーザースライサーで追撃を行う。だが、二人からは驚きこそあれど焦りは無い。冷静沈着そのものだ。デュアルネイチャーからリペアキットが排出される。依頼斡旋を行うペイターもまた、ある程度の実戦を知っていたということなのだろう。ならが、こちらがどれだけ早く彼を落とせるかの問題となる。リペアキットを使い、APを修復させていく。
〈独立傭兵レイヴン、直接やり合うことになるとは……〉
〈もう一人は……、“師叔”フラットウェル。解放戦線の重鎮までお出ましとは、ちょっと頑張ろうかペイター君〉
〈はっ。望むところであります〉
迫るパルスブレードの一薙ぎをクイックブーストで避け、アサルトライフルとリニアライフルを撃ち込み続ける。レーザードローンがパルスバックラーを掻い潜って一射を撃つも、強力なパルスーアーマー――。ターミナルアーマーによって、決定打を防がれる。
「ターミナルアーマー!? っ!」
〈……旧世代型とは思えない強さだ。多くの依頼を遂行してきただけのことはある……〉
見慣れない拡張機能、どこか見覚えのある光景に。パルスブレードの一薙ぎを受けてしまう。パルスアーマーを展開し、呼吸を整える。ターミナルアーマーの短期間の強力な防御壁が展開される合間に、デュアルネイチャーからリペアキットが排出される。こちらのパルスアーマーは、デュアルネイチャーのパルスガンによって大きく効力を奪われる。だがこれで、デュアルネイチャー持つ手札は使い切ったはずだ。ならば、削り切るまでだ。
アサルトライフルとリニアライフル、レーザードローンの直線的な攻撃がデュアルネイチャーへと向かう。デュアルネイチャーからは、パルスガン特有のパルス球体が発射される。残りAPを知らせる警告に、リペアキットを使う。だが、この撃ち合いも中量二脚のカサブランカと軽量逆関節のデュアルネイチャーでは、地力の差があった。レーザードローンがデュアルネイチャーの動きを捉え、ACS負荷限界を迎えたデュアルネイチャーをブーストキックで蹴り飛ばした。
〈機体が持たない……! 第五隊長殿、申し訳なく……!〉
『
「次……!」
アサルトブーストでフラットウェルの元へと向かう。そちらへ向かってきていることには気付いていたのだろう。既にリコンフィグはレーザーブレードを構えており、伸ばした爪を回転させて斬りつけてきた。
〈ペイター君……! ……すまない、あとは私がやる〉
〈番号付きめ……、やはり容易ではないな〉
だが、こちらは数のアドバンテージを取ることが出来た。フラットウェルの乗機、ツバサのACS負荷への圧力とこちらの近接兵装で十分に勝ちを狙える。ACS負荷限界で止まるリコンフィグにレーザースライサーで斬りかかるも、リペアキットを使うことでリコンフィグはこの斬撃を耐え凌いだ。こちらも、最後のリペアキットを使用して次の機会を狙っていく。
〈……やるじゃないか、君。ラスティ君が入れ込むわけだ〉
「ラスティが……?」
ヴェスパー同士、交流が無い訳ではないのだろう。こちらの戦績は、ラスティによって語られているらしい。お前はすでに名が売れた傭兵だと、ウォルターに窘められたことを思い出す。ツバサの援護射撃により、リコンフィグの体勢が崩れるのは早い。もう一度レーザースライサーで斬りかかるも、今度はパルスアーマーで凌がれる。
〈可憐なお嬢さんであることも、聞いているよ。こうして戦っている君と、ラスティ君が話す君が、本当に同一人物なのか。勘ぐってしまうほどだ……!〉
パルスアーマーで凌ぐ合間に、リペアキットを用いて体勢を立て直していく。こちらの姿も、先のアイスワームの共同によってほとんど晒されたようなものだ。驚きこそはしないが……
〈……なるほど。ミドル・フラットウェルは既に
こちらの正体を明かすことによる、フラットウェルを揺さぶりかける作戦だったようだが……。こちらの声は彼に聞かれている。年端のいかない子供(の外見なだけなのだが)であることは、彼も分かっているのだろう。彼の射撃に乱れが起きることはない。二機の実弾掃射に、再度リコンフィグが足を止める。今度こそ、レーザースライサーで四脚ACを捉えた。
〈いいね……、君……。ヴェスパーに……、来ないかい……?〉
勧誘の言葉。最後まで穏やかな壮年であるという姿勢を、ホーキンスが崩すことは無かった。
『
「……」
一息をつける。実力者二名を下すことが出来たことに、緊張が解れて脱力する。フラットウェルも無事らしい。ミッション開始時点と同じように、傍らに並び立っていた。
〈……レイヴンの実力、見せてもらった。いつかお前が……、私たちにとっての
「戦友……」
その言葉は、特別な言葉ではなく普遍的な言葉である。故に、フラットウェルが語ることに違和感はないはずだ。だと言うのに、いつの間にかその呼び方は、特別なものであると思ってしまっていた。
フラットウェルと別れ、輸送ヘリの元へと戻る。ガレージには、ウォルターの姿があった。脊椎端子の接続が外れてから、ゆっくりとコクピットを降りた。
「戻ったか」
「……うん。そう言えば……」
「ああ。依頼が来ていたレッドガン迎撃作戦のことか。それは――」
*
時刻は遡る。独立傭兵レイヴンへと宛てた依頼。だが、彼女のフィクサーからの返信は無かった。
「……返信無し。ラスティ隊長、あの子に嫌われるようなことでもしましたか?」
「それは……。参ったな、少し心当たりがある」
「自業自得ですね。では、手筈通りに――」
ペイターの通信機が鳴り響く。失礼、と一言と共にペイターが端末を確認する。一読した後に、改めてこちらを見上げる。
「スネイル閣下から、ホーキンス隊長と共に深度二への招集命令が出されました。ラスティ隊長、御武運を」
「ああ、なんとかやってみせるさ」
ぺこりと挨拶した後、ペイターが立ち去る。長居する理由はない。こちらも、ガレージへと向かう。
先程のペイターが少女へと送った依頼――。とうとう投下されることになったミシガンとレッドガン部隊の生き残りとの戦いだ。これが受託されなかった場合、スティールヘイズの不調により、出撃に制限がかかっているこちらが参加することになっている。レイヴンが断られても良いようにと、ブリーフィングは既にスネイルから聞いている。部隊の再編成によって、とうとうオペレーターのモニカすら第三部隊へと昇進し、第四部隊に残されたのは隊長たる自分自身と副隊長のベルタのみだ。出撃が厳しいスティールヘイズで、準備が整っているだろうライガーテイルとレッドガン部隊の生き残りMT部隊との戦闘は自殺行為に等しいと、ベルタは猛抗議していた。
だが、全ては想定通りだ。スネイルが露骨に第四部隊の戦力を各部隊へと補充させ、徐々に孤立させていくことも。こうして、ペイターとホーキンスがスネイルの
「待ってください! スネイル閣下に確認を――」
ガレージへと向かえば、副隊長殿が最後の抗議をしていた。彼女も、こちらの素性を探ると言う役割を持たされていたはずだ。いつの間にか、鉄の女と呼ばれる女傑を絆してしまっていたらしい。
「あ、ラスティ隊長!」
「スティールヘイズの準備は?」
「はっ。整っております!」
「待ちなさい、ラスティ!」
振り向けば、艶やかな黒髪をまとめた女性の姿。怒りの表情には、こちらを心配している様子があった。
「ベルタ副隊長……」
「いくらなんでも、無茶が過ぎます! 待ってください、レイヴンちゃんには私から――」
「いや。仕事を受けるか否かは、それこそ彼女が決めることだ。こちらから、強制するものではない」
「ですが……」
「彼女もきっと、一人であのレッドガン部隊へと向かわされていた」
ベルタが言葉を詰まらせる。どちらにせよ、単騎であのレッドガン部隊へと向かわされるのだ。それが、こちらか少女かの違いだ。
「スティールヘイズは確かに不調を抱えている。だが、ここで倒れるつもりもない。頼むよ、ベル」
「……分かりました」
事実、残っている第四部隊員は彼女しかいない。ベルタもベテランだ。感情的になっても、冷静な部分が残っているのだろう。なにもかもを飲み込み、ガレージから立ち去っていく。彼女の背中を見送った後、改めて整備班と最終調整を行うことにした。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
スティールヘイズが投下された先は、深度一エリアだ。皮肉にも、彼らレッドガンが煮え湯を飲まされた砲台。ネペンテスが鎮座していた場所だ。なるほど、既に上空を狙う脅威はない。ベイラム流の物量作戦を行うには都合が良い。
〈ミッションを開始します。敵性反応あり。降下部隊、来ます!〉
〈突入しろ、役立たず共!〉
既に数機のMTが投下されている。バーストアサルトライフルでMTを一機ずつ確実に撃破していく。ミシガンの号令もあり、並々ならぬ気迫を機体越しからも感じ取ることが出来る。
〈AC単騎だと……? アーキバスめ、レッドガンを舐めやがって!〉
〈舐めているのは貴様だ、ケネベック! そいつはただの番号付きではない。壁越えに、ワーム殺しで一発も外さなかった男だ。ライガーテイルの準備が整うまでは単独でかかるな。脱出レバーはいつでも引ける状態にしておけ〉
かのミシガン総長からの高い評価は悪いものではない。出来ればそれは、このような正面衝突の場で聞くものではないが……
〈第二波、来ます!〉
レーダーに新たな増援が映し出される。MTの更なる増援だ。中には、輸送機によって一度に数機もの運ばれているのも見える。輸送機へと向かい、レーザースライサーでMTを数機まとめて撃破していく。
〈番号付きめ……! これで四番は冗談だろ!〉
〈全くだ! ウチの四番と五番と大違いだ!〉
〈無駄口を叩くな、オールバニー! ヴォルタもイグアスも貴様らの百倍は強い。こいつは二十倍も強かったということだけだ。この強さは、
少女と同等である。嬉しい評価をしてくれている。だが、彼女の強さというのは、健常な強さとは言い難い。それでも、ここにいる全ての強者を置いて空を飛ぶカラスに並び立てているという評価は、素直に喜ばしいことだ。そんな気分とは裏腹に、手は的確にMT部隊を撃墜していく。
〈ええっ……、二千倍です! 総長!〉
〈答えていないで手を動かせ!〉
〈⁉ 了解です!〉
聞こえて来た声は聞き覚えのあるものだった。確か、アイスワームを撃破した記念撮影でカメラを手にしていた隊員の声だ。彼も、MT部隊のパイロットだったようだ。最後に浮遊していた無人機を撃ち落とし、一旦はこの場を制することが出来た。
〈第三波です! 四脚MTを確認!〉
「了解した」
MT部隊の投下。先程と同じように輸送機が混じっている。四脚MTも混ざっているとなれば、高さに対して広さが限られている円筒状の地形では脅威になり得る。輸送機を冷却が終わったレーザースライサーで撃破し、まずは数を減らす。
〈突入するぞ!〉
〈おお!〉
〈ライガーテイルの調整完了は近い! それまで保たせておけ!〉
このMT部隊をいなした先に、ミシガンが投下される。プラズマミサイルのプラズマエリアを利用して、多く迫って来るMTを減らしていく。不調を抱えているのもそうだが、スティールヘイズは一対一を想定した機体構成だ。ベイラムの物量を相手にし続ければ、こちらが先に限界を迎えるのは必然だ。ならば、本命が来る前に数を処理するしかない。下手にMTがいる状態で四脚MTやミシガンを相手にする方がリスキーだ。
〈まずいな、美味しいところだけ持っていかれるぞ!〉
〈総長にはもうメダルも要らんでしょう。手柄は我々に譲ってもらいたいもんです〉
〈ならば
四脚MTの周辺にいたMTを撃破していく。MTに向けて、温存していたバーストハンドガンも使ってACS負荷の蓄積を狙っていく。スティールヘイズの機動に追い付けない弾丸が弧を描く。プラズマミサイルを放ち、ブーストキックで距離を詰める。プラズマに怯んだ隙にレーザースライサーに換装し、四脚MTを切り裂いていく。
〈ライガーテイル、調整終わりました!〉
〈無理はせんでくださいよ、総長!〉
〈遅い! このまま終わるかと思ったぞ、ポトマック!〉
浮遊する無人機を撃ち落としていく。もう少しで、木星戦争の英雄と呼ばれる地獄の門が開かれる。
〈よく聞け、役立たずども。愉快な遠足の時間は終わった〉
殲滅しきるには、間に合わない。投下されるものに備えるために、狭い空を見上げる。
〈直近に自殺の予定がある者だけ付いてこい!〉
〈了解です! 総長!〉
〈
レーダーに大量の熱源が映し出される。ベイラムの歩く地獄、
〈行くぞ、ミシガン総長に続け!〉
〈ライガーテイルを援護しろ!〉
〈うおおおっ!〉
新たに投下されたMTはいずれもシールド持ちだ。ミシガンという戦力を維持させるためにも、彼に最後まで着いていくためにも、一段階耐久性を上げたのだろう。だが、そんな彼らの健闘を文字通りに蹴り飛ばしていく。弾丸の無駄な消費を抑えるためにも、ブーストキックでMTを破壊する方が効率的だった。
〈戦線離脱した腰抜けは物陰で亀になっていろ! 貴様らは教訓を得る必要がある。日記を付けておけ!〉
ライガーテイルの分裂ミサイルがこちらに迫って来る。数の優位性を保ったままこちらを撃破する見込み。違う、こちらが数を減らして一対一に持ち込もうとすることを理解している。ミシガンの相手をしなければ、視界の外から狙うぞという圧力。数の暴力を許せば、押されるのはこちらだ。精神に揺さぶりをかけるプレッシャーは、立派な戦術の一つだ。それに圧されないこともまた、戦うということだ。
〈ぐうっ! 不甲斐ないです、総長……!〉
〈その声は数学が得意なオオサワか! 貴様は近接射撃訓練を二割増やせ、半年後にはかけ算以外もできるようになる〉
高台に陣取る二機のMT。アサルトアーマーを使い、動きを止めたところで背後に回ってバーストアサルトライフルの単発撃ちで落としていく。蓄積したダメージをリペアキットで回復していく。決して部下を見捨てることはしない。こんなクソッタレな場所で無駄死にして良い命なぞないとばかりに、背後からライガーテイルが迫って来る。
〈MT撃破、これで――。なっ、第五波! 畳みかけてきます!〉
「後詰めも欠かさない、か……。流石というべきだな」
ミシガンも気付いていたのだろう。
だが、こちらも負けるつもりは無い。成し遂げなければならないことがある。ここまで走ってきた土台というものは、このような逆境においても武器になる。ここから先は、意地と意地の勝負だ。幸いにも、後詰め部隊は火力重視で防御面の装備は見当たらない。ライガーテイルと投下された四脚MTの圧力をかわしていけばいい。
〈ベイラム部隊、五十機撃破。……流石に、打ち止めであって欲しいのだけれど〉
無人機も含まれているだろうが、少なくともその数のMTを撃破していったらしい。ヘルメットの中、素肌に雫が垂れる感覚。アドレナリンで誤魔化している身体は、疲労が積み重なってきている。だが、どうしても強者との戦いに心が躍る自分がいる。それが、男という生物の性だと言うならば、闘争そのものを楽しむフロイトとは同類なのかもしれない。そんな邪念が出てくるほど、想像以上に余裕は削られているようだった。迫る四つ足が二機。彼らの圧力をかわしながら、ロケットによる狙撃MTを撃破していく。
「二脚は、これで最後か……!」
数の圧力は振り切った。後は、四脚MTを落とせばライガーテイルとの一対一となれる。弾丸の心配も不要だ。四脚MTに向けて、バーストアサルトライフルとバーストハンドガンでACS負荷を蓄積させていく。ライガーテイルのブーストキックとすれ違うことになっても、狙いを惑わされることはない。リペアキットで損傷を回復させ、アサルトアーマーで牽制をかける。放ったプラズマミサイルが四脚ACを止める。バーストアサルトライフルをレーザースライサーへと換装させ、四脚MTを撃破する。
〈ベイラムMT部隊の殲滅を確認。あとはミシガンだけです、隊長!〉
「っ!」
小型連装グレネードと炸裂弾投射器の爆風がこちらの脚を止めて来る。クイックブーストで、なんとか距離を離していく。
「さすが、木星戦争の英雄。ベイラムの“歩く地獄”。あなたの、
思わず吠えた。心を鈍感たれと、努めてきたと言うのに。どうしても、強者との戦いへの昂りは収まりそうにない。
〈ほう。存外、貴様も
挑発とも言える咆哮に激昂することなく。それどころか、挑発に合わせた返しをしてくる。最早、命の奪い合いとも言える状況でありにも関わらず、この戦いはどちらが負けても後悔は無いだろうと感じ取ってしまった。
〈ここからはシンプルな殴り合いだ。見て学んでおけ、役立たずども!〉
ライガーが吠える。事実、もうこちらを邪魔するものは存在しない。ライガーと狼の真剣勝負だ。
〈ひとり雇うだけで、この戦力だと……!?〉
〈オオサワ! うちの幹部にも算数の授業が必要だったようだな!〉
最後のリペアキットを使う。残る切り札はアサルトアーマーのみ。だが、ライガーテイルのリペアキットを二回使わせた。後は、もう一度ACS負荷蓄積を狙えば良い。
実弾とミサイルが飛び交う銃撃は、長いようで短かった。ライガーテイルの攻撃を避ける機動性を持ったスティールヘイズは、逆を言えば、ライガーテイルに銃弾を当て続けることが出来た。壁に追い込まれたライガーテイルの四脚が止まるのが見えた。
「これで……!」
レーザースライサーに換装させ、レーザーの両刃を展開してライガーテイルを切り裂く。残したアサルトアーマーの最後の一発を使う。未だに抵抗の意志を見せるライガーテイルを、ブーストキックで蹴り飛ばした。
〈聞こえているか、役立たずども! ミシガンは転んで死んだ、伝記にはそう書いておけ!〉
その獅子は、最後まで気高く。群れのために戦っていた。
〈……AC、ライガーテイル。
こちらの意地が勝ったといったところか。深く呼吸をすれば、全身が沸騰しているかのように熱く、重い。年甲斐もなく(本当の年長者から若造と言われそうだが)、はしゃぎ過ぎたと言ったところか。
「――さらばだ、ミシガン総長」
確かな強者に、礼を払って戦場を後にした。
*
「ヴェスパー第四隊長、ラスティが成功させたようだ」
「……」
その報告に、思わず息を呑んだ。だが、どこか
「……ミシガンは死んだ。奴らしい最期だったと、そう聞いている」
「……ウォルター」
「――あいつも、最期は気骨のある奴と戦えた。戦士として、十分な手向けになるだろう」
気にするなと、ウォルターがこちらの頭を撫でて行く。こちらよりも、ウォルターの方が辛いはずだ。だと言うのに、それを隠してこちらのフォローをしてくれる。彼の優しさを、受け入れることしか出来なかった。
「ベイラムはルビコンから手を引いた。あとは政治家たちの仕事だろうが……」
レッドガンを失ったから。というよりは、ミシガンが死んだが故に撤退を余儀無くされたのだろう。それでも、ベイラムにはアイスワームを撃破した名誉と、ここまで嗅ぎつけたという事実を手にしている。世間体としては最低限の面子は保たれているのだろう。
「コーラルが絡むと、死人が増える」
撫でる手が降り、ぽつりと呟くウォルター。見上げれば、鋼の決意を宿す灰色の瞳が鋭いものになっていた。
「過去から未来まで、変わらない事実だ」
「ウォルター……?」
「疲れただろう、良く休め。仕事は、まだ続くのだからな」
誤魔化すかのような笑みを浮かべた後、ウォルターはガレージから立ち去った。そう言えば、ウォルターについて、知らない事ばかりだった。身近にいたからこそ、聞こうともしなかった。コーラルを手にするのが目的だと言っていたが、具体的にコーラルをどうするのかは聞いていない。ミシガンやカーラとは、どのような友人関係だったのか。ハウンズたちと、どのような交流をしていたのか。家族は、いたのかと。思えばずっと側にいたというのに、何一つ彼のことを、何も知らないままだった。
『……レイヴン』
『エア?』
傍らにいるエアが息を呑む。先程の、ウォルターの言葉が気になるのだろうか。
『私たちは……。争いの火種でしか、ありえないでしょうか……?』
『それは……』
何も、言葉を返すことは出来ない。コーラルが、本来どのようなものなのかを知らない。情報伝達物質、新たな資源エネルギー、服用できる物質――。だが、彼らもまた生命であり、こうしてエアのように交流が出来る可能性もある。それでも、可能性を求めて色んな陣営が、様々な思惑と共に手を伸ばしている。あるいは、辿り着こうとしているのだ。ミシガンも、ウォルターも、ラスティも。
『……すみません、レイヴン。ウォルターが甘味を用意しているようです。今のあなたには、休息と糖分補給が必要です』
『こっちこそ、ごめんね……。ありがとう』
少女が二人。方や宙に浮いているようなものだが、無機質なガレージから食事スペースへと向かった。