「この呼び出しの理由は、貴女も理解していますね?」
「……」
目の前には疲労の色が見えつつも、毅然とした態度を崩すことなく。金色の髪を後ろに流し、神経質そうな碧眼に眼鏡をかけた青年。ヴェスパー第二隊長たるスネイルだ。
「――はい。何も、足取りを掴むことは出来ませんでした」
「――オキーフも掴めなかった尻尾だ。だからこそ、貴女も遣わせたのですが……。なるほど、あの狼はよく逃げ切ったものだと褒め称えるべきでしょうか」
「……」
ベルタは唇を噛む。自身の上官とも言える青年を、怪し過ぎる経歴を洗い、何者であるかを調べること。それが、ベルタが第四部隊副隊長に任命された本当の理由だった。だが、あの青年は決して尻尾を見せることは無かった。怪しい素振りがあっても、怪しいだけで証拠にはならない。スネイルも、常にあの青年を疑っていた。だが、どれだけ疑いをかけても彼が不審であるという証拠が無ければ動きようが無かった。そんな攻防が、コーラルを目の前にしたこの瀬戸際にまで続いてしまった。決定的な証拠を手に出来なかった。スネイルから与えられた仕事は失敗したと見て良いだろう。
「――まあ、良いでしょう。オキーフも掴めないとなれば、誰も掴めなかったということでしょう。実際、第四隊長は良く働きました。その実績は認めます。故に、貴女の処遇も軽微なものとしましょう。今回を持って、第四部隊副隊長を解任。貴女には、シュナイダー社への異動を行ってもらいます」
「……はい」
仕事を果たせなかった。再教育センター送りになってもおかしくない失態だ。だが、これまでの戦績が最悪な事態を回避させてくれたようだ。シュナイダーへの左遷で済んだことに安堵すべきだが……
「……貴女の失態は、お子様たちにも影響されるでしょう。そこは、分かっていますね?」
「――はい」
アーキバス経済圏は、実績さえ残せれば栄光が約束される。逆に言えば、一つの失態が、自分や家族にも返って来ると言う世界だ。生き残るためにも、並々ならぬ努力を行う。失敗は許されないというプレッシャーの中で仕事を行っていく。未来永劫、安寧が約束された栄光のために、生まれてくる子供にすら調整の金をかけるのがアーキバス経済圏だ。自分の子供たちに、そこまで道具のように扱う非情にはなれなかった。上層階級の激しい権力争いには巻き込まれたくない。中流階層で、平穏に暮らしていきたい。それは、贅沢な悩みというものだった。この失態が、どれだけ子供の将来に響いてしまうのだろう。
「お疲れ様でした、ベルタ・ウェバー第四部隊副隊長。改めて、別所であってもよろしくお願いいたします」
「――今まで、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。さて、荷物をまとめてシュナイダーへの異動を行わなければならない。スネイルの執務室から出れば、スネイルの元へ向かおうとしているラスティと出会った。
「隊長……」
「どうやら、貴女すらも異動かな」
「……はい。現時刻を持って、ヴェスパー第四部隊副隊長から解任。シュナイダー社への異動となりました」
「――そうか。まあ、
「――はい。お世話に、なりました」
ぺこりと頭を下げ、執務室へ向かうラスティとすれ違っていく。彼は、気付いている。
(――どうか)
二人とも、無事でありますように。戦場には無駄に等しい願望を、抱いてしまった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
降下された先は深度三の巨大高炉。ここから、眼下に向けて降りて行くこととなる。
未踏領域探査。アーキバスにとって、邪魔者であったレッドガンが排斥された状態で再開した地中探査。情報が入っていない未知の場所。その探査が仕事として依頼されたのだ。……こちらを追跡しているという、不穏分子の警戒も含めて。
〈ミッション開始だ。封鎖されていた深度に降下していけ〉
「了解」
改めて眼下の光景を確認する。高炉の支柱以外はあまり人工物が見られない深い縦穴。でっぱりを伝って行けば無傷で降りていけるだろう。高炉の鉄橋から飛び降り、足場を伝って降りて行く。底が見えて来た辺りで、レーダーがエラーを吐き出した。
『レーダー障害が発生しています。活性コーラルによる干渉でしょう。あなたの目と耳が頼りです』
『近いんだ、本当に……』
底に降り立てば、着水したかのように水飛沫が舞った。地面と呼んで良いかは分からないものだが……。周囲の地形の色と同化していてわかりにくいが、恐らくこの液体すらもコーラルが混ざっている。この先に、コーラルたちの集積地点があるのは間違いないのだろうが……
(……あれ?)
初めて見る場所であるはずの、見覚えのないオブジェクトが視界に入る。破壊されてから時間の経った、まだ抜き取れるログがあるだろう機体だ。これまでいくつかのログを拾ったことはあるが、初めて見たという感覚が強いそれに惹かれ、そちらの方に歩を進めた。
〈――調査が依頼だからな。調べてみろ、621〉
ウォルターの許可が下りた。そっと、機体にアクセスを行う。
『これは……』
「……」
内容は恐らく、ルビコン解放戦線の伝令だろう。内容に師叔の文字がある。恐らく、アーキバスによって排除されてしまったものか。
『ファーロンが技術支援に合意、新型の完成――。ふたりが潰し合うとは……』
「っ……!」
激しい頭痛。知らないはずのこのエリアの先が見える。こちらの背後にいたのは、あの――
〈621、どうした。例の頭痛か〉
『レイヴン、大丈夫ですか?』
「……、大、丈夫……」
頭痛に伴うビジョン。目にしたものを認識しようとした時には、ほとんど朧気で何かを見たはずなのに、何を見たのか分からないという厄介なものだ。旧世代型強化人間は、幻覚や幻聴を見聞きするのはしばしばあるらしいと言うが……。とにかく今は、先に進むしかない。
人の手が入らなくなった空洞を住処にしたミールワームに少々驚きつつも、洞窟の奥を進んでいく。先に進む度に、徐々に胸が締め付けられていく苦しさや痛みを感じる。この先に、何があると言うのだろうか。それでも、進まないといけないことに変わりない。入り組んだ道、というよりは彼らが作った巣とでも言った方が正しいのかもしれない。上下左右に曲がりくねった坑道を進んでいく。すると、開けた空間が目の前に広がった。そこは人の手が入っており、何かしらのポッドが陳列していただろう施設の、崩壊した跡地だった。
〈ミールワームの養育ポッドか。以前は稼働していたのだろうが……〉
「……人が、暮らしていたの? こんなところで……?」
ミールワームは土地が厳しいルビコンにおいて、貴重な食糧だ。あのうねうねしたものを食べているのかと考えると、少々頭を抱えたくはなるが(とはいえ、食べられない程の酷い味ではないのも確かだった)。背に腹は代えられないのは事実。彼らの存在が、この
『レイヴン、後方から機体反応。接近しつつあります』
『わかる?』
『すみません。同胞たちの声が大きくて、これ以上の詮索は難しいです。養育ポッドに広間があります。この速度だと、エンゲージする可能性が高いかと』
『……わかった』
意を決して開けた空間を飛ぶ。エアの言うことが本当ならば、この広間の更に奥。そこで、追跡者とエンゲージする可能性が高い。広間に着地し、その奥に道が続いている。崩落したミールワームの養育ポッドを踏んだその時だった。
*
ブースト音が近付いてくる。足を止めて警戒するが、こちらの背後を撃つようなことはない。逆噴射によるスピード制御の後、着地した音がした。
〈独断で突入した傭兵を始末しろ、という話だったが〉
あまりにも、耳に馴染んだ聞き覚えのある声。優しいものではない、どこまでも冷たい鋼のような声に、思わず、振り向いてしまう。信じたくないと、見たくないと、その動きは緩慢なものとなる。
〈なるほど……。突出した個人は、もはや不要ということか〉
一歩、二歩と足を動かして振り向く。そこには、見覚えのある錆が混じった紺色の機体。声音からして、こうなることをどこか予想していたのだろうか。それとも、動揺してしまうこちらが浅はかであったのか。
〈そして、あわよくば不穏分子も共倒れ……。上の連中が考えそうなことだ〉
淡々と、冷徹に吐き捨てていく。こんなにも、声音が冷たい彼の声は初めて聞いた。今までの、優しい笑みと声で接してくれた彼が嘘であったかのように。
〈この“ラスティ”には……。ルビコンで為すべきことがある〉
スティールヘイズの緑のライトカラーが光る。あの橙色の瞳が、研ぎ澄まされた刃のように、鋭く光っているのだと直感で感じ取る。
〈戦友。君はどうだ〉
「……、ワタシは……」
『ACスティールヘイズ、来ます!』
スティールヘイズが真っすぐにこちらに飛んでくる。エアから声を掛けてくれなければそのまま動けずにいた。レーザードローンを牽制に放ち、アサルトライフルとリニアライフルを向ける。
〈踊らされるつもりもないが、いずれ避けては通れない道だ。行くぞ、戦友〉
彼は、本気だ。相対することに一切の動揺を見せず、いずれはこうなることを常に意識していたのだ。失念していたのはこちらの方だ。企業を出し抜き、コーラルの集積地点にウォルターを導く。その障害には、ラスティが含まれていることを。アサルトライフルとリニアライフルで応戦しながら、弧を描くプラズマミサイルを避けていく。どれだけ心が動揺し、思考が定まらなくとも、迫る殺意に対して身体が生きるために対処を行っていく。やはり動揺のせいか、レーザードローンがスティールヘイズを捉えきれていない。
〈……互いが抹殺対象というわけか。621、まずは生き残れ。それがお前の……、今すべき仕事だ〉
「……了解」
ウォルターの声で、ようやく冷静さを取り戻せる。スティールヘイズのスピードは脅威だが、しっかりとロックは着いてきてくれる。軽量二脚であるスティールヘイズは速さの代償に耐久性に難がある。手を緩めれば、あの狼に喉元を食い破られる。そうなる前に、削り切る必要がある。レーザースライサーの射程に、スティールヘイズを捉えることが出来た。その時だった。
〈待て! 先走るな、ラスティ!〉
「えっ!?」
『フラットウェル!? 解放戦線の重鎮がなぜ……』
レーザースライサーは既にスティールヘイズに向けて両刃を回転させている。だが、まだ決定打になっていない。クイックブーストで距離を取り、
〈ラスティ……。そいつは使われるだけの猟犬ではない。可能性が見えるのだ!〉
〈――知っているさ、“師叔”フラットウェル。だが、そのとおりになるとも限らない〉
〈止むを得ん……。独立傭兵レイヴン、惜しいが討たせてもらうぞ!〉
「っ……!」
状況が変わった。速さと決定打を持つスティールヘイズに、同じく速さを持ち牽制力のあるツバサの二機を相手取るには厳しいものがある。先の出撃から、急いで来たのか。ツバサの修理は間に合っていない様子が見られる。ツバサから落とすべきだろうが、視線を外した瞬間に、狼に首を食い千切られる気迫が迫っている。
(どうする、どうする……!?)
ラスティとフラットウェルが共謀者となれば、フラットウェルの的確な動きの全ての裏付けとなる。ラスティ程の内部事情に詳しい実力者が情報を流したとなれば、フラットウェルもかなり動きやすかったのだろう。これらを問いかける余裕というものは、こちらには無かった。
〈やるな……。この圧力、技量だけで出るものではない〉
「っ! スタッガー!? うわああ!」
『レイヴン、しっかり!』
ツバサのバズーカに、ACS負荷限界によりカサブランカの脚が止まる。その瞬間を、スティールヘイズの両刃がこちらを切り割いていく。だが、その牙は完全に刈り取るには至らなかった。制御を取り戻し次第、パルスーアーマーを展開してリペアキットを使う。パルスアーマーは二機の実弾によって、すぐに剥がされてしまうが、体勢を整えて一呼吸をつく暇が確保できただけマシだ。なんとか、スティールヘイズをいなしつつもツバサを行動不能にさせたい。だが今は、持てる武装のリソースをスティールヘイズに向けるしかない。彼の速さに、こちらの照準と弾速はなんとか捉えている。
〈確かに……。以前とは何かが違うようだ。だが、まだ背負ってはいない〉
「それは――、っ!」
こんな戦闘中に、頭痛が走る。以前と同じ、真っ赤に灼けた空、錆色の綺羅星。そして、明確に聞こえる声。
『背負ったようだな……、戦友……!』
以前にも。違う、
『
聞こえて来たもう一つの声が、飲まれかけていた意識を救い上げてくれた。目の前を見据える。スティールヘイズを庇うかのように、ツバサが前衛に出ている。これならば、スティールヘイズから狙いをズラせる。ターゲットをスティールヘイズからツバサへと変更し、ツバサに向けて銃弾とレーザードローンを向かわせる。
「ワタシは、まだ……。理由を見つけられていない……。ウォルターに、導かれてるだけ……!」
〈621……〉
「でも……!」
ツバサとスティールヘイズ、双方を視界に収めることが出来ている。ツバサが展開したパルスプロテクションも利用し、弾丸の嵐を凌いでいく。
「分からないから、探す! 見つけるために……、今は、死ねない!」
パルスアーマーを展開し、クイックブーストで迫るレーザースライサーの刃を避ける。その合間にも、カサブランカのトリガーを引き続ける指を止めるつもりはない。リペアキットを使い、APを回復させる。充填が終わったレーザードローンを放ち、青の光がツバサを射貫いていった。
〈機体が持たん……! ここまでか!〉
〈戻れ、フラットウェル。貴方の仕事はまだある〉
ツバサの反応は沈黙したが、あの様子ならば脱出はしているのだろう。生き延びるのは得意だと言っていたのは、強ち嘘ではないようだ。これで、スティールヘイズに集中することが出来る。
〈――心外だ。君は、ハンドラーのために戦っていると思っていたのだが……!〉
「ウォルターのため、それは、変わらない……」
迫るプラズマミサイルを避け、レーザードローンの青の軌跡がスティールヘイズへと向かう。中距離を保った銃撃戦。縮まった距離で放つブーストキックは、確かにスティールヘイズを蹴り飛ばした。
「でも、
いつからだろうか。自分を拾い上げた人に、自分の持てる全てを捧げると決めていたというのに。それだけではダメだと、漠然としたものを抱き始めていた。頭痛に伴うビジョンは、いずれも胸を強く締め付けるものだ。あのような苦しみは、もう一度は味わいたくない。逃避とは違う。ただ、
〈――そうか。君は、探しているのか。戦う理由を〉
「ワタシは、あなたのような、理由は――」
〈そうだな。理由が無いまま、君はここまで来れてしまった。それは――〉
レーザースライサーが展開され、青の両刃が迫る。それを、クイックブーストで後退して伸びる一薙ぎを回避する。こちらも、レーザースライサーを構えるも、ほんの少ししかあの狼を捉えることが出来なかった。
〈君のその危うさ、無視することは出来ないな……!〉
「っ!」
放たれるプラズマミサイルの紫の軌跡を回避する。レーザードローンの青の軌跡は、相手のバーストアサルトライフルに撃ち落とされていく。互いに、決定打となる瞬間を見計らっている。既に定まった理由を土台に走り続けている狼、理由を探し求めてがむしゃらに飛び続けるカラス。どちらが勝つかは、前者の方が優勢だと言うのに、なぜ、がむしゃらに飛び続けるカラスは狼に追い付いてしまうのだろうか。
〈だが、そうだな……!〉
バーストアサルトライフルがレーザースライサーに換装された。こちらも、リニアライフルをレーザースライサーに換装する。同時に白と紺の機体が飛び出し、青の両刃がぶつかり合った。
〈今の君は、
「――ラスティ!」
強化人間C4―621が、独立傭兵レイヴンが、何もできないただのエイヴェリーという少女になってしまう。故に、その名前で呼ばれることに恐怖心があったはずなのに、今は、
スティールヘイズが水面を後退する。動力系統に火が点いたのか、異音を発しながらスティールヘイズが膝を付く。
〈流石だな……〉
まだ、生きている。今の状態ならば、スティールヘイズからの脱出も間に合うはずだ。
〈だが、終わるわけにはいかない。……戦友〉
それでも、スティールヘイズは立ち上がる。そして、背面の排熱版が展開されていく。
「ラスティ……!」
〈背景を手に入れろ、決着はその時だ……!〉
『レイヴン、離れてください!』
アサルトアーマーの予兆に跳躍して後退する。視界を覆う光、それが収まった頃にはスティールヘイズの姿が無かった。
『スティールヘイズ、機体反応消失……。撤退したようです』
撤退したというエアの言葉に、力んでいたものが一気に抜けて行く。呼吸が止まっていたのか、息苦しさもある。何とか息を吸い込んで、吐き出していく。
〈……よくやった、621。追う必要は無い。今は……、先に進むことだ〉
「……わかった」
荒い呼吸を整えて行く。仕事は、まだ続いている。こちらの息が整うまで、ウォルターは急かすことをせずに待ってくれる。呼吸も落ち着き、動揺も落ち着いた。
〈……621〉
「大丈夫、やれる……」
〈無理はするな。……利用されていた、と思う必要はない。お前から、得られる情報は無いに等しい。だから……、もう一度相まみえた時に問い質せばいい〉
「ウォルター……」
それは、とても不器用な気遣いだった。ウォルターは、ずっとラスティを警戒していた。こちらは、すっかり彼に絆されてしまっていた。彼は解放戦線のスパイで、ずっとこちらを騙していたのだと。それを断言することなく、
『レイヴン。……、周辺をなんとか探りましたが、スティールヘイズの残骸はありません。恐らく、先に脱出したフラットウェルと共に逃亡しているのでしょう』
『ごめん、ありがとう』
どこか、彼は
「……ウォルター」
〈どうした?〉
「ごめんなさい。ワタシ、ウォルターのために戦うと、決めていたのに……」
〈気にするな。俺以外の理由を模索する。それは、お前の人間性の発露――。……違うな、再生と言える。お前の心というものは、それだけ回帰してきている〉
「……」
叱責することなく。むしろ、成長だと。喪われたものが戻ってきたのだと彼は語る。本当に、彼は優しい。
『コーラル集積反応は……、この大穴の下から来ています。進みましょう、レイヴン』
『うん』
大穴を降り続けて行く。この深い穴の先は、あるのだろうか。このまま、無限に落ちて行きそうで。不思議の国の物語のようで、底の無い冥界を降り続けているような。計器がエラーを吐き出した。一体、どこまで降り立っていくのだろうか。
『反応が……、近い……』
ただ落ちて行く感覚しか分からないこちらより、同胞を探知出来るエアの感覚を信じるしかない。冥き底だと言うのに、地面が見え始めた。見えることがおかしい。どこかから、光源があるのだろうか。ブーストを噴かせてゆっくりと着地する。やはり、道が見える。どこかに光源がある。光が差し込むところへ向かって、進んでいく。光源はすぐ先にあった。冥き洞窟の先には、世界が広がっていた。
「……え?」
『これは……⁉ アイビスの火以前の……』
息を呑んだ。深い大穴の底。開けた場所は、街があった。街だけではない。霧がかっているものの、この世界には、空があった。そして、巨大な建造物も。
「これって、一体……」
〈ルビコン技研都市……〉
「技研、都市……?」
ウォルターの呟きに、思わず反芻する。名前からして、ルビコン調査技研に関わる場所なのだろうか。
〈……やはりか。探しても見つからないわけだ〉
「これが、確信……?」
〈ああ。企業が動き出す前に手を打つ必要がある。……戻って、休め〉
「……わかった」
これがウォルターの確信だと言うのであれば、旅の終着点はすぐそこまで来ている。ウォルターとエア、二人と共に歩く旅の終わり。
ただウォルターに導かれるだけだった旅が、もうすぐ終わりを迎えようとしているのだった。
*
荷物を纏めるのはすぐだった。周囲が騒がしい。レイヴンが未踏領域の先で、喪われた都市を見つけたらしい。そして、第四隊長が出撃して以来戻ってきていないとも。
(あの子が、彼を――)
人間性の機微が失われた旧世代型強化人間。だが、あの少女が元上官であった青年に向けていた感情というものは、誰が見ても分かりやすいものだった。それを、当人たちが自覚していたかは分からないが……。いや、あの青年のことだ。少女の淡い感情には気付いているだろう。それに対して、どのように対処していたのかは、もう知る由もないが。
シュナイダー社への旅路は短いものだった。纏めた荷物を持った先には、既にシュナイダー社の者が迎えに来ていた。薄暗いウォッチポイント・アルファの探査から外に出れば、恒星の光が眩しい。すぐに、彼らが拠点として構え始めた旧バートラム宇宙港へと到着してしまった。そう言えばこの場所は、あの青年と少女が共闘した場所でもある。アイスワームという怪物を討つために、青年が死力を尽くしてレールガンを扱い続けた。そんな日が、既に遠くなってしまっていたとは。
「それで、アルドリック主任。仕事内容のことですが――」
「ベルタくん、本当に真面目だねえ。
上官だった青年のどこか緩い気風は、この会社の気風のせいではなかろうか。そう考える内に、乗り物の動きが止まる。アルドリックに案内されるままに着いていけば、そこはガレージだった。
「あ、ベルさーん!」
「モニカ……!? それに、あなたたち、どうして……!?」
ガレージには、見知った顔が集っていた。ほぼ強制的に解散させられた第四部隊。その隊員たちが、シュナイダーが抑えたバートラム旧宇宙港のガレージに集っていたのだ。
「とうとう副長も第四部隊から飛ばされたかあ……」
「あなたたち、各部隊に異動したはずじゃ――」
「えっとねえ、ベルさん。最初の異動の時、私たちこっそり話し合ったんだあ。やっぱり、ラスティ隊長の元がいいよねえって。あ、ちゃんと各隊長たちには、シュナイダーに異動しますって許可取ったし、書類も通してあるからね!?」
モニカの説明に、思わずベルタは息を呑んだ。元第四部隊隊員たちが活躍しているという話が妙に入ってこなかったが、彼らは彼らの意志で更に異動してきたようだ。だが、それは――
「あなたたち、本当にそれで……」
「まあ、移動先の隊も悪くないですけど……。第四部隊の雰囲気が好きだったんだあって気付いちゃって……。それに、私たちほとんど、家族もいないしちょっと不良な爪弾きモノだし。やっぱり、隊長の元がいいなあってなっちゃって。だったら、シュナイダーに行けば隊長には会えるかもって」
そんな彼女(数少ない第四部隊の女性のMT乗りだ)の言葉に、周囲にいる面々が頷く。どうやら、あの狼に絆されてしまっていたのは、自分だけではなかったらしい。予想外となった展開に和気藹々とした雰囲気の中、ガレージが稼働する。何かが、搬入されるのだろうか。
「あ、帰ってきたかなあ?」
「帰ってきたって、――!」
ガレージに搬入されてきたのは、右腕を喪った満身創痍のスティールヘイズ。それだけなら良い。半壊状態のエルカノ・ファウンダリィ製パーツで構成された機体――。ルビコン解放戦線の実質的指導者、ミドル・フラットウェルの乗機たるツバサが搬入されたことだ。
「これは、どういう!」
〈……それは、こちらのセリフだ。ベル〉
そこに爽やかな雰囲気と伴う暖かさは薄く。冷たく鋭い、鋼のような様が強まった声音だった。コクピットブロックが開き、乗っていたパイロットが出てくる。
「第四部隊は、解散になったはずではなかったか?」
「隊長ー! おかえりー! えっと、元隊長?」
「安心してくれラスティくん、フラットウェル! 彼ら全員、新しい味方だ!」
状況は飲み込めない。だが、スネイルの疑いは正しかったということだ。疑いがあっても、決して決定的な証拠は残さない。あの青年は、見事に逃げ切ったのだ。そして、こちらにはもう、スネイルに報告する義理立てすらない。
「――全く。あなたのせいで、私のキャリアは台無しになりました」
「ああ。悪いと思っているよ、ベル」
「あ、ベルタくん。君のご家族に関しては安心してくれ。一番被害を受けるだろう君には、前もってご家族には
後顧の憂いすら断たれてしまった。それならば、もうしっかりと仕事をする以外無いではないか。
「結構、すぐでしたね。またいつか、は」
「……ああ。改めて、貴女に――。いや、何も考えないで来たバカ共も含めて、ちゃんと話すさ」
そりゃないっすよ!という誰かの言葉。かつて第四部隊として集っていた人々は、不当な人事異動に反感を示し、ルビコン解放戦線と共謀していたシュナイダーへと転向していたのだった。