ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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チャプター5。独自展開が増えていきます。


チャプター5 ルビコンの解放者
脱出ALT


 痛覚に思考が麻痺していく。首から下の人工皮膚は剥がされ、抵抗できぬようにと四肢が外さる。痛覚センサーが切られることなく行われる作業は、耐え難い痛みが発生する。一体何度、四肢を外され、関節を外され、手や足の指を関節ずつ解体されていったか。この痛みに対して、要求は一つ。ハンドラーがどのような意図で行動していたのかを話せというものだった。

「強情だな……。お前とハンドラーの目的はなんだ?」

「……コーラルを、手にする。その大金で、人生を、買い直せる、と……」

「お前の目的ではない! お前のハンドラーについてだ! 何回言えば分かる! この、旧世代型が!」

「っ――!」

 解体された人差し指の第一関節に、鈍器が振り下ろされる。身体が解体される苦痛も、身動きが取れない恐怖も、自分の視界に感覚は繋がったままのパーツが傷つけられるのも。何度も何度も繰り返されてきた。恐らくは、ウォルターの具体的な目的を話せと言っているのだろうが。本当に、それしか知らないのだ。彼がなにを考えていたのかは、何も聞かされていない。知ろうとしたのも、最近のことだった。

「……頼む、ちゃんと話してくれ……」

 拷問を行っている職員が力なく脱力していく。こちらが話さないことに、こうして膝から崩れ落ちる職員も何人も見た。

「娘が、いるんだ……。きみと、同じくらいの……。娘と、どう顔を合わせていいのか、わからなく、なるんだ……!」

〈また、精神が蝕まれましたか。あの者を下げなさい。あの駄犬は、パーツを繋げた後に牢へ。全く、五体満足で生かせとは〉

 スピーカー越しにスネイルの声が聞こえる。彼の声が聞こえる時は、拷問の終了の合図だ。こんなやり取りが、何回も繰り返されている。集積コーラルに辿り着き、アイビスを打ち倒し……。戦闘後の隙を突かれて、ウォルター共々アーキバスへと拘束されることとなった。この身体が義体であると発覚してからは、暴力や顔に水を浸ける拷問ではなく、四肢を解体し、解体された四肢を暴力なり火に炙る、電流を流すと言ったものへと変わっていったのだ。普通ならば、耐えられない痛みに心というものがおかしくなるのだろう。ある程度の感情の機微が戻ってきたとしても、停滞している思考だからこそ耐えているのかもしれない。なによりも……

『レイヴン……』

『まだ、身体、持ちそう……?』

『……はい。拷問というものは、惨い。情報を吐き出すための暴力は、傷付けることはあっても殺してはならない。義体が壊れないようにという気遣いはされているのでしょう。まだ、あなたの身体は大丈夫です』

 こうして、傍らで語り続けてくれている存在がいる。エアがいなければ、とっくに心も身体もアーキバスによって好き勝手されていたのだろう。彼女がいるからこそ、まだ正気を保っていられる。まともならとっくに限界を迎えていただろう状態を、鈍くなっている感覚と彼女の存在が保たせてくれている。

〈ス、スネイル閣下! 第五隊長殿が……〉

〈勝手にさせなさい。貴方たちより、仕事をするでしょう〉

 終わるはずだった痛みは、まだ続くそうだ。第五隊長は、確か――

 霞む視界を見上げれば、そこにいたのは赤みがかった柔らかな髪を持つ若き青年だった。

「ペイ、ター……?」

「ええ、私です。あなたがホーキンスやメーテルリンクを下したことにより、第五隊長へと昇進しました。改めて、V.Ⅴ(ヴェスパー・ファイブ)ペイターです」

「……」

 覚えのある口調のまま。彼は、何もしないのだろうか。ただ、その報告をしに来ただけなのだろうか。その淡い認識は、甘いものだった。

「昇進は喜ばしいことです。だが、貴様は私の敬愛する上官たちを殺した!」

「あ、ぐう……!」

 四肢を外され、こちらには抵抗する術はない。繊細な内部パーツが収められ、剥き出しになった開かれた胴体に手を突っ込まれる。

「あっ、が……! やっ、ぁ……!」

「人形風情が、人間を振舞うな……! ホーキンスは、メーテルリンクは、もっと痛い思いをしたのだぞ!」

 眼鏡越しの緑色の瞳は憎悪を灯し、涙を浮かべている。無遠慮に内臓パーツを掴まれたり、かき乱されたり、痛みと不快感と恐怖は、嫌でも身体と心が強張る。

「言え、独立傭兵レイヴン。貴様のハンドラーの目的は!? ホーキンスをフラットウェルと共に殺し、ラスティ隊長を誑かし、羽虫をはたく様にメーテルリンクを討ったのは!? 言え!」

「ぁ、あ……、がっ……」

 胸部パーツを強く締め付けられる。心臓に値するものに痛覚があるのか分からない。だが、このまま締め上げられれば死が見える。それは、分かることだった。

「……、だから……。コーラルを、手にする。その大金で、人生を――」

「まだ白を切るつもりか? 内臓の一つでも潰せば、鈍感な人形である貴様も正直になるか?」

「ぎゃ、あ……! ああああ!」

 パーツから嫌な音がする。伝わる痛覚信号は、今までの比ではない。死んでしまう、本当に。だが、何も知らない。知らなかったのも事実なのだ。それを、ここにいる全ての人間は信用しない。

〈そこまでです、第五隊長。上層部は五体満足であることも条件に加えています〉

「チッ……。分かりました、スネイル閣下。命拾いしたな、レイヴン」

 容赦ない痛みの報復は突然に止まった。痛覚の名残が、なんとか意識を繋いでくれている。身体の痛みに、心が悲鳴を上げそうになる。

『レイヴン……』

『まだ、生きてる……?』

『……はい。また、牢に戻されるでしょう。少し、休んでください』

『……』

 薄くなる意識。労わるように傍にいるエアを最後に、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 汚い排気口の中をゆっくりと、腹這いになって進んでいく。ようやく、ようやく監視の目を盗んで脱することが出来た。

(まさか、独立傭兵に情けをかけられるとは……。おのれ、独立傭兵レイヴン……!)

 癖毛の灰髪は、より癖が酷くなり。痩せ気味の体格は、より細く――。一度の敗北によって全てを喪い、再教育センターに送られた男。元ヴェスパー第七隊長であるスウィンバーンである。再教育センターの再教育という名の、言葉に出来ない諸々を耐え忍び、聞こえてくる言葉から情報を推察し。技研都市なるものを制圧したという、アーキバスは完全勝利とも言うべき局面に至ったらしい。勝利を目前とした僅かな油断を狙い、厳重な監視下から脱したのだ。とにかく、技研都市に移設されたこの再教育センターから脱しなければならない。

(だが、こちらの情報収集力を舐めるなよ……! ネットにさえ繋がれば、情報なぞ……!)

 再教育センターの監視下では、強化施術についでのように埋め込まれた電脳が制限される。だが、その制限さえ抜け出せば後は簡単だ。再教育センターの見取り図や、この技研都市の現状把握されている地図情報を探し当てるなぞ簡単なことだった。伊達に、各部隊の会計に目を通して期限内に整理を終わらせるという修羅場(特に、ベイラム製をさも当然のように買ってくる首席の領収書)をくぐっていない。

「む……?」

 もう少しでこの排気口から抜け出せるが、物音がする。息をひそめ、そっと様子を見る。

「こ、ここなら誰も近寄らないだろう。よし、戻るぞ!」

 どさりと、人形か何かを捨て置く音。バタバタと二人分の足音が遠ざかっていく。そっと、排気口から顔を出せば、銀色の髪の、少女のような人形が捨て置かれていた。

(なんだ? ラブドールか何かか? こんな子供に欲情する性悪が、ヴェスパー(ウチ)にいたとは……。私より、そいつらの方が、再教育センター行きだろう……)

 ピクッ。と人形が、動いたような気がした。

「……?」

「っ……、ガ……」

 気のせいではない。捨て置かれた少女の人形が、ガクガクと痙攣し始めている。剥き出しの球関節が、人体の摂理通りに動いてはいるが、手錠によって制限があるにも関わらず腕やら脚があらぬ動き方をしている。カタカタという音が、より、恐怖心を加速させる。

「アッ、ガ……! ガッガガ、ピー!」

「おあー!?」

 とても、少女から出て良い音ではない機械音に悲鳴が耐えられなかった。

 余談だが、少女を捨てた二人組は、奇妙な音と男の悲鳴に怪奇現象が起きたのだと勘違いしたため、地下の報告を疎かにしたらしい。独立傭兵レイヴン及び元V.Ⅶ(ヴェスパー・セブン)スウィンバーンの脱走の認知が遅くなった原因である。

「っ、はあっ……! ゲホッゲホッ!」

 大きく呼吸をすると共に、咽たのだろうか。少女が仰向けから横へ転がり、まるで気管支に唾液が入ってしまったことによる咽りのような咳が続く。次第に、荒々しい咳は落ち着き、ゆっくりと人形が呼吸をし始めた。

 そして、一人でに手錠の電子ロックが外れたのだ。

「な、なんだあれは!?」

「だ、れ……」

 また、声を出してしまった。渋々と、排気口から降りて少女のような人形の元へと向かう。よく見れば、球関節の身体は痛めつけられた痕がある。痛めつけられた影響か、まともに立つことすらままならないようだ。

「わ、私より貴様だ貴様! アンドロイドか? アンドロイドにしては、妙に生々しいが……」

「……」

 見た目以上に身体にダメージを与えられているのか、話すことすらままならないようだ。仕方がない。人形を横抱きする。それから首筋にある電脳のケーブルを引っ張り、人形の脊椎端子に繋げる。アンドロイドではなく義体のようだが、これで繋いだ方が会話はしやすい。

『聞こえるか、義体のようだが貴様は一体――』

『ハッキング!? レイヴンに干渉しないでください!』

『おあーっ!? ま、まて! 落ち着け! 私がこの娘に繋げたのは、肉声が難しいと判断したからだ! これ以上の干渉はしない!』

 カウンタープログラムの類だろうか。突如として黒髪の少女が視界に現れる。このままこちらの脳を焼きかねない反撃に、敵意がないことを示す。

 そして、レイヴンという単語に脳内に散らかっていた情報が一つに繋がる。少女、義体、レイヴン――。もしや……

『落ち着いて、エア。これ以上、何もされてないから……』

『い、いや待て。まさか、貴様……! 私を蹴り飛ばしたレイヴンか!?』

『……?』

『ええい……。こうして会うのは初めてだったな。私はヴェスパー第七隊長()()()スウィンバーンだ』

『スウィンバーン……。あ』

 ようやく、少女も合点がいったらしい。まさか、脱走した矢先でこんなボロボロになった仇敵とも言える小娘と出会ってしまうとは。

『生きて、たんだ……』

『死んだと思ったわ! 貴様に見逃され、ヴェスパーの品を落としたのだと再教育センター送りだ! どうにかこうして脱してきたが……。その様子を見るに、貴様も同じか』

『……うん。仮死状態になって、逃げようとしてた』

 どうも、この少女も目的は同じのようだ。だが、少女の義体の状態では逃げ出す前に再度捕まるのがオチだ。このまま、置いていってしまおうか。

『……レイヴン。ウォルターからのメッセージには、座標が登録されています。脱出の手がかりになるかと……』

『ところで、そっちの女は何者だ。現実(リアル)に視覚情報が存在しない。貴様の補助AIか何かか?』

『エアが、分かるの……?』

『分かるも何も……。貴様は旧世代型だったな。ではあれか、旧世代型が見るという幻覚というやつがこちらの視覚情報にも来ているのか!? ま、まあいい。その娘の言う座標をこちらにも寄越せ。仕方ない。今、私と貴様は目的が一致している。私もここから逃げたい。協力してやる』

 こちらにも悪影響が及びかねないが、仕方がない。横抱きにした少女を抱えたままゆっくりと立ち上がる。少女を抱えたまま動けるという意志を見せれば、幻覚の黒髪の女は思案する仕草を見せる。

『エア……』

『……分かりました。座標を送ります。そして、彼女宛てのメッセージもあるのですが……』

『それはオフラインで構わん。他人の手紙を覗く趣味はない』

『……』

 視界情報に、座標が示された。座標へ向けて、少女を刺激させないようにゆっくりと歩いていく。

(とにかく今は、小娘の事情はどうでも良い。脱出する。それが最優先だ。そのためならば、何でも利用してやる……!)

 背に腹は代えられぬのも事実だ。メッセ―ジを確認している少女が息を呑んだり、入らなくなっている腕に力を込めようとしている。それほどの、メッセージがこの少女に送られているのだろう。普通ならば、スクールに通って勉学に励む年齢の姿だ。鉄火場にいて良い年齢の姿ではない。

 視界の端に映る女は、少女よりは年上の。されど、まだ二十代ではないティーンだ。旧世代型の幻覚。第七世代は、コーラル代替技術による強化実験が行われた初めての世代だ。試行錯誤の第五、第六世代の先、新規格として画一された第八世代の手前。第八世代に一新される前、辛うじて残されたという旧世代型の一部のパーツや技術は、第七世代にも適応されている。恐らく、旧世代型特有の幻覚幻聴を認識出来てしまうのは、そのせいだろう。その割には、まるで一個人のような幻覚だが……

 どれだけの時間を歩いただろうか。まだ、そう騒ぎにはなっていない。鼻が麻痺した下水を歩き続ければ、そこには用廃機のほとんどジャンクに近い旧型ACが佇んでいた。

『まさか、これで脱出しろと言わないだろうな……』

『……』

 腕の中にいる少女が用廃機に向かいたいとばかりに身体を捩り始める。こうなっては自棄だ。用廃機へと乗り込み、脊椎端子を確認する。完全に旧世代型のものだ。少女の身体をコクピットシートに乗せる。

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 佇んでいた機体が動いていく。ジャンクパーツという認識は間違っていなかったようだ。その動きは、あまりにももたついている。

『どうだ、動かせるだろうな? その端子は完全な旧世代型専用だ。私では動かせん』

『……機体に座標情報が入力されています。脱出の手引き……、ということでしょうか』

『大丈夫。座標、出して。今は、その通りにするしかない……』

 座標がモニターに映る。その方向へとブーストを起動してブースト移動で向かっていく。段差をジャンプして登っていく。動く分は問題ないようだが、それだけだ。戦闘となれば、間違いなく不利になる。ただでさえ狭いコクピットが揺れ、身体が痛い。ほとんど力が入らない少女の身体をシートからズレ落ちないように支えていく。

〈……下水まで目を光らせろとはな〉

〈そう言うな。ここでは何があってもおかしくない〉

『MTの巡回……。下水に廃棄して貰うという作戦も、リスキーでしたね……』

『いいか、私が乗っているのだぞ? 慎重に行け』

『分かってる……』

 慎重に、少女がジャンクを動かしていく。だが、どうしても徘徊しているMTが邪魔だ。こればかりは、仕方がないかもしれない。

『た、戦うならばすぐにケリをつけろ!』

『……』

 壊れかけた金網が外れる。左肩に装備された拡散バズーカが放たれ、MTの一機に大ダメージを与えた。

〈AC⁉ なんだ……、どこから出て来た⁉〉

〈用廃機が動いて……、これも技研の技術なのか⁉〉

 反撃される前に、右手のマシンガンで迎撃していく。だが、相手を倒しきる前にリロードが入る。アサルトブーストを噴かすも、この機体ではブーストキックすらも繰り出せない。リロードが終わったマシンガンの銃口を向けてなんとか徘徊していたMTを迎撃した。

『や、やはり戦闘は避けろ! いいな!?』

 あまりにも自分を省みない操縦では命がいくつあっても足りない。この少女に着いていくと決めたことに、少しだけ後悔するのだった。

 

 

 全くの偶然に導かれ、撃破したと思われていたスウィンバーンは撃破し損ねており、自分と同じように再教育センターに送られてしまったそうだ。彼の助力もあり、なんとかジャンクに等しいACを動かして示された座標へと目指していく。傍らにいる、神経質そうな壮年の男性がうるさいのが難点だが。

『レイヴン、戦闘は極力避けることを推奨します。流石にこの機体では……、あなたの技量に追い付きません』

『……そうする』

 ブーストを起動して移動を再開する。この機体では満足に戦うことは出来ない。武装も耐久性も、最低限しかない。強いて、拡散バズーカが高火力となり得るだろうか。マーカーに従って、配管の中を進んでいく。

『待ってください。前方に四脚MT。……分が悪そうな相手です。迂回しましょう。見つかってしまった場合は、左手のジャミング弾が使えそうです』

『無駄な戦闘は避けろ、死にたくないならな! いや、本当にあんな物騒な操縦はやめろ!』

 先に行きたいと逸る気持ちがある。義体へのダメージも酷い。出来れば、整備が出来るカーラがいるRaDの元へと逃げ切らなければならない。だが今は、内臓にも与えられたダメージに義体の性能が引き出せる気がしない。逸る気持ちを抑え、右手側の通路に侵入し、迂回する。迂回通路の中にも、MTが徘徊している。スキャンで確認すれば、今は一機のみ。それならば……。MTの背後に回り、拡散バズーカを発射する。

〈おい貴様、持ち場を――、ぐあああ!〉

〈!? 友軍ではありません!〉

 もう一機のMTが迫って来るが、距離がある。リロードが終わった拡散バズーカによって、二機目も粉砕されていった。通路を進めば、迂回の終わり。もう一機のMTと四脚MTだ。ここはジャミング弾を使って、すぐに離脱する。

〈ECM⁉ ロックオンが……、どこへ行った⁉〉

『レイヴン、今のうちに先へ!』

 ジャミング弾が続く数秒で、下水道から外に出る。見上げれば、暗い空が見える。

『ここから地上に脱出しましょう。上昇推力は……、何とか足りそうです』

『わかった』

 ブーストを噴かせ、上昇して登り切る。登り切ったそこは、見覚えのある場所だった。

『ここは……、技研都市の郊外……?』

『ずっと、ここで捕まっていたんだ……』

 夜で見えにくいが、見える風景は確かに技研都市のものだった。あの場で捕縛されてから、アーキバスはこの都市を占拠してすぐに施設を作り上げたということなのだろうか。いや、廃墟こそなっているが建物自体は使える。だとしても、設備として運用するために整備するのは早すぎる。それだけ、アーキバスは資材も人材もあるということなのだろうか。

〈こちら、V.Ⅴ(ヴェスパー・ファイブ)ペイター。警備部隊各員に通達する! 再教育中の独立傭兵……、あのレイヴンが脱走したとの報告が入った。……以下はスネイル閣下より直々のご下命だ。発見次第拘束し……、今度は“ファクトリー”に収監せよ!〉

『ペイター……⁉』

V.Ⅴ(ヴェスパー・ファイブ)だと……!? ま、まさかホーキンスがやられたとでもいうのか!?』

 その語気は、冷徹に淡々と。だが、確かな怒りが混じっている。

〈並びに、再教育中の元V.Ⅶ(ヴェスパー・セブン)スウィンバーンの脱走も確認している。レイヴンと逃亡している可能性が高い。両名を拘束せよ!〉

『……レイヴン、企業が厳戒態勢に入ったようです。やはり、脱走として報告されたようです。スキャンを活用して、戦闘を回避しましょう』

『あの小僧はやると言ったらやる男だぞ……! 良いか、見つかるんじゃないぞ……!』

 ペイターの恐ろしさは、知っている。普段の淡々とした素振りから激情に駆られた姿。切り替えというよりは、そのどちらも彼であるとばかりで。ぐちゃぐちゃにされた内臓パーツに、嫌な感覚が走る。建物を使って、大きく迂回しながら進んでいく。

『しかし、ホーキンスを倒したのは……。ま、まさか……』

『……ワタシが、やった』

『あの小僧が、珍しくカンカンに怒る訳だ。あの小僧、昇進を虎視眈々と狙う恐ろしいヤツではあったが敬愛を示していたのも事実だ。虎の尻尾を踏んだな、独立傭兵』

 フラットウェルと共に伏撃したあの時。ペイターは脱出したが、ホーキンスは間に合わなかったと言ったところだろうか。それならば、ペイターからすればこちらはホーキンスの仇だ。続く拷問で麻痺していた思考が整理されて、ようやく彼の怒りを理解した。

『……サーチライトに注意を。捕捉されると危険です』

『完全に、ここを自分達の拠点にしている……』

『ベイラムは撤退したと聞いたが、再教育センターの移設から一ヶ月はまだ経っていない。優勢とは聞くが、随分と手が早い……』

 過去の遺産すらも、アーキバスは貪ろうとしているのだろうか。ここまで、アーキバスが優勢でことが進むとは。優勢が過ぎるという違和感を覚え始める。まるで、最初から彼らが勝つように仕組まれていたのかのように。ヴェスパーとして所属していたスウィンバーンが違和感を覚えるのなら、尚更だ。だが今は、そんなことを考える暇はない。警備の脅威からなるべく避けるように移動していくしか無かった。スキャンを使い、周囲を確認しながら、地形と瓦礫の合間を縫うように走っていく。だが、それも長くは続かなかった。

〈敵影を捕捉! 旧型AC!〉

『見つかってしまったぞ!』

『……目標地点まであと少しです、レイヴン。強行突破しましょう』

『そうするつもり』

『あのメッセージ……。ウォルターは、もう……』

 認めざるを得ない現実に食いしばることしか出来ない。MTの攻撃を掻い潜りながら目標地点へと向かう。マーカーは壊れたビルの上にある。なんとかブーストを噴かせてビルの上に降り立った。

『これは……? ……確認しました。罠ではなさそうです』

『アクセスする。っ……!』

 アクセスを行う数秒。アクセスを完了するまで自由に動けない。放たれるミサイルやロケットに晒されるのを甘んじて受けるしかなかった。揺れる機体に、義体がシートからずり落ちないかの不安が過ぎるもなんとか耐えることは出来た。アクセス完了を確認してからビルの上から飛び降りてすぐに近場の建物に隠れた。

〈緊急ビーコンの発信を確認〉

「チャ、ティ……⁉」

〈……久しぶりだな、ビジター。暴れる元気が残っていたようで何よりだ〉

 繋がる通信。通信相手はRaDのチャティからだった。どうやら、あれは緊急ビーコンを発する装置であったようだ。そして、その連絡先はRaDであると。

〈ボスが迎えに行く。合流地点まで移動してくれ〉

「……わかっ、た」

 返事をすればマーカーが更新されていく。カーラとの合流地点へ機体を向けていく。

『ウォルターの使命とカーラには……、やはり何か関係が……?』

『そうじゃなかったら、こんな義体なんて作らない。きっと、カーラも……』

『考えるのは後回しにしろ! 撃墜されたいのか!?』

 ウォルターとカーラには、自分たちが見えている以上の関係があるのは分かっていたことだ。それが、ウォルターの使命に関することであるということまでは推測出来なかったが……。ウォルターが抱いていたものを知れば、自ずと繋がっていく。ウォルターの手足となるべく、強化人間たちは長く運用することを求められる。そう考えれば、出来るケアは最大限行うべきだ。より長く運用するためにも、普段の人間と変わらない生活を可能とする義体は確かに必要なことなのだろう。カーラが義体を作り、整備を行うのも理解できる。それを整理し、問い質すためにもまずは生き残らなければならなかった。迂回するように、崖を登って建物を遮蔽物に更新されたマーカー地点へと向かう。

『合流地点に到達……。……⁉ 敵性反応!』

「っ……!」

 無情な輸送ヘリの音が響き渡る。ここまで追跡されたか、あるいは予測されたのか。目の前に飛び出た一機は、無理矢理上昇して近距離で拡散バズーカを放って撃ち落とした。が、地上には既に数機のMTがこちらに銃口を向けている。すぐに建物の裏に隠れるもそれには限界があった。

〈独立傭兵レイヴンを発見! 包囲する!〉

V.Ⅴ(ヴェスパー・ファイブ)ペイターより通達! 中位隊長の権限において、追加の指示を出す。ファクトリー週間は努力目標とする。抵抗が激しい場合は殺害しても構わん。 独立傭兵レイヴンを排除せよ!〉

〈第五隊長、もし、スウィンバーン元隊長も搭乗していた場合は……〉

〈構わん。レイヴンの排除が最優先だ!〉

『あの小僧、完全に頭に血が登ってるではないか!』

 近付くMTを拡散バズーカで撃ち落とし、ジャミング弾を用いて攪乱しながら距離を取る。いくら輸送ヘリを撃ち落としたとしても、この数を捌き切るにはこの機体では無理がある。

『レイヴン……! 流石にこの数では……!』

「こんな、ところで……!」

 ジャミング弾で相手のターゲットを攪乱させた、その時だった。

『……待ってください、新たな機体反応!』

「っ……!」

〈苦戦しているようだね、ビジター!〉

 新たな機影の方向に向けば、入ってきた声は聞き覚えのある声だ。RaDの頭目、この義体を作った張本人、カーラのものだ。

『「カーラ……⁉」』

〈ウォルターから……、あんたの世話を頼まれている。助太刀させてもらうよ〉

 重なる少女たちの声に答えるように、近付く機体の速度が上がっていく。舞い降りて来たのは、全身を自社製のミサイルで装備したカーラのAC――、フルコースの姿があった。

〈増援⁉ ACがもう一機!〉

〈識別は……、RaDだと⁉ ドーザーのジャンク屋がなぜ……〉

『カーラがACで……、救援です! レイヴン!』

「うん……!」

 一旦、建物の裏に避難する。彼女が危険を顧みず飛んできてくれたのだ。ここで自分が倒れてしまっては意味がない。一度滞空してから軌跡を描き始めるミサイルが飛び交い始めた。

〈RaDの頭目は、操縦もそこそこやる。そいつをお見せしようか〉

『味方なんだな!? あのドーザーは!』

 スウィンバーンの言葉にこくりと頷く。宙を飛び、距離を保ちながらフルコースがハンドミサイルと、翼のように展開した十連ミサイルを放つ。相手はMT。全ての武装がミサイルで構成されたフルコースであっても負ける要素はない。

〈ボス、敵は多いが所詮はMTの集まりだ。俺が出るべきだったな。あんたを危険に晒すのは組織にとって悪手だ〉

〈分かってないねえ、チャティ〉

 そう笑うかのようにフルコースからパルスの爆発が発生される。アサルトアーマーだ。これで、MTたちの銃撃を打ち消したのだろう。

〈あのビジターの大脱走だよ。劇場で見ないでどうすんだい。それとも、チャティも見たいクチだったかい?〉

〈さあな。俺はビジターの機体を取り戻す。その仕事を果たすまでだ〉

 どうやら、こちらが見えていないところではカサブランカの奪還にも動いてくれているようだ。なんとか再教育センターから脱し、救難信号を送る。その段取りは、整っていたようだった。

『エア、援護に出よう』

『そうですね。フルコースで痛手を受けている機体を迎撃するくらいならば……』

「カーラ、援護、する」

 建物から飛び出し、フルコースのミサイルを受けただろうMTの背後に回り、拡散バズーカで迎撃していく。負傷しているMTにマシンガンでトドメを刺していく。

〈ビジター。こういう時は、助けを待つお姫様として隠れてよかったんだけどねえ?〉

「そうは、いかないから」

〈――そうかい。なら、最後まできっちり手伝いな〉

 言われるまでも無い。残るMTは二機。大火力を誇る拡散バズーカの残数もある。一機を拡散バズーカで撃ち落とし、残る一機をマシンガンでACS負荷を限界に迎えさせ、フルコースの文字通りの、ミサイルのフルコースによって撃破された。

『……周辺、敵影はありません』

〈……この辺りは片付いたようだね。追手が来る前に引き上げるよ〉

「うん」

 歩くフルコースに着いて行くようにこちらの機体もゆっくりと動かしていく。

〈ヘリを回そう。ビジターの機体も取り戻してある〉

〈……ビジター。一息ついたら話をしようか。ウォルターのことさ〉

「……わかった」

 今はただ、ウォルターの同志であろうカーラに着いて行くことが先決だった。

 

 

〈強化人間、C4―621。通常モード移行〉

 ジャンク機体と共に輸送ヘリに帰還する。コクピットが開き、脊椎端子が外れていく。ほとんど動けないこちらの身体を、カーラが抱き上げてくれた。

「よく頑張った。全く、こんな小さい子にも企業は容赦なしかい。……で? このついでのように乗っているおっさんは?」

「ま、まて! 事情は話す! その娘、まともに声が出ないほどダメージを受けている!」

 共に脱走したスウィンバーンが、脱走の経緯を語る。カーラは怪訝な表情で聞いていたが、拷問によるダメージで動けなくなっていたこちらの身体を連れてきてくれたのは事実だと、頷けるところは頷いた。

「……なら、そういうことにしといてやるよ。そら、見えるかい? やっぱりあんたには、あの機体がしっくり来る」

 カーラがこちらにも見えるように姿勢を変えてくれる。ジャンク機体の隣には、無傷のままのカサブランカの姿があった。白と黒の機体、今は灯っていないが、青のライトカラーがカサブランカの姿だ。あの機体に色を与えたのも、名前を与えてくれたのも。ウォルターだった。

「……あんたは生き残った。ウォルターは賭けに勝ったってわけだ。いいだろう、あんたには私らの使命を明かすことにする」

「……やっぱり」

「次の作戦に移りたいところだが、まずはあんたの身体のメンテナンスが先だね。そんな身体じゃ、ACもまともに動かせないだろう?」

「スウィンバーンだったか? 余計なことをしたら分かっているね?」

「わ、分かった! 大人しくする! 折角拾った命を捨てたくない!」

 カーラに頷けば、こちらを刺激しないようにカーラがゆっくりと医務室へと向かっていく。

『やはり、ウォルターとカーラは……』

『あとは、カーラが話してくれるのを、待とう』

「ビジター、いや。621。それとも、エイヴェリーの方が良いかい? 眠っても構わない。散々な目に遭ったんだ。休ませるくらいはさせるさね」

 こちらを気遣う彼女の優しさに委ねるように、ゆっくりと瞳を伏せていった。

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