電子の海を潜る。インターネットと呼ばれる、ゼロとイチで構成された視認できない、されど実在している電子の海。世界規模、宇宙規模にまで発展したコンピュータとコンピュータを繋ぐ、複雑怪奇な網。いつしかそこは、あらゆる情報が眠る宝庫となった。
過去、現在の情報ならば、この空想書庫に無いものはない。偽物の情報が混ざることもあるが、それを正しいか否かを判断するかは読み手側の責務だ。情報の濁流の中から、必要な情報を拾い上げて、精査する。
〈オリヴィア、星外の様子はどう?〉
「そうね……」
聞こえてきたシャルトルーズの声。無論、その情報を探るために電子の海に飛び込んでいるのだ。ルビコンⅢは現代にしては珍しい、発展途上惑星ならではの。インターネットがまだ
それでも、インターネットに精通しているものならば、いくらでも
「……封鎖機構は諦めていないわ。再編成を行って準備が整い次第にルビコンⅢに戻るみたい」
〈でしょうね。今じゃ、アーキバスがコーラル資源を独占。それどころか、輸出するために貯蔵プラントの建設までやっている。そんなの、あいつらが黙っていられる訳がない〉
そう。コーラルを巡るルビコン解放戦線、企業、惑星封鎖機構。いくつもの勢力がぶつかり合った戦いは終焉を迎えようとしている。現に、ベイラムはこのコーラル争奪戦から撤退。地下の状況は、解放戦線は知る由もない(恐らく、フラットウェルは把握しているだろうが)。あらゆる障害が無くなったアーキバスは、邁進するだけだ。戦力のほとんどをLCやHC、強襲艦隊へと鞍替えさせ。技研都市と呼ばれる、ルビコン調査技研が遺した都市を発見。彼らの遺産すら利用している。グリッドを越えて遥か天に向かって伸びる塔、バスキュラープラントもその一つらしい。このまま彼らの邁進を許せば、コーラルは根こそぎ搾取され、アーキバスの商品へと変わるのだろう。
〈さて、どうしたものか。まあ、私たちがそこまで面倒見る義理はないけど〉
「でも、私たちの天才様はそうじゃない。そうでしょ?」
〈そうね。今日も今日とて、傭兵支援システムにハック出来るか試してる。あの天才様が難色を示すなんて、相当ね。疑問にすら持たなかったけど、いざ目の当たりにされると物騒ね〉
ブランチは生き残った。この争奪戦を傍観する第三者の目論見から。その第三者も、傭兵支援システムである可能性が高い。可能性としか言えないのは、状況証拠でしか無いからだ。九死に一生を得たと思ったら、傭兵支援システムの支援が打ち切られてしまった。たったそれだけなのだから。
未だにアカウントが生きているオリヴィアが傭兵支援システムにハックを行う訳にはいかなかった。ほとんど、ライセンスが無意味となったソフィアがハックを試みている。分野が違うと言えど、一度見てしまえば大体を理解してしまう桁外れの頭脳を持つ才女がソフィアだ。そんなソフィアが、難問にぶつかっているということ自体がイレギュラーとも言える。恐らく、それだけセキュリティが頑丈か(各傭兵のデータを管理しているとならば当たり前なのだが)。あるいは、
「そう言えば、フラットウェルは?」
〈優勢からくる驕り、そこを狙った反攻作戦に注力してる。とはいえ、あまり芳しくないわね。私もキングも外回りするけど、求心力が無いというか、諦めムードというか。そんな感じ〉
「そう……。そろそろ上がるわ」
電子の海でこれ以上めぼしい情報はない。封鎖機構が諦めていないと分かっただけ上々か。そして、傭兵支援システムに関することは何もない。何も無い事が分かったが正しい。まさか、
「……ふう」
「お疲れさん」
「キングとソフィアは?」
「キングは外回り。お嬢様は相変わらず。さて、後釜のあの子もアーキバスに掴まったらしいし、どうなることか」
シャルトルーズの視線の先。窓枠によって視界が遮られているが、その限られた視界でも見えるバスキュラープラント。コーラルを吸い上げるあの貯蔵庫が、どのような災いに転じてしまうのか。そして、ブランチを越えてワタリガラスの称号を継いだ強化人間も、アーキバスに囚われてしまった。正に、今のアーキバスには敵なしと言ったところだ。思案する中。来客を知らせる呼び鈴が鳴る。
「はいはい、誰よ」
〈俺だ。それと、ウチの天才様にお客様だと〉
「ソフィアに?」
外回りに出ていたキングが戻ってきたようだ。それも、ソフィアへの客人を連れて。
「どいつよ」
〈リング・フレディだ。あのドルマヤンの
「マジ? 待って。いや、待たせるのもまずいか……。まあ、飲み物ぐらいは出すか。お嬢様のこと、ちょっと待たせるかもしれないけど」
〈わかった。まあ、気難しいヤツだということは、相手も分かってるだろうさ〉
リング・フレディ。ルビコン解放戦線の設立者であり、真の頭目とも言うべき人物であるサム・ドルマヤンの付き人。だが、組織を動かすということには、ドルマヤンは不干渉を貫き、ほとんどミドル・フラットウェルが指導者となっている始末だ。
そんな彼の付き人であるフレディが訪ねて来るとは。それも、ソフィアに対して。
「オリヴィア、客人対応とあのお嬢様を引っ張り出すのは私がある。あんたは休んでな。ネットに潜るのは、疲れるでしょ」
「そうさせて貰うわ」
疲労がたまっているのも事実だ。ここは、シャルトルーズの言葉に素直に甘えることにした。
*
寒さが厳しい外を歩いていく。異性なのだから当たり前だが、自分より背が高い。そして、細身の男性に着いていくように歩いている。男性に着いていくという時点で、本来なら嫌でしかない。だが、呼び出し相手が相手だ。無碍にすることは出来なかった。
「……あまり、敵意を向けないで欲しい。お前からすれば、不快以外の何もないのだろうが」
「まあね。そもそも
「それは、フラットウェルが勝手にしていることだ。師父には関係がない」
リング・フレディ。師父サム・ドルマヤンに付き従う一人。男性でありながら、どこか女性的な。
(今後に関わる局面であるにも関わらず、それでも不干渉を貫くか)
感情は制御できないが、思考は情報を集めることにシフトしている。フラットウェルがやろうとしていることは、絶望的なこの惑星の局面をひっくり返そうとすることだ。それを、
フラットウェルの元で仕事を行い、その間にも、この惑星で日々を過ごしている。少しは解放戦線の事情を分かったつもりでいたが、それでも、見えている以上に両者の溝はとても深いもののようだ。
「この
「……」
艶めかしい男が足を止め、こちらを振り向く。視線にあるのは、敵意だ。そんな状況なのは、分かっていると。このままではいけないと分かっているが、何もできない。そういった不満が含まれていた。
「――まあ、それも含めて話をするつもりなのかしら?」
「……さあな。ただ、お前と話がしたい。と、師父が珍しく、よそ者との対話を望んだのだ」
おそらく、フレディから見ても不可解なことなのだろう。こちらも、なぜ呼ばれるのか見当もつかない。だが、そんな大物に呼ばれてしまっては、断る方が不利益を被る。なら、素直にこの呼び出しに答えるしか無かった。しばらく歩けば、ドルマヤンが過ごしているらしい住処へと辿り着いた。住処の中を案内され、ある扉の前で、フレディが止まる。
「師父、例の女性をお呼びしました」
ノックと共に紡がれる報告。だが、それに返事はない。いつもの事なのだろうか、失礼しますと声と共にフレディが扉を開いた。
「……」
「……」
椅子とテーブルが並べられた、ごく普通の一室。椅子には、一人の老人が鎮座している。加齢による皺が刻まれた浅黒い肌、老いによる白い髪。だが、その濁りが見えて来た瞳はどこまでも鋭い刃そのものだった。
(な、なにが耄碌ジジイよ……! あんなの、生まれた時代を間違えたブジンかキョウカクじゃない……!)
思わず、後退りそうになる。傍からすれば、ほとんど反応を示さない。それこそ、老いによって認知力が鈍り始めた老人なのだろう。
だが、戦場を知るもの。特に、
「どうした、座るが良い」
フレディに促され、ようやく身体の緊張が解ける。ゆっくりと歩を進め、案内された席に座る。フレディが手慣れた様子で、飲み物の用意をしていく。その間、老人の様子を伺う。老人から、動く様子はない。
「……」
「……」
話があると言ったのはそちらだろうに、一向に話題が出ない。気付けば、保温性を重視されたカップが置かれる。飲み物の用意が終わったからか、フレディが離れていく。沈黙が場を支配して、しばらく経ったその時だった。
「お前は……」
「……な、なに」
「なぜ、
それは、どういう意味なのだろうか。未だに、この惑星で活動をしていることについてなのか。それとも、
「言っておくが、ここには盗聴器や監視カメラと言った類はない。そして、師父の問いには正直に答えろ。職業柄、俺は嘘が分かる。そして、師父は全て見えておられる」
確かに、今相対している相手に嘘は通じないだろう。リング・フレディは、その職業柄、自分の言葉にも嘘を使うはずだ。尚の事、他人の嘘に気付けないはずがない。そして、耄碌に見えるだけの老人も、下手なことを口にすればこちらの命が無いだろう。
「……言葉を変える。なぜ、
(よりのもよってか……)
返答パターンを考える。が、恐らく下手に意図を聞き出そうとして言葉を並べるのは悪手だ。いっそのこと、正直に話した方が良い。先に荒唐無稽を言ったのはあちらだ。なら、こちらも荒唐無稽で答えるしかあるまい。
「……へえ。あなたは、
「……」
「死にたくないから抗った。死ぬと分かっている未来にはいそうですかと、受け入れる気にはなれなかった。だから、私なりの抵抗をした。そのおかげで、なんとか生きている。知らなかった未来に生きているわ」
フレディが怪訝な表情になる。自分でも、荒唐無稽なことを言っている。だが、それが事実だ。後釜と戦うあの日。自分は死ぬはずだった。だが、それを受け入れる気にはなれなかった。だから、あらゆる細工を施した。死の偽造だ。ほんの少し、機械の目を誤魔化すだけのもの。それがまさか、この争奪戦の黒幕の目星に繋がるとは思いもしなかったが……。フレディからのリアクションがこれ以上に無いということは、嘘を言っていないと分かってもらったのだろう。
「……師父」
「ならば、次だ。
「……私が死ぬまでのことなら。ただし、あくまで私が知り得る範囲だけ。企業の動きこそは調べたり考えたりしたけど、内情とかは知らないわ」
現実的ではないが、こちらにはこのコーラル争奪戦の、自分が死ぬまでの記憶を持っている。恐らく、あの老人も知っているのだろう。この争奪戦の記憶を。てっきり、サブカルチャーによく見かける
「ルビコン調査技研に、覚えは」
「無い。……ごめんなさい、これは嘘になるわね。でも、ほとんど知らない。これは本当。私が知っているのは……、
ルビコン調査技研。この
祖父は、独特な人物だった。息子である父とも距離があったし、孫である自分たち
祖父の元に尋ねる理由は至極単純だった。祖父の離れは、図書館と言えるほどの多くの書物があったからだ。教科書がつまらなかったこちらとしては、祖父の本を読み漁る方が有意義だった。時々、祖父が内容を理解してくれるかのテストも行ってくれた。だから、ある日。悪戯心が働いてしまったのだ。祖父は一人で、ここで何をしているのだろうと。
祖父の机を見た。祖父は常に、本に囲まれた机で作業をしていることが多かったからだ。手書きの記録にあったのは……
(コーラルの、有機物と仮定とした理論と、無機物と仮定とした理論……)
なぜ、コーラルについて考えていたのか。それを問うことは出来なかった。それは、踏み入れては行けない場所だという直感が働いたからだ。そして、故郷が戦火で焼かれた。焼け跡から見つけることが出来たのは、両親と祖父と思しき遺体と、戦火すら逃げ切るほどに頑丈に保管されていた祖父の手記だけだった。妹の遺体は、見つけられなかった。
本を読み漁る合間にも、祖父の様子を伺うことはあった。机に向かう祖父が、死地に向かう兵士のような姿だったのは覚えている。今になって思えば、コーラルに関わる事態に首を突っ込むことになるのは、因果なものだ。
「だから、技研の連中が何かしてたとか、何かしようとしてたとかは知らない。興味もない」
「……これも、嘘を言っている様子はありません。師父」
「……」
緊張が続く。なぜ、この期に及んでこんな話をしようとしたのか。それとも、こちらには見えていない何かを、
「……最後だ。傭兵支援システム。それに干渉しようとしているのは?」
「? ああいうの、興味があるとは思わなかった。……睨まないでよ、付き人さん。不審に思ったからよ。
この老人にとって、独立傭兵の都合なぞどうでも良いのだろう。なら、最大の荒唐無稽をぶつけるしかない。
「私の中で、仮説があった。なぜ、私は死ぬまでの記憶を持って、最初の日に時間が戻ったのか。次に何が起こるのか分かるって、心に余裕が出来て良いわね。この争奪戦について、いくらでも考えることが出来た。どうしても引っかかる事実。アーキバスが優勢なこの状況、誰か裏で糸を引いているんじゃないかってね」
情報提供者がいる。それはほとんど断定して良いだろう。バスキュラープラントの建造も、技研の遺産の再利用しただけの組み立てだとしても、その準備や実行に時間がかかるはずだ。だが、アーキバスは既に用意が出来ている。ならば、現状までの道筋をお膳立てした誰かがいる訳だ。そうでなければ、預言者だとか未来視だとかの超能力者がアーキバスにいるとしか思えない。
「支援が打ち切られたこと。そして、師父。あなたの言葉で、仮説の正しさが裏付けされた。傭兵支援システムが
恐らくだが、彼はなにかを知っている。こちらの知らない何かを。故に、争奪戦の記憶とは違う行動を行っているこちらが目についたのだろう。なるほど、大事な局面だからこそ確認したかったのだ。
「……ただの独立傭兵だと思っていたが。お前も、どこまで見えているのだ」
「嫌味に聞こえるだろうけど、私の脳は他の人と違うらしくてね。天才だのなんだの言われて来たけど、結局は、私が分かる範囲で考えることしか出来ない。考える速さとロジックの組み立てが他の人より優れてる。それだけ。現に、知らないことはどうしようもないもの」
フレディは、ドルマヤンが語る精神世界を敬愛している。と、アリーナの紹介文には書かれていた。彼の反応からして、こちらが立てる憶測はドルマヤンに近いものなのだろう。どれだけ寄り添おうにも、知らなければ、近付くことが出来ない。遠く険しい道のりを、外から来た小娘がすんなりと突破している。彼からすれば、面白くないと思われても仕方がないことだ。
「フレディ。あなたの言葉を借りるなら、私は師父の見えている世界に近いところまで見えているのでしょうけど、私には知らないことがある。だから、師父が見えているものと同じとは限らない。そうでしょう、師父ドルマヤン? 私は、あなたにとって
知らない事が罪なのか、知ることが罪なのか。どちらに比重があるのかは分からない。だが、こちらから提示出来るのは無知であることだけ。こればかりは、どうしようもない。下手に知っていると振舞う方が最悪だ。
「……そうだな。今のお前は、無知な小娘だ。だが、
老人の視線、気配が鋭いものになる。触れただけで、幾重もの皮膚を割いて血液を流させてしまうような刃。そんなものを首元に充てられている気分だ。
「……警告? これ以上、何もするなという」
「そうだ。我々の警句を、お前に改めて伝える。“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”、“コーラルよ、ルビコンの
まさか、解放戦線の。特にドルマヤン派閥が脳死で唱えている言葉の続きを聞くことになるとは。ともすれば、更なる疑問が増える。
「……内にあれ、というのなら。尚更アーキバスの勝手を許してはならないのでは?」
「企業のハイエナ共は、私が危惧するものとは無関係だ」
「……」
これは、交渉のカードとして強力な一手を、こちらが握っているかもしれない。根拠はないが、状況証拠はある。
「あなたは、傭兵支援システムを危惧している。なら、その
老人の眉根が動く。こちらの話に関心を持ってくれたと見て良いだろう。
「とはいえ、決定的な証拠はない。あくまで、この状況が証拠と言えるだけ。あなたたちはずっとルビコンⅢにいるから、何とも思わなかったでしょうけど……。この
余所者だからこそ、見える事実だ。襲撃を受ける彼らからすれば、地形情報を把握されることに違和感を覚えるものはいないだろう。その着眼点は無かったからか、フレディも思案に耽る仕草をする。
「それがなぜ、傭兵支援システムなのだ」
「まあ、普通なら企業に金なり人質で脅された身内が情報を吐いた。なんでしょうけど……。アーキバスだけ、この争奪戦に対する熱量がおかしかった。この際だから言うわ。フラットウェルに依頼されて、企業にコーラルのリークを流したのは私よ。惑星封鎖機構を打倒するための第三勢力、思想の違いだので分裂しかけた解放戦線に、共通の新しい敵を作るためにね」
「お前が……!」
この戦乱を引き起こした張本人。掴みかからんとするフレディを、ドルマヤンが制した。
「それが、お前が
「まあ、そうね。惑星封鎖機構から隠れるためのね。あとはまあ、あなたたちが知っての通り。私の事情はおまけよ。普通、企業は金になることでしか動かない。逆を言えば、確かな金になると確信が無ければ動けない。あいつらがやっているのは商売よ。信頼に関わることも配慮しないといけない。あなたたちも、買い物をするなら、質が悪いとか、こんな迷惑問題を起こしたとかの噂が無いところが良いでしょう?」
なるべく、彼らの次元に近い言葉を選ぶ。あくまで、アーキバスやベイラムはACが主流の武器商人たちではあるが、その開発なり研究のためにも金が必要になる。いくつかの副業を展開して、収入を得ているのも事実だ。
「だから、普通ならリーク程度で動くものじゃない。精々、その情報の正確さを確かめるために、ヴェスパーの一人か二人を寄こすくらいよ。一応、この
アイビスの火、惑星の外で生活していたソフィアでも知っている。このルビコン星系規模に起きた、コーラルによる延焼災害であると。もっと専門的な学問たる宇宙史や星間環境の分野ならばもっと掘り下げられているだろうが、それらを踏まえても、宇宙政府にすら禁止だと指定されたものを、好き好んで入手しようとは思わない。好奇心のままに動くバカはいるだろうが、政府に目をつけられる。そのデメリットが大きすぎる。個人で隠れて行動する分はまだ逃げ切れるだろうが、企業という規模と信頼が関わる組織となればまた別だ。
「あなたたちも分かるでしょう? 自分のヘマ一つで組織が、仲間が割を食う。宇宙政府にこっちを殴って良い理由を与えることになる。デメリットの方が大きいから、この半世紀、誰も手出ししようとしなかった。だけど、たった一人の個人のリークでアーキバスは動いたのよ。組織や人数が多ければ多いほど、準備には金も時間もかかる。けど、アーキバスはそれを良しとして、少なくとも兵器分野の一部隊分の資源は全投入した。外にいた私たちからすると、違和感でしかないのよ」
「……つまり。余所者であるお前たちから見れば、企業は大金を得るために、金や物資だけでなく、信頼すらも資源として浪費していることに違和感があると」
フレディの言葉に頷きで肯定する。この進軍だけで、目に見えるものと目に見えない物。様々な資源が、かなり消費されている。コーラルがそれに見合ったものかと言われれば、否定しにくいのも事実だ。
「そこまで大胆に動くというのは、コーラルがあるという確信と、自分たちが絶対に勝てるという自信がないと成り立たないわ。出費に対して収入があまりにも合わないものの。つまり、アーキバスをその気にさせた協力者がいる。と考えるのが自然よ」
「だが、その協力者が傭兵支援システムであるという理由にはならない」
そう。ソフィアが辿り着けたのはここまでだ。アーキバスには協力者がいる。だが、それが傭兵支援システムであるという決定的な証拠はない。
「その通り。傭兵支援システムがやっている、には繋がらない。でも、アーキバスが優勢になる事情だけじゃない。もし、この争奪戦の戦況全てを知っていて、自分が望むように、あるいは外れかけたものを修正して行くとしたら? そんな作業、全部を知っていなければ成り立たない。この
言ってしまえば、ほとんど消去法に近いものだ。この争奪戦の流れ、組織、個人――。その全ての情報を把握していてもおかしくない第三者。一つは封鎖機構だが、正直彼らは考えなくて良いだろう。――こうして見返すと、彼らはむしろ被害者に等しい。彼らに憐憫を向ける日が訪れようとは。
「どう、師父ドルマヤン? 私には決定的な情報はないけれど、あなたの持つ情報から見ると、辻褄が合うかしら」
違うと断言されたらそれまでだが、点在しているパーツを繋げるとすればこれが自然だ。老人が、思案する素振りを見せる。
「……頭の回る娘だ」
「それが、私の取り得だから」
「尚の事、あの傭兵支援システムに干渉するのはやめておけ。その明晰な頭脳を、敵にしたくない」
この老人をここまで言わしめるものを、傭兵支援システムが握っているのだろう。
「……ん?」
思わず、窓を見る。視界の端に映ったものを確かめるためだ。
「おい、お前。まだ話は――、なんだ、あれは……!?」
自分の見間違いではないらしい。フレディも驚いている。全く見たことがない船が、空を飛んでいるのだ。あの角度、スピード、船体の規模から大雑把な計算をすると……
「……あの船、バスキュラープラントに向かっているわね」
「バスキュラープラント? 企業の連中か?」
「アーキバスなら、強襲艦を使うでしょ。ベイラムは撤退した、遠目だけどあれは封鎖機構のものじゃない。どこの誰かは知らないけど……。もし、あの船にたんまし火薬が積んであったら、二度目のアイビスの火は起こせるでしょうね」
「なっ……!?」
最悪を想定すれば、大量のコーラルを貯蔵しただろうバスキュラープラントに火が点けば……。二度目のアイビスの火と同等の災害規模が起きてもおかしくないだろう。フレディは動揺を見せるが、ドルマヤンは取り乱す様子はなかった。
「……冷静ね。今度こそ、
「それもまた、余燼にすぎぬ」
「
星系規模の延焼災害。それも十分な大災害なのだが……、それ以上の災害は、ソフィアには予想がつかなかった。