『……。それが……、観測者たちの計画……』
だらりと、エアの腕が垂れさがる。そのまま、虚空を見つめながら彼女は言葉を紡いでいく。
『企業はコーラルを貪ることしか考えず。観測者たちは、コーラルを恐れ根絶しようとしている』
エアからすれば、受け入れ難い現実なのだろう。だが、それでもと言いたげに。脱力していた腕に、手に力が入って拳を握るのが見えた。
『私は……、人とコーラルの可能性を守りたい』
それは、切なる願いだ。あれだけ人の醜さを見せつけられても尚、彼女は未来を。可能性を信じたいと選択した。その願いは、か細くも確かなものだというのは、621でも分かることだった。
『……レイヴン。私の願いを、聞いてはくれませんか』
『それは……』
決断の時に立たされている。再教育センターから脱し、カーラと合流することが出来た。そして、彼女から話を聞くためにザイレム掌握の仕事を完遂した。
観測者たちの結社、オーバーシアーはアイビスの火から生き延びた人々が集い、コーラルの行く末を観測していた。カーラとウォルターはその一人だと言う。そして、二度目のアイビスの火を起こす決断が下されたのだ。カーラやウォルターのことだ。二度目の災禍を引き起こす以外の方法を探っていたはずだ。だが、彼らは終ぞ見つけられなかったということだ。
今の自分はもう、ただウォルターの後を着いて行くだけの人形ではいられなくなってしまった。このまま、自分の意志をもって厄災を引き起こし、ウォルターやカーラの悲願を達するか。目の前の、自分だけが知覚する存在の切なる願いを聞き届けるか。
(ワタシは……、私は……)
これまでの出来事が脳裏によみがえっていく。ウォルターに拾われたあの日を、このルビコンの地に密航した日を。レッドガンの人々に出会ったこと、壁越えで憧れに出会ったこと。そして、エアに出会ったことを――
「私は……」
ワタシが答える。ウォルターに出会わなければ、今の自分はない。ウォルターのために戦うことは、拾われたあの日から決めたことだ。燃え残った全てに火を点けて、終わりにする。それが、ウォルターの願いならば、それを叶えることが恩義に報いることだと。
私が答える。だとしても、だからと言って再び厄災を引き起こすことは間違っている。それは、目の前のエアと、彼女の同胞を虐殺する行為だ。これ以外の方法があるかもしれない。決行してしまえば、その可能性すら捨て去るのだと。エアは、人とコーラルが共にあることを諦めたくないのだと。
(私は、何のために……)
自分を導くウォルターはいない。カーラとエア、両方を選ぶことはできない。選ばないという決断も出来なくなってしまった。選ばなければならない。兵器から、一人の生きる者として。その羽化のための決断なのだと。
「……」
エアの赤い瞳がこちらをじっと見つめている。強い意思が宿る中で、こちらを選んで欲しいと独特なきらめきが揺らいでいるのが見える。そんな彼女の赤く輝く、星のような瞳から――
「……エア」
『……はい』
傍らにいてくれた少女を見上げる。まだ、彼女の瞳のきらめきは揺らいでいる。
「カーラの言うことも、エアが言うことも。どっちも正しくて、間違ってないと、思ってる」
『――はい。私も、カーラが懸念することは事実だと分かっています。それでも……』
エアは優しく、強いヒトだ。彼女からすれば、人間なぞ、
『レイヴン、私は……。諦めたくないのです』
「……エア」
まだ、何か方法があるはずだ。それは、こちらも同じだ。二度目の厄災を引き起こして良い理由にならない。
(どうしたら……)
どうして、こんな時に限ってあの頭痛とビジョンが見えてこないのだろう。だが、あれは一種の衝動を掻き立てるものだ。決断と責任を負えるものではない。段々と、袋小路にさ迷っていく感覚に陥っていく。
『621』
ふと、もう聞こえなくなったはずの声が聞こえた。気付けば、視界すらも変わっていた。
満点の星空が見える、草原のような場所。そこには、もう姿を見ることが出来ない杖をついた老人の姿があった。こちらよりも遥かに背が高い老人に向かって、ゆっくりと歩いていく。こちらに気付いた老人が、膝をついてくれた。
『お前を縛るものはもう何もない。これからのお前の選択が……、お前自身の可能性を広げることは祈る』
頭を撫でてくれる。頭を撫でてくれた手が、髪を整えてくれる手が、こちらの後頭部や背中に回って来る。引き寄せられる感覚が、懐かしく思ってしまった。
お前自身の感覚に、従え。
そう言い聞かせるかのような優しい声。頭を撫でて行く手つきが、今まで以上に優しくて。込み上がってくるものの正体が分からない。痛くて、苦しくて、嬉しくて。そして、この人に拾われて良かったと心から思う。彼と共に行った最後の仕事。その出撃前の出来事で抱いた感情が、蘇って来る。
雁字搦めになっていた思考が、感情が、壊れた器に収められていたものが、溢れていく。
何を、迷う必要があったのだろう。彼はずっと、
瞼を伏せる。ゆっくりと瞼を開けば、先程の幻想的な光景は無い。しっかりと、現実が映し出されていた。
「エア」
目の前の少女に、ずっと傍らで支えてくれた
「……きっと、エアの願いはエアのワガママでしかない。この船で、コーラルを燃やすのが、正しいのかもしれない」
『……』
「でも――」
ここから先は、
「正しいと思うことと、良いと思ったことは違う。そう、私は思っている」
『では……!』
赤い瞳のきらめきが、正に星のように輝く。気付けば格納庫の方へと、壊れかけた身体の両足を動かしていた。固い床を蹴って走る、軽い音が響く。
『それで、どうするの?』
『はい。説明します、レイヴン』
ガレージへの道のりは、エアが示してくれる。義体の動作を義体の自動運転に任せ、意識はブリーフィングに集中する。
『高度を上げていくザイレムを止めるには、管制権限を奪うしかありません。それを為す方法は、おそらくひとつしかない……』
カーラは最高の技術者だ。そして、カーラをサポートするチャティも。いくらエアがコーラル変異波形として、ハッキング類に卓越した能力を持っていても、彼女たちと相対するとなれば、苦戦を強いられるだろう。カーラのことだ。とっくにザイレムのセキュリティを完璧にしていてもおかしくない。
『企業勢力とオーバーシアーが交戦している混乱に乗じて、カーラを……。……ウォルターの遺志に背き、彼女を討つのは、あなたにとっても本意ではないでしょう』
こんな時まで、彼女はこちらを気遣ってくれる。恩人であるウォルターとカーラを裏切る。その罪悪感は計り知れないものだ。きっと、後悔も抱くだろう。だが、その
『それでも……、あなたに頼みたいのです。ウォルターの猟犬ではなく……。一人の独立傭兵、レイヴンに』
この行動を行うということは、もうウォルターの猟犬ではなくなる。彼のために戦ってきたハウンズたちの遺志すらも、裏切ることになるだろう。
それでも、今は自分が正しいと思ったことをしたい。同じカラスを名乗っていた彼女、戦友と呼び続けた彼。あの二人に会えることがあれば、ようやく彼らの問いに
自分の感覚に従う、自分が正しいと思ったことのために戦う。ウォルターへの義理や責務だけではなく、
雁字搦めになっていたもの、その全てを取り払ってしまえば、なんとも単純な物が残った。だが、結局はこれが根底にあったものだ。そして、
「わっ、ぷ……!」
「ど、どうした独立傭兵レイヴン!? カーラとかいうヤツと話は終わったのか!?」
ぶつかってしまった人物を見上げると、そこには神経質そうな壮年の男性――。先の脱走時になんやかんやで協力したスウィンバーンの姿があった。
「行かなきゃ……!」
「行くとは、どこに!?」
「このままは、ダメだから……!」
待て。と細長い骨ばった手に肩を掴まれる。
「離して……!」
「ガレージに行くのなら、せめて着替えてからにしろ! ……この船は、バスキュラープラントに向かっている。コーラルと共に心中しようとしている。そうだな?」
「……」
こくりと頷く。彼にも、カーラはオーバーシアーの事情を話している。自分より、賢いはずの大人だ。きっと、船の積み荷や進路を確認すれば、すぐに思い浮かぶのだろう。
「――一分だ」
「え?」
「一分、貴様が独断で、ガレージから出撃した記録を誤魔化す。あの技術者の女には無意味な工作だろうが、このまま心中するなどまっぴらごめんだ。この私が手伝ってやると言うのだ。貴様は、私に助けられた恩がある。なら、私を助ける義理がある。当然だろう?」
高圧的な話し方は相変わらずだが、要は死にたくないからこちらに協力するというのだろう。今は、一人でも人手は欲しい。
『レイヴン、行きましょう』
「……わかった」
返す踵でパイロットスーツへと着替えに控室へと向かった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
どうにか、出撃の妨害はされなかった。だが、こうして許可もなく出て来た以上、ここからはカーラを騙すことは出来ないだろう。
『……始めましょう、レイヴン。これからも……、私があなたをサポートします』
既に状況は始まっている。アサルトブーストを噴かせ、示してくれたマーカー地点へと向かう。
『カーラは左舷エリア、貯水ドームで指揮を執っているようです。企業とオーバーシアー、その双方を敵に回すことになります。……どうか、気を付けて』
両者の射線の間を潜り抜けるのは苦戦を強いられる。ならば、なるべく交戦エリアを避けて真っすぐに飛んだ方が良い。アサルトブーストで作戦エリアの端を走り抜けていたその時だった。
〈ルビコンの猿どもが……、邪魔なんですよ!〉
「この声……」
『あれは……、
普通に考えるならば、彼を放っておくのが正しいのだろう。カーラの元に向かうのが優先となる。だが、彼は……。拷問された恐怖が抜けた訳ではない。捕らえたウォルターにも、あのようなことをしたのか。ならば、彼と戦う理由は、ある。MTを相手に戦っているオープンフェイスに、アサルトライフルとリニアライフルの銃口を向け、弾丸を放つ。
〈貴様は……!? 尻尾を巻いて逃げたものと思いましたが……、駄犬がまだ歯向かうつもりですか〉
反転したオープンフェイスが左腕を構える。武器そのものにブースターを搭載し、槍のようにレーザーを展開し、ブースターの機動力で突撃するレーザーランスと呼ばれる武器だ。オープンフェイスという重量機の機動性をカバーするどころか、加速した質量に加わるレーザーの威力は計り知れない。だが、機構上はあの武器は真っ直ぐに進むことしか出来ない。こちらに向かってくる軸さえずらせれば、直撃を避けることが出来る。加速が終わった隙に、こちらはレーザースライサーを展開してオープンフェイスを切りつける。
〈……どいつもこいつも、身の程というものを弁えない。途方もない頭の悪さだ……!〉
アラートが鳴り響く。オープンフェイスの右肩には見覚えのある武装――。スタンニードルランチャーの姿がある。アイスワームのプライマリシールドを破壊するために使った兵器。スタンニードルランチャーの電撃ならば、確かにACを一時的にでも操作不能に陥らせることが出来るだろう。アイビスというC兵器との激戦の後にこれに狙撃されたとならば、機体制御が出来なくなるのも必然だった。分析をしながらも、アサルトライフルとリニアライフルのトリガーを引き続ける。オープンフェイスの垂直プラズマミサイルが地形に阻まれる中、こちらのレーザードローンは、重装を纏った騎士とも言えるオープンフェイスにしっかりと追従して攻撃をしている。
〈ああ……、貴女の再教育はもう諦めましたよ。上層部が間抜けなせいで、無駄なことに労力を払ったものです〉
「っ……!」
初めてだった。ただの操られ人形であるかのように見下されることに、衝動が起きるなぞ。この衝動は確か、以前にも似たようなものがあった。確か、
〈あくまで噛みつくつもりか……? ……そう言えば旧世代型だったな。涎を垂らして獲物を追うしかできないわけだ〉
連射力が高いスタンガンの電撃が、視界を塞ぐ。そのせいで、あんなにも目立つレーザーランスの一撃をかわしきれなかった。だが、レーザードローンはしっかりとオープンフェイスに追従する。
〈貴女の飼い主も……、実に反抗的
「……ウォルターに。ウォルターに、なにをした……! ぐっ!」
揺さぶられる
『敵AC、損傷拡大しています!』
〈最新の“調整”を幾重にも重ねた、このスネイルに……。カビの生えた駄犬が歯向かうだと!?〉
第四世代型。既に十世代型まで発展している強化人間手術。カタログスペックでは、大きく差が出来てしまっているのだろう。自分でも、ここまで戦い抜けていることは奇跡だと思っている。だが、それが出来ることだとやってきた。そして今、出来ることだから。ではなく、自分の意志で進みたいという感情がある。
リペアキットを使い、APを回復させる。オープンフェイスからパルスの収縮が見える。すぐに距離を取れば、アサルトアーマーは不発に終わる。会敵前にアサルトアーマーを使ったのは見えていた。これで、相手は切り札を使い切った。
(ああ、だから……)
電撃の嵐とレーザーの突撃をいなしながら、アサルトライフルとリニアライフルを撃ち続ける。あの狼が、力強く大地を蹴り続ける土台。それが、背景を手に入れること、彼が問い続けていたことなのだと。理由が定まったその時、いくらでも、どこへでも飛んでいけそうだ。今までも、理由が無かったわけではない。理由だと、気付けていなかっただけ。例え、どんな苦しい状況になったとしても見失うことはないだろうという確信。それを、出会った時から彼は抱き続けていた。一際輝く綺羅星の所以を、ようやく知ることが出来た。
実弾はオープンフェイスのACSに負荷をかけ続けている。レーザードローンが、小回りの利かない重量二脚の機動性を更に奪っていく。オープンフェイスがACS負荷限界で止まった瞬間、リニアライフルをレーザースライサーに換装させ、青の両刃で切り裂く。堅牢な護りを崩しきれない。だが、あと一押し。これまでの怒りを晴らすように、ブーストキックで重装甲を纏う騎士を蹴り飛ばした。
〈ぐうぅ……! どこまでも鬱陶しい駄犬め……! だがプランはまだある……、二重三重にな……!〉
蹴り飛ばされ、火花を散らすオープンフェイス。だが、コアブロックが動作するのが見えた。
『
『……うん』
スネイルはあくまでついでだ。ヴェスパーのブレーンとも言うべき彼だ。ある程度を想定して作戦を構築しているはず。こうして戦うことすら無意味な消耗だったかもしれない。それでも、こちらには戦う理由があった。これで、仇討ちが出来ればいいのだが……。これからやろうとしていることは、恩を仇で返すものではあるが。
『!? 隔壁が封鎖されました!』
〈……ビジター。アーキバスに大金でも積まれたかい。残念だよ。だが、落し前は付けさせてもらう〉
『隔壁は私が。あなたは安全の確保を!』
冷徹な魔女の声。カーラの怒りや失望は当然のことだ。これは、ウォルターの遺志に反することだ。分かっている。罪悪感に胸が締め付けられるが、それでも、進むと決めたのだ。閉所にて展開されるスタンスモッグは脅威だ。制御系統を麻痺され、APを奪われる。スモッグが辛うじて届いていない高台に乗り、一機ずつスモッグを展開する無人機を撃破していく。
『エア……!』
『さすが、カーラです。惑星封鎖機構以上のセキュリティです。ですが、もう少し……!』
彼女も戦っている。ならば、こちらも手を止める訳にはいかない。スモッグが晴れた先、残ったMTを迎撃していく。
『片付いたようですね、レイヴン。こちらも、隔壁の解錠が終わりました』
『ありがとう、エア』
〈……流石に小細工が通用する相手じゃないね。チャティ! 機体の準備をしな!〉
隔壁にアクセスを行えば、ゆっくりと重厚な扉が開いていく。
『カーラは……、この先に……』
操縦桿を握る手に力が入る。進むと決めたのに、後ろ髪を引かれる感覚を覚える。だが、もう後戻りは出来ない。細い通路の先へと進んでいった。
*
「……ビジター。アーキバスに大金でも積まれたかい。残念だよ。だが、落し前は付けさせてもらう」
レーダーを確認すれば、こちらから出撃の指示を出していないにも関わらず、カサブランカが作戦エリアを走り抜けている。良い子としか言いようがないあの少女が、独断で出撃するとは。
「ボス。ビジターは金で動く女ではない。アーキバスに買収されたならば、
「……分かっているよ、チャティ」
そう、あの少女は金で動くような
『友人か。それならあいつにも、できたのかもしれん』
(そういうことかい、ウォルター)
ようやく、彼が語った言葉を理解した。少女は旧世代型強化人間だ。そして、コーラルデバイスを使用した強化人間は、常にコーラルに酔っているドーザーと条件が近い。つまりは、
恐らく、あの少女はコーラル変異波形と繋がっている。ならば、彼女の独断行動における不可解なほどの的確な探知力にも納得がいく。あらゆる機器に干渉出来るコーラルを媒介とした変異波形と呼ばれる存在。それが手を貸しているなりあの子を利用しているならば、辻褄が合う。ならば、少女はコーラル変異波形に唆されたと見て良いだろう。
(でも……)
コーラル変異波形が生存本能による延命を乞い、少女が答える。それは、破綻を回避する最終手段の放棄、確約される破綻の訪れ。
だが、こちらが見つけきれなかった、見つけたかった答えを見つける猶予となる。
「――良いだろう」
「ボス、MT部隊が壊滅。隔壁のロックも解錠された。ビジターの単独犯ではないな」
「……流石に小細工が通用する相手じゃないね」
少女が、若い風が灰に塗れた大人と違う道を願うならば。こちらも、譲れないものがある。今まで背負ってきた、積もりに積もった灰を捨てることは出来ない。それは、
「チャティ! 機体の準備をしな!」
席を立ちあがる。チャティに指示を出せば、彼はこちらの後をついてくる。
「……ボス」
「なんだい、チャティ」
「なぜ、笑っている? ここは、ブルートゥのように怒りを示す場面ではないのか?」
そうだ。それが正しい。チャティはいつも、賢い子だ。
「――さあ、なんでだろうねえ」
そんな我が子には悪いが、
(さて、
あの子ならば、越えられる。今のあの子は、限りなく人間だ。呪われた人形は、人間の女の子に戻ったのだ。だから、こちらが託せる
*
重厚な隔壁が開いていく。貯水ドームということは、本来、ここに水が収められていたということだろうか。だが、中は空洞。そして、二機の見知ったACの姿があった。
〈……ビジター、私のモットーを教えてやる。
フルコースが、右手のハンドミサイルを構える。佇まいから分かる。彼女は、本気だ。その傍らに寄り添う、チャティもまた。
〈どういうつもりかは
赤色の重量二脚が迫って来る。黄土色の軽量タンクはその場で鎮座しているが、高所で搭載されたミサイルを一方的に放ってくれば脅威となる。
〈チャティ! 相手がは分かっているね。挟み撃ちで行くよ!〉
〈了解だ、ボス。援護する〉
『レイヴン、連携に注意を!』
「くっ……!」
視界を覆い尽くさんとする大量のミサイル。多くの熱源に、アラートがうるさく鳴り響く。フルコースの重量から繰り出されるブーストキックを避け、レーザードローンを飛ばすもアサルトアーマーによって、吹き飛ばされる。こちらが何をするか、相手は分かっている。当たり前だ、この壊れかけた
サーカスの援護射撃も厄介だが、何よりも肉薄してくるフルコースを無視できない。どちらかすぐにでも落とさねば、落とされるのはこちらだ。ならば、肉薄してくるフルコースを相手取るしかない。弾速が遅い独特な挙動をするハンドミサイル、そして、翼のようなパーツから発射される連装ミサイル――。さながら、魔女が操る魔法のような。火薬が積まれた大量の爆発物を避けつつも、アサルトライフルとリニアライフルの銃口を向けていく。
〈右肩武器、残弾五〇%〉
〈……ウォルターが言ってたよ。あんたにも
「ウォルターが――、あぐうっ!」
フルコースに向けてブーストキックを放とうとした瞬間、降り注ぐミサイルにこちらの動きを止められる。サーカスの垂直ミサイル追撃が、こちらのACS負荷限界を迎えさせた。大量のミサイルの直撃を受けるが、カサブランカは耐えてくれた。クイックブーストを噴かせ、すぐにこの場から移動する。リペアキットは、残り一つ。その合間にも、もう一度展開したレーザードローンがフルコースの動きを止める。
〈選ぶのはいいことだ。選ばない奴とは敵にも味方にもなれない〉
「カーラ……!?」
止まったフルコースに向けて、レーザースライサーを振るうも遅かった初撃は魔女を容易に逃がしてしまう。離れた距離を保ちながらリニアライフルに換装させ、残数が半分を切っているレーザードローンを展開させる。
(まさか、カーラ……)
友人――。エアのことを気付いているのだろうか。違う。彼女の言い分では、ウォルターも感付いている。こちらの言葉を、妄言ではなく事実だと徐々に認めていてくれていたのだろう。それでもきっと、ウォルターもカーラも。コーラルを焼却させるためにもう一度災禍を引き起こすという選択を捨てない。だからこそ、こうして対峙しているのだ。二人の覚悟の強さは、本物だ。迫るミサイルを、制限がない空中の自由な動きでいなしていく。
〈……流石だね、ビジター。だがまださ、私のフルコースもあんたに楽しんでもらうよ!〉
多量のミサイルが武器のフルコースだが、その弱点は装填までの時間だ。そして、彼女の背後は貯水ドームの柱に阻まれている。残留するミサイルの被弾を覚悟し、こちらの銃撃止まる魔女に対し、青い両刃で肉薄する。そうしなければ、目の前の魔女の覚悟に喰らいつけない。
〈まだだ……! まだ終わらないよ……!〉
「カーラ! これ以上は――」
〈舐めるんじゃないよ小娘! デザートまで付き合いな、
それはどこか悲鳴のようで、彼女がここまで歩いて来た旅路を示す気迫。魔女は決して、戦う手を止める素振りを見せない。自由に羽ばたく烏を撃ち落とさんと、持てる魔法の全てを注ぐつもりだ。こちらも、魔法としては少々派手過ぎるそれに、落とされるつもりはない。ミサイルと実弾が狭い貯水ドームの中を飛び交っていく。
〈右肩武器、残弾三〇%〉
現実を示すCOMの通知。だが、こちらの実弾がフルコースの動きを止めた。レーザードローンが追撃して動きを封じる合間に、リニアライフルをレーザースライサーに換装させる。今度こそ、青の両刃は魔女の首を。動けぬ身体だったこちらに、代わりの身体を与えてくれた魔法使いを狩り取ったのだ。
〈ここまでか……。チャティ……、あとは……。あんたが――〉
「カーラ――」
『レイヴン、サーカスが来ます!』
エアの声に振り向けば、高所に維持していたサーカスが降りて来た。こちらに向けて、ミサイルやグレネード、バズーカを撃つ動きは止まらない。
〈……ボス〉
迫る爆発物を避けつつ、機動の早い軽量タンクに向けて銃口を定める。
〈生体反応が消えた。あってはならないことだ……〉
「……」
かける言葉がない。
こちらの実弾とレーザードローンが、無情にもサーカスの動きを止める。換装したレーザースライサーの青の両刃が、魔法使いと同じようにサーカスを切り裂いていく。未だ、グレネードの砲塔を向けようとして、抵抗を続けようとした自動人形をブーストキックで蹴り飛ばした。
『サーカスの撃破を確認。このまま、ザイレムの制御を――』
〈ビジター……、お前の勝ちだ……〉
ノイズ混じりに、チャティの言葉が紡がれていく。
〈だが……、ボスが
「どういうこと、チャティ……?」
その瞬間、貯水ドーム内に警報が鳴り響いた。
「なに……!?」
『これは……!? ザイレムの制御がブロックされて……! いえ、まだ――!』
システムへのハッキングの介入は、こちらでは手出しすることは出来ない。間に合わないと分かっていても、最後までエアが抵抗を続けようとしているのは伝わる。
〈代わろう……、ボス……。俺が……、この船を押す……〉
ノイズ混じりの音声が途絶える。傍らのエアの表情がより、切羽詰まったものになっていく。
〈オーナー、シンダー・カーラ権限代行。ペリメトルプロトコル発動〉
『まだ、まだ……!』
〈ザイレム推進ベクトル固定、オールブロック〉
抗おうと傍らの少女が手を伸ばすも、無情な声と共に船全体に不穏な音が響き渡る。電源を落とされ、周囲の非常灯とACのライトが照らす。そして、エアの腕が力なく垂れてしまった。
「エア……」
〈……、おい! 聞こえるか!? 状況はどうなっている!? 聞こえているなら、一旦戻ってこい!〉
だが、一部のシステムは生きているのだろうか。スウィンバーンから通信が入って来る。当初の目的であったカーラとチャティの、
『……エア』
『……はい。今は戻りましょう。次の方法を考えます』
こくりと頷き、ガレージへと戻ることにした。
*
ガレージの電源と操作権限は生きていた。どうにか、カサブランカの修理や弾丸の補充には問題無さそうだった。スウィンバーンも、命辛々このガレージに避難してきたらしい。とりあえず、彼にはこれまでの状況を報告した。備え付けの端末のメッセ―ジを使って、エアも視覚情報でやり取りを行っている。
『……カーラは、自らの死すら計算に入れていました。ウォルターもそうです。遺志によって、使命を繋ごうとした……』
二人の覚悟は本物だった。恐らく、チャティも。確かに、勝利こそはしたのかもしれない。だが、結果としては彼女たちの方が一枚上手だったということだ。
「どうするつもりだ? このACも恐らくは二回が限度だ。貴様もだろう? レイヴン」
「……」
スウィンバーンの言葉に頷くことしか出来ない。ガレージの機能が生きている以上、ACをもう一機組み立てることは可能だろう。だが、彼が同意してくれるとは限らない。同意してくれたとして、たった二機でこの船と残存する多くのRaD製MTをどうするのか。企業も攻略の手を緩めるつもりはないだろう。状況は、絶望的とも言える。
『……いえ。方法はあります』
備え付けの端末に、ザイレムの見取り図が出される。エアが操作しているのか、目で追うことが出来ない情報の羅列が上下に動いていく。
『ザイレムの制御を奪えないとなれば……、撃墜しかありません』
「簡単に言ってくれる。仮に、私が乗れるACがあるとする。たった二機でどうするつもりだ」
やはり、スウィンバーンも同じ疑問に辿り着くのだろう。エアの力があれば、破壊すべき動力の割り出しは可能だろうが……。それでも、戦力差の問題が残る。
『そのことですが……』
そして、彼女は言葉を紡ぐ。
『地上では、ルビコニアンが今でも企業への抵抗を続けています』
「……あ」
『私たちが守るべきは、人とコーラルの可能性だけではありません』
恐らく、操作が制限された中であるにも関わらず。エアが地上の様子を映し出す。数の劣勢こそはあれど、確かに、ルビコン解放戦線と思しきACやMTがアーキバスが鹵獲したLC機体と戦っている。
『レイヴン、あなたの名前を使って協力者を募るのです。このルビコンで、あなたほど名を馳せた個人はいませんから』
「まさか、解放戦線のサル共を……? いや、数を揃える。違うな、このザイレムに向かうアーキバスの戦力が割かれるなら確かにやりようはある」
「……」
このザイレムを掌握する際、カーラはウォルターが名前を売り過ぎたと言っていた。だが、もし、こちらが手を借りたいと声を上げて。その声に答えてくれる人がいれば……
「……でも」
『大丈夫です、レイヴン。あなたは、ルビコン解放戦線の依頼をこなしてきました。きっと、耳を傾けてくれるはず。私たちにできることを、やりましょう』
「……仕方ない。エア、だったな。私と貴様でサル共――。解放戦線に向けての声明を考えるぞ。独立傭兵レイヴン、貴様は身体を休めろ。ここからが大勝負だ。いいな?」
エアも、同意を促すかのように頷いている。二人の言葉に甘えて、こちらは横になれる場所で仮眠を取ることにした。