ルビコン解放戦線指令室。そこでは、慌ただしく近況を報告するオペレーターたちの声が交差していく。こちらはただ、出撃の声を待つだけ。それでも、現状を把握するにはこの指令室で待機する方が確実だった。かつての部下だったベルタも、オペレーターの一人としてこの作戦室にて、ザイレムで起きたアーキバスとザイレムに搭乗する一派の交戦記録を傍受し、調査している。モニカもまた、地上の状況把握に務めている。
入って来る地上の状況は、芳しくない。アーキバスは鹵獲したLCやHCを投入している。練度が良いとは言えないACとMTが主戦力の解放戦線では分が悪い。何よりも、あの
「ベルタ・ウェバー、ザイレムの状況は」
「はい。オープンフェイスの撃破を確認。……ザイレムを動かしているのは、RaDの一派です。RaD製MTの残骸を確認しました。恐らく、独立傭兵レイヴン。彼女もまた、健在かと」
思わず息を呑んだ。再教育センターに捕縛されたレイヴン。彼女が脱走したらしいという情報はこちらでも掴んでいた。だが、彼女の行方は分からないままだった。それが、バスキュラープラントへと進路を向けた船にいる。オープンフェイスとの交戦こそは確認できたが、貯水ドームへ向かった彼女の動向を探ることが出来ない。というのも、ベルタやモニカ曰く、突如として、ザイレムへのあらゆる電子介入が不可能となったのだ。これでは、直接様子を見に行くことしか出来ない。これで、もし。あの船がこのままバスキュラープラントへと向かうのならば……
「……フラットウェル」
自分でも、驚くほどに鋼のように冷たい掠れた声が零れる。このまま状況を見るだけでは、負ける。動くなら、今しかない。
「待て、ラスティ。地上は
「だが、孤軍奮闘となるあの船で戦える人間も、私しかいないだろう」
「……」
フラットウェルが閉口する。事実、目の前には解放戦線だけでは解決できない難問が構えているのだ。地上の
「……? ま、待ってください!」
計器を見ているモニカが声を荒げる。地上に何かが起きたのだろうか。そして、この部屋に備え付けられたあらゆるスピーカーからノイズが走り始めた。
「なんだ!? 何が起こっている!?」
「わ、わかりません! 不明な信号を受信! こちらの音声出力設備を、ハックしている……? でも、なんで? 早すぎて止めることができない……!」
ノイズは徐々に収まる。ラジオの周波数を合わせたかのように、声が聞こえ始めた。
〈――。……か。聞こ……、ます、か……? 私は……、エア。ルビコニア――の……、エア。今、この
ノイズ混じりだが、女性と思しき声だった。だが、エアという名前の女性は聞いたことが無かった。
「信号の発信源を特定! これ、ザイレムからです!」
「なんだと!?」
「しかもこれ……、嘘でしょ!? この惑星の、
モニカの反応からして、尋常ではない事が起きているのだろう。惑星内で閉鎖された、正確には発展していないインターネットの全てを掌握。文字通りにこの
〈私は……、独立傭兵、レイヴンと……。共に、戦ってきた者です……。コーラ――を、巡る。この争いを……、見届けてき――した〉
「……!?」
「ちょっ、隊長――じゃなかったラスティ!」
思わず、ザイレムの調査をしているベルタの席にある画面に食い入るように見てしまう。あの少女には、あの老人が傍らにいた。女性の姿は無かった。自分には分からない存在が、ずっと少女の傍にいたのだろうか。
だが、納得がいくところがある。あの少女は、時折老人の手配ではない単独行動を起こすことがあった。それが、こちらが認識できない存在が彼女を支えた、ないし導いたのならば……。気に留めなかった不審点に合点がいく。
〈今、レイヴンは人とコーラ――が、共存……で、きる。その可能――の、ために、戦って……います。で――が、
確かにこの女性は、彼女と言った。レイヴンは、直接出会う機会が無ければ、少女ですら分からない存在だ。それを、あの女性は彼女と断言したのだ。
〈無論、中には……、彼――の、手によって、命を……、奪われた者も……、いるでしょう。友人を……、家族を……、喪った者も……。それ――、も彼女は、今を……、生きるた――に、ようや――、見つけた
間違いない。この女性は、あの少女のことを知っている。彼女が解放戦線に手を貸してきたのも事実だが、同時に、多くの命を奪ったことも。この女性は、知っている。
〈どう……か、共に戦っ――、欲しい。この……、灼け――、空の……上で、レイ――ンは、戦っている。自分が、正しい……、と思った――と、のために〉
「……っ!」
居ても立っても居られない。ただ、恩人のためだと。どこか地に足がついていなかった彼女が、己の意思で戦うと。咄嗟に翻した肩を強く掴まれる。
「ラスティ!」
「
「落ち着け、この通信が本当なのかの是非を――」
「ん? ま、待ってください!」
フラットウェルとつまらない論議を無視しようとして、モニカが声を荒げた。
「ああもう、このポンコツじゃ処理間に合わない! 直接繋げます! 熱管理お願いしますね!」
「モニカ!? そこのあなた、浴槽とありったけの氷と水を用意して! 早く!」
「は、はい!」
モニカが首筋にある端子を引き延ばし、指令室の端子に接続する。ネットワーク型強化人間の特権、あの身体そのものが一種のハイエンドモデルのコンピュータと言っていい。そして、モニカという意識はインターネットの海へと潜っていく。すぐに状況を理解したベルタが傍にいた構成員の一人に指示を出す。あの状態となったネットワーク型強化人間は身体の熱処理が間に合わなくなる。氷水という物理的な冷却方法をする必要がある。モニカが、自身の身体を焼き切る選択を取ってまで進めたい処理とは一体――
〈あ、あー。聞こえますか? 聞こえますね!? この解放戦線本部に向けて大量のメッセージが届いています! それ、画面に出しますね!〉
その瞬間、指令室のモニター全てを占領せんと多くのメッセージが展開された。早変わりに展開されるメッセージ。だが、多少の差はあれど、どれも綴られた内容は、恐らく――
〈これ全部、レイヴンちゃんに協力したいというメッセージです! 具体的にどうすれば良いのか。指示を、あなたから仰ぎたいそうですよ。フラットウェル〉
解放戦線。もとい、フラットウェル派が緻密に進めていた計画。ルビコン全土に戦力を展開し、圧政者を打倒するというシンプルなもの。無論、フラットウェルもその傘下にいた構成員たちも、この一斉蜂起のために説得し回っていた。だが、良い返事を貰えなかったのも事実だ。だと言うのに、あの少女が手を貸して欲しいと。多くの言葉を並べて失敗した説得が、たった一言でこれだけ多くの人々に届いた上に成功してしまったのだ。恐らく、彼女に直接コンタクトを取るにも方法がない。故に、解放戦線にメッセージが殺到してしまったのだろう。
「――まずは、協力するという返事が先じゃないですか? ラスティ」
「――そうだな。ベルタ、出来るか?」
「はい。あの信号の発信源になら、メッセージを届けることが出来ます」
ベルタのあの船への連絡を中継して貰うとしたその時だった。
〈あれ、フラットウェル。格納庫からの通信です。なんか、すごく慌ただしいです〉
「なに? 繋げろ」
そして、モニカが回線を繋ぐ。モニターに映し出されたのは、予想外の人物だった。
「師父……!?」
〈フラットウェル。地上は私が出よう。いるだけでも価値があると、借りを返すなら今だと諭された故な〉
「師父にそんなことを言う命知らずが!? ――いえ。あなたが立ち上がった。それだけで、同志たちの士気が上がります」
まさか、あの老人すらも動かしてしまうとは。いや、あの様子ではもう一人、あの老人を動かした功労者がいるようだが……
「――ラスティ。改めて指示を出す」
フラットウェルがこちらを向く。その表情は、師として厳しいものではなく。どこか、義父としての優しさが含まれていた。
「あの船へ行け。あの子を、手助けしてこい」
「――ああ!」
もう、誰も止める者はいない。メッセージの送信とシュナイダーへの連絡をしながら、新しい愛機の元へと向かった。
*
ザイレムのガレージ。操作が出来る端末を通し、なんとかスウィンバーンと考えたメッセージを届けることが出来た。あとは、返事を待つだけだ。
「……そう、やきもきするな。こういうのはすぐに返事は来ない。そもそもこのメッセージが信頼足りえるものか。答えるとしてどうするか。そういうので早くても三十分は時間がかかるものだと思え」
『……』
彼には視覚で知覚されていないにも関わらず、落ち着かないことを看破されてしまった。一度回線が混雑したことで、存外こちらのことを知覚しているのだろうか。返事はまだかと端末のネットワークを確認し――
『っ、来ました!』
「なんだとぉ!? もう返事が来たのか!?」
到着したメッセージを確認する。その内容、送信者は。意外な人物からだった。
『ラス、ティ……?』
「第四隊長の小僧!? 妙な噂は本当だったのか……? い、いや。あの小僧の実力は本物だ。エア、あの小僧一人が増えるだけでも戦力が何倍にもなる。動力ブロック破壊の作戦案を回せ」
『……はい!』
ラスティ。レイヴンが、エイヴェリーが気にかける人。彼に対して、怒りのような憎しみのような良いとは言えない感情を抱いている。だが、彼の実力は本物だ。そんな彼が真っ先に協力すると言ってくれたのだ。ウォルターを、カーラを裏切ることになったエイヴェリーの心にも、良い影響を与えてくれるはず。
まだ、希望は潰えていないのだと。一匹の狼がそれを教えてくれたのだ。
*
時刻は遡り。ノイズ混じりの謎の声明は、ドルマヤンの住処にも届いていた。
「ラジオが勝手に……!? くそ、電源を切っても聞こえるぞ!?」
「……すごい。オリヴィア以上のハッカーがいるのね。いや、オリヴィア以上と言ったら、人間と仮定して良いのか」
一種の妖精だの怪物の方が納得がいく。未発展故に閉ざされたネットワークに最高峰のハッカーたるオリヴィアが苦労しているのだ。恐らく、オリヴィアでも惑星全域に対しての声明なんて馬鹿げたことをするためには、中継器が必要となる。そのようなものを置いていく怪しい動きを、こちらは把握していない。
「……それで、どうするの?」
「……どうすると」
「聞こえた限りの内容だと、私の後釜が、あなたたちに手を貸して欲しい。とのことだけど」
あのメッセージの送信者は何者だろうか。だが、
「ソフィアと言ったな。何が言いたい」
「目くじら立てないでよ、リング・フレディ。噂で聞いたけど、師父ドルマヤン。あなたは、私の後釜に助けられたことがあるそうね。なら、借りを返すなら今じゃない? そう思っただけよ」
これは純粋に、人間性や倫理観の話だ。助けられたのなら、礼を言う。それだけのこと。借りがあるのなら、返すというものだ。
「……今更、何が出来るというのだ」
「
これは事実だ。敬虔な解放戦線の戦士たちは彼が唱えた言葉も、彼への信仰も途絶えていない。彼自身を見ようとせず、妄信している故に、彼自身は何もしないという選択を選ばざるを得なかったことは想像に難くない。だが、今は勢いが必要な局面のはずだ。ここで彼が立ち上がれば、揺れるだけの水面が大きな波となる。
「――道化を演じろと?」
「分かっているでしょうけどあなたが思っている以上に、あなたの存在は大きくなってしまっている。まあ、だから余計なことをしたくないって、こうしているのでしょうけど。今は、それが必要よ。あなたが地上の前線に出るだけでも、アーキバスは戦力の分散をしざるを得ないでしょうから。外にはこういう言葉がある。アリが象を倒すってね。どれだけ弱い存在も、多くが揃って団結すれば、強者に立ち向かえるのよ」
いくらLCやHCによって戦力の単価を上げたとしても。勢いと気力に満ちたACやMTが群れを成せば、LCやHC以上の戦力となる。
「……師父。この余所者の言葉に、俺は賛成です。今、ここであなたが立ち上がれば、企業共を打ちのめせることが出来るかもしれない」
「……」
深い皺が刻まれた瞳が伏せられる。何かしらの思案をしているのだろう。そして、濁りが見えて来た瞳が開かれる。
「――良いだろう。今回はお前の言葉に乗ろう」
「師父……! アストヒクの準備をさせます!」
今まで見たことがない晴れやかな表情で、フレディが連絡をするために外へと出た。目の前の武器として完成された老人も、ゆっくりと立ち上がる。部屋から出ようとこちらの横を通ろうとしたその時だった。
「――コーラルリリース」
「……え?」
「その歩みを止めぬと言うのであれば、いずれ辿り着く言葉だ。賢人よ、人の道から外れんとするならば、その頭脳と心の臓を手に掛けるとしよう」
きっと、渡したくなかった情報。だが、渡さなければ辿り着けない視座への道標なのだろう。そして、よからぬことを考えるならばこの手で始末をつけると。これは、とんでもない情報を受け取ってしまったのだろう。
「さて、どうするかなあ……」
誰もいない他人の住処に長居する理由はない。カップに残っていた飲み物を飲み干してから、この住処を後にした。
*
メッセージの送信から、返事が来た。どうやら動力ブロックを破壊することで、あの船を撃墜させるらしい。今の航路を操作することは不可能だ。だが、今、あの船を撃墜すればアーレア海に落下し、被害は最小限に食い止めることが出来る。時間との勝負だが、あの少女と共に駆ける戦場ならば、不満は無い。
〈システムオールグリーン。
〈ラスティ、聞こえますか? 先程エアという女性から送られた作戦概要をこちらも把握しました。フラットウェルの指示により、今からザイレム調査からあなたのオペレート業務に移行します〉
後は、ザイレムへの片道切符――。多重に構成されたプラズマを推進力としたロケットブースターに火が点くのを待つだけだ。
〈珍しいね、ラスティくんが出撃前に
「――そうだろうか」
〈そうですよ、全く。始まる前から浮かれないでください。レイヴンちゃんに、カッコ悪いところ見せたいんですか?〉
「それは困るな。彼女には、情けない姿を見せたくない」
どうやら、口まで軽くなってしまっている。ベルタどころかアルドリックまで、驚愕した表情になっている。
〈……君、そんな感じだったっけ? まあいいや。こちらの準備も終わった。これから、あのザイレムに向けて君たちを飛ばす。グッドラック、良いフライトを〉
「……ああ」
いつもなら、返すつもりがない返事をしてしまう。思っている以上に、自分の感情が昂っているらしい。心の奥底から自分がやりたいと思った事と、現実が噛み合ったこと自体が初めてだ。だからこそ、余計に浮かれてしまっているのだろうか。だが、この昂りをどうして抑える必要があるのだろうか。初めて、自由を得たような感覚だ。
出撃の合図が鳴る。遥か上空へと向かって加速していく。襲い掛かるGは、スティールヘイズのアサルトブースト以上だ。普通ならば、身体が押し潰される恐怖が襲ってくる。だが、今はそんな恐怖よりも彼女の元に辿り着きたいという気持ちの方が上回っていた。
(待っていろ、エイヴェリー。いの一番に駆けつけてこそ、
その感情が、友情以上の意味が含まれている。その事実を知る事になるのは、もう少し後になってのことだった。