ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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愉快な遠足回。後半のやり取りをしたいがために、イグアスには直接来てもらいました


多重ダム襲撃

「621、仕事だ」

 最早通例となった文言。タブレット端末を取り出していく。

「ベイラム本社の作戦に参加する。ブリーフィングを確認しろ」

 この時、ウォルターが耳に指を当てるジェスチャーを行う。ウォルターから音量に気を付けろとジェスチャーをするのは珍しい。普段のベイラムから仕事を受ける際より音量を絞る。

〈ウォルターから話は聞いているな⁉〉

 ……音量を絞って正解だった。今まで依頼を斡旋していた青年ではなく、壮年の男性がブリーフィングの説明を行うようだ。ふと、名前を見れば、G1(ガンズ・ワン)ミシガンと書かれていた。まさか、ベイラムの専属AC部隊レッドガンの、そのリーダーたる人物からブリーフィングを受けるとは思いもしなかった。

〈では作戦内容を説明する。一字一句聞き洩らすな!〉

 ベイラム、というよりはレッドガンはこういうタイプの人間ばかりなのだろうか。少しだけ、辟易してしまう。

〈今回ベイラムは解放戦線の治水拠点、ガリア多重ダムを叩き潰すことを決定した。ライフラインの破壊により、連中が泣いて詫びる損害を与えるのが目的だ!〉

 映し出されるのは、凍った湖と雪原、電力施設だ。ライフラインを破壊するなぞ、少しばかり度が過ぎる気がするが……。ウォルターの知り合いらしい人物が、わざわざ名の売れていない傭兵に直々にブリーフィングを行っているのだ。拒否権は無いに等しい。

〈我がレッドガン部隊からはG4(ガンズ・フォー)ヴォルタとG5(ガンズ・ファイブ)イグアス、二名の役立たずが出撃する。貴様はその下、うちの役立たずに付けられた安いおまけだ!〉

 G4(ガンズ・フォー)ヴォルタとその乗機キャノンヘッド、G5(ガンズ・ファイブ)とその乗機ヘッドブリンガーが映し出される。キャノンヘッドは重装甲のタンク型ACで、その風格に合った重武装が特徴的だ。一方、ヘッドブリンガーは中量二脚型ACだ。武装からして、中距離で戦うことがコンセプトだろう。ヘッドブリンガーが前衛を勤め、キャノンヘッドが高火力で押していく。役立たずと称されているが、バディとしては理想とも言える組み合わせなのだろう。そう考えれば、確かにこちらは安いおまけに過ぎない。

〈おまけである貴様には、一昨日空きが出たラッキーナンバー。コールサインG13(ガンズ・サーティーン)を貸与する。G13(ガンズ・サーティーン)、復唱!〉

「っ……、がんず・さーてぃーん……」

 思わずG13(ガンズ・サーティーン)と復唱する。くすりと笑うウォルターの声が聞こえた。

〈復唱したか! では準備を始めろ! 愉快な遠足の始まりだ!〉

 ブリーフィングが終了する。G1(ガンズ・ワン)ミシガンに圧倒されるだけだったが、内容は理解出来た。G4(ガンズ・フォー)G5(ガンズ・ファイブ)と共に、ガリア多重ダムの変電施設を破壊する。そのついでに防衛戦力を叩けというものだ。

「……G13(ガンズ・サーティーン)か。名前が増えたな、621。レッドガンの流儀を堪能してこい」

 どこか嬉しそうな口調のウォルター。恐らく、ウォルターとミシガンは古い知り合いなのだろう。少なくとも、ベイラムが主導で行っている作戦に、空きが出来ているとはいえ捩じりこませることが出来る間柄には違いない。

「……少し、苦手」

「……やはり、レッドガンの雰囲気は苦手か?」

「悪い人、じゃないのは分かる……」

「それでいい、621」

 自分にも、苦手と認識するものがあったらしい。そんな621の様子を、ウォルターは嬉しそうにしている。ミシガンから直々に怒られる前に、カサブランカの出撃準備を進めた。

 

 

〈621、僚機との初戦闘だが、お前の方からあちらに音声が聞こえることも顔を見られることはない。そこは安心しろ〉

 投下される前に、ウォルターが説明する。こちらは十四歳程の外見にして、それぐらいの少女の声音だ。こちらが女子供であると把握された時点で、相手の対応が変わる。ならば、正体は隠したままの方がいい。相手からすれば、返事をすることもなく寡黙に淡々と任務をこなす傭兵として捉えられるだろうが……。先日のドーザーに絡まれたことを考えれば、こちらのためにも、相手のためにも必要な処置だった。

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 投下されたのは、ガリア多重ダム近辺の雪原だ。既にキャノンヘッドとヘッドブリンガーが待機しているようだった。

〈これより、ベイラムグループ専属AC部隊レッドガンによるい作戦行動を開始する。突入しろ、役立たずども!〉

 ミシガンの通信が入ると同時に、キャノンヘッドとヘッドブリンガーが前線へと舞い出た。慣れぬ大声に思わず面食らうが、なんとか前に出た二人に付いていく。

〈独立傭兵かよ。野良犬の世話をしろってのか、レッドガンの舐められたもんだ〉

 そう言ってきたのは、G5(ガンズ・ファイブ)イグアスだ。こちらを一瞥したかと思えば、左肩のシールドを展開しながら、リニアガンでMTたちに先制攻撃を仕掛けた。口調の割には、防御と攻撃の両立を目指した堅実的な戦い方だ。

〈関係ねえ、俺たちで終わらせればいい〉

 そうイグアスに返事をしたのは、G4(ガンズ・フォー)ヴォルタだ。中距離でヘッドブリンガーがMTたちを攪乱する合間に、重装甲で物を言わせたキャノンヘッドが突貫する。右手と左肩のグレネードでMTを蹂躙する一方、撃ち漏らしを左手のショットガンで対処する。大火力で攻めながらも、堅実的な動きは踏襲している。これが、独学ではなく専門的に訓練や学びを得たAC乗りの戦い方にして、アセンブルの組み方なのだろう。

「……すごい」

 彼らの独特な雰囲気は苦手だ。だが、彼らの戦い方やACの組み方には学びがある。自分とウォルター、敵しかいなかった世界が広がった。そんな感覚すら覚えた。自分の手が止まっていることに気付く。彼らがMTを殲滅している内に、変電施設に対してブレードを振るって撃破した。

〈目標、一基破壊だ〉

 最初に突入した施設には、MTは残っていない。変電施設も破壊した以上、次の目標地点へと向かう。

〈よう、野良犬〉

 ブーストで移動していると、ヘッドブリンガーが並走する。こちらに、何か用があるのだろうか。

〈お前のような木っ端は知らんだろうがな。俺たちレッドガンは“壁越え”アサインされている。この仕事は慣らしだ。終わったら土着どもの要塞を落としにかかるのよ〉

「“壁越え”……」

 以前に解放戦線の通信や資料から見聞きしている“壁”と言う単語。やはり、“壁”はルビコン解放戦線にとって重要な要塞の名前のようだった。そして、彼らは“壁越え”と呼ばれる重要な作戦に参加するらしい。……そんな重要機密を、こちらに話して良かったのだろうか。

G5(ガンズ・ファイブ)! おまけとの交流に余念がないようだな。ついでに仲良く刺繍でもして、その良く回る舌を縫い付けておけ!〉

 ミシガンの叱責からか、ヘッドブリンガーが速度を上げ、次の施設へと強襲をかける。その反対側を、キャノンヘッドが進軍していく。こちらは、両者の間を縫うようにして砲台やMTにライフルとミサイルを放って援護していく。MTがキャノンヘッドとヘッドブリンガーの対処をしている内に、排熱が終わったブレードで変電施設を破壊した。

〈目標、二基破壊〉

〈やるじゃねえか、ズブの素人って訳でもねえな〉

 ウォルターの報告の後、ヴォルタからの通信が入る。ミシガンやレッドガンの雰囲気に面食らって出遅れたこともある。それに、彼らは企業所属だ。彼らからすれば、独学で活動している独立傭兵は素人に見えるのだろう。

G4(ガンズ・フォー)! 一体いつ貴様が素人ではなくなった? 批評家はレッドガンには要らん、改めろ! さもなくば荷物をまとめろ!〉

 ミシガンの叱責が続いていく。やはり、彼らの独特な気配には慣れないところがあった。なんとか、残存しているMTをライフルで撃破していく。

〈前線のMTも片付いたようだな〉

〈準備運動は終わりだ、続けるぞ! 役立たずども!〉

〈変電施設はあと二基だ。先に進め、621〉

「……、りょう、かい」

 普段のミッション以上に疲労感を感じる。目標地点へ向かうには、二手の分かれ道があった。ヴォルタとイグアスは迷うことなく別々の方向から進軍していく。地形上、上流付近で合流もできる。なんとなく、こちらはイグアスが入った道へ続いていく。

〈遠足はここからが本番だ、気を引き締めてかかれ!〉

〈チッ、いちいちうるせえな……〉

G5(ガンズ・ファイブ)! まだ舌が回るようだな。貴様の悪態がルビコンでも続くか見ものだ。腕の方も磨いておけ!〉

 MTを撃破しながら進軍していく。上流付近には、目標の姿が見えた。どうやら、こちら二機が先に到着したらしい。だが、ようやく彼らと足並みを揃えることが出来た。まずは、周囲の護衛戦力を掃討していく。ミサイルのマルチロックで装甲車を一掃し、ライフルでMTを破壊していく。

「見つけた」

 上昇をすれば、ターゲットが見えた。目標に向けて、パルスブレードを振るう。

〈目標は残り一基だ、621〉

 次の目標地点が表示される。ダムの最上部に位置する巨大な変電施設だ。

〈聞こえるか、強欲な略奪者ども!〉

 変電施設に向かうと、ある音声が入って来る。そして、赤や黒、黄色の腕部と言った継ぎ接ぎのような印象を受けるACが飛び降りて来た。

〈我々ルビコニアンが屈することはない。鉄の棺桶で送り返してやる! “灰かぶりて、我らあり”!〉

 どうやら、このダムを拠点としているAC乗りがいたようだ。ルビコン解放戦線にもAC乗りがいたことに少々驚きを隠せずにいたが、BAWSはACパーツの販売も行っていることを考えればあり得ることだった。先制に放たれたバズーカをクイックブーストで回避していく。

〈ACが混じってやがるぜ〉

〈MTと大差ねえ、時代遅れのゴミだ〉

 ACの乱入があっても、レッドガンの両名は動揺を見せることはない。むしろ、技術力では圧倒的に上である星外企業のパーツで固めている彼らからすれば、このルビコンⅢ出身のBAWS製で構成された機体は文字通りの時代遅れなのだろう。パーツの性能差、パイロットの熟練度を比べてしまえば、一般人が武器を手にしているルビコン解放戦線側は圧倒的に不利だ。

(でも、最後まで油断は出来ない)

 例え機体性能やパイロットの腕前が足りないとしても、彼らもまた生きている人間である以上は、手痛い反撃をされることを視野に入れなければならない。皮肉にもそれを教えてくれたのが、慢心を見せている両名が所属する部隊に機体を届けたいと足掻いていたあの訓練生ということなのだが……

G4(ガンズ・フォー)! 貴様の性能も大差ない。自殺の予定がなければ気を引き締めろ!〉

 生きている人間の底知れぬ脅威というものは、ミシガンは理解しているようだった。ミシガンの叱責から、両名の動きも変わる。まずは、ACを援護するMTの排除からだ。数の差と性能差では、こちらが有利ではあるが、それは数字上でのことだ。実際、こちらもACS負荷の限界を迎えれば致命傷は避けられない。だからこそ、ACS負荷を微量ながらも蓄積させていく取り巻きは最初に片付けるべきだった。

「これが、最後。後は……」

 地上の取り巻きは片付けた。残るは変電施設上からロケットで援護射撃を行うMTのみ。ロケットはアラートに気を付ければいい。ならば目の前のAC――、バーンピカクスに集中するだけだ。

 カサブランカとヘッドブリンガーの両機がライフルやマシンガンでバーンピカクスの動きを制限する。両機が持ち前の機動力で攪乱する合間に、高火力武装のヘッドキャノンが重ショットガンとグレネードを放っていく。グレネードの直撃が、バーンピカクスのACS負荷を限界に追い詰めた。その隙を、唯一近接武器を所持しているカサブランカで斬りかかるが、咄嗟のクイックブーストで初段を外される。だが、二撃目で相手を捉えることは出来た。すぐさまバーンピカクスから距離を取る。

 ヘッドブリンガー、キャノンヘッドがバーンピカクスを前後で挟む。左右に回避しようとするバーンピカクスを、カサブランカが追従していく。僅か数分足らずしかイグアスとヴォルタとは共闘していないが、二人の癖というものは見えて来た。彼らも、近中距離の戦い方を得意とするカサブランカの動きは理解しているようだった。リニアガンとマシンガンで着実にダメージを与えていくヘッドブリンガー、圧倒的な火力で爆炎を起こすヘッドキャノン。再度迎えたACS負荷限界に合わせて、カサブランカがパルスブレードを振るう。今回は、初段を与えることは出来たが二段目を寸前に逃げられた。

〈そこの独立傭兵……、走狗となって満足か?〉

 バーンピカクスから問いかけられる。ただ、企業に使われるだけで良いのかと問いかけているのだろうか。

〈殺し奪うだけの企業に与し、戦士としての誇りはないのか?〉

「戦士……」

 解放戦線も解放戦線で独自の価値観を持っている。戦場に立つ以上、企業も独立傭兵も関係なく戦士という言葉にはあてはまるのだろう。

「そんなものは、ない」

 相手には聞こえていないと分かってはいるものの、つい言葉を口にする。こちらは戦士ではない。ただの、C4―621(兵器)だ。

〈AP、残り五〇%〉

 気付かぬ内に多く被弾していたらしい。リペアキットを使用して態勢を立て直す。機動力を活かしたライフルとミサイルの牽制から、排熱が終わったブレードでバーンピカクスに攻撃する。相手も相手だ。レッドガン両名と独立傭兵と数の不利がありながらも、よく戦っている。だが、それだけだ。それぞれのレンジを活かした連撃。カサブランカが撃ったライフルが最後の一射となった。

〈略奪者……、どもめ……。師父(すいふ)ドルマヤン……、申し訳……、も……〉

 その最後の言葉は、己の不甲斐なさを嚙み締めたものだった。

〈敵ACの撃破を確認した〉

G13(ガンズ・サーティーン)! おまけにしては、悪くない働きだ!〉

 ウォルターの報告と、ミシガンからの通信が入る。どうやら、ミシガンのお眼鏡にはかなったらしい。

〈あとはカビの生えたダム施設を破壊しろ、家に帰るまでが遠足だ!〉

「……、了解」

 少しだけ、レッドガンの雰囲気には慣れて来た。カサブランカを上昇させ、建物の屋上に位置する変電施設へと向かう。

〈やるじゃねえか〉

〈ケッ。調子に乗るなよ、野良犬が〉

 彼らからも、一応は評価されているらしい。少なくとも、無関心からは昇格しているのだろう。建物には垂直カタパルトがあった。それに飛び乗って高高度へと飛ぶ。そのままアサルトブーストを噴かせて変電施設をブレードで切り捨てた。

〈全目標の撃破を確認〉

〈役立たずも、役立たずなりに役立つことが証明された。遠足はここまでだ!〉

 ウォルターをミシガンから、ミッション完了が告げられる。慣れこそはしたものの、騒がしいにも程がある共闘がようやく終わりを迎えた。

 

 

「おい、イグアス! よせって!」

「そ、そうですよイグアス先輩!」

 ズカズカとパイロットスーツのまま、輸送ヘリへと向かう青年が一人。刈り上げをした茶髪を雑に結び、赤い双眸を片方だけ髪で隠している――、G5(ガンズ・ファイブ)イグアスだ。そのイグアスを追いかける一九〇センチメートルは超えている屈強な黒髪の男はG4(ガンズ・フォー)ヴォルタ。なんとかイグアスの前に出て止めようとしているのは、短い黒髪とソバカスが特徴的な童顔の青年G6(ガンズ・シックス)レッドだ。

 先程の多重ダム襲撃の折、ただただ無言を貫いたG13(ガンズ・サーティーン)のナンバーを貸与された独立傭兵レイヴン。イグアスはレイヴンの態度が気に入らなかった。自分たちのような訓練や学びを受けた訳ではない格下の存在。通信には一切応答せず、ただ淡々とミッションをこなす。まるで、自分たちレッドガンなぞ眼中には無いとばかりで、それでいて人間味の薄い気味の悪さもある。カラスを名乗る野良犬が、どのようなツラをしているのか拝みに行くついでに、その舐め腐った態度に一発入れるためにイグアスはレイヴンが使う輸送ヘリへと向かっていた。ヴォルタとレッドはそんなイグアスを止めに来たものの、意地となっているイグアスを止めることは叶わなかった。なにより、ヴォルタとレッドも、共闘したレイヴンがどのような存在か、斡旋する依頼をこなすあの傭兵の正体とは何なのか。その好奇心が無い訳ではなかった。

「るせえ! あの野良犬に一発決めねえと腹の虫が収まらねえ……」

 こうして、輸送ヘリまで到着する。出入口を蹴破って、輸送ヘリの中へと入っていく。ヘリの格納庫には、先程共に戦った白いAC――、カサブランカとかいう名前のACの姿があった。そして、蹴破った音に振り向いたとおぼしき十四歳ほどの白い髪に赤いリボン、白いブラウスと黒いスカートを身に着けた少女の姿があった。

「おい、ガキ」

「……ワタシ?」

 相手が年下の少女であろうと、イグアスの態度は変わらない。少女を見下ろしながら、イグアスは続ける。

「あのACに乗っていたレイヴンってヤローはどこだ? このヘリにいるはずだ」

 イグアスが右手の親指をカサブランカに向ける。今更ながら、何故このルビコンⅢでこのような如何にもお嬢様ぜんとした子供がいるのだろうか。少女は、少し考えるような素振りを見せる。その合間に、ヴォルタとレッドも追いついてきた。

「おい、イグアス――って、なんだ? この嬢ちゃん」

「イ、イグアス先輩! さすがに殴ったりしていませんよね⁉」

「してねえよ⁉」

 そして、少女が口を開いた。

「レイヴンは、ワタシ」

 少しだけ間が空いた。そして、怒りの感情にぷるぷるとイグアスが身体を震わせる。

「ぁあ⁉ お前みたいなガキが、あの野良犬な訳ねえだろうが!」

「イグアス! 嬢ちゃんに当たんじゃねえ!」

「どう、どう! 先輩、どう!」

 掴みかからんとするイグアスを、なんとかヴォルタが羽交い締めしてレッドが前から抑える。自分より身長も体格も大きい男が激昂しているにも関わらず、少女の表情が一つも変わらないことに少しだけ気味の悪さを感じた。

「騒がしいぞ、何事だ」

 格納庫の奥の扉から、杖をついた初老の男性が歩いてくる。杖をついている割には、その姿勢や体格は毅然としたものがある。

「ウォルター……」

「アイツらは……、レッドガン隊員か。何用か?」

「おい、ジジイ! レイヴンのヤローはどこだ! このヘリにいんだろ⁉」

 二人に取り押さえられながらも、イグアスはウォルターと呼ばれた男性にレイヴンの居場所を聞き出す。ウォルターとレイヴンを名乗った少女が顔を見合わせ、少女が首を横に振り、ウォルターはため息をついた。

「……レイヴンは彼女だ。先程のミッションに赴いていたのも、この子だ」

「てめえまでナメてんのかジジイ⁉ こんなガキがACに乗れるわけねえだろうがよ!」

 ヴォルタとレッドの拘束を振りほどいていく。バカにする二人組に向おうとした瞬間、頭頂部に激痛が走る。この痛みは嫌でも分かる。ミシガンの拳骨だ。

「だっ⁉」

G5(ガンズ・ファイブ)、訓練をサボってまでG13(ガンズ・サーティーン)と交流したいようだな?」

 振り向けば、背丈こそは高くは無いがとても七十近いとは思えぬ体格をしている白髪の男――、G1(ガンズ・ワン)ミシガンの姿があった。

「ウォルター、ウチのが迷惑をかけた」

「構わん。好奇心で詮索をされる可能性は考慮している」

 そして、ミシガンが少女へと視線を向けた。

「貴様がウォルターの新しい猟犬、レイヴンだな?」

 ミシガンの問いに、こくりと少女は頷いた。あのミシガンを前にしても尚、少女の表情が変わることは無かった。

「ならば、G13(ガンズ・サーティーン)! 貴様のナンバーは空けておいてやろう。それから、よくメシを食っておけ! 帰るぞ、G4(ガンズ・フォー)G5(ガンズ・ファイブ)G6(ガンズ・シックス)! 訓練時間三割増加だ!」

「りょ、了解であります!」

「嘘だろおい⁉」

 ミシガンが一喝して立ち去っていく。レッドが敬礼して答え、ヴォルタが悪態をつく。

「……まあ、悪かったな嬢ちゃん。こういうヤツだが、性根が腐っているわけじゃねえ。また組むことがあれば、コイツ共々よろしく頼むぜ」

 そう言い残した後、ヴォルタもミシガンに付いていった。拳骨の痛みからようやく立ち上がれたイグアスが、レイヴンとG13(ガンズ・サーティーン)と呼ばれる少女を改めて一瞥する。

「……ケッ」

 自分よりも遥かに年下の、可憐という単語が付くだろう少女。あれぐらいの子供は、表情がコロコロ変わって鬱陶しいものだ。だが、少女には一切それが無い。人間というよりは、人形の方が適切な言葉だった。

「調子に乗るなよ、野良犬。いや、てめえの場合はチワワか? まあいい。てめえなんぞ、数合わせで呼ばれただけだ」

 ガンを飛ばしても尚、少女はただ無表情で見上げているだけだ。腹が立つ以上に、気味の悪さを感じる。

「俺たちレッドガンは“壁越え”を果たす。せいぜい指をくわえて見ていろ」

 少女を睨みつけた後、イグアスも輸送ヘリを後にした。

 

 

「……災難だったな、621」

 突然のレッドガンの来訪。というよりは、一方的にイグアスに吠えられたという方が正しいか。一気に疲労感に襲われる。

「……うるさかった。ウォルター、他の義体、無い?」

「無いな。それに、今のお前の精神状態からして、その義体はむしろ適切だ。ああいう輩は、子供でなくても女であるというだけで勝手に絡んでくる」

 無表情で感情の起伏が乏しい621が、分かりやすいくらいに肩を落としている。ここに来て、自分の外見と性別による弊害を受けたのだ。それを飲み込んで消化するには、学習力が高い621でも時間を要するだろう。

「……男だったら、特に言われなかった……?」

「どうだろうな。同性であったならば、あの二人も絡んで来ていただろうな」

 621が女性ではなく、男性であったならば……。静止役を担っていたあの若者二人も、より一層絡んで来ていたことだろう。どちらの性別でも、人間と関わるというのは面倒が絡む。

(それに、生身であればもっと厄介な事になっていたな……)

 621の生身の状況を思い出す。解凍されてからは、彼女の肉体は植物状態に対するケアを続けている。いつか、彼女がこの身体に戻れる日のために行っている処置だ。彼女がまだ十八歳程の成人したばかりの女性であるというのも驚愕したが、なにより、男ならば誰もが一度は振り向いてしまうほどの、発育の良さがあった。今の無機質で白紙状態となっている621があの肉体で活動している姿を考えると……、現在以上に人間関係がややこしくなるのが見えていた。

「……まだ、あのヴェスパーの人の方がいい」

「それはどういう意味だ? 621」

「……? あの人は、ああいう風には来ないから」

 食い気味に反応するウォルターに、621は首を傾げながらも答える。以前に会った、あのヴェスパーの男性は、少なくとも彼らのような絡み方はしない。逆にこちらの発言をしっかりと聞き、発言を待ってくれる人だ。会話に不慣れな621にとっては、彼やウォルターのような人と話す方が話しやすい。

「……そうか。そういう意味か」

「ウォルター?」

「気にするな。今日はもう休め、621」

「……分かった」

 少しだけ様子がおかしいウォルターに疑問符を浮かべつつも、621は自室へと戻っていった。

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