ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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後にも先にもこの時のラスティのテンションはおかしい


動力ブロック破壊

 ガレージの長椅子に横たわり、ほんの僅かな休憩時間を仮眠に宛がう。負荷をかけられた義体(身体)には、休息が必要だった。その間に、エアとスウィンバーンが次の手立てを考えるとのことだった。

 本当に、これで良かったのか。分からない。この方が良いと思ったから。選んでしまった以上は、もう突き進むしかないのだ。後戻りが出来ないという意味では、ウォルターの遺志を継いだ時と同じと言っても良いだろう。()()()と、違う道を辿っている。それだけで――

()()()……?)

『レイヴン、レイヴン。起きてください』

 聞き慣れた声に、ゆっくりと意識を浮上させる。こうして起こされるということは、算段とやらがついたのだろうか。

「エア……」

『ようやく、この状況を打開する方法がまとまりました。ブリーフィングを行います。ガレージの端末まで、動けますか?』

 こくりと頷き、ゆっくりと起き上がる。普段以上に義体(身体)が重い。あと二回、戦えるかどうかだ。手すりや壁を頼りに歩を進めれば、ガレージの奥には白の機体のカサブランカ。と、四脚と思しきACの姿もある。端末前には、パイロットスーツを見に纏っているスウィンバーンの姿もあった。

「あなた、も……?」

「いいや、私はここから離脱する。この船を落とすのだ。ここに留まって心中するのはまっぴらごめんだ。それに――。いや、ブリーフィングを始めろ。私を頭数に入れなくて良い理由が分かるからな」

『分かりました。では、作戦内容をお伝えします』

 端末にブリーフィングの画面が展開される。こうして作戦の説明を聞くのも、最後になるのだろうか。

『カーラの秘策により、ザイレムは制御不能となりました。衝突によるコーラル焼滅を回避するため、もはや採れる手段はひとつ……。ザイレムを、撃墜します』

 この作戦の概要、その振り返りとも言える確認。やはり、これしか手段はないのだろう。それならば、スウィンバーンも逃走のためにACに乗らざるを得ない。

『幸い、この船は大きい。船を動かす動力さえ破壊してしまえば、船体そのものを破壊する必要はありません。下層動力ブロックに分散配置された大型スキルミオンジェネレータ。これらを全て破壊し、その上で上層街区のラムジェットエンジンを停止させれば。今ならアーレア海上に人的被害なく、ザイレムを着水させることが可能です』

 これは、時間との勝負だ。すぐにこの作戦を遂行すれば、大きな被害を出さずに済む。だが、RaDの残存MTやアーキバスの戦力も残っている。彼らを同時に相手取りながら作戦を遂行しなければならない。

「……間に合う、かな……」

『そこは心配いりません、レイヴン。あなたが休んでいる間に、あなたの名前を使って協力者を募りました』

「ああ。()()()()()()()()がこのザイレムに向かって飛んできているそうだ。そいつと貴様で、この作戦を遂行するには十分すぎるほどのな。貴様らが暴れている間に、私は安全に逃げさせてもらうからな」

 協力者を募るとは言っていたが、どうやら相当な実力者が名乗りを上げたらしい。二人が揃って納得する実力者とは、一体……

『カサブランカの最終調整とあなたの準備が終わり次第、行きましょう。レイヴン。名乗り上げてくれた協力者が、そろそろ到着する頃合いです』

 どのように協力を要請したのかはわからないが、現実味がないこの作戦を良しとしてくれた人がいる。その人を待たせる訳にはいかない。手早く最終確認を行うことにした。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 カサブランカの歩を進める。恐らく、脱出が想定された非常用通路なのだろうか。ロックされてないザイレムの通路の先は、下層動力ブロックの隔壁。隔壁が開けば、風が機体を叩きつけてくる。

(確か、前にも――)

 あの時は、冷たい風と雪が身体を凍えさせていた。ここにあるのは、塊のような強い風と、雲の合間を縫っていく冷たさだ。大半の雲が、眼下にある。随分と高い場所にまで、この船は飛んでいる。そして、この船を落とさなければ、傍らの隣人を選んだ未来へと辿り着けない。その時だった。

「……え?」

 強い風の音にも負けない、ブーストの音。一機のACが、傍に降り立つ。初めて見たはずなのに、()()()()()()()()()。錆が混じった紺色、厚い雲を越えた青空の中に舞い降りた、幾度も見たような錆色の綺羅星――

〈随分と派手に打ち上げたものだな、戦友〉

 とても耳に馴染む声。もう、二度と聞けないと思っていた声。身体の中心が、心が温まるような。なぜか、胸の奥底から込み上がって来るものがある。

〈それとも……、()()()()()()()()と呼ぶべきかな〉

 知っている、優しい声音。どこまでも冷たい鋼鉄のものではない。何度か見た、赤に遮られたダークブルーの中に輝く綺羅星の姿。それは、ただの悪夢でしか無かった。

〈君の声明を受けて、地上では全てのルビコニアンが立ち上がった〉

 視界の端に映る、地上を飛び交う砲火。エアやスウィンバーンによって、本当に彼ら解放戦線の手を借りることが出来たのだ。だが、今はそれ以上に――

〈彼らに見せてやろう。灼けた空の向こうには、未来があるとな〉

 彼と、()()()()()()()()()()()()に、堰が切れた。

V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)……、ラスティ。彼からは、真っ先に協力の申し出が――、レイヴン?』

「――」

 もう作戦は始まっている。目標に向かわなければならない。だと言うのに、歪む視界と込み上がる感情に身体を動かすことが出来ない。

〈ここまで計画が狂うとは思ってなかったが、再び君と機体を並べることができたんだ。良しとしようか。……戦友?〉

「ご、ごめん……。その――」

〈ええい、黙って見ていれば! 日頃の女に対する対応はどうした、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)の小僧!〉

 背後から、四脚ACの歩く音。そうだった。こちらが出た後に、スウィンバーンが離脱する予定だった。いつまでも、この出入口を塞いでいるから様子を見に来たのだろうか。

〈その声、スウィンバーン元隊長!? レイヴンの脱走の幇助をしたという情報、本当だったの……!?〉

〈まてまてまて! 貴様までいるのかベルタ・ウェバー! と、とにかく! 貴様らなら、この船を動かしたのは何者かの予測はついているだろう。それが、小娘と縁がある相手だと言うのも! この小娘が、どんな思いでこの行動を起こしたのか。考えれば分かるだろう!? 良心が痛む中、既知の貴様らが飛んできたのだ。それがこの小娘にとって、どれだけ心理的負担の解放となるか、分かるだろう!? いいや、分かれ!〉

 恩人とも言える人々に対する裏切り。それが、精神的苦痛を帯びていた。打ち明けていない痛みの原因はあるが、それでも、目の前にある現実に対して安堵したのも事実だ。だからと言って、止まって良い訳ではない。視界を歪ませるものを拭って、呼吸を整える。

「――ごめんなさい。もう、大丈夫」

〈――いいや。こちらこそ、思っていたより舞い上がっていたようだ。関係性の推測で君がどのような心境になっているかを、考えることが出来ていなかった〉

 白の機体と錆が混じった機体が前を見据える。少々取り乱してしまったが、問題無い。

〈それでは、作戦内容の確認を行います。カサブランカ及びスティールヘイズ・オルトゥスの両機による、ザイレム下層動力ブロックに点在するスキルミオンジェネレータの破壊を行います。ロスタイムが生じましたが、いくらでも巻き返せます。そうですね? レディ・エア〉

『はい、その通りです』

 まさか、エアが直々に彼らに対話をしたのだと言うのだろうか。モニターの端にはエアの名前とYESと返答するメッセージ。直接の対話ではないが、コミュニケーションを図る方法で、呼びかけてくれたのだろう。

〈そうですね……、ついでです。スウィンバーン元隊長。あなたには、この作戦エリアに近付きつつあるRaD製MT及び、アーキバスの鹵獲機体達の露払いをお願いします〉

〈なにぃ!? 冗談ではないぞ!〉

〈私たちの方から、あなたは()()ルビコン解放戦線の幇助をしてくれたと、ミドル・フラットウェルに掛け合うことも出来るのですよ? なら、揺るがない事実は欲しいでしょう?〉

〈なんか貴様、アーキバスにいた頃より活き活きしていないか!? ええい、分かった! 手を貸してやるのだから、しくじるなよ! 小娘、小僧!〉

 そう言うが否や、スウィンバーンが搭乗したACが作戦エリア外へと向かう。残されたこちらは、作戦に集中すれば良い。ザイレムの外壁を沿うように、ブーストを噴かせて移動する。鳴り響くアラームにクイックブーストを噴かせれば、空を横切るレーザーの砲撃。奥の方に、パルスアーマーの覆われたレーザー砲台が見えた。

〈レーザー砲台が厄介だな……。なるべく、内側を進むぞ〉

「……わかった」

 マップを確認すれば、このエリアだけでもスキルミオンジェネレータが二つ存在している。その内の一つがこの近くだ。中へと侵入すれば、オルトゥスも着いてくる。スキルミオンジェネレータを護るかのように、RaD製MTが数機配置されいる。カーラの事だ、この船が戦場になっても良いように最低限の防衛配置はしていたのだろう。

『RaDのMTがここにも……』

〈片付けるぞ、戦友〉

「……うん」

 カサブランカがアサルトライフルとリニアライフルで、MTを射貫いていく。カサブランカの射撃の合間を縫って、オルトゥスがニードルガンを撃ちながら前線へと躍り出る。オルトゥスが開いてくれた道を進めば、筒状の巨大なジェネレータの姿があった。

『スキルミオンジェネレータを確認。あれが破壊目標です』

『わかった』

 MT以外の自衛手段は確認されない。ならば、弾丸で対応する必要はない。ウェポンハンガーでレーザースライサーに切り替えて、青の両刃でジェネレーターを切り裂いていく。

『ジェネレータ、一基破壊。残り三つです』

 ジェネレータの破壊と同時に区画全体にアラートが鳴り響き、レッドランプが灯り始める。

『近くの一基は、反対側ですね』

〈戦友、内側から迂回路がある。そちらを使おう〉

 外にはあのレーザー砲台が健在だ。不用意に撃たれに行くよりは迂回した方が良い。増援に現れたMTを、白の機体と錆が混じった機体が薙ぎ払っていく。示された迂回路にも、浮遊砲台が鎮座している。だが、脅威ではない。足場に気を付けながら撃ち落とせば良い。

〈地上では解放戦線が、技研都市に突入したようだ。君にも様子を聞かせよう、回戦を開くぞ〉

「技研都市に……?」

 まさか、あの場所にまで兵を進めていたとは。アーキバスの支配下に置かれている以上、技研の兵器の脅威はほとんどない。とはいえ、彼らだけで――

〈行くぞ、同志たち。企業勢力を打ち払え! 地を這うばかりがルビコニアンではないと、上のカラスにも見せつけてやれ〉

〈……灰に塗れた警句をいくら唱えたところで、そこにはルビコンを変える力などない〉

 指示を出す声だけではない。微かに雄叫びのような声も混ざっている。今の解放戦線(彼ら)には、勢いがある。いくらアーキバスが一騎一騎を優秀な兵士で固めようとも、この高まった士気と勢いによる数の畳みかけ。一人一人がどれだけ弱くとも、それが数で押しかければ、状況は変わって来る。

〈君が燃え殻に、火を点けたのさ〉

〈あー、ラスティさん。勝手にレイヴンちゃんに繋げてるー?〉

「……、モニカ!?」

〈久しぶりー、レイヴンちゃん! っと、今は作戦中だったね。地上()の方は安心して。みんなレイヴンちゃん、の知り合いのエアさん? が言ったことにすっごいやる気出してるから! レイヴンちゃんと話したい人、いっぱいいるから。ラスティさんと一緒に、ちゃんと帰って来るんだよー!〉

 通信に割り込んで来たのは、モニカの声だった。彼女の口ぶりからして、やはりエアたちの声明が今の勢いを生み出しているらしい。

〈……二人とも、聞こえましたか? ラスティはカッコつけてないで作戦の遂行を。レイヴンちゃん、その迂回路の先にスキルミオンジェネレータがあります。ですが、RaDのMTは健在。ご注意を〉

 エアと621(自分達)の選択の結果が、この惑星(ほし)に生きる全ての人々を立ち上がらせた。ようやく、多くの人々が協力してくれているという事実を認識する。ただの利害の一致であっても、こんなに心強いことはない。

 ベルタの報告通り、迂回路に出てすぐにスキルミオンジェネレータの姿があった。換装したレーザースライサーですぐに撃破する。これで、四基の内の二基を破壊した。

『ジェネレータ、二基破壊。残り二つ』

〈プラント包囲! 前線を押し上げます!〉

〈頃合いだな。シュナイダーACを投入する〉

「シュナイダーが……!?」

〈下でも派手にやっているようだな。色々と仕掛けて来た甲斐があった〉

 これは、シュナイダーもこの作戦に参加しているということなのだろうか。それも、ルビコン解放戦線側にだ。企業から見て、解放戦線に手を貸す理由などほとんど無いはずだ。利益で見ても、赤字であるはず。だが、彼らも一枚噛んでいるならば納得がいく。彼らも解放戦線に協力していたとなれば、ラスティがアーキバスへ潜入する事も、彼が自由に動くための隠れ蓑として手助けしていたのだろう。

 このエリアのスキルミオンジェネレータは破壊出来た。次のエリアへ向かうには、あのレーザー砲台を目指さなければならない。外へと出れば、浮遊砲台の砲撃とレーザーの光。それに混ざる実弾の一射。レーザー砲より手前の広間には、四脚MTの姿がある。

〈四脚を引き付ける。君は砲台を〉

 オルトゥスが前に出る。四脚の狙いがオルトゥスに定まったところで、こちらは砲台へと向かう。砲台がオルトゥスに目掛けてレーザーを発射しているが、あの素早い綺羅星を捉えられる訳がない。懐に入り込み、数発銃弾を撃ち込めば砲台がこちらを向く。だが、向こうが先に撃つ前に換装したレーザースライサーで護りのパルスアーマーと共に砲台を破壊する。

 後ろを振り向けば、オルトゥスの機動力に翻弄されている四脚MTの姿。注意が向いていない側面から、アサルトライフルとリニアライフルの弾丸を撃ち込んでいく。振り向いた四脚MTがこちらに狙いを定めようとしたところを、温存していたレーザードローンを放ってACSに負荷をかける。ACS負荷限界を迎える直前に、レーザースライサーへと換装して、青の両刃で四脚MTを切りつける。後一歩が足りないが、こちらから追い打ちをかける必要はない。もう一機の青の刃が、四脚MTにしっかりとトドメを刺していった。

〈流石の手際の良さだ、戦友〉

「……あなたなら、合わせてくれると信じてた」

『次の地点はあちらです、急ぎましょう』

 示されたマーカー地点はレーザー砲台の先だ。ブーストを噴かせて砲台が構えられていた高台へと昇り、構造物の隙間を通り抜けていく。敵がいない今の内に、リペアキットを使ってAPを修復させる。

「……」

『あれは……、グリッド〇八六で戦った……』

 進んだ先に息を呑んだ。開けた場所に、見慣れた物が鎮座していたのだ。恐らく、次のエリアの出入口を護る最後の守護者なのだろう。

〈随分と硬そうな相手だな〉

「……、スマートクリーナー……」

〈――壁越えの再現といこう、戦友。君に合わせる〉

 スマートクリーナー。あの時は閉所であったこと、今より長いミッションの先で戦わされた強敵だった。今は、比べ物にならない開けた場所に、信頼出来る人がいる。ならば、何も恐れるものはない。

 高台から飛び降りていけば、敵の気配に気付いたスマートクリーナーが起動する。この凶悪な解体作業機の弱点は覚えている。相手の頭上を滞空しながら、溶鉱炉へ弾丸を撃ち込んでいく。

〈なるほど、開口部が弱点か。こちらで注意を引く、君が叩いてくれ〉

 正に、壁越えの再現だった。あの時も、暴走戦車とも言えるジャガーノートを引き付けてくれたのは彼だ。スマートクリーナーはジャガーノートほど、火器が豊富な訳ではない。だが、スマートクリーナーが持つ両腕の破砕アームは触れただけでACは命取りになる。そういう意味では、ジャガーノートよりも危険だ。危険な役割を、いつも彼は買ってくれる。機動性や火力面を考えれば、オルトゥスの方が前衛で注意を引き付ける事に向いている。それは、頭では分かっているのだが……

(どうして、いつも危険な事に……)

 眼下には、吐き出された溶鉱炉の熱が広がっている。だが、錆色の機体は舞い続けている。こちらがあの兵器を破壊出来ると、それまでに自分が生き残る事が出来ると信じている。レーザードローンの軌跡に追従するように、青の両刃が溶鉱炉へと向かっていく。

 スマートクリーナーのACS負荷限界は近い。足場へと降りて、滞空で消費されたエネルギーを回復させる。吐き出されていく溶鉱炉の中身を、吐き出すと同時に後退するスマートクリーナーに喰いつくように前進すれば、スマートクリーナーの動きが止まる。止まったスマートクリーナーの懐で飛び込むように、ウェポンハンガーで換装したレーザースライサーの刃を振りかざしていく。スマートクリーナーを足場にするように蹴り飛ばして距離を取る。仕留めることは出来なかったが、もう一度相手の動きを止めるまで攻撃を続ければ良い。もう一度スマートクリーナーを稼働するまでの僅かな時間も、銃弾を撃ち込むことによるダメージ蓄積を怠らない。スマートクリーナーの再稼働に合わせ、もう一度溶鉱炉の頭上を滞空していく。

『敵機損傷拡大。あと一押しです』

〈効いているな。仕上げに入ろう、戦友〉

「――うん」

 最初に戦った時よりも、実力は付いて来た。今は信頼出来るヒトと共に戦っている。技術面も、精神面も。後れを取るつもりは無い。レーザードローンの援護射撃も加わり、もう少しでもう一度あの作業機を止めることが出来る。だが、最後の力を振り絞らんとばかりにスマートクリーナーは、目の前にいたオルトゥスを巨体で壁際まで追い込んで行った。

「っ、ラスティ!」

〈手を止めるな、エイヴェリー! ここで倒れる程、私もヤワじゃないさ!〉

 止まりそうになるトリガーをもう一度引き続ける。ここで蓄積したACS負荷を回復させた方が、彼の健闘に目を向けられなくなる。スマートクリーナーの巨体の隙間から、オルトゥスが躍り出る。オルトゥスを追尾しようと振り向いた先に向けて、こちらも着地する。アサルトライフルの一発が、相手を崩すきっかけとなった。地上を走るカサブランカ、躍り出た勢いのまま上空へと飛ぶオルトゥス。二機の青の両刃が、スマートクリーナーの開口部へと向かっていく。青の両刃は、確かにスマートクリーナーを刈り取ったのだった。

『スマートクリーナーの撃破を確認――。待ってください、ザイレム前方に敵性反応……! 艦隊が接近しています!』

〈ラスティ、レイヴンちゃん。ザイレムの前方に、アーキバスが鹵獲した強襲艦隊が向かってきているわ。全艦をこっちに回すだなんて、閣下にしては性急な指示を出したようね〉

 エアだけではない。ベルタも報告を上げるとならば、鹵獲された封鎖機構の強襲艦隊が迫ってきているのは確実と見て良いだろう。このまま、アーキバスと正面衝突するのは避けたい。だが、スキルミオンジェネレータはまだ二基残っている。

〈この高度でもアーキバスが動き出した。連中は私たちを排除するつもりだ〉

「どうしたら……」

〈エイヴェリー、艦隊はこちらで対処しよう。君は当初の作戦を遂行してくれ。ベルタ、あなたも彼女の支援に回ってくれ。……託したぞ、戦友〉

「……待って!」

 思わず声が出た。この状況は、二手に分かれるのが正解だ。それは分かっている。だが、これだけは伝えたいという感情に突き動かされた。飛び上がろうとしたオルトゥスは、動きを止めてくれた。

「――気を付けて」

〈――ああ〉

 一言だけ。たった一言だけだったが、これは伝える事が出来なかった一言だった。それを聞いた錆色の綺羅星は、青空の向こう側へと消えていった。

〈隊長、勝手に――! もう……!〉

『レイヴン、ここから先は私でもオペレートできます。――ラスティが、気がかりなのでしょう?』

「――ベルタ」

 言葉を紡ごうとする口が重くなる。先程の動きから、ラスティも高揚の熱に充てられている。そのせいか、妙に冷静さが欠けている。そんな彼を、一人で走らせたくない。だが、こちらにはやるべきことがある。なら、もう一人のオペレーターに、彼を託すしかない。自分よりも冷静で、仕事が出来る大人の女性。ベルタに対する暗い感情を押し殺して、どうにか言葉を続ける。

「ここは私と、エアだけで大丈夫。だから、ラスティを――」

〈――分かったわ。妙にテンションおかしいものね、彼。あの馬鹿狼のリードを、しっかりと握ってくるわ。ちゃんと、あなたの元に連れてってあげるから〉

「――お願い」

〈幸運を、オーバー〉

 ベルタからの通信が切れる。ここから先は、エアと二人だ。だが、二人ぼっちではない。未だ繋がっている通信から聞こえてくる声。なによりも、こちらを信じて空へと飛び立った(戦友)も、一緒に戦っている。

『……進みましょう、レイヴン』

「……うん」

 白の機体は、スマートクリーナーが護っていたザイレムの内部へと向かっていった。

 

 

 ブーストを噴かせていく。飛び込む先は、群れを成した強襲艦隊。彼女の戦闘データを拝見した際に、あの艦隊は艦橋に飛び込んでしまえば多種多様な火器が無意味となり、艦橋を落とすだけであの艦を破壊出来る。羽虫を叩き落とすような感覚で。この機体の速さならば、問題ない。ザイレムで作戦を遂行する彼女の邪魔は、させない。

〈聞こえますか、ラスティ!〉

「なっ、ベル!? なぜ……」

〈レイヴンちゃんから頼まれたのです。あなたがバカしないか見ていて欲しいと〉

「それは――」

 どういうことかと問おうとすれば、ベルタから電脳での通信が入って来る。あの彼女が、作戦中に個人での話をするというのは、余程のことだ。仕方がなく、電脳の通信を繋げる。

〈作戦中だぞ、ベルタ・ウェバー。どうしたと言うのだ〉

〈それはこちらのセリフです。……ここを、自分の死に場所だと思っているのですか?〉

 まさか、と返すことが出来なかった。艦の射程圏内に入る。アラートも、肉声でのベルタの指示で回避は容易い。

〈ラスティ。あなたの、解放戦線での事情は分かりません。ですが、どれだけ記録を探しても、()()()()という人物の記録はありませんでした。それが、あなたの立ち位置。アーキバスには仮初の立場、だからと言って解放戦線に居場所はない。解放のための、名もなき戦士。推測でしか、ありませんが〉

 艦隊の砲撃は、アサルトブーストの移動で十分に避けられる。途中の艦を足場に、エネルギーを回復させつつ、艦橋をレーザースライサーで破壊していく。

 ベルタの推測は正しい。ラスティは仮初の姿、だが、アッシュは既に解放戦線では死人だ。むしろ、解放戦線に居場所なぞない。この惑星(ほし)の解放のために、この惑星(ほし)に生きる人々に手をかけて来たのだ。これから先を生きる数千人のために、今を生きる数百人を殺してきた。

 百万人を殺せば英雄となる。誰かが言ったことか、旧文明の作品の言葉であったか。どちらにせよ、今の自分に求められている姿というものは、そういうものだ。この惑星(ほし)を解放する英雄、裏切者の殺戮者、解放のための人柱――。どれだけ言葉を取り繕うとも、惑星(ほし)の解放を目指しながら、惑星(ほし)に生きる人々の死を良しとした、破綻者だ。

〈ですが、旧第四部隊(私たち)はラスティしか知りません。レイヴン、あの子だって――〉

〈――ベル〉

 次の艦へ飛び移り、ニードルガンを艦橋に向けて撃ち込んでいく。トリガーを引くだけで、この艦に乗っている数十の命が消えていく。自分たちが生きていく場所を守るために、迫りくる誰かの命を奪っている。それこそ、こうして落としている艦に、ベルタや第四部隊隊員たちの友人がいるかもしれないというのに。だが、差し込んできた感傷は、部下達(彼ら)を思っての事ではない。こんな話で、エイヴェリーの名前を出して欲しくなかったことだ。

〈彼女は、違うさ〉

〈違うって――〉

〈本当に、彼女にどういう心境の変化が起きたのかは分からない。真面目なあの子だ。恩人のためならばと、この惑星(ほし)を焼き払う事を選べたはずだ〉

 あの少女の全てを、知っている訳ではない。だが、彼女ならばそう言う選択が出来てしまう。この局面になって、彼女が恩人のためだからと。どこか足元が覚束ないまま進んでしまうことは危険だったと、改めて思い知らされる。

 自らの行いで手に掛けたものに、あやふやな彼女が責任を取れるはずがない。彼女の側にいたのは、自分の目から見ても列記とした大人だ。あのウォルター(老人)カーラ(女傑)のことだ、あくまで惑星(ほし)への殺戮行為は自分たちが指示したもので、少女に責任はないと動いていてもおかしくない。だが、少女がそれを良しとするはずがない。()()()()()()(自分でも、普通の女の子というものは分かっていないが)である彼女が、耐えられるものではない。それだけのことをして、自分は関係ないとは言えないのが、彼女だ。だから、背負えていない彼女は危なっかしいものだった。そんな無責任で進むことを、ラスティは許さない。それ以上に、気付いた彼女が自分自身を許さなかっただろう。

〈――奇跡なんだ。こうして、再び共に戦えることに。これ以上の幸運なぞ、無いだろうさ〉

 彼女が、確固たる自分の意志で戦うのだと知った時、喜びを感じた。それが、自分たちが行おうとすることと同じならば尚更。だから、スウィンバーンに叱責されたあの時に、冷静になれた。彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()。ただ、彼女自身がすべきだと思ったことが、自分たちと同じ方向を向いただけ。この共闘は、奇跡的に重なっただけなのだと。

 だからなのだろう。この奇跡を、最後の一瞬まで噛みしめたい。自分のすべきことと、やりたいことが重なった瞬間。その傍らに、戦友(彼女)もいるのだ。自分の人生で、最高の幸運に恵まれたと言っても過言ではない。

〈だから、最後まで走り抜けたいのさ〉

 自分の持てる全てを尽くしたいのだ。恥と穢れしかない人生を歩めていない男でも、どれだけ泥や硝煙に汚れようとも無垢な白を保つ一輪の花のために戦えるのだと。

〈――ンの、馬鹿狼!〉

「なっ、ベル……?」

〈それで、鉄くずの仲間入りしたら意味がないでしょう!? あの子に約束しました。必ず、あなたをあの子の元に連れていくと! 私も、モニカも、フラットウェルだって。あなたには死んで欲しくない。だから、あなたがバカしないように、きっちりとオペレートさせて貰います。……あの子と、一緒に帰ってきてください。それが、あなたの関係者(私たち)の望みです〉

 青天の霹靂だった。そんな言葉を投げかれられるとは思ってもみなかった。

〈これであなたがうっかり死にましたってなったら、あの子がどんな思いすると思うのですか!? あの子があなたにどんな感情を抱いているのか、分かっていないとは言わせませんよ!?〉

〈それは――。ッ!〉

 主砲が二発、なんとかブーストを噴かせて避けていく。自分の死なぞどうでも良いと思っていたが、もし、命を落としたら彼女がどう思うか。それは、迫りくる強襲艦の主砲やミサイルが直撃したらどうなるかと同じくらいに明らかだった。落ち込む、悲しませる。それは、間違いない。それで一生を引きずるようになっては――、男冥利に尽きるところはあれど、非常によろしくない。ラスティ(役割)を終えた後のことを考えるなど、これが初めてだった。

〈要撃艦が次々落とされます! 被害甚大!〉

〈敵AC単機! 識別は……。V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)……、ラスティだと!? 地下で死んだはずでは……〉

〈弾幕を張れ! 近寄らせるな!〉

「……さて。どうしますか、ラスティ隊長? カッコつけてないで、カッコ悪く生きて戻る事も考えてくださいね」

 考えなかったことを考えさせられてしまった。自分一人が死ぬのは、ただそれだけだと思っていたが、そうではなかったらしい。仮初(ラスティ)しか知らない少女の傷になる。悪くはないが、それを良しとは思えない。

「……そうだな。確かに今、死んで良い理由が無くなってしまった。」

 彼女には、笑っていて欲しい。至極単純だが、単純だからこそ十分だ。それだけを考えれば良い。

「――悪いな。私を捕まえられる人間は、一人しか知らない」

 より、新しい愛機を加速させる。生きて、戻る。それが、今の戦う理由となった。

 

 

『これより動力ブロック中枢に入ります。……死角からの奇襲に注意を。スキルミオンジェネレータは残り二基です』

 動力ブロックの中枢。ザイレムを動かすための心臓部。エネルギーを生成し、この船全体に回すためのこのエリアは、金属による複雑怪奇な迷路となっている。この迷路の中に、スキルミオンジェネレータがある。

『ここである程度の動力を奪えば、あとはラムジェットエンジンだけ……。残りを破壊して、船外に出ましょう』

 こくりと頷きながら、スキャンで周囲を確認する。壁の裏側に配置されているRaD製MTを破壊し、周囲を捜索する。高低差もあるこの迷路の中、レーダーだけでなく視覚でも探せば、三基目のスキルミオンジェネレータの姿があった。地理の都合上か、四基目も近くに配置されている。これならば、すぐに脱出できるはずだ。三基目のスキルミオンジェネレータを、レーザースライサーで破壊していく。

〈要撃艦が次々落とされます! 被害甚大!〉

〈敵AC単機! 識別は……。V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)……、ラスティだと!? 地下で死んだはずでは……〉

〈弾幕を張れ! 近寄らせるな!〉

(流石……)

 艦隊がもし、惑星封鎖機構の強襲艦を擁しているならば……。ラスティならば、十分に勝ち目がある。オルトゥスの速さならば、十分にあの艦に取り付いて艦橋を破壊することは可能だ。一隻に取り付く分は問題ないが、問題は他の艦からの砲撃だ。砲撃の嵐の中、艦に取り付かなければならない。だが、彼ならば砲撃の嵐の中をも越えていく。彼は、そんな強いヒトだ。

〈――悪いな。私を捕まえられる人間は、一人しか知らない〉

「……っ!?」

『レイヴン!? 被弾しています、レイヴン!』

 丁度、四基目に向かうために高低差のある道を進んだ先。入ってきた彼の通信に、思わず動揺してしまった。くすぐったい感覚と言えば良いのだろうか。なんだか、とてつもなく、凄く、恥ずかしい事をしている、ような。被弾の衝撃にかぶりを振ってMTを射貫いていく。振り返れば、上部に設置されたスキルミオンジェネレータ。リニアライフルをレーザースライサーに換装し、最後の一基を破壊した。

『スキルミオンジェネレータ、全基破壊……! レイヴン、脱出を。動力ブロックが爆発します!』

 これで、この船を支えるエネルギー源を断ち切った。乱れが発生したエネルギーの流れに各所から爆発が起きている。示されたマーカーの元に急いで向かう。

〈待て、戦友。そちらに向かっている機影がある。尋常ではない推力――。バルテウスの改修が終わっていたのか!?〉

「バルテウスが……!?」

『レイヴン、補給シェルパを手配します。まずは船外に避難を!』

 聞き覚えのある名前に思わず驚愕する。まさか、あのバルテウスすら鹵獲していたとでも言うのか。だが、あの機体は惑星封鎖機構が持つ無人機。AIの操縦による正確かつ、乗り手の負担を選ばない機動性が強さに繋がっている機体だ。それを、有人にするだけで機動性パフォーマンスに問題が出てもおかしくない。改修という言葉から、武装面すら手を加えているのだろうか。いずれにせよ、爆発が起きているこの場から脱しなければならない。補給シェルパで応急処置を施してから、外へと向かう。

〈……独立傭兵レイヴン、駄犬というのは訂正しましょう〉

 閉鎖された隔壁をエアのハッキングによってこじ開けようとしたその時、突如割って入ってきた通信。この声は、忘れるはずもない。開いた隔壁を通り、外に出ようとしたその時だった。出入口を通り過ぎるパルスアーマーに、思わず息をのむ。

『!? この機体は――』

〈貴様は……、駆除すべき害獣だ!〉

『機体情報を解析。AA07A、アーキバス・バルテウス……。搭乗者……、V.Ⅱ(ヴェスパー・ツー)スネイルです!』

 間違いない。ウォッチポイント・デルタで見たあの機体だ。どうやら、あの機体にスネイルが乗っているらしい。機動性のパフォーマンスは失われていない。いや、最新型に近い強化人間たるスネイルだからこそ、あの速度に耐えられている可能性が高い。だが、あの機体の突破方法は変わらない。まずは、あのパルスアーマーを引き剥がす。アサルトライフルとリニアライフル、レーザードローンを放ち、あの護りを破壊する必要がある。

 アーキバス・バルテウスに銃口を向けられる。放たれたのは実弾ではない。アーキバスが得意とするレーザーやプラズマの光学兵装だ。アラートに合わせて、クイックブーストで回避していく。プラズマのダメージエリアによる被弾は避けることは出来ないが、直撃は避けることが出来た。かつてのバルテウスと同じように、縦横無尽にあの機体は空を飛び続ける。複数のアラートが示した銃口から放たれたのは、パルスガンの波だ。高低差のある状況のおかげで、パルスの波に呑まれることは無かった。

〈……このガラクタを落とすのはいいでしょう。苦心して吸い上げたコーラルです、こんなもので()()()()()困る〉

 パルスアーマーを引き剥がせた。止まったアーキバス・バルテウスに向けて、青の両刃を振りかざす。この一撃で倒せる程、バルテウスは脆い機体ではない。ブーストキックで距離を離す。

〈地を這う猿共を煽動したのも……、まあいいでしょう〉

 再び動き出したアーキバス・バルテウス。レーザードローンを放つも、再展開されたパルスアーマーに阻まれる。

〈だが、貴様は私を……。()()()()()()()()()! 害獣め、駆除以外の選択肢はない……!〉

(……、なんて?)

『尋常ではない出力……。注意を、レイヴン!』

 少々引っかかるところがあるが、スネイルもバルテウスの制御に慣れて来たのだろう。その動きは洗練され始めている。全ての武装が光学兵器に換装された訳ではないのか、実弾のミサイルも混ざり始めている。バルテウスの最大の特徴とも言えた、幾重ものアーチ状に並んだあの大量のミサイル攻撃をしてくる気配はない。あれが、有人機化によって失った代償なのだろうか。

〈第二艦隊全滅! 捉えきれません!〉

〈敵ACも消耗している! 弾幕を張って押し切れ!〉

『ザイレム前方の艦隊も、次々撃墜されています。……流石ですね』

 こちらも、鳴り響くアラートに合わせてクイックブーストを噴かせてレーザー砲を回避していく。続く連戦に、重い身体が余計に重く感じる。思わず、わざとらしい大きい呼吸をしてしまう。

〈……戦友、調子はどうだ?〉

「――だい、じょうぶ」

〈――そうか。こちらは、そうだな……。何とかするさ〉

 気遣ってくれる声に、確かな疲労感が混じっている。疲労が溜まっているのは、お互いに同じだ。だが、疲労を理由に止まる訳にもいかない。お互いに、やるべきことをやる。()()()()と言葉を交わすのは、その後だ。

〈スネイルは……、伊達にヴェスパー上位じゃない。油断するなよ……!〉

「分かってる……。ラスティも、気を付けて」

 どれだけ疲労が重なっても、両手のライフルのトリガーを引くことは止めない。レーザードローンを放つ度に、強い頭痛が走って来る。だが、確かにあの強固なパルスアーマーを減衰させている。二度目のパルスアーマーの破壊、止まるアーキバス・バルテウスにもう一度あの刃で切り裂いていく。剥き出しのバルテウスの機構が動く音。ブーストキックで距離を離して全力で後退する。嫌な予感は当たっていた。バルテウスを中心にパルスが収縮して爆発する。アサルトアーマーの機能は、残されていたようだった。

『敵機、エネルギー出力を引き上げています!』

〈消えろ……! 害獣!〉

 再展開されたパルスアーマー。そして、以前にカサブランカを焼き払おうとした変式超高温バーナーから、高出力のプラズマが一直線に解き放たれる。

〈裏切り者の第四隊長、頭の悪い上層部……! そして何より、火種を撒き散らすルビコンの害獣……〉

 これまで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのような。直線に伸びるプラズマだが、照射したままアーキバス・バルテウスは縦横無尽に飛び始める。薙ぎ払うかのような動きに巻き込まれないように、クイックブーストで、どうにか直撃は避けていく。

〈どいつもこいつも……、この私を苛立たせる……!〉

 リペアキットとパルスアーマーを展開して、乱舞するプラズマに耐え凌いでいく。

〈死んで平伏しろ! 私こそが企業だ!!〉

「……」

 言葉が出てこなかった。いや、どのような言葉が浮かぶのが正解だったのか。アーキバス・バルテウスの負荷の影響か、スネイルの言動が()()()()()()()()()。極限状態の人間の言動がおかしくなるのは、こういうことなのかと考えてしまう。だが、この憐憫は不要のものだ。こうして、どちらが獣か分からない暴力を振るってくる以上、倒さなくてはならない。プラズマの乱舞が収まれば、攻勢に回れる。アサルトライフルとリニアライフルの銃口を向け、相手のパルスアーマーを引き剥がしていく。

『レイヴン……』

『……大丈夫』

 カサブランカは、しっかりとあの暴走した機体に喰らい付いている。パルスアーマーを失い、止まる暴走機械。三度目のレーザースライサーによる斬撃を与えていく。ブーストキックで距離を保ち、再展開されるまでに撃てる銃弾を撃ち込んでいく。

『敵機、損傷拡大しています!』

〈旗艦に……! 旗艦が持ちません!〉

〈直掩を出せ! 全機投入しろ!〉

 もう少しで、あの機体を落とせる。艦隊(向こう)も、もう少しでケリがつくところだろうか。

〈分かってはいたが……。骨が折れるな、戦友……〉

「……うん。結構、きつい……」

〈……だが、君はやり遂げるのだろう?〉

 それに対する答えは、決まっている。

「ここで、死ぬつもりは、ない……!」

〈――ああ。私も、恥じない戦いをするまでだ……!〉

 赤くなり始めた空の向こう側で、まだ、戦友()は戦っている。パルスアーマーを再展開したアーキバス・バルテウスもまた、持てる武装の全てをこちらに向けて来る。こちらの身体は限界に近い。誰が先に倒れるかの勝負。出力の上がった光学兵器も、当たらなければ意味がない。何よりも、どれだけ改修されたとしても一度見たことある機体だ。根本から構造が変わってしまったでもない限りは、どのように動き、武装を使ってくるかは予測がつく。初めて搭乗し、なおかつ精神面も限界に追い詰められ始めているスネイルが持たなくのは目に見えていた。

 リペアキットを使う。最後の抵抗とばかりにこちらをレーザーが射貫く前にパルスアーマーが引き剥がされる。追撃にレーザードローンを放ち、ウェポンハンガーでリニアライフルをレーザースライサーに換装する。

「これ、で……!」

 青の両刃を展開し、静止したバルテウスへと向かう。レーザーの刃が、人間の手によって魔改造された悪魔を切り裂いた。

〈そんな……、私は……、企業だぞ……!?〉

 バルテウスが爆炎を上げていく。あの様子では、脱出は不可能と見て良いだろう。なによりも、ここまで錯乱しているスネイルに、脱出の判断が出来るとは思えない。普段の彼ならば、もっと早い段階で撤退してもおかしくないと言うのに。

〈最後の……、プランを……、――!!〉

 まるで、この世の全てを恨むかのような。想像を絶する苦痛に対するものなのか。どちらとも言えぬ断末魔と共に、バルテウスは再び地に落ちたのだった。

V.Ⅱ(ヴェスパー・ツー)……、スネイルの撃破を確認しました』

 ようやく、一息つけることが出来る。疲労が溜まった身体は自然と操縦桿から手を離してしまった。

〈……終わったか、戦友〉

「うん……、終わったよ」

 どこか、気を緩めているような声。彼も、無事に終わったようだった。

〈こちらも……、どうにか片付い――〉

「えっ……!? ラスティ!」

 思わず、身体が強張った。ラスティの声が、轟音と共に途絶えたのだ。

「ラスティ……? 返事、して……! ラスティ……!」

 縋るように、声をマイクに向ける。だが、彼の声は帰ってこない。微かに残ったノイズすら、途切れてしまった。

『ラスティの機体反応が……、消失……!?』

「そんな……!」

〈こちら、ベルタ。レイヴンちゃん、聞こえる!? オルトゥスはこちらで追う! スウィンバーンからオルトゥスが落ちたのは見えたと報告を受けたから、まだ死んだ訳じゃないわ! ただ、気を付けて。まだ、ザイレムに何かがいる……!〉

 また、感情が溢れそうになるのを入ってきたベルタの通信でどうにか留めることが出来た。これで、彼の捜索をしようとザイレムから離れてしまっては、彼の健闘を無駄にすることになる。まだ、ラムジェットエンジンを破壊する工程が残っている。

『……レイヴン。まだ、終わりではないようです。ザイレムの撃墜を……、急ぎましょう』

「……うん」

 まだ、やらねばならないことが残っている。機体の修復のために、一度、ガレージへと戻ることにした。

 

 

〈強化人間、C4-621。通常モード移行〉

「……はあっ」

 ガレージにカサブランカが収容される。身体を休めるためにも、一度、降りた方が良い。どうにか身体を動かしてコクピットから出るも、タラップに倒れ込んでしまった。

『レイヴン!?』

「……だいじょうぶ、まだ、だいじょうぶ……」

 もう、ここには傍らにいる隣人以外、誰もいない。身体を仰向けにして、どうにか呼吸をする。義体の限界が、見え始めている。次の出撃が、最後となるだろう。むしろ、次の出撃でこの身体が壊れてしまってもおかしくない。この身体が壊れてしまったら、ここにある意識はどうなってしまうのだろうか。元の、動かぬ身体に戻るのか。あるいは、身体と共に死を迎えるかだ。

『……レイヴン。今は、休息を。大丈夫、ザイレムは落下軌道に入りつつあります。後は……、ラムジェットエンジンを破壊するだけ。これであなたを喪ってしまっては、私は……』

「……エア」

 どうにか、身体を起こす。そして、懐かしさを覚える幻影の手に触れる。今まで、不安になってしまった時には、こうして手を重ねてくれた。今度は、こちらがそれをする番だ。

「ここで死んでしまうのは……、嫌。ここで死んでしまったら、カーラたちに、申し訳が立たない。ラスティにも……。私は、死ぬつもりはない」

『……すみません、レイヴン。あなたの身体は、とても苦しいものでしょうに……』

 思えば、あのウォッチポイント・デルタの出来事から随分と遠い所に来ていると思う。短い時間であっても、長く感じてしまうほどに。

 カーラを裏切ってしまった。でも、どこか彼女は。違う道を選んだこちらの背中を押してくれたような。そんな、都合の良いことを考えてしまう。

 敵になってもおかしくないと、銃を向けて来たラスティと共闘した。なぜか、それが本当に嬉しいことだった。不安からの解放だけではない、苛まれた悪夢は、ただの夢でしかないことの安堵した方が大きかった。ベルタ達なら、きっと、彼を見つけてくれる。

 顔を見上げれば、星の煌めきがある赤い瞳を持った黒髪の女性。どうして、この姿に懐かしさを覚えるのかは分からない。でも、こうして彼女が傍にいてくれる。相対するように立っているのではない。彼女が見たい夢を、こちらも見たいと思った。そして、彼女の切なる願いを()()()()()()()()()()()()()()と。そんな漠然としたものがあるが、分からないものは分からないまま。でも、この道を選んで良かったと思っているのも事実だ。

 きっと、ウォルターも――

「休めば、だいじょうぶ」

『……猶予もまだあります。どうか、少しばかりの休息を』

「……うん」

 最後の大仕上げのための、僅かな休息。傍らにいる彼女と共に歩む明日を、思うことにした。

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