少しばかりの休息、機体の最終チェックを行っていく。案内された出入口から出れば、ラムジェットエンジンはすぐそこだ。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
『終わらせましょう、レイヴン。そして帰りましょう。あなたたちが守った……、ルビコンへと』
「……うん」
足取りが重い。これで終わりだと言うのに、纏わりつくような疲労が身体を更に重くしていく。
『……大気圏突入にも備える必要があります。終わり次第、脱出準備に移りましょう』
「そんな、高さまで……」
カサブランカの歩を進めれば、そこはもう違う世界だった。眼下には、薄い赤に覆われたルビコンⅢ。目の前には、大気圏すら越えて建造されたバスキュラープラント。周囲には、一際輝く恒星と星々の帳。見渡せる世界の角度から、既にザイレムが落下していることも分かる。そう言えば、この周囲の景色はルビコンに訪れた時に、初めて見た景色でもある。あの時は、ウォルターのナビゲートを頼りに先行突入していた。
『……レイヴン。あれがザイレムのラムジェットエンジンです。目標の破壊を……、お願いします』
「……うん」
感傷に浸るのは後だ。ブーストを噴かせて、ラムジェットエンジンへと向かう。ここで、最後の推力を破壊して、様々な人々の思いが載せられていただろう船を、落とす。左舷のラムジェットエンジンに狙いを定める。数発の銃弾で、戦闘に巻き込まれることを想定されていないエンジンは破壊される。
『左舷チャンバー、機能停止』
爆発する左舷を尻目に、反対側のチャンバーへと向かう。こちらにも、自衛のための砲台の類は見られない。稼働し続けるそれに銃弾を撃ち、その役目を終わらせる。
『右舷チャンバー、機能停止しました』
ラムジェットエンジンから火が上がる。これでザイレムは、己の巨大な船体を支える全ての推力を失った。重力圏から逃げきれていないこの船は、このまま、ルビコンの重力に引っ張られてアーレア海へと落ちるだろう。
『ザイレムが……、落下軌道に入ります』
段々と、大気の摩擦による熱がカサブランカにも伝わって来る。視界も、徐々に赤く染まっていく。
『これでコーラルも……、ルビコンも守られ――』
「っ!?」
だが、突如として染まりつつある視界の赤とは違う赤が降り注ぐ。爆炎と共に迫る赤を、ブースト移動で回避していく。
実弾ではない。とはいえ、レーザーでプラズマでもない。エネルギーの暴力とも言えるそれは、足場にしていた強化ガラスを一直線に焼き払った。
「あれが、ベルタが言っていた……!?」
〈……621〉
瞬間、時間が止まった。射角から、ラムジェットエンジンの上部だ。恐る恐ると、エネルギーを照射していた場所を見上げる。
逆光に遮られているが、確かにACと思しき影がある。右手に持つ銃が、あのエネルギー照射の正体なのだろう。燃え始めた赤の世界とは違う、鋼の赤が、そこにいる。
〈そこにいるのは……、お前なのか……?〉
鋼鉄の赤が降りて来る。ようやく、理解する。あのACが動力にしているのは、コーラルだ。あのエネルギー照射も、コーラルを燃料にしたものならば強化ガラスを焼き払う一撃も納得がいく。
〈俺は……。621……、お前を……〉
来るのならば、迎撃しなければならない。そうしなければ、生きて戻ることは出来ない。それでも、迫りつつある敵機には。あの機体から聞こえてくる声は――
〈……消さなければならない〉
もう二度と聞けないと思っていた、恩人の声だった。
「ウォル、ター……」
『ウォルター……!? このACは――。レイヴン、来ます!』
鳴り響くアラートに、反射で回避行動を取った。赤いACは、こちらに銃口を向けている。分かっている、このまま逃がしてくれる様子はない。戦わなければ、生き残れない。
『機体からコーラル反応……、危険です!』
ゆっくりと、一発ずつ。こちらに向けて撃って来るコーラルの弾丸を避けていく。よく見ると、あの機体を守るかのようにコーラルによる防壁が展開されている。
〈企業の命令を――。いや……、友人たちの使命――。障害を……、排除する……〉
うわ言のように言葉を零し続けるウォルター。だが、機体から向けられる敵意は本物だ。パルスブレードに似た構造の左手の武装から、コーラルの照射がこちらに迫って来る。クイックブーストで無様に逃げるしか出来ない。そして、チャージされていた右腕のライフルからコーラルの照射が迫って来る。若干高低差のある地形が、コーラルの照射から逃げることが出来た。
『……。やらなければ……、あなたが危ない。……応戦を! レイヴン……!』
「分かってる……、でも……! ウォルターなんだよ……!?」
冷却が終わったのか、再び左手の武装からコーラルの照射。右手のライフルとは異なり、左腕のブレードは水平しか薙ぎ払えない。上昇することで回避するが、ライフルの弾丸がカサブランカを掠める。それどころか、いつの間にか放たれた複数の赤の軌跡がこちらに迫っている。そちらに気を取られている内に、赤の機体が迫ってきている。ブーストキックで蹴り飛ばされた衝撃、着弾する赤の軌跡。なんとか距離を離そうとするも、捉えられた正面からライフルの一射。追撃の左手の武装に一気にAPを持ってかれる。
〈AP、残り三〇%〉
「ぐぅううう……!」
『レイヴン……!』
どこか意識が朦朧しているにも関わらず、機体は的確にこちらを殺しに来ている。リペアキットを使って体勢を整える。命の危機に、ようやく戦うという選択を選べる事が出来る。右手のコーラル照射から避けながら、レーザードローンを展開し、アサルトライフルとリニアライフルを赤の機体に向ける。
青の軌跡が赤の機体へと迫る中、赤い光が白の機体を削っていく。距離を保ちながらも、どうしても近付く距離のすれ違い様に赤いパルスの爆発が機体を掠めていく。
「……、ウォルター……」
なんとか狙いを定めていく。ラスティを相手に戦う時すら、戦いを拒否することは無かったというのに。許されるならば、今すぐにでも戦いを放棄したい。戦いたくないと、武器を投げ捨てたいくらいだ。
〈AP、残り五〇%〉
(でも……!)
リペアキットを使って、APを回復させる。彼のうわ言が本当ならば、この機体とウォルターが、スネイルが言っていた
いずれにせよ、ザイレムはもう落ちる。スネイルも死んだ。あの時のラスティと違って、戦う理由はない。必要のない、戦いなのだ。それでも、ウォルターがこちらの命を奪いに来るならば、彼が、かつての
コーラルの防壁に遮られながらも、なんとかあの機体の動きを止めるためにアサルトライフルとリニアライフルと撃ち続ける。右手のコーラルの照射を避け、リニアライフルの弾丸に赤い機体が止まる。赤い軌跡が迫るが構わない。換装したレーザースライサーの青の両刃が赤い機体を切り裂くも、撃破には至らない。ブーストキックで距離を離していく。
『レイヴン、攻撃は効いています……!』
〈声が
うわ言だったウォルターの声が、どこか地に足がついたかのような声音になっていく。見失っていたものを見つけたかのような。優しさを宿していた、鋭い鋼鉄のような瞳が、脳裏をよぎっていく。
〈そうか……、見つけたぞ……。火種を〉
「まさか、エアのことを……?」
『レイヴン……! ルビコンの大気圏に突入します……! 時間が……、急いでください……!』
照射されるコーラルの光を上昇で回避していく。二撃目の照射も、自由落下とクイックブーストで逃げていく。ウォルターの様子が、明らかに変わっている。エアのことを、彼は認識している。それどころか、エアを排除すべき敵だと認識しているのだ。機械的に攻撃していた機体に、確かな敵意を感じ取れる。
〈AP、残り五〇%〉
〈一度生まれたものは……、そう簡単には死なない。火種から、消さなければ……!〉
赤い光が苛烈となっていく。これが、ウォルターがずっと抱えて来ていたもの。コーラルを焼き払う、そのために彼はここまで進んできたのだ。それが、自分のやるべきことだからと。彼が強い意志で行動していたことは、分かっていたことだと言うのに……!
〈621……〉
「――あ」
『レイヴン!!』
左腕の照射は避けた。だが、右腕の照射が迫ってきている。考えれば、すぐに分かることだ。腕を起点にした照射は、一方方向にしか進めない訳がない。こうして、片方を囮に追い込んで使うことだって――
〈仕事は……、終わりだ――〉
いつも聞いていた優しい声音と共に赤い光が、こちらを刈り取らんと迫って来る。APの残りは少ない、リペアキットの回復は間に合わない。死が、迫ってきている。
「――まだ!」
機体構成を見直した時に、コア拡張機能を変更した。APがゼロになった時に起動するターミナルアーマー。継続時間を犠牲に、強固なパルスアーマーを展開する。起死回生の切り札。最後のリペアキットを使い捨てる。これで、こちらの退路は断たれた。
生きることを諦めたくない。こんな状態になりながらも戦うウォルターを止めたい。なによりも、
レーザードローンを放ち、アサルトライフルとリニアライフルを撃ち続ける。迫る左腕の照射を、赤い機体側に飛び込んで回避を試みる。あの武器は、ゼロ距離に近い近距離には対応出来ない。右腕の照射も懐にいるこちらに向けることは出来なかった。チャージしようとして止まる動きに、実弾がACS負荷限界を迎えさせる。レーザースライサーに換装し、青の刃を振りかざす。
(まだ、届かない……!)
〈コーラルを焼けば……、俺たちの仕事は終わる……〉
優しい声が、言葉を紡いでいく。
〈お前が稼いだ金だ……。再手術をして……、普通の人生を……〉
「――!」
強い衝撃で、頭を殴られた気分だった。彼は、最初からずっとその気だったのだ。
買い手のつかない旧世代型の強化人間を選んだのは、利用しやすいから。違う、これは、罪滅ぼしだ。コーラルがあったから、コーラルが存在するせいで生まれてしまった強化人間の技術。その被害者である旧世代型の強化人間を、彼なりに贖罪するために、選んでいたのだ。ハンドラー・ウォルターの手足になることで、一定の役割を果たすという洗脳じみた強制力を満たさせ、稼がせた金銭で重篤な身体を治療させる。617達に、621に向けていた優しさは、本物だったのだ。それを、どこか信じきれていなかった。こうして、本当の言葉を聞くまでは……
「こんな……! こんな時に言わないでよ……! ウォルター……! きゃぁ!」
左腕の照射の回避が間に合わない。建て直したAPも半分が持ってかれた。このままでは、こちらが押し負ける。
『レイヴン……! ウォルター! このままでは……!』
もし、もしそれが、ウォルターの望みだと言うならば……。尚更、彼の手で倒されるわけにはいかない。彼の遺志に裏切っておきながら、彼の望みを叶えたいというワガママ。矛盾だと言われようとも、このワガママは、押し通したい。
〈AP、残り三〇%〉
逸る気持ちを抑える。なんとか、攻勢の機会を伺う。赤の機体が空中で静止したかと思えば、赤いパルスの爆発。もう、APは限界に近い。だが、赤い機体が火花を散らしている。レーザードローンを放ち、コーラルの防壁の展開時間に圧をかけていく。アサルトライフルとリニアライフルのトリガーを引くことも止めない。
そして、こちらに右腕のライフルを向けようとした瞬間。レーザードローンの光が、赤の機体のACS負荷限界を迎えさせた。これが、最後の機会になる。レーザースライサーに換装し、青の刃を、赤の機体を切り裂いていた。
〈62……1、……〉
確かに、赤の機体を切り裂いた。距離を取って、様子を見る。カサブランカも、赤の機体も、互いの機体から火花が散っている。もう、限界なのは同じだった。
〈――使命を……〉
『ウォルター……!』
「ウォルター……! もう、機体が……!」
〈友人たちの……、意志……、を……〉
チャージし続けていた、右手のライフルの銃口が向けられる。まるで、こちらの傍らにいる隣人を射貫こうとばかりに。意味がないとわかっていても、咄嗟にエアを庇うように腕を、身体を、機体と共に動かしていく。
〈――そうか……。621――。エイヴェリー……〉
まるで、何かに気付いたかのような声。そして、初めて呼ばれた621の名前。
〈お前にも……、友人ができた……〉
その声は、今まで聞いたどの声よりも優しいもので。視界が歪み、胸が締め付けられる。聞こえているかもわからないが、なんとか、声を振り絞る。
「――そうだよ……。友達、できたよ……! ウォルター……!」
ザイレムから、巨大な爆発が溢れ始める。言いたいことはたくさんあるが、どうしても伝えたい言葉だけを選んで、この爆発の音に遮られないように、しっかりと聞こえるように、最後に手向ける言葉を振り絞る。
「――ありがとう……! さようなら……。お父さん……!」
爆炎に巻き込まれないように、少しずつ後退する。赤の機体の頭部に灯っていた明かりが消えた。まるで、聞こえていたとばかりに。静かに瞳を伏せて、答えてくれたかのようだった。
『……行きましょう、レイヴン』
後ろ髪を引かれる思いをなんとか振り切って、踵を返す。アサルトブーストを噴かせて、崩壊し始めたザイレムから離脱した。
*
沈んでいく。何も見えない、何も感じない。だが、沈んでいるという感覚だけが分かる。なぜ、沈んでいるのかは、分からない。どうして、このような事に――
(ああ、そうだ。私は……)
最後の最後に、油断していた。まさか、もう一機の存在があったとは。ベルタの声とアラートに気付いて、出来るだけの回避運動をした。だが、左半身を焼くような感覚を最後に、意識が途切れた。こうして沈んでいるという感覚がするのは、地獄に向かって落ちているというのだろうか。
(恨まれるだろうな……)
あれだけ、生きて戻るつもりだと啖呵を切ったと言うのに、この様だ。ベルタの説教だけでは済まない、モニカの包み隠さない真っ直ぐな言葉もどれだけ飛んでくるだろうか。アルドリックは、貴重なテスターがいなくなってしまったと残念がるだろうか。フラットウェルも、何か思ってくれるのだろうか。
今まで抱いたことがない感情を抱いた、少女の姿をした女性を、悲しませてしまったのか。
運が悪かったと、今までだったら割り切ってしまっていたかもしれない。今は、運が悪かったというだけで済ませたくない。どうして、最後の最後に気を緩めてしまったのだろうと、後悔が募っていく。あの様子では、彼女も限界に近いはずだ。もし、あの機体と連戦するようなことになってしまっては……
沈んでいく身体を浮かばせようと、何とか手を伸ばしていく。そもそも、手を伸ばした先が正しい方向なのか分からない。動かせる手を動かす、脚を動かす。沈んでしまうことに抵抗するように、藻掻いていく。
(くそっ……!)
ここで、死んでたまるか。仮に生き残ったとして、これから先はどうするつもりだ。使命の後の事など、何も考えていないだろうに。
藻掻く姿に気付いてか、何かが手足に、身体に纏わりつこうとしている。ふざけるなと引き剥がそうとするも、纏わりつく何かの方が強い。
(私は――!)
諦めたくない。まだ自由が効く片手を伸ばし続ける。その時だった。
「――にいちゃん」
誰かが、こちらの腕を引き上げていく。とても、成人男性を支えられるような手ではない。黒い肌をした細い、小さな子供の手。だと言うのに、沈んでいた身体は子供の手によって引き上げられていく。
「――っ!」
引き上げられた先に見えた、一人の少年。遠い幼少の頃の記憶。見捨てるしか無かった、あの少年のものだった。
「――お前、どうして……」
「そりゃ、にいちゃんが落っこちそうになってたんだもん。びっくりしたよ。ほら、こっちだよ」
幼い少年に手を引っ張られながら進んでいく。少しずつ、思い出していく。やはり、目の前の少年はあの頃の姿のままだ。思い出せなくなっていた声も、今なら分かる。
「にいちゃん、凄く大きくなったね。カッコよくなった」
「……そう、か?」
「そうだよ」
にへらと、笑う少年。その笑顔も、記憶にあるそのままだ。忘れまいとしていたこの少年も、いつの間にか朧気な存在となってしまっていた。
「……にいちゃん」
「うん?」
「生きてるって、楽しい?」
「そうだな……」
ゆっくりと、少年に手を引かれながら思い返していく。少年に、思い出話が出来るような楽しい話題は、ない。強いて、戦友と呼び慕う少女についてだろうか。そう考えると、目の前のこと、託されたことにがむしゃらになって走っていたせいで、この少年に話せそうな土産話が作れていなかった。
「……やっと、そう思っても構わないと思えた。かな」
「あのお姉さん? 不思議なお姉さんだよね。なるほどー、にいちゃんってああいう子が良いんだー」
「おい、それは関係ないだろ」
咄嗟に口に出してしまったが、果たして、そうなのだろうか。見ようとしまいと、目を背けていた事実と向き合わせられているような……
「……でも、良かった。やっと、生きないとダメって思わなくなったんだって」
「――え?」
少年が顔だけで振り向く。その表情は、微笑み。それも、慈しみのある笑みだ。あの時と同じ、自ら囮を買って出た、最後に見たあの笑顔だ。
「だって、兄ちゃん。生きたいとか、生きてもいいかなーとかじゃなくて、生きなきゃって義務感で生きてたでしょ? そんな兄ちゃんが、ちゃんと、自分の意志で生きても良いって思ってるんだからさ」
「それは……」
この少年が、頭の回る子であったことをどうして忘れていたのだろうか。ずっと、目から背けていた事実。
ルビコンの解放は目前まで迫っている。彼女ならば、やり遂げられると信じている。もう、
「――まさか……」
「にいちゃん。その気持ちがどういうものかは、ちゃんと自分で確かめてね。もう、一人で歩けるでしょ? 振り返っちゃ、ダメだからね?」
手を引っ張ってきた少年が、送り出すように手を離していく。振り返るなと言われ、振り返りたい衝動をなんとか堪え、一歩を踏み出していく。少女に抱いている感情を知るためにも、先に進まねばならないという直感に従うことにする。
(――ああ、そうだ)
朧気だった少年。彼には約束をしていた。本当は、顔を合わせて話したい。だが、振り返るなと言われてしまっては、振り返ることは出来ない。だから、声を出すしか無かった。
「――まだ、聞こえるか?」
「聞こえるよ。にいちゃん」
ずっと、抱え続けていた約束。これが、この瞬間がこれまでの人生の清算の場だと言うのならば、果たせないと諦めていた約束を、果たすべきだった。
「――ニエベ」
「――え?」
「……約束、しただろ?」
「――本当に優しいなあ、にいちゃんは。そっか、おいらの名前、ニエベなんだ」
「私も――。――
「ルビコンにありふれた普通のモノ、か……。うん、ふたりぼっちだったおいらたちには、丁度いい名前だ」
他に良い名前は無かったのかと、文句を言って良いと言うのに。
「ありがとう。ばいばい、アッシュにいちゃん」
「ああ、
「――うん!」
歩を進めていく。段々と、意識が遠のいていくようで。だが、この歩みを止める訳にはいかなかった。
*
「……」
ゆっくりと、瞳を開けていく。まだ、意識が朧気で。視界の半分が、塞がれている。意識が覚醒するのと同時に、痛みを認識していく。顔にまで及ぶ、左上半身に痛み。こんな激痛に、よく先程まで意識を失っていたものだ。
「っ……!」
「――っ! アッシュ! 目が覚めたのか!?」
すぐにでも抜けてしまいそうな板材の床を踏みながらこちらに駆け寄ってきたのは、短い黒髪に褐色の肌の青年――。ルビコン解放戦線で、様々な補佐に回っているアーシルの姿だった。
「……アーシル」
「良かった……、心配したんだぞ……。まさか、元
「撃ち落と、された――」
ようやく、意識が覚醒する。そうだ、レイヴンの声明を聞いてあのザイレムという船に、いの一番に馳せ参じたのだ。彼女と共にあの船を落とすために共闘し、迫るアーキバスが鹵獲した強襲艦隊を迎撃するために単身で向かった。艦隊を迎撃した後、ザイレム上部に鎮座していたもう一機の狙撃に――。我ながら、悪運に恵まれたらしい。
「ザイレムは……、あの船はどうなった!? っつ……!」
「落ち着け、アッシュ。あの船は、墜落しつつある。レディ・エアの作戦は成功した。そして、レイヴンの声明に立ち上がった同志たちによって、アーキバスは降伏した。我々が、勝ったんだ」
どうやら、彼女は無事に作戦を遂行したらしい。ならば、伏兵だったあの一機と戦わずに済んだのか。あるいは、撃破したのか。補修痕がある窓を見る。確かに、遠い空に光る物が見える。本当に、自分たちルビコニアンが勝利したのだと、実感を得ることができた。
「そうだ、アーシル。戦友は……」
「戦友……? レイヴンのことか? あの子は……」
こちらを見ていたアーシルが顔を背けた。彼は、嘘を言うことは出来ない。そんな彼が、そのような反応をするということは――
「まさか、戻ってきていないのか!?」
「……ああ」
「――!」
「アッシュ!? 待て、アッシュ!」
簡素なベッドで寝ている場合ではない。壁を頼りに、通路を歩いていく。彼女が戻ってきていないなど、冗談ではない。もし、まだあの船に取り残されているのであれば、救出に向かわねばならない。痛みに苦しんでいる暇なぞ……
「アッシュ! 重傷だったんだぞ!? 目が覚めたのが、奇跡なんだ!」
「だから、どうした! このルビコンの、真の解放者が戻ってきていないなど――!」
「――この、バカ!」
包帯に覆われていない肩を掴まれ、壁に押し付けられる。いつもならば、非力なアーシルなぞ振り解けると言うのに、力が、入ってこない。
「見ろ……! 戦闘訓練でいつも最下位の成績だった私に、今の君は、組み伏せられているんだぞ……!」
「アーシル……!」
今、こんなことをしている場合ではない。だが、アーシルすら振り解けないほど、怪我で弱っている身体で何が出来るのか。嫌でも、冷静になっていく自分がいる。
「話を聞いてくれ、アッシュ。一人で、何が出来ると思っているんだ」
「何を、聞けと言うんだ……」
「――誰も、レイヴンの捜索を行っていないとは言っていないだろう?」
「――なに?」
周囲を確認したアーシルが、こちらにだけ聞こえるように言った言葉。思わず、耳を疑った。
「我々も――。いや、フラットウェル先生が主導になって捜索隊が活動している。シュナイダー社のアルドリック氏が万が一にと準備を進めていたんだ。私もこれから、捜索隊のヘリの操縦を行うところだ。もし、君が目覚めていれば、着いていくと聞かないだろうと思ってな」
アーシルが拘束を解いていく。見下ろした表情は、困ったような笑み。最初から、勧誘しに来たと言うのだろうか。
「……すまない」
「動力ブロック破壊作戦の通信、丸聞こえだったぞ。まさか、君があそこまであの子に肩入れするとは思いもしなかったが……」
「――案内してくれ」
「わかった」
しょうがないと言わんがばかりに微笑むアーシルの肩を借りて、ガレージへと向かう。そこには、輸送ヘリが一機。そして――
「スティール、ヘイズ……!?」
「まさか、ラスティ……!?」
「おー、まさか本当に目が覚めるとは……」
ガレージには、未踏領域で半壊したスティールヘイズの姿があった。修理こそはされているが、パーツ換装が間に合っていないのか、右腕は失ったまま。輸送ヘリ付近には、これから出立しようと最終確認をしていたベルタやアルドリックの姿があった。
「アーシル、なぜ重傷者を連れて来たのです!?」
「顔を見ようと立ち寄っただけだったんだが、今すぐにでも飛び出しそうな勢いだったものでね……」
「どうどう、ベルタくん。動かせるACが増えるだけでも、捜索範囲は広がる。パイロット生命維持装置を稼働させながらなら、通常モードでの飛行も出来る。そうだろ?」
行くんだろ? と言わんがばかりの表情をしたアルドリック。重症患者は寝ていろと、心配の怒りを露わにしたベルタ。そして、変わらず困ったような笑みを浮かべているアーシル。可能であるならば――
「――私も、捜索隊に参加させてくれ。彼女を、一人に出来ない」
「……はあ、全く」
「そう言ってえ。ラスティくんが起きるまで、この一機は待ってくれって言ってたのはベルタくんじゃ――」
「アルドリック氏、すぐに搬入準備を行おう」
このまま、鉄の女の雷が落ちる前に、準備を進めてしまおうと。アーシルがなんとか流れの舵を取ってくれた。
*
「くっ、うぅ……!」
『レイヴン、しっかり……!』
ザイレムから離脱したものの、大気圏に突入しているという非常事態。コクピットの中は、計器のあらゆるアラートがうるさく鳴り響いている。
〈警告。現在の損傷率による大気圏突入成功率、三〇%未満〉
「そんなの、分かってる……!」
例えカサブランカが無傷であったとしても、大気圏突入に耐えられるかどうかは一か八かだ。密航した際は、補給シェルパの外装が大気の摩擦熱から護ってくれていた。今は、大気圏突入に耐える装備はない。そんな準備をする余裕が無かったと言った方が正しい。
『レイヴン、ザイレムの船体の残骸にも――。いえ、これは……』
「同じこと、考えてる……?」
『――恐らく』
遥か前方に墜落しつつあるザイレム。崩れ行く軽い残骸がこちらに向かって飛ぶこともあるが、大きい残骸は同じ速度で落ちている。どうにか、残骸に隠れて摩擦の消耗を抑えることが出来れば、あるいは――
「武装全パージ、姿勢制御にエネルギーを回して!」
〈了解。全武装をパージします〉
手に持っていたアサルトライフルとリニアライフルを手放す。右肩に収まっていたレーザードローンのポッドが外れる。そして、ウェポンハンガーごと左肩に収めていたレーザースライサーも遥か後方に飛んでいった。武装を操作するために繋げていたエネルギーの全てを、機体制御に宛がう。レーダーは使い物にならない。モニター越しの視界で、どうにか機体を隠せそうな残骸を探す。
『レイヴン、あちらにカサブランカの全長を隠せる残骸があります。少し距離がありますが……』
「……大丈夫、やってみる」
エアが示してくれたマーカーを見る。その合間にも、いくつかの残骸が点在している。残骸を避けながら、ブースト移動で機体を動かしていく。
(でも……)
残骸に取り付いて、負荷の軽減に成功したとする。だが、依然と危機的状況に変わりない。普段のカサブランカならば、大気圏の突入さえ果たせれば、ブーストで調整すれば落下の制御が出来る。だが、続いた連戦に、先程の戦いのダメージがある。そんな状態で、無事に着陸出来るとは思えない。下手をすれば、耐えきれなかったカサブランカが爆散する可能性もある。脱出機構が働いたところで、高さによっては助からない可能性も出てくる。
どうにか、エアが示した座標に辿り着くことが出来た。大きな残骸を盾にするように姿勢を調整すれば、少しだけ熱とアラートがマシになっていく。
「――ふう……」
『これで、大気圏を耐え凌ぐことは出来るはずです。ですが……』
「地上まで、耐えられるかどうか。だね」
やはり、エアも今のカサブランカの耐久度を危惧している。大気圏突入の問題は、多少は解決された。次は、どこに着陸するかだ。速度の減衰がままならないこの状況でグリッドに落下すれば、間違いなく機体がバラバラになる。減衰を試みるにしても、機体にかかる負荷でカサブランカが先に限界を迎える。八方手づまりだ。
『再手術をして……、普通の人生を……』
「っ……、ウォルター……」
あれが、彼が抱いていた願いだと言うのならば、叶えたい。諦めていたあの肉体に、まだ、可能性がると言うのならば。そうしたいのに、生きて戻る事が絶望的なこの状況では……
『……レイヴン。熱圏を越えて、中層圏に入ります』
絶望的なエアの声。赤く染まっていた視界が、徐々に青が広がっていく。このまま、落下速度の軽減が出来なければ、カーゴランチャーとは比べられない惨事となる。だが、今のカサブランカの状態では満足な減速が出来ない。
『……? ま、待ってください! これは、通信です! 一方的に、呼びかけているようですが……』
「え……?」
エアが通信を繋げようと展開されたウィンドウを操作し始める。が、通信が弱いのか、様々な残骸の影響で阻害されているのか。上手く繋がらないようだった。
「通信って……」
『――、捕まえた! レイヴン、繋げます!』
どうにか通信を掴んだのだろうか。開かれた回線から、酷いノイズ音が入って来る。耳が痛くなるのを耐えながら、どうにか聞き取ろうとする。
「ノイズが、酷い……」
コクピット内に鳴り響くアラート、振動する機体の音も混ざって、ノイズの中から聞き取るのが難しい。
〈……、……。……、……。――〉
微かに聞こえた声。聞き間違えるはずがない声だった。
「――エア! この通信の方角、わかる!?」
『はい。ですが、ここから更に移動する必要があります』
示された方向は、この残骸から離れた位置。この安置から、大きく外れた先にある。残骸は、外側に向かえば向かう程小さな物しかない。カサブランカが、あそこまで保ってくれるかどうかも分からない。それでも、ここで地面に激突するのを待つよりは、マシだ。
「お願い、エア。ルートを割り出して」
『ですが……』
「――信じて」
『っ……! 分かりました、ルートを割り出します』
エアが示してくれた方角を見据える。そして、モニターにルートが示される。残骸から残骸に飛び移る、少々危険なコースだが、それが確実だと言うのならば、従うだけだ。
『レイヴン、一か八かです。それでも、行きますか?』
「――行く」
『分かりました。私も、あなたを信じています。レイヴン』
深く息を整える。COMに、示された座標とルートを打ち込んでいく。エアが示してくれた道を、カサブランカと共に駆け抜ける。こちらの腕と、運と、カサブランカが耐えてくれるか。正に、一か八かだ。
〈ルート入力完了。セミオートによる、制御サポートを行います〉
『レイヴン、今です!』
大きな残骸から飛び出していく。揺れる機体を制御しながら、通過地点の残骸に着地する。そして、次の残骸に向かって、更に移動していく。
〈――。こち……、……。……るか、……。繰り……す。こち……、ラスティ〉
『この通信は、ラスティが……!?』
徐々に、通信も安定してくる。やはり、聞き間違いではなかった。
ラスティは、生きていた。それも、こちらに呼びかけている。その声に、返事をしたい。だが、今のカサブランカの状況では、安定した距離になるまで通信も出来そうにない。
『目標まで、半分です!』
「わかった……。っ!」
突如として飛来した残骸を回避する。崩れた姿勢をなんとか、オートパイロットモードの補正と共に整えていく。
「エア!」
『ルートを再計算。問題ありません、進んでください』
再度示されたルートを見る。近くの残骸にしがみつき、次の地点を確認する。一呼吸を整えて、次の地点へと向かう。
〈こち……、ラスティ。聞こえ……か、戦友。繰り返す――〉
『レイヴン、この距離ならばカサブランカも通信が可能です』
「っ……、繋げて!」
『はい!』
残骸から残骸への飛び移りも、もう少しで突破する。カサブランカは、まだ保ってくれるようだった。
『繋がります、レイヴン!』
「ラスティ……! 聞こえる……!」
〈っ……! エイヴェリーか!? 待っていてくれ、そちらに向かう!〉
『エア、座標を送って!』
『はい! この通信元に、座標を送ります!』
これは、同時にこちらが目指す場所の正確な位置が分かることにも繋がる。大まかな指標だった座標が、的確なものへと変わる。
『レイヴン、あちらに解放戦線のものとおぼしき輸送ヘリがあります。あそこからです』
『じゃあ、そこに目指して――』
最後の残骸に向かって飛び出そうとした、その時だった。
〈警告、当ACの活動可能限界を越えました。これより、ベイルアウトプロセスに移行します〉
『待ってください! まだベイルアウトは危険です!』
「カサブランカ……!」
とうとう、愛機が限界を迎えた。降り注ぐ残骸からは離れてはいるが、まだ近くに飛んでいる。その上、地上まで距離がある。いくら、解放戦線の輸送ヘリが待機しているとしても、この高度からの落下速度の軽減が上手くいく保証がない。ザイレムから離れたとしても、いつ残骸が飛んでくるかわかったものではない。残骸に当たるようなことがあれば、助からない可能性がある。
「……あ」
ベイルアウトプロセスを行う中、レーダーが反応を検知する。その反応は、流星のような速さでこちらに向かってきている。
『エア、こっちに向かってきているのって』
『はい、これは――』
〈ベイルアウトに伴い、遭難信号の発信及び外部との通信機能のみに制限致します〉
「待って……!」
コクピットが暗転する。非常用電源に切り替わったせいで、外を確認することが出来なくなってしまった。これには、レーダーも含まれている。
『レイヴン……。私から出来ることは、もう……』
〈ベイルアウト開始。強化人間、C4-621。――グッドラック〉
COMの言葉と共に、これまでと違う振動が発生する。カサブランカからコアブロックが射出されたのだろう。
『コアブロックのベイルアウトを確認。カサブランカが、落ちていきます……』
『エア……』
傍らにいるエアの手を握るように触れる。もう、こちらが出来ることはほとんどやり切った。あとは、信じることだけだった。
『――信じましょう。それが今、私たちが出来ることです』
「うん……。信じてる。来てくれるって……」
鋼鉄の棺桶の中、二人の少女は互いに身を寄せ合った。
*
スティールヘイズのコクピットの中、神経接続された生命維持装置を始めとした治療ユニットで意識を保ちながら、広域通信で繰り返し呼びかけてしばらく。ようやくあの少女と通信が繋がる事が出来た。その報告をする前に、ベルタから座標が送られてくる。
〈こちらベルタ。レディ・エアから座標が送られてきました。現在、ザイレムの残骸からの離脱を試みているようです〉
「ベルタ、スティールヘイズを出す! ハッチを開けてくれ!」
〈待て、アッシュ! 高度限界が厳しいが、近くまで寄せてみる!〉
戦闘こそは出来ないが、スティールヘイズはまだ、飛ぶことが出来る。なら、迎えに行くことくらいは出来るはずだ。
「十分だ。すぐに出してくれ」
〈ですが……!〉
「まだ、コイツは飛べるさ」
〈――了解、ハッチ開きます〉
溜息と共に輸送ヘリのハッチが開き、出撃シークエンスが開始する。妙にゆったりとした動きがもどかしい。ハンガーから降下され、ベルタが探知した遥か上空の地点へと向かってアサルトブーストを噴かせていく。
〈っ……、待ってください! ACカサブランカの反応が……!〉
「何があった!?」
〈遭難信号……。まさか、ベイルアウト……!? 遭難信号の座標、送ります!〉
彼女が、脱出のタイミングを見誤ったのか。違う、強制的にベイルアウトが稼働する状況だった可能性も……
(どこだ、どこにいる……!?)
座標に向かって、隻腕のスティールヘイズが飛んでいく。状況は、刻一刻と変わっていく。この高度のベイルアウトはリスクがある。それに、こうして飛んでいる間にも、ザイレムの破片が降り注いでいる。これが無防備なコアブロックに着弾すれば、中にいる人間はたまったものではない。
「あれは……」
すれ違うように、ザイレムの残骸と共に頭部から落ちていく白の機体。開いたコア部分が、最後の務めを果たしたのだろう。少しずつ、信号の位置が正確になっていく。
「――エイヴェリー、聞こえるか! 返事をしてくれ!」
ベイルアウトしたコアブロックは生存に関する機能以外は、鋼鉄で作られた小さなシェルターのようなもの。外部の情報を知る方法はない。だが、遭難信号の発信と外部との通信は可能のはずだ。なら、呼びかけるしかない。通信できる距離も、目安となる。
「エイヴェリー、どこにいる! エイヴェリー!」
モニター越しに、視界でも探していく。遭難信号の反応は、近くなってきている。だが、まだ視認できない。
〈……、……〉
スティールヘイズが通信を拾ってくれた。その方角は座標のものと同じ。コアブロックの最低限の通信距離まで近付けた。
〈……。ここ……、ラスティ……!〉
「っ……!」
アサルトブーストの速度を上げていく。左上半身から痛みが、滑り気のある感覚がする。関係ない。瓦礫が降り注ぐ空の中、辛うじて見えた形成物。そこに向かって真っすぐに飛んでいく。
〈――、ラスティ!〉
「今行くぞ、エイヴェリー!」
左腕を伸ばす。ようやく見えたコアブロック。どうにか、落下するコアブロックと速度を合わせていく。速度を、力加減を間違えれば中にいる少女が無事では済まない。繊細な操作を要求される。
(慌てるな、慌てるなよラスティ……!)
コアブロックを、スティールヘイズの手の平に収まるように調整する。少しずつ、スティールヘイズの指の関節を折り曲げていく。細く鋭い指は、どうにかコアブロックを固定する。そのまま、潰さないように懐へと肘を折り曲げる。
〈ラスティ……! 信じてた……〉
「お褒めに預かり、光栄だ……! ここから、出るぞ……!」
コアブロックの回収は出来た。後は、降り注ぐ残骸地帯から脱するだけだ。スティールヘイズのコアでコアブロックを庇うように、残骸地帯から外へと向かって飛んでいく。
(持ってくれよ、スティールヘイズ……!)
落ちる残骸を、ブースト移動で避けていく。迷わないようにと、ベルタが信号を出してくれている。生命維持装置による警告が聞こえてくるが、なんとか意識を保っていく。
〈聞こえますか! ラスティ、レイヴンちゃん!〉
〈聞こえる……、聞こえる……!〉
突破まで、あと少し。遠目に、輸送ヘリの姿が見える。アーシルも、随分と無茶な操縦をするものだ。
(もう、少しだ……!)
最後の残骸を避け、落下地点から突破する。輸送ヘリが、案内するようにサーチライトを点灯している。
〈――もう、もう安全です! 二人とも、お帰りなさい……!〉
輸送ヘリから収容の誘導ビーコンが発せられる。もう、残骸が落ちて来ることはない。あの危険地帯を、無事に突破したようだった。
*
〈――もう、もう安全です! 二人とも、お帰りなさい……!〉
「帰って、これた……?」
まだ、その状況は分からない。だが、ラスティの声が聞こえて、なるべく抑えたかのような衝動と共にコアブロックが揺れなくなった。それから、再びコアブロックが揺れることになったが、ただ無軌道に飛んでいる感覚ではなかった。そして、ベルタからの通信に思わず言葉が零れてしまった。
〈――ああ。戻ってこれたんだ、戦友〉
『はい、レイヴン。ここは、先程確認した輸送ヘリの中です……!』
「……!」
彼が、エアもそう語るのならば違いない。無事に、戻ってこれたのだ。馴染みのある振動。輸送ヘリのハンガーに、スティールヘイズが収容されているのだろう。覚えのある感覚に、ようやく安堵する。
『レイヴン、あなたは……。人とコーラルがともに生きる未来を、その可能性を守ってくれた……』
『エア……』
これが、選択の結果だった。友人の願いを見捨てたくない。その選択が、この未来を引き寄せたのだ。
『ウォルターが恐れた“破綻”……。それを回避する方法も、きっと見つかる』
だが、それは先人たちが危惧していた問題の先送りに過ぎない。それでも、彼らが選べなかった選択を探す猶予となるはずだ。
『レイヴン、あなたと私ならば、きっと……』
『……うん』
コクピットが開き、差し込んでくる光に思わず手を掲げる。視界が慣れた先にあったのは、この選択を選び、勝ち取った光景だった。