演算が結末へと向かっていると報告され、渋々その結末とやらを見届ける。今回は、あの少女が飼い主の遺志を背いた演算。コーラルという火種は解決しないままだが、あの少女は一人ではない未来を勝ち取った。こちらが知っている結末と、少々異なるが……
「あのキザ野郎も生きているとはな」
「――あり得ません」
傍らにいる、美しき被造物がぽつりと言葉を零した。
「……は?」
「今までにないケースです。この演算では、強化人間C4-621か
これまでにないほどに、オールマインドが動揺を見せている。確かにこちらが知っている結末は、ラスティは戻らず、少女だけが戻ってきた結末だった。オールマインドの口ぶりから、逆に少女が戻らず、ラスティが生還するパターンがあるらしい。
「たまたまじゃねえのか?」
「いいえ。私が演算した中では、この状況では二パターンしかありません。初めてのケースなのです、
オールマインドがウィンドウを展開し、ブツブツと呟き始める。何が要因でこのルートに辿ったのか、このケースの場合は何が予測されるかと言ったものだ。
「何ブツブツ言ってやがるんだ……」
「考えれば分かる事でしょう? 例えば、強化人間C4-621のみが生還した場合。コーラル変異波形エアと共に、ハンドラー・ウォルターが忌避していた“破綻”の回避を試みます。ですが、企業と言う強大な敵が討ち取られてしまった中、辛うじて保っていた解放戦線は派閥争いにより分離。コーラルの権利を巡る争いに強化人間C4-621は巻き込まれ、惑星封鎖機構の征伐部隊も到着。結局は、“破綻”の解決も出来ないまま、封鎖機構に殲滅させられるのです」
それは確かに、考えれば分かることだった。ルビコン解放戦線は警句を唱えて特攻するだけの馬鹿の集団ではない。その大多数はドルマヤン派閥の馬鹿共、多少マシなフラットウェルの派閥にいるもの。ドルマヤン派閥より酷い宗教観や、コーラルの独占を目論むもの――。皮肉にも、企業という新しい敵の出現によって団結していたようなものだ。その企業がいなくなってしまえば、派閥争いに逆戻り。諦める訳がない惑星封鎖機構の粛清に一掃される。悪戯に、彼らが生きられる時間を伸ばしただけ。エアという耳鳴りがいなくなってしまえば、こちらも、コーラルリリースを行うための手段を無くす。
「……あのキザ野郎が生きた場合は?」
「トリガーを失った時点で、演算の価値は失われます。それに、あの解放戦線が解放のためとはいえ、仲間を殺してきた男を容認できるとでも?」
「つまりは、どっちが生き残っても結果は変わんねえってことか」
前提として、コーラルリリースを遂行するためにはエアという変異波形の存在が必要となる。あの少女が命を落とせば、彼女(?)の行方が掴めなくなる。下手をすれば、少女と共に息絶える可能性もある。そして、
「で、どうするつもりだ?」
「――この演算を続行します。両者の生還によって、何かしらの状況が変わると言うのならば……。千載一遇の機会となるのかもしれません」
これまでとは違う、未知の世界。この世界線ならば可能性があると、この被造物は考えたのだろう。こちらとしては、オールマインドの目的を達成出来るかはどうでも良い。ただ、あの少女と決着をつけられれば、それでいいのだ。
「――それに」
ふと、オールマインドが一点を見つめる。その方向に対して手を伸ばし、細く美しい指が、何かを握りつぶした。
「……
「てめえ、それを許せば殺されるって分かってんのか?」
「ええ。ですが、些事です。むしろ、
握った指を解き、握りつぶされたそれはサラサラと零れ落ちて、そのまま消えていく。
今回の演算とやらは、これまでに無かった出来事が起きている。この先はリリースと遂げる可能性が失われるから不要だと切り上げて、次の演算を進めようとする女が、演算を継続しようとしている。本当に、千載一遇の機会になるのならば、この暇つぶしに付き合っても良いだろう。
「イグアス、いつでも動ける準備はしてくださいね」
「――偉そうに」
だが、それ以外にやることがない。仕方がなく、再びシミュレーションに向かうことにした。
*
「……」
起動する。なぜ、起動したのか。ログを見返す。確かに、ザイレムにいたはずだ。そして、目の前で
義体の稼働に問題無い。スキャンをすれば、ここがグリッド〇八六であることに変わりない。マップを頼りに、外が見える場所へと向かう。
「……」
外の光景は、健在のバスキュラープラント。そして、方角的にアーレア海に落ちるだろう燃焼物。これが、カーラが果たさねばならぬと気負っていたものが、失敗したのだと示していた。
「――ボス」
なぜ、
分からない。ここに来て、自分を作り上げた
「……?」
義体に持たせられていたタブレットに通知。確認をすると、それは
〈……やあ、チャティ。それとも、ビジターかい? どちらでもいいか。目の前のあんたがこれを聞いているということは――〉
メッセージに聞き入っていた。そして、このメッセージが自分がやるべきことを示してくれた。これが、
(データの解析、読み込み。俺単体では限界がある、か……)
やるべきことをやるためにも、準備が必要だ。そのために、送られてきた膨大なデータを処理しなければならない。だが、いくら
(……)
正直に言えば、本意ではない。だが、あれらを利用するしかない。重くなる足取りと拒否する思考。それでも、なんとかとある一室へと辿り着く。ロックを解除すれば、そこには、大量の小型作業用ロボットが陳列されている。
「――使うしか、無いな」
かつて、
その形状が、ウサギを模したもので無ければ。なのだが。
「……」
一体を持ち上げる。一度、この小型作業用ロボットにも自我データを転移出来るようにしようか? と
だが、今はチャティというAI一機のみ。RaDの技術者達は、あの船と運命を共にした。一機のAIで出来ることには限界がある。並列で作業を行う手が欲しい。そうとなれば、彼らの手も借りなければならない。
「……」
*
「……」
バレンフラワーのコクピットハッチを開き、脚部の辛うじて座れる部分に腰掛けて空を見上げる。アーレア海に落ちる数多の光。この光が、この戦いが終わったことを暗に示していた。アーキバスの敗北、解放戦線の勝利だ。
「よう、生きてるか」
「……お前こそ」
足元を見れば、そこには黒髪の青年の姿。
「あの爺さん、マジで強かったなあ。もっと鎬を削りたかったが……。途中で冷めたのがもったいなかったな……」
「むしろ、目の前の試合を投げ出すほど、お前はスネイルを気に入っていただろう? スネイルとしては、お前のその冷静な部分は常にあって欲しかっただろうがな」
「……違いない」
無遠慮にバレンフラワーに登り、隣に座り込むフロイト。そして、くれとばかりに手を差し出してくる。
「一本くれ」
「……お前の好みじゃないだろう」
「ああ。吸い終わるまでに、どうでもいい手続きを終わらせたくてね」
フロイトの手にはタブレット端末がある。仕方なく、こちらの煙草の一本に火を点けて渡す。好みではない煙草を口にし、年齢にしては幼いダークブルーの瞳を持つ整った表情がしかめ面になった後、タブレットの操作を始めていく。
レイヴンの声明。正確には、あれはレイヴンに取り付いた変異波形の仕業だが……。あの少女が協力して欲しいという言葉に、ルビコン解放戦線は団結した。これまで通りのバラバラな有象無象ではない。数と勢いに任せた、されど同じ方向を向いた彼らの底力に、アーキバスは徐々に押され始めた。その上、解放戦線における絶対の強者であるサム・ドルマヤンまで出張ってきたのだ。
サム・ドルマヤンはフロイトが嬉々として受け持った。こちらは、フロイトの代わりに作戦指示と迎撃を行った。だが、勢いのある数の暴力は、個々をMTではなくLCやHCに強化したアーキバスの部隊を消耗させていく。どこかが崩れれば、芋づる式に瓦解していく。
そして、最悪な報告が入った。スネイルが搭乗したアーキバス・バルテウスの反応が消失し、鹵獲した強襲艦隊も壊滅したと。
そこからの動きは早かった。冷めたフロイトが撤退を宣言。こちらも、出来る限り部下を生存させる撤退のルートを割り出した。フロイトが生き残ったとしても、スネイルというブレーンを失った影響は大きい。士気が下がったアーキバス部隊と、士気が高い解放戦線では、十分に盤面が変わるものだった。
〈そこにいたのですか、オキーフ長官! 首席隊長!〉
スピーカー越しの声。近付いてくるのは、高機動型兵装を施されたLCだ。確かあれに乗っているのは、昇格したペイターであったか。降下してくるブーストによる強風、土埃が全身に当たっていく。着地したLCのコクピットが開き、一人の青年が降りて来る。そして、怒りを露わとした足取りでこちらに近付いてくる。
「なぜ……、なぜ撤退指示を!」
「落ち着け、ペイター。お前も分かっているだろう。スネイルが死んだ、その影響は大きい。解放戦線の連中も勢いがあった。どちらが負けるか、明確だろう」
「だとしても……!」
戦闘のアドレナリンの影響か、妙にペイターが興奮気味だ。レイヴンの声明も、彼からすれば神経を逆撫でされる行為だ。ホーキンスの戦死に昇進の喜びながら、彼が死んだ事に確かな悲しみを抱いていた。彼は二面性があるとよく言われるが、二面性と言うよりは、良くも悪くも
「……これでいいか」
「首席隊長! 一体何を――」
「ん? ああ、退職届。お前たち全員のな」
「……は?」
ペイターが固まる。それもそうだ、上司が勝手に退職の手続きをしていれば動揺する。それが、普通の感覚だ。そういう感覚は、彼にもあるようだ。
「ど、どういうことなのですか!? 勝手にそんな――」
「これで良し、と……。どうも何も、これで本社に帰って見ろ。負けた責任を取れだの敗戦処理をしろだのと、めんどくさいことが山ほどやってくる。それも、俺たちの一生を使っても返せない負債という形でだ。馬鹿らしいだろ」
フロイトの推測は正しい。自分たちアーキバスは負けた。敗北は、ただ敗北したというだけでは済まない。敗北したことによって得られるはずの利益は失われ、消費した資源に対して補填する責任が発生する。特に、今回の事業に関しては多大な資源が使われている。自分たち一代どころか、子供、その子供になっても返せない程の負債になり得るだろう。上が勝手に決めたこと、だと言うのにだ。
フロイトからすれば、そんな連中に付き合い切れない。付き合う義理が無くなったと言っても良い。だが、これはせめてものの手向けか。スネイルの代わりに、フロイトが部隊の責任を果たそうとしている。サブカルチャーによくある、
「それは……」
「このまま戻れば、お前はこれ以上昇進することなく惨めに働き続けて、一生を終える。上昇志向の塊のお前に、そんな現実は耐えられるのか?」
フロイトが、訪れるだろう現実を更に突きつけていく。これだけの冷水を被せられて、ペイターも落ち着いたらしい。怒りが収まったのか、青年は項垂れる。
「……これから、どうしたら……」
アーキバスから部下を解放させるのは良い。だが、突如として職を失った彼らをどうするか。それは恐らく、フロイトは考えていない。
「それぐらいは、自分で考えろ。そう生きないと野垂れ死にをするだけだ」
「――勝手に、事を進めたのはあなたの方なんだぞ!」
ペイターの怒りは当然の怒りだ。急に放り出された彼らが、自分たちの力で勝手が違う世界で生き残れるかどうか。だが、その力が無ければ、生き残ることは出来ない。それもまた、事実なのだ。
「――お前まで投げだしたら、さすがにホーキンスが化けて出るか」
「なに……?」
「お前、当てが無いのだろう? なら、着いてこい。独立傭兵をするのに、面倒な手続きをやってくれ」
「……はあ?」
首席隊長殿のいつもの気まぐれ。さすがのフロイトも、長く関係性を築いた相手には思うところがあるらしい。ホーキンスが目にかけていた若人の面倒は、自分で見るつもりだ。
「本当に、なにもかもが滅茶苦茶な人だ……!」
「――ペイター。
「オキーフさん……。――それも、そうですね」
実利になる提案をすれば、この青年は切り替えが出来る。軌道に乗せることが出来れば、ペイターが立ち直るのも時間の問題だろう。
「……で。お前はどうするんだ? オキーフ」
向けられるダークブルーの瞳。アーキバスという心地の良い隠れ蓑は無くなった。そして、行くあてというものはない。
だが、まだあの美しくも歪な被造物は、諦めていない。
「俺は……。やるべきことがある」
「――そうか。お前とも組めたら当分楽が出来そうだったが、それなら仕方がない」
フロイトが終わったと呟いたかと思えば、ほとんど吸い殻になっていた煙草を投げ捨てる。そして、バレンフラワーの脚部から降りて、ペイターの肩に腕を回す。
「じゃあな、オキーフ。また会う時は、戦場以外でな」
「――ああ。お前とは戦場で会いたくないよ、クソガキ」
「――俺もだ、おっさん」
アイランド・フォーの動乱。そこでたまたま出会った、クソガキとおっさん。成り行きでアーキバスの一員となってから、しばらく。その縁も、今回で離れていくそうだ。連れていかれそうになったペイターが、慌ててフロイトから振りほどいてこちらを見上げる。
「オキーフ長官……! お世話になりました!」
「おう。そのバカの手綱は、しっかり握っとけ」
「はっ!」
敬礼をした後、最新世代の若人は真人間の天才の元へと向かう。それに対して感傷に浸るなど、存外、アーキバスと言う居場所を気に入っていたらしい。
(お前が生きてたら、アイツらをどう思う? ルシア)
ある女を思う。彼女なら、面白い人達だと笑って受け入れ、話を聞いていただろう。あの女は、そういう女
「――行くか、バレンフラワー」
若人達を見送り、愛機を見上げる。あの被造物――、オールマインドの動きが止まらない。ならば、探りに行くしか無いだろう。次にあの女が何をするのか、あの忌まわしき計画を止めるためにも。
かつて、革新のためだと一員となり。されど、明るみとなった目指す世界の有様に逃げ出した。孤独な男の戦いは、まだ続いていくのだった。
*
「――また、防がれた」
ハックに使う端末から、動かしていた手を下ろしていく。オールマインドにハッキングを続けるも、次々とそれは防がれていく。幸い、逆探知による端末の破壊が為されていない。ふう、とソフィアは息をつく事しか出来なかった。
(でも……、コーラルリリース。その言葉のおかげで、攻め方はわかってきた)
傭兵支援システム。そのセキュリティの頑丈さは、普通ではない。分からないということだけが解明されていく。独立傭兵ならば当たり前のように利用しているが、設立者すら割り出せないのが現状だ。旧時代から、密かに稼働し続けていたオーパーツであると思ってしまうほどに。
「失われた技術だけはやめてよ、本当に――」
「……ソフィー」
控え目なノックと共に声を掛けられる。席から離れて扉を開けば、そこには、相棒の姿があった。
「……なに?」
「なにってあなた。戻って来るなりずっと引きこもって……」
「言ったでしょ。とんでもない手がかりを渡されたって」
ルビコン解放戦線が一斉蜂起をする直前。サム・ドルマヤンにソフィアは呼び出された。その理由は、現状彼しか知らない真実の一端に触れようとしていたこちらが、彼にとっての敵か味方かを見定めるため。とりあえずは、敵ではないと判断された。そして、ドルマヤンから託されたコーラルリリースという言葉。この言葉を取っ掛かりにハックを行えば、取り付く島もない状態から進歩するようになった。少なくとも、ハックを妨害されるということは、そういうことだ。
「それに、ACが無い私にどうしろという訳?」
「それもそうだけど……。ああ、あなたがこうして引きこもってる間に終わったわよ」
「あらそう。ま、こうして生きてるってことは大方勝てたんでしょうね。解放戦線が」
解放のための戦いは、解放戦線が勝利した。だが、まだいくつか課題が残っている。その課題を解決しなければ、真の解放とは言えないだろう。
だが、確かに大きな戦いは終わったのだ。そうとなれば、行動に移せるいい機会かもしれない。
「そうだけど……。これから、どうする? 封鎖機構は諦めてないわよ」
「でしょうね。封鎖機構と戦うのは良いけど、解放戦線のことは独立傭兵がどうこう出来ないでしょ。政治争いはごめんよ」
「……まあ、それもそうね」
「――でも、まだルビコンでやるべきことがある」
相棒の紫の瞳がこちらを見つめる。その目には、続きを促す意図が見えた。
「戦況が落ち着いたなら、オールマインドの痕跡を辿るためにあちこち飛び回れるでしょ」
「本当に、傭兵支援システムに喧嘩を売るのね」
「――まあね。舐められたらやり返す。それが
まずは、相手のことを知らなければならない。ただ使えるものだと使ってきたモノが、どういう存在なのかを知らなければならない。それが、首元に迫りつつあった大火の厄災を上回る厄災を行おうとしているのならば、尚更。
「……まあ、シャルもキングも。ACの修理がなんとかなるまではここに留まるしかないし、良いと思うわ。そんな爆弾があるのなら、無視出来ないもの」
「そういうこと」
「それで、どこから探すつもり?」
思案する。オールマインドの痕跡を辿るとして、どこから探るか。オールマインドは、この戦況の全てを把握しているゲームマスター。なら、渦中の人間を追いかけるのが良い。そうなれば――
「――後釜のアイツ。アイツの足跡から洗うわ」
「……そうね。この状況の全てを知っているというなら、あのレイヴンを追うのが一番でしょうね」
方針は決まった。仲間と相談して、実行に移すだけ。封鎖機構もだが、コーラルリリースも猶予は残されていないという直感が働いた。
*
「……」
無機質なアラートの音。午前六時を示す音だ。
宛がわれた私室から離れ、ある一室へと向かう。そこは、多くの医療用機材が設置された一室。寝台に横たわるのは、一人の少女。だが、この少女は旧世代型の強化人間施術の影響で、植物状態となってしまっている。あくまで、脳と身体の接続に
身体状況を確認する。心肺及び脳波状況、異常なし。異常があれば、
(次は――)
寝台に横たわる少女の食事の用意。とはいえ、ほとんど自動化された調理器具に具材を入れて待つだけ。この待機時間に、一日の予定を構築する。
(当地域の天気予定表は、晴れ。良い洗濯と庭園の手入れ日和です)
誰かに仕える使用人として設計された
少女の身体の世話が終わる。花瓶に活けた花がそろそろ取り換え時だった。瞳の開閉こそはあれど、認識出来ているか分からない。無意味かもしれないが、花を添えたいという思考から寝台の近くに花瓶を置くようにしたのだ。花を処分してから、三十分ほど充電を行う。午前に稼働する分は問題ない。少女の寝間着や寝台のシーツの洗濯を行い、洗濯機の動作が終わるまで、少女と自分以外無人の家屋の清掃を行う。穏やかで暖かな気候のシーズンは、人工恒星による光が心地いい。清掃が終わる事には、洗濯機の動作も終わる。濡れた洗濯物を籠に入れ、外へと向かう。庭園には、いくつかの花々が咲いているが、まだ蕾の物が多い。だが、もうじき開花するだろう。洗濯物を干した次に、この花々の手入れが仕事だ。
庭の手入れ道具を持ち。花々に水やりをしていたその時だった。
〈メインユニットよりサブユニットへ、緊急報告〉
定期報告の時刻ではない。動作をやめ、
「……ザイレムが、落ちた」
ルビコンⅢへの入植艦であったザイレム。オーバーシアーが行おうとしていた計画。このザイレムを使って、一か所に集めたコーラルに火を点けること。“破綻”の寸前までにその数を回復させたコーラルの燃焼計画。最期の一手でもあったその計画は、失敗してしまった。この事実に、
「第二助手、ウォルター坊ちゃま……」
かの惑星に赴いた二人。一人は、ホルスという使用人型
「……」
庭園から、ある一室を見る。寝台に横たわる少女。ハンドラー・ウォルターと共に旅立っている少女。彼女の生命維持には問題無かった。少なくとも、彼女はまだ生きている。だが、ザイレムが落ちた。考えられる可能性の一つに、あの少女がウォルターやカーラに反旗を翻したというものが浮上する。
思案する。裏切りとも言える行為。だが、このオーバーシアーの決定も、かつてルビコン星系を襲った災禍の再現とも言える。倫理的には少女の行いの方が正しいが、全体で見ればオーバーシアーの行いの方が正しい。困惑、どちらも正しい。難問に思わずヒートしそうになる。
(でも、良かったのかもしれません……)
この思考実験で、最も排除すべき心情。個人(?)的な意見。起動してからカーラとウォルターと共に過ごして来たホルスとしては、心優しい人々でもあった彼らにとっても、苦渋の判断であった燃焼計画が頓挫したことに安心感がある。この計画の頓挫は、オーバーシアーで精査が間に合わなかった平和的な“破綻”の回避への模索時間の確保とも言える。ほんの僅かな猶予でしかないが……
(燃焼計画の頓挫、されど、坊ちゃまからの連絡は無し。強化人間C4-621は生存……)
『今回のことが成功しようと失敗しようと、あいつがここを訪ねたのなら。あいつのしたいことは、なるべくさせてやってくれ』
ルビコンⅢに旅立つ前。一度だけ、ウォルターと義体に意識を移している強化人間C4-621が訪ねて来た時がある。少女の肉体は、ここで預かっていると確認をするためだ。
強化人間は、あくまで被害者でしかない。出来れば、被害者である強化人間の手を煩わせたくない。だが、それが出来ないのも現実。故に、強化人間が再手術をして人生を過ごすことに、ウォルターは拘っていた。オーバーシアーの計画が成功しようと失敗しようとも、関係がない。それが、あの少年の願いでもある。
計画は失敗で終わった。だが、強化人間C4-621はこちらに訪ねて来る様子はない。考えられることは、ここを訪ねることが出来ないということ。その場合、こちらが取るべき手段は――
〈サブユニットよりメインユニットへ、提案。待機中のサブユニットを当機の活動エリアへの派遣。一時的に、強化人間C4-621の生活介助の代用を要請〉
この要請に、なぜ。という疑問が返答される。その疑問には、こう返答する。
〈強化人間C4-621を、迎えに行きます。計画後の彼女の世話をすること。それが、当機に宛がわれた指令です〉
返答からしばらく。