少女が再手術を受託し、用意をすると離れた直後のことだった。
「……はぁ」
「どうしたのモニカ? あなたが溜息をつくなんて」
落ち込むという感情が縁遠い、栗毛色の同僚が溜息をこぼしたのだ。その原因は、少女が再手術を選んだことなのか、それに伴って会えなくなることなのだろうか。
「いやぁ……。やっぱり聞き耳立てる時にあの子を一緒させたの失敗したなぁって……」
「それはどうして?」
予想外の回答だった。盗み聞きをしたこと自体に対して、罪悪感を抱いて欲しいものではあるが……
「だってベルさん……。……あの子からしたら、気になる人がずっと恩人さんに対して疑ってたというのがわかっちゃったからさ……」
「ああ……」
それが、モニカの罪悪感の理由。少女の心境を慮るものだ。
「——悲しいけど、それはあの子がこれから向き合わないとならないものよ。あの子からすれば、ハンドラー・ウォルターは紛れもない善人で恩人かもしれない。でも、外部から見えている彼は違うということを」
身内と外様で異なる印象。そのギャップはこれから先、あの少女が向き合わなければならないものだ。
「で、でもさすがにラスティ隊長がそう思ってたはキツイかなって……」
「あの二人が、どこまでお互いを探り合ってたかによるけど……。それよりも、これからのあの子が心配ね……。再手術を受けるということは、これまでの捉え方と考え方が出来なくなることだから」
旧世代型強化人間は、脳深部コーラルデバイスの影響で良くも悪くも鈍感か敏感が極端化される。少女は間違いなく前者だろう。鈍感であったが故にそういうものだと受け流してきたものが、正常の感覚に戻ることで受け入れることが出来なくなる可能性がある、そうなれば、彼女が再び戦場に立つことすら出来なくなるだろう。
「それって……」
「モニカ、旧世代型強化人間の心身の障害の原因は何か分かっているわよね」
「脳深部コーラルデバイスですよね。コーラルが脳に直接影響を及ぼすせいだって」
「そう。最新型の強化施術の内容も知っているわよね」
「そりゃ知っていますよ。問題になっているコーラルデバイスを現在の強化人間が扱う無害なデバイスに入れ替えること。それで、しばらくリハビリをすれば影響が落ち着いて——」
そこまで言って、モニカの口が止まる。こちらが危惧していたことに気付いたらしい。
「……最新型への再手術は予後不良が酷いって噂……。本当だったんですか?」
「ひた隠しにしているけれどね。でも、背に腹は代えられないのも事実よ。旧世代型のコーラルの影響は、間違いなく心も身体も蝕む。だから、再手術によって原因を改善する必要がある。でもそれは、コーラルの影響によって異なっていた認識を修正するということ。だから、再手術前で何も感じ取れなかったことを感じ取るようになって、考えるようにも——。身体は健康になっても、心の傷が癒えることはない。社会復帰が出来たオキーフ長官が稀有な例なのよ」
あの少女にも、何かしらの傷が残るようになる。その不安は確かにあった。だが、あのホルスという
それが、ハンドラー・ウォルターの望み。あの少女は、戦いから離れてごく普通の生活を送る事。彼は、この予後不良について計算していたのだろうか。今となっては、分からないことだが……
「——でも、これでレイヴンちゃんが戦えなくなっても……」
「ええ。あの子は十分に戦った。フラットウェルも、あの子の手を借りるということは理想であって視野には入れていない。この惑星の再興は、自分たちの手で成し遂げようと考えているわ」
もし、彼女が戦場に戻って来るというのなら、その時に改めて相談が出来れば良い。そんな、希望的観測だ。こちらとしても、あの少女は戦いとは無縁な場所でその後の人生を歩んで欲しいという気持ちはある。
「——大丈夫、ですよね」
「手術自体は、ほとんど失敗することは無いわ。だから、手術を受けたあの子がどう受け止めて考えるか、よ」
これから旅立つ少女の歩む先のことは、こちらが介入すべきではない。それは、栗毛色の同僚も理解しているようだった。
*
ほとんど誰も立ち寄らない、そのように手配した病院内のある区画。ある一室を中心に定めたのだ。その一室には、顔に火傷のような痕が残る男が一人……
「……フラットウェルか」
「——具合はどうだ」
「身体を動かす分は問題ないさ。ACに乗れるかと言われれば、分からないがな」
かつて、
「——そうか」
「フラットウェル、わざわざ直接来る必要は無いだろう」
「ラスティ……」
「分かっている。
親だったものとしての心配も事実なのだが……。彼が想定している通り、彼をこの
「——話が早くて助かる。身体の状態が問題無いならば、こちらが手配した亡命先がある。ヴェスパーは解体され、シュナイダーもアーキバスから独立した。お前の、シュナイダー所属のラスティという身分は残る。シュナイダーの連中を脚にしても構わん。やつらも、分かっているだろう」
「ああ。そうさせて貰うとしよう」
ラスティ。ルビコンの解放のために、ルビコン住民を虐殺していった男。そのような事情があったにせよ、彼がルビコニアンを屠ってきたのは事実だ。遺された者たちが、彼に対して怒りの鉾を収める者は少ないだろう。圧政者たちはいなくなったが、星内の内部争いが起きるのは時間の問題だ。少しでも、分裂を招きかねない要素は排する必要がある。……素直に賞賛が出来ない立ち位置は事実だが、功労者である義息子が後ろ指を指され続けることは耐えがたいものだ。
「——だが、お前にはまだ選択肢がある」
「どういう意味だ? 同胞を殺し続けた男など、この
思わず、言葉が出てしまった。これらの用意はあくまでこちらの想定通りに事が運んだ時のプランだ。この争いには、様々なイレギュラーや嬉しい誤算というものがあった。苦しい言い訳だが、想定通りではないのも事実だ。
「——レイヴン。あの子が再手術を受けると決断した。そして、明日の便で星外に向かうようだ。あの子に着いていくのも、良いだろう」
再手術を受けるため、ルビコンから離れるとあの少女は別れを告げに来た。戻るか否かは即答出来ないと言っていたが……。これ以上、あの少女の手を患わせるつもりはない。ここから先は、この
だが、目の前の青年の表情はこちらが想定していなかったものだった。
「——初耳なんだが」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったとは、あのような表情なのだろうか。彼の言葉に、思わずこちらも素っ頓狂な声が出た。
「……あの子は、私のところに挨拶に来たぞ。てっきり、お前はとうに済ませたか最後に向かうとばかりに……」
「いや。その話は一切聞いていないな……。喜ばしいことでは、ある、が……」
動揺、困惑——。あの男が、ここまで揺さぶられるのは初めて見た。今までのどの相手より、手篭めにするには最も難しかったと聞いてはいたが……。あの少女は、このいかにも悪そうな男に引っ掛かっていたものだと思っていたが、実態は異なるらしい。
「——何かしたか?」
「——心当たりが無いと言えば、嘘になる……」
一体、何をしでかしたというのだこのバカ義息子は。別れすら告げたくないバカをしでかしたのか。——考えられることがあるとすれば、別れを告げるには心苦しいとあの少女が思ったのか、少女が離れるということに何かしらの負担が残らないかと気遣われたか。あの少女の性格的に、気遣ったが故に告げなかったという可能性が高い。そうだと信じよう。それが、目に見えてうろたえている男の心の安寧のためでもある。
「——今の我々の惨状を見て逆に気遣われてしまったのかもしれないがな……。どちらにせよ、あの子が明日の便で出立する事実は変わらない。直接、聞けば良いだろう」
「——分かった、そうしよう……」
一体、あの少女は何をどうしたのか。ここまで、この男を骨抜きにした相手は存在しなかったというのに。
「……ラスティ」
「なんだ? フラットウェル」
「——お前も、羽根を伸ばせ。そして、これからの人生を考えるんだ。良いな?」
「——ああ」
目の前の青年も、ようやく自由を得た身だ。これからのことは、何にも縛られることなく生きて欲しい。それは、紛れもない本心だった。
その翌日、時間に猶予があるにも関わらずシャトルに駆け込み乗車したバカが出たらしいと聞いたフラットウェルは、人生で一番の頭痛に見舞われた。
*
輸送ヘリのプロペラとエンジン音がうるさく響く。揺れるヘリの中というのも、少しだけ新鮮な感覚だった。向かう先は、グリッド一三五。全ての始まりの日、ルビコンⅢにはある落下物があったらしい。というのも、朝焼けと共に一つの光が落ちたのを見たという目撃情報があるのだ。当時、惑星封鎖機構はまだ機能している。デブリ一つすら地に落とすことを許さなかったあの包囲網を越えた朝焼けの流れ星——。それは、こちらが回収するべきだった機体から、ライセンスを奪われた日だ。目撃情報とライセンスを奪取した時間から計算して、このグリッドが後釜が最初に踏みしめた大地である可能性が高い。が、ACも無くただヘリで移動するというのも時間効率が悪いものだ。これは思ったより早くACの修理ないしはパーツ購入を検討した方が良いのかもしれない。
「ここね。……確かにカタパルトの使用記録に残っているわ。ちゃんと、あの日の日付けのものよ」
「そう。なら、ここを調べるわよ」
「と言っても、戦闘痕跡があるだけで、めぼしいものは……」
オリヴィアの言う通り、このカタパルトエリア付近にあるのは推定ACサイズの武装とMTの交戦の痕があるだけ。始まりの日から数日の内に、
「……オリヴィア、あそこの通路。入れそう?」
「やってみるわ。揺れるのは勘弁して頂戴」
相棒に無理を言って、ヘリで奥へと進んでいく。細い通路の先に、自然光が差し込んでいる。なるほど、ここに落ちたようだ。
「これは……。確かに、大気圏突入の速度を持ったACサイズのものだったら、ここまで色々なものを壊して落ちていくわね」
「そうね。だけど……」
問題は、残骸だ。壊れたグリッドのものではない。捨て置かれたACの残骸だ。
「……何があったというの?」
「さあ。お宝探しに来た命知らずが死んだ。というのがこの状況で言えることだけど……。オリヴィア、ヘリ降ろせる? 直接見た方が分かる」
「——機影も、人影もない。しょうがないわね、もう……」
MTすら無い無防備な女二人が輸送ヘリの外へ出る。明らかな自殺行為に、しっかりと安全を確認してから降りることにする。
破損したACのほとんどは事切れている。
「……ソフィー、一機だけ動力が残っているわ」
「本当? 予備電力が残ってるの?」
「スキャンしたらね。案内するわ。予備電力からの再起動は任せるわ」
体内にコンピュータを内蔵する人体改造を行っている、オリヴィアだから見つけることが出来た一機だ。やはり降りた価値はある。パネルを操作するにも、反応が無い。予備電力があるのに電力が入っていないとなれば……
「……この乗り手、まともに整備しなかったわね。配線周りぐちゃぐちゃじゃない」
「でも、その杜撰な管理のおかげで私たちは手掛かりを得ることが出来る。本当、何が起きるか分かったものじゃないわ」
「まあ、そうね……」
コアパーツの外蓋を開ければ、まともに整備しなかった、整備する金が無かった、整備担当が馬鹿だった——。そんな杜撰な中身が見えた。だが、多少手直ししてやれば予備電力は回路の中に流れる。そうなれば、このACからデータを獲得できる。
「……繋ぎ直すわよ。コクピットは——」
「開けない方が良いわよ。しばらくお肉は食べられなくなるからね。電源さえ入れば、私の方でサルベージしてみるかわ」
「……わかった」
配線を繋ぎ直せば、止まってきた機体に電源が入っていく。既に長い時間放置されたコクピットの中身の惨状など、考えるまでもなかった。少し待てば、オリヴィアがデータをサルベージ出来たようだった。
「——お待たせ。そっちに送るわよ」
「ええ」
ゴーグルを身に着ける。電脳やら強化施術を行っていない生身の身体では、このゴーグルがコンピュータを内蔵した改造人間たちと同じ視界になれる。送られてきたデータの再生を行う。
内容はいたってシンプルなものだ。お宝さがしに来た独立傭兵の数名が、グリッドのこの場所までやってきて撃墜された。それだけの話だ。だが、問題は撃墜した存在だった。
「——なにこれ」
「やめてよ、あなたがそんなこと言ったらこの……、へんなのが、へんなのって決まったようなものじゃない」
「見たことないわよ……、こんなデザイン。円形というか皿? そんなコア構造に、腕……。この脚部、見た目以上に跳躍性能はあるでしょうね」
突如として現れた謎の変なものが、ここに捨て置かれた機体たちを葬った存在だ。独特な電気の挙動によって葬ったようだが……
「……あの変な機体の残骸が無い辺り、すぐに撤退したのかしら」
「分からない。そもそも、あの変なのがどこの所属で、何の目的でここにいたのよ。はあ……」
分からないことばかりが増えていく。状況証拠とこちらが所持している情報から恐らく……。あくまで仮設だ、確定しては視野が狭まる。
「こうなると、後釜の子を追いかけるというのも骨が折れそうね。ソフィー、ACの調達の方が優先になるわ。こんな無防備で調査すること自体がリスクが高すぎる」
「それは思った。自衛手段を用意しないと……」
想定以上に、後釜の足跡を辿るのは困難だ。いずれは、ACを再調達しなければならないと考えていたとは言えだ。
「資金は残っているけれど……」
「オールマインドに足跡をつけるのはまずい。出来れば、企業から直接買いたいところだけど……。私、あのシュナイダーの機体は乗りたくないわよ」
「ええ、あの機体の速度はいくらあなたでも耐えられないもの。とはいえ、エルカノやBAWS製のACも難しいでしょうね」
オリヴィアのアカウントでオールマインド経由での購入ならば、いくらでもなんとかなるだろうが……。さすがに、仮想敵に対して跡をつけるような真似はしたくない。とはいえ、この惑星に在住している企業の製品もそもそもスタイルが合っていないや、現在進行形で面倒事に巻き込まれそうなところには行きたくない。
(RaDの生き残りがいれば違うんだろうけど……。ん?)
これから向かう先の一つを確認すれば、奇妙な状態になっていた。
「……オリヴィア」
「なに?」
「グリッド〇八六を調べて」
「後釜が向かった先の一つよね? RaDの生き残りがいるかはかなり——。え? 稼働記録がある……?」
やはり、グリッド〇八六が稼働しているというのは間違いないらしい。星内インターネットで、そんな妙な噂を見つけたが……、あの様子では事実のようだ。
「RaDに生き残りがいたというの?」
「あるいは、他所のドーザーか。どっちにしろ、グリッド〇八六にACパーツが残されている可能性もあった。予定を変えて行ってみるのも手ね。ACがあるだけで探索方法も範囲も広がる」
廃墟を探るより、人間がいた方が都合が良い。無論、危険性もあるが。
「他所のドーザーだったら、どうするつもり?」
「その時は……、あんたが相手の脳味噌を焼き切る方が早いでしょ? 十人同時に」
「無茶言うわね……、出来るけど。それだったら、警備用MTをハックした方が確実でしょ?」
「それ、ACパーツごと吹き飛ぶじゃない」
「ふふっ、それもそうね」
謎の映像記録を入手出来ただけでも、ここに訪れた価値はあった。輸送ヘリへと戻って、次の予定について話し合う。本気でやる訳ではない、他愛もない話をしながら。