ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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ストライダーは、ACfAのスピリット・オブ・マザーウィルを思い出す。鉄の怪物退治と壁越えの前準備の話


武装採掘艦破壊

「621、仕事だ。アーキバスグループから依頼が入っている」

 ウォルターの言葉に、621は内心驚愕した。今まで、公示であったアーキバスから依頼という形が来たのだ。アーキバスから、評価され始めたということだ。タブレット端末を取り出して、確認をする。

〈独立傭兵レイヴン。当社系列企業、シュナイダーからの依頼です〉

 アーキバスの依頼担当とおぼしき落ち着いた青年の声。改めて、企業からレイヴンと名指しで呼ばれることが評価されていることだと実感する。

〈作戦地点は、ベリウス西部ボナ・デア砂丘。内容は当社のコーラル反応調査を妨害する、ルビコン解放戦線の武装採掘艦。通称、“ストライダー”の破壊です〉

「ストライダー……」

 映し出される砂漠地帯と、砂丘の上を歩いていく六脚の巨大な鉄の怪物。これが、散々耳にしたストライダーと呼ばれるものなのだろう。

〈ストライダーは資源採掘のための移動拠点でしたが、解放戦線により全面的な武装化を施されており、我々企業勢力に対抗するための軍事転用の目玉とも言える存在です〉

 元々は、生活をするためのものだった。そんな日常の象徴すらも武装化を施さなければいけなかった。彼らの事情に、察するに余り有る。

〈狙うべきポイントは、メインジェネレータに直結された大型レーザー砲台“アイボール”。増設されたサブジェネレータによりシールドを展開しているため、まずはそちらの破壊を優先すべきでしょう〉

 映し出される外付けのレーザー砲台アイボール。形状も相まって巨大な目玉そのものだ。兵器としての運用を想定していないものを、無理矢理武装化させるという急造性が目立つ印象を受けた。

〈ブリーフィングは以上です、よろしくお願いします〉

 あの巨大な鉄の怪物を討伐する。それが、今回のミッションだ。

「お前の名を売るチャンスだ、621」

 621の細く小さな肩にウォルターが手を置く。少なからず緊張している少女を少しでも、その緊張を和らげるように。

「ストライダーを潰せば、アーキバス本社からも“買い”が入るだろう」

 解放戦線が口にし続けた要とも成りうる兵器。これを破壊したとなれば、確かにアーキバスからの評価は上がるだろう。コーラルに辿り着く目的に、一歩駒を進めることができる。

「……わかった。行ってくる」

「ああ。行ってこい」

 ウォルターの手が離れ、621はカサブランカの出撃準備を進めた。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 投下されたボナ・デア砂丘。天候も荒んでおり、強風に煽られて砂塵が舞っていた。だが、砂嵐の向こう側に巨大な影が見える。その方向に向けてブーストを噴かせた。

〈ミッション開始だ。まずは砂塵の先にいる武装採掘艦……。ストライダーに接近しろ〉

「了解」

 砂塵の奥で、六脚の怪物がゆっくりとその脚を進めている。手間取ってしまえば、作戦領域から逃がしてしまう恐れがある。思ったよりは、猶予はないものだと考えた方が良いのかもしれない。

〈所属不明のACだと……? 企業の狗か。アイボール起動、焼き払え!〉

〈了解! “コーラルよ、ルビコンと共にあれ”〉

〈“ルビコンと共にあれ”〉

 瞬間、アラートが鳴り響く。その方角を向けば、青い光が見えた。そして、迸る青い熱線をクイックブーストで回避した。

(悠長なことはしていれない……)

 熱線に焼かれる前に、懐に飛び込む必要がある。エネルギー切れを覚悟してアサルトブーストで真っすぐに飛んだ。さすがのレーザー砲台も連射は効かないらしい。アサルトブーストの機動力で熱線を回避し、充電の合間で進めば怪物の脚が見えて来た。

〈ストライダーの懐に入ったようだな。脚部を潰して動きを止めてやれ〉

「了解」

 懐に飛び込んでしまえば、アイボール付近に近づくまではアイボールは脅威にならない。備え付けのミサイルや機銃が鬱陶しいくらいだが、まだACならば耐えられる。

〈アイボールの照射を、かいくぐるなんて……⁉〉

〈諸君、近接戦闘配備だ。迎撃せよ!〉

 更新されたターゲット情報に視線を向ければ、ストライダーの最後尾の右脚。その関節だ。ライフルとミサイルで地上から攻撃するが、手応えはない。再度アサルトブーストを噴かせ、距離を詰めていく。これだけ大きい的だ。パルスブレードの二撃は外すことは無かった。だが、手持ちの武装では削り切るにはまだ足りない。削れるまで、続けるまでだが。ロックオンが終わったミサイルを放てば、関節から爆炎が上がった。

〈ストライダーの脚部破損を確認した、倒れるぞ〉

「分かった」

 ブーストを噴かせてすぐにストライダーから距離を離す。あの巨体が倒れるとなれば、大袈裟なくらいに離れた方が安全だ。逃げ遅れて潰れてしまうなど、そんな情けないことはしたくない。

〈これだけの巨体だ。急所を潰せば脆い〉

 爆炎を上げた関節。そこから炎は本体にまで届く。少なくとも、最後尾全体に火が回っているのが見える。そのまま、支えを失った方向にストライダーの最後尾が崩れ落ちた。

〈これで甲板への足掛かりができた。取り付いてサブジェネレータを破壊しろ〉

「了解」

 崩れた最後尾を伝っていく。まだ電気系統は生きていたらしい。途中、機銃から弾丸が降り注がれるが、微々たる痛みだった。無視して、稼働している本体へと近付いていく。

〈このAC乗り……、侮れんぞ。止むを得ん、後部車両は切り捨てろ!〉

 瞬間、座り込んでいたストライダーの残る車両が浮き始める。動けなくなった後部車両を捨て、残る四脚で行軍するようだ。

〈連結を解除して進むつもりか。二両目に飛び移れ、逃がすな。621〉

「分かってる」

 元より、逃がすつもりはない。エネルギーの充填を確認して、アサルトブーストを噴かせて二両目に向って飛び込んでいく。連結部分の取っ掛かりに、カサブランカの足が届いた。

〈くっ……。敵機、振り払えません……!〉

〈諸君はコーラルの戦士だ。サブジェネレータを死守!〉

 ストライダーの武装は、ミサイル、機銃、アイボールだ。機銃が応戦するにもACに致命傷を取るには足りず、ミサイルも避けることは容易だ。アイボールからレーザーが降り注ぐが、近距離用の拡散レーザーは皮肉にもストライダー自体が遮蔽物となっている。右側面の取っ掛かりを足場にブーストと駆使して進んでいく。ターゲットとなっているサブジェネレータの一つが見えて来た。恐らくは排熱の仕様上のせいだろうか、側面に回れば剥き出しとなっているジェネレータにパルスブレードを振るえばあっさりと破壊出来た。

〈サブジェネレータの破壊を確認した。残りは三つだ〉

「了解」

 怪物の身体の上を駈けていく。途中、拡散レーザーに被弾するもやはり一発の威力は先程の一条の光と比べれば脅威ではなかった。

(次に近いのは……、下……)

 サブジェネレータはストライダーの二両目の外周に沿って配置されている。左右に一対上下に一対と言ったところだ。右側のジェネレータは破壊した。このまま下、左、上へと向かって行けば、最後に残るのはアイボールだけだ。足場となるところを伝いながら、ストライダーの底部に潜り込む。ジェネレータの排熱口に向かってパルスブレードを振るえばジェネレータは一撃で破壊された。

〈サブジェネレータ大破!〉

〈残りふたつ〉

 ストライダーの乗組員の焦りが見えた悲鳴と、淡々と報告するウォルターの声。彼らの中でも、現実となってきたのだろう。ストライダーが、たった一機のACによって破壊されるのだという現実を。

〈ぬう……。諸君、今こそ見せるのだ。災禍の灰に生きてきた、我らの不屈を……!〉

 最早、指示としてはほとんど丸投げに近い。ただ気力で押し通すしかないというものだ。感情と根性だけで勝てるのならば、武器なぞ最も不要なものだというのに。垂直カタパルトを用いて底部から上昇する。アサルトブーストを噴かせ、反対側へと向かう。拡散レーザーは、掠りもしなかった。着地した先は、サブジェネレータのすぐ隣だった。排熱が終わったパルスブレードの初段で破壊する。

〈これ以上は……! シールドが持たない〉

〈あとひとつ〉

〈……このストライダーこそ、反攻の要。失うわけにはいかん! 死守だ、諸君!〉

 足場を伝い、上部へと上がっていく。サブジェネレータとアイボールは、目の前だ。

(反攻の要と言っても……)

 脳裏に過ぎるは、レッドガンの二人。あのタンク型のヘッドキャノンがこの三次元機動に対応出来るかの疑念はあるが、ヘッドブリンガーならばサブジェネレータの破壊は容易いだろう。むしろ、企業が抱えているAC部隊の誰か一人でも投入すれば、このストライダーは簡単に落ちる。独立傭兵なぞ、低コスト低リスクの都合の良い労力に過ぎない。それを、彼らは分かっていないようだった。

 ストライダーの上部を、ブーストを噴かせてサブジェネレータまで移動する。排熱口に回り込めば、サブジェネレータがアイボールの盾となった。目の前の、彼らの最後の命綱をブレードで切断した。

〈全てのサブジェネレータを破壊したようだな。アイボールのシールドが消失する。一両目に向かい、目標を叩け〉

「了解」

 アイボールを覆っていた薄膜が霧散したのは、こちらでも視認出来た。後は、あの巨大な眼球を破壊するだけ。アサルトブーストを噴かせ、一気に彼我の距離を詰めていく。

〈ここからは、お前の射程だ〉

 ライフルを撃って先制する。アイボール自体も、強固な装甲に覆われている。弱点となるのは、装甲に覆われていないレーザーの発射口だ。

〈仕上げに入れ。621〉

 言われるまでもない。それが、このミッションの仕事だ。発射口に狙いを定めて、ライフルとミサイルでダメージを与えていく。すると、眼も眩む光が収束し始め、光が弾けた。その瞬間、ACS負荷が限界を迎える。近距離用の抵抗手段はあったらしい。が、そう連発出来るものではないようだ。機体制御が回復次第に、攻撃を再開する。先程の返礼として、発射口にパルスブレードを振るった。

〈アイボール、損傷甚大!〉

〈まだだ……。諸君、戦士の誇りを見せろ……!〉

 彼らは戦士と口にする。足りぬ技量と力を、鼓舞で補っているようだが……。余りにも、無力だ。だが、油断はしない。彼らの悲鳴に構わず、アイボールにライフルとミサイルを撃ち込んでいく。

〈艦長、もう持ちません……!〉

〈馬鹿な……、何だというのだ。このACは……〉

 声に恐れが混じり始めた。アイボールも、あと一打を与えれば破壊できそうだ。ブレードの排熱が終わっている。レーザー発射口に向け、パルスブレードを斬るのではなく突き刺した。

〈アイボール砲台……、制御不能!〉

〈信じられん……、この……、ストライダーが……〉

 怪物の首を獲った。アイボールから青い爆炎が上がる。そして、その爆炎はストライダーの全体に回り始めた。

〈目標砲台の破壊を確認した。……やはりな。行き場を失ったエネルギーが暴走している。距離を取れ、621。ストライダーから離れるんだ〉

「了解」

 アサルトブーストを噴かせ、ストライダーから離脱する。ウォルターの言葉からして、外付けされたアイボールを稼働させるために、本来の採掘艦以上にエネルギーを生成しているのだろう。いわば、自ら蛇口を破壊し、暴走する水をホースで制御していたようなもの。ホースの口を塞げば、持たなくなるのは、ホースだ。ウォルターに示されたマーカーの元へ向かう。

〈この惑星(ほし)に群がる……、ハイエナめ……! “コーラルよ……! ルビコンと共にあれ!”〉

 その言葉と共に、青い爆炎と赤い爆炎がストライダーから上がった。解放戦線が生み出した鋼の単眼の怪物(サイクロプス)は、その目を潰されて討伐されたのだ。

〈見ろ、621。ストライダーが自壊していく〉

 機体を反転させ、ストライダーを見る。炎を上げながら、四脚となった怪物がゆっくりと倒れ始めていた。

〈破綻した設計の……、妥当な末路だ〉

 ウォルターにも、彼らに思うところはあったらしい。足りないものを補う。それは、当たり前のことだ。当たり前のことだが、彼らのそれは半ば信仰による視野狭窄も混じっている。彼らなりに、どうしようも出来ない現実への抵抗なのは分かる。分かるが、憐憫を感じずにはいられなかった。

 一際強い閃光がストライダーを覆い、怪物は息を引き取ったのだった。

 

 

〈貴方ですか?レイヴンとかいう独立傭兵の代理人は〉

「ヴェスパー第二隊長、スネイル。知己を得て光栄だ」

 コールから返答が来た。これだけでも上々だ。着実に、彼女が実績を積み上げてきている証拠だ。

〈“壁越え”に参画したいということでしたね?〉

 そう。アーキバスに打診をしたのは、621を壁越えに参加させることだった。ミシガンにコールを飛ばすことも考えたが、彼にも立場がある。ならば、アーキバス側にコンタクトを取った方がいい。彼女は、独立傭兵レイヴン。ベイラムとアーキバス、なるべく双方から彼女の信頼は築いていきたい。

〈まったく。解放戦線の粗大ゴミを片付けた程度で、何を勘違いしたのやら。駄犬の飼い主ごときが、厚かましいにも程がある。お断りです〉

 断られるのは想定済みだ。ならば、揺すりをかける。神経質で生真面目、責務であればどのような外道でも淡々とこなしていくのがスネイルだ。だが、彼は若い。真面目が取り柄な若造が相手なら、痛いところに触れただけで隙が出来る。

〈今回も第一隊長が出ると聞いているが。頼れる人材が他にないことは、不幸なことだ〉

 ヴェスパーの第一隊長、フロイト。生身の人間でありながら、あらゆる戦場で戦果を残してきた正真正銘のエース。スネイルの心境としては、この切り札は最後まで温存しておきたいだろう。なにより、ACで戦うことに悦を見出し、それだけで登りつめてしまった存在だ。相当なじゃじゃ馬であることは察しがつく。

〈ほう……。貴方の駄犬に、フロイトの代わりが務まるとでも?〉

 食いついた。621を見下す発言には、はらわたが煮えくり返るが、若造が予想通りに食いついたことに思わず笑みが浮かぶ。

「駄犬かどうかは試してみれば分かる」

 ヴェスパーの第一隊長と同等か近い働きを、621ならば出来る。普通であれば、大それた妄言であると片付けられるのが関の山だ。だが、若造は食いついた。これを無碍にするなぞ、この若造には出来ないことだ。あまりにも、真面目が過ぎる性格であるが故に。

「……まあいいでしょう。今回はV.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)も出ることですし。あれも調子に乗っているようだ、併せてお手並み拝見としましょう」

 そう言い残して、スネイルからの通信が終わった。V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)。確か、名はラスティだったか。先日、621と接触していたあのヴェスパーの男だ。アーキバスグループ傘下のシュナイダー社の人材公募プログラムに見出され、半年に満たない短期でヴェスパー上位に昇りつめたという。彼の経歴には疑わしい物が多い。なにより、621に接触していたことが気掛かりだ。それだけの実力者であるならば、彼女がただの少女ではないことは勘付かれていてもおかしくない。自ら口枷を嵌められる事を選んだ狼に、621も妙に懐いている。彼の好青年とも言える雰囲気や、柔和な対応は確かに物静かな621にとっては接しやすいのだろうが……

(待て。どうして、彼女があの男に靡くことに警戒している……)

 思わず眉間を押さえる。違う、そのような個人的な付き合いは二の次だ。最も考えなければならないのは、あの男の脅威についてだ。

「……そろそろ戻ってきたか」

 格納庫の方から音がする。621が帰投したのだろう。仕込み武器でもある杖を手にして、通信室を後にした。

 

 

〈新着メッセージ、一件〉

 ストライダー撃破から帰投後、COMから着信の報せが入る。タブレット端末を取り出し、内容を確認する。

〈独立傭兵レイヴン。ストライダーの撃破、お見事でした。依頼を発行した私としても喜ばしい限りです〉

 その内容は、アーキバスの依頼を斡旋する青年からのものだった。思わない相手からのメッセージに少しだけ驚愕する。

〈……申し遅れました。私はアーキバスグループ傭兵起用担当、V.Ⅷ(ヴェスパー・エイト)、ペイターと申します。以後お見知りおきを〉

 自己紹介までされるのは想定外だった。それほど、ストライダーは企業から見ても手こずる相手だったらしい。

「戻ったか。621」

 聞き慣れた声に振り向けば、そこにはウォルターの姿があった。

「ウォルター。アーキバスの人から」

「……ほう。名を売るチャンスを掴み取ったのだな。621」

 先程のメッセージを再生すると、ウォルターが感心するかのように頷いた。これで、ベイラムからもアーキバスからも、621は一定の評価を受けたことになる。少なくとも、公示ではなく指名で仕事を遂行することになるのだろう。

「今日はよく休め。明日から、忙しくなるぞ」

「忙しくなる?」

 ウォルターの確信めいた言葉に、思わず621は聞き直した。そして、ウォルターは答える。

「壁を越えるぞ、621」

 それは、次の仕事に対する宣言だった。

 

 

「……以上が、此度の壁越えにおける作戦内容です」

 スネイルが作戦内容を通達する。言わば、独立傭兵を囮に壁を挟撃するというものだ。こちらとしては、異論はないが……

「主席隊長殿は?」

「玩具を相手にするのは飽きたから丁度いい、とのことです」

 スネイルが眼鏡のブリッジを押し上げる。フロイトに関することだけは、この第二隊長閣下殿には同情を禁じ得ない。顔に出さないように、ラスティは内心苦笑した。

「あなたにしては珍しい。独立傭兵を雇うなど」

「……あの駄犬は確かに、ストライダーを撃破した。そして、レッドガン隊員に遅れを取ることなくガリア多重ダムを攻め落とし、件の所属不明機の情報も持ち帰った。まあ、名無しにしてはマシな働きでしょう。それに、あのような施設なぞフロイトを出すまでもありません」

 恐らくは、ハンドラーにフロイトを投入するという弱みに付け込まれたのだろう。そうでなければ、スネイルがハンドラーとその傭兵を雇うという選択をしない。

(さすがは、ハンドラーと言ったところか。人の心を容易く動かす)

 人心掌握については心得があるものの、ハンドラーには積み重なった年季というものがある。この埋められない差に、スネイルも上手く誘導させられたのだろう。

「……了解した。第二隊長殿」

「その椅子に相応しい働きをするように、第四隊長」

 端正な顔立ちに似合わぬ眼光を向けられ、カツカツと音は遠ざかっていった。スネイルには、常々疑いの目を向けられる。半ば強引な経歴でこのアーキバスにいるのだ。自分でも、この経歴には疑いを持つ。

(レイヴン、か……)

 一人の女性の姿が脳裏に浮かぶ。短い黒髪を持ち、諦観と怒りに満ちた赤い瞳を持った女性だ。ダウナーな雰囲気を漂わせているがその実、苛烈な感情の持ち主であった。男性嫌いらしい彼女には、特に不快だと言いたげな目を向けられていたのを覚えている。

 一人の少女の姿が脳裏に浮かぶ。長い銀髪を赤いリボンで彩り、無機質で無感情な空色の瞳を持った少女。その雰囲気は、人間というよりは人形に近いそれだった。あるいは、感情や記憶が白紙となったが近いだろうか。とにかく、十代前半の可憐な少女でありながら、そうではない。彼女という存在を掴み損ねていた。

 黒髪の女性は、本来のレイヴンのライセンスの持ち主だ。そして、銀髪の少女はハンドラーと共に行動している。ハンドラーと活動しているレイヴンの正体は──

(……今はよそう)

 壁を、この手で落とさなければならない。多くの同胞を屠ることにはなるが……、灰に塗れた警句にしがみつくだけで、先に進めない者達を屠ることには躊躇いは無かった。明日を生きるために今を切り開く。そのように育てられ、生きて来たのだ。例え、自分を兄と慕う義理の妹や、裏方で努力する親友を屠ることになろうともだ。

「お手並み拝見と行こうか、レイヴン」

 オキーフが裏を取ってくれた。レイヴンを名乗る何者かは掴めなかったようだが、ハンドラーが新しい強化人間を連れてルビコンに滞在していることは、間違いはないらしい。また、あの少女の姿が脳裏を過ぎる。

 雑念を振り払うように、ラスティもミーティングルームを後にした。

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