〈トレーニングプログラムを終了します。お疲れ様でした〉
オールマインドのアナウンスと共に仮想空間が解除されていく。今回のトレーニングで学びがあったのは、ダブルトリガーの存在だ。両手に射撃武器を持つという戦い方はレッドガンの二人も同じことをしていた。だが、こちらとしてはパルスブレードの追撃も捨て難い。ダブルトリガーと近接兵装。せめて、これの切り替えが出来ればいいのだが……
(でも、これである程度は……)
オールマインドから更新された中等傭兵支援プログラムの更新はここまでだった。アーキバス製のジェネレータを報酬として貰えるのはとても大きいものだった。休憩した後に、ジェネレータを交換する。これで、壁越えまでに出来る準備はやってきた。
「621」
ウォルターから声を掛けられる。真剣な表情から、とうとう壁越えの決行がされるのだろう。
「アーキバス本社から直々の依頼だ。企業たちが“壁越え”と呼んでいる作戦……。その協力要請になる」
タブレット端末を取り出し、ブリーフィングを確認する。
〈ヴェスパー第二隊長、スネイルです。これより作戦内容を伝達します〉
今度は、ヴェスパー部隊の第二隊長から直々のブリーフィングだ。確か、彼が実質的にヴェスパーを率いているブレーンであると記憶している。
〈私が立案した作戦行動に臨めること、光栄に思いなさい〉
何故だろうか。顔が見えている訳ではないのに、スネイルが着用している眼鏡のブリッジを押し上げる姿が脳裏を過ぎった。
〈ルビコン解放戦線が拠点化した交易上の要衝。通称“壁”を攻略します〉
映し出されたのは、文字通りの壁だ。城塞の方が近いのかもしれない。
〈敵は多数の砲台とMT部隊により、防衛ラインを形成している。まずはそれを突破し、壁上に到達しなさい。そこに配備された重装機動砲台。“ジャガーノート”の撃破が、依頼の達成条件です〉
都合の良いように使われている。言わば、自軍の被害を抑えるために、厄介となっているもの全てを排除しろとのことだ。だが、それが割り当てられた仕事だと言うのならば、やるだけだ。
〈本作戦においては、我がヴェスパーの第四隊長も別ルートで侵攻しますが、先走り壁越えを果たそうとしたベイラム部隊は、ものの見事に壊滅しています〉
映し出されたのは、ヴェスパー第四隊長ラスティとその機体スティールヘイズ。シュナイダー製で統一されたフレームはその身軽さによる高機動戦闘を得意とするのだろう。狼をモチーフとなっているエンブレムには見覚えがあった。以前に会った、あの男性のジャケットにそれがあった。
だが、次に映し出された映像に621は衝撃を受けた。既に息絶えて鎮座しているACの映像。ガリア多重ダムにて共闘した二人のレッドガンの片割れ、
〈せいぜい犬死しないように、気を付けることです〉
ブリーフィングが終了する。よろしく頼むと笑っていたあの巨躯の男が早々にこの世から去ってしまったらしい。彼が出撃しているということは、イグアスも出撃していたのだろうか。壁越えに参加すると息巻いていたのだから、出撃した上で撤退を余儀なくされたのだろうか。
「ルビコン解放戦線の防衛拠点、通称“壁”を落とす。621、お前の価値を示してこい」
ウォルターに言われ、初めて自分が他人の死について考えていたのだと気付かされる。壁越えが始まる。感傷に浸っている場合ではない。
「……あの様子から、機体の回収もままなっていないだろう。拾えるものがあれば拾ってこい。それが、せめてものの手向けだ」
こちらの心境を察してか、寄り道しても構わないとウォルターが言ってくれた。ヘッドキャノンの回収を視野に入れつつも621はカサブランカの出撃準備を始めた。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
投下されたのは、壁と呼ばれる要塞の郊外。戦闘は、既に始まっている。
〈ミッション開始だ。まずは友軍アーキバス部隊の露払いを行う。街区への侵攻を阻むガトリング砲台と、その先のBAWS四脚MTを排除しろ〉
「了解――、っ⁉」
瞬間、投下地点に爆撃が飛んでくる。ブースターを噴かせてなんとか直撃は避ける。弾道軌道としては、高高度からの射撃。壁の上部を確認すれば、強固な装甲に覆われた砲台――。ジャガーノートの姿を確認できた。この要塞付近で戦うということは、あの爆撃に対して常に注意を払わなければならない。
〈壁上からの砲撃が激しい。621、遮蔽を上手く使え〉
「わかった」
連射速度がある訳ではない。友軍MTたちが戦う合間を縫い、まずは目前の掘へと向かう。掘の中を進み、砲台へと近付く。これが、最も被弾を抑えられるルートだ。外の制圧が終われば、あの壁上にて爆撃を行っているジャガーノートを撃破しなければならない。被弾や消耗は、なるべく抑えたい。
〈企業ども……。何度来ようとも、この“壁”は越えられんぞ……! “コーラルよ、ルビコンと共にあれ”!〉
無論、堀の中にもMTは配備されていた。侵攻上に配備されたMTをライフルとミサイルで撃破していく。垂直カタパルトで掘から上がっていく。ブーストで上昇すれば、二門のガトリング砲台の脇に出ることができた。
ガトリング砲台以外にも設置されている砲台をパルスブレードで破壊していく。弾丸のばら撒く音から、ガトリング砲台にはもう認識されている。弾の斉射が収まるまで遮蔽物の後ろに隠れ、音が途切れるのと同時に飛び出す。ガトリング砲台は前面こそは装甲に覆われていたが、背面はがら空きだ。排熱が終わったパルスブレードの初段の一薙ぎで破壊する。残る砲台は背面に回りながら、ライフルで破壊した。
〈ガトリング砲台の破壊を確認。街区の制圧は友軍MT部隊が行う。621、目標四脚MTの排除に移れ〉
「っ……。了解」
ターゲットマーカーが更新されるのと同時に、マップに新しいマーカーが表示される。それは、キャノンヘッドの撃墜予測地点。すぐさまカサブランカを撃墜予測地点へと向けた。
キャノンヘッドが撃墜されていたのは、正面から大きく左に外れていた倉庫区画だ。キャノンヘッドの周囲には、MTが四機。いずれもログハント対象ならば都合が良い。既に息を引き取っただろうキャノンヘッドを、使えるパーツを回収しようとしている解放戦線のMTにライフルで先制攻撃を加えた。
〈なんだ⁉ ACか!〉
ACS負荷限界の一機を、パルスブレードで薙ぎ払う。クイックブーストを噴かせ、MTのミサイルを避けつつも隣にいた一機をライフルとミサイルで撃破した。残るは、二機だ。遠方の一機は回避運動を取りながらライフルで撃破することは出来た。近づく一機も、距離を詰められる前にライフルの弾丸で仕留めることは出来た。これでようやく、キャノンヘッドに近付ける。多少は、死体漁りをされる前にベイラム部隊に回収されるまでの時間が稼げれば良いが……
(電気系統は、まだ生きてる……)
キャノンヘッドの電気系統は、辛うじて生きていたらしい。アクセスをすれば、映像記録が取れた。その内容は、間違いなく友へ向けたものだろう。それは、そういう感覚の全てが白紙になった621でも分かることだった。この遺言を託すことができたと、本懐を成せたと言わんがばかりに放電していたキャノンヘッドの電気も止まった。後は、この壁を落とすだけだ。聳え立つ壁に向けて、ブーストを噴かせる。ビルの上からロケットで狙撃するMTをライフルで攻撃する。
〈敵襲! 街区に侵入されているぞ!〉
〈単機だと……⁉ アーキバスめ……、舐めた真似を!〉
壁にはいくつかの砲台が設置されている。目標の四脚は壁の前。ならば、いくつか砲台を破壊した方が賢明だ。四脚に相対する前に、壁に三門ずつ設置されている砲台を片っ端から破壊していく。
〈……621。感情的になったヤツから死ぬのが戦場だ。これは、何度も教えたはずだ。四脚を相手する時は切り替えろ。怒りは、視野を搾取する〉
「――」
ウォルターから見れば、今の自分は怒っているらしい。射角的に何もできない砲台が相手もあり、ウォルターの言葉はすぐに耳に入った。一呼吸をして、平静さを取り戻す。中段に位置する砲台を六門撃破する。そして、上段へと昇り、残る六門も破壊していく。砲台を一掃した後に、四脚MTへと向かう。
〈“灰かぶりて、我らあり”! 死ね! 独立傭兵!〉
ライフルで牽制する。四脚の武装は今まで以上に攻撃的なものだ。両腕はガトリング、九門からなるバズーカは脅威だ。だが、巨体な四脚に変わりない。こちらの機動力と近接戦闘の間合いでは、あの九連バズーカも空を切るだけ。両腕のガトリングによるACS負荷が脅威だろう。
〈街区防衛部隊に報告! 裏手にもACが……!〉
〈チッ……! もう一匹も来たか……!〉
どうやら、別行動している僚機も到着しつつあるらしい。パルスブレードの初段が四脚MTのACS負荷を限界にさせる。そのまま二段目を振るえばライフルやミサイル以上のダメージを与えることが出来た。スタッガー状態の間に、ミサイルやライフルを撃ちこんでダメージを稼ぐ。負荷限界から回復した四脚MTが舞うも、パルスブレードの推進力で追いかけた。
「あと少し」
四脚MTのダメージは蓄積している。別行動していただろう二脚MTたちが合流するが、ここまでくれば取り巻きは無視して四脚を落とした方が早い。排熱が終わったパルスブレードを振るい、四脚MTを薙ぎ払う。
〈企業の……、狗め……〉
〈BAWS四脚MTの排除を確認。街区における脅威は大きく減少した。次は隔壁にアクセスしろ。“壁”内部に侵入する〉
「了解」
取り巻きのMTたちをライフルで撃破してから、改めて壁へと向かう。垂直カタパルトで飛んだすぐ先に隔壁が見えた。隔壁にアクセスを行い、数秒。固く閉ざされた隔壁はあっさりと開いた。
〈内部への侵入を確認した。閉所での戦闘に備えておけ〉
「了解」
壁内部にも、当然戦力は配備されているのだろう。ブーストを噴かせながら、マガジンの残数やブレードの排熱を確認する。どれも不備はない。これならば、いつ会敵しても戦える。通路の奥にある隔壁にアクセスをし、隔壁を開けた。
〈聞こえるか。こちら
その瞬間だった。ガードメカをライフルで撃破する中、突如として無線が入る。聞こえて来た声は、聞いたことのある声だ。間違いなく、あのヴェスパーの男性のものだった。
〈速いな。どうやら、話に聞くよりできるらしい。こちらもスピードを上げていく〉
以前に会った時よりは、冷たさを感じる。レイヴンという存在は、ウォルターの手によって悉く秘匿されている。知っているのは、レッドガン隊員くらいだろうか。何も知らない彼からすれば、以前にあった人物と今戦っているレイヴンが同じであると気付いていないのだろう。こればかりは、致し方ないことだ。内部の侵入に気付いたMTたちをガードメカ含めてミサイルのマルチロックで攻撃する。盾持ちのMTは、パルスブレードで撃破する。
〈ヴェスパー部隊の番号付きか。だが、ここはベイラム部隊も退けた“壁”だ。当てにはするな〉
「分かってる」
実力者であるのは確かだろう。だが、あの重戦車を削り切ったのがこの要塞だ。確か、ラスティの機体はシュナイダー製フレームで統一された高機動型機だ。機動力の分、防御面が犠牲となっている。裏手の戦況は把握できないが、要塞もあって解放戦線の戦力も侮れない。下手をすれば、ジャガーノートは一人で迎撃しなければならない。その覚悟はした方が良さそうだ。
〈敵襲! 増援は回せるか⁉〉
〈こちらもやられている!〉
どうやら、まだ彼は無事に暴れているらしい。視界のMTは四機。ミサイルのマルチロックで牽制し、近付くMTをライフルで迎撃する。ライフルのリロード中に近づいたMTにはパルスブレードで対応した。残るのは、高台でバズーカを放っている機体だ。射程距離に届いた時にはブレードの排熱が終わっていた。パルスブレードの二連撃で最後の一機を落としていく。掃討が終わった後に、隔壁にアクセスをして隔壁を開いていく。
〈周辺にリフトがあるはずだ。目標は近い〉
ウォルターの言う通り、通路のすぐ先にリフトがあった。リフトにアクセスをして、起動させていく。ゆっくりと上昇していく振動が伝わってくる。この先に、あの重装甲と爆撃を得意とするジャガーノートがいる。この僅かな時間で荒くなっている呼吸を整えていく。
〈……キツいか?〉
「……動揺の方が、大きい」
気遣ってくれる声に、整えた呼吸で答えていく。たった一度しか会っていない人物が早々に立ち去ったというのは思ったより影響があったらしい。そして、以前に会った人物がこうして肩を並べるのかもしれない。あるいは、彼もまた帰らぬ人となるか。いずれにせよ、会うというのは大なり小なりにも影響が出るようだった。
〈……621、補給シェルパを手配した。確認しろ〉
「了解」
リフトが上昇した先。補給シェルパの着地地点と、巨大な隔壁。この隔壁の向こうに、ジャガーノートがいる。ストライダー程の巨大な怪物ではないが、あの重装甲と砲台に機動力が備わっている。正面衝突なぞすれば、ACであってもただでは済まないのが目に見えていた。補給シェルパに合図を送り、応急修理を行い、残弾を補給する。
「――」
深呼吸をする。ヘルメットの中は、妙に息苦しい。身体をピッタリと覆うパイロットスーツに不快を感じたのは初めてだった。自分が緊張している。それが、嫌でも分かってしまった。巨大な隔壁にアクセスをして、その重苦しい門を開いていく。
*
「っ……」
重い門がゆっくりと開いていく。足元から、外の空気が入ってくる。ルビコンの冷気は、緊張と疲労の熱で火照った身体には刺激が強すぎる。ACが通る分には問題ないほどに開いたその時だった。
「……!」
思わず息を呑んだ。雪とも灰とも見て取れる白銀に覆われた視界に、錆が混じった紺色が舞い降りたからだ。
高機動をメインとしたシュナイダー製のフレーム。右手にはバーストハンドガン、左手には見慣れないものだが、何かしらの近接兵装だろうか。右肩にプラズマミサイル、左肩には牽制用だろうアサルトライフルが構えられている。
〈君がレイヴンか〉
聞き覚えのある柔らかな声が、初めましてと語りかけてくる。あの様子から、損耗も特にしていないようだった。戦場で会うのは、確かに初めてのことだった。
〈……“あの”ハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな〉
一瞬にして、鋼のような冷たさの声に変わる。あの接触が原因だったのだろうか。子供がほとんどいない集落で、ぽつんと一人でいた身なりの良い子供は違和感しかない。そして、血の繋がりがあるとも思えぬ初老の男性と行動している。怪しさしか無いのは確かだった。
爆音と共に重量のある物体が飛び出してくる。今は自分の正体に気付かれているかどうかを詮索する場合ではない。あの暴走戦車を相手取らなければならない。
〈これも巡り合わせだ〉
紺色の機体――スティールヘイズが構える。こちらも、倣うように目の前の敵を見据えた。
〈ともに、壁越えといこうじゃないか〉
それを合図に、ジャガーノートが突撃してくる。クイックブーストでなんとか軸をずらして回避した。あの重装甲の外見にはそぐわぬ機動力だ。恐らくは、掠るだけでもACS負荷が限界を迎える。それだけの質量と速度があの暴走戦車には備わっていた。
〈重装機動砲台ジャガーノート、正面から攻めるのは得策じゃない。スティールヘイズのスピードで攪乱する。君は背後から叩いてくれ〉
「――、分かった」
聞こえないと分かっていながら、つい返事をしてしまった。スティールヘイズがバーストハンドガンとアサルトライフルで牽制を行う。スティールヘイズの機動力はカサブランカを優に超えている。あの速さならば、確かにジャガーノートを相手取ることが出来る。ジャガーノートがスティールヘイズに注意を向けている合間に、ジャガーノートを飛び越えるように背後に回る。装甲に覆われていないがら空きの背後を、ライフルで攻撃している。まともにダメージが入らなくとも、相手のACSに負荷をかけることは可能だ。ジャガーノートの場合、いかにあの暴走戦車を強制的に止めるか。それが、撃破するための攻略だとすぐに気付けた。
ミサイルも交えて、実弾兵装でジャガーノートにACS負荷を蓄積させていく。ガクンと、ジャガーノートの体勢が崩れたのが見えた。ジャガーノートの背面にパルスブレードの連撃を加えていく。
〈見せてくれる。流石はウォルターの猟犬。こちらも、負けていられないな〉
聞き慣れぬ音に見上げれば、いつの間に背後に回っていたのか。カサブランカの上空に、スティールヘイズが飛んでいる。左手に装備されていた武器が巨大な青いレーザーによる四つの刃となり、回転させて迫っているのだ。あれが、スティールヘイズの持つ近接武装なのだろう。パルスブレード以上の連撃はジャガーノートにより多くのダメージを与えていた。体勢を立て直したジャガーノートが大きく後退するのと同時に、紺と白の機体は暴走戦車から距離を取った。
(あの人は、一体……)
イグアスとヴォルタと足並みを揃えるには、少しだけ時間がかかった。だが、ラスティは違う。足並みが揃う、と言うよりは彼の方からこちらに足並みを揃えてくれているのだ。囮を買って出てくれたのもそうだ。危険な役割なぞ、それこそ独立傭兵にやらせれば良いはずだ。機体を即座に分析し、どちらが最適かを判断した。そして、どうすればこちらが動きやすいかも計算している。その観察眼と判断力は凄まじいものだった。
〈来るぞ、ひかれるなよ〉
ジャガーノートが再度突進してくる。機体を大きく上昇させ、正面からの衝突を回避する。こちらが緊張状態であることすら、彼には筒抜けだったようだ。気遣う余裕が、彼にはある。ラスティのサポートを受けつつも、ジャガーノートと攻防を繰り返していく。少しずつ、あの暴走戦車の動きが見えて来た。アサルトライフルやミサイルと実弾兵装が主な射撃武器となっているカサブランカでも、上空から攻め続けていればACS負荷を与え続けることができる。負荷が溜まり体勢を崩した瞬間を狙ってパルスブレードを振るう。その繰り返しを、安定させることだ。
スティールヘイズに向けられるガトリングとグレネードキャノンは、速度に翻弄されてあらぬ方向に飛び続けていた。ジャガーノートが二度目のACS負荷限界を迎える。その瞬間を、逃すことはしない。パルスブレードの緑の軌跡とレーザースライサーの青の軌跡がジャガーノートを斬りつけた。
〈こちら
何かしらの連絡があったのだろうか。スティールヘイズの動きが変わる。
〈レイヴン、司令部のスネイルから情報が入った。敵の増援が迫ってきている。迎撃しなければ共倒れだ〉
それが事実ならば無視できない。ジャガーノートは未だに健在だ。この状態でMT部隊の取り巻き。いや、バズーカによる狙撃担当が加わるだけで一気に状況が不利になるのが明白だった。
〈悪いが……、ここは君に任せるぞ!〉
「分かった。ラスティ――」
気を付けて、と言いかけたことに621は自分で驚愕していた。こちらの音声なぞ、あちらには届いていないと分かっていたはずなのに。バーストハンドガンによる援護射撃をしつつも、スティールヘイズが作戦エリア外へと離脱する。
〈僚機が離脱した。ここからはおとり抜きだ、621〉
「……、了解」
ジャガーノートの動きも苛烈となっていく。突進と共に、赤く光る機雷が散布されていく。より、地上が危険地帯へと化していく。ACも永久的に滞空出来るわけではない。上昇や着地をより意識しなければならなかった。なにより、スティールヘイズが受け持っていた火力全てがこちらに向かってくる。
(でも、動きは……)
こちらのやるべきことは変わらない。ジャガーノートの上空や背後を位置取り、ACS負荷を蓄積させる。負荷限界を迎えた瞬間にパルスブレードを振るうことだ。ジャガーノートの一挙一動が全てACの致命傷になり兼ねない。攻撃する手を緩めず、回避を行っていかなければならなかった。
鳴り響く警告に合わせてクイックブーストを噴かせる。機雷が撒かれていないことを確認して着地する。だが、そこはジャガーノートの正面だ。アサルトライフルは跳弾し、ミサイルも有効打にはならない。だが、無意味ではない。攻撃の手を続けなければ、チャンスは掴めない。幾度かライフルとミサイルを撃ち続け、三度目の負荷限界にパルスブレードを振るった。
〈右肩武器、残弾五〇%〉
残数を伝えるCOMの音声が入る。まだ、手持ちの弾は持つ。ジャガーノートも、もう一度負荷限界を迎えさえれば撃破出来そうだ。上昇して滞空しながらライフルの銃口を、ジャガーノートに向け続ける。アラートに合わせてクイックブーストを噴かせ、グレネードキャノンを回避する。尽きたエネルギーを地面の上で滑りながら回復させる。その間にもグレネードが連射してくる。クイックブーストを噴かせた着地間際にグレネードの爆風に巻き込まれた。
〈AP、残り五〇%〉
「まだ、やれる……!」
リペアキットを使用して即座に回復させる。もうすぐで、四度目の負荷限界を迎えさせることが出来るはずだ。縦横無尽に突進する暴走戦車になんとか食いついていき、その背面にライフルとミサイルを撃ち続けていく。そして、四度目の強制停止が見えた。
「これで……!」
パルスブレードの二撃。だが、まだ足りない。直撃状態が解除される前にライフルとミサイルを撃ち続ける。体勢を立て直したジャガーノートが突進を始めるが、こちらに背後を向けたままだ。リロードが終わった四連ミサイルの軌跡が、そのまま背面に向かっていった。ミサイルの爆風と共に、暴走戦車はその鋼鉄の身体から炎が上がっていった。
〈ジャガーノートの撃破を確認。“壁越え”は成功だ621〉
ウォルターの言葉に、操縦桿を手放してシートに深く沈む。疲労が全て、義体が感じ取っていた。ヘルメットのシールド部分を上げて、深く息をした。
〈……ラスティと言ったか、お前の正体に気付いているようだったが。気にするな、多少のことは織り込んである〉
ウォルターがそう言うのならば、そうなのだろう。独立傭兵レイヴンは、ハンドラー・ウォルターの子飼いである。その事実が露呈しただけ。この少女の姿がレイヴンである、も気付かれてそうだが……。今は、ゆっくりと休みたい。そのような要求が出て来たのも、初めてのことだった。
*
帰投してからメッセージを確認する。オールマインドから、ログハント報酬としてパーツ提供がされた。オールマインドはACパーツの開発も独自に行っているらしい。MIND ALPHAと呼ばれるフレームの腕パーツだ。タブレット端末で性能をチェックしている途中で、COMから通知が送られた。
〈新着メッセージ、一件〉
「……?」
タブレット端末の画面を切り替える。メッセージの送り主は、あのラスティだ。メッセージを送って来るということは、彼も無事に帰投したと言うことなのだろう。メッセージを再生させる。
〈ともに戦った縁だ、ひとつ伝えておこう。“壁越え”でアーキバスは……、君を捨て駒にするつもりだった。独立傭兵には露払いだけさせ、私たちヴェスパー部隊で制圧する計画だったのさ〉
それは、なんとなく見えていたことだ。独立傭兵なぞ、企業からすれば体のいい消耗品だ。ヴェスパーやレッドガンと言った企業お抱え戦力の損耗を抑えつつ、利益を得る。これまでの仕事もそうだった。だと言うのに、わざわざメッセージという形で明言する辺り、彼の人の好さと言うものが伝わってくる。この世界で、生きていくには善性があり過ぎる。
〈だが……、“壁”は落ちた。上の連中も、君の名を覚える気になるだろう。この私と同じようにね〉
あの橙色の瞳の片方を瞑るような仕草が見えたような、最後の一言に妙に耳がぞわぞわしたのは何故だろうか。疲労が蓄積しているのだろうか。再生が終わったメッセージから別の画面に切り替えようとして、壁越えで獲得したログのことを思い出した。タブレット端末を操作して、ウォルターに通信を送る。
〈どうした。621〉
「ウォルター、ヘッドキャノンのログ……」
〈……レッドガンに送りたいか〉
「うん……。出来れば、会って渡したい」
この情報ログは、データ送信をすれば全て片が付く。だが、直接会って彼らに渡したい。そんな欲求が621には出ていた。
〈……わかった。ミシガンには俺が話をつける。それまで、少し休め621。カサブランカの調整は後日に改めろ〉
「……わかった」
カサブランカの整備そのものは、このガレージの機能で賄うことは出来る。だが、パーツや武装を組み替えた数値調整だけは人の手で行わなければならなかった。それを、後日に改めて良いとウォルターは言った。そして、あの壁越えでようやく戦い方を見つけられたのだ。射撃戦と白兵戦の両方を両立させた戦い方を。機体OSの強化権限さえ与えられればそれが可能になることも。タブレット端末を抱えたまま、621は自室へと戻っていった。