ギャルゲーじゃないので嫌だけどバグ妹(まい)にせがまれたのでVRMMOをやる事になった。 作:猿野ただすみ
舞島学園3年B組。特にクラス替えとかもなく、2年次と同じメンツが集う教室。唯一、2年次の担任だった二階堂先生が昨年秋に途中退職してしまったため担当する教師の編成があり、現在3年B組の担任は、学年主任で2年次はD組の担任だった児玉先生に代わっているが、今の時間はホームルーム前なので当然教室にはいない。
その教室で、大あくびをする少女。名前は小阪ちひろ。そう、NWOでヒロチーというアバターを使っていた少女、そのリアルの姿である。……まあ、NWOの場合、アバターの見た目(髪色などは除く)は弄れないので、ゲーム内とさほどの違いは無いのだが。
「おはよー、ちひろ。夜更かしでもしたの?」
そんなちひろにかけられた声。
「おはよ、歩美」
ちひろの親友、高原歩美だった。
「いやー、実は昨日VRMMO内で、桂木とデートしててさ」
「え、デ…。ぶいあーる…って最近流行ってるあれ?」
桂馬とのデートが気になったものの、慌てて話題を変える歩美。因みに発音が平仮名っぽいのは慌てていたためである。いくら学力がかなりアレとはいえ、そこまで頭は悪くはないと付け加えておく。
「そう、それ」
「……言っておくが、あれはデートではないぞ。えりも一緒だったし、そもそもボクはそのほとんどを、ソロプレイに費やしてたからな」
「あ、桂木…」
突然後ろから、当の桂木桂馬本人からの訂正込みで説明を受け、歩美は小さく名前を呟いた。
「ちょっと桂木、別にデートでもいいじゃんか」
「いいや、ボクはあれをデートとは一切認めない! あれをデートだと認めてしまえば、今まで攻略してきた女子達に申し訳が立たん!!」
眼鏡のブリッジを指でクイッと上げながら、桂馬はビシリと言ってのけた。
「女子達って、どうせまたゲームの事でしょ?」
「当然!」
ちひろのツッコミに、したり顔で肯定する桂馬。
「あーあ。ホント、バカップルなんだから」
二人のやり取りを見て、歩美は呆れたように言う。内心の複雑な思いは、一切表に出さずに。もっとも、幼馴染みのちひろはそんな歩美の複雑な心境を、何となく察してしまったが。
と。ガラリと教室の扉が開き。
「スチューデント達、シットダウン! これよりホームルームを始める。……コラッ、桂木妹! 朝っぱらからスリーピングしてるんじゃない!」
担任の児玉先生が入ってきたため、この話はここで打ち切られた。
「VRMMO?」
「そう! それについて詳しく教えて!」
放課後。パーラーグリムの喫茶ルーム、その窓際の席で話す二人の少女。ひとりは高原歩美。そしてもうひとりは。
「あなたなら桂木から色々と聞いて、少しは詳しいんでしょ? ねえ、天理!」
桂木家のお隣りさん、桂馬の一方通行幼馴染みの鮎川天理だった。彼女は他校の生徒だが、メールで予め連絡をとっていたのだ。
「え、えっと、桂馬くんからは、VRMMOについて聞いたことはないよ?」
「え、そなの?」
歩美には予想外の答えだったようだが、桂馬は特に聞かれもせずにゲームの説明をするタイプではない。質問されたか、話のおりにやってるゲームの内容を例に出す、といったことが殆どなのだ。
「……でも、えりさんが始めたいって言って、相談には乗ったけど。その時に調べた知識でいいなら」
「お願いします。天理先生」
「ふぇっ!? せ、先生!?」
ありったけの誠意を込めた歩美の発言に、天理は驚き目を丸くさせる。
それでも何とか心を落ち着けた天理は、歩美に懇切丁寧、VRMMOについて説明をした。
「……ええとつまり、VRMMOをするには専用の機械が必要で、更にゲームのソフトがいるって事?」
「そうだね。ソフトを再生する機械に、仮想空間へ接続するための付属品。頭に被る機械なら、テレビとかのCMで見たことあるんじゃないかな」
言われてみれば、確かにそんなCMを見た気がすると、記憶を掘り起こしながらうなずく歩美。
「それを初期設定して、ゲームのソフトをセットして、付属品を身に着けて、ようやくVRの世界にダイブできるんだよ」
「うへぇ、私には難しそう…」
歩美は頭を抱える。
「……高原さん、VRMMOをやりたいの?」
普通ならば、こんな質問をする段階でかなり興味を持っていると考えそうなものだが、天理にはどうも歩美のキャラとそぐわない気がしていたのだ。
「やりたいって言うか、その…」
少し言いあぐねながらも、歩美は学校での出来事を説明する。
『桂木さんが逢い引きを!?』
歩美が話し終えると、突然ガラス窓に映る天理が声を上げた。
「ディ、ディアナ!?」
「ちょっと! こんな所で姿を見せないでよ!!」
天理と歩美は大慌てだ。
ディアナ。それは[ユピテルの姉妹]と呼ばれる六柱の女神の一柱。肉体を失ったディアナは、今は天理の体を間借りしている状態なのだ。ディアナは天理の体を借り行動することも出来るが、普段は鏡などに映った天理の姿を使って会話をしている。
因みに天理との間でならば心の中での会話も可能らしいが、姿を借りる方が話しやすいようである。
そして。女神を宿しているのは天理だけではなかった。
「……まったく。これなら私の中のメルの方がよっぽどマシだよ」
そう。歩美の中にも女神がいる。名前はメルクリウス。長ったらしいので、親しい人はメルと呼ぶものも多い。
『……メルは単に、寝坊助なだけだと思いますが』
「……そうとも言う」
追記。メルクリウスは普段、歩美の中で眠ってることが多い。そんなわけで、声のトーンを落として突っ込むディアナに、歩美は肯定するしかなかった。
『……コホン。ええと、話を戻しますが。桂木さんはちひろさんと逢い引き…、厳密には違うようですが、それでも仲を深めるような行為を、その[げーむ]の中で行っている。歩美さんは、咎める気はないけどやはりじっとしてはいられないので、その[げーむ]に入って二人の動向を見届けたいのですね?』
「な、どうしてそれ…じゃなくて、勝手に決めつけないでよ!」
ディアナの推測に反発する歩美。しかし。
(……高原さん、本音が少し洩れちゃってるよ)
という天理の内心でのツッコミが全てである。それに、だ。
「……高原さん。ディアナがそんなこと言うのは、ディアナ自身がそう思ってるからだよ」
『て、天理!?』
ディアナの補足情報。彼女は桂馬に恋愛感情を抱いている。
「私も、桂馬くんが好きだよ。でも桂馬くんが、好きになった人と一緒に楽しんでる姿を、盗み見ようだなんて思わない。だって私は、桂馬くんの邪魔をしたくはないから」
自分よりも、好きになった人の幸せを願う天理。たとえそれで、自分が苦しく切ない思いをしても。もちろん自分を選んでくれればとても嬉しいけれど、多くを望まず生きてきた、天理の不器用な恋愛の形である。
「……でも、ディアナや高原さんの想いを否定する気はないよ。むしろ、そういう行動を起こせる高原さんが、すごく羨ましいんだ。……だから、私が手伝ってあげる」
『「……え?」』
予想もしていなかった答えに、ディアナも歩美も、たった一言聞き返すのがやっとだった。
「……あ、でも、お金だけは自分で出してね?」
さすがに天理も、そこまでお人好しではなかったようだ。
それからの行動は早かった。普段の天理の大人しいイメージとの違いに、歩美は面食らってしまう。
イナズママートのゲーム売り場で、オドオドしながらも店員と話している天理の姿。それを見つめていると、ショーケースのガラスに映った天理の姿を通してディアナが話しかけてきた。もちろん囁くように。
『歩美さんは随分と驚いているようですが、天理も積極的に行動することはありますよ。まあ、自分のためではなく、他人のためにばかりなのが不満ですが。天理にも、もっと自分の欲を出してもらいたいのですが…』
最後の方は愚痴であるが、ディアナの想いもわからないではなかった。付き合いは浅いが、天理には欲らしい欲はあまり感じたことは無い。もちろん人間である以上、少なからず欲はあるだろう。事実、歩美の行動力を羨ましいと思うのは、欲で間違いないのだから。ただ、世間一般と比べれば、そういう意識がかなり低いのはすぐにわかった。だからこそディアナの心配も良くわかる。
「お、お待たせ。……うん? どうかしたの?」
歩美から預かった財布と、買ったハード、ソフト、周辺機器を手渡しながら尋ねる天理。因みに、少し高めのおしゃれ着を買うために貯めていたお金の殆どが消し飛ぶ金額だったため、ギリギリまで悩みつつも涙目になりながら下した決断である。
「……天理ってVRMMOするの?」
「え? えっと、えりさんに説明するために私も買って少しだけやってみたけど…。後、VR世界じゃディアナはどうなるのかも気になったし」
『それは少し気になるな』
「メル」
ショーケースに映った歩美の姿がメルクリウスに変わり、興味深そうな眼差しを向けた。
「……結果だけ言うと、VRの中でもディアナと交替できるよ。身体能力も入れ代わったときが反映されるけど、魔法みたいな特殊能力は使えないみたい。あと、見た目も私のままだったよ」
『なるほど』
『多重人格みたいなものと見なされるのでしょうか』
なかなか奥が深い方向へ話が進みそうになるが。
「いや、そういう話はいいから。それより天理、ものは相談なんだけど…」
知将(笑)歩美は話を切り出した。