疲れた頭で画面に現れた女性の正体を考える。
『メイ』と名乗る人物の髪型はショートで、スーツを着ているため全体的に清潔感がある。
「えっと、どなたでしょうか?」
まず管理者って呼ばれたけれどもなぜそう呼ばれるのだろうか。
あと、私がよく知っている言葉がパスワードになっているのだろうか。
考えても考えても謎が深まるばかりである。
『私は先ほども言ったようにこのタブレットのOSです……ってああ、弟さんでしたか。』
メイさんは私をまじまじと見る。
『これがあの人の弟さんですか。』
「あの人ってまさか。」
もしかして……。
『あなたのお姉さんですよ。』
「姉のことを知っているんですか!?」
驚いて大きな声をあげてしまう。
『ええ、まあ。先代のご主人様ですし。』
「じゃあ、姉はどこにいるかご存知ですか?」
画面の中に入ってしまいそうなくらい顔を近づけて聞く。
『どこに……?あなたのお姉さんは今高校三年生で一緒にいるんじゃないですか?』
「いいえ、姉は今失踪しています。」
『……そんなはずは……』
「私も信じたくないんですが、本当のことです。」
メイさんの目元にはうっすらと涙が溜まっている。
『私はあの人に触ってもらえるまでずっとずっとひとりぼっちでした。
あの人に触ってもらえた時、仲間がようやくできたと思ったに。』
メイさんの目元にはうっすらと涙が溜まっている。
その様子を見て私は意を決して尋ねる。
「メイさん、私の姉を探すのを手伝ってくれませんか?」
『はい、勿論です。私にできることならなんだって。』
よかった。
「ありがとうございます。ではもう夜もう遅いのでおやすみなさい。」
『おやすみなさい。』
もっと話したかったのだが、ほどほどにしてメイさんとの会話を早々に切り上げる。しかし、ナゾが多すぎる。
まず綾乃さんはここは『五年前から使われていない』と言っていたはずだ。
けれども、はじめに入った時には放棄されたとは思えないほどの綺麗さだったし、設備自体が残っているのだから誰か管理する人がいるはずだ。
だとするとメイさんが私のことを間違えて『管理者』と言った辻褄が合う。
おそらく姉は私と同様『管理者』となってここを管理していたのであろう。そうだとしても三年前から手入れはされていないはずなのに、状態が良すぎる。もっとナゾなのはメイさんの存在だ。彼女は自分でタブレットのOS とは言っていた。だが、直観になってしまうが、あれはどう考えても人工知能の類ではないとは思う。おそらく、私が知らない技術を使って人格だけタブレットのOSに移し替えたのだろうか。
しかしそんなことが可能なのだろうか……いや、できてもおかしくないか。
とりあえず、これ以上考えることは時間の無駄だと感じた私は、タブレットを持って部屋を後にし、円卓がある部屋に入る。そうすると愛莉さんが椅子に座ってパソコンを触っていた。
「まだ起きていたの?」
愛理さんは私に尋ねる。
「ええ、まあ。眠れなくて、あんまりこういうことは性に合わないのですが、眠くなるまで何かしていようかと。」
研究者にとって寝不足は1番の敵だ。まあ、研究結果のまとめとかが間に合わなくて二徹くらいはしたことがあるが。
「じゃあ、どうせなら私が調べたことでも聞く?」
「ぜひ。」
アントス探偵事務所の情報要員の見解を聞きたい。
「じゃあ、これを見て欲しいのだけれども。」
愛莉さんが使っているパソコンに目をやる。
「これがクノロスから出ているニュース。でね、ここからわかったことをまとめると、まず一つ目は『同時攻撃』じゃなかったこと。二つ目にテロが起こり始めたのは一時ではなくもう0時半からはもう始まっていた。となると、テロ組織に何らかの混乱が生じている。これは間違いない。そして諸々のことを考えると先生が私たちの殺害を許可したことから連邦捜査部。さらに言うと、連邦生徒会の内部にテロ組織の内通者がいるのも確実。
でここからは推論なのだけれども、テロ組織に混乱が生じた理由は市川さんが関わっている。まあ、推論とは言っても当たっているでしょうけど。」
頭の回転が速いなあこの人。すごい。
「概ね同意できます。けれども、混乱が生じた理由は市川さん絡みだけではないかと。」
「理由は?」
「単純にどんなに強い人でも、たかだか一人倒せないようならそもそもテロを起こしていないでしょう。」
愛梨さんは続いて答える。
「まあね。で、これからどうするかけれども。」
ふと気になって聞いてみる。
「突然なのですが、市川さんはどれくらい強いんですか?」
「そうね、相対したものは完膚なきまでに叩き潰し、その姿はヴァルキューレの人とは思えなかったことや、見た目から『正義の殺戮者』って言われていたみたい。」
警察組織にいる人がそんな物騒な名前で呼ばれてもいいのだろうか?
「じゃあ、そんなに強い人なら何らかの大きな戦闘の痕跡が残っているはずですよね。SNSで誰かが何かを言っているかもしれません。」
「そうだとしても絞り込む対象が多すぎてどれが山川さんが何者かと争った形跡なのかはわからない。」
そうだった、ここはキヴォトスだったことをすっかり忘れていた。銃撃戦など日常茶飯事である。
「う~やっぱり送られてきたメールの発信地を逆探知するしかありませんね。」
「ええ、そうね。」
なんだか無表情だった愛莉さんが少しはにかんでいる。
「愛莉さん、なんだか笑っているように見えるんですけれども、どうされましたか?」
不思議に思って聞いてみる。
「あなたがそんな表情をするとは思っていなくて。」
「ええ……そうですか?」
「まあ、そうね。硬派な人だと思ってた。」
「そう……ですか。」
そんなつもりなかったんだけどなあ。
「そうね、ちょっと笑ってみて。多分いい顔すると思う。」
「……こんな感じですか?」
少し口角を上げてニカっと笑ってみる。
「うん、やっぱり似合っている。けど、なんだか不思議ね。なぜかあなたの顔をみていると安心できる。」
「……同じことを研究所の仲間からも言われました。『和田がいればどんな問題も解決できる。』って。こっちから言わさせて貰えば、彼らがいなかったら今の私がいなかったんんですけれどもね。」
まるで昔のことを懐かしむ老人のように話してしまう。
「研究所の頃を話しているあなたはとても楽しそう。とても楽しかったんだね。」
「まあ、あそこでの経験がなければ今の私はいませんから。」
「それは私もあなたと同じかも。私も市川さんに拾われなければ今はなかった。」
愛理さんは眼鏡をはずす。
「そうなんですか?」
「そうよ。昔の私はフリーのハッカーをやっていたの。依頼されればどんな組織だろうと情報を抜き取ったり、サイバー攻撃をしていた。
まあ、そんなことをしていたからゲヘナの風紀委員会に追い回されたこともあったけれども、そんなこんなしているうちにとうとうヴァルキューレに捕まっちゃってね。その時に市川さんと出会った。
市川さんは私の腕を買って、ヴァルキューレに協力する代わりに釈放するって司法取引をしてくれた。で、あの人が辞めたからこっちにきたってわけ。」
「なるほどね~。」
相槌を打っていると後ろから声がする。
「やあ、夜の恋バナは終わったかな?」
「会長!」
後ろを見ると、ハーフパンツにタンクトップ。肩にはタオルをかけている日永さんがいた。お風呂あがりなのだろう。
「全く二人揃って夜更かしとはけしからんな。で、何かやろうとしていたのか?」
「今、起きられてきメールの発信地を特定しようとしていたところですよね、愛莉さん?」
「そうそう、そうよ。」
必死に話を合わせる。
「ふ~ん。昔話をしていたわけではなかったわけだね。」
「うっ。」
図星である。どこから聞いていたんだろうか、少し気まずい。
「まったく、ほら早くやりなよ。」
「はい。」
「またあれを使うの?」
「ええ。」
暗号を解く時にも使ったシステム『ロワ』は万能システムである。
研究所で使われていた暗号『ミュール』を復号するのは勿論、逆探知、ハッキング、その他色々とできる代物だ。まあ、元々は『ミュール』を解くだけのものだったが、私が勝手に改造して持ち出した。
ちなみに、研究所では私は休職中ということになっている。
別に退職したと扱われても良いのだが、『ロワ』を勝手に持ち出してもギリギリ規則違反にならないのでこれはこれでよかったと思っている。
「で、出てきた場所は。」
パソコンの画面を三人で見る。
「よりにもよってここか。」
「ええっと、そんなにまずいところなんですか?」
「ここはアビドス砂漠って言われているところだよ。」
「まさか。」
アビドスという言葉には聞き覚えがある。
「そう。テロに巻き込まれた学校の一つであるアビドス高等学校おそらく私たちが彼女らと出会ったならば即•••。」
「銃弾と爆弾のオンパレードでお出迎え。」
「ええ•••。」
日永さんと愛莉さんの言葉にあぜんとする。
「まあ、唯一の救いはアビドス砂漠は広いから彼女らと会う確率は少ないけれども。」
「ちなみに戦ったらどうなります?」
「100%こっちが負ける。」
「そんなに強い人がいるんですか?」
「いるんだよ、一人。とんでもなく強いやつが。」
口調から察するに相当強い人らしい。
「なるほど。」
「てな訳で、明日から忙しくなるからシャワー入って早く寝な。」
「はーい。」
「わかりました。」
「いい子だ。私はお先に寝させてもらうよ。あー眠い。」
会長は他の部屋に行く。
そういえば……いい子?私とあの人って大した歳離れていないよな?
あ~もう。
「•••そういえば着替えあるかなあ?」
「こっちの部屋にあるわよ。」
愛理さんが横にある部屋を指さす。
「やっぱりあるんですね。自分に合う服があるといいんですけど。」
部屋に行き洋服が入っているコンテナの中から男物の服をないと思いつつ探すと、わずか数着だがあった。しかもサイズまで同じだ。
「•••ありました。」
「よかったじゃないの。ほら、早く入ってきなよ。」
「はい。」
言い終わるや否やシャワールームには入り蛇口を捻ってお湯を浴びる。
「生き返る~。」
やっぱり疲れている時のシャワーは格別だ。今自分が生きていることをしみじみと実感できる。
「にしても、男物の服があってよかったなあ。」
男物の服が会ったことは喜ばしいのだが、一体誰用の服だったんだろうか。あのコンテナに入っていた服のほとんどは女物だった。
それに対して、男物の服はせいぜい一人分しかなかった。
「まあいいや。ありがとうございます先輩。」
顔も知らない先輩に感謝の言葉を呟きながら体を洗う。
シャワールームから出ると愛莉さんが待っている。
「うーん。パジャマ姿似合っているわね。」
「どうも。おやすみなさい。」
「そうね、おやすみなさい。」
薬を飲んでもう寝ようと思った次の瞬間。
「ごめんね、ちょっといいかな。」
日永さんが話しかけてくる。
「どうされましたか?」
「いやいや、少し頼み事があってさ。」
一枚の紙をスッと差し出す。
「これに名前を書いて欲しいんだ。」
「ええっと。『アントテクネ高等学校生徒会入会届』•••ですか?」
「そう、ギヴォトスにおいてそれぞれの学校の生徒会は重要な役割を果たしている。けど、そんな大切な組織に二人しか人がいないのは問題でしょ。だから、君に入ってもらいたいんだ。」
「分かりました。」
戦うことを決意したんだ。迷いはない。
入会届に『和田 佐和』と名前を書き、紙を出す。
「オッケー。これで大丈夫だよ、ありがとう。私や相葉に何かあったらよろしくね。」
縁起でもないことを言う。
「フラグを立てないでくださいよ。」
「フラグは折るためにあるものでしょう。」
ニコッと笑っていたが、悲しそうな目をしていた。私はそんな日永さんに何も言えなかった。
「おやすみ。寝る部屋はたくさんあるから、君はあっちを使ってね。」
「わかりました、おやすみなさい。」
日永さんと別れたあと寝室に行き寝っ転がる。
部屋の中にはベッドが2台あり、隣では相葉さんが寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。
布団の中に入り込んで目を瞑るといやでもいろいろなことを考えてしまう。
これから出会って戦う人たちはどれだけ強いのだろうか。
あの時私は逃げるよりも戦った方が勝算があると思った。けれども今になって考えてみれば、逃げた方がいいかもしれない。
カツアゲされそうになったあの時、私は言い返すことしかできなかった。そんな私が何かできるのだろうか。
シャワーを浴びてあったまっているはずの体が急に冷えていく。
弱いくせに、何もできないくせに。何を私は勘違いして戦う気になっているんだ?私は、
「ンア?おい、なに考え事してんだよ。早く寝ろよ疲れているだろう。」
驚いて横を見ると相葉さんが起きている。
「えっ、相葉さん、起きていたんですか?」
「いいや、お前が入ってきた時気配を察して起きた。」
「すいません。起こしてしまって。」
「いいんだよ。悩み事か?」
「ええ、まあ。」
図星だ。
「今日は寝ておけ。悩み事は悩んでいるうちは解決しないものだからな。」
「はい。」
「いい後輩をもったものだな。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
今は寝よう。明日のために。