本音
「なにっ……。やってるんですか。」
ミドリが私の手を掴む。私は時が止まった。いや、それよりも込み上げたのが絶望感だ。羞恥なんてものはゼロだ。今までに必死に作り上げてきた先生というキャラクターが、私が私であれるための器が壊されそうになっていた。私はパニックになっていた。冷や汗が飛び出る。力が抜ける。私はナイフを下に落とした。
「………………。」
沈黙するしかなかった。聡明で優しくでかっこよくて時に馬鹿みたいな先生という特別であるための化けの皮がめくれそうになっていた。ミドリの目を見た。分かる。分かってしまう。あれは怯えだ。拒絶だ。差別だ。自分の想像の先生が良かったという希望を打ち砕かれた。そして、私は悟ってしまった。私は愛されていない。自分の理想像だけが愛されている。反らしていたかった事実が目の前に突きつけられた。私は死にたかった。その心に呼応するように咄嗟に左手が自らの首を絞めにいく。
バシッっ…!
ミドリが常人じゃありえないスピードで私の左手を握った。少し痛い、でも直ぐ様優しい手つきになった。僅かな希望すら打ち砕かれた。そんな私を気遣っても何も出ないというのに。
「先生。」
「……なに……?」
「…………。」
ミドリは言葉を詰まらしていた。私は初めて。初めて邪な感情を抱いてしまった。
"もっと、悩んで傷ついて欲しいと。"
私は最低なんだ。そんなことは知ってるよ。そもそも死んで良かった存在かもしれない。だって皆がくれる愛すらまともに受け取ってなくて、今だって人の不幸が自分の栄養のようになっている。
「殺して……くれない……?」
私は僅かな笑顔を振り絞った。いつもの先生のように振る舞った。でも、無理だった。私は1mmも何も動かっなかった。理性を覆い隠すように感情が支配している。そして、ミドリは堪えてた、必死に堪えてた涙を決壊させた。そして、もう両手も力が手に入らなくなって立つ気力も起きない私をミドリは壊れ物のように優しく包みこんだ。
「ごめん……っ。ごめっ……。ごめっ……ん、なさい……。」
ミドリはそう言い続けた。私はどうでも良かった。早く死にたかった。だって愛を感じなかった。本当は「どうせ泣いてるふりしてるだけなんだろ!」とか「黙れよ!私の気持ちを分かって気でいるなよ!」とか。もしかしたらこれ以上、攻撃的な言葉を口走ってしまうかもしれない。
でも、出来なかった私はここでも本音を出すことも出来なくて、ただ沈黙することしか出来なかった。
そうして、ある程度は泣き止んだミドリは私に話しかけてきた。
「先生は……っ、優しっ……いね。」
「そうやって、
笑顔を向けようとしてくれてるんだよね……っ……。」
「分かってるよ……っ、何も言わなくても……。」
俺の何を知ってるのか、俺は怒りが登ってきた。もう俺はおかしくなっていた。
「何が、分かるよだよ!何も分かってない!」
「ち、ちが、そういうことじゃ…。」
「何が違うだよ!そうやって自分だけいいアピールして、俺を貶めようとしてるんだろ!さっきから向けてきてた俺を卑下する目も、もうコリゴリなんだよ!」
俺は涙がボロボロと流れてきていた。もうそこに先生はいなかった。そこにいるのは悪魔。自分の感情だけの生物に仕立て上げる立派な悪魔だった。でもミドリは吹っ切れたように立ち上がった。そしてこっちを真っ直ぐ見つめて叫んだ。
「何がコリゴリなのっ!そっちの被害妄想でしょ!分かってないのはそっち!私は先生を、ううん君を真っ向から受け止めて上げるから。」
「何が受け止め上げるだよっ……!
優し過ぎるんだよ……。」
「先生、褒め言葉なんていらない。先生、本音を話して。」
もう、後はなし崩しだった。
私が愛を感じないこと。
私が先生という器を演じるのに疲れたこと。
私の悪魔が暴れ出しそうなこと。
私が邪な気持ちを抱いてしまったこと。
生きる価値なんて感じてないこと。
ミドリはただひたすら私の体を抱きしめた。しっかりと捕まえてるけど痛くない、何処か優しさを感じるようなハグ。私が望んでだけど誰からも授けて貰えなかった。僅かな温かみを感じるこれ以上無い行為だった。
1時間半経っただろうか、だんだん疲れのせいかウトウトしてきていた。そんな俺をミドリは頭を撫でながら優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう…………っ。」
そこで私の記憶は途切れた。
▲才羽ミドリ視点
先生が寝た。寝顔も可愛い。
…………色々と有り過ぎた。先生の今まで吐き出せなかった重荷。よく人は死んではいけないとか押し付けるけど、先生をハードワークさを改めて知った時、これは人がやる所業じゃないと思った。表に出てる作業用資料だけで、家が建てれそうなレベルであるのに、まだ隠してる未達成タスクが今の3倍はある……。考えただけで嫌。
そんなことが積もって、愛も感じなくなる。私が与えてあげないと今度こそ何があるか分からない。先生。私は先生を愛してる。だからこそ、この座を渡す訳にはいかない。
そう、先生は間違ってる。最低でもいいんだよ。私だって先生を独占出来るためだったら他の学校の生徒をぶちのめしちゃうかもしれないから。
本当に先生はいい人だよ。