満月
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「うっ。」
私は目を覚ました。辺りを見回すと、今は開けっ放しになっている幾つかのベッドを囲むように、置かれたカーテン。それに棚にはほぼ聞き馴染みのない名前のものだけで構成されている薬品がすらり。それに少し鼻から漂っている匂いはミントに近しいが、清涼感まではいかないこの独特の香り。
「ここは保健室……かな?」
また窓の外はすっかり暗くなっていて、照明一つ点いていない。それにしても満月が綺麗な夜だ。
「本当はこの場所にずっといたいんだけどなぁ。仕方がない……か。」
私はこの腹筋にもまともに力が入らない状態の体を無理矢理起こそうと試行錯誤していると、
ガラッ
「あっ、先生。起きましたか。」
そこには会いたいかった、でも会いたくもなかった複雑な心境がある生徒が訪れた。
「やぁ。ミドリ。」
「先生。おはよう…いや、こんばんはですね。」
そういうと、ミドリは私に近づいてきた。
「ところで先生。起き上がろうとしてはダメですよ。
どうせ、先生のことだからシャーレに戻ろうとしてるんですよね。勿論、行かせません。」
やっぱ、バレてたのか。それでも、私には休んでる暇が無いから。ミドリには悪いけどシャーレに戻らなければ。
「……頼む!行かせてくれないかなぁ。」
「駄目です。」
「えぇ……。私とミドリの仲だからさ。ねっ。」
そう頼みの言葉を告げた。それに対してミドリがすぐに言葉を発した。
「何と言われても駄目です。」
そして、私の顔をじっと見つめながら言葉を続けた。
「その表情、もういいですよ。そんな苦し紛れの笑顔辛いです。
…………先生。無理に演じなくていいですよ。」
「そうか。………………分かった。
でも、俺はもう休んでる訳にはいかないんだ。」
そう伝えるとミドリは大きくため息をついた。そして、口を開いた。
「はぁ〜。分かりました。
じゃあ、私の悩み事について乗ってください。」
まだ俺はやるべき事がある。だからごめんだけど行かないなくちゃいけない。
「でも……。」
そう返そうとした瞬間、ミドリが話をしてきた。
「先生は目の前の生徒が困ってるのに放っておくんですか?」
ずるいな。
「…………。」
言い返す言葉も出ないな。見事に言いくるめられてしまった。
でも、実際ありがたいな。悩み事と言いつつ俺の休む時間を取ってくれたんだろう。ミドリの優しさに救われてばかりだな。
そう思いつつ、ベットから上体を起こしつつ壁によりかかった状態に体を移行させる。そして、俺と保健室の椅子に腰掛けたミドリは互いに目を見つめている。そして少し時間が経ったのち、ミドリが先に口を開いた。
「私、時々力不足って感じるんです。」
そう言ったミドリに対して、すぐ「そんなことはない!」と否定することも出来たし、実際そう言ってあげたかったが、それをミドリは望んでないだろう。大事なのは先生としてしっかりと話を聞いてから判断することだろう。
「私が今より少しでも優れたものがあったらなぁ。何かが変わった気がしたんです。
実際、私がもう少し周りを見えてれば、もう少し大人であれば今回のようなケースで先生を全く傷付けなかったですから。」
「かもね。」
私がそう答えるとミドリの顔は少し曇った。
「そうです、、、よね。」
みるみる内に暗くなっていくミドリに私は話を遮るように話しを始めた。
「けどさ、それはさ皆同じだと思う。特に私も。」
一瞬、息を飲み込んだ。目線を自分の握る手に向ける。
「もし少しでも力が、少しでも寛大な器があれば、皆みたいにヘイローがあればなって。そうしたら皆みたいに前に立って戦える。最終的には生徒に任せっきりになることが悔しいよ。」
握る手をさらにぎゅっと、爪を食い込ませるように握り潰した。感情が昂る。
「先生もそう感じるんですか。」
頷く。沈黙が訪れる。だけど気まずいなんてのはもうない。あるのは二人だけという空間。そしてこの瞬間だけで先生じゃなくて……。俺自身でいれる。
ミドリが質問をする。
「人間って、なんで完璧じゃないんでしょうね。」
「なんでだろうね。」
「先生も分かんないんですか?」
「そりゃ、完璧じゃないからな。」
「ぷっ、あはははは!」
「何で笑うんだよ!」
「すいません、すいません。」
私はこの空間が心地いい。
久し振りだ。こんな心の底にある憑き物が晴れたように笑うのは長らく経験してなかった。
「あっ。」
少しの風が靡いた。私と同じように笑うミドリがこの綺麗な夜の雰囲気に包みこまれる。それはまるで物語の感動的な一節のようだった。ここにいるのは主人公とヒロイン。そう錯覚させるような。
「先生。私、本当は言いたかったんです。」
そう話を切り出すミドリはどこか覚悟が決まってるような今までにない真剣な目を私に向けて話を続けた。
「本当は先生が壊れそうになってるときに私がこの世界で唯一の味方になってあげるって、誰よりも特別だって言ってあげたかった。」
ミドリは落ち着いた口調で話を続ける。
本当は全く愛を感じないって言った時に、そんなことないって先生に言いたかった。」
あぁ、もう分かってしまった。ミドリは私に対して……。
ふいにこの1-2週間のことを思い出す。おそらく人生の中で最高の瞬間だったろうと言える。
ミドリが私に向けてくれた感情。
ミドリが私のことを思ってしてくれた行動。
あの日もし、1秒でも噛み合わなくてナイフが私の胸に刺さっていたらこの物語はないんだろうな。
ミドリが意を決して言葉を紡ぐ。
「先生!、私、私は、本当に先生のこと!」
話を続けようとするミドリの口を人差し指で塞いだ。
「んー!んー!」
抗議する目を私に送ってくる。ミドリのそんな様子も愛おしいな。
でも、、、ごめん…………。
その言葉は私から言わなきゃ。
「好きだよ。」
人差し指で押さられてるミドリの瞳孔が大きく開く。揺れ動く。
「ミドリ、才羽ミドリが。俺は好き。この世で一番好き。」
開いてた瞳孔をまた揺れ動く。そして、ミドリから涙が溢れてきた。
「え、え!?も、もしかして嫌だった?」
そう言うと首がもげるんじゃないかと思うスピードで大きく何度も首を横に振る。
そして、私の押さえてた人差し指から離れてこう言った。
「私も!先生のこと大、大、大好きーーー!!!」
その時に丁度、ミドリの姿が満月の光に照らされる。私の目に映るのは、死のうとしてた時の同じ夜の暗さに表れた生徒じゃなくて、
一生忘れることのない輝きを持った満月の光に照らされる俺が初めて好きになった最高の少女だった。
これにて一応完結…ですが。後日談を書きたいとは思ってます。というか1話以上は絶対書こうと思うのでご支援の程、宜しくお願いします。