奇怪な咆哮と共に虫型のネイティブが男目掛けて鎌を降り下ろすが、その一撃は男が手にした大剣の刃で弾き返される。だが、その隙を突くように男を取り囲んだ他のネイティブ達が一斉に飛び掛かってくる。
その瞬間、男が両手で大剣を握り混むと同時に鋭角な黒い甲殻で覆われた左腕から血が吹き出して大剣の刃を覆い、男は大剣を力任せに地面に叩き付ける。
直後、周囲に無数の血の刃が無差別に撒き散らされ、全てのネイティブを切り裂く。血を撒き散らしながらネイティブ達は崩れ落ちると黒い塵と成り果てる。
風にさらわれて消えていく塵を横目に彼は素早く周囲に視線を巡らすも、視界に映るのは自身を取り囲むネイティブの群れではなくネイティブの残骸である無数の黒い塵だけだった。
「………何度見ても無様なもんだな………ま、俺が言えた義理じゃないが」
ネイティブの殲滅を確認した男は吐き捨てるようにそう言うと手にした大剣を軽く振って刃を格納して背中に背負うと、懐からデバイスを取り出して操作する。表示された位置情報を確認した男は顔を上げ、
「近いな」
そう呟いて男が歩き出すと、その動きにつられるように黒い尾が揺れ動く。
「見えてきたぞ」
アダムの言葉と共にテトラポッドのコックピットから目的地が見えてくる。荒廃した海岸沿いの施設。その周囲には墓標の様に大地に突き刺さった無数の戦艦の残骸。波が打ち寄せる海岸は無数の瓦礫に埋め尽くされてしまっている。
炎こそ消えているが、遠巻きにも激戦があったと分かる光景を前に、イヴの顔が強張る。
「あそこが……イヴたち第七空挺団が降下した場所?」
そう呟いた直後、リリーはハッとしたように口元を手で覆う。
「ご、ごめんなさい、イヴ……あたし……」
「大丈夫よ、リリー。大丈夫だから........」
リリーを気遣うようにイヴは言うが、視線は変わらず目の前の廃墟に向けられている。
多くの仲間達が今も弔われる事もなく打ち捨てられている場所を睨み付けながらイヴはここに戻ってきた切っ掛けを思い出していた。
「ネイティブの調査?」
困惑した表情でイヴが問い掛けると、オルカルがうむ、と頷く。
「そうじゃ。お主たちにあるネイティブの調査を頼みたい」
「どういうこと?何で態々あたし達にネイティブの調査なんか……」
リリーの困惑ももっともだ。イヴ達が2体目のアルファネイティブを討伐する準備を進めている最中にオルカルから頼みがあると聞いて来てみれば内容はネイティブの調査という。強大なネイティブの討伐ならまだしも、調査なんてイヴ達に頼むようなことではないように思える。
「詳しくはワンから聞いてほしい」
名前を呼ばれ、オルカルの側に控えていたワンが前に出て口を開く。
「事の起こりは少し前、大砂漠から帰還した衛兵たちから気になる報告が上がったことだ」
「気になる報告って?」
「ああ………彼らいわく、人形のネイティブと遭遇したと」
人形!?とリリーが驚いたように声を上げ、アダムも驚愕したように顔を引きつらせている。
「人型って……あれか?俺がイヴを助けた時に見たような人に近しい体型の新種か?」
アダムの言葉にイヴは思わず奥歯を強く噛み、拳を強く握りしめる。降下地点で遭遇し、タキを殺したアルファネイティブ。確かにあれはネイティブらしい異形だったが全体的な体型は人間にかなり近かった。まさかあいつがこの近くに………
「いや、彼らが遭遇したネイティブとアダムから聞いたアルファネイティブの特徴は合致していない。全くの別種だろう。とりあえず、経緯を説明させてほしい」
ワンが聞いた報告はこうだ。
件の衛兵たちはザイオンの近くにある大砂漠の哨戒任務についていたらしい。
その任務の最中、衛兵たちは大砂漠に住まう強大なネイティブ、ベヒーモスと運悪く遭遇してしまったらしい。
「ベヒーモス?」
「大砂漠で確認されているネイティブだ。アルファネイティブ程じゃないがかなり手強い。衛兵じゃまず相手にならないだろう」
「そうだ。実際遭遇した衛兵達もベヒーモスによって追い込まれたらしい。そしてとどめを刺される、と言う所で、突然何物かがベヒーモスを攻撃をしたらしい」
「何者かが攻撃をした?」
「ああ。その何者かはそのままベヒーモスと戦い、打ち倒したようなのだが、ここからが本題だ。当初彼らはその人物を天使……つまりイヴ、お前だと思ったらしい。べヒーモスを打ち倒す実力者はそれぐらいしか考え付かなかったからな。しかし、佇む姿があまりにも噂と違い、何よりも人間にはまずあり得ないような部位が幾つもあったらしい。ぞれで、もしやネイティブではと警戒していたところ、そいつは衛兵たちの方を向いて……
『無事だったか、運がいい……か………』
海岸沿いを警戒しながら歩くイヴに追従するドローンからトライポッドに残っているアダムの声が響く。それはロアから聞いた話で最も異様な報告、ネイティブが言葉をしゃべったという物だ。更に言えばそのネイティブは衛兵達に危害を加えることはせず、その場を去ったらしい。
更に、同一と思われるネイティブの目撃情報も複数上がってきているようで、強大でありながら正体も目的も分からない不気味な存在がザイオン周辺を彷徨いている現状は芳しくない。だからオルカルはいざというとき対処できる力を持つイヴ達に調査を依頼したのだ。
ここに来たのは目撃情報などから目的のネイティブがここにいる可能性が高いと判断したからだ。
『あのさ……やっぱり、幻聴かなんかなんじゃない?幾らなんでもありえないよ。ネイティブが言葉をしゃべるなんて……』
ドローンから同じくトライポッドからこちらをサポートしてくれているリリーの声が聞こえてくるが、その声は懐疑的だ。
正直、気持ちは分からないでもない。ネイティブと言うのは人とは思えない異形の怪物。それが人の姿をしている、と言うのはまぁ、シルエットが人に似通っていた為と納得は出来る。だが、人の言葉をしゃべったと言うのは些か荒唐無稽だと思う。
「何にしても油断はできない。ロアの話だと、そいつはベヒーモスと言う強大なネイティブを倒した。ならそれ相応の力を持っているはず」
『そうだな。油断せずいこう』
イヴはいつでも武器であるブラッドエッジを展開できるようにしながら廃墟を歩いていく。
周囲には無数の瓦礫が散乱し、巨大な残骸が放置され、炎が舐めたのか黒焦げとなった地面が剥き出しとなっている。まさに地獄絵図と言う光景が広がっているが、イヴは知っている。降下直後はこれよりも凄惨たる光景が広がっていたことを。
燃え上がる炎とそこらじゅうで響き渡る轟音。無数のネイティブが徘徊し、殺されていく仲間達。その全てをイヴは片時も忘れた事はない。
ここにはいまだその仲間たちがあの時まま放置されている。本当なら今すぐにメモリーチップを回収してちゃんと弔ってあげたいが………
『なんか……おかしくない?』
そんな事を考えていると、ドローンからリリーの訝しげな声が聞こえてくる。
「どうしたの?リリー」
『えっと………第七空挺部隊はここで………その、壊滅したんですよね?イヴ以外……全滅と言う形で……』
「そうだけど………」
『だったら………どうして死体が一つも見当たらないんですか?』
えっ、と声を上げてイヴは見渡してようやく気付く。仲間たちの死に場所にも拘らず、あの時幾つも横たわっていた彼女達の死体が一つも見当たらない事に。ドローンのサーチにすら反応がない。まるで最初から何もなかったように周囲に死体見当たらないのだ。
『まさか……アダムみたいな回収屋が死体を………?』
『絶対ないとは言い切れないが……もしもそうだったらザイオンにパーツが大量に出回っているはずだ。天使のパーツが一部隊分だ。隠しきれるものじゃない』
「それじゃあ、一体なんで………」
明らかな異常事態にイヴはブラッドエッジを展開し、油断なく周囲を見渡す。だが、周囲に異常はなく、波の音が響くだけだ。
それでもイヴが警戒を解かずに構えていると、
『ん?ちょっと待て』
直後、ドローンが前方に飛んでいくと、地面に向かってスキャンレーダーをあてる。イヴもすぐさまついて行き、ドローンの横から地面を覗き込む。
「これは………足跡?」
『ああ。そうみたいだ。しかもまだ新しい』
そこには成人男性ほどの大きさの足跡が残されていた。アダムの言うようにそれほど時間が経っているように見えない。恐らく、この足跡の持ち主はまだ近くにいる。だが、その正体がイヴたちには分からなかった。
『これって……人間の足跡?』
「確かに全体の形は似てるけど……指の形が違いすぎる。人間にこんな鋭利な爪はない」
その足跡は人間のように二足分で、しかも全体の形はほぼ人間だ。だが鋭い爪を備えた四本指の足の人間なんていない。
『足跡は……あの丘の上に続いているな。追って見るか?』
アダムの言う通り、足跡は真っ直ぐに丘の上の施設に向かって続いている。あの時、目の前でタキが殺さたあの施設に。
ブラッドエッジを握る手に思わず力がこもるが、イヴは大きく深呼吸をしたのち、小さく頷くとゆっくりと施設に向かって歩き始めた。
『な、何よ……これ………』
目の前に広がる光景をドローン越しに見たのであろう。リリーが驚愕と困惑が入り混じった声が聞こえてくる。それはイヴも同様だった。恐らくだがアダムも似たような顔をしているだろう。それほどに目の前には彼女たちには異様な光景が広がっていた。
施設の広場、イヴがタキと共に大型ネイティブと戦った場所。そこの地面の至る所を掘り返した穴を埋め直した形跡がある。それだけならば確かに異様だが訝しむ程度だ。彼女たちが驚いたのは……
「この地面の下に………仲間たちが埋められている……!」
埋め直された穴の下に人間の反応があった事だ。それも、反応を見る限り第七空挺部隊の仲間達だ。一つの穴に一人ずつ、仲間たちが埋められている。
『なんで………なにこれ………意味が分からない……!?なんで、どうして!?いったい何の目的でこんな事…………』
『これって………まさか………』
イヴが理由が分からず混乱していると、ドローンから困惑しアダムの声が聞こえてくる。だが、その声色は混乱と言うよりも何かに気付いたような響きをともなっている。
「アダム、何か知っている?」
『あ、いや、知っているというか………』
『何か知ってるなら教えてよアダム。こんなの………絶対に普通じゃない』
イヴがじっとドローンのカメラを正面から見つめ続ける。暫らくすると、観念したようにドローンから深いため息が聞こえてくる。
『彼女達は恐らく..........埋葬されているんだ』
「埋葬?」
『古い死者の弔い方の一つだ。遺体を地面に埋めて、死者の冥福を祈るんだ』
「それじゃあ………みんなは捨てられたわけじゃないって事?」
『少なくとも、一人ひとり埋めているところを見る限りは埋葬したとみていいと思うが……』
『ちょ、ちょっと待ってよ。仮に……仮にそうだとして、一体誰がそんな……』
リリーが混乱したように声をあげた瞬間、
ジャリ、とそれを遮るようになにかを踏みしめるような音が響く。
瞬間、イヴは素早く左腕にドローンを装着、射撃モードを展開して音が響いた方角に突きつけ、
「誰かいると思ったが...........生き残りか?」
そこに立つ一人の男を見て、大きく目を見開く。男は銃口を突き付けるイヴを見ても気分を害した風もなく手にした空挺部隊員の死体を抱えなおす。
180cmを超える長身の男だ。黒い髪をうなじまで伸ばしており、アダムと雰囲気が近い。黒いシャツの上に同じく黒いフード付きのコートを羽織っているが、どちらも左袖がなく、左腕が剥き出しとなっている。腰回りにはいくつものポーチを下げ、迷彩柄の脛丈の軍用ズボンをはき、背中には何らかの武器を背負っている。
一見すると、イヴやアダムのような違法改造をしていない普通の人間にしか見えない.........黒い鋭角的な甲殻に覆われた左腕と同じ甲殻に覆われた鋭い爪を生やした両足、ゆらゆらと揺れる黒い尾。そして後ろに向かって伸びる二本の巨大な角と縦割れ赤眼の瞳さえなければ。
かつて相対した人形ネイティブよりも人間らしい異形を前にイヴが困惑していると、
「イヴ!そいつネイティブだよ!ひょっとしてそいつが.......」
リリーの警告に瞬時にイヴはネイティブを睨み付け、ドローンの引き金を引こうとするが、寸前で指が強張る。
ネイティブは部隊の仲間の死体を抱えている。このまま発砲しては仲間にも当たってしまう。
こいつ、とイヴが奥歯を噛みながらネイティブを睨み付けると、ネイティブはうでの中の部隊兵とイヴを交互に見て、納得したように頷く。
「..........なるほどな。そう言うことか」
『ほ、本当に言葉を喋ってる』
『ああ........俺にも聞こえてる。間違いなく人間の言葉だ』
ドローンから聞こえてくる二人の声から信じられないと言う雰囲気が感じられる。イヴも内心はそうだが油断せず銃口を突きつけていると、
「あーーー、ちょいといいか?俺の言葉分かるか?」
ネイティブが口を開く。明らかにイヴにたいして話し掛けているのだが、イヴとしては答える義理もなく、引き続き銃口を向け続ける。
そうなるかとネイティブはため息を吐くが、構わず言葉を続ける。
「別に俺から何をしようって訳じゃない。ただこいつを下ろしたいだけだ。」
そう言ってネイティブは抱えている部隊兵を示すように顎をしゃくる。その申し出にイヴが訝しげな表情を浮かべるも、構わずネイティブは言葉を前に続ける。
「変な動きをしたら撃ってくれて構わない。ただいつまでも抱えてる訳にはいかんし.......お前もいい気分じゃないだろ?」
「ほ、本当になんなのこいつ........意味が分からないよ........」
それはイヴも同じだ。ネイティブは人類の天敵。人間を見れば一切の容赦なく襲い掛かってくる。だと言うのにこのネイティブは一向に襲い掛かってくる気配はなく、それどころかこちらを気遣うような素振りすら見せている。部隊兵を下ろそうとしているのも理解できない。恐らくだがこのネイティブはイヴが部隊兵を抱えているせいで撃てないと理解している。言葉を話せる知性があるならばその優位性も理解しているはず。しかし、それを自ら捨てようとしている。
困惑を表に出さないようにしながらイヴはどうするべきか頭を巡らす。この状況を打破できる手段はあるか、それは実行できるか考える。考えて考えて考え続け、
「..........................分かったわ。そのまま下ろして。ただし、それ以外の行動をしたら即座に撃つ」
「イ、イヴ!?」
ドローンからリリーの声が聞こえてくるが、イヴは無視してネイティブを僅かな動作も見逃さないと言うように睨み付ける。どれだけ考えてもこの現状を打破できる考えが思い浮かばない。ならば、ここは相手の提案に乗ってでも状況を動かす必要があるとイヴは判断したのだ。
ネイティブは分かった、と頷くとゆっくりとその場に膝をつき、部隊兵を地面に下ろす。そして両手をあげた状態でゆっくりと立ち上がり、イヴを見据える。
「それで、一応武器を持ってるんだがそれも捨てたほうがいいか?」
「...........いいえ。武器には手を触れないで」
了解、とネイティブは頷く。その様子にイヴは益々困惑を強くする。ここまでの一連の動作に不自然な所は全くなかった。仲間を呼び出す気配もなく、先程から周囲をスキャンしているアダム達からもなんの報告もない。
目的も正体も分からない正に正体不明のネイティブを、イヴは油断なく見つめながら問い掛ける。
「ここに多くの空挺部隊兵が埋められているけど、それはお前の仕業?」
「ああ、そうだ。俺が埋めた」
「何でそんなことをしたの。なんの目的があってこんな……!」
「何で......か。まぁ、一言で言うなら、死んだ連中はこうして眠らせるべきだって思ったからだ」
「そう。でもこれは私たちの弔いかたじゃない。ネイティブがどうかは知らないけど、こんな方法じゃ皆眠る事なんて出来やしない。ただのありがた迷惑よ」
うんざりしたように毒を吐くイヴをネイティブは静かに眺め、
「知ってるよ。だからそっちもちゃんと回収しておいた」
え?とイヴが訝しむと同時にネイティブはコートの内側に手を差し入れ、なにかを取り出し、それを見たイヴは大きく目を見開く。
ネイティブが取り出したのは一纏めにされた大量のメモリースティックだった。
「それって........まさか………!?
「俺が埋めた連中のメモリースティックって奴だ。お前らの弔いにはこいつが必要なんだろ?」
そう言ってネイティブはメモリースティックを地面に置く。
ここに来て、いよいよイヴの混乱は最高潮に達していた。あまりにも、あまりにも、目の前の存在が分からなすぎる。理解ができない。出来なさすぎる。
だからこそ、イヴは声を震わせながら思わずと言うように問い掛ける。
「あなたは........一体何なの……?」
「...........さあな。そんなの、俺のほうが聞きたいぐらいだ。自分が何者で、どういう存在なのか、俺にも分からん。ただ.........」
「イヴ後ろ!」
ネイティブの言葉を遮る様に放たれたリリーの怒声にイヴが反射的に振り返れば見馴れた異形のネイティブがイヴ目掛けて襲い掛かって来ていた。人形ネイティブの話に気をとられ過ぎたか誰も気付けなかった。
イヴはとっさにドローンの銃口をネイティブに向け、
直後に背後から猛烈な殺気が吹き出すと同時に発砲音が響き、ネイティブが吹き飛ばされる。
「同族であるはずのネイティブに対し、強い殺意と敵意を抱いているのは間違いないんだよな……」
凍えるような冷たさを孕んだ声にイヴが振り返ると、人型ネイティブの右手にはいつの間にか短銃身型のショットガンが握られており、銃口から煙が放たれている。吹き飛んだネイティブを憎悪を孕んだ赤眼で睨みつける様は姿も相まって悪魔を彷彿とさせる。
「悪いが攻撃させてもらった。弾はスラッグ弾だから当たってないだろ?」
「え、ええ........」
『まさか..........イヴを助けたの?そんな........一体どうして..........』
リリーが混乱したように呟いていると、人形ネイティブは小さく肩をすくめ、
「助けたいから助けた。そんだけだよ」
そう言って人形ネイティブは小さく口元を持ち上げる。まるで笑みを浮かべるように。
その言葉に、今度こそイヴたちは言葉を失った。目の前の存在はあまりにも、そう、あまりにも人間らし過ぎる。何なのだ。本当に何なのだこいつは。
立ち尽くすイヴを後目に人形ネイティブは周囲に視線を向け、
「この辺りの奴等は全滅させたんだが、もう集まってきたらしい。本当に忌々しい連中だ」
そう言って人形ネイティブは銃を腰のホルスターに吊り下げると、背中の武器に手を伸ばす。
抜き放たれたのは刃渡りだけで人形ネイティブの半身以上の長さを持つ軍用ナイフに似た形状の片刃の大剣。
「悪いが話はここで終わりだ。雑魚共を潰さなきゃならないんでな」
「ま、待ちなさい!まだ話は……!」
イヴの制止の声も聞かず、人型ネイティブは全身から憤怒を孕んだ殺気をまき散らしながら大剣を肩に担ぎ上げてその場から走り去ってしまう。
『ほ、本当に何だったの………あのネイティブ………他のネイティブに対する殺意と敵意って………』
『ネイティブ同士で縄張り争いをすることは珍しくないが………それでも……』
ドローンからリリーとアダムの話し声が聞こえてくるが、イヴはいつものようにそれをたしなめることはできなかった。彼女は困惑を顔に張り付けたままおもむろに歩き出し、人型ネイティブが地面に置いたメモリースティックの束の前に立つと、そっと膝をつき、手を触れる。
それはどれもこれも乱暴に扱われた形跡がない。力ずくで取り出したりせず、その後も雑に扱ったりもしたりしていない。少なくとも少し前にイヴを襲った闇市の者達よりもずっとずっと、イヴたちへの敬意が感じられる。
軽く唇噛みながらイヴはメモリースティックの一つを強く握りしめると、彼女は静かに顔を上げ、人型ネイティブが去って行った方角を見つめる。
複数の小型ネイティブが人型に一斉飛び掛かってくるが、人型は冷酷に手にした大剣を横薙ぎに振るって小型ネイティブをまとめて両断して吹き飛ばす。
その隙を狙って中型ネイティブが触手を勢いよく突き出してくるが、人型は振り抜いた大剣を強引に引き戻して触手を弾き飛ばすと地面をひび割れさせながら一気に距離を詰め、勢いのままに大剣を叩きつけてネイティブを斬り潰す。
息つく暇もなく別のネイティブが襲い掛かってくるが、人型は左拳をネイティブに叩きつけて怯ませた隙に大剣を振るい、ネイティブを深々と切り裂く。
そこに遠距離型ネイティブが遠方から酸の砲弾を撃ち込むと人型は舌打ちをしながらその場から飛び出して砲弾を回避して周囲を睨む。
人型の周囲にはいまだ無数のネイティブがひしめいており、その殺意の全てが人型に向けられ、それに応えるように人型の殺意も膨れ上がっていく。
「本当にどこまでもどこまでも............鬱陶しいんだよ虫けらどもが!」
人型が大剣を大きく振りかぶると同時に左腕から血が噴き出し、大剣に纏わりつく。そして人型が空を勢いよく振り下ろすと大剣から巨大な血の刃がネイティブ目掛けて放たれ、群れの一角をぶち破る。
ネイティブたちが驚いたように動きを止めた所に人型が飛び込み、血を纏って長さが倍になった大剣でネイティブを纏めて薙ぎ払う。
我に返ったネイティブたちが奇声を上げながら人型に襲い掛かるが、人型は振り抜いた大剣を強引に構えなおすと切っ先を地面に突き刺す。
直後に無数の血の刃が周囲に解き放たれ、襲い掛かってきたネイティブをまとめて切り裂く。
群れを吹き飛ばしたところで人型は大きく息を吐くが、その隙を生き残ったネイティブは見逃さず、すかさず奇声と共に襲い掛かる。
舌打ちをしながら人型は身を捻って回避し、そのまま体を一回転させながら大剣を叩きつけてネイティブを両断する。
それでもネイティブたちの攻勢は収まらず鞭のようにしなる巨大な刃を持つネイティブが人型にそれを叩きつけようとする。人型はすかさずショットガンを取り出して発砲、スラッグ弾がネイティブを吹き飛ばす。しかしネイティブたちは同胞の死に頓着せずに人型に襲い掛かってくる。人型は即座に反撃しようと大剣を振るおうとし、
「っ!?」
唐突に足元がふらつき、体制が崩れる。
その隙をネイティブの群れは決して見逃さず、一斉に咆哮を上げながら人型に殺到し、
背後から飛んできた無数のマイクロミサイルの直撃を受け、一部のネイティブたちが吹き飛ばされる。
予想外の攻撃にネイティブの動きが止まった隙に人型は体制を立て直して大剣を振るうと同時に青い閃光がはしり、直後に多数のネイティブが吹き飛ばされる。
人形が大剣を構え直すと、その後ろに背中合わせで立つように彼女はブレードを構える。
「..........どうして助けた。俺もネイティブだぞ?」
ネイティブから目を逸らさず人形が問いかけると、後ろのイヴはハッキリと顔を歪めながら口を開く。
「お前には聞きたいことがある。それを聞くまでは生かすことにしただけ」
あと、とイヴは続けようとして不意に口をつぐんでしまう。人形が訝しんでいると、イヴは迷うように視線を泳がせた後、
「ネイティブに貸しがあるなんて我慢ならないから早急に返済しようと思っただけよ」
その答えに人形は小さく苦笑を浮かべる。
「そうかい。んじゃま、少しの間だがよろしく頼むわ」
「よろしくされるいわれはない」
そう言った直後、二人は同時にネイティブの群れに向かって飛び出す。
周囲が血臭で満ちた戦場に無数のネイティブの死体が転がっている。だが、それもすぐに黒いちりとなって崩れていき、消えてしまう。
その只中でイヴは大きく息を吐きながらブラッドエッジを髪飾りへと変える。
「便利なもんだ。俺の相棒にもそんな機能があれば持ち運びが楽なんだが……」
振り返れば人型が大剣を背負いながら羨ましそうにイヴを眺めていた。どこまでも人間らしいその仕草にどうにも調子が狂ってしまう。
「それで、俺に聞きたいことがあるって言ってたが?」
これまでの目撃情報から、この人型は恐らく各地を放浪しているという事が分かる。ここで逃がしては次いつ会えるのか分かったものじゃない。今ここで話を聞いておく必要があるだろう。
「……貴方が今日ここで埋葬した空挺部隊兵の中に、左腕がない黒とオレンジのスーツを纏った黒髪の兵はいた?」
『イヴ、それって……』
イヴが聞きたかったことはタキの遺体の事だ。彼女の遺体もきちんと埋葬されているのなら、その借りは大きい。
イヴの問いかけに人型は左腕がない、と呟きながら顎に手をやり、
「………いや、そんな死体は見てないな」
え、とイヴとドローンから聞こえたアダムの声が重なる。
「そんなはずはない!タキは確かにここで、私の目の前で殺された!ここに彼女の遺体があるはず!」
「そのタキって奴が何者かは俺は知らんが……少なくともお前が言った特徴の部隊兵は見ていない。本当だ。といってもネイティブの言葉は信じられんか……メモリースティックを確認してもらって……いやそれだって俺が隠したと思われたら……はぁ、ネイティブでいるとこういう時に不便極まりない……」
どうしたもんか、と頭を掻く人型を見て、次第にイヴは冷静になっていく。人型の様子にこちらを騙そうという意図が全くないように見える。それすらも演技の可能性もあるが、これが演技なら大した名優だ。
「…………本当に見てないの?」
「ああ、本当だ」
「…………………そう」
イヴは小さくため息を吐きながら肩を落とす。
『イヴ……大丈夫?』
「ええ。大丈夫よ……」
「………で、聞きたい事も聞き終え、借りを返したお前は俺をどうするつもりだ?」
その問いかけにイヴは無言で人型を見つめる。人型は武器を抜くそぶりも見せずその場に佇んでいる。
「………倒すって言ったら?」
「悪いが今ここで死ぬつもりはない。俺たちのボスと言われる存在……エルダーネイティブを殺すまではな」
『ちょっ……エルダーまで敵認定してるの!?自分を生んだ存在じゃないの!?』
「言ったはずだ。ネイティブに憎悪と敵意を抱いているってな。エルダーから生まれたなんて言われてもだから何だって気分だしな。俺の敵意が鈍る理由にはならんってだけだ」
相も変わらず、人型の言葉から嘘は感じられない。感じるのはネイティブと言う種族に対するどす黒い殺意の炎。敵対しているだけでは抱けないような凄まじい殺意と嫌悪感。もしかしたらそれは自分自身もネイティブだから湧き出ているのかもしれない。
イヴはしばらく無言で人型を見つめていたが、ふうと小さく息を吐くと、
「いいわ。今回は見逃す。さっさと私の前から消えて」
『……いいのか?』
「………正直、もうこの場で戦う気が起きない。あっちにも敵対する気がないなら、このまま放置でいいと思う。そうすればネイティブを倒す手が増えるし。人的被害も出てないみたいだし」
アダムの確認にイヴが肩をすくめながら答えていると、
「ありがとな。見逃してくれて」
人型が静かに礼を言う。
「まさかネイティブにお礼を言われる日が来るとは思わなかったわ」
「そうかもな」
くくっ、と人型は笑うように肩を震わせる……いや、実際に笑っているのだろう。まさかネイティブが笑うとは思わず、イヴは目を丸くする。
「そう言う事なら、俺はこのまま退散するよ。埋葬もすんで、ここにいる理由はないしな」
「………そもそも、お前はなんでここに?」
「別に。ただの偶然だ」
そう言って人型はひらひらと手を振りながらその場から立ち去ってしまう。その背中をイヴは何も言わずに見送る。
後日、ザイオンに戻ったイヴはオルカルとマンに人型ネイティブの事を包み隠さず報告した。オルカルはそう言うネイティブもいるかとやけにすんなり納得し、対しマンは最初こそ半信半疑だったが、リリーがドローンの映像を録画したものを見せてようやく信じ、対応を協議すると言っていた。
そして、他のネイティブとは一線を隔す人型ネイティブに呼称を付ける話になり、そのネイティブにはある名前が付けられた。
新たな
オルタネイティブ
ザイオン周辺に出没するようになった人型ネイティブ。
人間に対しる敵意を抱いておらず、代わりに同族であるネイティブに強い敵意を抱いており、ネイティブに襲われている人間を助ける姿も確認されている。
己も含めた全てのネイティブの根絶を目的に動いていると思われる。
武装 大剣型ブレード、ネメシス。改造ショットガン、リベリオン。