犬仲間の斉藤さんは、まだまだ帰宅部をやめられない 作:あきと。
「うー、外は寒いなぁ」
空気の寒さを表す宙に舞う白い息。冬に差し掛かり、上着が手放せない季節となってきた。
山梨県南巨摩郡にある町、身延町。そこを通る、東海旅客鉄道身延線。その一つに、甲斐大島駅は存在する。
そこから歩いて見えてくる住宅地で、高梨颯(たかなしはやて)は暮らしていた。
元々、颯はスポーツ推薦で受けた関東でも有名なバスケの強豪校に進学。しかし、入部一年目にして足に怪我を負い、退部。
膝に抱えた靭帯の損傷。復帰までに掛かる期間は、およそ一年。ただでさえ、バスケ選手の中では身長が低くスピードとドリブルを活かしたプレーを得意とするシューティングプレイヤーだった彼にとっては絶望的な期間だった。
たとえ、復帰ができたとしても全盛期……。元の実力に戻るためには、それ以上の期間を要する。選手として使いものになれるかも分からなかった。
俺は、バスケが好きだ。でも、強豪校でやっていく自信は一気に失せてしまった。それからは、入院と手術を終えて。ごく普通の高校生としての生活を送っていた。
元気のない俺を見かねた両親が提案してくれたのは、環境の変化。この祖父母が暮らす、自然に囲まれた山梨県という場所で。もう一度、今後の事を見つめ直す良い機会になればと勧めてくれたのだ。特にやりたい事のなかった俺は、それを二つ返事でOKした。おもちも連れて行くことを条件に。
犬を連れて行っても良いなら行くなんて、我ながら子供じみた我儘を言ってしまった。けれど、後悔はない。
颯は水田が広がる歩道を抜けて、富士川の堤防を愛犬であるポメラニアン、「おもち」と共に散歩をしている。
「ワンッ」
「うん、今日もいい天気だな。おもち」
空気は冷たいが、空には雲ひとつない青空が広がっている。時々吹く風も不思議と悪い気はしない。
「ワンワンッ!」
九月に東京に住む両親の元を離れて祖父母が住んでいるこの町に越してきてから一ヶ月。一緒に引っ越してきたおもちは、すっかりこの道がお気に入りとなっていた。
ここは自然が豊かで心地良い。今まで住んでいたところとは、大分違うけど趣のある家に、優しい祖父母と新しい学校生活。その両方が、今の自分にとって有意義なものになっていた。
「さて、今日もいるのかな?」
今日は日曜日。明日からの学校に向けて、休日を謳歌していた今日この頃。おもちとの散歩も、癒しの内の一つでもある。
「あ、いた」
そんな俺には、楽しみがもう一つあった。
「おーい、斉藤さーん!」
堤防の途中で、川がある方の坂に向かって腰をかける女の子と、一匹のチワワの姿が目に入った。
「あ、高梨くん。今日も会ったね〜」
「ワフッ」
こちらの呼びかけに気付いた彼女が、にっこりと微笑む。
彼女の名前は斉藤恵那。颯と同じ本栖高校に通う一年生。
「ワフッ」
俺の足元を囲むようにクルクルと走るちくわ。
「ちくわは、今日も元気だね」
「それはこっちの台詞だよー。おもちも元気元気」
「ワンッワンッ」
「わーっ!」
「あっ、こらっ!」
「ふふっ、くすぐったいよ〜」
隣に俺が座ると、顔を近付けて挨拶する斉藤さんにおもちが擦り寄った。
「ごめん斉藤さん。大丈夫?」
「ううん、平気平気。おもちは甘えん坊さんだね〜」
斉藤さんは笑顔で応える。
彼女とは、二週間程前におもちの散歩をしている途中で出会った。その後、学校でも再会したのがきっかけで、こうして散歩の途中で会話をする機会が増えている。
「おもち、程々にな」
「ワンッ!」
「本当に懐きやすいよね」
「まー、人見知りしない子だからね」
「ふふっ、高梨くんと違って?」
「それは言わないで欲しいかな……」
初めて斉藤さんと話した時、入院していたこともあって、同世代の女の子と話す機会が減っていたおかげか、すごく緊張していたんだよな。それが、斉藤さんにとっては面白かったみたい。
「あはは、ごめんごめん。高梨くん面白いから」
「それより、よく会うよな俺たち」
朝起きてから午前中はゆっくり過ごし、お昼の後の食後の運動に散歩をする。それが俺の休みの日の流れでもある。休日に斉藤さんと会うということは、彼女の休日のサイクルもほぼ同じなのかもしれない。
「俺はこのくらいの時間に外に出るのが好きなんだけど、斉藤さんは?」
「私もだよ。やっぱり、散歩するならこの時間だよねー。朝起きてのウォーキングは健康に良いんだよ♪」
「いや、もう昼過ぎなんだけど」
「あははっ。まーね」
別に約束をしているわけではないが、こうして散歩の時に彼女とは顔を合わせている。学校は同じでも、クラスは違う。校内で会っても軽く挨拶するくらいの友達という関係。
散歩の時間がほぼ同じみたいで、今日を合わせれば皆勤賞だ。俺は、数少ない犬好き仲間として、彼女との関係を気に入っていた。
「そうだ。高梨くん」
「ん、なに?」
「高梨くんは、九月にこっちに引っ越してきたって言ってたよね?」
「ん? うん、そうだね」
俺も一休みしようと、彼女の隣に腰を下ろすと斉藤さんが聞いてくる。
「私たち学校が一緒で、家も近所だけど。クラスは違うから気になってたんだ。もう新しい学校には慣れた?」
「まぁ、そうだな」
今の所、新しい学校での生活は充実していた。
「友達もできたし、楽しいよ。この辺りのことも分かってきて、ここの生活にもだいぶ慣れてきたと思う」
「そっか。部活とかはやらないの?」
「部活、か。……今のところ予定はないかな。斉藤さんは何か部活やってるの?」
この二週間、土日は散歩の時に顔を合わせるし彼女が部活に入ってたとしても活発的な部ではないのだろう。それに、俺も前みたいにバスケ部に入ってしまえば、きっと今みたいな休日でも学校で練習したり他校との試合とかで、今みたいな時間を過ごすことはできなくなる。なにより、斉藤さんと話す機会も減るだろう。
それは、嫌だな。まぁ、元々バスケ部に入る気はもうないし、入りたい部活もないから、しばらくは帰宅部だろうけど。
「私はね、帰宅部なんだ」
どうやら、斉藤さんも部活には在籍していないみたいだ。
という事は、犬仲間のみならず帰宅部仲間でもあるわけか。
「斉藤さんこそ、今後部活はやらないの?」
「いやー。まだまだ帰宅部は辞められないよー」
「そっか。時間もなくなるからね、俺も同じ」
「でも、高梨くん東京の高校に通ってたんだよね。その時は何かやってなかったの?」
「……」
そう聞かれて肩が震えた。
別に、聞かれること自体にどうという事はない。ただ、自分の口から話すというのは、やはり勇気がいる。
「あ……。もしかして、聞いちゃ駄目だったかな?」
その様子に気付いたのか、斉藤さんは心配そうな表情を浮かべる。
「いや、そんな事はないよ」
「本当に?」
颯の様子を見る恵那は首を傾げる。
「うーんと、少し話しづらい事ではある……かな」
「そっか、ごめん」
「斉藤さんが謝る事じゃないよ」
この空気にだけはなりたくなかった。だが、今のは俺が悪い。普通に返答をしていれば、こんな風にはなっていない。自分で招いた結果だ。斉藤さんは悪くない。
話の内容が無難なだけに、いつかこういう事になるのではないかと覚悟はしていたのにな……。
でも、それを話す最初の相手が斉藤さんなら、話してもいいかもしれない。今までの時間でそう感じていた。
「斉藤さんに話すのが嫌ってわけじゃないんだ。ただ、どう思われるのかが不安で」
「どういうこと?」
「だって、こんな話聞いても困らせるだけだし」
「そんなに気にしないで良いのに。私は高梨くんが話したくないなら聞かないよ?」
「斉藤さん……」
そう言われると、より斉藤さんなら大丈夫な気がして来た。場合によっては、俺への印象が変わってしまう可能性もある。それでも、優しくて朗らかな斉藤さんなら、これからも変わらずにいてくれる。そんな気がした。
「……話しても良いかな? 俺の部活についての話」
「いいの? 高梨くんが無理してるようなら」
「ううん、聞いてもらえたら俺は嬉しいよ」
俺は笑顔を斉藤さんに向けた。
嘘の笑顔じゃない。聞いてくれたら嬉しい。その本心から出た笑みだった。
「私なんかで良いなら」
「うん、ありがとう」
そうして、俺は少し前までの事を斉藤さんにゆっくりと話した。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。
ゆるキャン△ 2作品目です。現在、更新中の『イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》』との同時連載になりますので、おそらく不定期にはなると思いますが、気に入って下さった方がおりましたら、お気に入り登録、評価の方も何卒よろしくお願いします♪