犬仲間の斉藤さんは、まだまだ帰宅部をやめられない 作:あきと。
週明けの月曜日の放課後。
暇を持て余していた恵那は、図書室に遊びに来ていた。
「あの子たちが気になるの?」
恵那は中学時代からの友達、志摩リンの髪を弄りながら図書委員としての仕事をすべくカウンターに座る彼女に聞く。
「いや、べつに」
リンの視線の先には、外で作業をしているジャージ姿の三人の女子生徒たちがいる。どうやら、テントらしき物を組み立てている真っ最中のようだ。
だが、リンはそんな彼女達を見ていたことを否定した。
「リン。あーいうの得意じゃん……っと、できた」
そこで髪をセットし終えた恵那が、リンの頭から一度手を離す。
「クマヘアー」
長いリンの髪を器用に整えた恵那は、満足気にそれを報告する。
「おいやめろ」
「えー、似合ってるのにな〜。今年の流行ですよお客さん」
「どこで流行ってるんだよ」
可愛らしいクマの形を模した髪型にリンは不服の声を上げる。
リンの髪は、長くて動かしやすいから触ってて楽しいんだよね。
「それより斉藤、今日はいつまでここに居るの?」
「うーん、もうちょっと暖まってからかな」
そう言いながら、再び髪に触れようとすると二人の前に見知った顔の男の子が目の前に現れた。
「これ借ります……って、あれ? 斉藤さん?」
「あ、高梨くんだー。図書室で会うなんて珍しいね」
彼は高梨颯くん。一ヶ月程前に転校してきた男の子。私の住む家の近所に引っ越してきて、今はおじいちゃん夫婦と暮らしているのだという。
「ん? 斉藤の知り合い?」
「うん、ウチのご近所さん。高梨颯くん」
「へぇ」
「高梨くん。こっちは私の中学からの友達で」
「えと、志摩です」
「おー、リンが自己紹介するなんて珍しいじゃん」
「いや、私だって普通に挨拶くらいできるし」
「ど、どうも。高梨です」
颯は緊張した顔でリンにペコリとお辞儀をする。
ふふっ。高梨くん、人見知りなのは相変わらずみたい。
「あ、もしかして前に斉藤が言ってた転校生?」
「そうそう。前は東京に住んでたんだって」
「都会だな」
元々、高梨くんは東京の学校に通ってたみたいなんだけど、入学してすぐに怪我をして部活への復帰を辞退したと聞いた。
得意だったバスケをする為に入学したのに、目標を失った彼は、両親の勧めで愛犬のおもちと一緒にこっちで暮らす事を決めたのだという。
恵那は、昨日の事を思い出す。
「…………」
彼から話を聞いた日の夜、気になって少し自分でも調べてみた。意外にも、検索すれば引っかかるほどに高梨くんは中学バスケ界では有名な人だったみたい。全国大会に出場した経験もあって、将来有望な選手。そうネットの記事には書かれていた。
その事を考えると、本当に悔しかったんだと思う。私も聞いた時は驚いた。私にはまるで縁のない話だったから……。
だから、そんな私から伝えられる言葉なんてなかった。
でも、高梨くんは『聞いてもらえて良かった。ありがとう』と笑顔で私に微笑んだ。
私は何もしていない。ただ、話を聞いただけ。
でも、彼にとってはその事が特別だったのだ。それが嬉しかった。自分が少しでも力になれたのが、とにかく嬉しかった。
そう思えるくらいに、高梨くんの表情は暖かくて……。
一つの将来の可能性を失うことがどれだけの辛さなのか、正直私には分からない。本来なら、私がこんなにすごい人と関わる事も無かったんだと思う。
けれど、高梨くんに出会えて、話すようになって。ちくわとの散歩で顔を合わせる日が楽しみだった。
出会ってまだ二週間だけど、高梨くんと知り合えた事が私は素直に嬉しい。時間なんて関係ない。彼の人の良さは、十分に理解していた。
なにより、彼といるのは楽しい。お気に入りの堤防で、ちくわと座っていると彼が声を掛けてくれる。少し早めに着いた時は、彼が通るのを待ってたりもしていた。
私は彼との、そんな関係が好きになっていたのだ。高梨くんと、もっと仲良くなりたい。気が付けば、そう思うようになった。
高梨くんは不安だったと言っていたけれど、これからも何も変わらない。今まで通りに、私は彼の友人としてこれからもあの堤防に足を運ぶだろう。学校でだって声をかける。私自身が、友達として彼の力になれるのなら、困っているのなら助けたい。それが私自身の気持ちだった。
仲の良い友達、それが私たちの関係。
△ △ △ △
放課後、犬が特集された本を借りに図書室へ行くと、そこにはいつもの笑顔の斉藤さんがいた。何やら友達と喋っているようだったけど、思い切って本を借りるために声を掛けた。
どうやら、カウンターに座っているこの無表情なお団子頭の斉藤さんの友達は、志摩リンさんというようだ。
「斉藤が男子と話してるの珍しいな。しかも、仲良さげだし」
「そうかな? あっ! そうだリン。実は高梨くんも犬飼っててさ。犬仲間でもあるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。何飼ってるの?」
「えーっと……。これです」
自分のスマホの待ち受けにしているドアップのおもちの写真を見せる。
「ポメラニアンの、おもちっていいます」
「おもち……。かわえぇ」
志摩さん。犬が好きなのかな? 頬が緩んでいる。
「ねぇ、高梨くん。手に持ってるその本。何の本借りに来たの?」
「えっと、犬関連の雑誌だよ」
「あっ! その本私も読んだことあるよ。最初の方だけだけど」
「それは読んだとは言えないだろ」
「えーっ、そうかなー?」
リンが恵那に対してツッコミを入れる。
ちなみに、恵那が図書室に来る理由は大体遊びに来るのが目的だ。
「斉藤さんも図書館に用事? もしかして、図書委員だったり?」
「ふっふっふっー。実はそうなんだ。一年生にして、この学校の図書委員長が私だ!」
「図書委員長! それはすごい」
「おい、平気で嘘つくのやめろ」
「え、嘘なの?」
「今日の図書委員の当番は私だけだよ。てか、斉藤は委員会も入ってないじゃん」
「やだなー、リン。ちょっとした冗談だよ」
どうやら、颯の予想は外れたらしい。恵那が帰宅部だと言ってた事から、委員会に入っているのかもと予想していたのだが、違った。
「あの、俺本借りるの初めてなんですけど。一応、先生からは図書カード貰ってて」
「じゃあ、貸し出し処理するから。ちょっと借りるよ」
「あ、はい」
颯は本を渡しながら、さりげなく恵那の方を見る。
「……?」
恵那は笑顔で首を傾げた。
昨日、俺の過去についての話を聞いたにも関わらず、今まで通りに接してくれる斉藤さん。普通なら、あんな話聞かされたら気を遣うのが殆どだ。いや、実際斉藤さんも思うところはあった筈だ。それでも、こうしていられるのは優しい斉藤さんだからだろう。俺は、変わらず友人として向き合ってくれる斉藤さんに安心した。
「俺、転校して来て良かった……」
自然とその言葉が漏れた。
彼女が自分の意志でそうしてくれているのなら、本当に感謝しかない。
恵那に出会えた事が、颯にとって大きな一歩でもあった。
「そんなにこの本レアなのか?」
どうやら、リンが颯の言葉を聞いていたようで本に興味を示す。
決して、借りようとしていた本はレア物とかではない。
「いや、ごめんなさい。なんでもないです」
「そう? まぁ、いいや。とりあえず、はい。返却は今日からちょうど一週間。来週までだから、それまでにもってきて」
「あ、ありがとうございます」
初対面相手に緊張してしまう颯は、なかなか敬語が抜けない。
その事を面白く感じた恵那は、颯に説明する。
「あはは、高梨くん。どうして敬語なの? リンは私たちと同級生だよ」
優しい笑顔を向けられて、胸が高鳴った。
「そ、そっか。じゃあ……」
「うん、タメ口でいいよ。はい、これ」
「ありがとう」
リンからも了承を得て、颯は本を手渡される。
「「ぎゃーーーっ」」
「!」
外の方から、突然叫び声が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
声がした方を見ると、窓の外ではジャージ姿の女子生徒たちが長い棒のような物を持ちながら、何やら慌てている姿が目に入った。