Q.一般探索者が黄色い触手を見た場合の反応を述べよ   作:お前の母ちゃんシュブ=ニグラス~!

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閑話。山なし谷なしオチもなしの日常回です。
ちょっとした好感度イベント、みたいな。



追跡の時間

 立ち昇りだした、太陽の眼下。

 遠く、始発電車が帰路の向こうへと消えていく。

 冷たいコンクリートの舗装に、柔らかな光が躍る。

 暗闇を絶やした街灯たちが、その役目を譲るように眠りにつく。

 僅かばかりの足音と、羽ばたいた小鳥の言葉。

 人の絶えた青空。朝露に濡れる世界。

 未だ目を覚まし切らない、人々の営み、その始発点。

 

 閑静な街角の、遥か上部。

 地上より、凡そ三十メートルの異界。

 黒々とした外壁は、檻か、或いは虚空にも似て。

 僅かな陽光さえ断絶するように、外界の全てを拒んでいた。

 未だ夜を閉じ込めたままの世界。

 その、内側で。鳴り響く金属質が一つ。

 

 ……………ジリリリリリリ──────!!

 

 耳障りな、音がする。

 人類における朝の象徴、されど永劫慣れる筈のない喧しい音。

 脳に直接叩き込まれるような不快感が、微睡みから意識を浮上させていく。

 このまま無視を決め込みたい、という心情を余所に、無慈悲にも目覚まし時計は鳴り続ける。

 

「ん、ぐぅ………ぅ……」

 

 意図せず漏れた苦悶の声。

 鮮明になっていく意識とは裏腹に、身体を襲う倦怠感は増していく。

 浮かび上がった選択肢は二つ。

 布団を深く被ってやり過ごすか、やってきた今朝を受け入れるか。

 

 ………逡巡は一瞬。音の方向へと、叩きつけるように腕を下ろした。

 機械相手に我慢比べなど、考えるまでもない。苦渋の決断というやつだ。

 束の間、残響を残して静まり返る一室。

 耳には未だ甲高いあの音がへばりついている。

 

 すぐさま二度寝の誘惑が迫ってくるが、ひと先ずはそれを無視。

 遠く、壁掛け時計へと視線を飛ばす。

 針の音一つ立てない機械構造は、現在時刻を午前四時頃と示している。

 あまりにも早い起床時間だ、と寝惚け眼を擦れば、疑問が一つ沸き上がる。

 

「……………あれ。オレの部屋、目覚まし時計なんてあったっけ………?」

 

 考えてみれば、オレが目覚ましで起きる、なんて可笑しな話だ。

 なにせ、この部屋において時間を刻む物品はそう多くない。

 

 大雑把には三つほど。

 一つは、今も尚視界に収め続けている壁掛け時計。

 だが、アレとの距離は優に三メートルを超えている。この手の中にある筈がない。

 もう一つは、いくらか常備してある、競技用のストップウォッチ。

 純正の時計とは言い難いが、これで計時機能は備えてある。

 …………とはいえ、あのような不快音を搔き鳴らすモノは持ち合わせていなかった筈だが。

 

 そもそも、感触からして、先の二つにしては異質すぎる。

 何とはなしにスベスベとしているし、薄く、硬質だ。

 低血圧であるオレの肌よりも、ずっと冷たい。

 と、なれば、やはり。

 三つの内、残る最後の可能性………スマートフォンのタイマー機能が、オレを叩き起こしたのだろう。

 そうであれば、あの金属質の騒音にも納得がいく。

 思い返してみれば、少しばかり合成的な音声だったかもしれない。

 

 ………いや。だが、それでもおかしい。

 自慢ではないが、オレは現在の機種に変更して以降、一度と目覚ましをセットしたことは無い。

 当然の話、人間の手による設定なくして、このような挙動を取る事は無い。

 或いは、機械自身が望んでそうしない限り──────

 

「──────ひゃんっ」

 

 …………………………………ひゃん???

 なにか。凄まじく嫌な予感が、背筋を伝う。

 ぎぎぎ、と音を立てそうなほど錆びついた首を動かして、頭上へと視線を向ける。

 暗闇の最中、網膜を焼く液晶画面。

 極光の中に映り込んでいたのは。

 

「……………もしかして。秋野さんって、実はえっちなひと、なんですか?」

「─────────!?!?!?!?」

 

 朝の挨拶より早く発される、声にならない絶叫。

 待ってほしい。いや待ってください。

 先程までの眠気は何処へやら、緊急事態に直面した頭脳が音を立てて稼働し始める。

 デジャヴ、好感度、セクハラ、二度目。

 爆発的な言葉と不安の羅列。

 その間にも精神へと突き刺さる冷たい視線。

 

「ち、違うんだ律。ま、待っ、いや、弁明、誤解なんだ律………!?」

 

 動揺からか、異常に口が滑る。普段ならまずありえない醜態だ。

 オレ自身の意思とは無関係に、壊れたロボットが如く体が震える。

 慌てるな、まだ焦るような時間じゃない………というか、焦るような時間はとうに過ぎ去っている。

 まずは冷静さを。平静を保たねば。

 取り敢えずは、深呼吸によって乱れた情緒を回復させようと考えた────そんな折。

 

「ふふっ。冗談ですよ、おはようございます、秋野さん」

「…………遊ばれた」

 

 おはようの後。拗ねたように、己の体重をベットに預ける。

 柔らかく、沈み込むような感触。

 重たい瞼を閉じる。気を抜くと意識が落ちてしまいそうになるが、全身を伝う嫌な汗がそれを躊躇わせる。

 早朝から、なんとも壮絶な体験をするものだ。

 

「いいけどさ。…………それで、なんで律はスマホの中(そんな所)に?」

 

 当然だが、オレは彼女のデータを掠め取るような真似はしていない。

 そもそも彼女の場合、機体も性能もこんなスマホとは比べ物にならない程優秀だ。

 仮にそんな真似をしたなら、逆にこちらがハッキングされてしまうだろう。

 ─────いや。待った、ハッキング?

 

「はい。皆さんとの情報共有を円滑にするため、全員の携帯に私の端末をダウンロードしてみました。"モバイル律"とお呼びください!」

 

 生活のお手伝いから暗殺の協力まで、なんでも。等と宣う少女。

 感覚としては、凄まじく便利なOSが導入されたような物か。

 他のクラスメイトの下にも彼女がいると思うと。少々複雑だ。

 ………が、それに異を唱える権利も資格も、オレは持っていない。

 故に、つまらない思考を隅へと追いやって、代わりの疑問をぶつける事にした。

 

「それじゃあ、さっきの目覚ましは律が?」

「はい。調べたところ、この建物の防音性はかなり高かったので、最大音量にしてみました」

「……………何故??」

 

 ここで言う所の何故、が指すところとは。

 彼女が最大音量でアラームを掛けた事でもなく。

 頼んでもいない目覚まし役を買って出た事への疑問でもない。

 なにせそれは、彼女なりに役に立とう、という気概を見せただけの事だからだ。

 故に。分からない事はたった一つ。

 

「なんでこんな、太陽が昇っているかも怪しい時間に、オレは起こされたんだ………?」

 

 日光の注がれない、早朝午前四時過ぎ。

 今更部活も無いというのに、何故こんな時間に起床しなくてはならないのか。

 少しばかり恨めしい、という視線を向ければ、返ってきたのは特大の笑顔。

 スマホの明かりには慣れた筈なのに、嫌に眩しい。

 

「それはですね──────」

 

 彼女から受けた説明を端的に表せば、オレの遅刻癖を直したい、というモノだった。

 一体どこで知ったのか、彼女はオレの遅刻/欠席率を周知していた。

 根本が真面目な彼女にすれば、重大な問題に映ったのだろう。

 よしんば病欠などは仕方が無いにせよ、遅刻は撲滅するべきだ、と。

 

 その遅刻の大きな原因として彼女が見出したのが、登校にかける時間。

 学園からそう遠くない住所とは言え、貧弱な体力にかかれば相応以上の移動時間がかかる。

 それでも尚始業の時間に間に合わせたいのなら、出立の時刻を早めるより他に無く。

 結果として──────

 

「この時間であれば、確実に遅刻しない、と演算しました!」

「演算しちゃったかぁ………」

 

 いや、その判断自体は正しい。

 仮に今から準備等を始めれば、まず間違いなく遅刻はしないだろう。

 当然だ。なにせ、猶予時間が四時間以上存在している。

 余程の事故でもない限り、間に合わないなんてことは無いだろう。

 ……………ただ。

 

「律、これを毎日続けると、オレの精神と身体が同時に死ぬ。…………頼むからせめて、あと二時間は寝かせてくれ」

「む………わかりました、流石にやり過ぎでしたか」

「まぁ、少しだけな。でも気にしなくていいぞ、なんだったら、アラームも別に────」

「いえ、それはします」

「………………………そっか」

 

 無念だ、とぼやきながら上体を起こす。

 白色の天井照明を灯せば、完全に目が覚めた事を自覚した。

 そのままベッドから降りて関節を鳴らす。

 陸上部に属していた頃にも、これほどの早起きはした事が無かったな、と思いを馳せる。

 

 過去を探る中で不意に、思い当たることが一つ。

 

「そうだ、律。一個聞いても良いか?」

「はい、なんでしょうか?」

 

「──────今日って、何月の何日だっけ」

 

 ◇◇◇

 

 「─────それでは、本日の授業はここまで。皆さん、気を付けて帰ってくださいね」

 

 見慣れた怪生物の言葉から暫く、古めかしいチャイムの音が鳴り響く。

 ズラリと並んだ生徒の顔は、何かを期待している様な風体。

 けれど、逸るナニカを押し殺し、一度席を立つ。

 クラス委員先導の下、礼をすれば、それであっさりと終業は完了した。

 

 それとほとんど同時、教室内に吹き荒れる突風。

 薄い砂埃が晴れ、黄色い触手のあった所には置手紙が一つ。

 内容は、恐らく普段通り。

 大方、どこそこの国にスイーツを食べに行くので、暗殺希望者、もしくは勉強したい人は連絡してください、といった所だろう。

 タコ型の超生物は既に遠く、窓の外の点になって消えていった。

 

 そして、一瞬の沈黙の後、濁流が如く弛緩した空気が流れ始める。

 椚ヶ丘中学校三年E組は本日、金曜日。その最後の授業が、たった今終了したところであった。

 五日と続いた学業の拘束、それが束の間外れる日。

 必然、クラスの反応は様々といった具合で。

 休日にどこへ出かけるかの話し合いをする者。

 本日分の学習の見直しに励み始める者。

 次の暗殺計画について、友人たちと思考を巡らせる者。

 

 凡そ真っ当な中学生の思索ではないモノも混じっていたが、彼自身、その例に漏れることなく。

 

「ねぇ、秋野君。新しい暗殺計画を立てようと思うんだけど、一緒にどう?」

 

 髪を纏めた彼────潮田渚は、とある男子生徒へと声を掛けていた。

 黒髪黒目の少年は、授業が終わったばかりと言うのに、既に帰宅の仕草を済ませていた。

 とはいえこれも、大して珍しい事ではない。

 なにせ、自他ともに認める虚弱体質の少年だ。

 例え下校が登校に比べ比較的負担の少ない作業でも、早い内に帰り支度をしておく事は必要だろう。

  

「何か算段が付いたのか?」

「うん。奥田さんが、また新しく毒を作ったんだって」

「へぇ、毒………毒か。言っちゃアレだが、効くのか、それ」

「分からないけど、少しアプローチを変えたって言ってた。直接殺すんじゃなく、弱らせる方向で、って」

 

 酸化マグネシウム、及びビサコジルを過剰量配合した刺激性薬品。

 奥田曰く、"ビクトリア・フォール"…………早い話が超強力下剤だ。

 これによって暗殺対象の動きを鈍らせ、近接暗殺によって仕留めよう、という算段だ。

 そうなれば必然、直接暗殺を仕掛ける人間は多い方がいい。

 故に渚は、彼に声を掛けた──────の、だが。

 

「あー…………でも、悪いな。今日は先約があってな」

「あれ、そうだったんだ」

「多分だが、まだ計画の段階だろ? きっと、実行の時には手を貸すからさ」

 

 勿論、成功報酬は少なくしてくれて良いから、と手を合わせる秋野少年。

 こう言われては、渚にはそれ以上引き留める言葉もなく。

 自然、誰よりも早くこの教室を後にする、その背中を見送った。

 木製の扉を閉める音、外へと歩きだす音が、いやに大きく感じられた。

 

「あらら、フラれちゃったね、渚君」

 

 不意に、背後から掛けられる声。

 短く切り揃えられた赤い髪色と、着崩した制服。

 全てを見通すと錯覚しそうになる琥珀の瞳が、誰も居なくなった廊下を見つめている。

 目尻に浮かぶ小さな涙は、彼の感じている退屈の証明に他ならない。

 赤羽業──────先の男子生徒と親交を持つ、少ない生徒の一人だ。

 

「…………うん、残念。でも、一部言質はもらったから」

 

 しかし同時に、先の行動は明確な他者への拒絶を孕んでいた。 

 人が人ならば悪感情を想起しかねないような。

 或いは、彼を知る者なら、"らしくない"と感じさせるモノだった。

 

 確かにこの教室には、馴れ合いを良しとしない人間が一定数いる。

 この環境が気に入らないのか、単純にストイックなのか、或いは当人の中に問題があるのか。

 理由はどうあれ、そういった手合いがいる事は、渚自身理解している。

 しかし、彼の場合。多少見えない壁を感じることはあれど。

 彼なりに教室に馴染もうとしている事は明白で、それ故に、この拒絶を珍しい、等と感じてしまう。

 

「ふーん、まぁ、いいや。取り敢えず戻ろうぜ、勧誘結果の報告にさ」

 

 首肯し、元居た座席の付近へと戻る。

 彼らの視線の先には、小さな人だかりが出来上がっていた。

 その内の一つが、手を振って声を上げる。

 

「おーい、渚。暗殺の勧誘、どうだったー?」

 

 集団の内訳は、男子一人、女子三人、兵器一機の計五人。

 真っ先に声を上げた彼は杉野友人。

 その背後には奥田愛美、茅野カエデ、神崎有希子、そして律。

 いずれも、彼らと同じく先の男子生徒と浅からぬ親交を持つ生徒達だ。

 とはいえ。余り快い返答は出来ないのだが。

 

「うーん、半分くらい成功、かな。今日は予定があるみたいで、帰っちゃった」

「ありゃま。じゃあ仕方ないか…………因みに半分、っていうのは?」

「計画には参加できないけど、実行は手伝うんだってさ~」

「もしかして、今朝四時に叩き起こしてしまったのが原因でしょうか…………」

「律は何をしてるの…………??」

 

 困惑した神崎の声に、だから今日、日がな一日眠そうだったのか、と密かに渚は納得した。

 しかし。それと同時に掘り起こされる、小さな違和感。

 瞳を閉じ、探るように首を捻る少年。

 ──────思えば、過去に一度。こんな事は無かっただろうか。

 

「…………あ、そういえば。先月もこの時期に一度、暗殺協力を断られたかも」

 

 不意に鼓膜を叩いた、茅野の言葉。

 それによって、一息に彼の記憶が蘇る。

 赤羽業が復学した際の会話。

 思えば彼は、今回も、あの時も、何か急いでいたように思える。

 秋野空と言う人間の私生活を知らない渚には、推察するばかりしかできないが。

 

「……考えすぎなんじゃないか? そりゃ秋野だって、週末はゆっくりしたいと思うだろ」

「けど、特定の時期だけ、というのも少しだけ変ですね」

「…………何か、特別な用事でもあったのかな」

 

 思い思いの見解を話すクラスメイト達。

 内の神崎の呟きに対して、心中で同意を示す渚。

 自身のそれが見当はずれな考えではなかった事に、彼は少しばかり安堵した。

 しかし、それはそれで疑問も残るというモノで。

 

「けど、月に一度、この半端な時期にだけある用事……って、なんだろう?」

「野球とかか?」

「調合とかですかね?」

「断言はできないけど違うと思う…………」

 

 限りなくゼロに近い可能性を挙げる杉野、奥田両名。

 というか、それは二人の過ごし方でしょ、なんて呟く渚少年。

 

「さっきも言ったけどさ、気のせいなんじゃないか、実際」

「まぁ、でも。秋野君自身、暗殺も断るときは断るタイプだよね」

 

 実のところ。秋野空の付き合いは、曜日に限らず少々悪い。

 暗殺計画の考案であったり、実行の協力であったり。

 乗るかどうかの確率は、ざっと六割程度といったところ。

 渚にしてみれば、赤羽が復学した際の会話などは記憶に新しい。

 けれど。

 

「うーん、けど。秋野君、今日みたいな日は特に壁が厚いというか」

「それ、少しだけわかります。どういえばいいのか……拒絶感、みたいなものでしょうか」

 

 こくりと頷く渚。

 それこそ、赤羽が復学した際の会話がそうだ。

 それがなんの感情に由来するものなのかは分からない。

 敵意ではない。悪意ではない。害意ではない。

 しかしそれは、確かに存在する障壁。

 普段誘いを断るのとは訳が違う、あまりにも明確な断絶だった。

 

 しかし、茅野と杉野、律に関してはどうもしっくりこない様子。

 無論、主観と憶測が大いに混じった話題のため、それもまた正しい反応だ。

 とはいえ、計らずも三対三の構図になってしまった事実は否めない。

 そうなれば、自然と。視線は、未だ見解を話さない赤羽に集中する。

 しかし、当の本人は何やら深く考え込んでいる様子で、こちらの視線に気づいていないらしい。

 

「………………」

 

 沈黙が場を支配する一瞬。

 突然音が止んだ事を不審に思ったのか、赤羽は顔を上げ、困惑の表情。

 けれどすぐさま、渚達の言わんとすることが分かったのか、笑って一言。

 

「そんなに気になるならさ、尾行してみればいいじゃん。秋野の事」

 

 そんな、ちょっと倫理観が危ぶまれる一声で、彼らの放課後の予定は決定した。

 

 ◇◇◇

 

 東京都椚ヶ丘市、椚ヶ丘駅………その、傍ら。

 高度に発達した都市の一角、そしてそのさらに奥。

 西に傾き始めた太陽と、程よく流れていく鱗雲。

 夕焼けと呼ぶには、少しばかり浅い青空の下。

 薄暗く、西日差し込む路地裏に、妙に大きな影が一つ。

 熱を失ったアスファルトに、曖昧な関節がゆらめく。

 それは、その影が人間でないことの証明。

 

 三日月が如く口元を歪ませ、ソレは言った。

 

「いやぁ。こういう探偵っぽいの、先生ちょっと憧れてたんですよねぇ!」

「………………」

 

 やたらと嬉しそうに触手をうねらせる怪生物。

 対する周囲の反応は、これ以上なく冷ややかだ。

 理由は単純、その浮かれ切った態度と、その服装に端を発する。

 

 彼の者の身を包む装いは、普段のアカデミックドレスとは違う、インバネスコート。

 それに合わせるようなディアストーカーハット。

 口に咥えたパイプ煙草は、即興で作ったハリボテで、右手……と思しき触手には、理科室から持ってきたであろう虫眼鏡など。

 どこをどう見ても恥ずかしい、探偵のコスプレをした不審者が、そこにはいた。

 それに対して、呆れかえるようなハスキーボイスが響く。

 

「なんで殺せんせーがここにいるのさ……」

 

 現在時刻は午後四時半を少し回ったところ。

 赤羽発の魔の提案に乗った彼らは、その後少しと経たず集合場所を取り決め、尾行の段階に入ろうとしていた……の、だが。

 どういうわけか、殺せんせーはこの場所に現れていた。

 一体どこから嗅ぎ付けてきたのかといえば、それは。

 

「あぁ、俺が教えたんだ。やっぱ、面白い事は皆でやるべきっしょ」

「よくぞ言ってくれました、カルマ君!こんな事、先生抜きで楽しもうなんて、そんなの許しませんからね!!」

「……………………うん、そっか」

 

 熱意に押され、渚達は一先ず考える事をやめた。

 人の個人情報でお手玉するが如きセリフだが、この際だ。

 どうせ自分たちも同じ穴の狢なのだし、と、強引に自分を納得させにかかる。

 半ば自己洗脳だったが、それでもいいと続行。それが八割がた完了してきた頃。

 

『あ、皆さん。追跡対象が動き出しましたよ!』

 

 液晶画面からの声に、各々が散開する。

 彼らと同様に、渚もまた裏路地を抜け、大通りへと足をのばす。

 

 …………騒々しい、都会の喧騒。

 耳鳴りすら覚えるような人々の声と雑踏。

 そこから、一歩のみ引いた位置。

 近代化に取り残された公園の中。

 錆びたベンチから立ち上がる、一つの影を認めた。

 

 尾行対象─────秋野空。

 憂鬱そうな表情で人混みの中へ歩みを向ける黒髪の少年。

 その足取りは疎かで、次の瞬間には倒れてしまいそうなほどに覚束ない。

 だが、確かに。その足取りに迷いは無かった。

 

『うーん、どこに向かってるんだろう。家の方向じゃないんだよね、殺せんせー?』

『そうですね、彼の自宅は……正反対とは言いませんが、大きく異なります』

『それじゃあやっぱり、目的地があると思うんだけど……と、次の三叉路を左』

 

 スマホ越しに聞こえる、茅野と殺せんせーの会話。

 それを聞き漏らさないように、渚達は少しずつ位置を移動していく。

 

 実のところ、突発的に始まった今回の尾行には、作戦らしい作戦がない。

 というか、根本的な話、肉体的な追跡は必要ないのだ。

 律の端末から送信される秋野の位置情報。

 それを辿っていくだけで、撒かれる心配もなく、確実に知りたいことを知れる。

 

 …………が、それでは浪漫が足りない。

 担任教師の暗殺、などという非日常を日常へと変えられた影響だろうか。

 それが意識的なモノであれ、無意識のモノであれ。

 彼らは日々の中に、新鮮かつ大きな刺激を求めるようになっていた。

 要するに──────こんなに面白そうな事、スマホを見るだけで終わらせるなんて勿体ない!

 

 よって。失敗が無いという安堵感も手伝ってか、彼らのモチベーションは異常に高かった。

 

「この先って、何かめぼしい建物あったっけ」

『ここからだと、そうだな。バッティングセンターとか、スタジアムか?』

『少し遠いですけど、雪村製薬の本社とか、国立科学研究所とかありますよ!』

「断言はできないけど違うと思う…………!」

 

 相変わらず趣味に走った返答の両名。

 しかし、これでいて馬鹿にできない意見だ。

 なにしろ、このまま道なりに進むとすれば、郊外へと足を踏み出すことになる。

 開発の手が伸びない自然地域。

 そこまで行ってしまえば、いよいよ"らしい"建物などは無くなるだろう。

 

『──────! 待って皆、秋野の足が止まった』

  

 黙々と尾行を続けていたらしい赤羽の言葉に、今一度秋野へと強く視線が集まる。

 少年が立ち止まったのは、丁度白いバンの真横らしい。

 誰かと何かを話している風情だが、角度の問題か、渚には誰と会話をしているのかさえ判別できない。

 

「律、秋野君のスマホのマイクから会話を拾えない?」

『残念ながら、不可能です。"モバイル律"には使用が許可されていない機能のようですから』

「そっか、ありがとう」

『誰か、気づかれずに接近できる位置にいる人は?』

 

 茅野の確認に、しかし手を上げる人間はいなかった。

 液晶に映し出された各人の位置を見ても、即座の接近は難しい。

 尾行の秘匿のみを念頭に置いてきた影響もあってか、対象との距離が少々遠い。

 それに歯がゆさを感じ、好奇心ばかりが疼いていく。

 あのワンボックスカーが目当てだったのか、或いは、今会話しているその人物か。

 

『仕方がありませんねぇ、こうなったら先生が"液体化"で………』

『バレるだろ。つか、踏まれるだろ、絶対』

『殺せんせー国家機密でしょ、大人しくしてて』

『まぁ、アンタに関しては動かないのが正解だろうねぇ』

 

 総スカンを食らう殺せんせー。

 …………何故だろう。音一つない癖に、無線越しにくよくよ泣いている様が目に浮かぶ。

 とは言え、これでは埒が明かない。

 玉砕覚悟で接近するべきか、という考えが彼の脳裏に浮かんだ折。

 

『………………"フラワーショップ/花エンジェル"?』

 

 不意に聞こえた、神崎の声。

 なんともメルヘンな言葉の羅列だが、どうしてか耳に馴染む。

 今一度スマホの画面を覗き見れば、神崎の位置が少しばかり"浮いて"いる。

 恐らく、地図アプリにも記録されない小道を発見したのだろう。

 その事実から察するに、今の言葉は。

 

『付近の店舗情報を取得──────確認しました』

 

 何時ぞやを彷彿とさせる、冷たい機械音声が流れる。

 曰く、フラワーショップ/花エンジェル。

 先月より路上営業許可が交付された個人経営の生花店。

 不定期の営業活動でありながら、その評価は既に高いものとなっている。

 他店よりも美しく咲く花々に、虜になっている顧客も多いらしい。

 

『へぇ~。秋野ってそういう趣味もあったんだ、ちょっと意外』

『なんとなく、秋野さんのイメージとは合わない気がしますが………』

『でもいいんじゃね? 人間、何が好きでもさ』

「…………あ、買い終わって移動するみたい」

 

 面白みを増してきた尾行を続行するべく、彼の進行方向へと先回りをする。

 人通りの少ない道へと入り込み、律による案内の元アスファルトを蹴る。

 駆ける足は速く。新たに手に入れた、意外な事実を握りしめて。

 しかし、彼の高揚も仕方のない事だろう。

 意外も意外。なにせ、厭世的な学友の嗜好は、思いの外愛らしいモノに振り切っていたのだから。

 

 今一度、人通りの多い面へと足を運ぶ。

 くるくると周囲を見渡せば、その人影は簡単に見つかった。

 

「──────、っと。いた」

 

 片腕に赤い花束を抱える、見慣れた制服の少年。

 遠目からでも十分に分かるほどに美しい、寒気すらするほどに赤い花束。

 アンバランスな立ち姿である筈なのに、その様はどうしてかしっくりくるモノで。

 対象との距離、凡そ十五メートル以上。

 目視による花の種別を判定する行為は少々難しい。

 そう判断してみれば、小さな違和感が走った。

 

「…………あれ。秋野君、どこに向かうつもりなんだろう」

 

 彼の住むマンションがあると思われる方角と、その進行方向が一致しない。

 主目的が花の購入であったのなら、これ以上遠出する必要はない。

 無論、学生らしく、放課を楽しむという事も有り得るのだが、彼の確かな足取りがそれを否定する。

 先程までと寸分変わらず、目的を持ったままの歩調。

 

 考えられる可能性は二つ。

 花の購入とは別の、独立した目的があるか。或いは──────

 

『秋野ってば、誰に贈るんだろうね、あの花束』

『………………やっぱりそうなる、よね』

 

 冷静になって考えてみれば、ではあるが。

 仮に鑑賞用の花束であるのなら、あれ程赤く染め上げられることも無いだろう。

 あの手のモノは、なんであれ単一色に染め上げる事を嫌う。

 同系色の諧調を尊び、多くの花を用いる事を好む。

 ならば、彼の手元にあるソレは、まさしく真逆だ。

 高い評価を得ているという生花店が、このようなミスを犯すとは考え難い。

 

 ともすれば、アレが誰かへ渡すものだという事は、容易に想像がつく。

 ………………問題は、それを一体誰に渡すのか、という話で。

 

『アレじゃないかな、母の日的なヤツ』

『それって五月の話だろ。…………いや、待てよ。父の日って次の日曜だよな』

『茅野さんが言ってた先月の話とも符合しますよね、確か』

『ええっ、もしかしてビンゴなの、私!』

 

 何の気なしに発された茅野の言葉は、意外にも的を得た発言だったらしい。

 確かに時期と理由が、凡そ無理のない範囲で合致している。

 …………尤も、赤い花が贈答品として好まれるのは、母の日のみ。

 父の日のソレは、黄色の生花と相場が決まっている。

 茅野には悪い話だが、恐らくは外れだろう、と渚は密かに首を横に振った。

 

『んー………個人的には、病院だと思うな』

「病院?」

 

 赤羽も彼と同様の考えだったらしく。

 彼女とはまた違った仮説を巡らせていたようだった。

 とは言え病院、と言うのは少し、突拍子もない気がするが。

 

『ホラ、秋野ってば昔から貧弱だったらしいじゃん? 多分だけど、病院に通ったのも一度や二度じゃないと思うんだよね』

『思えば、秋野さん自身も、そのような事を言っていた気がします』

『…………そこで知り合った人に向けての、贈花ってこと?』

『しかし、生花の禁止されている病院は少なくない。彼が通うような病院なら、猶更です』

『そっかぁ、いいセン行ったと思ったんだけどなぁ』

 

 ああでもない、こうでもないと、憶測をぶつけ合う。

 その間にも全員の歩は進むというのに、けれどやはり、彼の行動の目的は見えてこない。

 現在位置は、椚ヶ丘駅から既に、郊外の一つ手前ほどまで。

 相当以上の距離を歩いている現状。彼自身の表情にも、疲弊が見え隠れしていた。

 

「今日は先約があって、か………」

 

 彼にすれば、あの少年が他者に執着するというのが、そもそも意外な話だった。

 そもそもとして、対人関係における彼は、どこかで一線を敷いている風体。

 教室に馴染む程度の努力こそすれ、誰と仲良くなる気もない………いや、これは違うか。

 秋野空という少年は、"人を好きにならない"ように努めている。

 

 そんな人間が、態々花束を贈るような相手。

 それがどうにも想像できない、と渚は頭を捻り、そして諦める。

 ──────不意に。秋野の位置が停止した。

 

『…………………ねぇ、皆、あれ、は………?』

 

 それと同時、神崎からの狼狽えた言葉が耳に届く。

 恐らくは、彼が目的地へと辿り着いた事実から来るのだろう。

 人の捌けてきた通りで、今一度彼の姿を目視する。

 

 片膝をついた少年。その正面には二つ纏めの髪を持つ少女がいた。

 少女、というよりも、小さな女の子、と呼称する方が適当だろうか。

 頭二つ分の身長差を縮めるように、少年は身を屈めていた。

 進行方向へと先回りしていた関係上、彼にはその少女の表情は見えない。

 

 しかし、その視線の先が、どうしてか手に取るように分かる。

 

「…………今更だけど、あれって…………」

 

 女の子へと差し出された一輪。夏の夕日のような、燃える赤色。

 柔らかな微笑みと、切り揃えられた奇数羽状複葉。

 人気が失せ、視界が良好になったからこそ、分かった事だが。

 あの生花の種別は──────

 

『──────本当に、驚きましたねぇ………本物の薔薇ですよ、アレ…………』

  

 殺せんせーの言葉で、不意に訪れた無線上の沈黙。

 彼らそれぞれの脳裏に浮かび上がった花言葉の知識は、それぞれ等しく。

 赤い薔薇の花言葉─────"愛情"、"熱烈な恋"、"貴女を愛しています"。

 先約があると告げた彼が、そんな意味を内包する花を束にして抱えている。

 

 "じ、じ、じ、"

 

 差し出したのは年端も行かない少女一人。

 先約があるという話、人の目を外れた場所。

 点と点が最悪の形で強固な繋がりを紡いでいく。

 これらが告げる現実に目線を向ければ、その行き着く先は一つのみ。

 …………一呼吸の、間を置いて。

 

"─────────事案だぁ、これェ!?!?"

 

 全員で飛び掛かった。

 

 ◇◇◇

 

「…………で、オレは襲撃されたって訳」

 

 陽も沈むかと言う、午後五時過ぎ。

 響く時報の鐘の音も何処か。

 椚ヶ丘郊外。影を増す木々の空を、暖かい赤色が包む。

 きっと、ひと時の安穏だ。直に降りる夜の帳の前触れ。

 遠く、暗い輪郭の建物が、いずれ訪れる夜の到来を告げていた。

 

「客観的に見て間違った判断とは言わないけど、もう少しやりようはあっただろ…………」

 

 絶妙に痛む全身に、少しばかり辟易とした声が出てしまう。

 オレにすれば、偶々薔薇を買って、偶々道端で出会った知り合いの女の子に一本おすそ分けした所で、クラスメイトからの急襲だ。

 勿論、花言葉の意味は知っているし、彼らの懸念も尤もと言えばそうだ。

 同級生が、小学生相手に突如告白した、とか。

 例えそう見えただけだったとしても、彼らの行動は、一概に責められるものでもないだろう。

 

「蛍ちゃんにすぐ逃げろ、って指示したのも悪かったかな。あれがトドメだったみたいだし」

 

 正直な所、彼らの尾行には早い段階で気が付いていた。

 なにせ、人の多い駅周辺からそうだったのだ。

 日々を生きる人間と言うのは、他者に目を向ける余裕を持たない。

 故にこそ、こちらに視線を向ける者がいれば、その知覚は容易い。

 それが何人も、一斉に目線を投げるのなら、嫌でも気づく。

 

「けど、視線に悪意が無かったんで、判断が鈍っちゃったんだよな」

 

 厳密には、行動がちぐはぐ過ぎて不用意な接触を避けたくなったのだ。

 なにせ、隠匿能力に反して尾行性能が高すぎた。

 何度か撒いたと感じても、次の瞬間には視線が元の数に戻っている。

 おかしな話じゃないか。

 あれ程の技術がありながら、尾行されている事を気取られる、なんて。

 

 更に言えば、隠密行動に充てる人数があまりにも潤沢過ぎる。

 どこかの組織にせよ、少なくとも自分の知っているソレではない。

 外様の宗教団体か、或いはもっと別のナニカなのか、と。

 

 どちらにせよ、あの場で"勘づいている"と気づかせるのは悪手だった。

 敵の規模も、信仰する神性も、根本的な存在理念すら、こちらは知らないのだ。

 唯一のヒントは、間抜けな尾行犯のみ。

 これを有効活用しない手はない。

 というか、仮に尾行者に撤退されると、こちらのアクションに制限が掛かり過ぎる。

 

 …………その点で言って、蛍ちゃんとの邂逅は不運だった。

 オレの関係者として、あの子を巻き込むわけにはいかない。

 結果として、口裏を合わせて全力で不審者を演じる事になったとしても、だ。

 

「最終的に誤解も解けたから、もういいんだけどな…………っと。こんな所か」

 

 二人が眠る、ごく小さな暗室の上。

 磨き上げられた大理石。

 秋野家、と深く彫られた痕をなぞる。

 その表面を、冷たさを纏い始めた風が攫って行った。

 

「……………………」

 

 中規模の山岳。

 しかし、遠くに見えるソレと比べ歪な形をしていた。

 都市開発の一環として、その体積の三割を失った小世界。

 バブル中期。人と金が溢れた時代の名残、或いは負の遺産。

 椚ヶ丘の都市開発をせき止めた黒歴史。

 現代にあっても尚、その傷跡は深く。

 役所の人間たちにすれば、有効活用などは望むべくもなく。

 膨大に有り余った土地の用途は、と言えば。

 

「しかし、霊園にするのはセンスが無いよな、行政もさ」

 

 最終的に、山岳一帯を墓地とすることで成された、過去の封印。

 過去の人間に過去を封じさせる、なんて。皮肉にしてもつまらない。

 寺も無い、神社も無い、協会も無い。

 管理人がいるのかさえ不明瞭な場所。

 死者の魂を鎮める場所、安息の地であるはずのこの場所には、何一つ、悼む心が見当たらない。

 

「……………………あぁ、そうだ。献花忘れてた」

 

 オレの両親は既に亡くなっている。

 今日は二人の命日だ…………とは言っても、月命日だが。

 オレがまだ小学生の頃に亡くなった二人。

 強く、賢かった二人でさえ簡単に死ぬのだと、あの日初めて思い知った。

 オレが最初に失った、大切なひと。

 唯一血を分けた、二度と戻らない平穏の世界。

 

「正直、墓参りで薔薇はどうかとも思ったけどさ、棘も潰してもらったし、いいかなって」

 

 花瓶に薔薇の花を挿していく。左右に五本ずつ、計十本の花束。

 別段、両親が好んでいた花という訳ではない。

 これは単純に、今日の花屋で最も綺麗な生花を選んだだけだ。

 見る人が見れば顔を顰めるのだろうが、生憎と両親はそこまで狭量では無かったし。

 …………それに。こんな場所に通うのは、もう、俺一人だけなのだし。

 

「ホント、二人揃って何をしでかしたんだか」

 

 オレが生まれた時点で、両家から絶縁を言い渡されていたらしく。

 一人遺されたオレへの対応はなく。

 簡単に奪えたであろう遺産にさえ目もくれなかったほど。

 血縁としての最後の義理で、母方の家で葬儀が行われて以来、何一つと音信は無い。

 それに、職業柄悼んでくれる友人さえいなかったらしく。

 結果として、この場所へと足を運ぶ人間は、オレのみになっていた。

 

 それなら、年に一度や二度じゃ少しばかりさみしいだろう、と。

 こうして定期的に、掃除や線香を上げに来ているのだ。

 

「どうせなら、アイツらも誘えば良かったな。二人に紹介できたし」

 

 どうやらこの薔薇を贈る相手が誰だったのかを知りたかったらしく。

 オレが両親、と答えれば驚くほど素直に彼らは帰っていった。

 いや、本当。急襲から撤退までわずか五分。嵐のような連中だった。

 次に機会があれば、一緒に来るのも良いかもしれない。

 …………いい加減。オレの顔も見飽きた頃だろうし。

 

「──────近況報告はこんな所かな。また来るよ」

 

 立ち上がって、軽い足取りでその場を後にする。

 霊園を出た頃には、空はとうに昏い色に染まり。

 

 ────────貫かれた月が、世界の破滅を刻々と告げていた。

 

 




律…………以後もこっそり位置情報を追い続けたら墓地に着いた。
     "両親へ贈る花"の意味を理解した。SAN値チェック。

追跡組……律から話を聞かされ、秋野の生い立ちに推察を立てた。
     後日、本人へ確認を取り正解した。SAN値チェック。

秋野………大切なひと:もういない。

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