Q.一般探索者が黄色い触手を見た場合の反応を述べよ   作:お前の母ちゃんシュブ=ニグラス~!

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大変申し訳ございませんが、諸般の事情により、この先暫く更新がありません。
それと、エイプリルフールネタはチラシの裏に投げました。



アートの時間

 逆さまに巡る季節。薄いカーテンが、冬明けの風に濡れていた。

 

 人気の途絶えた、午後五時を過ぎる放課後。藍色を帯びた空が、窓から覗く。

 昼間の喧騒すらも遠く。夕陽の姿は既に消え、建物は昏い輪郭を宿している。

 下校する生徒さえ見当たらない廊下。取り残された机や椅子に、最早熱は無く。

 暫くの眠りにつく学園の中、時計の音と、油彩画の匂いだけで満たされた美術室。

 

 …………明かりの差し込まない教室の中で、ひとり。少年が絵を描いていた。

 

 指先に一つ、鋭くなった鉛筆の芯。その穂先が、目の粗い画用紙を滑る。

 黒鉛と繊維が、互いを傷つけ合う音を聞く。少年の瞼は、眠るように落ちていた。

 脳裏に映る記憶をなぞるよう、筆を走らせる。浮かび上がったのは、三人分の影。

 優しくて強かった夫婦と、この上なく愚かな少年が、共に食卓を囲んでいる。

 ──────昔の話。ある家族の、最後の団欒。

 

『ふふん、どうですか  。今日は久々に家へ帰れましたから、腕によりをかけました!』

『おお、また美味そうな…………ごめんな  。本当は、毎日こう出来たらいいんだけど』

 

 記憶に並んだ食卓は、少年が幼少期に好きだと言った料理ばかりだった。

 …………特段と語るほどの事はない、至って普通の家庭の営み。

 多分それが、少年にとって一番だった頃の話。憂いなく、幸福でいられた時代。

 己の立っている日常が、薄氷の上に成り立っているなんて知らなかった頃の光景だった。

 大きな手のひらで、頭を撫でられた。とても優しい手つきだったのを、今でも覚えている。

 

『  。次の仕事が終われば、きっと前と同じように、一緒に居られますからね』

『もう少しだけ待っていてくれ。その時は、前に約束した遊園地に行こう。三人で、一緒に』

 

 ────不意に。迷いなく動いていた筆が止まっていた。

 閉ざしていた視界を取り戻す。温かな食事を口に運ぶ少年と、愛おしそうに眺める夫婦。

 最後の最後、小さな子供の表情で完成する白黒の絵画。なのに、指先が凍り付いている。

 記憶の再生は既に終わり、無作為な時間だけが流れる…………どうしてだろうか。

 怖い事なんて一つも無いのに、息が千切れて。悲しい事なんて無いのに、涙が溢れそう。

 

 二度と完成することの無くなった絵画。この日食べた味は、もう、思い出せない。

 

 ◇◇◇

 

 暦は移り変わり、七月一日。鬱陶しさを増す青空と、微かなセミの喘鳴。

 梅雨が明け、本格的な夏の到来まで秒読みといった具合の本日、早朝午前八時過ぎ。

 未だ上昇しきらない外気と、涼しげに窓を撫ぜる初夏の風。

 まばらな人影が映る、椚ヶ丘学園旧校舎。始業の鐘が鳴るよりも早い現在。

 

「────、──────」

 

 …………普段なら和気藹々とした旧校舎は、どこか寒々しかった。

 

 机に突っ伏したオレの背中に突き刺さる、多方面からの視線の雨。

 乗った感情は、猜疑とか不信感とか。少なくとも上等な感情とは呼べないモノ。

 陰で話すような声は聞こえないが、その分抗議の視線は明瞭になって。

 背筋にじっとりと冷や汗が滲む。秋野空は、E組から半ば浮きつつあった。

 

 尤も、その理由は明白だ。先日の事、下手な隠し事が、下手にバレた件だろう。

 

 あの日の出来事、球技大会の一件。過去、オレがスポーツ特待生だったことについて。

 無用な詮索を避ける為に隠してきていた事だったが、今回はむしろそれが裏目に出た。

 或いは、初めから隠さずにいれば、こんな視線を受けることも無かったのだろうが。

 自業自得と言ってしまえば、それまでの話。…………だが、タイミングが最悪だった。

 イトナの一件で、多少なり注目を集めてしまった直後にコレだ。悪目立ちが過ぎる。

 

 学年七位を取った人間が、実は元特待生でした、なんて。出来過ぎにも程がある。

 中間考査に関しては種も仕掛けもある手品の類とはいえど、バラす訳にもいかず。

 弁明の余地すらない現状。信用の欠如は当然の話で、今更傷つきもしないが。

 E組の生徒達が、オレを取り巻く違和感に気付き始めた事は問題だった。

 

 ………………嫌な汗が滲む。或いはこの、探るような視線も問題の一つだろう。

 

 全方向から身体を攫う、一挙手一投足を観察するような、目、眼、瞳。

 彼らにすればそんなつもりも無いのだろうが、これは酷く居心地が悪い。

 意味もなく筋肉が硬直し、けれど同時に、血の気が引いていくような感触もして。

 意識が他方に霧散する為に、思考の纏まりも悪くなり。気怠さが全身を支配した。

 

 胡乱になりつつある意識。その中にあって知覚できるほど、彼女の視線は鋭かった。

 

「あの、速水さん速水さん? オレになにか御用でしょうかね…………?」

 

 首だけを動かし、彼女の方へと視線を向ける。

 オレの左隣に座る少女、速水凛香。紺碧の瞳は、容赦なく全身を射抜いている。

 美形な隣人の熱視線、などと言えば聞こえはいいが、実態はそれ程甘いものではなく。

 他のクラスメイト達と同様の、或いはそれ以上の、無言による意思表示だった。

 

「なにか、って何かしら。用らしい用は、特に無いつもりなのだけど」

 

 刃よりも冷たい声は、分かり切った嘘だった。

 微塵の容赦も感じさせない視線。半ば暴力にも似た、明確な意思の主張。

 自意識過剰でも何でもなく、客観的に見て、オレは彼女に睨み付けられている。

 …………ともすれば、間違いなくオレに対して言いたい事がある訳で。

 

「その割には視線が痛いというか、含むところがありそうというか…………」

「────別に、何も。秘密主義も極まると、肌まで隠すんだなって思っただけ」

 

 棘のある言葉。現実が伴っている事さえ、今はタチが悪かった。

 

 椚ヶ丘学園は本日より夏服に衣替えであり、彼女を含めたE組全員が袖丈を詰めている。

 未だに背格好が変わっていないのは、教壇の超生物を除けばただ一人。

 ブレザーこそ着用していないが、丈の変わらない袖と、行儀よく絞められた襟元。

 肌を見せる事を疎んでいる、と取られても仕方がないのが、今のオレだった。

 しかし、弁明がある。コレが何も、秘密主義から来る物ではないと言い訳できる。

 

「違うんだ、速水さん。オレの場合代謝が低いんで、これは必要な措置でだな」

「へぇ。運動が出来る人は基礎代謝値が高い傾向にある、って聞くけど?」

「…………それを言われると、ちょっと答えに困るな」

 

 速水さんの言葉は正論だった。

 一般に、運動量に比例して筋肉量は増加し、筋肉量に比例して代謝は上昇する。

 スポーツ特待生ともなれば、代謝が低い、なんてモノは稚拙な嘘に他ならない。

 …………が、同時に事実でもあった。オレという人間は、少々特殊な体質なのだ。

 特異な運動能力と、虚弱な肉体性能が矛盾する事なく共存する、望外の身体。

 だが、こんなモノに理解を示せ、と言う方をこそ、無茶と呼ぶべきだろう。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 結果として、弁明のしようもなく、もう一度天井を仰ぐ。

 半径一メートルを満たす気まずい沈黙の中で、この先の言葉選びに苦悩する。

 現状、避けたい事象はただ一つ。速水凛香に嫌われる事…………などではなく。

 "秋野空には、まだ隠し事があるのでは"、と勘繰られる事において他ならない。

 秘密主義者は、秘密主義者だと悟られた時点でお終いだ。人の好奇心には歯止めが無い。

 ここはどうにか、宥め(すか)し、注意を他方へ向けるしかない。

 

 視線に鈍った思考回路で打開案を検討すれば、遠くから聞こえた会話が一つ。

 

「今日から夏服かぁ~。肌色が眩しいねェ、健全な男子中学生にはつらい時期だぜ」

「ま、まぁね、岡島君…………」

「イケマセンヨ、露出の季節に平常心を乱しては」

「エロ本読んでるアンタが言うなよ変態教師ッ!!」

 

 これだ。

 

「速水さん。夏服、凄い似合ってるよな!」

「は??」

 

 これじゃなかった。

 

 当然の話だった。突拍子もなく容姿を褒めた所で、生まれるのは不信感だけ。

 よく考えずとも分かる悪手。これは、話題を逸らすにしてもヘタクソが過ぎた。

 どういう訳か右隣からも飛来するようになった冷たい視線に、軽く身を震わせる。

 嫌な汗が首筋を伝うのを知り、ここにきてオレは、自身が動揺している現実を認めた。

 …………尤も、ソレを認めた所で現状が変わるでもなく。脳内は未だ混乱の最中。

 

「…………ねぇ。私の考えが正しければ、貴方は────」

 

 恐らくは抱いていた疑念。核心めいた質問を、速水さんが言い終えるよりも一瞬早く。

 教室前方の扉が開き、そして────現れた少年の姿に、全ての視線が奪われる。

 長身瘦躯、銀に近い灰色の髪を携えた彼、菅谷創介。特異だったのは、その左腕。

 白い肌に走った、黒く滲むような模様。単なる装飾とは違う、明らかに“意味”を持った線。

 

「あぁ。今日から半袖なのは誤算だった。────晒したくなかったぜ、神々に封印されたこの左腕はよ」

 

 傷などではない。刻印にも似た紋様は、禍々しささえ放っており。

 掲げられた凄まじい威容の腕と、螺子の外れた発言は、思考能力を奪うのに十分で。

 オレへ突き刺さっていた視線も消え、クラス中に混乱が伝播する。周囲の反応は様々だった。

 単純に動揺し、困惑する者から始まり、非行少年に関する心理学書を読み漁る者まで。

 …………健全なクラスメイトとしては、思春期を拗らせた彼に心配するのが正しいのだが。

 一瞬にして教室内の空気が変貌した事実に、個人的に感謝を覚えてしまったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 時刻は正午を優に回り、授業が一旦の終わりを見せた、昼休み現在。

 ジリジリと廊下を焦がす恒星の熱視線と、それを反射する白磁の肌があった。

 萎びた木製の建物には凡そ似つかわしくない、金髪碧眼の西洋美人。

 湿気と熱気で息苦しさが増していく今日にあって、彼女の歩みは悠然としている。

 イリーナ・イェラビッチ。彼女の姿は、学園の衣替えに合わせ一層露出を増していた。

 

「ふっふっふっ、夏場の露出と、女を駆使する暗殺者は相性抜群よ」

 

 かねてより、彼女の暗殺は比較的温暖な地域/時節に行われてきた。

 イリーナのような肢体を活かす手段を考えれば、最も効果的なのは肌の露出だ。

 天性の美貌の持ち主が、計算し尽くされた露出で出歩けば、並の男は理性が溶ける。

 ────即ち。日本の夏は、彼女にとっての主戦場。暗殺者としての分水嶺。

 仮に、ここで成果を挙げられなければ、彼女は殺し屋失格の烙印を押されるだろう。

 

 まずは駒が必要だ。手始めとして、岡島や渚…………あの堅物をオトすのさえ悪くない。

 

 彼女が胡乱な打算に思考を割いていれば、教室の扉は眼前まで迫っていた。

 翻り、軽く身だしなみを確認。普段通りに喧しい、教室の風景を想起する。

 平和ボケしたティーンエイジャー達が、一瞬で彼女の虜になるまでを克明に描き。

 経験則と空想論に裏付けられた自信を持って、勢いよく扉をスライドさせた。

 

「私の色香に悲鳴を上げろオス達よ! おはよ──────何、この状況」

 

 教室に居たのは、健全な青少年たち…………とは程遠い、刺青だらけの少年少女。

 E組生徒、およそ二十余名、露出した肌という肌に隙間なく走った、黒い紋様。

 第三者視点からして、教室内は指定暴力団の事務所さながらの風貌に変貌しており。

 非行ならば止めるべきである教師でさえ、顔に模様を刻んでいる"筋金入り"の状態。

 急激に悪化した治安区域。その中心で、複数の人影に集られる、一人の少年の姿を見た。

 

「今日から夏服だってのに、なんで長袖のままなんだよ剥ぐぞオイ!」

「さっきから体温調節の一環だって言ってるだろうが────力強ッ!?」

 

 刺青だらけの腕に囲まれ、袖を捥がれそうになっている秋野空。

 …………率直に言って、彼が逃げ切れる筈は無かったのだ。

 

 始業前の事、菅谷が持ち込んだメへンディアートによる流行があった。

 独創的な模様。見ている内に羨ましくなってしまうのは、人間の性と言うべきもので。

 ペイントを入れる生徒は、一限、二限と時間を重ねるほど増加していき。

 三限の授業が終わる頃には、真っ白なキャンパスは彼だけとなっていた。

 …………或いは、それだけならば問題もなかったのだが。

 運悪く、彼の者の創作意欲が刺激されてしまい、白羽の矢が立ったのは、ただ独り。

 結果として、秋野は多勢に無勢で制服を剝かれそうになっていたのだった。

 

「ヌルフフフ。いいじゃないですか、秋野君。減る物でも無いですし~」

「ええい、脱がそうとすんなバカ、そういうのは渚君の役割だろ!!!!!」

「僕の役目ではないよ別に!?」

 

 悲鳴にも似た声が上がる中で、不意に。二人の視線が交差する。

 驚きに染まる黒目と、困惑に満ちた碧眼。両者の間、僅かながらの沈黙が生じた。

 額に浮かぶ大粒の汗は、熱の発散の為では無いのだろう、彼の顔色は普段よりも悪く。

 動揺に満ちた瞳孔と、表情筋に張り付けられた感情は、年相応にも、不相応にも見えて。

 ふと。この少年の弱った表情は初めて見たな、と他人事のような感想を抱いた瞬間。

 

 即座に拘束から抜け出し、秋野は彼女の肩をがっちりと固定すると。

 

「──────新しい生贄です。どうぞお納めください」

 

 なんて。あんまりと言えばあんまりな言葉を口にしたのだった。

 

「ちょっ、なっ、どういう事よ生贄って!?」

「気づいたんですが、要はオレ以外のキャンパスを用意すればいい訳です。

 好き放題描けそうな、広い面積の──────ちょうど今の先生みたいな!」

「じょ、冗談じゃないわ、誰がそんなバケモノメイクなんてやるのよ!?」

「可愛い生徒の為でしょうが、抵抗しないで肌出して下さい得意でしょ!!」

 

 虚弱体質である少年と筋力に乏しい暗殺者による、立場の押し付け合い。

 非力と非力。当人らにすれば真剣な、されど、客観的に見ればひどく醜い争いだった。

 マーモットのソレにも似た取っ組み合い、それを意に介さず詰め寄る美術家二名。

 彼らにすれば、どちらが犠牲者になろうが問題はなく、手頃な方を選ぶのみで。

 ………………時間制限の迫る、一分弱の闘争。勝敗を決めたのは、僅かな油断だった。

 

「この私の珠肌を、こんな──────グヘッ!?」

 

 床に転がったままの塗料を、運悪く彼女は踏んでしまった。

 姿勢を崩し、流れるように肢体を宙空へと放り投げ、強かに頭部を打ち付ける。

 目立った外傷などは見当たらないが、衝撃によって意識は損なわれており。

 未だ逃亡可能な秋野と、最早抵抗する余地さえない獲物。選択するまでもなく。

 …………スケープゴートは、イリーナ・イェラビッチに決定されたのだった。

 

「さて。彼女を安静にするついでに…………先生は右半分、菅谷君は左半分を」

「ほっほー。俺と競う気かね、殺せんせー」

 

 どうやら、お互いに身体の半分を描き、出来を勝負する事で合意した様子。

 人権とか尊厳とか。その手のモノを一切無視した言動だったが、神話生物ならば当然で。

 アレが一歩間違えれば、彼自身に降りかかっていた火の粉なのだと思うと恐ろしいが。

 何にせよ、勝者となった彼には関係が無い事、と憐憫と優越感を供えて、合掌を一つ。

 

 大きく息を吐き。覚束ない足元で、何とか事なきを得たと、彼は自席に戻る。

 机の上には一冊の本が無造作に置かれていた。

 背表紙に書かれた題名は、"養育者不在がもたらす行動障害:非行心理学からの接近"。

 片親家庭の少年少女における非行が、統計的に多い理由を解析した専門書だ。

 彼の知人に限ってこういった行為に及ぶとは思えないが、条件自体は合致している。

 何事も知識を付けておくに越したことは無いだろう、と彼の者から借りた一冊だ。

 

 栞を挟んだページを開き、内容に没頭しようとした刹那。

 

「──────そーいや、秋野も絵上手いんだっけ?」

 

 背後からした杉野の呟きに、知らず、少年の身体が凍り付いた。

 不規則な、けれど急速な心臓の動悸に、胃が蠕動(ぜんどう)する感触を覚える。

 錆びたブリキの様に、ギチギチと首を回せば、爛々とした瞳が彼を刺していた。

 

「おやおやなるほどぉ、これは意外な特技ですねぇ、秋野君?」

「…………あぁ、俺も初耳だな? お手並み拝見と行きたいところだが」

「イヤ、マテ、知ラン。誰カト勘違イシテナイカ、杉野?」

「修学旅行の時にお前が描いてたボタンの絵、かなり上手かったと思うぜ?」

「杉野ォ!!!!」

 

 杉野からの言葉に、若干二名の芸術魂、もとい競争心に火が点いたのか。

 抵抗することも出来ないまま、生贄に捧げた教師の前へと引きずり出される。

 再三の逃亡も失敗………………結局のところ、彼が逃げ切れる筈はなかったのだ。

 失意と疲労による忘我。美術家達による四肢の分担会議を、他人事のように聞き流す。

 三つ巴の闘争は、右腕を秋野、左腕を菅谷、右脚を殺せんせーが担当する事で合意された。

 

 秋野は塗料を手に、暫くの間硬直して。そして、いつしか諦めたようにペンを動かした。

 

 実際のところ、秋野空には美術的な才覚など微塵も搭載されていない。

 手先の器用さこそ秀でているが、それだけ。端的に言って、彼にはセンスがないのだ。

 解釈が無い、と言い換えても良い。彼の絵には、一切の主観的表現が存在しない。

 完全な客観。見たもの、ある物を記録するだけならば、写真の方が幾分か上等であり。

 ごく限定的な状況でのみ意義を持つ、無価値な特技。杉野が見たモノの正体は、果たしてそんなモノだった。

 

 よって。マトモな出来のボディアートが完成する筈もなく。

 

「おおぅ…………菅谷のも凄かったけど、これは、なんというか」

 

 前原少年から、困惑の声が上がる。だが、それも当然というモノで。

 腕に沿って走る有機的な蔦と、繊細な花々。何より、鮮やかに刻まれたハートが一つ。

 手先の器用さと、美術的センスが致命的に噛み合わなかった結果の産物。

 …………出来上がったのは、菅谷のソレと寸分違わないペイントアートだった。

 見事なまでの一致、紛う事なきパクリ。芸術の概念に中指を立てるが如き所業だった。

 

「だから嫌だったんだよ。オレに出来るのは、デッサンかクロッキー位だってのに」

 

 独創性を求められる類は守備範囲外、と。言い訳がましく、己が非才を主張する少年。

 

 …………そして。ベクトルこそ違えど、それは彼の者にも言える事だったようで。

 

「なぜに四コマ漫画!?」

「いやぁ、アートとかファッションは苦手でして、得意な分野で…………」

「逃げに走るくらいなら描くなよ!? 腕と脚の落差酷いぞ今!?」

「…………いや、敢えて漫画をポップアート的に活かす手もあるぜ」

 

 漫画の枠を中心に、サラサラと加筆されていくチープな漫画。

 僅かな時間に出来上がったのは、四コマ漫画をデザインとして取り入れたペイント。

 メへンディアートによる競い合い。論外二名が相手にせよ、センスの差は歴然であり。

 比べるべくもなく。周囲の視線は、菅谷創介こそが勝者であると告げていた。

 ………………尤も、それに断固として異を唱え続ける存在もおり。

 

「え、えぇい。秋野君、先生と組んで打倒菅谷君です!」

「二人掛かりは事実上敗北を認めてるようなもんでは…………?」

 

 そもそもとして、戦闘でも無し。頭数を増やした所でどうにかなる問題ではない。

 …………が、秋野はその手の正論を胸の内にしまい込むことにした。

 それはなにも、彼の者への同意を示すモノではなく、ただ単純な思考停止だった。

 端的に表現するならば、今朝より続く誤魔化しと抵抗により、彼は疲れていた。

 蒼白気味の顔色。血の巡らない脳漿は、半ば自棄となり、ある一つの結論を導いた。

 

 ──────やれるところまでやっちまおうぜ!!

 

 どこからともなく、彼は段ボールと塗料ペンを両手に取り出す。

 始まったのは、彼の者らが奇怪なデザインを生み、菅谷がそれを修正する構図。

 謎のヒゲ、謎の鎧兜、額の"中肉中背"の文字。その他、落書きと変わらないボディペイント。

 菅谷による修正も間に合わず、出来上がったのは魑魅魍魎のソレであり。

 …………目を醒ました後。彼女が実銃まで取り出したのも、無理からぬことだった。

 

 ◇◇◇

 

「アンタ達全員皆殺しにしてやるわ! 私の夏服デビューが台無しよ!!」

「すっ、すみませんでしたイリーナ先生。実弾は勘弁してください…………!」

 

 凄まじい絵面だった。落書きだらけの身体と、段ボール製の武者甲冑。

 両手には全自動式突撃銃が二挺、身体に巻きつけた弾帯の装弾数は二百を超えている。

 インドと、日本と、現代兵装の混合。彼女をしても属性過多と言うべきで。

 まして、引き金を引いた相手がタコ型生命体なのだから、状況は異常の一言に尽きた。

 炎を宿す銃口と、周囲に響いた轟音。毎分千発を超える弾丸が放たれていた。

 ────流れ弾を防ぐ為。倒された机の影に隠れた、二人分の影があった。

 

「菅谷君が全部やれば、あそこまで怒らなかったのにね」

「………………だろーな。二人して余計なモノ継ぎ足しまくってたし」

 

 潮田渚と菅谷創介が、心底呆れた表情で目の前の惨状を眺めていた。

 或いは。秋野だけならば、これ程の状況は生まれなかったのかもしれない。

 何しろ彼は、手先こそ器用であれど、芸術性というモノが決定的に欠けている。

 本来は毒にも薬にもならない性質。今回の事は、半ば事故のようなモノだった。

 …………不意に。自棄気味に悪ノリを繰り返した蒼白い顔と、あの日の彼が重なった。

 

「────俺、本当はさ。秋野が絵上手いの、知ってたんだ。センスが無いのも」

 

 隣に座る少年の、驚いたような気配。最近になって思い出した、一年生の頃の話。

 後にも先にも一度きり、明かりの無い美術室で絵を描いた、黒髪を見た事があった。

 迷いのない筆さばきと、それにそぐわない閉じた目蓋。異常と言えば、異常な光景で。

 居場所を悟られてはいけないと直感した菅谷は、咄嗟に物陰に隠れ、様子を伺い続けた。

 そしていつしか、黒髪の彼は教室を去り。その絵だけが残されていた。

 

 一目で理解した。あれは絵画のカタチをした、記憶の記録。一種の弔いだった。

 

 残酷だったのは、その絵からは秋野と思しき少年の表情が抜けていたこと。

 あの少年は、見えるモノしか描けない。目蓋を閉じて垣間見たのは、記憶の筈。

 …………ともすれば。あの絵は、もう二度と、未来永劫完成する事は有り得ない。

 恐らくは、あの絵を置き去りにしてしまった理由も、そこに尽きるのだろう。

 唯一の肉親との記憶が薄れてしまう絶望など、彼には想像する事さえ出来ないが。

 

「多分さ。この前の球技大会とか、その前の中間とか。隠し事は多いんだろうけど…………」

 

 きっと、彼なりに考えがあっての事なんじゃないかと、そう思うのだ。

 …………だから、語ってくれるまで待つのも良いんじゃないか、とも。

 

「──────うん。僕も、そう思うよ」

 

 菅谷の言葉に、静かな同意を示す渚少年。きっとそれが、E組の方針だった。

 何しろE組(ここ)は暗殺教室だ。多少秘密が多い程度、ここではなんて事はない。

 そもそもの話、彼の者を含め、教師陣などは例外なく秘密主義者なのだし。

 今更特別扱いする必要も無いだろう、と。渚は僅かに苦笑して、ふと。

 

「………………ところで、当の本人は何処に?」

 

 狂騒に紛れ。教室からは、蒼白の少年と──── 一人の少女の姿がなくなっていた。

 

 ◇◇◇

 

 絶叫と銃声轟くE組校舎から離れ、五分ほどが経過した現在。

 

 喧騒を忘れ、山の奥深く、岩場で出来た急斜面を下った先に、オレは居た。 

 眼下を流れた、涼やかなせせらぎの声。淡い陽光が降って止まない正午過ぎ。

 吹き抜ける夏の匂い。木々の葉が風に擦れていく音に、ゆったりとした息をする。

 椚ヶ丘学園、旧校舎を擁した裏山における、唯一の水場。それが、この沢だった。

 

 春頃、赤羽の一件で、山を歩き回った際に知った場所であり。

 人気もなく、夏場は避暑地として重宝しそうだ、と目星をつけていたのだ。

 足首まで浸かれる程度の水位しかないが、溺死の可能性が低いと考えれば上等だ。

 …………そもそもとして、水浴びをしに来た訳でもないが。

 

 水に触れない程度の距離、木陰になった岩場に腰を下ろす。

 ひんやりとした大岩の感触と、制服を突き抜けた涼しい風が肌を撫ぜる。

 人の声を忘れた空間。最早警戒すべき他者はいない、と意識を切り替えた。

 …………不意に。ここを静かな場所だと認識した瞬間に、全身を襲う空腹感に気が付いた。

 辿るまでもなく、過去の記憶が脳裏に浮かび上がる。

 

「あー…………しまった。そういえば朝も、昨日の夜も食べてなかったか」

 

 昨日の夜は、疲れ切って食事もとらずに眠ってしまい。

 今朝は寝坊してしまった為に、食事を抜いたんだった。

 通りで今日は心身の調子が悪いわけだ、と小さく納得をする共に、舌打ちを一つ。

 エネルギー補給を怠り、それに付随する薬物接種もなかったのだから、当然の事。

 重い身体、散漫な注意力、巡りの悪い頭。安定を失った、躁気味の精神環境。

 

 さもありなん。食事を怠った生き物の末路は、例外なく破綻なのだから。

 

 …………頭がぼんやりする。困った事に、昼食は教室に置きっぱなしだ。

 取りにいかなくてはいけないのに、何故か、無気力な状態から抜け出せない。

 呼吸はとうに整っているのに、心臓の鼓動が妙に速く、尚且つ不規則に跳ねている。

 他人事のように後方へ落下する上半身。白昼を映す太陽が、黒い霧に狭まっていた。

 無意識下で行われる知識の照合──────これは、低血糖症状だろう。

 

 エネルギー補給を断ってしまったが為の、血糖値の異常低下状態。

 全身の機能が低下している現状。言ってしまえば、この身体は半ば死体と変わらない。

 時間の経過次第では、本当に死ぬ事も有り得るだろう。…………それなのに。

 己の危機を実感しながらも、オレの肢体は動き出す気配を見せない。

 低血糖症状におけるタチの悪い部分だ。気力の消費が激しく、行動を起こせない。

 

 そもそもとして、今から校舎に戻ったとして間に合うかどうか、と。

 勝算の悪い賭けに眉を顰めていれば、顔にかかった影が一つ。

 

「──────お腹、減ってそうだね」

 

 白々しい言葉と共に、二つ結びに纏められた茶髪が揺れていた。

 こちらを見つめる、瑠璃細工の双眸の主…………速水凛香が、そこに居た。

 偶然この場所に足を運んだ、という事は無いだろう。間違いなく尾行されていた。

 けれど、ソレに何故を問う気力すらも起きず、ただ彼女の次の言葉を待つ。

 交差する視線。無言を返答と受け取ったのか、彼女は右手に持った物を掲げて。

 

「ここに私のお弁当があるの…………いる?」

 

 小さな布で包装された、お弁当箱が開かれる。

 彩りと栄養バランスの考えられた品々が目に入る。小さなおにぎりが愛らしい。

 即ちそれは、今のオレが喉から手が出るほど欲して止まない栄養源であり。

 …………そして同時に、今のオレには微塵も必要でないモノだった。

 目蓋を閉じ、気力を絞って喉を震わせる。可能な限りに、普段通りに。

 

「………………悪いけど、いらない。代わりにゼリー取って来てくれないかな」

「嫌よ。どうして私が貴方の為に往復しなくちゃいけないのかしら」

 

 にべもなく切って捨てた言葉は真っ当で、紛う事なき正論だった。

 彼女がオレの小間使いになる必要など微塵もなく、欲しければ自分で行けと言う話。

 或いは、エネルギー補給がしたいのなら、彼女の厚意に甘えればいいだけで。

 そして。それが出来ない理由など、普通の人は持ち合わせていないのだ。

 

「それで。どうするの? 顔色、凄く悪そうに見えるけど」

「………………ください」

 

 差し出された唐揚げを見つめる。薄くきつね色に揚がった衣、一口大の肉塊。

 喉を鳴らした唾は、きっと緊張から。意を決して、口の中へと放り込む。

 舌の上にじんわりと広がった、醤油とにんにく、生姜の染み込んだ不明瞭な味。

 額に浮かぶ脂汗。表現しようのない不快感が、頭蓋の裏側を蝕んでいく。

 …………そして、肉を噛み切った瞬間に、この行為が何なのかを思い出した。

 

 血肉と毒性。怪物と相対した人間の末路。こちらを見つめた昏い瞳と、凄惨な──────

 

「ゔぶっ…………、は、ッ、────ぅ、ぇ」

 

 塞き止める余地のない、内臓の暴走。喉を灼いた胃液の逆流があった。

 口の中のモノごと、すぐそこの沢に嘔吐する。胆汁混じりの黄色い液体。

 意味もなく涙腺が刺激され、視界を薄ぼんやりとした色が満たす。

 今更吐き出すモノなど一つも無いのに、それでも、腹の奥が焼け焦げている。

 言い訳のしようもない状況。それは、とても普通とは言えない、異常だった。

 

「………………やっぱりね。意地の悪い事をしたわ、ごめんなさい。はい、貴方の」

 

 けれど彼女は、至極冷静に言葉を紡いで。

 手渡されたのは、オレが昼食にと持って来ていたゼリー飲料と水分。

 碌な思考も出来ないまま、差し出されたゼリーをゆっくりと胃に落としていく。

 深く呼吸をするように。拒否反応を起こさないよう、慎重に、瀕死の身体へと。

 最早、隠す気力さえ湧かないような有様。薬こそないが、それでも致命的で。

 

「食事による反射的な嘔吐反応…………貴方のソレ、いわゆる拒食症、よね。

 貴方が頑として肌を見せたがらないのは、その下が酷く痩せてるから。違う?」

 

 無言による回答、否定も肯定もしない。けれど、事実だった。

 身長百七十を超える身長に反して、体重は僅か五十キログラム程度。

 BMIにして約十七。参考程度の値にせよ、これは度を越していると自覚がある。

 喉を通り抜ける流動体。食事が摂れなくなったのは、いつからだったか。

 ………………こんな事だから、両親と最後に囲んだ夕食の味すらも忘れてしまうのだ。

 

「参考までに、どうしてそう思ったのか教えてもらっても?」

「…………普段の食事が簡素過ぎるのが一つ、修学旅行中の夕飯に手を付けてなかったのが一つ、球技大会でも長袖だったことが一つ…………他にもあるけど、聞く?」

「いや、いい。もう十分だ」

 

 言い逃れの余地はないと溜息を一つ。

 高々三か月程度で見破られてしまう己の未熟さには苛立つが、それだけ。

 思いを馳せるべきは今後の身の振り方であり、目下、彼女の対処だけだ。

 

「それで。速水さんはそれをオレに突き付けて、どうしたいんだ?」

 

 思い返してみれば、彼女は今朝の時点で気付いていたのだろう。

 あの時、菅谷によって言いそびれた言葉は、きっとこの事についてのモノ。

 確信を捨て置くことをせず、こんな場所まで来て、オレの弱点の一つを示しあげた。

 何故、と考えるのは至極当然であり。親近感の伴わない、冷たい言葉で理由を問う。

 酷い話だが。やりようによっては、摂食障害一つで、この身は破滅しかねないのだ。

 

 ────けれど、帰ってきた言葉と言えば。

 

「別に。どうもしないわ。私はただ、貴方の事を理解したいだけだもの」

「ハハ、秘密主義者の秘密を暴きたいって話? なら、教師陣の方が面白いと思うけど」

 

 本物の暗殺者と、防衛相情報部、そして地球を破壊する超生物。

 脇の甘さを加味しても、彼らの方が余程刺激的な秘め事を持っているだろうに。

 

「あの人達は違うわ。だって、隠し事と、それに伴う行動が結び付いてる。

 ──────貴方はそうじゃない。何を知っても、()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………」

 

 返す刃のような声。核心を突いた言葉に、思わず閉口する。

 そして認識を改める事にした。どうやらオレは、この少女を見誤っていたらしい。

 …………速水凛香という少女は、もう少し他者に対して無関心だと思っていたが。

 これで存外、人の事をよく見る質であり。無理解にこそ憤る性格だったらしい。

 思い返せば。コレで意外と委員長タイプなのだった、と遠い目をすれば。

 

「球技大会の時、私は秋野空という人間を少しも知らない事を知ったわ」

 

 どこか悔しそうな表情の彼女を、他人事のように眺める自分がいる。

 

「思い返してみれば、貴方が数か月間で見せた表情は"あやふや"だったわね。

 酷く落ち込んだかと思えば、次の瞬間にはあっさりと感情を切り替えていた。

 目の前で会話している表情とどこか噛み合わない、空虚にさえ思える人格」

 

 きっとそれは、真っ当な人間の感情の営みではない、と彼女は言う。

 彼女の言った言葉は正しく、その違和感に気付かなかった事も正しい。

 だってそれは当然の事だ。この場合、悪いのは彼女でなくオレなのだから。

 

「だから。隠している事の一つでも暴けば理解できると思ったのに、それも違った」

 

 秘密で秘密を覆い隠す秘匿主義者、それがオレだ。

 理解できないのは当然の話で、オレ自身がそういう風に仕向けていた。

 中間考査、両親の死、球技大会。或いは、今日起きた事などもそうだろう。

 手先が器用な事、芸術のセンスが無かった事を隠していた。()()()()()()

 

 その情報には背景が無い。オレと言う人格に結び付くものが、何一つ存在しない。

 知られても良い事実を隠匿する事で、知られてはならない真実を隠し通す。

 表面的な情報に価値はなく、されど無為な達成感のみを与える情報統制。

 ────秘密によって秘密を仕舞い込む、矛盾にも似た所業が、オレの日常だった。

 

「貴方の事が分からないから、どんな感情を向けて良いかも分からないの」

 

 理解できない、なんて事が腹立たしい。自分の感情なら尚の事だと、彼女は語る。

 そこまで聞いて、オレはようやく、彼女がこんな手段に及んだ訳を理解した。

 他者を理解したい。理解するために、暴きたい、と。瑠璃の瞳が、真っすぐに。

 なんとも彼女らしい、真面目で実直な論理と、それに伴った行動だった。

 …………それが酷く眩しくて。けれど、やっぱり無意味だと目蓋を閉じる。

 

「生憎だけど。理解できないのならしなくてもいいと思うよ、オレは」

 

 だって、そうだろう。知る事、理解する事は、必ずしも幸福とは限らない。

 知ってはいけない事を知り、自分を擦り減らし、他者の痛みを背負う。

 無知を脱却する代償がソレである事を、オレは身を以って知っている。

 苦労してまでそんな真似をする理由はない。とてもじゃないが割に合わない。

 恐らくは、僅かにオレの事情を知る神崎さんが踏み込んでこないのも、同じ理由だ。

 ともすれば、不必要な詮索など止めて、もっと有意義に人生を消費するべきだ。

 

「──────何しろ、来年に地球は滅ぶ。全員死ぬんだから、意味が無い」

 

 それは、我らがE組担任が主張した事柄にも似ていた。

 今の彼女らが何を知ったところで、来年の三月には全てが塵に帰るのだ。

 明日さえ定かではない世界。知ってはいけない事を暴く理由など、どこにもない。

 …………けれど、変わらず彼女は言葉を紡ぐ。

 

「それでもよ。私、知らないままで後悔なんてしたくないの。

 ──────貴方も、先生も、皆の事もね」

 

 意思は並行のまま。昼休みの終わりを告げる、ひび割れた鐘の音が鳴った。

 

  

 

 

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