義手持ち少年はグレースさんのスキンシップに耐えられない。 作:純情な感情
「やってしまった……!」
ガルム・グロウは頭を抱えていた。彼のキッチンにあるのは山程に盛られた洗い物と、それに紛れて用意された銀色の弁当箱が
片方は自分の分、もう片方は……言わずもがな、グレース・ハワードの分だ。ガルムは料理を勉強し始めて少しが経過していたのだが……用意してしまった。グレースの分の弁当を。
『やっちまったなぁ~相棒!』
「うるせぇよガドヴェド。」
あいも変わらず茶々を入れるガドヴェドに対して、辛辣に声を上げるガルム。だが、確かにガルムの中でやってしまったという感情が強く吹き荒れていた。
作ってしまったからには最早後戻りはできない……廃棄なんてのは以ての外だし、最早渡すか少ない休み時間で胃に詰め込むかの二択だ。
「くっそぉ……どうしよ……」
ガルムとしては、本当に渡していいのかどうかは悩みところだ。拙い弁当だし、渡して迷惑にならないだろうか?
そもそも向こうが何か昼食の予定があったらどうしよう。とか、考えれば考えるほどドツボにはまっているのが、ガルムは自分でもわかった。
『チキンなチキンな!渡しちまえよ!』
「ガドヴェド!お前なぁ〜」
「おいおい俺に構ってていのかぁ?」
「あっ?……って時間ヤバ!?」
そうこう悩んでいる内に、家を出る時間に近づいてしまっていた。ガルムはとっさに二つの弁当を持って家を飛び出すことにするのだった。
△▽△
その日もいつものように仕事を行う。コンクリーを塗ったり、掘削したり、足場を作ったり、ガルムの仕事は多岐に渡る。
どれもこれも義父であるホルスやアンドー達現場の先輩から学んだ技術だ。
……そう考えてみれば、誰からも教わらずに、自分だけで勉強をすると言うのは、料理が初めてなのかも知れない。
尚更不安になりながらも、仕事は一切手を抜かず完璧にこなすガルムであった。
そうこうしていると、時間帯は昼休み……仕事をいち早く終わらせたガルムは、グレースがいつもいる工房へと訪れていた。……その手に二つの弁当箱を持って。
「何やってんだ俺は……」
『まぁいいんじゃね?兎に角当たって砕けろの精神でやれよ!』
「当たって砕けろ……かぁ。砕けたらしばらく立ち直る自信ねぇわ。」
ガルムは冗談半分でそんな事を言いながら、工房へと足を進め、声を上げる。
「姉御!居ますか?」
「ん?あぁ、少年じゃないか!
すると、点検中らしい四足歩行の自立型重機の上から、グレースがひょっこりと顔を出して声をかけてくる。
「珍しいね、こんなところまで来るなんて!待ってて……よしよし、心配ない。ただのファイアウォールさ!」
グレースは我が子たる重機にその様に声をかけながら、タブレットを使いデータを送信する……たまぁに大きく暴れる子がいるのだが、どうやらこの子は大人しくしてくれるタイプの子らしい。
しばらくして、グレースは嬉しそうに頷いて重機を撫でる。
「よし、よく頑張ったね。偉い偉い!……おっと、忘れるところだった、少年!」
そう言ってグレースは重機から飛び降りると、ガルムの方へとスタスタと歩いてくる。
「やぁ少年!何か御用かな、義手についてかい?」
「いや、その……姉御昼飯食いました?」
「むっ?……あぁ、もうそんな時間か!いや、まだだよ。それがどうかしたのかい?」
どうやら、作業に集中するあまり時間を忘れていたらしい。この様子だと、今日は昼飯抜きで作業する所だった様だ。
ガルムは静かに息を整えると、頭を軽く掻きながら言葉を紡ぐ。
「その……弁当作ったんで、味の感想聞かせてくれませんか?」
「弁当……?少年がかい!?」
グレースは少し信じがたそうに目を見開いて驚く。
「あぁ、すまない!少し失礼だったね……いや、君が料理するタイプだったかなと思ってね。」
「まぁ、練習中……なんすけど。」
「なるほど、いやありがたく食べさせてもらうよ……折角なら一緒にどうかな?今日は少し余裕があるんだ。」
「っ!?う、うっす!」
ガルムにとっては思わぬ棚ぼただ……まさか、昼飯を一緒にできるとは。ガルムは内心テンションが上がるのを感じながら、なんとか落ち着いて弁当をグレースへと手渡すのだった。
二人は、工房のベンチへと座るとグレースは早速弁当の蓋をあける……そこには、白米に唐揚げ、だし巻きたまご、ほうれん草の和物、煮物がはいった彩り豊かな弁当だ。
そんな弁当を見たグレースは思わず目を見開く……そして、失礼ながらもガルムへと一つ問いかけた。
「これ、少年が?」
「えぇ、まぁ……えっと、どうっすかね?」
「いや!すごい美味しそうだよ!まさか焼肉のタレを掛けて肉を焼くしかレパートリーのなかった少年がここまで……」
グレースとして、驚きを重ねたような気分だ。ガルムのレパートリーの少なさたるや、クレタが偶に愚痴っていたのをグレースは聞いている。
今回もそういった男飯的な弁当を持ってきたのかと思ったが……まさかここまで家庭的なお弁当だとは。グレースは、だし巻きたまごを箸でつまんで口に含む。
「……!うん、美味しい!美味しいよ少年!」
「っ!?本当っすか!やった!」
『やったな、相棒!グレースの為に必死に勉強した甲斐があったな!』
「ちょっ馬鹿!?」
「私の為?」
首を傾げるグレースに対して、ガルムはガドヴェドを抑えながら声を上げる。
「いや、何いってんでしょーねコイツは!?あはは!」
『(ヘタレが。)』
「……?まぁ、いいか!」
グレースはそん言いながら、美味しそうに弁当を口に含み咀嚼していく……ガルムも弁当を食べる合間にそんなグレースの嬉しそうな表情を見ては笑みをこぼすのだ。
やがて、二人は同じようなタイミングで食べ終わり手を合わせる。
「「ごちそうさまでした!」」
すると、グレースは嬉しそうに声を上げる。
「いや、美味しかったよ少年!誰かの手料理なんて久々だ!」
グレースはそう言って――剥き出しの――お腹をさする。ガルムは嬉しそうな声を上げてくれたグレースを見て、また笑みがこぼれ、思わず内心に秘めていたことを口走ってしまう。
「それじゃあ、姉御さえ良ければ……また持ってきますよ。」
「っ!いいのかい!?毎日でも食べたいよ!また頼む!」
ガルムの言葉を聞いて、グレースはまた顔を明るくして声を上げる。
そんなグレースを見て、ガルムは自身の心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。そして、改めてグレースに向けての感情が「恋愛」としての感情なのだと自覚するのだ。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎるものでガルムは仕事時間が迫ってきていた。
「……あ、俺そろそろ昼休み終わる……それじゃあ姉御!また……えっと、明日!明日も持ってきます!」
ガルムがとっさに口走った言葉に、グレースは笑みを浮かべて答える。
「本当かい!?楽しみにしているよ!」
そう言ってグレースはその場を立ち去るガルムへと手を振って別れを告げる……しかし、グレースが気になるのはガドヴェドが口走ったあの言葉。
「私の為……か。」
あの少年が自分のためでなくグレースの為に料理の勉強をしていた……と言うことなのだろう。
その理由が、グレースはよくわからなかったが……一つ言えるのが、それがグレースにとって嬉しいことだということだ。
「……さて!午後も頑張るか!」
グレースはガルムからの弁当をエネルギーに、また午後の仕事も頑張ろうと気合を入れるのだった。