「俺はな!お父さんって呼ばれたいんだよ!」 作:フウカの父
_つれづれなるままに、日暮らし、
硯に向かひて、こころにうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ。_
今まさに、僕はそう感じている。
まぁ。今日も悪い日ではなかったな。
万年筆を置き、日記を閉じた。
唐突だが僕は、人間とは奇妙な生き物だと思う。
誰だって
何か役立つことを勉強したり、新しく何かに初挑戦する
…これらが良いものだという事は少なくともぼんやりとは理解しているだろう。
だが実際どうだろうか?
僕は昨日何をしたのだろうか…
このままではいけない…
そう思っていても何も変わらない。
同じ朝が繰り返される。
何も行動しないのだ。
他の動物なら自分にとって良いものがあれば猪突猛進していくのだろう。
「忙しかった」「明日やる」「いつかやる」
本当にそうなのだろうか?
言い訳では無いのだろうか?
もし、仕事で忙しいなら転職などを考えて学びなおしをして資格を取ったり
学業で忙しいなら、もっとスムーズに出来る様に努力すべきではないのだろうか…
もちろん、これらは全て理想論だ。
だが理想論だ。
この言葉から、誰もがそれを理想的な物…成りたい物と捉えている証拠とも言えるかもしれない。
夏目漱石の『こころ』で『精神的に向上心のない者はばかだ』という一文を思い出す。
僕は“向上心”という物が全く無いのかもしれないな…
そんな考えが浮かんできた。
誰とも関わらず、ひっそりと暮らしているが僕の考えが止まる時間はあまり無い。
ちょっとした考えが浮かんで消えている。
何もないと、壁のシミでも数えていそうに思えるがどんな時でも考えは浮かぶものだ。
こうしてみると、まさに人間は考える生き物なのだろう。
今日も日記を書き終え、床に就く。
・・・世界は明日も変わらないのだろう。
嫌になる。
このまま僕はいつまで…受動的に生きるのだろうか…
自分から動こうとしない。
やり直したい。
積極性がまるで無い。
やる気が出ない。
死にたいと思うよりも、生きたいと思わずに生きる方が辛いのかもしれない。
ただ、心臓が動いているから生きている自分は…本当に生きているのだろうか?
そんな問いが脳内に繰り返される。答えは出ないと知っていても、それは止まらない。
・・・・こんな時だけは、早くに寝たいな..。
「・・・朝か…」
カーテンから漏れる朝暉を浴びる。
「…いただきます。」
黙々と食事をとる。変わらないいつもの味。
サバの味噌煮に箸を入れ、骨を取り出す。
天気予報を聞き流しながら、米を口に運ぶ。
もう既に味のないガムを噛むように米を食べる。
乾いた喉に汁を流し込む。
自らの咀嚼音だけが響く。
6人分のテーブルは余白が目立っていた。
昔なら寂しくなんてなかったのにな…
広々とした家だな..今さらだが。
縁側に座り外を見る。
必要最低限の事はしているから、庭の草が家に入ってきたりはしていない。
水の無い池を見ていると、祖父母の家を思い出す。
信楽焼のタヌキにカエルの石像…
あれらは全て祖父の趣味であった。そして今、この家にも似たような置物が置いてある。
本当に…そっくりだ。
もう数年住んではいるが、今でもあの頃の思い出が蘇る。
でも、何か違う様な気がする。
あの家で走り回った思い出…あの頃の僕はどこに行ってしまったのだろう..。
落ち着いたとか、大人になったとかではない。
無気力でやる気のない現状。
こうなった原因を考える。
諦めすぎたのだろうか?
あと…少しだけ、あの時に勇気を出せば..。
いや、過去の事を考えるのはやめよう..。
やることの無い人生は空しい。
分かっていても、目標が見つからない..。
生きていく意味が無い。…もう死んでしまおうか
寒い冬が始まろうとしていた。
外が雪だと分からない程にそこは白に支配されていた。
白い内装。
寒さを感じる様な白色灯。
白いベッドに横たわる白い肌の女性。
「愛清さん…」
心電図の音と…微かな呼吸音が響く。
「……………」
返事は…無かった。帽子を被り直し病室の外に出る。
…やっぱり病院は苦手だ。
病室のすぐ前の椅子に座り込んだ。
そうしていると声が聞こえてきた。
「あの子はどうするのか?」「父親は?」「それが・・・」
ひそひそと声が聞こえる。
室内を見ると、一人の少女がベットの横の椅子に座っていた。
ただ座っているだけなのに、なぜか哀愁漂う背中。
時間になるまで僕はずっとあの子から目が離せなかった。
次の日も、その次の日も頭から離れなかった。
「掃除をしようかな…」
使っていない部屋を掃除し始めた。幸い、空き部屋はすぐに出来た。
目標のあった今日は…
久しぶりに、明るい気分で過ごせた。
…最低限の準備は出来た。
でも、何の準備だったろうか..。
今さら、どの面下げて会いに行くのだ
…分かっている自分が何をしようとしたのかくらい。
でも、まだその時じゃないという気持ちに支配されている。
_______
買い物帰りの様に見える親子が歩いている。
「お母さん!」
「フウカ..。」
二人で手を繋いで歩いている親子が居た。
1年ほど前、二人の様子を見に行った時
楽しそうに生きている二人を見て、僕は満足した記憶がある。
…もし、あの子が一人になる様な事になったら、その時に何とかすればいいのだ。
そういう事を言って、本当にしたことはあったか?
何かをやろうとしても手がつかない、そんな日が続いた。
白い空間が広がっていた。
いつもの空間…でもあの老人はいない。
・・・いったい何だろうか。
「お願いね…」
え…。
あの人の声が聞こえた気がした。
必死に周りを見回す。
…誰も居なかった。
必死に探しても見つからない。
疲れ果て地面に横たわる。
先程と違い空が見えていた。
青い空だった
その中で輝く星に何故か手を伸ばす。
もちろん届くはずも無い。
それでも…大切な人に手を差し伸べる様に僕は手を伸ばし続けた。
_____
目が覚めた時、温かい物が頬を伝っていた。
雪も解け、春の訪れを感じる朝だった。
自分が感じた物の正体を知りたくなかった。
足は動こうとしない。
結局のところ自分は逃げてばかりだ…
もう一度目を閉じた。
_____
久しぶりに仙人と会った。
勇気を出せば良かったと…後悔したあの日を思い出した。
自然と足は動き出す。
体は準備万端で、後は心の問題だけだったのだと感じた。
スタートラインにやっと立つことが出来た。
予想通り、彼女はもう眠ってしまっていた。
棺桶の中 眠る彼女に誓う。
「心配しないでほしい。あの娘が幸せであれるように…死ぬまで頑張っていくから」
そのために今朝会いに来てくれたのだろう?
一人で座る彼女に話しかける。
「君がフウカちゃんだね?」
顔を上げた彼女と目が合う。
「・・誰?」
面影のある顔だった。
「そうだね、自己紹介がまだだったね。僕の名前はタケオ。君の・・・君のお母さんの古い知り合いなんだ・・」
父親だとは言いたくなかった。
葬式などが終わってから、数日してようやく帰ってくる事が出来た。
「ここはゲヘナと比べたら田舎だけど良いところだよ」
そこから会話は途切れたままではあるが手を握り歩き続ける。
途中土手の桜並木に通りがかった。
「あ…もう咲いている」
春を告げる花を見て呟く。
「綺麗…」
あの娘が走り出した。
桜を見ているとあの人を思い出す。僕はやっぱり、桜が好きだ。
楽しそうなあの娘を眺めながら、桜に手で触れる。
先日は咲いていなかった…咲く気配すら無かったが…。
もしかして、今日の為に咲いてくれたのかい?
…だったら嬉しいなぁ。
「そろそろ行こうか…」
手を繋ぎなおす。
「この辺りは紅葉もイチョウ並木もあるんだ。それ以外にも綺麗な場所が沢山あるんだ」
「・・・あ、最近放置してたな」
何時の間にか草が予想以上に成長していた。
お前は成長しなくていいから…
「タケオさん。なにこれ・・」
「あぁ‥庭だよ。・・・・草ボーボーだけどね。」
成長早すぎないか?
「ああ、そうだな。今日は一緒に掃除をしよう」
埃っぽい蔵から掃除道具を取り出す。
「やっぱり綺麗になると気持ちいいからさ…一緒に頑張ろう」
・・二人でやれば簡単に草取りは終わった。
あっという間に夜になった。
「…ZZZZ」
疲れ果て眠ってしまったあの娘をベッドに運ぶ。
___
あの娘…フウカと一緒にこれから頑張っていこう。
…日記を閉じる。
窓から身を乗り出し空を眺める。満天の星空が輝いていた。
「・・・・・」
あの満天の星に中に彼女はいるのだろうか…。
それとも..。
__________
「もう年末か・・・」
初めての年越しを迎えようとしている。
物がすっかり無くなった階段を降り、縁側に座る。
前と変わらない風景。
…見た目は大して違わないのに、何かが違う。
昔の家に無かった物が今では何か分かったような気がした。きっとそれは目に見えない…
「ただいまー。」
戸が開く音が聞こえる。
フウカが帰ってきたのだろう。
人は1人で生きることは出来ない。
当たり前の事だが、ぼくはその大切さを実感している。
「あぁ、おかえり」
少しの挨拶だけでも、人は幸せになれるのだから。