短編集 作:かみつ
「あ、今日も落ちてる」
俺はそう言って地面へと手を伸ばす。
昼間から住宅街を当てもなくさまよっているジーパン白Tシャツ俺の姿は、不審者そのものだろう。
それに、俺が拾っているものは、普通、『ほかの人の目には見えないもの』だ。
思考の欠片。俺はそう呼んでいる。砕かれたガラス瓶の破片のような見た目のこの欠片は、退屈な日々を送る俺を満たしてくれる唯一のアイテムだ。
「さて、今日ものぞいてみますか」
そう言って俺は欠片を頭に突き刺す。すぐに頭の中が真っ白になって、視界が暗転する。
気が付くと俺は住宅街とは程遠い、田んぼの中にある一本のあぜ道へと移動している。赤色に染まった空。夕暮れ時か。
周りに人はいない。真下を向くと、自分の姿がしっかりと見える。穿いているのはジーパンではなくスカートだ。これは決して俺が変態だからではない。思考の欠片の力とはそういうものなのだ。
他人の思考と記憶をのぞことができる。
少し気が引けるが、慣れてしまえば面白いもので、最近は、欠片を探しては記憶をのぞく、という行為が日課になっている。
欠片の能力を知るまでは退屈な日々が続いていたが、今は違う。毎日他人の織り成す物語をのぞくことができるのだ。
俺が欠片の能力について知ったのはちょうど二ヵ月前だった。
急に仙人みたいな爺さんが話しかけてきて、思考の欠片に興味はないか、と聞かれた。
何を思ったのか、俺はこのいかにも怪しい爺さんの話を真剣に聞いていた。多分、俺が暇だったからなのだろう。爺さんは俺にこう言った、
「思考の欠片を頭に突き刺して使えば、他人の記憶や思考をのぞくことができる」
最初は何を言っているかわからなかったが、爺さんに渡された欠片を突き刺してみるとすぐにわかった。頭の中が真っ白になって、視界が暗転した。そのまま、四十代くらいの男が会社で働いている情景が見えた。情景だけで、声は聞こえなかった。それでも記憶をのぞくことができるのが異様に面白くて、他人の思考、記憶をのぞけるのが楽しくて、夢中になっていた。欠片の効果が切れると、爺さんは言った。
「面白いだろう?」
俺はもう一度あの感覚を味わいたくて、爺さんにどうすれば毎日思考の欠片を使えるのかを聞いた。爺さんはこう答えた。
「普通の人は見ることができないから気が付かないが、思考の欠片はそこら中に落ちている。使い方は簡単だ。拾って頭に突き刺す」
爺さんは続けて言った。
「おまえさん、特別に、思考の欠片を使えるようにしてやろう。ただし、使うには代償が必要だ。おまえさんが忘れ去った記憶を貰うぞ」
俺は二つ返事で了承した。俺が忘れ去った記憶など、なくなってもいい。どうせ思い出すことはない。
その日から俺は毎日思考の欠片を探し、突き刺し、他人の記憶を盗み見た。退屈だった日々はあっという間に吹き飛んで、なくなってしまった。
そうして今日に至る。今日の記憶は十代の少女、高校生くらいだろうか。
どうしてあぜ道に一人でいるのかはわからない。けど、よくわからない情景も楽しい。
少女はあぜ道をぐんぐん進んでいく。かなりのスピードだ。
……おかしい。なぜ、少女はこんなに急いでいるのだろうか。もしや、何かに追われているのか。
考えているうちに、少女は大きな石につまずいて転んだ。普通ならば気が付くくらい大きな石に。起き上がれず、尻もちをついたまま、後ずさりしていく。
そこにはあの時の爺さんがいた。少女は地面の石ころを拾い、爺さんに投げる。何度も投げる。
だが、爺さんにそれは当たらなかった。爺さんは少女に何か話しかけているようだ。
なんだろう、音は聞こえないから、何を言っているのかはわからない。口の動きで推測するしかない。
「……、り……を……うぞ。なに……がないなら、…………、が、ねばいい」
ふっと、目が覚めた。そこから先の記憶がなかったのだろう。また昼間の住宅街に戻ってきていた。
「奇妙な記憶だったな……。り、を、うぞ。なに、がないなら、…………、が、ねばいい? どういうことだ?」
そうつぶやくと、後ろから声がした。
「久方ぶりだな、おまえさん」
急な声にびっくりして振り向く。そこにはあの爺さんがいた。
「約束通り、記憶を貰いに来たぞ」
俺は爺さんが現れた理由がわからず、混乱していた。いつもは欠片を使っても、わざわざ記憶を貰いには来ない。どうして今来たんだ?考えていると、爺さんが言った。
「おまえさん、もう忘れ去った記憶がないんだよ」
どういうことだろうか、忘れ去った記憶がない?
「言っただろう? 欠片を使うたびに忘れ去った記憶を貰うと。いつもは欠片を使用した段階で自動的に回収していたのだが、今回は違う。おまえさんの脳内に忘れ去った記憶がない状態で欠片を使ったから、エラーが起きたんだ」
爺さんの言っていることが分からず、必死で頭を回す。わからない、わからない。
爺さんは続ける。
「本来は別の人から回収した
見せる予定のない記憶? エラー? 問題ない記憶? 何を言っているんだ?
爺さんは続ける。
「だから、帳尻を合わせてもらわないとな。おまえさんの記憶、すべて貰うよ」
記憶をすべて貰う……?それってつまり……。恐怖に体が支配されるのを感じる。
「俺は、ど、どうなるんですか?」
恐る恐る爺さんに尋ねる。
爺さんは言った。
「分からないのか? 君が死ねばいい」
その瞬間、俺の体は恐怖でいっぱいになり、一目散にその場から逃げ出した。周りに目もくれず、全速力で走って、走って、気が付けば田んぼの中の一本のあぜ道にいた。赤色に染まった空、夕暮れ……?
「どうして、夕暮れになっているんだ?」
先ほどまでは昼だった。太陽は真上にあったはずだ。思考を巡らせていると、足音が聞こえてきた。爺さんに違いない。
俺はまた逃げ出した。周りの様子なんて見ていなかった。そこに、大きな石があることにも気が付かずに。普通なら気が付くくらいの大きな石につまずいた。起き上がることができずに、尻もちをついたまま、後ずさりする。石ころを拾って爺さんに投げる。爺さんには当たらない。
爺さんは顔を俺の前まで持ってきて言った。
「約束通り、記憶を貰うぞ。なに、記憶がないならおまえさんが死ねばいい」