【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【98】 神樹の洞

「それじゃあ帰りの事もあるし、打ち合わせ通り私はここで待たせてもらうわ。中に入れば魔法は使えなくなる……くれぐれも、忘れないで」

 

 ベルフィエッテさんの操る葉に運ばれて着いた世界樹の洞の近くの枝にて、彼女は目を伏せてそう言った。

 各長老方よりは穏健派でも、彼女とて風の方である先生に純粋な尊敬を向けてたからな。

 尊崇の対象に問題を片付けてもらうというのは、やはり心苦しいのだろう。

 

 

 彼女の言葉通り、ベルフィエッテさんには中に入らず枝の上で待機していてもらう事になっていた。

 当たり前の話であるが、彼女まで中に入っちゃうと帰り道にあの葉っぱを操ってくれる人が居なくなっちゃうのだ。もれなく全員が木から降りれなくなったネコちゃんみたいになるぞ。

 先遣隊のエルフさんたちも、慎重に部隊を分けていたのが幸いして難を逃れたそうだ。

 自分たちの能力には無自覚な自信があるタイプにもかかわらず、そのあたり慎重でもあるのは流石は森の賢人といったところか?

 分相応に慎重なのにウッカリで破滅するタイプの町の愚人としちゃ形無しだぜ。

 

 いやしかし、改めて彼女に待ち時間作っちゃうのは申し訳ねぇな。

 たった一人高い木の上でやる事もなくセンセ心配してやきもきしてるのは、結構辛い時間だろう。バイトじゃないから拘束時間にも時給発生しないし。

 暇を潰せる何かをご用意しときゃ良かったな、ハンドスピナーとか。

 

 

「えぇ、ありがとうございます。とはいえ今回は、事前調査だけだもの。あまり心配はいらないわ。すぐに戻ってくるから、少しだけ待っててね?」

 

 沈痛な面持ちの彼女へ向けて、先生が元気づけるように笑顔でフォローを入れる。

 年若く見えるベルフィエッテさんが落ち込んでいると、教師としてほっておけないんだろね。

 つっても外見年齢は大学生くらいでも、たぶん実際はめちゃめちゃ年上なハズなんだが。

 

 日本に居た頃から聖先生は孤立してる子やつまらなそうな学生を見ると、積極的に声をかけてくれる先生だったような気がする。

 僕も多分一、二度は声をかけてもらったハズなのだが……半分寝ボケてたのかあんま覚えてないんだよな。

 今思えば大変もったいない事をした。

 先生の現国の授業や何気ない雑談、授業外での相談を受けれるなんて、あまりにもアガるっていうか、あんま良くない言い方だけど二人きりの時とのギャップで気ぃ狂うでしょ。

 大好きな人がお仕事してる姿を日常的に見れるなんて、教師とお付き合いするのって実は男子高校生にとってめちゃくちゃアドなんじゃないか? どっちかっつーとクライムですね。

 垂れ目眼鏡黒髪包容力年上お姉さんという罪な女なだけじゃなく、マジで文字通り罪なので絶対にバレないようにしなきゃな。

 僕が捕まるのは1歩譲っていいけれど、先生が捕まるのは我慢ならん。僕がセリヌンティウスとして代わりに罰を受けるぞ。

 

 

「……ハイ、お気をつけて……!」

 

 完全に年功序列的には上なベルフィエッテさんも、先生からの気遣いの言葉を受けて目に見えて長耳が反り返ったので、結果オーライではあったらしい。

 エルフは特有の長い耳もコミュニケーションに使うんで、人に加えて猫に近い感情表現もあってお話ししててとても楽しいんだよねぇ。

 僕も耳くらい動かせりゃ、みんなともっと仲良くなれただろうと思うと口惜しいぜ。

 

 多種多様な種族が生きるこの世界において、それら種族ごとに異なる身体所作やジェスチャーがあり、そういった価値観を抜きにして目の前の誰かとわかりあう事はちと困難だ。

 ドワーフの腹太鼓や、魚人の水かきの開きに、妖精族の羽休めの角度から獣人の毛並みまで……それぞれにキチンと本人の調子や気分が出る。

 自分が持たない器官の様子を把握するというのは存外難しいものではあれど、まぁ人間やってやれないものではない。

 ちょっとの間言葉を交わしていれば、それくらいは自然とわかるようになるもんじゃんね。

 要は雰囲気だよ。どんな気分なのかな~って空気から推察するだけ。

 覚えようとして覚えるもんじゃなく、理解できるようになるものだと思う。

 人間も含めどんな生き物だって等しく、自分では気付かないような細かな事までもが、ついつい動きや雰囲気にたちあらわれるのだから。

 自分の"中"にあるものは、どうしたって自然と外に漏れ出てしまうのさ。

 

 それは例えば、こんな風に。

 

 改めて近くで見た足元の巨大な枝は活力に欠けた乾いた木肌をして、そこにはいくつかの深く微細な罅割れがある。

 近くで見た葉の中には、水──もしくはそれに代わる、生命の維持に必要ななにか──が枯渇しているような、しなびて丸まっている部分も見受けられた。

 

 

 世界樹という生命の"中"に、とても悍ましい天敵が存在しているのだと……その姿は如実に物語っていた。

 

 

 こんな世界樹の葉は使っても死人生き返んないだろうな。よくてミイラになるのが関の山だ。

 これじゃあ万一僕が肉壁しなきゃなんなくなった時に、ゾンビ戦法ができねぇじゃんね。

 いやいや困るぜ、僕はゴールド貯めまくって薬草類買いまくるプレイが好きなんだ。

 いざという時の保険が無いと冒険もできない、軟弱な現代人なもんだからさぁ。

 

 僕は植物に関して深い知見がある方じゃあ無いけれど、こんな状態になった樹木がそんなに長く害虫被害に耐えられるとは思えない。

 委託された駆除業者として、貴重な蘇生アイテムの供給源が枯れねぇうちに手を打つとしよう。

 

 残されたタイムリミットの短さを目の当たりにした僕たちは、決意を新たに目の前で大きく口を開く木の(うろ)へと足を踏み入れた。

 明確に何かが齧り穿ち、こじ開けた跡のある、痛々しい傷口のようなその穴の中へ。

 

 ……ま、今日は素泊まりどころか日帰りプランだけどね。

 

 

 

 

 

 

 世界樹の内部の空気は、どうしてか妙にヒンヤリとしていた。

 寒いと肩を抱く程では無いけれど、なんというかあまり長居したくないと人に思わせるような……非生物的な冷たさ。

 それは正しく今この神秘的で偉大な樹木が、生命の炎を喪おうとしている事の証左のようだ。

 

「んむ……?」

 

 内部へと踏み入れてすぐ、王城さんが怪訝そうに首元をおさえた。

 およ、どしたの?

 

「いや、なんだか……身体にスゥ、と何かが入り込むような感覚があったような……気のせいかも知れん」

 

 あぁ、あの達成感ではないヤツね。

 僕もトロール倒した時に感じたけど、達成感じゃなく単なる生命の精霊だったんだよな。

 なんか今経験値入るようなことした?

 なにせ格闘家は常在戦場らしいし、無意識の内に敵を叩き伏せててもおかしくない。

 件のリアクティブ・ボディ・アーマーが無意識下の反射で出るようになったら、それはもう完全にギリメカラ(物理反射)だぞ。

 

「無論生命の精霊は知っているし、その意見は格闘家を致命的に誤解しているので訂正させてもらうとして……うーむ……なにもしてないハズなのだがなぁ」

 

 王城さんはそう言って小首を傾げた。

 大柄ながらも顔立ちは優美なので、こういう仕草をすると彼女は普段とのギャップも相まって、とても可愛らしく見える。

 やっぱ王に必要なのは人を惹き付けるカリスマだって納得しちゃうぜ。

 しかも彼女は人の心がわかるときてる、完璧。なおそのせいで苦労人な模様。

 才能が自らを助けるとは限らないんやね……。

 

 

 そんな事を話している彼女と僕の間には、黄金のオーラが繋がっていない。

 この下見の段階では、まだキングダムの面々にはバフをかけていなかった。

 なぜなら彼らには既に自分たちで築き上げた連携があり、それぞれの力量を把握した上でのチームワークが存在するからで……なにより、この異世界を己の手で生き抜いてきた矜持を汚したくなかったからだ。

 

 正式にクランとして組むにあたっては説明の上でバフの要否を意思決定してもらうつもりではあるが、今はまだむこうもお試し感覚でクエストに同行している感じだからなぁ。

 今回ワームとの戦闘でもしも戦力面で不安があったならば、その時は知名君に委員長のヒモである事を明かしてでもバフをかけさせてもらおう。

 

 もちろんプライドを尊重して怪我なんかさせちゃったら後の祭りなんで、危なくなればその時は即座にお金を渡してもらう予定だけどね。

 事前に「危なくなったらこれを青海君に投げてね」と、先生からの支給物として小袋に入れた銅貨が彼らにも配られてるし。

 その謎の小袋と僕の関係を彼らがどう受け止めているかまでは考えない事にしよう。

 ていうかせっぱづまった王城さんに本気で小銭入れ投げられたら、僕に穴空いちゃうと思うんですけど。小銭入れる穴なんて空いたら、僕ホントに貯金箱になっちゃうよ。

 

 

 

 洞の中は特に障害物らしい物もなく、その広さは一般的な高速道路のトンネルくらいはあって、大きな空洞が曲がりくねりながら先へと続いている。

 外から差し込む陽光が徐々に遠ざかっても、しかし洞の中が暗闇に支配される事は無かった。

 世界樹ダンジョンの壁はどうしてかぼんやりと薄く光を発しており、周囲を見通す分には問題が無いからだ。

 その壁面は外と違って食まれて開けられた穴という感じは無く、むしろ妙に滑らかな手触りをしている。

 指で叩こうとして危険かなぁと一瞬躊躇うと、代わりに悪王寺先輩が腰のナイフを抜いて柄で軽く叩いてくれた。

 キン、という極めて硬質な物がぶつかりあう音が響く。

 目を細めた先輩がナイフの刃先を表面に滑らせると、一切引っかかる事なく刃が流れた。

 床も同じ感じだが、踏みしめれば足を滑らす事は無さそうだ。

 ちょとくねってるから水平じゃないのは多少難ありだけど、行動に支障がでるって程のもんじゃあなさそうかな。

 

「なるほど、これが硬質化って事かい。たしかにこりゃあ自然物って感じじゃないね」

「妙な材質ですねぇ、木というよりガラスを斬っているみたいな。少なくとも、外の単なる木らしさからはかけ離れた造りをしてますよ。商材としては大変面白い。ま、我が商会は後ろ暗い物品は取り扱いませんので、売りもんにゃできませんが」

「んー? んー……えーっと、あの、アレアレ、これアレっすよ……あー! これ美術室ッス! あ~、スッキリした!」

「おぉ、それだ! あれじゃねぇか、ニス。木の彫刻とかにニス塗った後みてぇな感じ」

 

 なるほどね、言い得て妙だ。

 硬度は桁違いであれど、たしかにこの質感は木製品にニスをかけた後に近い。

 けど世界樹を貪るような非常識なワームくんが、食いさしの飯にわざわざニスがけするような几帳面なタイプには思えんね。

 可能性としてはワームくんが体表からそういった特殊な薬液を分泌し、自分の掘り進めた穴を通用口として固めちゃう生態をしてる……なんてのも考えられるが、十中八九これはボスエネミーによるダンジョン特性だろう。

 リッチキングがその能力で罠を張り巡らせたように、ココを作り出した元凶がダンジョンをこの被膜で硬く覆っている。

 

 

 しかしこの淡い光り方は、なんかどっかで見たような……。

 

 記憶野を海馬に乗って駆け巡り違和感の種を大捜索していると、顔の真横が突然クソ明るく輝きめちゃめちゃにビビってすべての記憶が吹き飛んだ。

 どわーーーー!ビックリした!!

 

「歩きやすく足場が滑らないなら、材質などどうでも良いだろう。さっさとワームとやらを探すぞ」

 

 呆れたような顔をした知名君が、杖の先のワラビみたいに丸まってる部分から光の玉を出し、辺りを照らしていた。

 あ、すご。

 ウチのパーティ魔法使える人居なかったから、そういう破格の利便性見せられると未だに素直に憧れちゃうぜ。

 飲み友達の魔法使いたちにいろいろと教えてもらったけど、結局シモン爺さん直伝の「注いだお酒を空中で一回転させ口に入れる魔法」しか習得できなかったんだよね。多分これがヒモの適性魔法です。クソ職だ。

 

 ……は? え? てか、魔法……?

 こ、ここじゃあ使えないって話じゃなかったの?

 

「フン、本当にエルフとやらは精霊に近しい種族なのか。単なる自称では無いだろうな? ……確かにこの場には一切の精霊が存在しておらず、身体の外へ出してもすぐに霧散してしまいはする。しかし己の内から発される魔力ならば、この様に滞りなく使用できる。単に外部からの供給が断たれているだけで、精霊を介さなければ問題なく魔法は行使可能だ。停電していようと、自家発電していれば電灯はつくだろう」

 

 全く状況を理解できていない僕を鼻で笑った彼は、不機嫌そうに今この場所がどうなっているのかを懇切丁寧に説明してくれた。

 つまるところこのダンジョン内では、外部と僕らを繋ぐ電線が切れてしまってるって事か? 

 

 精霊の霧散。

 

 先程のベルフィエッテさんの魔法を思い出す。

 確かにそう言われれば彼女の精霊魔法は、外部の精霊からも力を受けた上で、自身から魔力でなく精霊そのものを外部へ放出し、魔法を行使していたようだった。

 先日の会議場で行われた長老達による魔法も精霊に語りかける形を取っていたし、もしかするとエルフの魔法体系がそもそもそういった様式なのかも知れない。

 だからこそ、精霊を出さずにその魔力のみを抽出し魔法を行使する知名君にとってみれば、この状態も別になんの問題にもならないというワケか。

 

「ボクら全員魔法使わないから、あんまそこらへんよくわかってないんだよね。精霊とか魔力とかって別物なのかい?」

 

 彼の説明を横で聞いていた悪王寺先輩が、前から感じていたのであろう疑問を知名君へぶつける。

 

 あ、そこは僕もよくわかってないんすよね。

 酒をグラスから口の間で一回転させる以外できないから、理論的な部分はマジでさっぱりです。

 なんかあの魔法はなんも消費してないっぽいし僕永遠にできるんだけど、あれって永久機関とかに使えたりしません?

 

「そうですね。僕も独学に近く、正式な教育機関で学んだ訳ではありませんから正確とは断言できませんし、日本で聞けば鼻で笑うようないかがわしい内容ですが……『精霊』はいわばこの世界を循環する超自然的なエネルギーの総称や、それらが具現化したスピリチュアルな胡散臭い“半“存在であり、『魔力』は精霊から純粋な熱量のみを取り出した非科学的な動力の一種、とでも表現すれば良いでしょうか。創作物での比喩にはなりますが、『幽霊やエクトプラズム』と『霊力』みたいな関係が一番近い……のかも知れません。在りもしないもので在りもしないものを喩えるなど、おかしな話ですが」

 

 あ、へぇ〜、そうなんすね。

 知名君は僕の話を完全にスルーした上で、悪王寺先輩の問いに完璧な答えを返してくれた。

 

 今まで僕らすげーふんわりとした認識で、精霊やら魔力やらのことを扱ってたからなぁ。

 生命の精霊もなんとなく身体に良いものとしか思ってなかったし。つまりは乳酸菌と同じカテゴリーだ。

 自分の身体に入るもんなのに無頓着過ぎるきらいがあったのは確かなので、これからは添加物にも気をつけた食生活をする事にしよう。

 買った弁当にリッチキング印の防腐剤なんか入ってたら、間違いなくフレッシュゾンビになっちゃうもんね。

 

 

 しかし流石は旧帝志望の模試一位なだけあって、知名君は物事の説明がめちゃめちゃに上手いよねぇ。

 魔法だの精霊だの魔力だのについて未だ疎い僕らのことを考えてか、例え話まで出してくれたおかげでなんとなーく理解できたもん。

 きっと委員長に自分の事を話していた時も、彼はこうやって相手にわかりやすいように話していたのだろう。

 

 他者に理解を促す方法を、彼はよく理解している。

 それは僕のような愚か者相手であっても、キチンと例えまで持ち出してレベルを合わせて教化する程に、まっとうで真面目で優しい人柄であるという事でもあるワケで。

 

 やっぱり僕は、どこまで行こうと彼が素晴らしい人であるという理解を深めるばかりで……憎い恋敵みたいな認識はできそうにはなかった。

 

 知名君は、やっぱ良いヤツだよ。

 

 まずいの一で僕に脅しをかけたのだって、正道が騙されてた場合先に外患を取り除く事で、彼女を傷付けず説得する為だったんだと思う。

 そうでなくとも好きな女の子を誑かした不貞の輩相手に、自分だけで真正面からけりをつけようなんて、男らしい以外のなんて表現すればいい?

 ちょち過保護めなその庇護しようという動きも、委員長という存在の危うさを知るが故ってのもあるだろうな。

 

 ……なにより、よしんばこの評価が僕の節穴アイによる勘違いで、もしもたったその一点だけ彼がミスを犯していたとしても……そんな一度の失敗で、これまでも含めた彼そのものが酷評される理由には到底なりえない。

 もしそこまで人間の採点基準が厳しいとすれば、赤点常連の僕は間違いなく落第確定だろうからな。

 困るよそんな難化されちゃ、人間留年しちまう。いや人間卒業できたらそれはそれで困るんだが、退学だけはさせないでくれよな。

 

 

「う~~~~~ん……? なんか、なーんも居ないッス! 動いてるのが無いってゆーか、もう全部無いっス! 全無ッスよこれは」

 全無なんだ、そりゃなんだか変だねぇ。

「ッス! ッス! そのとーりっすよ、これは間違いなく変無でもあるっす。流石はセンパイっすねぇ!」

 

 いつも通りの古式ゆかしいエスパーっぽいポーズをした鹿野ちゃんが、索敵結果を彼女の精一杯の語彙で報告してくれる。

 ついでとばかりに脳内で送られてきた画像は、エルフの里で出されたお菓子のtier表だった。ホントについでじゃん。でもこれはこれで有用です。あんがとね。

 

 どうやら周囲に敵影が無いらしい。それも恐らくは、不自然な程に。

 

 エルフさんたちの話じゃあ、いたるところからうぞうぞと芋虫が這い出てきたって話なのに、僕らが踏み込んだらコレってのは……単なる偶然なのやらどうやら。

 もちろん入ってこんな短時間でドラクエ6の沈没船ばりにエンカウントされまくっても困るけれど、それでも一匹も会えないままだと下見に来た意味が無いぜ。

 どうにかして一匹は遭遇し、戦闘経験を積んでおきたい(僕は戦えないので非戦闘経験となる(もうこんなヤツ冒険につれてこない方がいいのでは?(青海は置いてきた、はっきり言ってこの戦いにはついていけない……)))ところだ。

 

「あと壁の向こう側が、なんかなんも感じないっすねぇ~。ちょとわかんないかも、変っすよねぇ」

 

 ……なるほど?

 それは結構大事な知見かも知れないね。

 良いニュースばかりを聞いてちゃあ、迫りくる危機を見過ごしちまうからな。

 

 つまり今まではどんな障害物があろうと察知していた鹿野ちゃんのレーダーが、この壁は貫通できていない可能性があるっつー事だ。

 なんだか妙な壁ではあるし、っていうかそもそもダンジョンとかいう不思議の塊みたいな場所なのだから、そういう特性を持っていてもそれこそ不思議ではないのかもしれない。

 

 

 けれど僕は、なんだかそれっぽいねなんて理屈で納得しても良いようなそんな事にすら、とても嫌な何かを感じた。

 

 

 人の所作から相手の気持ちを自然と推し量るみたいに。

 積み上げられた目の前の現実から、まとわりつくような邪心を、どういうことか僕の心は酌み取ってしまっている。

 

 

 もしもこの不気味な空白が意味あるものだとすれば、その意味とは一体なんなのか。

 怪しめば怪しむほどに、このほのかに光る洞窟が粘着質な悪意に塗れて見えてくる。

 枯れたすすきに幽霊を見るのは、己の心の内に猜疑心を飼っているからか、それとも……この先へ進むべきではないという本能の警告によるものなのか。

 

 敵の息吹すら存在しない、無機質な硬い壁の捩れたトンネルを進む僕らは、まるで何か巨大な生き物の腹の中へと呑み込まれているかのようだった。

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