【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「知名」
自分でも「まぁ最終的な根拠勘だもんな……」と、正直向こうの肩を持ちたくなっていた僕が言葉を発するよりも早く、横合いから声がかかった。
「……なんだ、王城」
知名君の肩に、王城さんの手が置かれる。
それはまるで嗜めるような、頑なな友の気持ちをなだめるような。
戦場の王として敵を撃滅する時の、凶器にもなり得るソレと同じものであるとは思えない程、優しく柔らかい手つきだった。
そのどちらもが、間違いなく彼女の持つ一側面なのだろう。
「あまり熱くなり過ぎるな、お前らしくも無い。命がかかった場面で意地を張るべきではなかろう。……余は青海の意見にも、一分の理があると考える」
「…………お前には、そう見えるか」
「そうであるな。気持ちはわからないではないが、やはり少々冷静さを欠いているように思われた。なんなら多数決でも取ればよい。見るに、向こうは意見が一致しておるようだしな」
彼女のそんな言葉を受けて僕の背後の面々の様子を見た彼は、口を横一文字につぐんで黙り込んでしまう。
僕もつられて振り返ると、そこには既に帰宅準備を終えて引き返す気満々なウチのパーティメンバー全員の姿が。
お、おぉっとぉ……。
「……そちらのパーティは、よろしいのですか。コイツの独断で勝手に決めてしまったような話を、一切相談せず受け入れるなど、対等な在り方ではないのでは」
まぁヒモと飼い主は対等ではないしな……。
「うーん、そう言われればそうなんだけど……けれど私たち、彼の判断にはいつだって助けられてきたの。だから、青海君が危険だと思ったのなら、私はリーダーたる彼のその発言に従うわ」
「それは……単なる生存者バイアスではありませんか」
「この過酷な異世界において、自分を生き残らせてくれた人の意見が重視されるのは、当然の話だと先生は思います」
顎に指を当てながらかわいらしく唸ったあと、けれど聖先生はまるで最初から決めていたかのように、僕への支持は覆らないものであると告げる。
こちらを思いやる為とか、そういう意図を抜きにしたみんなで無事に帰る為の最適解として、賛成してくれているようだった。
てか僕リーダーになってたの? 知らなかったんだけど。
「えー? 嫌だったりしたっスかー? じゃあチャンピオンとかでもいーすけど」
あ、ポケトレの方なんだ。ならなおさらちげーかも、ジム運営してないよ。
一切戦闘に関与しない僕がリーダーに相応しくないのはともかく。
僕はまだ全員へ向けた提案の段階のつもりだったのだが、ウチのパーティがなんも言わないまま満場一致で賛成に回った為、結果的にほぼ採択されてしまったらしい。
ここ最近の付き合いの濃さから、知名君より僕の方を信用してくれているのだろうが……説得前にみんながreadyボタン押しちゃったから、知名君が完全に浮く形になっちまった。
ホントに信頼が重すぎるし、マジで僕が判断を誤った時に取返しつかなくなるんで、常日頃から僕を疑って欲しいと主張してんだけどねぇ。
先生からは普段の生活において目を離せない問題児としてマーキングされているのに、冒険中の判断に関してはそちら側に回るとは思いもよらなかったぜ。
かねてより考えていた『青海大穴ガチ単騎ド外れクソ雑魚ギャンブラー露呈計画』をこの前ついに実行に移し、数人引き連れて競魔行ってスゲー大損ブッこく姿見せたハズなのに、全然信用度が下ってないんだよな……。
追加とか言ってどんどん軍資金が増えたあたりで、嫌な予感はしてたんだけど。
みんなの未来がマジで心配になる。悪い男に騙されちゃうんじゃないか。
いやね、命がかかった場面での即断即決は本当に頼もしい限りなんだが……彼には彼なりの考えがあるワケで、結果的に頭ごなしに意思全ブッチみたいな形になっちゃったのは良くないっすねぇ。
まいったね、こりゃあ僕のミスだ。
せいぜいコミュニケーション周りのことしかできないんだからそこは役割分担として僕が担うべき部分であり、クラン内での交流に不全があれば畢竟それらは全て僕に責任がある。
多数決では確実に負けるとしても、それでもなお……つーかむしろだからこそ納得がいかないのか、彼の眉間の皺はいよいよ深くなった。
そらそうだよね、気持ちはわかるよ、理不尽だもん。
なんでこんなヤツの憶測を盲目的に信じるんだって思うだろ、そっちが普通だよ。
うーーーーん、困ったな。
友達になるだけの踏み込みを僕がしないと決めた手前、彼に対しての懐柔策があまりに乏しい。
仲良くなっちゃいけないという縛りがくわわると、誰かを説得するのってこんなに難しくなるのか。
なんせ前情報だのなんだのさえ無けりゃ、正直知名君が100%正しいだけに、泣き落としだの情に訴えかけるだの今までの信頼ゲージに頼るだの口八丁でその場をしのぐだのバレない嘘で丸め込むだの、正攻法から外れた搦手以外取れる手段がさぁ。
そして今挙げたどの手段も、彼には使えないか使っちゃダメなものばかりなんだよな。
黙り込む知名君に、手出しできない僕と、後は己で考えろと言いたげな王城さんや、更にはもう帰る気満々だけど口を挟んだら拗れそうだなと察して話が終わるのを待ってるみんな。
完全な膠着状態に陥ってしまったその時。
「賢人、俺はどっちでも構わないよ。こんな虫くらいなら本気出せば100匹出ても雑魚だし、今急いで先に進まなくても問題は無いと思う。それにほら、ここまでの道程結構長かったし、このままじゃ飯足んねぇだろ? 青海の言う通り、引き返して物資多めに用意してもらおうぜ」
場の重い空気を霧散させるようなことさら明るい声音で、闇無君が割って入ってくれた。
く、く、く、闇無君……!
暗くなった場の雰囲気を明るくするような、空気を弛緩させる冗談も交えたパーフェクトな仲裁だ。
完璧な絶望は存在しないが、完璧なとりなしは存在したようやね。
彼はきっとこうやって、普段からキングダムのムードメーカーとしての役割も担っていたのだろう。
「……わかった。感情的になり、言葉が過ぎた。非は認めよう。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした、先輩方。引き上げましょう」
これまで苦楽を共にしてきた仲間の言葉を受けてか。
そこで焼けてるイモムシを噛み潰したような苦々しい顔を経由してからではあるが、知名君は僕の意見を飲み込んで同意してくれた。
「ありがとう、ごめんね知名君」
「……話し合って結論を出した事に、なんの感謝と謝罪が必要だ。いいから行くぞ、帰るのだろう」
そうと決まればとばかりにさっさと踵を返す彼の背を見ながら、闇無君に向けて手を合わせ軽く頭を下げる。
気にしないでといった風に軽く笑って小さく手を振り、彼もまた歩き出す。
な、なんつー爽やか中性的イケ魂美男子なんだ……。
もう君一体何ができないんだよ。
こんな完璧超人が居るならマジで僕のやる事無いだろ。ストロング・ザ・蹴球道がよ……Super感謝……。
こういった気遣いも含めて、彼は全ての行動が自然体な感じがするのがまた嫌味が無いんだよなぁ。
天が二物どころかなにもかもを与えたような人にゃ、性格面でも好人物で在って欲しい……なんてのは、ガキの稚気みたいな理想論だけど、それを体現したような好人物が現れたらもう手ぇつけらんねぇぞ。
もう僕は海の底で物言わぬ貝か、プカプカ言うクラムボンにでもなっとこうかな。
……しかし一方で、だからこそ僕は彼に期待をかけ過ぎないようにしたかった。
どれだけの万能性を感じても、万能性を期待しないように努めなければならないと自戒する。
望月みてーに欠けたる所のない人間なんて、この世には存在するハズがないのだから。
誰かに完全無欠の人間であると期待するような、醜悪な思考を持つことを僕は恐れていた。
しかし気を抜けば、ついついなにもかもを彼に委ねてしまえばいいのではないかと、そう思ってしまいかねないだけの力が闇無君にはある。
僕の目には、彼の底が映らない。
相手のなにもかもを理解できるなんて傲慢な言葉を吐くつもりはないが、しかしこれほどまでに底知れぬ人は、闇無君が初めてだった。
そんなワケだから逆に、僕は彼がどんな欠落を抱えていても、似たような失敗談でもして一緒に傷を舐め合うつもりでいた。
彼が成功に関してのオールマイティであるのなら、僕は失敗についてのオールマイティなんでね。
失敗談の引き出しはいつだって新鮮なネタでいっぱいだ。豊洲の中でやってる寿司屋くらい活きが良いぞ。まだピチピチ動いてるもん。
とんだ失礼な話に思われるかもしれないが、しかし「なんでもできるんでしょ?」なんて無責任な言葉を押し付けるよりも、この方がまだよっぽどマシだと僕は考える。
まぁつっても……よしんば彼が本当にツチノコより珍しい、一切の欠落をもたぬ完璧なる万能人であったとしても、それはそれで態度を変えるつもりはない。
その時も変わらず、みんなを支えるように彼もサポートするさ。
誰の手も借りる必要がないことは、誰も手を貸してはならないことを意味しない。
別に持てる重さの荷物でも、誰かが持ってくれれば楽で良いじゃんね。
無論、こんなことはわざわざ口に出したりしない。
しかし、それでも、僕はこうやって改めて考えておかねばならなかった。
そうでもしないと、彼という人について僕は勘違いしてしまいそうだったから。
あまりに強い潮流の中において、抗わねば人は同じ場所に留まることができない。
闇無 晶という特大の引力を前にして。
僕のような凡人は意識的に、彼を同じ人間であると見なしつづけなければならないのだ。
■
その後、また一時間近くをかけて、再び僕らは入り口付近へと帰って来ていた。
地面がカチカチだと足首が凝るねぇ。
ブルーゴールド商会の目玉商品「スライム中敷き」が無ければ、今頃どうなっていた事か……(※これはCMです)。
しかし……帰り道でもワームに出会う事は無く、設置した縄に切れ目が入れられていれたりする事も無かった。
これは確率的にはありえない話ではなくとも、やはり違和感を拭えぬものだ。
僕らが到着したタイミングで世界樹の枯死が急激に進んだなら、それは異変側が僕らを特別視しているという事であり。
注目している相手が乗り込んできたら、考え無しの野性動物は群れをなして襲い来るものだろう。
相手の挙動がちぐはぐな場合、それはたいてい
例えば、大きな虫と、この地を追われた人の、二つの頭──「待て」
背後からかけられた、この場に存在するはずの無い僕ら以外の第三者の声に、全員が即座に反応し振り返る。
そしてその相手が誰なのか、たった一目見るだけで漏れなくみんな理解した。
振り返った先に居たのは、はたして美しいエルフであった。
切れ長の目に宿した紅い瞳と、流麗な整った頭蓋の形を思わせるベリーショートの髪型が、エルフらしい冷ややかな印象を与えとても似合っている。人などとは隔絶した雪の精のようだ。
いやいやお世辞抜きだぜ。僕は同い年の男子を未分化な天使とか評する男だ。嫌な信頼が積み重なってんな。
ともすれば少年にも女性にも見える、両性どちらとつかない中性的な美貌はエルフ特有の種族的なものだ。先生はめちゃくちゃ女性らしいんだけどな。
エルフさんはボーイッシュか美女かにおおまかに二分されており、どの線の先も"美"に繋がる破綻したあみだくじ状態なのだ。エルフに産まれるだけで大勝利なのヤバない?
しかし彼(か、彼女……?(どっち……?(わかんないっピ……)))の横に伸びた耳は、里にいた純粋なエルフほどに長くはなく……確かに、只人ともエルフとも違うハイブリッドさが感じられる。
ピンと反り返ったエルフ耳も良いけど、ちょっと丸みを帯びてるのもとっても愛らしくて良いっすね。
スラリと伸びた体躯に纏った厚く無骨な上着やズボンは、ポケットの多さや全身をカバーしきるフィット感まで含め、現代の戦闘服じみた機能性を持っている。
デザインと利便性を高い精度で両立してて、普通に僕も欲しいくらいですね。
そしてその色は、僕が推測したとおりまるで雪のように真っ白だ。スゲー白い。これ着たら絶対カレーうどん食べれないでしょ。毎日洗濯するハメにならんか?
けれど、詰めの甘い僕らしく読み違えた点もあって。
彼の
こちらもシスターポーラの持つソレよりは、少し短いかも知れない。
こればっかりは地球に生きていた人間の性というか、思い至れない偏見と言えるだろう。
雪兎という二つ名は、まさしく文字通りだったのだ。
傭兵ボーレタラス。
『雪兎』の名を冠した彼は、エルフと白兎獣人のハーフであった。
めちゃくちゃデザインが良い……四本腕にロマンがあるように、四本耳にもまた素晴らしい趣がありますね。
属性という物は盛られれば盛られるほどいいと思っているTwitter在住令和ポタク民である僕は、迷わず合格の赤い札を出した。
言うまでもなく他人様の容姿を審査できるなどという思い上がった傲慢さは万死に値する為、そのままスタジオの床が開いて地獄の針山へと落ちていく事になるぞ。悔い無し。
ボーレタラスはギロリと音がしそうな鋭さで僕らをねめつける。
どうも今こちらを害する意思は無いらしく長弓は背に仕舞われているけれど、しかし気軽な邂逅とはいかなそうだ。
彼はつい先程まで、僕らを死の罠に陥れようとしていた張本人である疑いが強いのだから。
「おい、お前。なぜこいつらの撤退を許した」
「え、わ、私?」
彼が顎で指し示したのは、我らがクランにおいてたった一人のエルフである先生だった。
「当たり前だ。お前が指揮しているのだろう。純血のエルフが他種族と対等な位置になど立つものか。目的が未達成のままで、帰還をなぜ許した」
「……いいえ、私はこのクランの一員でしかないわ。保護責任者ではあれど、けしてこの子達の上で指示をしているワケではありません」
「なに……?」
そうしてようやくヤバい事実に気付いた場の全員に緊張が走る。
ハーフエルフに対するエルフの認識を知っている僕らは、エルフに対するハーフエルフの認識もそれとなく察しがつく。
彼らが生まれで蔑まれたように、エルフとして生まれ直した先生が今彼らに狙われるのは、悲しいかな理屈の通った話で。
敵に回ったハーフエルフたちにとって、先生は自分たちを迫害してきた種族としてしか映らないのだ。
ヤッベ……! いや、その人は違うんですって! そもそも普通のエルフじゃなくてぇ!
彼女は彼らとは無関係なんです! よく見てください、この国のエルフに一人でもこんな破廉恥な恰好の人が居ましたか!?
「む……たしかに。そうだな……初めて見るぞ。お前、ケルセデクの民ではないな。あの国の長じたエルフで、私が知らぬ者など居ない」
弁護側に回ろうと思った僕が、思わず被告の服装が猥褻物陳列罪にあたるという別件逮捕の口実を作り上げてしまうも、なんとか先生が里のエルフとは違うという認識に持っていく事に成功する。
肉を切らせて骨を断ったと見るか、怪我の功名と見るかは難しい所だな。
先生から『後でお話があります。二人きりで』という通知がピポンと届いたので、有能弁護士である僕は次に自分の弁護をする事が決定した。
「……えぇ、間違いありません。私はこの国のエルフではありません。彼らから依頼を受けた、冒険者クランの一員です」
「そう、か。しかしあそこで引き返したのは、お前の命令だろう」
彼は周りの人間など最初から眼中にないかのように、まるで降りしきる雪の音のように静かな冷たい声で、先生だけに向けた言葉を放ち続ける。
なんとなく蚊帳の外に置かれた僕たちは、とりあえず警戒を緩めないで事の推移を見守る他ない。
下手に口出しても事態を悪化させちまいそうだしな。
少しでも情報が欲しければ、相手の好きなように話させてやるべきなのだ。
含蓄あるでしょ、なんせ現職の諜報員から教わった言葉だからね。
にしてもボーレタラスさんさぁ。
因縁の相手を目の前にしたにしては、妙に理性的というか……落ち着き過ぎているのが不思議だよね。
狙撃手は感情の起伏が少ないのだと言われたら、まぁなんとなく納得しなくもないけれど。
それにしちゃあ、視線に暗い熱量が篭められ過ぎてるよなァ?
目の前で訥々と会話する彼を、まったく意識されていない僕は視野の外からじっくりと眺める。
いや、不躾ですいませんねぇ。
なんせホラ、僕はこう見えて見過ごせないタイプでして。
あなたのように、心に影が差した人の事を。
今先生と話をしている理由も、
悲しい話だ。
僕の大事な身内がそれの原因であるという事が、僕にはなによりも辛く悲しい。
「いいえ、クランでの総意です。最終的に一人の意見に賛成したから、帰還を決めただけ。彼らは命令を聞かなければならない立場なんかじゃないわ」
「? お前がリーダーではないのか。他にもエルフがいるのか?」
「いいえエルフは私だけ。このクランでは、まだリーダーは決めていないの。細分化したパーティの中であれば、話は別だけど……そちらでもリーダーというわけじゃないわね」
「……それではお前が他種族の意見を聞き入れた事になる。話の筋が通っていない」
「通ってるわ。その通りだもの」
先生のその言葉が理解できないという風に、彼は眉をひそめて首を傾げる。
とても素直なボディランゲージ、あまりにも明け透けすぎる。
まるで彼にとって僕らが、情報を隠したい相手ではないかのようにすら思えてくる。
敵を罠にハメようという相手が、情報の漏洩を厭わないとは思えないというのに。
それはもはや矛盾でしかないじゃんね。
であれば考えられるのはこの簡素な質疑応答が、情報を少しでも隠さなければならないという戦術的優位を捨ててでも、彼が尋ねなければならなかった疑問だという事。
エルフだというのに、何故お前は他の種族に対し上から接さないのか。
偏見というにはあまりにも身に染みた経験則からくる純粋な疑問。
それを彼は、どうしても確認したかったのだ。
恐らくは、自分自身や身内の境遇と、比べてしまうが故に。
いやはやエルフさんの親戚が何人かいる身で言う事でもないが、これまでに彼らが積み上げてきた業はあまりにも深いらしい。
僕が働きかける事で彼らに染みついた思想を、少しづつでも方向転換していければいいのだが。
「……不思議なヤツだ。純血のくせに、人の命令を聞いている。私を蔑まない。それに、なにか、違和感もある。変だ。……変なヤツめ」
変だ変だと何度も口にするボーレタラスさんは、まるで理解不能な物を見るような目で先生を見ていた。
射殺すような視線から勢いは削がれ、瞳は戸惑いの色に染まっている。
こうあって欲しかったものを目にして……いや、こうあるべき世界を目の当たりにして、それが自分の世界で無かった事を受け入れられないが故に。
「……まぁ、けれど、どうでもいい」
彼はそれを切って捨てた。
もう今更、取り戻すことができないのを知っているから。
「ケルセデクの傲慢な糞長耳が、呼びつけた冒険者に依頼未達での帰還を許す事を奇妙に思っただけだ。変なヤツの勝手な判断だというのなら、納得できんことはない。納得したから、興味が失せた」
彼は現状を納得し、そして目の前の相手を一切納得せぬままに、話を進めようとする。
まぁ、そうだよな。
もう今更止まれないんだろう。
もしも彼が帝国に居るうちに先生と会えていれば、この話は全く違う方向へと進んでいたのかもしれない。
けれど、もう、全ては遅いんだ。
しかしまぁそれはそれとして。
僕と山算金は同時にお互いへ手を伸ばし触れ合い、ついでにぽそぽそと耳打ちもしておく。
別にマジで空気が読めずシリアスな場面で突然イチャイチャしだしたワケではない。
「蔦纏いの風祝共にこう伝えろ。『混じり者が、応報に舞い戻った。死出の支度をしておけ』と」
カゼホ……?
ご、ごめん、誰に……? 僕これ誰に伝えたら良いんだ……?
「夢の報せに従い、我らは参集した。今こそが我らの悲願を成就させるべき時なのだと。我らは奴らの終わりであり、迫る時の針である。迫害を続けた報いを、奴らが受ける刻限だ」
そう宣言すると、もはや言うことはないとでも言いたげに彼は踵を返した。
言いたい事だけ言って後は素知らぬ顔で立ち去ろうとするあたり、結構この人も図太いトコあんなと思いながらも、みんなに目くばせをする。
嵐みてーな勢いでネームドエネミーがわざわざ僕らの目の前までご足労下さったんだ。
このまま帰す理由が「いや、やはり気が変わった。一人は死んで帰れ」
ほとんど振り向く事も無く半身のまま、どこからか取り出した短弓により放たれた一矢。
それは風を切り裂いて猛烈な羽音をたてながら人と人の間をすり抜け、瞬きをする暇すらなく僕の瞳を貫く──直前に先生の鉾にて弾き飛ばされた。
おわわ……! あ、あぶねぇ~……!
先生の弁護の為に少し前に出てしまってたのが命取りになるとこだった……!
なにもかもが不意を突いて、全部滅茶苦茶な変拍子! 一挙一動の全てがだまし打ちみたいなゲリラ戦法だぞこの人!
「オウコラ……こっちが下手に出りゃ、随分アイサツくれんじゃねェか!」
しかし突拍子もないのはなにもそっちだけじゃねぇ。
最新式ヒートポンプ給湯器を遥かに凌駕する速度でブチ切れた先生が、鉾を抜いて彼へと踊りかかる。
あーもークランでの戦闘のフォーメーションもなにもあったもんじゃねぇ! 現実って陣形組んでる暇なんてないんだなぁ!
弓を放り上げバック転で距離を取った彼は、おもむろに懐から小さな笛を取り出すと、その薄くも艶めかしい唇に添える。
咥える直前、チロリと真っ赤な舌が踊り唇を湿らせた。雪のように白い肌とそのビビッドな赤のコントラストが、僕の網膜にひどく鮮明に焼き付いた。
情景描写がなぜか一気に詳しくなったが、たぶん死に直面した脳内のシナプスが躍動し、生存の確率を上げる為に今際の際で体感時間を引き延ばしたのだろう。ならそんな時間をエルフの口元鑑賞に当ててんじゃねぇよ。
彼が手にした、現代の犬笛などにも近しい形状のソレは、恐らくなんらかの合図を送るための物だろう。
配下の弓兵へ向けて? しかし彼らは待ち伏せを選んだ。それは有利な距離が十分に取れる開けた場所が必要だったからだ。こんなたいして広くない一本道で奇襲をかけても、僕らはすぐに逃げられる。
であれば、件の魔法使いに? いや、そもそも相手がハーフエルフならば、笛の音を合図にする必要がない。もっと簡単に違和感無く、意志の疎通が図れるハズだ。
ならば、考えうるのは──ワーム。
彼はどうやってか、僕らをおびきよせる囮にワームを使っていた。
その方法こそが、この笛なのではないか。
は? じゃあそれ手に入れたらもうこのダンジョンクリアしたようなもんじゃない? 落としたらどうするつもりなの?
スゥ、とほんの小さな息を吸い込む音がした。
どうしてか誰もが聞き入ってしまうような、目を引き耳を集めるほんの小さな気息の
それが、
「おぉっとお待ちを!」
突如張り上げられた威勢の良い声に、全ての人が動きを止めて
音が聞こえる相手であれば漏れなくあまねく万人の意識を強烈に引き付ける。
それはボーレタラスすらも例外でなく、笛に息を吹き込む寸前の姿勢で一点を見つめる。
「まさか音に聞こえし『雪兎』が、このまま帰るおつもりじゃあありますまい! 聞けばなにやら我らが依頼主と、切っても切れぬ因縁あるご様子!」
「あぁ、あぁ、仰らずともわかりますとも……! ここまで来たらば、問答は無用……そうお考えか!」
「喪ってしまったものの重さが、逃れられぬ重石となっている貴方のその心中……お察しするに余りある!」
「けれど、さりとて、しかしながら、こちらも地を食う大鳥に死者の王すら下した精鋭揃い!」
「どのような悍ましい甘言が、微睡みの中で囁かれたのか……どうか私どもに、話してみてはもらえませんか?」
朗々と紡がれる彼女の言葉に、僕たちすらもがまるでお伽噺を語り聞かせてもらう童の様に聞き惚れる。
いわんや指向性を持ってフォーカスされた彼にしてみれば、それはもはや思考の制圧に近い。
そも口上とは相手へと語り掛けるものだ。
生者の鳴き声の意味など鼻にもかけぬリッチキングの時とは違い、今回の相手は直前まで言葉を交わしていた程に言語を解する格好の的。
話して聞かせて見透かして、気を引けぬ者などあろうものか。
手のひらの上のカモを眺めながら、貼り付けた仮面の下、さも愉しげに彼女はせせら嗤う。
「は、え、あ……? な、なに……? なぜ、お前が、その話、を……?」
怒濤の展開、あぶり出された己の心境。
夢に見るまでに渇望した、ソレの存在を示唆されて、思わず心に間隙ができる。
いやね、こういう事はあんましたくないんだけどさぁ、いくらなんでも今逃がす訳にはいかないじゃんね。
僕と彼女が手を取りあえば、こういう事だってできるワケだよ。
まるで盤面をひっくり返したみたいな状況にまったくついていけていない彼は、だからこそ彼女の次の言葉を待つ。
理解する為に、待ってしまう。
そうして待ち続けた彼を襲ったのは、結果的に思考の外へと弾き出されてしまっていた、意識を刈り取る第三の衝撃であった。
「ケンカの最中にィ……よそ見してんじゃねぇよ、タコ助がァッ!!」
ブチ切れた先生は話を聞かないので、言うまでもなく山算金の口上が効かないのである。
とんでもない攻略法だ。どっちかっつーとグリッチだぞ。