【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【104】 三枚の差

「なるほどね……おおよそ聞いた話とは相違無いわ」

 

 長くなるかと思った話は、その実あんまり長くはなんなかった。

 というのも彼女は、既にある程度の情報を()()()()()から聞き出し終えていたからである。

 

 気絶から目覚めたボーレタラスは、()()()()()()()()()()()()()()()()に、計画の詳細からこれまで歩んできた自らの来歴のすべてを、事細かに語り尽くしてくれたらしい。

 そして当の本人はまた薬で眠らされ、部屋の奥で再び緊縛の憂き目にあっているのだから、まったく恐ろしい話だよね。

 

「いくら凄腕の傭兵といってもねぇ。ぶん殴られた気絶の覚醒直後から、常に気を張っていられるワケないもの。そんな相手に事前準備アリなら、そりゃチョロいもんよ」

「ふぅむ……やはりその能力、無敵過ぎはせんか? オーガに金棒、美女に薔薇な恐ろしいまでの相乗効果である。美女ゆえに騙されて悪い気がせんのもミソだ」

「お褒めに預かり恐悦至極。ま、オーガが金棒持っても敵いそうにない美人に言われてもって感じだけど」

 

 王城さんの素直な感想に、ネリッサさんは皮肉気に返す。

 

 意外にも王城さんは、ネリッサさんへガンガンアプローチをかけたりすることは無かった。

 むしろ今まで僕と彼女のやり取りを、始終黙って聞いていたくらいだ。

 その時間はもしかしたら、彼女の中で目の前の一度スキルでだましうちしてきた相手を見極める為の、必要な時間だったのかもしれない。

 ネリッサさんはネリッサさんでわざわざ謝ろうとするハズもなく、ちっとばかしの緊張感があった。

 

 僕としても改めて王城さんをネリッサさんへ紹介くらいした方がいいかとも思ったのだが、諜報員という身分を考えるといたずらに仲良くなるように仲介するのが正しいかわかんない話なのだった。

 単に町中で出会っただけの友人同士ならともかく、情報交換に出向いた冒険者と諜報員というある種踏み込み過ぎるべきでない者同士が、友人の紹介でにこやかに会話に花を咲かせるのもなんとなくおかしいっつーか。

 クランメンバー相手とはいえ諜報員の彼女を詳しく紹介するのも躊躇われるし、諜報員に調査対象の内だったメンバーをわざわざ紹介するのもナメてんのかって感じだし……。

 それぞれの心の内は、彼女らにしかわからない。

 悩んだ結果、変に僕を介することなく、彼女らは彼女らで面識を得るに任せる事にした。

 喧嘩しそうなら間に入るが、無理に仲良くしてもらってもね。

 

 

「さて、それじゃあこっちの番ね。えー、今回の対象は傭兵『雪兎』。本名『ローレイリア・ボーレタラス』、性別女、年齢168歳。エルフならまだまだ子供と言える年齢だけど、ハーフならまぁ成人済みって感じかしら」

 

 あ、雪兎って女性だったんだ!?

 中性的な美人さんでお声も抑揚の無い低めのカッコイイ声音だから、どっちかわかんなかったんだよね。

「素晴らしくないか……?」

 大変同感、我凄好。

 

「猥談なら酒場でやんなさいバカども。で、今回の事件に至る理由ってのが、ボーレタラスが辿ってきた人生にあるんだけど……まぁ、よくある話よね」

 

 気怠げにそうこぼした彼女に、僕らは顔を見合わせて居住まいを正す。

 なんとなく、その身にまとう雰囲気が変わったから。

 

 こちらを見たまま机上を手で探り、何かに気付いたのか軽くため息をついた彼女は、懐から灰色のペレットを取り出し口に含む。

 噛み煙草か。

 煙が壁に付くことを嫌っての事だろう。

 できる限り痕跡を残したくないから、ネリッサさんは仕事中はパイプでなくこちらを愛飲しているってところかな。

 けど今の仕草から多分本当に気に入ってるのはパイプの方だともわかる。

 今度明星先輩に売ってる店を詳しく教えてもらって、良いパイプでも見繕うか。

 

 どうも、ストレスフルな仕事をさせてしまったみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 彼女は冒険者の兎獣人の父親と、「開かれた華の里」出身のエルフの母親との間に生を受けた。父親が外周集落に滞在している間に、たまたま所用で訪れた母親が出会って、二人は運命的な恋をした……と、母親はよく彼女に語ってくれたらしいわ。

 ……けど知ってる? 運命とつく恋愛は、大抵が悲恋に終わるのよ。

 

 人目につかぬ森の中で道ならぬ愛を育んだ彼女らは、当然の帰結として一人の子を授かった。

 体調や体型の変化はなんとか隠し通せても、子が生まれれば隠しようがない。

 けれど意外な事に、誰も彼女を罵倒したりなんかしなかったそうよ。

 ただ家族はおろか里中のエルフから軽蔑の目と、拒絶の意志が向けられただけ。

 

 どうもハーフエルフを生んだ時点で、その親もエルフとして扱われなくなるそうね。

 "純血"の敬虔な信徒である彼らは、背教者を許しはしない。

 だからハーフエルフとその親たちは、ケルセデクにおいて下の存在として扱われる。

 身内ではなくなった者への苛烈さは、あなたもよく知っているでしょう?

 

 里での生活に耐えかねた彼女は、泣きながらその事を恋人に告げ、三人はケルセデクを出て父親の郷里の村へと移住していった。

 里としても表向きには追放という処分にしたようね。

 異例の話よ。里長が女性である開かれた華の里だからこその対応だったんだと思うわ。

 

 移住先の帝国の村では、彼女が奇異の目で見られないようにか、村外れの山小屋で暮らしていたそうよ。

 私だって彼女から話を聞きだすまで、帝国の村に純血のエルフが居たなんて話は聞いたことが無かった。多分だけど当時の帳簿を捲っても、記録は確認できないかも知れないわ。

 よっぽどな念の入り様で、父親は彼女の存在を隠し通したみたいね。

 ハーフエルフならまだしもエルフが居るとバレれば、犯罪組織に狙われ子供を人質に取られても、なにもおかしくないレベルだもの。

 それくらい、エルフがケルセデクを出るというのは珍しい事だから。

 けれどなんとか隠し抜き平穏を勝ち取った家族は、そこで慎ましくも賑やかな家庭を築き、幸せに暮らしたのでした。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 ……けれど、物語は終わっても人生は続く。

 幸せな登場人物には無い"それから"が、彼女らにはあった。

 

 その後15年と絶たず、父親は逝去。たぶん30半ばってとこかしら。

 ……言いたいことはわかるわよ。冒険者なんて明日をも知れぬ博打家業やってたんだから、別に早死ってわけじゃあ無いわよね。

 けれど、エルフにしてみればそんなのは本当に瞬くような時間よ。人間で言えば一年くらいに感じられるかもね。

 

 エルフはね、純血主義だけに帰属意識がとても強いの。

 基本的に身内や親族との付き合いと彼らは不可分なものなのよ。

 彼女らの人生と親類の人生は、切っても切り離せない。

 マーマンが水を求めるように、彼女らは血縁との繋がりを求めてしまう。

 そもそもエルフってのは、独りきりじゃあ生きていけないのよ。

 あまりに長い寿命故に備わった本能が、たった一人世界に漂う孤独さに耐えきれず、容易く彼女らを殺しちゃうから。

 

 

 彼女の母親が追放という処分を受けた体で、ケルセデクから出国したけれど、これって本当に珍しい事なの。

 他の例なんて一度も聞いたことが無い。

 

 エルフが父親側ならば他の町で母親に子を産み育てさせ、他のエルフからは隠し通す事ができる。ハーフエルフって、ほとんどの場合がそういうケース。

 でもエルフが母親だったらそうもいかないわよね。女って不利よ。男が小狡いって言った方がいいかしら?

 ……だけどハーフの子を産み軽蔑の目で見られても、全てのエルフは里から出ずに暮らし続けるそうよ。

 子のハーフエルフが、置かれた環境が嫌になって逃げだすくらいが関の山。

 その理由は、本能的にわかっているかららしいわね。

 

 

 『この国から出ていけば、己は発狂して死んでしまう』と。

 

 

 そして、そんな本能を振り切って愛する人との生活を望んだ彼女にも……容赦なく現実は追いついた。

 これまで何百年と暮らしてきた安心できる場所や、自分の周りを囲んでくれていた同類たちと切り離された上に。

 それでもなんとか自分を保つ拠り所であった最愛の人を、安堵の息をつく間も無く喪った母親は……精神を病んでしまった。

 

 ボーレタラスが物心ついた頃には、もう彼女の母親は壊れていた。

 常に父親の死を嘆き、里の者へ恨み言をこぼし……そして、置いていった彼へ怨嗟の呪いを吐いて、親類たちへ涙ながらに謝罪の言葉をうわごとのように繰り返す。

 

 変わり果てた母親は運命的であった父親との出会いや、それからのほんの僅かな間だけ存在した幸福と、ケルセデクに住まうエルフたちの名前や背格好、特徴や仕草といった思い出を、等しく同量彼女へ語り聞かせ……そしてそれら全員への呪詛と慈悲を乞う言葉を寝物語として、彼女は育て上げられた。

 

 二人がなんとか生きていけたのは、不安定な母親から溢れた精霊が周囲の自然に作用し、ある程度の実りをもたらし続けたから。

 ムリシュの実が、数日経てばまたなってるんですって。

 飢えとは無縁みたいで、羨ましい限りだわ。

 

 そんな彼女らの最後の転機は、ボーレタラスが50歳を迎えた頃に訪れた。

 何を思ったか母親が幼い彼女を引き連れて、突然ケルセデク行きの馬車へと飛び乗ったの。

 初めて見る産まれ故郷。

 自分や母と同じ特徴を持つ、本能的にどこか親しみを覚える人々。

 そして……その人々へ地に頭をつけて謝罪し、どうか再びこの地で暮らさせて欲しいと懇願する母親。

 

 もちろん、エルフがそんな短期間で追放者を迎え入れるワケが無い。

 願いもむなしく梨の礫。

 どこへ行っても存在していないかのように無視され、心優しいエルフからは口煩い者に見つからない内に帰った方が良いとだけ告げられる。

 

 

 そして母親は失意の中……ケルセデクの見える丘で、己の身体を魔法で自壊させた。

 未だ幼い娘の目の前で、自分と同じかそれ以上に孤独な彼女を残したまま、母親は塵のように風へと掻き消えた。

 愛する男の待つ場所へ、還って行ってしまった。

 

 彼女が地獄を思い浮かべるなら、それはきっとその時の光景でしょう。

 

 

 ボーレタラスにとってケルセデクのエルフは、唯一の肉親を迫害しいびり殺した薄情な悪魔にでも見えているのかも知れない。

 ……けど知っての通り、別にこんなの人間でも他の種族でも珍しい話じゃあないのよね。

 村の掟を破れば村八分にあうし、実際手をくださずに追放で済ませただけ温情がある方だとも言える。

 

 

 まぁ、母を目の前で喪った彼女に、そんな事はもう関係無いのでしょうけれど。

 

 

 その後、茫然自失となっていた彼女は幸運にも通りがかったキャラバンに拾われ、紆余曲折を経た上で父から継いだ弓を手に、種族的な特性を活かして鉄火場を渡り歩くようになった。

 元々狩猟民族である兎獣人と、精霊に愛された種族であるエルフの間の子だもの。

 人を狩るのも獣を狩るのも、それこそお手の物だったでしょうね。

 

 

 そして己の核に刻まれた恨みを誰にも打ち明けぬまま、傭兵として名を上げていたある日、彼女は夢を見たそうよ。

 

 世界樹が枯れ落ち、エルフが絶望に叩き落とされて、何もできぬまま死んでゆく夢。

 夢から醒めた彼女は、どうしてかそれがこれから本当に起こることなのだと理解し、そして納得した。

 

 

 「次は、彼らが地獄に落ちる番なのだと」

 

 

 であれば、傭兵などしている時間はなかった。

 もはや眠りについていたかのような、消えかけた心の熾火が再び燃え上がるのを感じる。

 急いで世界樹へと向かわねばならない。己自身で怨敵を地獄に叩き落とす機会が、永遠に失われてしまうのだから。

 

 抱えていた全ての仕事も人間関係も放り投げて世界樹へと向かう途上にて、彼女は時を同じくして己に眠る血によってか事態を察知した同胞たちと出会う。

 いつしか小隊規模となったハーフエルフたちは密入国を果たし、夢のとおりに衰えを見せる世界樹へと潜入。

 エルフの魂を穢しきり、種族を殲滅しようと罠を張った。

 待ち構えて踏み込んできたエルフを殺し、何人かは生け捕りにして人質にとるつもりで。

 

 

 アンタらが警戒してたのも、実際ほとんど当たってたみたいね。

 もう少し先へ踏み込んでいたら、今頃蜂の巣になってたわよ。

 その先に張り巡らされた計略も聞き出しといたから、あとでこの資料読んどきなさいな。

 あとこれも渡しとく。思ってた効果とは違ったけれど、有効活用しなさい。

 

 ……んで、しかしその罠にかかるハズの獲物が、まるで予見していたかのように引き返し、エルフが居るにも関わらず撤退を始めたので、その不可思議な行動に思わずボーレタラスは追いかけた。

 そして、時はアンタの話へと至る──ってワケ。

 

 ……ね? どこにでも転がってる、よくある救えない話でしょう?

 

 

 

 

 

 

「むぅ……それは、なんとも……」

「……そうですね。世の中を探せばいくつも見つかりそうだけれど、しかし重い話だ。誰にも軽んじられるべきではない、苦悩と悲嘆の話です」

 

 そんな来歴があったのなら、彼女があれだけケルセデクのエルフを敵視していたのも納得がいく。

 もしかすると、子供を引き連れた先生に、母の姿を重ねて見たのかもしれない。

 だからこそ罠も計画もなにもかもなげうって、僕らを追いかけてきたのかも。

 そこまでは彼女と再び話してみなければ、わからない事だけれど。

 

 ……ただ、僕には一つだけ引っかかる点があった。

 

「夢、というのは……何かの比喩でしょうか」

「いいえ。ボーレタラスが語るには、本当にある日ベッドの中で見た夢だそうよ。予知夢の類でしょうね」

 

 それは……どうなんだろうか。

 たとえそれが心のどこかで望んでいた、憎む相手の窮状であったとしても。

 そんな根拠にもなんないそれこそ夢物語で、凄腕の傭兵が人生すべてを放り投げてやってくるものなのか?

 そして、それが他のハーフエルフにも同時に起こった?

 

「そこはおかしな話だと余も感じた。寡聞にして知らんのだが、そういった予知夢……ましてや他のハーフエルフたちも一斉に見る予知夢というのは、メジャーな話なのか?」

 

 僕の疑問に触発された王城さんが、この世界での常識についても確認してくれる。

 予知夢をばら撒けるような上位存在が居るのなら、さっさと魔王を倒して世の中から不幸を消し去ってもらいたいもんだけどな。

 

「ん、んー……妙に引っかかってるみたいね。まぁ予言ってのは敬虔な信徒だったり、高レベル到達者だったりが時々授かる、お告げみたいなもんじゃない。遠方にいる彼女らが、半分受け継いだエルフの血によって、風精の女王かそれに近い方からの啓示を受けてても、別に違和感のある話じゃあないと思うわ。なんせハーフったって、エルフなんですもの。そりゃ都合が良過ぎるかもしれないけど、神霊からのお告げなんだから都合が良いのは当然でしょう。……ただ、その救助要請が皮肉にも外患を呼び寄せてしまったのだから、件の女王も頭を抱えてるかもね」

 

 そんな理屈で、この世界に住まう彼女は納得しているようだった。

 で、あれば、これは異世界における常識的な範疇の話なのだろう。

 現代日本で暮らしてきた僕らには、やりすぎ都市伝説で取り上げられる眉唾話に聞こえてしまう集団予知夢も、「無いことでは無いかな」くらいの感覚でスルーされる。

 そこに疑念を差し挟むのは「世界樹ってなんだよ」や「いやエルフて」と言ってしまうようなものなのだろう。

 今更何言ってんだよ、現実を見なさいと怒られるような……この世界の常識。

 

 その姿を見るに、僕の疑問は的外れなのかも知れない。

 けれど、どうしても僕は湧き上がる疑念を拭い去る事ができなかった。

 

 『ならどうして、より女王に血が近いハズのエルフたちは、ハーフエルフに反旗を翻される予知夢を見なかったんですか?』

 

 

 可能性というか、想定される最悪が頭にチラつく。

 

 もしもこの予知夢が、異世界人たる彼女らにとって慣れた"ソレ"ではないのなら……今回の事件の黒幕には、そんな神にも似た大それた事を成し遂げる能力があるということになる。

 そして今回の事件の黒幕に、僕はたった一人しか心当たりが無い。

 

 オイオイ、前情報段階であんまりなんでもできすぎると、いざ倒される時にそんなでもなかったなと拍子抜けされちまうぜ。

 ハードル上げすぎて良いことなんか無いんだから、もう少しじっとしといてくんないか? 思い出の中とかで。

 

「……あんまり納得いってなさそうね?」

「ま、確証は無いんですけれど。先だって二回も出くわしたからか、なんとなく感じるんですよ。「こっちが嫌がりそうな事されてんな」って感覚を」

 

 僕のその言葉を受けた彼女は、表情を変えず数度机を指で叩き……立ち上がると「流石に夜も更けてきたわ。そろそろ帰りなさいな」とだけ告げて、奥の部屋へと引っ込んでしまうのだった。

 

 

 

 

「……やはり、お前も魔王の策略だと思うか」

「まぁセオリーでいけば間違いないだろうね。……なんて、現実舐めたメタ読みは控えるとして、それでも可能性は高いと思う。あまりにも世界の破滅に都合の良すぎる展開だ」

 

 大人に言われたら素直に言う事を聞く良い子な僕たちは、さまざまな鳴き声が響く夜道を、仄かな魔法灯を頼りに帰路についていた。

 この市街地の外れから僕らが泊まっている館までは、そこまで距離があるワケではない。

 案外街の中心部近くに、諜報員ってのは潜んでるものらしい。

 

 

「そうだな。世界が自主的に滅びたがっていないのなら、この流れは誰かが形作ったものであろう。そして世界滅亡を願い、なおかつそれを現実可能な異常者が、二人も三人も居てはたまらん」

 

 僕みたいな現実とフィクションを混同したなろう脳と違い、物語的なセオリーなんかに疎い王城さんは、キチンとした推測から魔王の関与を疑っていたらしい。根の生真面目さが出るね。

 ……いや、根まで浸透した生真面目さ、と言った方が正確かもな。どちらにしろ、言って喜ばれる事じゃ無いから口にゃしないが。

 

 

 ハーフエルフの件を一旦抜きにして考えても、今回の騒動は自然発生的な災害だとは考えにくい。

 エルフさんたちはワームと、それが作り出したダンジョンのギミックの時点で、ほぼ詰んでいた。

 起きている事が、あまりにも対エルフに特化し過ぎている。

 

 僕は魔王の走狗と出会う度に、「『魔王の走狗 シナジー 最強』でググって出たのを上から順に組んどんか?」と思うような最適構築だと感じていた。

 能力×モンスターの一番厄介な組み合わせで人類を滅ぼそうと企んできた相手が、今度は人対まで意識し始めたとしても……なにもおかしいとは思わない。

 そして実力と悪意が備わった代わりにモラルを持ち合わせていないプレイヤーが次にする事といえば、煽り行為(死体撃ち屈伸)くらいのもんだろう。

 

「それに、高慢ちきなエルフの処刑人に、自分たちより劣ったと決めつけているハーフエルフを当ててやる……なんて、いかにも魔王が好きそうな話じゃないか。なんなら死ぬまでにやりたい100の事リストの、『人類絶滅』の次の欄に入れられてるかもね」

 

 そんな下衆の邪推に、心中の『悪意』が「たいへんわるいかんがえです」のスタンプを押してくれた。

 これ貯めるとなんか特典とかもらえたりしないの? ティッシュぅ? ケチだなぁ。

 

「それは……ありうるな。最悪の予想だ。前から思っておったが、お前は意外と意地が悪い」

「否定できないッスねぇ。やりたいとは思わないけれど、やりそうな事を考えつく時点で素地がある。年取ってイジワル爺さんになんないよう気をつけなきゃな。老後は電車一本で都会に出れる片田舎で穏やかに暮らしたいタイプなんで、疎まれて村八分くらったら洒落になんない」

 

 まぁそもそも、老後を迎える為にはまずイジワル魔王様を倒さなきゃなんないんだけれど。

 

 

 

 帰り着いた館はもうすっかり灯も落とされ、ひっそりと静まり返っていた。

 風の方のお連れを監視するような不敬を、エルフさんたちはあえてしようとはしないが、それでも音が響かないようゆっくりこっそりと室内へ忍び込む。

 

 月明かり差す森の中よりも幾分か暗い屋内に、再び目が少しずつ慣れてくる。

 前を歩く王城さんから、こちらを振り返ることも無く、声が降ってきた。

 

「なぁ、青海」

 ハイ、どしたの?

「お前は……日本へ、帰りたいか?」

 そうだね、帰りたいかな。

 

 彼女の葛藤は理解するけれど、僕がどう考えるかという話をするならば答えは一択である。

 僕は少なからぬ人数と一緒に居る約束をしてしまっており、なおかつ彼女たちを友人や親の居る日本へ返したいと思っているからだ。

 

 これは完全に僕のワガママなのだが、みんなからも絶対に帰りたくないって意見は出てない。

 むしろ「子育ては日本の方が安全だと思う」と、わりと全員帰郷に意欲的なくらいだぜ。へ、へへへ、これは武者震いですよ……!

 地球の倫理観で今と同じ事やるのは、流石にけっこう恐ろしい物があるが、夫婦婦婦婦婦婦婦で八人九脚、力を合わせて困難に打ち勝ってみせるさ。1+1は2じゃない、8だ。10倍だぞ10倍!

 

 だもんで、帰らないという選択肢は今のところ僕の中で存在していない。

 その内の幾人かは親や仲間との関係について悩んでいるようだけれど、それでもなんにも言わず蒸発したまんまってのは……きっと、いつか後悔する。

 帰ってもっかい話してみて折り合いつかないなら僕もなんとか手を尽くすし、それでもなおダメだった場合はさよなら告げて生きていけばいい。

 面と向かって別れを告げられるのも、限られた者のみに与えられた特権なのだから。

 

 

 迷いのない返答に、彼女の気配が揺らぐ。

 その歩みが、少しばかり遅くなった。

 

「そう、か。……そのように断言できることが、帰ってあたたかく迎え入れてもらえる事が……ひどく、幸せな話だと……そうは、思わぬか」

 

 いや仰る通り、恵まれていると思うよ僕は。

 帰る場所が在るというのは、とても幸福な事だ。

 

 ……けれど、万人の幸福がそうであるとは規定しないかな。

 幸福は人類の最終目的であり、全ての人間のゴールだ。

 でもさぁ、そのゴール地点がみな同じかと言われれば、それは違う話じゃない?

 誰かが指さす先以外にその人のゴールがある場合だって、往々にして存在する。

 

 幸福の形は人それぞれだ。

 他者の希求する幸せを鋳潰す事は、愛であってもひどく暴力的だと僕は思う。

 

 人間生きてりゃいろんな目に遭うし、なんだかんだとやっちゃう事もある。

 100%の幸せじゃあなくても、90%80%でまぁいっかなとそれなりに幸福に生きる道だって存在するんじゃない?

 

 そして、もしも仲の良い友人が、自分なりの幸福の為に"誰か"を説得したいってんなら……それに手を貸すのが、僕にとっての幸せの一つでもあるよ。

 

 

 王城さんは今度こそピタリと足を止めて、僕に向き直った。

 その表情は驚きとも、悲哀とも、嘲笑ともつかない、曖昧なものだ。

 ただ、けれどそれが僕には、今にも泣いてしまいそうに見えた。

 

「……お前は、恐ろしく……そして、優しいな。……なぁ、青海、余は……」

 

 口を幾度も開いては閉じて。

 辺りを包む夜闇に溺れてしまいそうかのように苦しげに逡巡した王城さんは、しかし最後には口を閉ざす。

 そうして、「なんでもない、もう休め」とだけ告げると、彼女は扉の向こうの暗闇へと消えてしまった。

 

「うん、おやすみなさい、王城さん」

 

 その言葉尻を追おうとは、僕は思わなかった。

 踏ん切りがつかなかったのならば、それはきっとまだ本人の中で噛み砕かれねばならない事なのだろう。

 言いにくい事もあるし、言いたくない事もある。

 相談ってのは聞き出すものじゃなく、されるのを待つものだから。

 

 

 僕も自分たちに割り当てられた部屋の扉を開くと真っ暗で、すでにみんな寝静まっているようだった。

 あんな不幸な話を聞いて幸いにもというと変だが、夜中に叩き起こして伝えければならない程に緊急性のある話じゃあ無かった。

 みんなへの報告は、明日にすればいいだろう。

 僕はみんなを起こさないように、忍び足で自分のベッドへと潜り込み、なぜか僕の布団の中で丸まって寝ていた鹿野ちゃんに目玉飛び出すほど驚きつつも、彼女の高い体温に温められて心地よいぬくもりのある床につく。

 

 開いた瞳孔で見通せる暗闇を、瞼で遮る。

 夜の枯れた蔦の里の屋内は意外にも静かだ。

 森に響く動物たちの声はここまでは届かず、里の中にも酒場とかがほぼ無いので酔っぱらいの野太い声も街にこだましない。ちと寂しいと感じるのは、ボゥギフトに毒されすぎてるかもな。

 

 壁の向こうの部屋からも、音は一切聞こえてこなかった。

 キングダムも、報告は明日にしたらしい。

 

 意識を向けると、自然と思考は先程の王城さんにフォーカスされる。

 己のちぐはぐな心に引っ張られて、裂けてしまいそうな彼女。

 愛の功罪を一身に受けた、僕がこの異世界で出会った中で、一等幼いあの人の事。

 

 ひどく押さえつけられたが故にひどく跳ねてしまって、帰る場所を見失いどこへ行けばいいかわからなくなってしまった、迷子のボール。

 その幸せのある所は、未だ本人にもわからない。

 

 

 ……とはいえ、幸いにも僕らにはまだ時間があるんだ。

 実際この話は日本へと帰るまでに、ゆっくりと考えればいいことなのかもしれない。

 

 それに……多分だけど、帰らないという選択肢だってある。

 神様だって仕事を終えた僕らに、融通の一つも効かせない程狭量じゃあないだろう。

 僕は帰りたいだけで、彼女が帰らない事を選ぶならばそれは尊重されるべきことだ。

 冷たい言い方と思われるかも知れないが、なにが良いかは最終的に自分が決めるもの。

 それに付随する後悔も、それで避けられた面倒も、全部全部自分のものだから……他人が口を出しても仕方ない部分になる。

 

 いつか彼女が僕へと相談をしてくれる時が来たらば、そんな風に伝えてみよう。

 

 僕はこの時、呑気にもそう考えた。

 彼女がずっと胸につかえていたモヤモヤを、ほんの少し吐き出してくれたのだと、そう思い込んでしまった。

 ……いや、実際読み取った彼女の心の動き自体はその通りなのだから、間違ってはいなかったのだけれど……。

 

 

 僕はその事を心の底から後悔する事になる。

 

 『足りない戦力はどこかから補う他無く、そしてその源泉が相手の戦力であれば言う事無し』

 

 相手方の動きをそう読んだのは、他でもない僕であったというのに。

 愚かな僕には、それがどれほど恐ろしい事なのかという危機感が、ほとほと欠けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 明くる朝、"キングダム"の全員が、自室から姿を消していた。

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