【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【115】 あの日の夢

「う、む……? 余は、生きて……? あ、いててて……」

 

 のそりと起き上がろうとした王城さんが、脇腹を抑えてうめき声を上げる。

 明星先輩の祈祷を受けてはいるが、全快はさせないように加減してたっぽいからな。折れてはないだろうけど、ヒビくらいは残ってるのかも知れない。

 ちなみに僕は全身くまなく過剰なくらい回復して頂いたし、目視での確認もするって言われて二人がかりで暗がりに引きずり込まれひっぺがされもしたぞ。

 絶対見なくていいとこも見られた気がするし、尊厳という文字が徐々に僕の辞書から薄れて消えていっている気がしたが、あれだけ傷だらけだったのに『完璧に怪我無し、お肌もツルツル』と太鼓判を貰えたから良しとしよう。

 「ふーむ、この壁の材質は……」と、見えないし聞こえないフリをしてくれた知名君の優しさに泣く。

 

「おう、起きたか。もうオメェの悪巧みは終わりだぞ。観念しろやクソガキ」

 

 あんまりと言えばあんまりな明星先輩のその物言いにも、王城さんは特に反応を返さず、ただ静かに目の前の光景を──そこに映る、彼女の中に立ち現れる心象風景を見て、静かに視線を落とした。

 肩を落としたその姿は、謀反を起こした張本人がもはやどうにもならぬ決しきった趨勢を前に、自身の敗北を覚ったようだった。

 

「そう、か……まったく、先輩も酷いものだ。余でなければトラウマになっていた事であろう」

「うるせーなぁ、オレも余裕無かったんだよボケ。そもそもテメェらがいらねぇコトすっからこうなったんだろ、反省しろや」

 

 王城さんの愚痴るような物言いに、先輩は吐き捨てるように言い返す。

 なんとなくだが、明星先輩の王城さんに対する態度は、知名君へのそれよりもぶっきらぼうながら柔らかに思える。

 無論怒ってはいるけれど、それでも突き放さずに受け答えする感じというか。

 わだかまりは残ろうと、しかしそれもいつか消化され、静かに消えゆくだろうと思える、希望を残した映画のラストみたいな。

 

「……私はあの木偶の坊も許しがたいんですけど」

 

 ま、そこはだからホラ、後顧の憂いを断とうとしてくれた先輩と、現場に駆けつけようとしてくれた山算金の感じ方の違いだよね。

 実際に拳を交えて、ある種のコミュニケーションを行ったかどうかというのは、きっとこんな形で違いとして現れるのだろう。

 もしそうならば、彼とぶつかり合ったのはやはり大事な事だったのだと思うんだ。

 

「……やっぱり反省してませんねこの男は。どんどんダイヤル錠の桁数が上がっていってますからね」

 

 新宿の目くらいデカい丸ダイヤルの金庫を、僕なんかの為に特注させるのは申し訳ねぇや。

 流石に恥ずかしかったのか、もう僕から離れてはいるし泣いてもいないけれど、まだまだ完全に拗ねちゃってはいる山算金に、ちくちく言葉で詰められる情けない男を尻目に、彼女らは敗者に手を差し出し、勝者から差し伸べられた手を借りて立ち上がった。

 

「余の負けだ。すまなかった」

「すまねぇで済むかよタコ。さっさと働いて返せ。あとアオミや姐御にも詫び入れとけ」

「無論、言われるまでもなく。こう見えて働き者でな。百人力は保証しよう、文字通りの意味でだ」

 

 殴り合った二人だけの、感情や言葉を超えた相互理解をもって、彼女らはこの争いに終止符が打たれた事を察しているようだった。

 ま、その気持ちはわかるよ。

 なんとなく一段落した感じの良い雰囲気だし、これくらいが落とし所としてちょうどいいもんね。

 そそのかされて裏切って、戦いを挑んでブチのめされた。マジで殺されかけたってのも、謀反の禊としちゃ十分にも思える。ヒモの禊にゃ少々足りないかもだが。

 僕らとしても未曾有の危機を乗り越えたわけだし、これでめでたしめでたし──理屈としちゃあ、そうかも知れない。

 

「ね、王城さん。それはやめとこうよ、僕もできる事ならなんでもやるしさ」

「それ、とは」

「もう、騙し討ちは無しにしよう。一回腹割って話し合ってみて、どうにかできないか考えよ?」

 

 けれど、人間は理屈じゃない。

 

 体についた木屑や埃を払っていた彼女が、ピタリと動きを止める。

 振り返ったその顔には、まるで平素通りのような表情……そんな仮面が、被られていた。

 

「何を言うかと思えば……オマエは知らぬだろうが、余は手も足も出せず半殺しの憂き目にあったのだぞ? これ以上の悪さなど企んだところで、また叩き潰されるのがオチだ」

 

 いやそれ(半殺し)はなんでか知ってるんだけど……だから何って話じゃない?

 ここまでコテンパンにやられたじゃないか──そうだね、そのとおりだ。

 でも諦めてないんでしょう?

 死にそうになった程度で、人の願いは潰えない。それは良きにつけ悪しきにつけだ。善悪の彼岸にて、人間は望みを諦めきれない。

 心からの願いの為に立ち上がった貴方みたいな人間が、殴り殺されかけたからって諦めるハズがねぇ。

 君は諦めないぜ。諦められない。葡萄を酸っぱいとは思い込めない。強い意志が、それを許さない。

 その手にするまで、あるかもわからない甘露を求めずにはいられない。

 古来より王が破滅に呪われるのは、その強大無比な意志力故だ。

 

 僕の見透かしたみたいな言葉を受けても、彼女は糸目の上の眉一つ動かさず静止している。おっと、的外れだっかな?

 なにせこちとら元ぼっち君なんでね。元来空気も読めなきゃ察しも悪い方なんだ、そこはこれからも精進するとしよう。……だけどそんな僕でも、君が仮面を被り直した事だけは、ハッキリとわかる。

 生憎ウチの愛しい商人のおかげで、他人の仮面は見慣れててさぁ。

 ま、異世界来てからはずっと外してたし、ブランクあったから分かりやすかったのもあるかもね。

 だからかな、その仮面の下に潜んだ、ギラつく黒い魔力まで見て取れちゃうのは。

 

 

 僕がぺらぺらと話し始めた途端、山算金も先輩もスッと身を引くと、少し離れた場所で黙ってこちらを眺めている。ちょいちょいと指で指図された知名君も、それに続いた。

 役割分担として、僕の領分がこのパーティーに残されている事に、わずかにホッとしてしまう。

 そして、任された分は全うしよう。

 まあ正直、それを抜きにしたって、これは僕がやってあげたい事だった。

 

 

「……根拠は」

 

 物的証拠は無いさ、でも現行犯なんだからそれくらいオマケしてちょうだいよ。

 それにそもそも今話してるのは動機についてでしょ?

 君の心がどう動くかの話。

 

 でも、至極当たり前の話だと思うよ。

 人はゲームの中ボスじゃないのだから、倒されただけじゃあストーリーラインに沿って改心もしなけりゃ、なんのかんの言いながら仲間になったりもしない。

 敵として立ちはだかった信念ある相手は、幾度こっぴどくやられようと手を変え品を変え、目的達成の為に腐心するに決まっているもん。

 

 

 なにより……本人が懲りたってんなら、その心の奥に潜む醜い輝きは、消えてなきゃおかしいよなァ?

 これ以上僕の大事な友人の心を、引っ掻き回すんじゃねェよ。

 

 

「……知った口を聞く。……まるで他人の心が見えているかのような……傲慢極まりない、放言だ」

 

 いやいや、もちろん誰かの心なんてもんが、形而下の物質みたいに見えるわきゃ無いでしょ。例えさ、例え。

 それでも、動く瞳が焦点を当てる物の先に、浅く頻度の高い呼吸に、口元を隠そうと添えられた指先に、殊更明るく振る舞い切り替えようとする意識に、人の心が浮かび上がる。

 そこに貴方以外の意志を感じ取ってしまうなら、それはそういうことじゃないか。

 魂すら飛び出ちゃうんじゃないかってグーパン食らっても、しつこい暗闇汚れは取れやしなかった。叩き洗いでもダメなら、方法を変えるしか無さそうだっつってね。

 ……ホントは、みんなの前ですべきじゃないとは思ってたんだけど、でもここで決着をつけなきゃいけなくなっちゃったから。ごめんね。

 

 無表情のままの彼女の指がピクリと動く。

 動作という客観的な証拠を挙げられ、顔色一つ変えないけれどそれでもわずかにたじろいだ。

 

 表情っていうのは、こう言っちゃ悪いけれど、人間が一番誤魔化しやすい部位だ。ポーカーフェイスなんて言葉もある通り、機嫌も感情も思考もココにわかりやすく表示しますよ、と定められた標準規格だからな。

 みんなが見る所を固めちまうってのは、合理的だし容易い。ちょっと意識しておけば短時間なら誰にだってできるし、慣れれば『仮面』の如く、常に動かさないようにもできるだろう。鈍化はさせるのではなく、してしまうものだから。

 だからこそ逆に、普段から意識されない場所に、心の深奥はまろびでる。

 人は、自身の身体を余すところなく操作できない。

 ロボットじゃない僕らは、プログラミングされた通りに動けない。

 感情が摩耗したって、感覚器官は刺激に反応してしまう。いわんや怒りも悲しさも恐れもあるのなら、なおさら。

 

 

 ……ま、とはいえ圧倒的な力の差を前にして、心が折れかけているのもまた事実でもある。

 いくら意志の力があっても、ゴールまでの道程があまりに険しければ、その道を進む事を諦めてしまいたくなる時もあるだろう。

 だからこそ激情は治まり、身体の周りに漏れ出るほどの黒い輝きは出ず、まるで病原菌やウイルスみたいに、潜伏して心中に引きこもってしまったワケだ。

 

 あーぁまったく、やれやれ嫌んなっちゃうよなぁ、なんて愚痴りながら。

 あんなん出てくるとか反則じゃない? 無理ゲーじゃんこんなんやってらんないわ、と悪態をついて。

 そんな事を言いながら、いつか来るチャンスをものにしようと、虎視眈々と心の奥底から目を光らせている。

 

 君の意志の強さによってギリギリのとこで踏ん張れちゃったから、これ幸いとばかりに一旦引っ込み、一番いいとこで横っ面はったいてやろうと画策したんだろうね。

 まあ、消し飛ぶでもなく爆発するでもない、一番厄介な場所でルーレットの針がギリギリ止まっちゃった感じだ。

 困るんだよね、またいざという時に敵対されたりしちゃったらさ。

 もちろんそれはみんなの安全のためでもあるし、そうでなくとも大事な人同士の争いを二度も見せられちゃたまんねぇ。

 

 

 だから、決着をつけなきゃならない。

 君の中に眠る誰かの悪意なんかとは無関係に、ただあなたがたぶらかされるまでに乞い願った、本当の気持ちに。

 

 

「なら……なら、どうすれば、良いのだ……余は、私は、どうした、ら……」

 

 どうしようもなく張りつめ、破裂しそうだった心を暴かれた少女は、憤慨するでもなくただ俯いてしまう。

 ルーレットの針が絶妙な場所で止まったように、普段と変わらず見えた彼女の感情も思考も、実は臨界地点のほんの一歩手前にあったのだ。

 表面張力で保たれていた心が、僅かな刺激の波紋で、限界を迎える。

 変わらない仮面の下から、すすり泣く声が聞こえてきた気がした。

 あぁ、ごめんね。泣かせるつもりは無かったんだ。

 

 もはや誰に止められることも無く、僕はついに彼女の元へと歩み寄った。

 きっと、あの悲痛な号哭を聞くよりも前から、部屋でじゃれて笑いあい君の悩みを察してから、初めて出会った時に違和感を抱いてから。

 ずっと泣いているこの子に寄り添いたかった。

 時間をかけて、自分で飲み込んで折り合いをつけていく方がいいと、そう思ったからできなかったけど。

 親に認められたくて、親に褒められたくて、親に優しくして欲しかった君。

 

 貴方を慰めるために、僕はここまでやって来たんだ。

 

 痛いほどに強く握りしめられた拳を、ゆっくりと上から握る。

 まるで巌のように硬いけれど、すこし冷たくて繊細な、血の通った女の子の手を、両手を前にして包み込む。

 手のひらの中に、嵐を閉じ込めたみたいな荒れ狂う激憤と、止むことのない霧雨のような、いつから続いてきたのかわからない悲嘆を感じる。

 癇癪も、泣きべそも、きっと抑圧されてきた子供の頃から、ずっと彼女の中で共にあったものだ。

 普通の子供が外に出し霧散させてゆくソレを、彼女は己の内に閉じ込めなきゃいけなかったから、揮発させることもできずに今この日までそのまま残ってしまった。

 望まれる良い子であろうと隠し通してきた。失望されないように押し殺してきた。ホントの自分で生きないで、たった一人怒りながら涙を流す。

 幼い子供が、泣いている。

 

「ねぇ、王城さん」

「……」

「貴方がどんな環境で生きてきたのか、きっと僕にはわからない。生まれてからこれまで、ずっと一人で抱えてきた物を、たったこれだけの時間しか一緒に居れてない僕なんかじゃ、完全に理解することはできないだろうから」

「……うん」

「でもね、たぶんだけど、なんとなーく、欲しいものくらいはわかる気がするんだ。……それは、僕も欲しかったものだから。僕の場合は、育ての親だったけど」

「……」

 

 握りこまれていた手が徐々に開かれる。

 こわばった指先は時折震え、まるで力無い幼子が怯えているようだ。

 ゆっくりと指を挿し入れて、温めるようにくるむ。

 ぬくもりが伝わればいいなと、そう願いながら。

 冷たいこの人の手に、少しでも。

 

「寂しかったし、辛かったし、泣きたかったし、寒かったし、羨ましかったし、どうしてそんな事を言うのと思ったし、どうしてこう言ってくれないのと思った」

「……うん、うん」

「……見限られるのが怖いのは、もう愛されないと決定的にわからされてしまうのが怖いから」

「うん」

「ただ、みんなと同じ、普通が欲しかった」

 最後の言葉には、鼻をすする音だけが返された。

 

 僕と彼女に空いた、同じ形の欠落をなぞってゆく。

 縁を撫でれば血が滲むソコは、鈍麻した心ではもう痛みを感じないけれど、きっと強い彼女はまだ泣きたくなる程に痛むだろう。

 それでも、二人で確認するように、己の心に指を這わせる。

 自分と同じ傷を負った相手と、抉れた傷跡を舐め合うような慰めの中でしか、救われない何かがあると思うから。

 

 触れあい、確かめあって、彼女の抱える苦しみの、ほんの欠片を理解する。

 僕の傷は……わかんないけれど、彼女の問題について、冴えた解決策など僕はもちあわせない。

 それは、ここに居ない二人と彼女の間だけの、彼女らだけにしか変えられないものだからだ。

 僕には、見た事も会った事もない相手が、我が子をどのように思っているかなど、計り知れない。

 そこに勝手に『愛』を、恣意的に見いだす事はできるけれど、それは無意味で無責任な当てずっぽうだ。

 たった束の間の、その場しのぎな嘘を、泣いている子供に吹き込みたくなかった。後でもっと残酷な現実が、もしも彼女の前に待っていたら、取り返しがつかなくなるから。

 

 だから僕にできるのは、気休めにしかならないような慰めだけだ。

 貴方は世界でたった独りなんかじゃないと、同じ欠落を抱えた人間が、どこに行っても傍に居るのだと。

 無力な僕には、そう伝えることくらいしかできない。

 

 

 だけど、彼女は違う。

 当事者たる彼女になら、変えることができる。

 

 

 

 ……これは、例えばの話なんだけどさ。

「うん」

 日本に帰ったら、秘密基地を作らない?

「え?」

 僕と王城さんだけの秘密の場所。

 結構あの町の地理には詳しいから、人にバレない奥まった場所だっていくつも知ってる。

 その中から、二人が気に入った場所を選ぼう。

「どう、して」

 

 

 唐突な僕の言葉に、戸惑ったような声で彼女が尋ねた。

 弱く薄くなった心の膜を波打たせ、無防備に全ての思いを曝け出している。

 積み重なった嘘の殻も、着飾った虚飾の鎧も剥がれて消えた。

 誰一人言葉を発さない静けさの中で、剥き出しの王城琥珀が僕の目の前にいる。

 綺麗な琥珀色の瞳に映った小さな知らない子供が、羨ましそうにこちらを見ていた。

 

 

 まずさ、帰ってもこっちであった事は全部秘密。

 何があったかなんて言わなきゃわかんないから、なーんにも覚えて無いことにして、素知らぬ顔で戻っちゃお。

 そうすれば、こっちのいろんな事なんてバレやしない。

「……そうかな」

 そりゃそうさ。こっちに来るまでだって僕らは、みんなにバレないように、自分の中の本当の気持ちを隠せてた、でしょ?

「それは……うん」

 でもね、そうするとどうしても嘘をつかなきゃいけなくなる。でも、嘘は嫌いだもんね。

「うん」

 貴方が嘘を嫌いなのは、『求められる形になろうと自らを削る事』が、自分に嘘をつくことだったから。本当の望みを隠して生きる人生が、偽りで塗り固めたハリボテになっていたから。

 そんな風に、思えたから。

 

 

 静かに黙り込んでしまった彼女の手を、ぐっと握って引き寄せる。

 驚いたように上げられた彼女の顔が、額が触れ合う程に近づいた。

 伝う涙が頬を濡らし、開いた口からは昂った小さな荒い息遣い。

 もはやその顔に、自分を閉じ込める仮面(シェルター)は、存在しなかった。

 

 

 だったらこれからは、自分の為に嘘をつけばいい。

 自らを殺す為ではなく、本当の自分でいる為の嘘を。

「へ……?」

 やっちゃった事は隠し通して、行方不明だったんだって同情も買って、都合の悪い事はその場しのぎでやり過ごして、なし崩しで全部総取りしよう。

 そうして日常に戻ったら、望まれるよりも更に良い子のフリをして、やんなきゃいけない事はバレないように結果だけ、適当にでっちあげるんだ。

 足枷だった体の不調が消えた貴方なら、軽々とそれくらいやってのけられる。

 手を抜いたって道場の誰よりも王城さんは強いし、生命の精霊は頭脳も強化してくれるから、テストなんて教科書見てりゃオッケーだよ。

 そして、だからこそ、逆に彼らに自分から求められる。

「な、なにを……?」

 これまでしてこなかった事、全部さ。

 当たり前のことでしょうという顔をして、買い物に連れてってもらい好きな物を買って、たまには旅行だって行きたいと言えばいい。

 自分はこれだけの事をしたのだからと、しれっと当然のように報酬としてねだっちゃおう。

 極々当たり前の顔をして、勝手にスケジュール組んじゃえばいい。

 良い子の型に嵌めようとしてきた二人を、次はこっちが良い家族の型に嵌めちゃえばいいんだ。

「……私、そんなこと、できないよ」

 そう? ま、初めての事なんて、最初はみんな自信が無いもんだからね。どうしたって一人じゃ不安も多い。

 だから、僕も一緒に考える。

 二人きりで作戦会議、だからこその秘密基地だよ。

 僕ら二人の、普通を取り戻すための、場所も内容も誰にも内緒の作戦会議。

 放課後に、休みの日に、空いた時間に、言ってくれればいつでも行く。

 ジュースやお菓子を持ち寄って、今まで触ってこなかったゲームだって漫画だって僕が用意する。

 そうしてダラダラ遊びながら、何があったか共有し、どうすればいいかを話し合おう。

 どんなことだって、二人で分かち合えば案外なんとかなるものさ。

 

 

 『信じられない』と『信じたい』の間で揺れ動く彼女を、ゆっくりと抱きしめる。

 伸ばした手は払われず、むしろおずおずと屈みこんで、王城さんは抱擁を受け入れてくれた。

 チビな僕よりもずっと大きい彼女は、けれどまるでそうして欲しかったみたいに、縋りつくように小さくなっている。

 

 初めて外の世界へ顔を出した子どもに、僕は前々から考えていた夢物語を語り聞かせた。

 それはきっと、僕の心の中でずっと泣いていたガキが、誰かに言って欲しかった事だ。

 冷たい布団の中で考えたような、非現実的でめちゃくちゃな、どうしようもなく優しい夢を、この子の為に本当にする。

 

 求めた果てについぞ日本では得ることのできなかった、手を差し伸べてくれる「誰か」。

 いつか夢に見た「誰か」に、僕がなろう。

 君の「誰か」に。

 

 

 自慢じゃあないけど、こう見えて僕は案外人を丸め込むのが得意らしいんだ。

 自分じゃそうも思ってないんだけど、なんでかみんながそう言うから、最近は僕も信じてみてる。

 ちょっとでも顔を合わせれたり、なんなら又聞きでも、得られた親御さんの情報から、どうにかして王城さんの望む方向へ持ってってみせるさ。

 そんな生活を、卒業まで続けよう。

 そんでさ、バレない内に納得するしかない理由ブチ上げて、思惑と違うけどまあええかとなんとなく納得させて、大学入学と同時に堂々と独り立ち。

 それからは好きな人生歩みながら時たま里帰りして、褒めるとこしかない孝行娘しちゃおうよ。

 真面目な貴方はビックリするだろうけれど、どんな人間も案外なあなあで誤魔化せるし、気付かない幸せってのも世の中にゃ確かに存在してるんだ。

 

 ……あぁ、でも、もし話し合っても解決できず、どうしたって上手くいかない出来事があったら……やってらんねーって夜通し遊びほうけよう。

 そしてコッソリ窓から帰って、翌朝の朝食の席では全然なにも無かったですよってフリして、いつも通りに振舞うんだ。

 夜遊びも偶にならバレやしないもんだよ……これは実体験だから、信用してくれて構わないぜ?

 これから仮面は自らを押し殺す為じゃなく、遊び回った翌日二日酔いを隠すために被っちゃえ。

 素知らぬ顔をした裏で、バレちゃいけない事も全部一緒にやろうよ。

 

 

 腕の中に納まりきらない彼女の頭が、ゆっくりと縦に揺れる。

 未だ叶う保証のない夢物語でも、そう言って欲しかったことを僕は知っている。

 抑圧も、暴走も、全て愛されるべき貴方自身だ。

 その全てを、隣に立つ誰かに肯定して欲しかったんだ。

 

 『助けて欲しかった』

 『連れ出して欲しかった』

 『あの子みたいになりたかった』

 『同じ悩みの誰かに隣に居て欲しかった』

 叶わぬ願いが堆積してゆくごとに、夢はどんどん形を変える。

 諦めの数だけ夢が現実味を帯びるのを、たぶん人は成長と呼ぶのだろう。

 

 そうして最後に願ったのは……えっと、なんだったかな。

 ああ、いや、たぶんだけど。

 

 

 幸せになろうよ、王城さん。

 すべてのワガママを実現して、あなたは幸せになるんだ。

 

 我慢してきた人生の続きは、制限取っ払って良いとこ取りしちゃえばいい。

 慣れない内は難しいかも知れないからさ──もちろん、ぜんぶ僕が手伝うよ。

 

 

 欲しいモノは愛も期待も全部貰って、やりたい事だけやって生きよう。

 我慢強く泣き言も言わないで、期待通りに徹底し過ぎて擦り切れるくらい真面目で、自分よりも誰かの為に生きちゃう程に優しい君には、それが許されてる。

 あ、ズルいことしてるみたいで心苦しくなっちゃったら、その時も呼んでね。

 もっとこズルい生き方してる僕が、不遜にも慰めてあげるからさ。

 

 

「うん……」

 

 か細く小さな、けれど多分、自惚れじゃ無ければ……満たされたような声が、彼女が顔を押し付ける胸元から、聞こえてきた。

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