【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

126 / 143
次の投稿は一週間後の予定。

感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【119】 それぞれの才能

                     ▽

 

 私の脳内に突然飛び込んできた彼は、頭の中でふわふわと不定形に形を変える。

 

(え、えっと、コレ伝わってるのかしら?)

『はーい、はいはい、伝わってますよ聖さん。いやすいませんね、詳しい説明も無しにこんな事しちゃって』

(う、ううん、それは良いんだけど)

 

 あんまり事態を飲み込めていない私に対して、彼はなんだかとても嬉しそうに、脳内で応えてくれる。

 好きな人の声が自分の頭の中から発されるという、普通では妄想くらいでしかあり得ない事態が、なんとも言えない喜びをもって私の背筋を痺れさせた。今この時、彼が間違いなく私だけの物になっているという事実が、私を狂わせてしまう。

 陶酔と、法悦。

 とんでもないフェティッシュなシチュエーションで、ちょっと鼻血が出そうになった。

 

 彼を私の中に住まわせたということはつまり、それはもはや同棲を超えて、ある種母になったようなものでは…………む、むす、息子!? あ、青海君が、あわわ、わ、私のこ、子供ッ!? 聖生家にもたらされた玉のような光り輝く赤子ォ!!?!???!

 ギリギリ踏ん張っていた鼻血が、我が意を得たりとばかりに確信をもって流れ始める。人体に備わる制御機構が、突如跳ね上がった血圧を逃がす為に正常に動作していた。

 

『へ……ひ、聖さん!? 鼻血出てますよ!! 一旦抜けます! そんな負荷かかるなんて、思ってなくて……!』

(あ、ううん! 違う違う違う! これフツーにさっき流れ弾の瓦礫で打ったヤツだから! 青海君は全然大丈夫! むしろめちゃくちゃ良いわ!)

 

 公(公職)私(私事ではございますがこの度第一子を授かりました)混同の極みに至りかけた思考を慌てて誤魔化す。

 どうも考えたことが全て伝わっているワケではないらしいのでホッとする。本人にバレたらヤバいなんて話じゃない。勝手に母親になる女教師はちょっとホラーに片足突っ込んでるもの。

 ……それに彼のご家庭の事情を思えば、私の事を母だと思って甘えても──なんて事は、けして言えない。エルフとの会食の時に本当に曖昧にしか語られなかったけれど、きっと彼にとっての聖域であろうその場所に、他者が土足で踏み入るべきではないのだ。

 邪な考えは、己の心の内に留めておくべきだろう。

 

 フリーズから戻って来た闇無君が、小さく頭を振って雑念を振り払う私と、その頭上に浮かぶオーラになった青海君を見ながら皮肉気に笑う。

 

「で……光る半透明の無能が、先生の後ろに心霊写真みたいに浮かび上がって、この状況がどうにかなるのか? 俺を驚かせて一矢報いたかったってんなら、確かに成功ではあるけど。なんか鼻血出してるし、界王拳みたいにブーストでもかかってたりとか?」

「ピンポーン、大正解。大事な生徒の懸命な応援でパワーは三千倍よ。でも花丸はあげられないわね。お友達に悪口言っちゃいけませんって、ランドセル背負ってた頃に習わなかったかしら? 『もう少しがんばりましょう』のハンコ捺してやっから、歯ァ食いしばんなさい」

 

 もちろん、そんなに都合良くはいかない。全部強がりだ。

 青海君から伝わるバフは確かにさっきよりも強くなったが、闇無君を軽々ブチのめせるほどの増強だとは思えなかった。恐らく倒錯した関係を勝手に構築した事によるプラシーボも、多分に含まれてる気がするし。

 けれど、彼は言っている。

 

『すみません、先生。一分、保たせてくれませんか。彼相手に一人で稼ぐ60秒が、どれだけ気の遠くなる時間なのか、わからないわけじゃあありません。巻き込んでおきながら、無茶を承知の厚顔無恥なお願いですが……』

(えぇ、任せて頂戴。あなたの先生がどれだけ凄い女なのか、見せてあげる)

 

 戦えぬ身でありながら、自らの危険を顧みず私たちについてきてくれた彼が、そんな風に言うのなら。

 私は喜んで、全身全霊をもってその願いを叶えよう。

 

 背後で寝ている青海君の身体と私を繋ぐ真っ白な糸を掴み、鉾の刃に巻き付けてゆく。さらとした手触りのそれは、まるで溶けるように刃の表面を覆い鞘となり、刃物としての機能を喪わせた。

 くるりと腕の中で鉾を回し両手持ちに変え、石突を地面に触れる程下げた前傾姿勢の構えを取る。

 

 改めて、目の前でダラリと剣を下げたままの闇無君を見やる。

 魔王に操られたフリをやめた、自分の好き勝手やってやれと思い詰めている、本音で話す本当の彼の姿を。

 

 なんもかんもに醒めたみてぇな面してる、不貞腐れたガキ。

 手段を選ばなければ、これまで出会ってきた相手全員を捻じ伏せられると直感で理解してしまっている、砂場の頂を世のテッペンだと思い込んだ子供。

 形を変えた、あの頃の私。

 

 教師として、教師である前に大人として、教師ではなく聖生 聖として、彼に教えてあげなくちゃいけない。

 世界は自分が決め付けているほど狭くなくて、自分の持つ力など何の役にも立たない理不尽があり、持て余すばかりだったソレを正しく使う場所がこの世にはあるのだという事を。

 今度こそ、言葉ではなく私自身の行動をもって、教え導いてみせるのだ。

 

 

 そして瞬きの間に、鈍く光る銀色が私の喉元へと奔っていた。

 

 

 生存本能から来る反射が、知覚を一段飛ばして、手に持った鉾を目の前に掲げさせる。

 疾風さに見合わぬ軽い衝撃と、控えめな金属音。見えたのは刃ではなく剣の腹。明らかに手を抜いた様子見の一撃だった。

 瞬きと、息を吐く弛緩が重なる瞬間を狙いすました、須臾の時を縫い止めるような剣閃。私の命に届きうる神がかった一閃を、彼は牽制のジャブみたいな気軽さでやってのけたのだ。

 五対一から一対一になり、持てるリソースの全てを私へと注ぎ込めるようになれば、彼にはこんな事すら可能だと言うのか。

 最初の一撃をかろうじて防いだ私を見て、彼は眉をひそめる。

 

「うーん、パワーやスピードは増してるけど、癖が無くなるわけでも弱点が消えたわけでもないのかぁ。魔王の力が無けりゃ厳しかったかもだけど……まあ、青海が入ったくらいでなんとかなるほど、俺らの間は近くなかったってだけかー、なっと」

 

 ト、トン、とリズミカルに距離を取ると、彼は助走も予備動作も無しに足元の破片を蹴り上げる。

 飛んできた礫は、ほんの少し屈んだ私の頭一つ上を通過するルート。ハナから当てるつもりの無い一発、挑発? ……いや、違う! 今、そこには!

 

(うぉわぁっ! ……へ、へへへ、当たんなくてもビビっちゃうわ。ジャンプスケアやめてね)

 

 正確無比なシュートで顔面を貫かれた青海君が、私の脳内でかわいい悲鳴を上げたが、どうやらこの状態なら当たりはしないらしい。

 び、ビックリしたぁ……当たらないなら先にそう言っておいて欲しい。これで怪我でもさせてたら、危うく自分の不甲斐なさにブチギレるところだった。

 

「あ、当たり判定無いんだソレ」

「そうみたい……私も血の気が引いたわ。ちょっと油断しちゃってたかも、ね!」

 

 言い切らぬ内から、地面を踏み潰して最速で距離を詰めてゆく。

 青海君の考えは分からないが、60秒を防戦一方では凌ぎきれないだろう。こちらから打って出て、闇無君に防御を強いていくべきだ。

 もはや鈍器となった鉾を振り回し、地面を踏み砕く勢いで走り抜け、床ごと陥没させる気で鉾を叩き付ける。

 

 彼の持つ剣は、どういう理屈か一度姿を変えたが、ショートソード程度の大きさであることは変わっていない。その取り回しの良さが、変幻自在な彼の戦闘スタイルを可能としているのだ。片手で扱えるソレは、大剣や長物に比べリーチに劣るからこそ、桁違いの柔軟性を見せる。

 飛び抜けた器用さを持つ彼にしてみれば、大きく鈍重な得物を使い行動を制限されるより、自分の技量を十全に使える片手剣の方が、結果的に高い戦闘力を出せるのは道理だろう。

 

 ──けれど、そんな賢しい理論の横には、厳然たる事実として『リーチが短い』という短所が、変わらずに存在している。

 

 最低限のスウェーやダッキングで避けられながらも、彼の剣を狙って一撃一撃出来る限りの力を込めブン回す。攻撃のパターンやリズムも変えていく。彼曰くの"癖"を読ませてはならない。

 格上との戦闘において肝要なのは、『押し付けに抗う』ことではなく『弱点を突く』ことだ。相手の方が一枚上手な場合、いちいち苦手をカバーしていてはお話しにならない。その一枚の薄い部分を探し出して貫かねば、けして勝機は転がり込まない事を、"相手"側の経験則として私は知っていた。

 

 さすがの彼だって、当たればタダでは済まないと分かりきったこの間合いに、そうそう入ってこられないハズだ。さっき接近を許してしまったのは、私が動き続けなかったからに他ならない。

 後隙が大きくなり過ぎないよう最低限の型は崩さずに、これを維持して武器を叩き落としにかか「うーん、癖ってそういうのじゃないんだよなぁ」れ、ば──

 

 まるで、初めからそこに居たかのように。

 振り抜かれた鉾の軌跡の内側、私の腕の届く場所を彼は歩いていた。

 歩み寄られるまで気付けないほどに、何の予兆も無かった。

 闇無君がどのように動くかが、私には一切読み取れない。

 

 鉾が空を切り裂く音よりも速く、すれ違いざまに私の肋へ剣の腹を強かに打ち付ける。

 食いしばった歯列の隙間から、苦痛の息が漏れた。この程度で折れるワケないし、罅入るようなヤワな鍛え方はしていないけど、どうしてか筋肉を貫通して衝撃が肺と胃の腑に直に響く。単なる打撃には無い、人を沈める重さがあった。

 エネルギーを伝導させる上でどう踏み込み、どのような角度をつけてどれくらい腕をしならせて殴打すべきか、人体の組成すらも考慮に入れて……!

 

「がぁッ……!」

「呼吸のリズムとか、棒振りの単調さとか、そんなの誰だってどうとでもできる。振ろうと思ってから振る、歩こうと思ってから歩く、ワンテンポ挟んだそれぞれの行動の起こりが、いつも同じ箇所の筋肉の力みから始まってちゃさぁ……全部、答えの出てるテストになっちゃうじゃん。そこをまず変えてよ」

 

 痛みを押し殺し再び構えを取った私は、その言葉に絶句する。

 彼が誰だってどうとでもできると評した部分すら、ほとんどの人は意識したってなかなか変えられない事で。目まぐるしく動き続ける戦闘の最中に、人体のたった一ヶ所の筋肉の力みを毎度見抜くなど、もはや物語の中の非現実的な理屈でしかない。

 けれど目の前に立った、私達が巻き込まれた物語の主人公らしい彼は、それを基礎の基礎であるかのように言ってのける。

 

 まさしく、日常に埋没することなど到底できぬだろう、怪物的な異才。

 

 あぁ、そう、なるほどね。

 たった一人そんな場所で生きていれば、そりゃ周りとの違いにウンザリだってするでしょうよ。

 魔王の強化や勇者のジョブが無くても、素地として日本にいた頃から似たような事をやってたのだろうし、幼稚園児の中にポツンと高校生が紛れ込んでしまったような、退屈と馬鹿馬鹿しさと絶望を感じていたわよね。

 反芻される己の半生の追憶が、彼の姿と重なる。性質が異なるけれど、本質は変わらない、あの頃の愚かな自分と同じ切実な悩みを、勝手に彼の中に見出した。

 

 使命感と願いの間にある感情に突き動かされ、じくじくと痛む身体を無視して刺突を繰り出す。けれど彼はまるでそこに来る事がわかっていたみたいに、ゆらりと身体を逸らすだけで避けてみせた。

 もらったヒントを元に始動する筋肉とやらを変えようと試みるが、しかし一朝一夕でなんとかできるものじゃなさそうだった。精々これからに期待してもらおうかしらね。

 突き出して即座に引き戻す──と見せかけて、腕の力と腰の捻りで無理矢理横薙ぎに繋げるも、あっさりと受け流された上で肘への打擲。

 痺れて鉾を取り落としそうになったが、即座にハラに活を入れて、神経の周りの筋肉ごとクソ力んで耐える。

 その随分久しぶりで、けれど慣れきった感覚に、思わず笑ってしまった。ただ、ひとえに懐かしい。

 三十人に囲まれんのもザラだったから、もらっちまったラッキーパンチからボコられるトキもあったわね。

 そんときゃこうしてハラに活入れて、折れた骨も千切れた腱も無理矢理力込めて固め、ブン回して跳ね除けてやったものだ。

 

 もう十年近くご無沙汰だったから、錆びついてンじゃねェかと心配だったけれど、案外身体は忘れてねぇもんだなァ、オイ!

 

「……なんか笑ってるけど、大丈夫? 頭は殴って無いハズなんだけどな」

「ご心配どーも! 出来の良い生徒を見たら、先公は喜んじまうもんなのよ!」

 

 こちらの動きを100%の精度で読み切って振り回す鉾を避けつつ、最近たるみが気になる私の土手っ腹へ踵を叩きこみながら、彼は気遣わしげに尋ねてくる。まったく悪い冗談のようだった。

 五人がかりで闘っていた時に痛感したのは、彼との細かい部分における技量差だ。小問の満点と部分点の小さな小さな点差が、『足運び』や『体捌き』といったあまねく名のつく大問の解答で、歴然たる力量差として距離を開けてゆく。

 今だって、必死の猛攻は弄ぶようにほんの紙一重で回避され、その合間で体内へ重く響く打撃を受ける。これは明確な技量差だ。私だって人並み以上の運動神経を有しているつもりだけど、彼のソレはまるでレーザー距離計を搭載してるロボットかのような正確性がある。

 認めよう。確かにこの子は天才だ。それも何かに特化したモノじゃない、何もかもに特化した欠けたる所のない万能。きっと今までの人生で、誰にも負けずに生きてきたのだろう。

 

 ……それでもねぇ! 私だって力比べじゃ、誰にも負けた事がねェんだよッッ!!

 

 ヒットアンドアウェイで距離を取った彼へ向けて、鉾を掴む指ごとガチガチに固めた右手をブン回す。そんなマン振りを前にして彼は怪訝そうに片眉を上げると、ゆったりとした足取りでほんの半歩後ろに下がった。

 たったそれだけの行動で、私の本気の逆袈裟斬りが、まるでこれまでの焼き直しみたいに空を切る。巻き起こったつむじ風が、彼の前髪一本をかすかに揺らした。

 これまで頑なに剣しか狙っていなかった私が、ここぞとばかりに胴体を狙って全身入れ込んだ隙の大きいモーションを放った。目敏い彼は何かの狙いを感じたかも知れない。

 けれど、避けれた攻撃を深読みしても本質的に意味が無い。紙一重で避けたのだから、後は痛打を与えるだけ。

 もはやルーティーンのような決まりきった一方的なそのやり取りは、私へ実力差を突き付ける為の彼にとってのお遊びのルールだ。

 強い人間で在り続けた者は、その強さを保持するために、また傲慢でもあらねばならない。小賢しさは選択肢を狭める。強い人間は、強いが故になんでも選べ、そして戦術の幅をもって弱者を圧倒する。

 追い詰められた鼠の噛みつきを避けた後でまで、なお鼠を警戒する愚かな猫は早晩飢えて死ぬ。

 弱者の足搔きにわざわざ付き合ってやる弱さなど、彼は持ち合わせていなくて、なおかつそうである事を私へ示さねばならなかった。

 

 そんなマイルールに縛られた、まだまだ世間知らずなガキンチョに、良い事教えてあげるわ。

 いい大人ってのはサプライズを欠かさないし……いい年こいた大人も、マンガのマネくらいするもんなのよ!

 

 渾身の踏み込みと共に伸ばしきった腕の先、鉾の柄を掴む指を小指から一本ずつ離してゆく。

 緩んだグリップを滑走して、手の中を柄が疾走る。ほんの僅かに、リーチが伸びた。

 そうして、私へと向けられた彼の剣に石突の先が微かに触れた瞬間、親指と人差し指に全霊の力を込め砕かんばかりに柄を摘み、全身のバネをフル稼働させて振り抜きを更に加速させる。

 万力の如く引き絞られた腕撓骨筋が、あまりの収縮に空気を震わせギチと音を立て、骨を軋ませた。

 我ながら細くなった腕の上で、異様に膨れ上がった筋肉が山脈のように隆起している。

 

 

 まるで流れ星が如く残像の尾を引いて、一本の線が空間を奔った。

 

 

 金属同士が奏でる強烈な擦過音、尖先が掠めた程度の軽い接触。

 しかし私には、それで十分だった。

 ほんの少し触れた力点にて、莫大な運動量が炸裂する。

 

 いッち番飯食ってた頃はッ! 厚さ十ミリの鉄板折り曲げてぇッ、付いたアダ名は油圧プレス機!

 たかだか百点満点の子供の握力がッ、そのエネルギーに耐えられるハズねェだろッ!

 この私の馬鹿力……耐えれるもんなら、耐えてみろッッ!!

 

 

「っ……!」

 

 

 弾け飛んだ剣が、彼の手を離れ空を舞う。彼は呆気にとられるように、回転しながら飛んでいくそれを目で追っている。

 もう二度とは与えられぬであろう好機であった。

 間髪入れず私は腰を落として、闇無君の腰元めがけてタックルをかける。本来であれば叩き落とした上で蹴り飛ばしたかったが、事ここに至って贅沢は言うまい。

 

 この遊びの終わりは、彼を満足させるか、無力化させる事だ。

 無力化させるだけならば、力で勝る私は組み伏せればそれで済む。

 しかし剣を持った彼にサブミッションをかけるのは、自殺行為でしかない。

 例え彼が遊びとしてのマナーを守り、刺したり切ったりしないでいてくれるとしても、それはただ勝負の純度を下げるマネであって……そうやって無力化したところで、きっと彼の心は変わらない。

 だからこそ彼から武器を奪い、その上でグラップする必要があった。

 私と青海君による真なる勝利をもって、初めて彼は私たちをある程度対等な相手として見てくれるだろう。

 

 そうして、彼の服へ私の指先が触れ──『そのまま横へ跳んでください!』る直前に、倒れ込む勢いで横っ飛びをする。

 刹那、私の顔面のすぐ横を"何か"が通り過ぎた。

 それは今や彼の手から離れ、どこかへと弾き飛ばされたハズの剣の柄。

 

「は……?」

「おっ、今の避けれるんだ。完璧に落とせたと思ったんだけどな」

 

 人差し指と中指にて刀身を挟んだ剣をぷらぷらと揺らし、最後にくるりと回して逆手に持つと、彼はさも意外そうにそう溢した。

 

 ……弾き飛んで回る剣の刀身を、指二本で挟み取ったというの?

 まったくもって器用なことで、もはやそこまでいっては曲芸だ。人としての性能の圧倒的な差に、思わず呆れ笑いが漏れてしまう。

 

「さて、次は俺の手番だ。降参するなら早めに言ってくれよ。青海もさっさとここから出たかったみたいだし」

 

 私の心に罅が入ったのを見逃さず、彼は畳み掛けるように攻撃に回った。

 

 今までのターン制バトルのような受けては返しのパターンはあっさりと破られ、ギリギリ防げるかどうかの猛攻が襲い来る。

 唐竹割りを鉾で防ぎ、袈裟斬りは受け流しきれず腿を打たれる。もはや避けようがない小手切りは我慢。

 

 思考の間隙を突いた、まるで先の読めない連撃。全て峰打ちであるからいいが、もしもこれが遊びでなく闘いであったならば、私はとっくに彼に殺されていただろう。

 

 浮きかけた足を払われて、むしろそのまま前転し距離を取る。追撃の突きに鉾が削れ火花が散った。次は勢いを殺さず回し蹴りが放たれるので、肘で防ぐ。流れるように峰打ちの横薙ぎが来たら、それに合わせて跳躍。空中で無防備に滞空する私へ、彼はチャンスとばかりに打ち下ろしをするから、そこに鉾をかち合わせて剣を弾き飛ばせばいいので、そうする。

 

「「え?」」

 

 軽い金属音の後、二人の声が重なった。

 

 鉾を構えた私の目の前で、武器を喪った彼が、信じられないとでも言うように己の手を見詰めている。

 さっきのような不意打ちではなく、まっとうな立ち会いの中で、あっけない程簡単に彼は剣を取り落とした。

 やった私も、やられた闇無君も、まるで何が起こったかわからなかった。

 

 ただ、これまでどうしても捉えられなかった彼の影が、まるで白日の下に晒されたように明瞭に脳裏に浮かび上がってくる。

 次に何がしたいのか、これからどう動くのか。

 彼が望む目的地から逆算された挙動が、トレースされたように脳内で再現されていた。

 

『一体どういうカラクリだ……とかかな』

「一体どういうカラクリだ?」

 

 そうして、頭の中と外で一言一句違わない、全く違う声音の言葉が同時に響いて、少し後。

 

『あー、やっぱちと趣味悪いか。発言まではやめとくね、たぶんそんな当てらんないだろうし』

 

 ちょっとバツの悪そうな声で、頭の中の愛しい人はそう言った。

 

                     △

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。