【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【121】 相互理解

「……俺の負けです。先生、手を離してもらえますか」

 

 取り押さえられた姿勢のまま、無理に力を込めて抜け出ようと足掻いたりもせず、静かに闇無君はそう言った。

 その様子は、さっきまでの苛立ちから打って変わって穏やかなものだ

 彼の瞳はいつしか、先生の中の僕ではなく彼女そのものを見ていた。

 憑き物が落ちたよう……とは思わない。彼には元から何も憑いていなかったから。

 けれど、あえて言葉にするのなら。

 

「安心してください。ここまできて往生際悪く抵抗はしませんよ。『とにかく明るい闇無……』(笑っちゃうからやめて)何時までも遊んではいられない事くらい、この歳になれば承知しています。チャイムが鳴れば、ごっこ遊びの時間は終わる」

 

 どこかスッキリと──まるで何か重苦しいしがらみから、吹っ切れたみたいに見えた。

 

(どうする?)

『……一旦、離してあげてもらえますか? 戦ったのは先生なのに、指図するみたいで申し訳ないですが』

(バカ言うんじゃありません。私だけじゃ手も足も出なかったの見てたでしょ。……自分の成果には、キチンと胸を張らなきゃダメよ蒼君)

『いやでも実際体動かして戦った張本人と、その中でポケーっとただ戦い眺めて人読みしてただけの生霊じゃ、どっちが主体かは言うまでもないっつーか……そんな身分で偉そうにするのは、やっぱ褒められた話じゃないかなってぇ……』

{むむぅ。やっぱりこの子はかなーり自分の事を卑下し過ぎちゃうフシがあるわね。仕方ないわ。私の言う事も聞いてくれないみたいだし、悪王寺さん発案の「グイグイ強気に迫ってくれる旦那様育成計画〜褒め殺し催眠による自尊心増大プラン〜」をコンセプト設計から、試行段階へフェーズを進めるよう提案を……}

『あ、あぁ〜! いややっぱ僕も結構頑張ったもんなァ!? これは確かに功績もフィフティフィフティ、僕と先生の共同作業で成し遂げたコトなワケだしィ!? 二人の意見の合致をもって闇無君とは一時休戦っツー事でぇ!!』

 

 張本人である僕だけが何故か出席できない謎の議会にて提案されたらしき、とんでもない部外秘情報を深めの思考の中でチラつかせられた僕は、即座に手のひらを返して自らの成果の上にあぐらをかいた。

 やめろやめろやめろ! ぼ、僕の性癖がハチャメチャに変形してしまう! めちゃめちゃニッチな催眠音声ばっか聞くようになったら誰にも責任取れないでしょ!!

 

(あ、あら、そう? わかってくれて先生嬉しいわ{共同作業! 良い響きね〜! まぁ私と蒼君の初めての共同作業は、トロールキングへの鉾入刀で済ませてあるけれども})

 

 あ、あれセレブレートなイベントって位置付けなんすね。いやまあ僕らの初仕事なワケだし、確かに記念ではあるんスけど。

 知らねぇ内に血生臭さウェディングケーキにされちまって、爆縮して黒い球になっちゃったトロールキングも草葉の陰で泣いてるかもな。

 

 

 わりとトンチキな事を考えている事などおくびにも出さず、先生は至極真面目な顔をしたまま、極めていた彼の関節から手を離す。

 パンパンと膝を払いながら、「どーも」と言って立ち上がると、彼は寝転んだ僕の方へ顔を向けた。

 

「青海、それは簡単に戻れるのか?」

『ん? あぁうん、いいよ。すぐ戻るね。あとちょと離れようか。一対一の方が良いでしょ?』

「読むな読むな……少しだけ、お前と話がしたい。なに、そう時間はかけないさ。お前が理解した俺とやらを、俺を理解したお前自身を、軽く確かめたいだけだ」

 カーッ! 僕が言ったら何言ってんだコイツってなりそうなセリフも、美形が言うとスゲー様になるねぇ! 顔面偏差値は残酷だなぁオイ!

 

「自信満々で負けたアホのクセして何スカしてんですかぁ?」「まず頭下げろやコラ!」「結局なぜ操られたフリをしていたのですか? 論理的な説明をして頂かないと、相応しい賠償が決められません」「え! 青海センパイおしゃべりするんスか! ウチも行っていいスか! あ、後で? りょーかいっす!」

 

 そんなカッコついてる彼にむけて、僕の愉快な仲間たちから凄まじい量のヤジが飛ぶ。絵になる良いシーンだったんだが、まあ実害被った側としちゃ謝罪の一つも無しじゃ腹も立つか。

 まぁ、まぁ、まぁ、まぁ、落ち着いて落ち着いて……彼にも考えがあるだろうし、多分後でみんなへも謝罪なりなんなりあるだろうからさ。

 

 こんな事になっちゃったんだから当たり前だけど、みんなキングダムの面々に対してフラストレーションがかなり溜まってるみたいだ。

 ボゥギフト帰るまでに、わだかまりを解消できる催しをなんか考えとこう。

 

 さっさと自分の体に戻った僕が、口々に文句を言うパーティーメンバーを宥めていると、くいくいと袖が引かれる。おん?

 見ればそこに居たのは委員長であった。

 

「落ち着いて、ではありません青海君。テレパスでもお伝えしましたが、繋がりが切れた直後はそれはもう大変だったんですよ。ビックリしましたし……とても、怖かったです」

 正道……うん、ごめんね。

「目の前が真っ暗になって、バフが復旧するまでの間何をしていたのかあんまり覚えていません。このような事は二度とあってはならないと、強く強く感じました。再発防止策が必要です」

 そうだね。僕ももう一回は勘弁して欲しいし、対策は考えておかないとだね。

「理解を得られたようでなによりです。ではGPSの埋め込みと外出許可制、外出時は身辺警護にパーティーメンバー一人の随伴案は採用という事で良いでしょうか」

 お゛っ゛……思てたよりヤバすぎて思わずオホ声出ちゃった。なぜ?

 い、いや、うーん……みんなが本当に望んでるなら、もちろん良いんだけれど……GPSはこの世界に無いし、まずは外出許可制と随伴を、街帰ったら様子見ながら試そっか。

「ふむ、仕方ありませんね。ではそういった形で、段階的にいきましょう。……本当に、無事で良かったです」

 

 そう言って、心の底から安堵したようにはにかむ彼女の姿を見てしまえば……どんな条件も飲んであげたくなるのは、惚れた弱味というヤツである。

 しょーがねぇなぁ! 半分軟禁みたいな状態も受け入れますよ! 飲みに行くのも許可取ればべつに良いわけだし、随伴ってのもデートの口実になると思えばむしろプラスだ!

 

 ……知名君の前だけど、もうその事で気後れした態度を見せる事はしない。

 見せつけるなんて悪趣味な事はしないけれど、自然な態度を崩す方が、彼にも目の前の愛しい人にも失礼だから。

 

「んむー……抜け駆け……。まあ、なし崩しでおこもりお家デート、日替わりお外デート権、帰還後のGPSを通したのはかなりグッジョブだけどさぁー……」

「あ! じゃーお話しの後、子王センパイも一緒に撫でられに行きましょーっす! 青海センパイとの訓練で、ウチは最近『待て』もできるよーになったんスよ!」

「え゛!? い、いや、ボクはどっちかと言えば撫でる方が……でも、わしゃわしゃ……助手クンが、ボクを……?」

「そーっすそーっす。一人でわしゃわしゃしてもらうのでさえメチャ良いンすから、みんなでわしゃわしゃして貰ったらもーヤバイっすよ、たぶん!」

「……うん、お試しでね。物は試しだからね。一回は試さないといけないよね。誰かがやってもらったなら、ボクもやってもらわないとフェアじゃないもん。そうだね。はたして助手クンが飼い主クンの資格があるのかというのも興味深いテストだ。是非試そう。もちろん御せなきゃ反抗されちゃうけれど。食べられないように奮戦しなきゃね。悪い狼であるボクのご機嫌を取る君を見せて。上手く首輪を嵌められるかな。フフ……フフフ……!」

「お゛わ゛~!? めちゃめちゃ早口で聞き取れないッス!」

 

 なんだか微笑ましい会話ですね、ウフフ……。

 しっかりGPSも通った事になっている事実から目を背けた僕は、王子様系&わんこ系という乙女ゲーの双璧を成す属性二人によるキャイキャイとした会話に心を和ませた。奇しくもボーイッシュ気味の二人だしな。

 二人が出る乙女ゲームなんか爆売れ間違い無しだろ。欲しいもん普通に。しかし他の女に熱を上げる二人を見て、僕の脳ははたして壊れないだろうか? キィーッ! ゆ、許せませんわッ! あの目隠れ低身長守りたくなる系モブ顔女子生徒の下駄箱に果たし状入れに行きますわよ! まずはお茶会に呼んで宣戦布告ですわ!

 現実逃避の先で勝手にWSSして、取り巻き連れてヒロインに嫌がらせをしかける噛ませ犬になった。僕は一体どうなりたいんだ?

 

 あと一つだけ言っておくと、僕はべつに大切な後輩女子に『待て』だの『お手』だのの躾を施したワケではなく、たんにおやつを見つける度に全部食べてたら明日の分が無くなっちゃうよ、という事を五十回くらい教えてあげただけなので、そこは悪王寺先輩には勘違いしないでもらいたいかな? てか悪王寺先輩もわしゃわしゃすんの? 

 アレ結構髪とか乱れちゃうんだけどええのんかな。まあ本人がやって欲しいっつーのなら、僕はできるだけ乱さない様に、繊細さを意識して遂行するだけだ。プロフェッショナルってのはそういうもんだぜ。求められれば否とは言わねぇ。不都合はこっちが勝手に対処して、相手には喜びだけをお出しするのさ。

 度重なる鹿野ちゃんへの撫で回しによって、僕の手つきはビッグわんこであるポーターすら腹を見せて大暴れするまでに昇華されているからな。将来的にはわんこ撫で回し師として生計を立てるのもアリだ。

 

 おっと、あんま待たせちゃ申し訳ないな。

 一切言葉を発さず裾を離さない目黒さんにも、心配をかけた事を謝ってから……彼の後を追いかけて、少し離れた場所へ移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 どもども、すいませんねお待たせしちゃって。マジで待たせたわ。

 いやみんなとの待ち望んだ再会だから、どうしても積もる話があってさぁ。

 

「たかだか数十分だろ……まったく。ウチの二人ももうすっかり懐柔済みだし、たいした人たらしじゃないか。なあ、青海」

「よしてよ、そんな。知名君や王城さんに関しちゃ、僕が人たらしなんじゃなくて、あの二人が元々性格が良かったってだけだよ。変な輩に煽られなければ、そもそもこんな事にはならなかったろうさ」

 

 キングダムの残り一人である彼は、ウチのパーティーに頭を下げて謝る他二人を遠目に見ながら、皮肉げに口元をゆがめた。

 波打ちぽっこりと盛り上がった床に腰かけて、僕らは横並びで座りあっている。

 

 放課後に、適当な場所で座っておしゃべりしてるみたいな構図だ。

 けれどスクールカーストでも性格でも能力でも成績でも趣味でも、それらの全てにおいて対極にある僕らは、地球に居た頃じゃ絶対にこうなる事は無かったんだろうなと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。

 そしてそれは何も彼だけじゃなく、この場に居る転移者全員にしても"そう"なのだ。

 

 こんなところまで来なければ、本来僕の人生は、ここに居る誰とも交わらなかったハズだった。

 

 ……まったくもって不謹慎な話で、己という人間がどうしようもなく度し難い。

 一つの世界が滅ぼされかけ、多くの人間が家族と引き離されているというのに……心のどこかで、こうしていられる事を幸せだと思ってしまうのだから。

 あの頃の事を不幸だったなんて思いたくないという気持ちと、今が幸福だと感じるかどうかというのはきっと別の話であると……そうであって欲しいなと、図々しくも、そう思った。

 

 

「さて、それで話したい事は──いや、まずは君の話を聞こうか。多少は気が晴れたかな? 本心かどうかとか、言わないでおける受忍限度の広さとは無関係に、思った事を呑み込み続けてちゃ胸やけくらいするだろうからさ」

 

 瞬きを一つして、思考を切り替える。誰かと話すのに他の事考えてちゃ良くないもんな。

 ながらで喋って良い事なんか一つも無いぜ。コミュニケーションってのは水物だし、手癖でやるなんてのはもってのほかだ。人は変わる。昨日までと、一時間前と、三分前と、ちょいと目を離す前と、まったく同じで在り続けることは絶対に無い。

 途切れることなく積み重ねてきた時間の上に立つ、今目の前の彼をちゃんと見なければ、望む物もやりたい事もわかりゃしないのだ。

 

「お前な……うん、まあスッキリはしたよ。初めて堂々と感じた事を全て曝け出したし、本気で対人戦ができたのも良かった。意思疎通できない魔物は切ってもつまんないけど、やっぱ会話のできる人間を殴るとスカッとするもんだな」

「そうかい、そりゃなによりだ。日本でも格闘技とかやってたの?」

 

 わざとらしく露悪的な物言い。もはやいっそ白々しいまである。

 こうやって探りを入れられる分には、全然ウェルカムだ。相互理解ってのは、片方が一方的に知った気になってても意味無いからな。どんどん僕を知ってくれ。向こうだって好きな物や嫌いな物がわからないと、僕にサプライズとか仕掛けらんねぇだろ?

 そこまで価値がある情報とは思えねぇが、君が知りたいならいくらでも開示しようじゃないか。ケーキはシンプルな苺のショートが好みなんで、それで頼むぜ。

 ……それに、中まで踏み込んでくれて初めて、君の背中を見る事ができるしさ。

 

 

 人は誰かを覗き込む時、自分が他人に見せたくない場所を見てしまう。

 自分が知っている弱点の在り処を、ついつい目で追わずにはいられない。

 

 僕も見せるから、君のも見せてよ。ガキの頃集めてたカードみたいにさ。

 

 

「……大好きな先生をいたぶられたってのに、随分と平気な顔をして話すんだな。大事な女が殴られても、たいして胸は痛まないタイプか?」

「いやいや、むしろ先生は君と同じ事を言うタイプだぞ。喧嘩はコミュニケーションの一つの形だし、中でもある種の思いを純粋にぶつけるのに最も適した方法だからね。そりゃ傷つく先生は見たくないが、怪我しちゃ危ないからスポーツやんないでなんて言わないよ。過保護な親じゃねんだからさ」

 

 そこまで束縛するタイプに見えちったかな?

 むしろかなり束縛される未来が約束されてる方なんだけど。

 

「身体を動かすのが楽しいってのと同じように、優位に立ち拳を叩きこむのは爽快だと思う人も、そりゃ居るでしょ。僕は多分マジで叩いた自分の方が物理的に痛いタイプなんで、正直それを実感として理解できるワケじゃないけど、対戦ゲーで完勝したら気分良いみたいなのはわかるし」

「好きあった相手への暴力を肯定する気か?」

「善悪なんてのは、親密な間柄のやり取りにおいて無意味なカテゴライズだよ。双方が良しとし、裁こうとする野暮な余人が居ないなら、納得ずくでハイおしまいだ。これDVとかってんなら話は別だが、互いに刃筋をわざわざ封じた上で怪我もさせずに立ち回ってんだからさ。それにそもそも、産まれてこれまでの十数年間、一切悪事を働いた事のない人間なんて、ウチのガッコにも居ないんじゃない?」

 

 秘め事を言えぬ後ろめたさも、胸に沸き上がる一抹の後悔も、誰もが持ち合わせる、なんら特別じゃない物だ。

 僕だってFANZAの購入履歴しかり、人に言えない事いっぱいあるからな。タイトルに女教師も後輩も先輩もシスターもエルフも並んでんだぞ。日本帰って見られたらと思うと今から気が気じゃねぇ。

 ……ま、それと一緒にすんのは良くないけどさ。

 人間、他人に言えないことくらい抱えてていいし、思っちゃいけないことくらいふと考えたって良いのだ。

 

 内心にて沸き上がる闇を、誰が裁けようか。

 神ならぬ身の僕ら人間が、どうして裁いていいものか。

 

 

「あー……いや、もういいわ。分かってんのに付き合って内側見せなくていい。たいしたもんだよ。薄気味悪いに片足突っ込んでるぞ」

 

 頭を掻いて小さく唸ると、彼は深くため息をついて天井を見上げた。

 お眼鏡に適ったと言うべきか、呆れて物も言えなくなったと言うべきか、なんとも複雑そうな表情をしている。

 だけどそんな彼の、相手を小馬鹿にした様な声を聴いていると、どうしてか。

 

「けど、それでも……なんでか、悪い気はしないもんだな」

 

 ようやく僕へと話しかけてくれたみたいな、そんな風に思えた。

 

「ま、読んでばっかじゃなく聞いてけよ。自分の気持ちくらい、察されなくても俺が話すさ」

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