【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
「んーーー? ちょっと待ってくださいっすですっす」
な、なに?
乗算されすさまじく敬われ度数の高くなった敬語に、全員が鹿伏さんへ顔を向ける。
ひぃひぃ言いながら大八車を引いていた僕は、ここぞとばかりに座り込んで休憩に入った。
刹那の見切りで鍛えられた僕の反射神経は、わずかな時間も見逃さずサボる事を可能とした。
こんな人間に育ってしまった事を両親に謝りたいと感じている。これを感謝と呼ぶのだろう。
当の鹿伏さんは両人差し指を頭に付けて、うんうん唸りながら難しい顔で目をつむっている。
アニメのエスパーキャラ以外がそのポーズ取ることってあるんだ。
時は幕末……ではなく中世ナーロッパ、所はお江戸でもなく帰り道のちょうど折り返し地点、こんもりとした森の横を通る街道くらい。
行きで言うと僕が案外レトロゲーに反応の良い目黒さんに、ワリオランドアドバンスにてワリオがボスを倒しお宝を手に入れた時のモノマネを披露して、やや七分ウケくらいしてたあたりだ。ちょっと遠足気分が入り過ぎてたな。
「鹿伏さん、どうしましたか?」
「あの、ほら、えーっと、こういう時なんていうんすかぁ?」
「わかりません」
「えー!? なんでぇ!? あるじゃないっすか、あの、漫画とかでなんかほらぁ!」
「あるのですか? すみません漫画はあまり読まないので」
「なるほど、そうなんだね委員長。ところで鹿伏さん、今どういう感じなのかな?」
委員長が律儀に全てに返答するからマジで話が進まねぇので、僕がバトンタッチして続きを促す。餅つきじゃねぇんだぞ。
「あっ! そーなんっす! なんか今いっぱいのちっちゃいのとめちゃめちゃ大っきいのが周りにぐるーってなってて、なんか良くなさそうっす!」
なるほど、それはつまり……
「取り囲まれてる……ってコト!?」
「あ! それ! それっすよ! 先輩賢いっすねぇ!」
「みんな! 青海君を囲んで武器を構えて! 青海君はヒモの心構えをお願い!」
頼むから僕にも武器を構えさせてくれ。
先生の指示を受けみんな迅速に配置に着く。
数日前まで高校生だったとは思えない統率だ。
地球に帰ったら即戦力として有望な新卒リクルートになれるなコレ。
養ってもらう気満々の思考みたいで自分でも一瞬でいやんなった。
既に僕を護ろうという意識がみんなにはあるのだろう。僕から4人に向けて、淡い黄金の光が放出された。
それと同時に、みんなの緊張と恐怖をなぜか僕の心が感じ取る。
それはみんなも同じなようで一様にビクッと震え、鹿伏さんは「へ?」という顔をしてこちらを向く。
な、なんか新しい能力開花してないか?
なんか変な事なってごめんね、後で一緒に確認しようね。と咄嗟に心中で思うと、鹿伏さんは満面の笑みで頷いて再度指を頭にやり索敵モードに移行した。
つ、伝わっとる~!? コレ使えばファミチキを買う時テレパシーで伝えられるぞ!
「あっちもこっちも囲まれてますけど、森の方が先に来そうっす!」
鹿伏さんの報告を聞いて我に返り、僕は反射的に森ではない方を窺った。左右盲なワケではない。
森は確かにいくらでも隠れられるだろう、けれど反対側にはそこまでの遮蔽は無い。
あっていくつか連なる丘の起伏や小さな草むらくらいのものだ。
であれば……
「見えました! 敵は緑の小型な……人影! 多分二足歩行で大きさは委員長より小さい! なんか持ってる! 武器、たぶん棍棒! 数までは不明! イメージとしては……『ゴブリン』!」
やはり、隠れきれない奴もいた。
どこの世界にも僕のように鈍くさいバカが居るものなのだ、経験則が活きたな。だてに恥の多い人生送ってきてない。
しかし、そんなことはどうでもいい。
問題は。
「人型……」
珍しく黒井さんがハッキリと呟いた。
そう、人型。
恐らく人では無いが、人の形をしたバケモノ。
四足歩行のケモノを狩るのとは、心にかかる負荷が違うのは想像に容易い。
僕らは、新たなる魔境に差し掛かろうとしていた。
「来ます!」
そして鹿伏さんの言うとおり、嚆矢は森からやって来た。
人の手が入っていない鬱蒼と茂る森。少し先を見通すのも苦労するような密度の緑の壁。
その壁が揺れている。
最初はわずかに震えるほどだったそれは、今や地響きを伴いながら地震の如く。
大きな大きな、一定のリズムの殴打音。
つまるところこれは何かの足音で。
大きな倒木音とともに、あたりの鳥が一斉に飛び立ってゆく。
そして、森をこじ開け、割り開くように、ソイツは姿を現した。
醜悪なる巨人。
驚くべきことにその巨体は、僕が僕を肩車しても届かない体高を誇り。
胴回りに至ってはそこらの立派な巨木を五本束ねてもお釣りが来る程に太い。
灰色の皮膚はどこもイボやデキモノに溢れていて、しかしそれが並の生き物にはない硬度を持っているのが見て取れる。
衣服……と呼ぶのも躊躇われるが、何か大きな生物の毛皮だけを身に纏っており、この距離からもそれが異臭を放っていることがわかった。
そしてその手に握られた、人を殴る為というより、人を持っているかのようなバカバカしくデカい棍棒。
もしこの怪物に、傲慢にも僕らが知っている幻想の名前を便宜的に付けるのならば。
トロール、と呼ぶのだろう。
「……ッ! 仮称『トロール』! 私が前に出ます!
「鹿伏さんは砲撃で援護! 目黒さんは周囲のゴブリンが三人に近寄らないように牽制……でも怪我だけはしないように、無理はしないで!
「正親さんはさっきのトリモチで、ゴブリンを近づけないように足止め! ……もし可能ならば、怪我の手当になるような薬も用意!
「みんな青海君を護る意識を忘れないように! 青海君もバフをかけたら、私のサブの槍あげるから周囲を牽制して! 荷車に括り付けてある!」
聖生先生はみなに一息で指示を出し、そのまま鉾を構えトロールへと向け駆け出した。
そう、駆け出したのだ。
フルードドッグよりもバケモノじみた巨人に相対した上で、自らの生徒たちを守る為にその身を捨てて命懸けで飛び込んでいた。
死ぬかも、しれないのに。
頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
そんな惰弱な僕の精神なんて構いやしないで、時は一秒と足を止めず。
もはや双方ともに間合いの範囲内だ。
ガタイの差から明らかにリーチの長いトロールは、既に振りかぶりきっている。
後は振り下ろすだけで、目の前の小さな彼女は叩き潰されてしまう。
先生も地が割れんばかりに踏み込んで逆袈裟に切り上げようとしているが、どちらが早く得物に当たるかなど火を見るより明らかだった。
「せん……っ!!!」
なんとか槍を取り出した僕はその背を追いかけて、まるで引き止めようとするみたいに、思わず手を伸ばす。
当然届く事のない無力な指先が、嘲笑うように無様にも空を切り。
しかし今までよりずっと大きな黄金の光が、その手のひらから放たれて。
今まさに潰されようとしている先生の背中へと消えてゆく。
瞬間、彼女はトップスピードを超え彗星のように加速。
更に一歩身を低くして、落下するかの如く踏み込んだ。
直後、衝撃。
至近距離で何かが爆発したかのような轟音が響き渡り。
跳ね上げられた小石や砂が、咄嗟に目を守った腕を叩く。
霞のごとく立ちこめる砂煙の中で、なんとか目を開けると。
僕の視界に映ったのは顔半分を吹き飛ばされ、半ばより断たれた右手からおびただしい流血をするトロールと、冷や汗をかきつつも無傷で立つ先生の姿であった。
「やった……!」
僕は完全に意識することなくフラグを建てた。
もうホントに言ってから気付いた。
だから漫画やアニメのキャラも言っちゃうんだろうなこれ。
こんなん不可抗力や。ワイは、ワイは悪くない……!
「いえ! やってない!」
案の定やっていなかったらしく、トロールの傷口から揺らめくように陽炎が上がり、まるで逆再生するかのように肉が盛り上がっていく。
途方もない生命力が、周囲の気温を変えるほどの熱エネルギーを発しているのだ。
勇次郎でもギリやんねぇようなことをしている。バケモンだ。
目の前で行われる、今までとは一線を画した理不尽なまでの
先生が感じる戦慄、恐怖、悔しさ、義務感、覚悟、そして……勇気。
それらが他のみんなのものより鮮明に、僕へと流れ込む。
彼女はたった一人であの強大な化物に、皆を守ろうと戦いを挑んでいる。
それが、どれほど凄いことか。
自らが経験するよりも深く、強く心が揺さぶられる。
と、大物にばかり目を取られていると、真横から獣声が響いた。ギュワーッて感じで。
誰かの強い恐怖を感じそちらに目をやれば、黒井さんが三匹のゴブリンと切り結んでいる。
いつの間にかかなり近くまで寄ってきていたらしい。
お゛わ゛ーっ゛!
注意力散漫過ぎる!
でもなんか心がみんなと繋がっちゃっててぇ、もうわかんなくてぇ!
すんませんすぐ行きます! バイトで遅刻慣れはしているが今回ばかりはヤバすぎる!
なんとか黒井さんから一匹でも引き離そうと、僕も手にした槍を何度も突き出す。
このゴブリンどもが親分らしいトロールの負傷に見向きもせず、一心不乱にこちらへと襲いかかってきているのは、あのバケモノの底なしの生命力への信頼からか。
……それとも、そもそもおこぼれ目当てでついて回っているだけで、仲間とも思っていないからか。
とまれ、どうやら先生へと加勢しボスを倒す前に、この取り巻きたちの相手をせねばならないようだった。
僕が無様にもへっぴり腰で何度か突き出した槍は、ゴブリンに掠るだけでたいしたダメージを与えられていない。
当然だろう。致命傷を与えられる程に近づいていないのだ。
けれどそれで良い。僕の腕ではむしろ近過ぎると黒井さんに当ててしまいかねない。
そして、その意図は通じ合った黒井さんにも伝わっていた。
ゴブリンは目の前のメスに興味津々だったようだが、突如突き出された槍に驚き、たたらを踏んで後ずさる。
これで黒井さんは2:1。
彼女は自由に動けるようになった途端、僕のバフを受けた状態特有の忍殺みたいな動きを繰り広げ瞬く間に二匹とも切り伏せると、僕と相対する最後の一匹に投げナイフを投擲し正中線をぶち抜いた。
ホッとするのもつかの間、轟音、轟音、轟音。
鹿伏さんが信じられないレートの速射を繰り返し、近寄ろうとするそばからゴブリンを血煙に変貌させる。
鹿伏さんにもきちんとバフがかけれているらしく、明確に人がやっちゃいけない挙動のリロードをしている。バフっつーよりグリッチみてぇになっちゃってる。
合間合間にトロールへの射撃も挟んでおり、その度に巨怪のバケモノは胸や腹に焼けた大穴を穿たれてバランス感覚が良い。
実は音ゲーが好きらしく、その感覚を以て彼女は撃つ順序を決めているらしい。そんな醜悪なノーツないよ。
やりこみ過ぎたネトゲの五次職みたいだ……と黒井さんが思っているイメージまで流れ込んでくる。本人の許可なく赤裸々にP2Pしないであげてくれ。
委員長も手持ちの陶器を適宜投げて、広範囲への足止めをおこなってくれていた。
どうやら僕のバフによって着弾したトリモチモドキが爆発的に増殖し、内容量を超えた範囲にばら撒かれるらしい。
物理を完全に凌駕したその様を、委員長は怪訝そうに眉根を寄せて見つめている。
論理的じゃないありさまに言いたいことはあろうが、今は辛抱してくれ。
戦闘前は人間型の相手と戦う事への不安を抱いていたのに、実際今となって僕らはそんなことを考える暇すらない。
本当の命の危機を前に、余計な躊躇を差し挟む余地など存在しないのだ。
しかし、それでも状況は膠着状態に陥っていた。
ゴブリンはいくら数を減らしても、次から次へと森より飛び出てきて終わりが見えず。
トロールを先生は終始速度で圧倒し、掠るだけで致命的な一撃となる棍棒の連打を、スウェーやダッキングで華麗に避けつつ斬りつけて幾度となく両断し切り捨てて分割している上に、鹿伏さんの砲撃も風穴を開けまくっているのだが、それでもなお再生能力がダメージを上回る。
無限にすら思えるその体力で、切り開かれ穴だらけになりながらも血肉を撒き散らして棍棒を振り回す。
身体からたちあがる陽炎は、いつの間にか黒く怪しげな光を帯びていた。
邪悪なオーラを身体から発し、再生され浮き出た血管が鉛色にテカり大きく脈動する。
……HPが削れるどころか、なんだか少しずつ体が大きくなってやしないか?
どう見ても異常だ。
この世界のトロールを知らないので憶測にしかならないが、他のモンスターに比してコイツだけ異質過ぎる。
「くっ、キリのない……! いい加減倒れて詫びの一つでも入れなさいよ……!」
先生が苦しげな声を漏らし、目に入った汗を不快そうに拭った。
どんどんと彼女の中で焦りが大きくなるのを感じる。
そして自らが死ぬ恐怖よりも大きな……僕たちを害されてしまうことへの恐怖も。
いくら僕のバフ(ver.太)が繋がっているとはいえ、このままではジリ貧だろう。
なにか一手が必要だった。
どうにかして活路を見出さねば、この窮地から抜けられない。
なにか、なにかないのかと、僕はこれまでの冒険を思い返す。
これまでの旅路に光明があるのではないかと、縋るように思い出す。
が、まだ旅立ちから数日しか経ってないから全然大したことしてないし。
なによりその半分くらいの時間僕は宴会に参加していたので、脳裏に浮かんできたのは居酒屋のメニューばかりだった。バカバカバカ。
そもそもさっき先生へのバフが、どうして強力になったのかもわかってないのだ。
命懸けで僕らを守ったから?
でもそんなの、みんなだって同じで。
なら、なにが先生とみんなで違うのか。
僕の力の機序、そのバフの条件さえわかれば、まだみんなの力になれるかもしれないのに……!
ぐるぐると回る思考に、無力感が満ちていく。
あぁ、無力だ。何一つできやしない。
僕らを護ろうとしてくれてる先生を、どうやったって助けられないのかよ!
真実、僕はヒモだった。
なにもできず、ただ彼女たちにおんぶにだっこで、助けてもらうばかりの無能。
援助を乞い、慈悲に縋り、這いつくばってご機嫌を取る、あのトロールよりも醜悪な生き物。
僕がヒモで無能だから。
なんでバフが強くなったかもわからない、本当にどうしようもないバカで……
ヒモ、だから、バフ……。
「先生!!」
「っ! 青海君、なに!?」
「どうか、何も言わずに! ただこの時ばかり、生徒の言葉を信じて!」
「僕に、お小遣いをください!!!」
瞬間、空気が凍るのを感じた。
全員ギョッとして、信じられないモノを見る目でこちらを見てくる。
けれど、ただ一人だけ。
強い光で繋がった彼女だけは。
一歩間違えれば命を喪う闘いの最中。
腰元のポーチに手を掛けて、握り拳ほどの小袋を僕に向けて放り投げた。
「受け取りなさい! 私の、これからの生活費!」
それが僕の手元に収まった刹那。
僕と彼女の間に、世界が塗り潰される程の極光が輝いた。