【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
用事はなんとかなりました、良かった良かった。
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「接触を伴うコミュニケーションを取る際は、できるだけ他の人とタイミングが被らないよう心がけてください。双方共に了承の上なら構いませんが、そうでなければ不和の基になりかねないので。私達はもう最近はそれぞれ緩めになってきてはいますが、新しく入った方はまた違うでしょうから」
「だから違うって……」
「ですが青海君と二人きりで話がしたいと、先程言っていましたよね? その場合、クランメンバーは例外無くこの規則が適用されますので」
「なんでできたばっかのクランが、そんな厳格な規則で運営されてんの……?」
「うーん、イインチョーよォ、ホントにアキラも"そう"なのか? ……いや! 本気ならオレは何も言わねぇ! そういうカタチもあるだろうぜ!」
「違うっつってんだろ……なんでこの話になると、急に全員意思疎通取れなくなるんだよ……」
「いやー、ウチの旦那クンなら有り得るからねぇー! 新入りにはちゃんと教えとかないとさぁー! なんならあの子の弱いトコも教えてあげよっかぁ?」
誤解は無事解けず、結局「共用部におけるヒモとの触れ合いに関するマナーとルール」についての説明を一同から受ける事になった闇無君は、こぼれイクラサーモン丼を見せられたサケのような目になっていた。
悪王寺先輩もここぞとばかりに、さっきのお返しでよう煽っとる。
うんうん、これが仲直りのきっかけになるといいね。問題が一個解決だ。あと僕の弱いトコは首筋と脇腹だよ。ちなむとね。でもそこって全人類弱点じゃない? 強い奴見たことねーのよ。
では、そんなワケで次の問題に移ろう。
人間生きている限り、目の前から問題が途切れることは無いんでねぇ。(悪)夢の永久機関だぞ。後は問題を燃やして発電する機構を発明するだけだ。
なんせ燃料は無限だからな、それになぞらえて『無力発電』と名付けよう。奇跡的に人間という生き物の矮小さも表現できてしまった。
人類の夜明けは近い。黄昏との見分けが付かないのが難点か?
「う……? これ、は……」
「お、お目覚めかな? 覚えているかわからんので説明しておくと、貴君らはすでに全員鎮圧され、拘束されている。首魁を気取っておいて申し訳ないが、この通り余もこちら側である……ま、裏切り者になど従った自分を呪うのだな」
目を覚ました
暗闇に頭から突っ込んで気絶していた彼らだが、目黒さんが暴走状態を脱すると徐々に闇から弾き出されて、今では全員が簀巻にされて床に投げ出されている状態だ。
いや、解除したら外に弾き出される方で良かったぜ。
ベクトル逆で、呑み込んじゃって出せなくなったりしてたらと思うとゾッとしねぇや。
流石の動物大好き目黒さんでも、自分の操る異空間内でハーフエルフの多頭飼いはちょっとレベルが高過ぎるだろうからな。てか嬉々としてそれを行える人物には、「動物大好き」よりも相応しい呼称が他にある気がするぞ。
せいぜい彼女が多頭飼いしたい知的生命体は僕くらいのものである。これに関しては言質があるからな。
いや僕もべつにその言質を取りたかったワケじゃないんすけど、本人がウッカリ漏らしてたんで……でも僕って複数人は居なくてェ……。
ま、彼女にはこれからの僕の影分身習得に期待してもらう形で──いや、今回習得してたな目黒さん。
なんらかの理屈でアレを僕にも適用できた場合、彼女の夢が叶っちゃいますねぇ……いや、まあ、うん! 好きな人の夢が叶うのは良いことだ! 良かった良かった! 自身の尊厳とのトレードオフになろうとも、想い人の喜ぶ顔を見る方が嬉しい僕は人知れず覚悟を決めるのだった。
「……フン! 元より離反者の倫理に期待などしておらん!」
「おっ、奇遇ですねぇ! 我々も他人様の国のご神木に住み着く寄生虫に、倫理は期待して無かったんですよ!」
鱗人種との混血か、頬に鱗を備えたハーフエルフの男性が吐き捨てるように呟くと、それを耳聡く聞き取った山算金がしっかりと皮肉を返す。
やめときなよ兄さん、どうもレスバは分が悪そうだぜ。
「……この忌々しい木は、エルフ共の純血主義の象徴であり、血に染み付いた特権意識の根源である。被差別民として、これを打ち倒すになんのやましさを感じようか」
「うるせーなァ! 負けた後にウダウダ言うんじゃねぇ! オメーらがウサ晴らしてぇからって、ムシの尻馬乗ったのはもう聞いた! オトコが負けたんならだァってろ!」
明星先輩に一喝されると、不承不承……というか、完全に納得いってなさそうな顔をして黙り込んだ。
居並ぶ全員がそんな風だし、彼らにしてみればまだまだ野心ムンムンって感じなのかも知れんね。
目線を合わせて彼の目の奥をジッと見つめれば、そこにはいびつなシジルが渦巻いていた。魔王の狂化の影響下にあるのだ。
まあ、それはむしろそうで良かったぜ。流石に素面でクーデターやられてたら、もう手がつけらんなかったからな。
縛り上げられた中の数人は猿轡をされているが、それは彼らが魔法使いであるからだ。
その中の、「これだろうな」と思う人の前に立って、しゃがみこんで声をかける。
ショートカットの金髪がまるで絹糸のように美しい、子供みたいな背丈の女性。
おそらくは、ハーフフットとのハーフエルフ。
「あなたがルナリアさんですよね」
その言葉に、まるで射殺さんばかりに僕を睨みつける彼女は、さっきの崩壊時に壁を操って僕らを分断した張本人だ。
この人こそが、王城さんが簒奪する前のリーダーなのだろう。
その証拠に、縛り上げられたハーフエルフたちは、チラチラと彼女に向けて指示を待つみたいに視線をやっていた。
集団全体を説得するのなら、頭を通して話さなければいけない。
「知名君。頼みたい事があるんだけど、彼女の呪文は打ち消せる?」
「……バフを受けている今ならば、ダンジョン組み換えも詠唱段階で防げるはずだ」
「なら、お願いできるかな。明星先輩、すみませんが身動きしたら取り押さえてもらえますか? 彼女と、少し話をさせて欲しいんです」
「おう、任せとけ」
なんにもできない僕は、頼れる仲間二人に情けないお願いをする。
けれど二人は思惑も確かめずに、ただ僕を信頼してその要求を履行してくれた。
ならせめて、自分の仕事くらいは上手くやんないとな。
外に出るまでにワームに襲われるにしろ、襲われずに一旦退却できるにしろ、どっちにしても彼女らの狂化を今ここで解いておく必要があった。
前者は、後顧の憂いを抱えたままボスとはやり合いたくないから。
そして後者は、エルフとハーフエルフが邂逅する前に済ましておく必要があるから。
そもそもの結論として、僕はできればエルフとハーフエルフにはある程度の和解というか、今よりは良い関係を築いて欲しいと願っている。
それは単なる僕のワガママであって、優先順位はみんなの安全よりはもちろん低い。
だけど、できるなら……あの気の良いエルフの叔父さんたちが、誰かを産まれで差別してる姿は、見たくないというのが本音だ。
だから諸々の事が済みエルフの里へと戻った暁には、要らぬお節介とは承知の上で彼らの間を取り持とうという気でいる。
しかしその際に仲裁相手が二人とも喧嘩腰ではお話にならない。
まずは先手を打って、双方が顔を合わせる前に矛を収めさせておかないといけない。
一度言い争っちまうと、それだけで和解のハードルはグンと上がる。
相手が心の底で思ってる事を知っちまえば、どうしたって『あんな事考えてるクセに』って思考が湧いちゃうもんだ。
例え心中で納得がいってなくとも、主張されなきゃ人は目を瞑れる。
禍根を残さないもっとも良い方法は、そもそも舌禍を起こさない事。
ま、そんなワケだからさ。ルナリアさん。
今からちょっとひどい事言っちゃうけど、憎むならどうか僕だけにしておくれよ。
コツ、コツ、と硬質な床を指で叩きながら、僕は彼女らの事を考える。
この森から抜け出した彼女らの気持ちに思いを馳せる。
ぬくぬくと暮らしてきた現代人の僕なんかに、天涯孤独となった人たちの辛い半生が分かるはずが無いけれど、それでも理解しようと寄り添うことはできる。
その時の無念を、飛び出た世界の広さと残酷さを、ふと感じた日差しの穏やかさを、居着いた土地の余所者への冷たさを、それでもそこに根を張る努力を、その果てで得た温もりを。
あっさい自分の人生経験なりに、仮初の追憶として味わってゆく。
幸いにも彼女の情報は、ネリッサさんから聞いていた。
そのクランが拠点としている通りや、こなしてきた依頼などなど。
また帝都そのものについても、物を知らない田舎者である僕に、あの人はドヤ顔で楽しそうに話してくれた。
それらを元に、目の前のハーフエルフの/金級魔法使いの/妙齢の女性の/生まれを呪いながら自身の力で大成した叩き上げの/ハーフフットとの混血児の/世界でたった一人の彼女の人生を組み上げてゆく。
あまりに僕とかけ離れた人種ではあるけれど、まったく違う属性の相手であっても、理解しようと努める事には意味がある。
きっとこの行為を、人は"思いやり"と呼ぶのだから。
「っぷぁ……エルフに従う只人なんかに、話す事なんて何も無いわよ」
明星先輩によって猿轡を外された彼女が、けんもほろろに吐き出した言葉を聞いて、没していた意識から我に返る。
そんな敵意丸出しなルナリアさんが、自由に話せるようになった瞬間に詠唱や破棄詠唱をしようとしないのは、彼我の戦力差自体は理解しているからかな。
負けても折れない気概ってのは、負け犬根性染み付いた僕にとっちゃ、本来けっこう尊敬するところなんですがね。
──それが、外部から悪魔に弄られた物でさえ無ければ。
「先生は里のエルフじゃありませんよ。それともエルフというだけで、あなた方にとっては許せたものじゃありませんかね」
「……ええ、その通り。私らはエルフという存在そのものを許さない。この木をブチ壊して、それをアイツらに思い知らせてやるの。というか、そもそも里の外にエルフなんて居ないわよ。あの尊い血を騙る長耳どもは、野生の獣みたいに森から出てこやしないんだから。たんにアンタらが騙されてるだけじゃないの?」
あー、先生に関してはともかく……。
まあ、そうか、そうだろうね。
魔王の誘引を抜きにしても、あなた達のエルフの里への恨みは本物なのだろう。
しかもそれは正当な怒りだし、そんな相手の破滅を願うのもまた、自然な心の動きだ。
誰かの親まで引っくるめて村八分にして迫害してりゃ、そう思われるのも仕方ない話だもの。
「そうでしょう!? 生まれだけで見下して! 私たちを街から追いやったあいつらに、復讐をしてやって──!」
で、その後は?
「は……?」
復讐が終わり、世界樹が枯れ落ち、エルフたちが絶望した、その後。
一つの国と、一つの種族を滅亡させた後の話さ。
この世界の終焉を願う魔王がやろうとしている事な以上、世界樹が無くなれば形勢はアチラへ傾く事になるでしょう。
人類社会の落日の中、消えゆく太陽に照らされた紅く昏い世界で、みなさんはどこでどう過ごすのかをお訊ねしているんですよ。
……ところでルナリアさん。あなたに大事な人は居ますか?
「な、なん……」
行きつけのお店は? 近所の可愛がっている子供は? 気の良い仕事仲間は? 尊敬できる先輩は?
ふむ、どれもこれも、心当たりがあるご様子。
大変結構。
生まれ故郷を追いやられたあなたが幸せに暮らされている事が、僕にはとても喜ばしい。
本当に心の底からそう思っている僕は、笑顔で小さく手を打ち合わせる。
とはいえ、彼女の幸せな暮らしぶりに関しては、正直なところ聞く前から確信があった。
そも金級冒険者とは、粗野な冒険者というならず者たちの中から、国が認めたギルドという機関が認定した人間にしか与えられない等級。
その選抜基準には、無論のこと「規範となる人間性」が含まれる。
品行方正じゃなきゃ駄目とは言わないが、社会や市井の人と上手くやってけてない人物はなれないんだよ。
ルナリアさん、あなたは周囲の人々からその様に承認された素晴らしい人なんだ。
だと言うのに、彼女は目に見えて動揺していた。
なにか、途方もなく悪い予感が頭に浮かびそうなのに、どうしてもそこに辿り着けないみたいな……泣きそうな迷子の気配。
たぶん、思い至れないように仕組まれているのだろう。
考えてみれば当然の話ではあるんだよなぁ、僕だってそうするもん。
実はね、僕はボゥギフトの者なんですが、なんでもルナリアさんも帝国の冒険者さんだとか。それも、金級の!
あぁ、なるほど、帝都にお住まい。大きな都でしょう、人も物も何もかもがある。素晴らしい都市です。
たしかクランかパーティーを組まれておられましたよね?
そうそう、『月明かり』! 金級擁する名高きパーティーだ。
どこの通りだとかの、詳しい拠点までは忘れてしまいましたが……ふむ、マルクエスタ通り……?
勘違いでなければ、そこは冒険者のホームを構えるような場所ではなかったような……あ、やはり近くは店や住宅が多い。ですよねぇ。
たしか住むにはとても良い景観だったはずだ。
えぇ、えぇ、そう、帝都特有の白い石造りの家が立ち並ぶ……有名な地区だ。
ははぁ、リーダーの趣味で、なるほど。
あそこは素晴らしい白亜の通りでしょう。
整備された綺麗な石畳が整然と続き、人々は明るい顔をして口々に挨拶しながら通り過ぎてゆく。
夏の日差しが家々の白い壁に反射して、青い空との鮮烈な対比がまるで絵画のようだ。
植わった街路樹は秋になれば黄色く色付き、子どもたちはオヤツに小さな実を拾って家に持ち帰る。
もうすぐ訪れる冬には、あの帝都とて雪が積もるでしょうね。人恋しくなる寒風が、あの都市にも吹き荒ぶ。
けれど、家に帰れば誰もに待っていてくれる人がいて、暖かな火が凍えた身体を迎え入れてくれる……素敵な場所です。
そんなお知り合いも多いであろうマルクエスタ通りは、近く火の海になり焼け落ちるでしょう。
昨日まで顔を合わせていた飯屋の店員は、物言わぬ炭となって床に転がり、火の舌が舐める黒ずんだ壁の向こうで、聞いたことのあるあどけない声が母の名を呼んでいる。
見上げる程の巨人が禍々しい闇を吹き上げながら、歴史ある荘厳な町並みを破壊し尽くしていくが……四肢をもがれた貴方は、それを見ていることしかできない。
死と恐怖が支配する屍の街が、あなたの幸福な生活を上書きする。
今、脳裏に描いていた景色、そのままに。
「……一体、なんの、話を」
最初から一時もズレることなく、これからの話でしたよ。
なにか、とても酷いものでも想像したかの様に、彼女の額に汗が伝う。
瞳が激しく揺れているし、明確に瞬きが増えた。動揺が隠しきれていない。
ぐちゃぐちゃに乱れた心の内が、わかりやすく態度へと表れるのは、余裕のなさ故だろう。
見えなかった迷路の先が、彼女の頭の中でぼんやりと浮かび上がりはじめている。
蓋をされていた思考の落とし穴の縁に足をかけたところで、ようやく穴の底に広がる地獄に気づきかけていた。
いけませんね。金級冒険者ともあろう方が、たかが小僧の言葉一つにそんなに心動かされちゃあ。
そんな心配は杞憂だと、笑い飛ばしてくださいよ。
落ちてくる空の下で、僕を指差しながら。
みなさんは世の中の酸いも甘いも噛み分けた冒険者、悪人の企みにも狡猾なモンスターの悪意にも慣れっこのハズだ。
……なのに、人知を超えた相手の底抜けの邪悪さを、どうしてか甘く見ている。
まあきっと「操られる」とは、そういう事なのかも知れませんがね。
「そ、そんな事は……!」
おや、そんな事はありませんか?
そうでしたか。いやはや、そりゃあそうですよね。
当然、あなた方もそれくらい分かってらっしゃるでしょう。
そんな事は承知の上で、それでも燻る火種から燃え上がった積年の恨みを優先した。
これからよりも、これまでを。
明るく輝かしい未来よりも、もはや取り返しもつかない薄暗く鬱屈とした過去を取った。
自分も、大切な相手も、なにもかもが死んでいいから、ただあいつらに死んで欲しかった。
……ホントに?
ひきつった彼女の口元は震え、僅かにズレた眼鏡の下で戦慄く瞳が、突きつけられた現実を前に、光を無くす。
狼狽は伝播し、敵意をあらわにこちらを睨んでいた他のハーフエルフたちも、冷水を浴びせられたように静まり返る。
小さく呟かれたうわ言は、「なんで」と誰に向けたかもわからぬ問いかけだけが、かろうじて聞き取れた。
そもそもここに集まっている時点で、この人たちは上澄みなのだ。
帝国から主だったハーフエルフが姿を消したと、ネリッサさんが言っていた。なにもそのリクルート条件は帝国に限った話じゃあないだろう。
様々な国の才ある混血たちが魔王により拐かされたのなら、ほんの少し考えればわかる事なんだ。
そんな簡単な事に気付けないように細工を施して、小さな種火を大火へと煽り立てるのが魔王のやり方なのだろう。
……今回の件で力を蓄えた魔王が、次に使い走りの犬どもへ指差す先は、きっとあなたが大事なものを手にしたその街になることでしょう。
なぜなら、その方があなた方が苦しむから。
悪魔は常にこちらを見つめ、その時が来るのを心待ちにしている。
己の復讐の果てに、自分がついに手に入れた愛すべき居場所を無くしてしまったみなさんの、愉快な悲劇に腹を抱えてあざけ笑うその時を……今か今かと楽しみに待ちわびている。
魔王は、間違いなくそうするでしょう。
単なる一般市民の僕なんかが思いつくようなことは、悪意の到達不能極たる魔の王にとって児戯の如き発想に違いありません。
きっと息をするように、あなた方を地獄へ落とす。
明日には忘れる余興として、あなたが今思い描く最愛の人の怨嗟の悲鳴を鑑賞する。
そもそも、確かにあなた方は里を出奔しました。
けれど物語と違って、人生はそこで終わりじゃなかった。
流浪の果てにどこかへ根を下ろし、生きていく為に誰かと関わらなければならず、慣れぬ生活も気付けば色付いてゆく。
誰にだって大切な物はできる。
そこで飯を食い、生業を得て、取り巻く人と語らう度に、喪いたくない何かが増えてゆく。
そして、世界樹を叩き折り、エルフを掃滅した後だって、人生は続くんですよ。
もしも応報が必ず訪れるのならば、もちろん自分の番だってやって来る。
知性ある全ての種族を裏切ったあなた方が、そこからどの様な扱いを受けるのかなんて……考えるまでもなく、わかっていらっしゃるんじゃあないですか?
ただ、息の詰まるような静寂が、この場を満たしていた。
絶望に染まったその眼の奥に、もはや"悪意"の居場所はない。
自分たちが全世界の敵になっている現状に気付いた衝撃は、きっとこの世界のヒトにとっちゃ人生観変わるくらい大きな物だろうぜ。
悪い夢から覚めちゃうくらいには、さ。
「ですが!」
張り上げた僕の声に、ルナリアさんたちはビクリと身体を震わせてこちらを見た。
「……今ならば、それを止められるかも知れない」
それぞれの眼を見て、心と心を繋げ合わせるように、励ますような声音で言葉を続ける。
彼らのこれからを想って、彼らの大事な人の幸せを願って、背を押すように、縋るように。
あなた方が組み込まれた魔王の企みをここで頓挫せしめれば、ヤツはそこまでの力を手にできないのです。
これまで、そのような大きな侵攻が行われていないという事実が、その証左だ。
今僕らの手を取ってもらえたら……世界樹やエルフなんて区切りじゃあなく、この広い大地に住まう全ての者の敵を共に討ち滅ぼす助けになって頂ければ、世界を救えるかも知れない。
しかし世界樹を奴がその手に収めたならば……どれだけの災いを世界へもたらせるのかは、誰にもわからない。
きっと、精霊の女王にも、いわんや神にだって、わからない事なんです。
……憎い相手の過去の所業を許せとは言いません。
ただ、その選択をすることは、みなさんにとっても良くない結果を招くハズなんです。
その胸にようやく灯ったぬくもりごと、世界を滅ぼす覚悟があなた方にあると……僕は、思いたくありません。
自分たちの手で引き起こした、取り返しのつかない状況。
絶望に染まった視界に、それを帳消しにした上でもしかすれば世界を救えるかもしれないという一縷の希望は、あまりにも輝かしく映る。
光を魅せるなら闇の中で、黒い絵の具は白に映えるもの。
暗順応しきった後なら、なおさらに。
目線で合図を送ると、山算金が後をついで彼らに語りかけてくれる。
ほんの一瞬目を瞑り、小さな唇を指で撫でてから。
まるで悲劇を前にした市民の様に、悲壮な響きを含んだ声で。
「みなさん、我々はあなた方ハーフエルフを討ちに来たのではありません。ただ、同じ世界に住まう者として、悪しき魔王の手が力無き人々に伸びるのを、どうか未然に防ごうとやって来たのです。……酷な話をしていることは、重々承知しています。許せないという思いが胸の奥に埋もれていたことは、きっと事実なのでしょう。けれど……けれど、どうか! 勇気を、出して頂けませんか……! 悪魔の誘惑を断ち切り、全ての人間を殺し尽くし世界を滅ぼさんと企てる悪意に、立ち向かう勇気を!」
一途な願いに狂っていた頃の彼らには、きっと彼女の言葉は届かなかった。
けれど、今は違う。
彼らは、願いの果てに辿り着く地獄を想起してしまった。
一度でも自身の願望に怯んでしまえば、人は冷静になってしまう。
熱狂とは酷く冷めやすい、一夜限りの全能だ。
狂い続けるには、狂い続けなくてはならなかった。
魔法が解けた人の耳に、天性の商人の美辞麗句はたやすく染み込む。
「……わかりました。一度裏切った我々などで良ければ、ぜひとも助力させて頂きたい。いえ、むしろ伏してお願いします。過ちを正す機会を、どうか私たちに……!」
未だ縄で縛り上げられた状態ではあれど、これまでの様に感情的に衝動のまま動く姿とは見違えるように、静かな決意を胸にした毅然たる表情をしてルナリアさんは告げる。
他のハーフエルフたちも口々に、「俺もだ!」や「ここでイモ引いたら母ちゃんが泣いちまう!」と、自らの意志によって志願してくれた。
彼女らの瞳には、再び光が宿っていた。
明確な大義を前にして、自身の過失を挽回する機会に恵まれた幸運を喜び、本来以上の力を発揮してくれることだろう。
弄られた心で暴走する人間は自らの意志の力を引き出せず、基本的にパフォーマンスが下がっちまうもんなァ? だからわざわざ狂化にはバフも含まれてるんだろ?
こんだけ見てりゃ、僕だってそれくらい気付くぜ魔王サマ。
そんなニヒルに笑う僕の脳内で通知音が鳴った。おっと?
【@共犯者サン 素晴らしい……! 偽物の暗闇を払った先にある輝きを、一体誰が本物か疑うことでしょう? 私はこの世に二つと無い、得難いパートナーを手にしたと改めて実感しています! 在天願作比翼鳥、在地願為連理枝……!】
見ればテンションMAXな山算金から、愉快で仕方ないとでも言いたげなメンションが飛んできている。
いやいや、その表現はちょっと露悪的過ぎるぜ。
彼らが自ずと勝ち取ったその輝きは、紛れもない本物だよ。
世界の破滅を願う日がたった一日あったとて、稀代の悪人に認定される謂れは無い。
一度失敗したくらいで人生おじゃんなんて、いくらなんでも可哀そうじゃないか。
自身の大切な誰かの為に立ち上がれるヒトの姿を見た僕は、どこか安心しながらそんな風に思うのだった。
あとごめん、後半の漢文みたいなの読めない。教養が無くてすいませんね。
鳥と枝? 巣作りの話? やっぱ持ち家が欲しいってことか……?