【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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次の投稿はたぶん二週間後の予定になります。
仕事が忙しいのと、ポケモンをやりたいのとで開きます。正直。

感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【125】 光る壁の正体

 拘束を解いたハーフエルフを含めた僕たちは、一旦集まって今後の方針について話すことにした。

 道中色々ありすぎたが、僕らはキングダムの救出へ来たのであり、その目標を達成した今からどう動くか決めなきゃならない。

 

 手を貸してくれる事となったハーフエルフたちとの軽い自己紹介というか、前衛だの後衛だのポジションや各々のできる事や役割といった最低限のすり合わせは既に終えている。

 僕は「ヒモです、何もできません。ポジション的には誰かの腕の中になります」と白状……する前に、「はい、アオ君はこっちね」と先生に抱きかかえられて、なんでか順番を飛ばされた。ペットか何かだとでも思われたかもしれんな。半分正解だよ。

 

 

「さて、これからどうするかですが、現状私たちには大きく分けて二つの選択肢があります」

 

 今回も何の脈絡も無く自然と司会を買って出た委員長が、人差し指を立てて話し始める。

 小さな指の先端で、短く切り揃え磨かれた爪がツルリと光った。

 会議を取り仕切るという点において、彼女ほど公正な進行役も居ないのだ。

 僕じゃ、みんなを過剰に心配して、ついつい安全策へ流れてしまうからね。

 

「一つめは『一度里へ退却する』。その場合に考えられるメリット、デメリットは?」

「はい。ではまずメリットですが、単純に準備を万端にできるということですね」

 

 誰に宛てたか明言していないフリに、これまたなんの脈絡も無くアシスタントに就任した僕が、いそいそと先生の腕から降りて、彼女の後をついで詳細な説明を行ってゆく。

 委員長が司会進行なら助手は僕に決まってんだろうが……! 誰にもこの席は譲らねぇ……!

 僕の心の中で、いびつな独占欲がギラリと光った。お揃いやね。

 

 

 えー、そもそもの話ですが、僕らは今回そもそもなし崩しで突入してしまってますんでね。矢避けのアミュレットはギリギリ間に合ったけれど、それ以外はさして持ち込めていない。

 "キングダム"に至ってはそれすら無く、食糧だってたいして用意が無いのではないかと。

 ……まあ、これに関しちゃハーフエルフさんたちが多めに持ち合わせていらっしゃるみたいなんで、そちらから融通してもらえるならなんとかなるかもだけど。

 しかしながらワームに対しての対策という点では、たぶん全員が満足に準備できていないのが現状ッス。

 とはいえ、ワームへの対抗策がエルフさん側にあるかっつーとそこもまあ疑問ではあんね。そんなもんがあるならもう使ってるだろうし。

 

 とはいえ突入直前に案内係のエルフさんが支援を請け負ってくれたので、今頃外にはなにがしかの用意が成されていることだろうとは思う。

 あと、幸い誰も大きな怪我はしてないけど、普通に消耗してるからね。

 ボス戦前に休息を取って体力を回復しておきたいってのも、当たり前にしておきたい準備の一つではある。

 

 

 ではデメリットは何かと言えば、まず時間を消費してしまうという事。

 エルフさんたちの観測によると、世界樹の容態は加速度的に悪化していたみたいだし、ここで一度引いてしまうと取り返しがつかない可能性があります。

 それに詳しくは聞けていないけど、ウチ所属の有識者からもこの木があまり良くない状態であるという予測が上がってんね。

 ダンジョンを組み替えた張本人であるルナリアさん曰く、「このまま直進して上を目指せば、出口へ繋がっている形に作った」との事だし、迷子にはならないだろうとは思う。

 だがそれでも、一度帰ってそのままとんぼ返りしてコマーシャルが終わらない内に5分でダンジョン再挑戦……とはいかないでしょう。

 ルナリアさんは今や魔王との繋がりが断たれてますんで、ダンジョン操作の権限も無くなってしまってショートカットの作成もできないですし。

 

 更に一つ問題点を挙げるなら、ハーフエルフさんたちがワーム討伐前にエルフさんたちと顔を合わせると、両者の間で衝突が予想されます。

 ハーフエルフさんたちが魔王の支配下から解き放たれていても、事情を知らないエルフさん側としちゃあ納得しにくいでしょう。

 このことについては僕らがなんとか間を取り持てればと思ってるけれど、ただその事に時間を食っていては魔王に利するばかり。

 基本的に侵略を受けている以上、時間はあちら側の味方だと思って良いんじゃねぇかなぁ、と。

 

「だそうです。そして2つめが『このままボスワームへアタックをかける』。こちらは?」

 こっちは簡単。

 メリットは相手に時間を与えず、最速で魔王の計画を破綻させられます。ワームとの会戦にあたっては、知名君にバフを積んでコールをかけてもらえば良い。

 デメリットは準備不足や疲労ゆえに、万全を期しての戦闘とは言えないってところ。

 これは経験則ですが、魔王の走狗ってのはマジで馬鹿馬鹿しくなるくらい初見殺しの罠性能をしてます。

 今回のボスワームは、今んとこ『ダンジョンを覆う硬い膜を流体化させ操る』能力だと予想されますが、それだけで終わると思わない方が良い。

 ……間違いなく、死闘になるでしょう。

 

 

 そんな長々と話すなら進行役もお前がやれよと言われそうなくらい喋ってしまった。

 しょーがねぇだろ、どうしたってみんなが心配なんだから。

 メリットやデメリットを挙げるくらいの立ち位置じゃないと、司会なんかしたら上手いこと言いくるめて帰還選ばせちまいかねない。嫌な自分への信頼もあったもんだぜ。

 

 しかしそんな僕の心中とは裏腹に、リアクションを見た感じだとどちらかと言えばこのままボスワームへ挑みたい派のほうが過半数越えのようだ。

 「帰ったとこで別段対策など立てられない」という事実が、であればこの機を逃すべきではないのではという気運を醸成してしまったらしい。

 正直にメリットもデメリットも伝えたからな……そこをアンフェアにしてしまうのは、冒険者であるみんなへの侮辱になっちまう。

 

 ……ただ、私見をぶっちゃけちまえば、ボスワームがどれだけ強いか不明な以上、いくら準備してもしすぎるということはないので、対策ができるかどうかなど無視して一度帰るべきだと僕は思っている。

 エルフさんがなにか画期的な方法を考案してる可能性もあるし、これまでの戦闘で得た何かが僕らにあるかもしれない。

 なんだっていい。時間がちょっとでもあれば、少なくとも身体は休まるのだから。

 正直なところ、多少世界樹に害があっても、魔王側に天秤が少し傾いても、怪我や人死にが出ないならそっちの方が良いんだもん。

 勇者になる資格の無い僕なんかにとっては、みんなが無事かどうかの方が、世界なんかよりもよっぽど大事だ。

 なに、多少のロスくらいなんとかなるって。RTAだってガバは込みでやるもんだろ? なんせ命は再走ができないんだから。……女神様も、こんな使命感無い奴呼んだことを後悔してるかもな。

 

 

 

「……こん中で、体力が7割切ってると思うヤツは手ェ挙げてくれ」

 

 そんな僕の心配性が伝わったのか、明星先輩がみんなへ言葉を投げかける。

 それぞれが周囲の人間と少し顔を見合わせた後、渋々といった感じの王城さんとハーフエルフ15人の内4人、それと僕が手を挙げた。心配しといて心配される側に回ってしまうアホは見つかったようだな?

 

 流石と言うべきか、ボコボコになった王城さん以外は転移組は誰一人そこまで疲れを感じていないらしい。

 長時間殺し合いの真剣勝負をしていた……とかではないとはいえ、間違いなく普通に強度の運動をかなりやってたハズなのに、常識外れのタフさだ。

 同じ時間飲み会するとかなら、僕だって全然疲れを感じないんだがな。頼むから僕にも実用に足るタフネスをくれや。

 

「ん、わかった。余力は十分あるみてぇだな。そんじゃお前らん中で、ボスワームへアタックをかける事に反対のヤツはいるか? ……オレの意見としては、とっとと戦って終わらせちまいてぇ。魔王ってのは時間与えたらガチで要らんコトしかしねぇし、キングダムやハーフエルフの離間工作? みてーなのをおじゃんにした勢いで、このまま畳みかける方が相手も嫌がるハズだ」

 

 彼女の問いかけに、手は挙がらなかった。

 もはや愚問であるとでも言うように、ハーフエルフさんたちは真剣な面持ちで彼女を見つめている。

 この場にいる全員が、命を懸ける覚悟を決めて世界の敵へと挑もうとしていた。

 

「ま、やんなきゃなんない事はぱっぱと終わらせたいってのは同意かな。ボクは課題とかもすぐ済ませて、締め切りから解放されたいタイプだし」

「そうですねぇ。まったく、今回の依頼は時間がかかりすぎですよ。これじゃ大赤字もいいところ。一体どれだけのマンアワーだったか考えたくもありません。これ以上かけてたら、取り立てでエルフの里が干からびてしまいますよ。あ、ただ一つ思い付いたのですが、長命種にリボルビング払いの概念を教えて差し上げれば、我々はともに永く繁栄できると思いましてぇ」

「……やめておいてやってくれ。エルフが余ら只人族の事を、悪魔だと誤解してしまいかねん」

 

 まあ、転移組もそこまでの重さは無いけれど、それでも補給に帰還するつもりはなさそうだ。

 長かった今回の旅の終わりを、これまでの経験からどこか感じ取っている。

 

 ……ここで挙手してしまうと、ウチのパーティーメンバーは決意を曲げてまで、それを最大限斟酌してしまうのが分かっていたから、僕は手を挙げられなかった。

 僕が大事なのはみんなであり、またみんなの意思でもあるから。

 みんなの覚悟を、僕は汚せない。

 だから、多数決が成立した時点で僕も腹を決めた。

 

 死んで欲しくない。怪我をして欲しくない。幸せに、平穏無事に生きていて欲しい。

 けど──みんなが決意しているのなら、僕は一緒にそこへ行って、万が一があれば一緒に死ぬよ。

 それにホラ、もしかしたら、僕の命を賭して肉壁となり庇えば、みんなを助けられる可能性も欠片はあるわけだしね。希望は捨てないでいかなきゃな。

 

 

 みなの顔を見回した先輩は、パシンと音を立てて拳を掌へ打ち付ける。

 

「ッシ、決定だな。んじゃあまずだが、ボスワームへ当たるのはオレらクランで行く。遠回しに言ってもしゃーねぇし、ストレートに言っちまうが、アンタらじゃ戦力になんねぇ……ここはどうか、魔王の走狗とかいうのを二匹もブッ飛ばしたオレらに、デカブツを任してくんねぇか」

「オイオイ、そりゃねぇんじゃないか?」

「俺らだって時間を稼ぐ程度はできると思うが」

 

 その言葉に、ハーフエルフの中でも血の気の多そうな幾人かが不満気に声をあげた。

 熊獣人とのハーフらしき大盾を背負ったビッグシールドガードナーに、なんの種族との混血かはわからないハットを目深に被った二刀流の剣士だ。

 前衛のポジションを担っている面々だったので、それこそマジで肉壁になってでもという気概があるのだろう。

 正気に戻りさえすれば、憎いエルフの世界樹であっても、世界と一緒に身を挺して救ってやると言える気高い人たちなんだ。

 

「ダメだ。王城に一発で伸されたのがノコノコ顔出したら、次は気絶じゃ済まねぇだろうが。あんな図体のバケモン相手じゃ、時間を稼ぐったってハンパな攻撃も意味がねぇ」

 

 しかし先輩はその熱意ある言葉をにべもなく断って……ニヤリと不敵に微笑む。

 

「だからよ……オメーらには、群がってくるだろうワーム共の対処を頼みてぇんだ。あんなのに無数にたかられたら、それこそ満足にケンカなんてできやしねェからよ。たぶんだが、ヤベェ数が襲ってくると思う。ハーフエルフにはハーフエルフ同士の連携があるだろ。それに期待させてくれ」

 

 そんな風に戦力として期待する言葉をかけられれば、ハーフエルフたちも子供みたいに駄々をこねられはしない。

 そもそも武名を馳せる程に力のある彼らは、そういった裏方や主力を活かす為の役割の重要さも理解しているのだ。

 街や国を滅ぼしかねない魔王の走狗との戦いで、それを担えるということそれそのものだって、間違いなく名誉ではあるのだから。

 

 

 そうしてまとまりかけた場に、一人の声がかかる。

 

「あー、少し待ってもらえますか」

 

 発言主は、どこか言いにくそうに顔を伏せた知名君であった。見ればその顔は少し青褪めて、口元に力が入っている。

 

「あン? なんだよ、知名。なんか文句でもあんのか」

「いえ、みんなの決定に水を差すワケでは……いえ、そうなのかも知れませんが、むしろ時間の無さの補強でもある。ボスワームの性質について、もしかすれば解明できたかもしれません」

「ふむ! 流石は我らが参謀ではないか。で、本題は? それだけであれば、そんなに暗い顔はすまい」

「……わからないんですよ。『時間が無い』で済むのか、『もう手遅れ』なのか」

 

 後ろめたさ、後悔、自責の念……そういったなんというか、後ろ向きな感情がないまぜになった表情で、彼は眼鏡を押し上げる。

 そしてわずかな逡巡の後。

 

「今から話すのは、この光る壁の──正確には壁を覆った透明な被膜の正体です」

 

 意を決したように、彼はずっと目の前にあった謎の答えを話し始めた。

 

「そもそもですが、この光る壁の正体は"魔力"です」

 

 そう言って彼は掲げた杖の先に、ポゥと淡い青い光を点ける。

 ……ああ、そうか、魔法灯。里の草むらを照らしていた、あのほの明るい灯火を思い出す。

 言われれば確かにこの壁の光り方は、魔法灯に似ているんだ。あっちはもう少し光量強いけど。

 

「まずもって魔法灯の原理は、精霊を模した魔造物に外部から魔力を補充しているものが一般的です。そもそも精霊が超自然的なエネルギーの具現化であるのなら、それは逆説的に精霊という存在そのものが"バッテリー"の役割を果たせるとも言える。非実体的なエネルギーは保持し続ける事ができずどこかへと流れていきますが、形を取れば保存可能となる。それらを利用して、『灯光』の魔法陣へ魔力を流し続けているのが魔法灯なわけですが……」

 

 突然始まった知名君による魔法技術学~魔法灯の原理編~に、この時点で完全に置いてけぼりとなった鹿野ちゃんは、素直に講義を放棄して僕の身体をよじ登り肩車ポジションにつくと、頭を机代わりに突っ伏して寝始めた。

 別に何の問題も無い。これは役割分担だからな。

 彼女は普段から索敵に砲撃にムードメーカーに元気いっぱいで可愛い女の子にと、できるお仕事をパーフェクトにこなしてくれている。

 各々得意な事を頑張ればいい……じゃあ僕は一体なんの仕事をするんですか?

 モラトリアムの学生らしい自分探しみてぇな疑問がふと脳裏を過ったが、白目を剥いて気絶する事で事なきを得た(得ていない)。

 

 

「そもそも魔力というのは、空間濃度が上がれば自然光を放つものでもあるんです。魔法使いが中空に描いた魔法陣などが光る様子を目にしたことはあるでしょう。無論それではエネルギー効率が悪い故、魔法灯という物が発明されたのであり、基本的にその光は微弱なものです。長続きはしない瞬間的なものであるし、それでわざわざ周囲を照らそうなんていうのは……まさしく、紙幣に火をつけるくらいの無駄だと言っていい」

 

 けれど効率が悪くとも、塵を積もらせれば山はできる、って事かぁ……。

 ここまで言われれば、鈍い僕だってこのダンジョンに秘められた凶悪なカラクリが理解できてきていた。

 

 そしてその先にある、何者かの企みについても、また。

 

「さて、以上の事を踏まえて……この洞の内部には精霊が一切居らず、体外へ放出した精霊も霧散してしまうということはハーフエルフの方々もご存知でしょう。ですがエネルギー保存則にあてはめるなら、それらは『霧散して消えた』のではなく『別の場所へ行った』と考えるべきです。では、それらが向かった先は? ……精霊は魔力の保存容器であり、魔力は集まれば光りを放ち、精霊がどこかへ集められている。三つの事実から導き出される答えは……」

 

 コツコツと、杖の先で地面を叩く。

 

 いや、違う、そこは。

 叩かれたのは、透明で硬質な被膜だ。

 

「この破壊不能な壁面の正体は、『精霊の成れの果て』です」

 

 それは、つまり。

 その意味するところを察した先生が、確認するかのように彼に尋ねる。

 

「なんらかの方法で集められた精霊が、このように変えられた……という事かしら」

「えぇ。まあまず間違いなく犯人はボスワームでしょう。ヤツによって集められた妖精が固化されて結晶のようになり、その密度故に発光していると考えるのが自然かと。つまりボスワームの能力は精霊の【吸収】、集めた魔力の【硬化】、硬化した結晶の【流体操作】だと思われます」

 

 指折り数え上げられる能力は……確かに、恐ろしいものだった。

 なんせココは精霊魔法の祖であるエルフのお膝元だ。

 彼らが使う精霊魔法は、純粋であるが故に精霊そのものを媒介して発現する。

 その詠唱の過程において露出した精霊を吸収すれば、世界の法則を歪める魔法は成立しない。導火線が切られれば、爆弾は爆発しないように。

 エルフがどれ程本腰を入れて、いくら徒党を組んで攻略に取り掛かっても、ボスワームの吸収する魔力を増やすだけ。

 

 人員を投下し、強大な精霊魔法を行使しようとすればする程に、世界樹に巣食った寄生虫は強固な護りを得て、その莫大な魔力で暴れ狂うだろう。

 

 

 嫌になるほど合理的で、もっとも効果的な世界の滅ぼし方を、魔王は知り尽くしている。

 

 

「もはや変質し別物に歪められていますから、魔力や精霊に慣れている者ほど、これが精霊であると感覚的に見抜く事は難しい気がします。操作の権限を与えられただけのルナリアさんや、エルフたちが気付けなかったのも無理はない。……そして、問題はここからです。少し話は変わりますが、この世界の生き物の中には、生命活動すら精霊や魔法の補助によって行っている物が多く存在します」

 

 突然の話題転換ではあるが、真面目で熱心な生徒である僕は、教師の事前知識の確認に首肯する。

 脳裏に空飛ぶ巨大なクジラの姿が浮かんだ。

 ヘイローを破壊され、泳ぐこともできなくなって墜落し、自重によって破壊された空の暴君。

 

「現段階までの観察から導き出すに、恐らく個体が巨大であればあるほどに、その傾向が強くなっていくようです。物理法則を鑑みれば、生命活動を維持するには不向きなまでの巨体を、この世界の生き物は魔法という超常の力で無理矢理つじつまをあわせて、力技で可能にしている……そして無論、言うまでもなく植物も生命だ」

 

 恐らくその推測は間違っていないだろう。

 僕の知っている一例だけでも、件のサカナは致命的なまでに魔術を生命の一部として組み込んでいた。

 被害さえ知らなければ、憐れにすら思ったかも知れない程だ。

 

「この星で一等大きいこの巨木は、恐らくだがかなりの部分を魔法に頼って生きていたと推測されます。そもそもこんなに大きな常盤木が、数千年にも渡り年がら年中人が乗れそうな程に大きく艶やかな葉を蓄え続けられるだけの水分が、この地下にあるとは考えにくい。光合成による有機物生成や水分通導の補助どころか、それに必要な水分すらも自らの魔力で作り出していたと思われる」

 

 つまり食事から消化まで、なんなら飯を作り出すことに至るまで魔力で賄ってたかも知れないっつーことか。

 

 でもまあ、実際それって不自然な事じゃ無いんだよな。

 恒星からの日射があるから植物は光合成をするのだし、酸素があるから生物は呼吸をしていて、タンパク質が組み合わさって内臓などがDNAに従い組成されている。

 全てはその世界にある物を元に作り上げられる。

 魔力や精霊がある世界ならば、それを命の根幹に組み込むのはむしろ自然な話だ。

 

 ……あァ?

 それじゃあ、つまりこの木は。

 

「そして言った通り、世界樹にはもう精霊が居ません。……正確には世界樹が利用できる形では存在していない。この木が命を繋ぐために回していた循環が、悪意をもって変質させられてしまっている」

 

 

「もしかすると、もうこの木は助からないかも知れない……少なくとも、時間的猶予はほとんどないと言っていいでしょう」

 

 

 そうして導き出された不都合な結論は、これまでの僕らの冒険を半ば否定するような……これから行われる死闘の意味を根本から揺るがすものだった。

 静まり返った広間に、ただ彼の沈んだ声だけが続く。

 

「……けして耳触りの良い情報ばかりではありません。士気を考えれば、今言うべきかなのか迷いましたが……ココで黙っているのが、裏切りに思えたんです。話を上手く進める為に隠し事をしておくことは、賢くても不義理ではないか、と。……もう僕は仲間を……いや、「友人」を裏切りたくなかった」

 

 話し終えても彼の顔色は優れない。

 今もまだこの開示が正しいことなのか分からないのだろう。

 自分の中の『正しさ』に狂った経験が、知名君の中で正誤判断を揺らがせていた。

 

 

 でもさ、見くびらないでくれよ、知名君。

 嫌な話を聞かされたからって、話してくれた相手を嫌うほど心の狭い人間は僕らの中にゃいないぜ?

 

 悲壮な表情の彼の背中を、明星先輩がバシンと音を立てて叩いた。

 突然の衝撃に目を白黒させている知名君の頭を上から掴んで、ぐわんぐわんと揺らしながら彼女が怒鳴りつける。

 

「ダァホ! んな暗い顔してんじゃねェよ。つまり、まだどっちか分かんねぇって事だろうが。もう手遅れじゃねぇってだけで十分良い話だっての。なァ、そうだろ?」

「ハッ、違いねぇや! アンちゃん、俺みてぇなオツムの出来が悪いヤツからすりゃな、難しい事考えてくれるだけでありがてぇんだ。なんとかなるかもしれねぇなら、なんとかしてやるのが俺らの仕事だ!」

 

 暗い過去を背負ってエルフの森を燃やしにやって来たわりには、豪放磊落で快活な熊エルフさんが笑いながら腹太鼓をする。

 彼女らの言葉に、知名君もホッとしたような顔で苦笑し後頭部を掻いた。

 あぁ、その表情の方がずっと良い。自信家の君には、不安気な顔は似合わないや。皮肉でも言って僕を鼻で笑うくらいが、クールでカッコいいからな。

 不安定になってしまった彼の心も、本来の能力の高さから自然と積ねられてゆく成功体験で、自ずと安定することだろう。

 

 しかし先輩がその気質から、ハーフエルフの武闘派とも仲良くやってくれているのは良い傾向だな。

 それぞれが敵対したり裏切ったりと複雑に絡み合っていた関係だった僕らも、共通の大きな敵を前にしてそれなりに和解できてきている。

 

 

 そんな心温まる光景を見ながら、僕は脳内でこの世界樹の異変の、裏で糸を引くであろう魔王の思惑について考えを巡らせる。

 

 世界樹という極めて象徴的な、恐らくは大いなる魔力を秘めたであろうシンボルマークから、精霊を集めて固めて流動化する場合、その目的は一体なんだ?

 これが何者かによって仕組まれた騒動であるのなら、その黒幕は途方もないリソースを搔き集めようとしているんじゃあないか?

 その集めたエネルギーを一体何に使うつもりなのかは……当の本人に聞かなければ、わからない事だ。

 けれどマナをランプした後にする事は、たいてい盤面をひっくり返す程のパワーカードを出すと相場は決まってるじゃんね。

 

 まだ"何"をしたいかまでは推測できないが、各種精霊をジェムにして嵌めたガントレットで指パッチンとかされる前に、ボスワームを倒さねばならねぇって事だけは嫌という程理解できたぜ。

 まったく……魔王を名乗るんなら迂遠な事してないで、もっとまっすぐ武力で世界征服でも目指してくれよ。

 もしくは暇を持て余して地球へやって来て、バイトしながらぐーたら生活でもどうだ?

 まだまだ異世界出身者による現代技術驚き役はウケが良いぜ。世界滅ぼすより絶対楽しいから、僕にぜひもてなさして欲しいもんだ。

 

 

 

「はぁーん……コレが精霊の成れの果て、ねぇ」

 知名君の話を聞いて思うところでもあったのか、闇無君が折り曲げた指でノックでもするように壁を叩いた。

 数歩歩いて、またノック。改めての材質の確認だろうか。うんうん、ボスワームがなにしてくるかわかんねぇし、確認は大事だね。

 委員長もゴソゴソと鞄を漁って、何か足りなかったのかまた薬研でごりごりと薬を擦り始めた。うんうん、いざという時に在庫が無きゃ困るし、確認は大事だね。今度は世界樹枯れないヤツだと思うんで、そこは意識して心配しないでおく。

 

 しかし、そうだよな。

 よく考えれば、この不思議な何かが僕らの身体に入って、身体能力を強化してくれているんだ。

 言わば全ての生命の礎というか、なんとなく地球の価値観を持つ僕らにしてみれば、魂にも似たなにかの様に思えてしまう。

 それがまあこんな無残な姿になって……いや、コレがどういう扱いなのかは分かんないけど、それでもたぶん自然の摂理からは反した行いである事は、きっと間違いないだろう。

 流石の石化好き天使さんだって、コレ見て喜びは……いや、分かんないけども! 人の性癖にとやかくは言えねぇ! 考える分には自由だから!

 

 ともかく、魔法というこの世の法則の根幹にすら手を出せるという事は、地球で言えば物理法則を歪められるようなもの。

 そんな風に言いかえれば、その滅茶苦茶っぷりも分かりやすいか。

 魔王という存在のあまりの強大さ、これまでとのスケールの違い。

 それを象徴する艷やかな壁が、なんだか少し恐ろしく感じて、僕は思わずフイと視線を逸した。

 

 

 そうして、逸した先にて、ソレを見た。 

 

 中空にボンヤリと浮かぶ、丸い球形のモヤ。

 あまりにも唐突に、なんの前触れも無く出現したソレに、未だ僕以外の誰も気付いていないようだった。

 

「あえ……アレ、なんスカねぇ?」

 

 僕の視線に釣られてか、そっちを見た鹿野ちゃんが呟く。

 よく見れば時折、モヤの中でギラギラと何かが輝いている。

 それはまるで、あの時のキングダムの面々みたいで──

 

 気付けば、僕は今この時まで、まったく考えもしていなかった。

 霧散する精霊の行き先と同じく、「抜けた魔王の魔力がいったいどこへ消えたのか」を。

 

「……ッ!!」

 

 そして誰も動き出す暇もなく、モヤがブルリと震える。

 スローモーションになった世界の中で、僕は確かにソレの後ろに誰かの微笑みを幻視した。

 

 とことんまで『お前らの思い通りにはさせない』という、底抜けの悪意に満ちた微笑。

 

 

「危ない!! 何か来るッッ!!!」

 

 

 刹那。

 つい数時間前に聞き覚えのある、耳が割れんばかりの甲高い爆音が世界樹を震わせた。

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