【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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なんとかなった。
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特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【126】 握りしめた信仰

 世界が割れる程の大音量で鳴り響くは"非常呼集(ホットライン)"。

 知名君がボーレタラスの持っていた蟲呼びの笛の原理を解明し、それを模倣して制作られた魔術。

 魔王の魔力はソレを使い、キングダムが裏切った時と全く同じ不意打ちを行ったのだ。

 

 その強烈な爆音に全員が一瞬硬直するも、即座に戦闘態勢へ移行する。

 この音が鳴った理由は分からずとも、その後にいったい何が起こるかは理解しているから。

 

 

「……! 足元! 全員後ろへ跳んで!」

 

 先生が叫ぶと同時、僕の首根っこを引っ掴んだ王城さんを含めた全ての人間が、大きく後ろへ飛びすさる。

 

 一拍置いて、広間中央の床を突き破り、醜悪な怪物が姿を現した。オメェん家なんだからいい加減玄関覚えろよ。

 砕けた破片と瓦礫が視界を埋め尽くす中、まるで昇り龍のように空を舞ったボスワームは、重低音を轟かせながらその巨体を広間に着地させる。

 

 弾き飛ばされた木片が散弾のように飛来してくるが、僕を抱えた王城さんは瞬時にくるりと身を翻すと、「ハァッ!」という掛け声一閃、鉄山靠を放ち全て弾き飛ばした。

 完全に護られる形となった為、彼女と繋がるバフが一瞬でより太く強固な物になったのを感じる。

 

 あ、あわわわわ! 王城さん大丈夫!? 背中刺さってない!?

 誰に頼まれたでもないのに自主的に我が身を盾にして、足手まといを庇ってくれた人の良い友人を心配してしまう。

 下手に動くと護ってくれている人の邪魔になってしまう事を経験則として知っているので身動ぎ一つできないこの身が、どうしようもなく恨めしかった。抱っこされ慣れてきてんじゃねぇぞ。

 

「フハハハ、これくらいで余が傷つくものか! ホレ、見るがいい。この程度、周りもみな軽くあしらっておるわ。……しかし、そうか、今ので分かったぞ。やはり余は助けられるばかりなど性に合わぬ! お前が不遜にも余の心を助くと言うのなら、余はお前の生命を守護ろう! 己が腕の中に護るべき者が在るという感覚、これはなかなか素晴らしいものである!」

 

 そ、そっかぁ、今のを軽くあしらう……たぶん僕あのままだったら、只人から針鼠族の獣人に早変わりしてたと思うんだけど……。

 

「む、針鼠は困るな。チクチクするよりは、今の肌触りの方が余は好みである。なぜかは知らんが、今日のお前は特にもちすべであるからな。スクイーズみたいで握りしめたくなるぞ」

 

 破裂しちゃうからやめてね。

 もちすべなのは、絶対さっき過剰に回復されまくったからなんだよな。

 なんで僕だけダンジョンアタックの結果としてスキンケア効果出てんだよ。

 

「良いではないか。手の中に納めるものは、滑らかな方が気分がいいものだ。なぁに、青海よ。お前は余という城の中で、どんと構えておればよいぞ──なにせ、王族とは常に城の中に居るものであろう? なぁ、我が王子」

 

 ……わ、我が王子て、もしかして僕のことッスか?

 いやマズいよ、ウチにはもう王子様が一人いらっしゃるからさぁ。

 王様居て王子様居てもう一人王子様っつったら、いくらなんでもキャラ被り過ぎだ。

 つか王様である君がそれ言ったら、僕息子になっちゃうんだけど。

 同い年の女子をママと呼ぶのは抵抗がハンパではない。先生をお母さんと呼ぶのとはレベル違うぞ。

 

 

「ああッ、あッ、あれボクのポジションなんだけどッ!! だ、旦那クンごと取られたッ!! 戦争だよ戦争!!!」

「心配しなくても、あの図体だけデカい中身ガキ巨女は、どうせセンパイの父性にやられて甘える方向に転びますよぉ! ホラ、ミニワーム湧いてきてますんで! 後で好きなだけキャットファイトしていいですから、今は目の前の敵に集中してくださいねぇ!」

「今、蒼君が私の事をお母さんと呼んだ……? 公認……?」

 ボスワームを挟んだ向こうからなんだか騒がしい声が聞こえるが、各々の尊厳の為になにも聞こえてなかったことにしよう。

 長い旅路でみんなフラストレーション溜まってるからね……帰ったらいっぱいコミュニケーションしようね……。

 

 

 

 「なんとなく王城さんとの関係性が、思てたんと違う方向性に変化してんな……?」と気付いてきたがそれは一旦横置きして……ボスワームのダイナミックエントリーの裏で、中空の黒いモヤがサラサラと崩れ消えてゆくのをきちんと目視で確認しておく。

 ヤバい事をしたヤツからは目を離さないに限る。これ以上の不意打ちはゴメンだからな。

 しかし切り離されたトカゲの尻尾まで性格悪いとか徹底してんねぇ。

 ヤツがあの時と同じ事をやってみせたのは、いつでもこちらを見ているぞという意思表示であり、なおかつ知名君への「回心したフリをしても、お前の本質は変わらない」という宣告でもあるだろう。

 ビビるくらい大きなお世話だなオイ。子どもの成長も素直に祝えない心の狭さを、わざわざアピールしてくんなくてもいんだけど?

 そういう捻くれた性格してたら、親戚の姪っ子とかにも嫌われちまうぜ。

 

 

 そんな魔王のお世話くらいクソデカい芋虫君は、尾の先を鞭のようにしならせて地面を叩きながら、こちらを睥睨し君臨している。

 その全身には不揃いな無数の棘が生えており、見る者に言いしれぬ不快感を抱かせる。てか前会った時より本数増えてない? 棘生えた? 魔界のタモさんみたいな事聞いちった。

 ぐもりと頭部にあたる肉が蠢くと、その奥から白く淀んだ目が現れる。無機質なヤツの眼には瞳孔が無いにもかかわらず、どうしてか僕らを見ているのがよくわかった。

 身体を揺するように蠕動すれば、全身の牙や棘が連られて硬質な床を引っ掻き、特徴的で耳障りな擦過音を奏でる。

 蒸気が吹き出したような水気を含んだ風音とともに、口からヤツの息が放たれ、吐き気を催す悪臭が鼻を突いた。

 臨場感は満点だが、総合評価としては0点です。人気出したきゃキャラデザから変えるのを提案させてもらうぜ。

 

 

 睨み合うような一瞬の静寂があったのは、僕らと同じくワームもこの後の戦いが激闘になると理解していたからか。

 ……それとも、目の前に並ぶ餌を品定めするためか。

 

「一番大砲、いくッスよ!」

 

 戦いの火蓋はいつもと同じ、早撃ち砲術士のフライング発射音を以て切って落とされた。

 放たれた砲弾は螺旋状の雲を引いて、空中にて流線型に変形し、的確に怪物の目へ着弾するも、しかしけたたましい金属音を響かせて弾かれる。

 いや、弾いたというよりも、単に横滑りしてしまってんな。

 ヤツは単なるワームよりも強固な硬化精霊膜で眼球を含んだ全身を覆っているらしく、今の鹿野ちゃんの砲弾ですら貫く事ができないのだ。

 刃が立たなければ刃物が切れぬように、まともにぶつかり合えなければ弾の衝撃はたやすく受け流されてしまう。

 そして彼女の徹甲弾すら防ぎきるということは、つまりリッチキングが防御用に呼び出した骨の壁よりも、素のボスワームの方が硬いということになる。順調にインフレしてやがるぜ。

 

 とはいえ、いくら硬くとも目玉を殴られて気分の良い生き物が存在するワケもなく、しっかりキレたワームは聞くに耐えない鳴き声を一つ上げると、身体をのたくらせて鹿野ちゃんへ迫る。

 

「おわっ! しゅんません! ウチの弾じゃダメージなんないッス! チビワーム駆除の方回りまっす! です!」

 

 その巨体からは想像もつかないスピードで動くボスワームを、持ち前の身軽さで散乱する破片を飛び移り回避した彼女は、ポジションに固執せず即座にフォーメーションチェンジを宣言する。

 見れば前後の通路から広間へ、無数の小さなワームが侵入してきており、既にハーフエルフたちが水際で防衛戦を繰り広げていた。

 委員長や小金井さん、悪王寺先輩もそっちに加わっているが、しかし手が足りていなそうなので鹿野ちゃんの参戦はバランス的にも正解だろう。

 

 

「なら……コッチがその分も動かなきゃね!」

 

 鹿野ちゃんを追って無防備に晒した横腹を、鉾を逆に持った先生が石突で思いきり突き上げる。

 しかし、本来ならば分厚い鉄板だって貫通する程の打突を食らったというのに、ボスワームの身体は僅かに浮き上がるに留まった。

 

「って、かっっったッ! クジラなら爆散してるわよ今の!」

 

 なんら痛痒を感じていない風にわずかに身動ぎすると、ボスワームは鎌首をもたげ数秒間先生を眺めて、地面を削りながら反転しそちらへと突進する。

 どうやらヘイト先が変わる程度には食らってるようだが……この積み重ねでデカブツを倒せるとは、僕には到底思えなかった。

 むこうの攻撃自体は単調な突撃なので避けるのは容易いみたいだけど、しかしこっちも当ててもほぼダメージが入んないんじゃやってらんないぞ。

 

「コイツ滅茶苦茶硬いわ、並の攻撃じゃ刺さりもしない! 前衛はそれぞれ隙を見て一撃叩き込んで、ダメージが通るか確認! 後衛、というか知名君は、ミニワームに有効だった魔法を試して! 非戦闘職は引き続きハーフエルフと共にミニワームの対処を! 青海君は黒井さんの影の中に退避! 王城さんはそのまま前線へ復帰! 黒井さんは青海君入れての戦闘が厳しそうな場合、ミニワーム組に回って!」

「「「了解!」」」

 

 先生からの指示を受けて、全員が動き出す。

 無論僕も命令された通り、目黒さんのパーソナルスペースへ収納されにゆくぞ。情けなさすぎるがもう慣れたもんだ。

 

 できるだけ外に出ていた方が庇護による常時強化が掛かるし、臨時お小遣い支給による火事場力発動など、戦いの中で臨機応変にみんなへバフを撒けるんだけど、それでも危な過ぎれば影の中に入れておく──というのが、最近の僕の結論運用だかんな。プレイアブルキャラクターっつーよりはスキルで建てるトーテムみたいな扱いじゃんね。

 やっぱり僕には冒険者じゃなく、便利な家電くらいがお似合いなんだよ。ルンバが充電しにステーションへ帰るみたいなもんだと思ってくれ。

 お掃除ロボではバスくらいデカいイモムシには勝てないから仕方ないピポねぇ。

 しかしおかしいな、ならばこの目から流れる水分は何だ? お部屋加湿機能は付いてなかったハズだが……。

 

 

 無様な僕の惨状に、闇無君が口元を抑えてウケてるのが視界の端に見えた。ようやっと正常な反応をしてくれる仲間が現れたな。

 みんな僕がアイテム化してるのを自然に受け入れ過ぎなんだよ、彼見習ってもうちっと馬鹿にしてくれ。

 

「プッ、ククッ……情けない仲間のためにも、出来る奴がやってやんないとな、賢人、プフッ」

「底意地の悪い事を言うな、闇無。こんなもの役割分担の範疇だろう。他の転移した人の中にだって、戦闘に向かぬ職業が居てもおかしくない。無駄な諍いを招く態度はやめておけ──『害炎』・『魔術付与:武器纏い(エンチャント)』・『魔術付与:極大増幅(マキシマイズ)』」

「マージメ君だなぁ。もう本音はバレてるんだから、俺みたいにぶっちゃけちまえばいいのに」

「血迷っただけで、元々コレが素だ。お前のように以前から不健康に溜め込んでいたワケではない」

 

 炎を纏った青銅の剣が、ボスワームの突進に合わせてすれ違いざまに振り抜かれる。

 キィンという甲高い金属音。

 残心もせずに自然体のまま歩く彼の後ろで、被膜ごと切り裂かれた表皮から、黄色い汁を滲み出させたボスワームが、身を震わせて怒りの声をあげる。

 しかし彼へ向けてあたら突撃を行おうとはせず、のそりと鎌首をもたげて遠巻きに彼へ威嚇音を発するに留まったのは、ヤツがこちらの危険度を理解している証明だ。

 野生の本能からか、それとも魔王の入れ知恵かは不明だが、思いの外脳みそもデカいらしい。

 

 ブルリと身体を回転させ垂れた体液を飛ばすと、ボスワームは顔を左右に振る。

 その動きはまるで、人で言えば何かを探しているようにも見えた。

 捜し物か? 落とし物センターはこの木を出て右手だぜ。

 

「余所見とは余裕じゃないか……ムシケラにナメられるのは初めてだ。相応の高値を付けてやるよ」

 

 闇無君は動き出しを待たず斬りかかり、二度三度と浅いながらも手傷を与えていく。

 跳ね回された棘だらけの尾も軽いダッキングで避け、相手の勢いを利用したカウンターで深く斬りつける。

 流石に"今のは痛かった"のか、ボスワームが苛立たし気に牙を鳴らしながら闇無君へおぞましい顔を向けるが、即座にその横っ面は地面へと叩き落とされた。

 同じ硬さの超質量がブチかまされた衝撃で、ダンジョンの床が大きくヒビ割れる。

 

「そっちばっかァっ……見てんじゃ、ねェぞッ!!」

 

 ジャンプし壁を蹴っての三角跳びで、ボスワームの頭上へ躍り出た明星先輩の、ロケット噴射バリの踵落としが炸裂したのだ。

 自身の権能で固めた地面に強かに打ち付けられ、折れた棘が数本散らばった。

 

「どぉっッ、ラアアアアアあぁぁッ!!」

 

 畳み掛けるようにすかさず放たれた先生渾身のフルスイングが、ボスワームの胴体をかち上げて黒ずんだ内出血を引き起こす。

 知名君の火球が間を開けずに炸裂し、黒い火の手がぶよぶよとした白い表皮を這い回りその表面を焼き付けてゆく。

 ボスワームは全身を大きく振り回し魔法の炎を振り払うと、そのままの勢いで棘だらけの身体で薙ぎ払った。

 当たらなければどうということはないとはいえ、当たれば無事では済まない凶悪なヤスリがけに各々が飛び退く。

 そして距離を取れば有利なのはリーチのある側だ。再び咆哮を上げたボスワームは、蛇行しながらの縦横無尽な突撃を再開する。

 

 一進一退の攻防だが……しかしそれがダメージに繋がっているかというと、やはりそんな風には感じなかった。

 あれだけの猛攻も、闇無君の剣以外は皮膜にて止められてしまっている。

 ヤツもまた他の魔王の走狗と同じく、並の敵ではないということか。

 

 

 

 ボスワームと直接刃を交える彼らから少し距離をおいた後方で守られ、王城さんの腕の中から庇護によるバフを全方位垂れ流していた僕の懐に、目黒さんの暗闇が現れた。

 にゅっと中から伸びてきた手が手招きをしているので、本人ごと中に居るらしい。

 王城さんを影空間に巻き込んではいけないから、彼女の腕から降ろしてもらわねばならない。

 

「あ、準備できたみたい。影の中に潜らせてもらうから、降ろしてもらえるかな、王城さん」

「むぅ、べつにずっと余が護ってやっても良いというに……」

 

 そう言わずにさ、今は王城さんの力が頼りなんだよ。

 どうか、なんにもできない僕の代わりに、みんなの事を助けてあげて欲しいな。

 ……無力なお荷物でごめんね?

 

「……いや、任せろ。黒井先輩の中で待っておれ、ぶん殴ってすぐに終わらせる。……だから、泣くな」

 へ? あ、違くて、これ目から出てんのはお部屋加湿機能で……。

 

 何故か漲りまくった彼女は、更にボスワームからもう一歩離れて僕を丁重に床へ降ろすと、僕の言葉を最後まで聞くことなく、一足で飛び上がりライダーキックで戦線へ参加していった。

 ……ま、まあアレもバフの一つの形か? でも多用しちゃ絶対ダメなヤツなんで封印指定っすね。

 しかしウチのクランは肉弾戦タイプに偏重し過ぎてんな。先生も鉾握ってんのに全然刃の部分使わず、石突と柄で滅多打ちにしてるし。

 

 

 床に降り立った僕の服の影から現れた暗闇が、即座に全身を覆わんと膨らむ。

 が、その瞬間、なんの前触れも無く周囲が強く発光し、その眩しさに思わず腕で目を覆う。

 溢れる光に暗闇の膨張は唐突に堰き止められ、まるで闇など無かったかのように光に掻き消された。

 

「……!? 私の、影、が……!」

 

 再び僕の服の中の僅かな影においやられた暗闇から、目黒さんの声が漏れる。

 床や壁を覆った硬化精霊膜が突如その光を増し、広がりかけた闇を拭い去ったのだ。

 こんな事ができるのは、このダンジョンのボスを除いて他に居ない。

 ボスモンスターが土壇場で機転を利かせて、相手の能力無効化すんじゃねぇよ……ッ!

 

 

 床や壁がほのかに発光していたとはいえ、外よりは薄暗いダンジョンに慣れきった瞳が、暗順応を貫通して差し込まれた明るさに一瞬視界を失う。

 白飛びした世界の中、視覚が消えて鋭敏になった触覚が足元で奇妙な動きを捉えた。

 まるで粘度の高い液体が、足先を伝っていくみたいな感覚。

 

「み、水……? いや、違う! コレは……ッ!」

 

 ようやく機能を取り戻した僕の眼に飛び込んで来たのは、透明な被膜に覆われ固定された自分の足だった。

 

 ──『硬化した結晶の【流体操作】』

 

 それはなにもワームの移動手段や、ダンジョン組み換えの壁や床の操作に限った話ではないと、そう頭ではわかっていたハズなのに。

 まさかあんな外見のボスが、こんな搦め手で使ってくるとは思わねぇだろうが!

 

 

「蒼君ッ!!」

 

 

 その叫びに我に返って顔を上げれば、それまでむこうで激戦を繰り広げていたはずのボスワームが、全速力でまっすぐにこちらへと突っ込んできている。

 え、ちょ、待っ。

 前衛組も、沈んでは固まって足を絡めとる、あまりにも悪質な魔力のぬかるみを誰も抜け出す事ができず、咄嗟に動けないようだった。

 何一つ阻む障害無く、何一つ守る盾の無くなった僕へと、死の大口が迫り来る。

 

 

 事ここに至り、僕は理解した。

 

 待っていたのだ、アイツは。

 僕が地面へ降り立つのを、僕を守る人間が居なくなるのを、猛攻を凌ぎながら、虎視眈々と。

 普段は肉に埋もれ弱くなった視力すらもフル活用して、アイツが探していたのは……僕だった。

 

 信じがたい話ではあるが、怪力無双の聖女でも人間の完成形たる勇者でも古今無双のエルフでも無く。

 戦闘には一切参加せず、ずっと誰かに庇われてきた僕のガードが緩むのを、ボスワームはただひたすらに待っていた。

 そして視力より遥かに鋭敏な表皮で、床の振動から感じ取ったその好機を逃さず。

 なにもかもを放り出して、このクランで最弱の人間たった一人を殺しに飛び掛かった。

 

 

 あの時、中空に浮かんだ黒いモヤの向こう。

 悪意の微笑みが向けられていたのは──僕だったじゃないか。

 

 魔王は何を思ったか、僕なんかを狙っている。

 

 

 そんな自意識過剰にすら思える予想を証明するように、今にも貧弱なこの身を食い千切らんと、ボスワームが跳躍する。

 遠近感すらも狂いそうな巨大な口が空から降ってきて── 

 

 刹那、凄まじいスピードで横合いから誰かが割り込んだ。

 

「今ッ度はあァッ、間に合わせたぜッ!!」

「セン、パイ……!」

 

 果たしてそれは、明星明音その人だった。

 自身の足ごと被膜を破壊したのか、血まみれの裸足で目の前に立つ彼女が叫ぶ。

 

「小さくなって顔伏せろ! デケェ音出るけどチビんなよ!」

 

 反射的に言われた通りに屈み込みながら、しかし僕の目は彼女の大きな背中に釘付けだった。

 僕を庇護する為に、己が危険を顧みず、死の前に立ちはだかってくれる人。

 

 次の瞬間には着弾するであろうあの化物のボディプレスは、たとえ先輩と言えども真正面から受ければ無事で済むハズがない。

 圧倒的なまでの物理的な質量差に、身動きのできない僕だけでなく、庇ってくれた彼女までもが押しつぶされる。

 大切な人の生命が、僕のせいで危険に晒されているというのに。

 その背中から目が離せない。

 

 彼女と僕を繋ぐラインが、ドクンと一度大きく脈打ち、周囲の発光なんて塗りつぶすように強く光り輝く。

 

 

 無為な浪費に見返りを返すのが僕の力だとして、もしも「生命」をチップとして差し出す(オールインする)人が居たのなら──きっとその『強度』は、金や時間を遥かに凌駕して余りあるに違いない。

 

 

 もはや触れられそうな程に迫ったボスワームを前に。

 腰を落として振りかぶると。

 

 全身全霊を込めて、ただ前のめりに、砲弾の様な右拳を放った。

 

 黄金色の光の中。

 僕と彼女の精神は、まったく同じ波長で重なり合う。

 引き伸ばされた時間の中で、僕は真に彼女と同調した。

 

 

         ◇      ◇      ◇

 

 

 ──力があればと、幾度思ったか。

 

 縋るみなの為に作り上げた集団も、何よりも強固で理不尽な現実からのたった一時の逃避に過ぎなかった。

 どれほど歩みを進めても、立ちはだかる悪人を粉砕しても、誰かの救いになど為り得なかった。

 ただ自分を頼ってきた仲間たちを、笑って暮らせる場所へ連れて行ってやりたかっただけなのに。

 

 そうしていつの間にか、その背に抱えた人間だけが膨れ上がっていく。

 けして止まらなかった両の足が、動かなくなってしまう程に。

 

 目の前に広がる、荒涼とした理不尽な社会に、風穴を一つ開けてやりたかった。

 その壁の向こうには、きっとなにかが在ると信じていた。

 そう思い這って進もうとも、現実という壁が壊れることは、ついぞ無かった。

 

 ……たぶん、そういうもんなんだろうな。

 ゲームの勇者だって、壁を壊して作られた範囲外の世界には行けない。

 世界ってのがそういう風にできているなら、その壁はきっと端から、壊せないようにできていたんだ。

 オレのバカみてぇな徒労に、全員を巻き込んで……結局みんなちゅうぶらりんのまんま、社会の隅で足踏みして行き詰まるハメになっちまった。

 

 オレは二度失敗をした。

 あの頃のオレには、みんなを幸せにすることができなかった。

 きっとそれは紛れもない事実で、オレの力なんて小さく、社会ってのはそういうもんだった。

 ほんの少し前のオレは、伸ばした手を掴めなかった。

 こんなとこまで来たって変わらず、オレがどうしようもなく弱く、人生なんてのはそういうもんだった。

 

 でも、それでも。

 今こうやって、もう一度オレの目の前で訪れた、大切な人の危機を。

 

 

 『そういうもんだ』なんて言葉で──諦められるハズ、ねぇだろうが……ッ!!

 

 

 こんな不幸な奴が、幸せになれなきゃおかしいじゃねぇかよッッ!!!

 

 

 だから、誰でもいい。

 神だろうと悪魔だろうと、なんでもいいから。

 どうか、オレに。

 

 目の前のクソ野郎を、ブッ飛ばす力を──!! 

 

 

 

        ◇      ◇      ◇

 

 

 

 誰かを守るために、なにもかもをブチ抜けるように──壊れぬ剣である事を祈り、願った。

 

 彼女にとって祈祷とは、背負った誰かの為に不条理な現実を打ち砕く事だ。

 

 脳裏に浮かびあがる言葉を、無意識に先輩の口が紡ぐ。

 

 

 『折れぬ祈りの不壊拳(Adamantium・precatio)

 

 

 黄金に輝く大きな聖女の小さな拳が、世界樹を滅ぼさんとする醜悪な怪物とぶつかりあい──この世の悪を打ち砕く。

 

 

 

 

 馬鹿馬鹿しいまでの質量差や頭の固い物理法則なんて無視して、弾丸のように吹き飛んだボスワームが壁に激突し、その身をめり込ませる。

 その神話にも似た偉業を人の身にて成し遂げた彼女は、肩で息をしながらも不敵に笑い中指を立てた。

 

「へっ、ガタイのわりには随分軽いなァ……もっと栄養あるメシ食えよ、クソ虫!」

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