【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【番外編 5】 その頃のボゥギフトでは

「ハインリッヒ、左斜め前方、新手三匹! 右方の残りはパルニお願い!」

 

 背後から聞こえた仲間の声を聞いて、俺は即座にターゲットをスイッチした。

 左から錆びた短剣を振り回し走り来る矮躯のゴブリンへ、粗末な武器を持った腕ごと叩き折るような前蹴りを放つ。

 体格差で大きく劣るゴブリンは、そのままたたらを踏むように背後へと倒れ込み、後続の新手のゴブリンとぶつかり転がってゆく。これで武器を振るうスペースが確保できた。

 愛用の両手剣を袈裟懸けに振り抜き、二番手のゴブリンを両断する。

 

 俺の大振りを隙と見たか、棍棒片手に最後尾を走って来たヤツが、なにか叫びながら飛びかかってきた。

 馬鹿め。その程度で出し抜かれるなら、俺はとっくに死んでいる。

 

 ゴブリンの死体に刺さった両手剣を手放すと、腰元のダガーを抜き放ち、返す刀で空中にいるゴブリンの右手を薙ぐ。

 綺麗に刃筋が通り、手首から先が落ちた。これでもうコイツに武器は無い。

 とはいえ右手を落としただけで空中のゴブリンの勢いが止まるハズも無いので、そのままくるりと翻り身を引くと逆の手で直剣を抜き、不格好に着地したところを真っ正面から唐竹割りに叩き切る。

 

 吹き出た血で革鎧が汚れた。

 コイツらの血はジャイアントポイズントードと違って毒性が無いのが救いだ。

 

「ギィ……ッ!」

 

 いやにギィギィと鳴き喚いているなと思い倒れたゴブリンを見れば、どうやら仲間の剣が腹に刺さっているらしかった。

 もう一匹は仲間に刺さった剣を抜こうと奮闘しているが、これは仲間を助ける為ではなく自身の自慢の武器を取り返そうと必死なだけだろう。

 ゴブリンとは、そういう生き物だ。

 敵の事すら忘れて一つの錆びた剣に拘泥する二匹を、拾った両刃剣で背後からまとめて刺し貫く。

 目の前の事以外何も考えられない愚かな魔物は、何が起こったかもわからないまま断末魔も上げず死んだ。

 

 

 振り返ると、残っていた右方の二匹も炎の鞭に絡めとられ、その首元を真っ黒に炭化させていた。

 尖った帽子の似合う我らが魔女が、こともなげに杖を軽く払うと、鞭を構成する炎が小さく爆ぜ、焼けた小さな首がコロリと転がった。

 

「……近くにゴブリンの気配無し。おつかれ、パルニ、ハインリッヒ」

「ま、この程度はな。しかしまあゴブリンの数が多い。冬を前にエサ探しに躍起になっているんだろう」

「そうね。オーガ一体にゴブリンの群れってことだったけど……これじゃゴブリンメインって感じ」

 

 今回俺達ボールバールが受けた依頼は、ボゥギフトから早魔車で数時間の場所にある村からのモンスター掃討だった。

 索敵担当シーフのリリィが敵を見つければ、俺が切り込むかパルニが得意の炎魔法をぶち込むかは、その都度状況で決めて……ゴブリンを両手両足の指で足りないくらいには狩り尽くした。

 こんだけ居るってことは、近くに大規模な巣穴ができていてもおかしくない。

 とりあえずオーガを見つけるまでは続けるつもりだったが、事と次第によってはポーター便で応援を呼ぶことになるかもしれん。

 

 

「ッ! 森の奥から大物が来る! ゴブリンは随伴してなさそうだから、集まる前に決めきった方がいいかも!」

 

 リリィが口に出した瞬間、前方から強烈な気配を感じた。

 むこうもこちらに気付いたのか、途端に木立の奥が騒がしくなる。倒木が踏み割られる音。獣の鳴き声。

 木々の隙間から黒い肌をした何かが、チラチラと見え隠れし始めた。

 地面から両手剣を抜き取り下段に構えると、背後から直線的な火球が数発飛んでゆく。

 木の間から二本の角を生やした大柄なオーガが顔を出したところに、ちょうどそれらの魔法が着弾した。

 

 先程のゴブリンなどであれば、それだけで首から上が枯れた松の実のように弾けただろうが……目の前のデカい魔物は鬱陶しそうに残り火を払い除け、怒りの咆哮を上げる。

 だがどんな化物だろうと、顔に火球当てられて無傷ってワケにはいかない。

 目ん玉も人間とは物が違うから潰れたりはしないが、軽い火傷を負えば視界はボヤけるし、突然の刺激には生物の反応として涙が出る。

 両手剣から左手を離し、抜き放つ動作そのまま身を捻るようにダガーを投擲する。

 ボヤけた視界の中で両手剣を持っているように見えていた敵から、小刀が飛んでくるなどと魔物は考えない。

 

 ザコンッと、肉が断たれ、硬質な刃が骨を削った音がする。

 瞼の上から突き刺さったダガーが、オーガの右眼球を貫いた。

 目を狙うなら右。ほとんどの生き物には人と同じく利き手があり、そして人型の魔物は右利きの方が多いからだ。

 オーガの口から、今度は咆哮ではなく悲鳴が上がる。

 敵を前にして瞬きなんかしてるからそうなるんだぜ、三流。

 

「ッ、ガアアァッ!」

 

 激怒に身を震わせ猛然と俺へと襲い来るが、どうやらコイツは敵が一人じゃあないということをもう忘れているらしい。

 ガラ空きの脇腹に、強烈な風切音を鳴らしてリリィの射った矢が突き立つ。その衝撃や痛みからか、明確に突進のスピードが落ちた。

 射られても止まらないのは流石のタフネスだが、フルパワーではない掴みかかりなど避けるのは容易い。

 両手剣を軽く振るいながら左へステップを踏む。おっと、お前からは向いて右側か?

 つまりは、ちょうど今しがた視界が潰れた側の方になるな。

 

 狭くなった視界で俺を追うために、オーガの動きが不格好なまでに大きくなる。

 とはいえそれでも逃げずに戦うんだから、十分カッコはついているか。

 野生動物のプライドというものは、時にそこらの人間を凌駕するほどに高い。逃げ出すような弱い者に、手下は靡かないからだ。

 だが、自然界の敵とは違って狡猾な冒険者が相手だと、その気位をも利用されてしまう。

 目の前の敵を激昂し追いかけるオーガの後頭部で、さっきの倍ほどもある大きさの火の玉が爆発した。

 

「魔術師から目を離すなって、親から教わらなかったかしら?」

 

 先程とは比べ物にならない衝撃に脳が揺れたか、あらぬ方向へ数歩あるいてつんのめるオーガの素っ首を、両手剣にて真横から大上段に切り落とす。

 いかに魔物が優れたタフネスを持っていようと、首が落ちてなお生きていられる道理はない。

 

 にしても危機察知能力が低かった。このオーガは、ともすればまだ若い個体だったのかも知れんな。

 そう思うと、なんとも言えぬ後味の悪さと、今ここで殺せて良かったという気持ちが等しく湧いてくる。

 魔物でこれなのだから……人間種同士の戦争など、俺には到底できる気がしないものだ。

 

 

「ッ、右! もういった──」

 

 リリィのもはや悲鳴じみた叫びに、考えるよりも先に体が動いた。

 

 

 反射的に剣を立てて右腕に沿わせ、拳を強く握りこむ。

 衝撃。

 視界が猛スピードで移り変わり、背中をしたたかに打った。

 吹き飛ばされたが、ギリギリのところで剣を盾にできたからか、右腕は無事だ。額から血が流れる感覚がある。この程度で済んだならば御の字だろう。

 当の両手剣はどこかへ飛んでいってしまったが、持ち主を守れたことを誇って欲しいものだ。

 そうして立ち上がった俺は、ノックも無しに現れた無礼な乱入者に目を向ける。

 

 揃いの内の片方が途中で折れた一本角。

 体中に刻まれたいくつかの刀傷は、コイツが人間種と戦って生き残った、傷跡持ち(スカー)である事を示している。

 つまり人間の狡猾さも武器の痛みも……そして、魔物と比較すればあまりにも脆いことも、知っているであろう個体だということだ。

 

 二匹目のオーガが、俺達へ向けて本物の咆哮を上げた。

 

 直剣を抜き、正眼に構える。

 本来であればこんな大物には両手剣で立ち回りたかったが、いかんせん無いものをねだってもしょうがない。

 地面へ叩きつけるような振り下ろしを避け、切り返す間もなく放たれる左ストレートをかろうじて転がって回避する。

 人にしてみれば随分と大雑把に見える猛攻だが、むしろ膂力に優れた魔物には理にかなったスタイルだ。

 そして俺の持った直剣の痛みを知っているからこそ、ヤツは伸ばした腕を切られないように、自らの隙を潰すように攻撃を繋げてくる。

 にもかかわらず射られる矢の方は、顔に当たりそうな物以外は気にも留めていない。強靭な筋肉の鎧がその鏃を臓器まで到達させないと、経験から学んでいるからか。

 

「このっ……離れなさい! 『飛炎刃』!」

 

 背後から凄まじい速度で飛ぶ炎の斬撃がオーガに向けて放たれ、防いだ腕に大きな焼け跡を残したが、深手というほどのものではない。

 怯むことなく砂埃を巻き上げるよう放たれたアッパーが、上体を反らした俺の潜雷獣革の兜を掠めた。あんま気安く触んなよ、高かったんだから。

 鋭い爪を使った引っ掻きを刃で弾こうとして、直前で手が開かれ直剣が握りこまれ、自らの手が傷付くことも厭わず武器が奪われる。

 

 ッ……小癪なマネしやがって!

 

 人を知った魔物はこれだから厄介なのだ。

 負け筋を知っているから、それ以外を切り捨てて殺しにくる。

 これさえ受けなければやられない──経験則により、ヤツは効率的な戦闘法を体得していた。

 きっとコイツにとって、魔法よりも矢よりも剣が一番痛かったのだろう。

 

 

 俺を追い詰めたと思い勝ちを確信したのか、ヤツは口元の牙を剥き出しに嗤い、逆の拳を高く振り上げた。

 中位以上の魔物の笑みは人の幸福なソレからはかけ離れ、野生動物の唸る姿にも似て、なによりも嗜虐的だ。

 

 ──調子乗ってることが分かりやすくて便利なもんだ。

 

「こういう時、つくづく傭兵じゃなく冒険者で良かったと思うぜ。なんてったってモンスターは、俺らの二つ名なんて知りもしねぇからな」

 

 全ての剣を喪った俺の手元に、瞬くような刹那だけ、形無き魔力の剣が現れる。

 こちらを徒手だと思い込み、守りを放棄して拳を振りかぶったオーガの左腹から右肩にかけて、本物と遜色ない切れ味の剣閃が奔った。

 

 ばしゃりとスライムが弾けたような水音をたてて、腸と血液が地面にぶちまけられる。

 血を一度に大量に喪失すると、生き物はまず立てなくなる。

 溜め込んだ力みを放出することもなく、オーガは呆気なく崩れ落ちた。

 

 魔力が霧散し、奥の手である俺の最後の武器が、手のひらの中で形を無くす。

 大きく息を吐けば、駆け足だった拍動が徐々に緩やかになってゆき……生命の天秤が俺たちの方へ傾いたことを実感した。

 

「『四剣纏い』ハインリッヒ……お前を倒した人間の名前だ。死出の餞にくれてやるぜ」

 

 

 

 

 

 

「おう、ハインリッヒ! お前さんらもようやく仕事納めか?」

 

 ギルドへの報告を終えて、普段通りパーティー全員で酒場の方へ足を運ぶと、いつものメンツがすでにジョッキをあおっていた。

 陽気に声をかけてくるヒダルの親父に片手を上げ、そのまま同じテーブルにつく。

 ゴードンに目配せをすれば、注がれたバーガルが三つすぐに運ばれてきた。

 

「あぁ、これで冬前の遠征は終いだ。冬の間はちょくちょく大白兎でも狩って、今年ものんびり過ごすよ」

「それがええ。冬まで稼ごうと動き回るヤツは長生きせんからの」

「寒いと火魔法のつきも悪くなるのよねぇ。気分が上がらないからかしら」

 

 

 ジョッキを打ち合わせ、豪快に喉へ流し込む。

 べつにどこで飲んだってそう変わらないのに、どうしてか『今回も生きて帰った』と思える味だった。

 

「っあ゛ぁ〜〜……このために冒険者やってらぁ。ん、そういやシモン爺さん、アオミたちはまーだ帰ってきてねぇのか?」

「みたいじゃの。あの子もボゥギフトの冬は初めてじゃろうに、大丈夫なんかのぅ」

「まあ、卒のねぇアイツだからでぇじょうぶだろ。もし間に合ってなかったら、アイツらくれぇならウチの炉の横で寝泊まりさせてやるわい! 少なくとも凍えずには済むぞ!」

 

 そう言ってヒダルの親父が太鼓っ腹を叩いて笑う。

 最近じゃすっかり顔馴染みになった、小さな冒険者の顔が見えなくてついつい確認してしまったが、みんなもなだかんだと気になってはいるのだろう。

 

 なんせアイツは人の道理は嫌というほど弁えているクセに、変なところで世間知らずな部分があるからな。

 そんなだってのに、エルフの騎士サマだの教会の聖女サマだの擁するパーティーに入り込んで、いつの間にやら俺ら抜かして金級冒険者の雑用係なんてやってるんだから……まあ、目が離せないんだよな。

 今回だって何の因果か、きな臭いエルフの国くんだりまで駆り出されやがってよ。

 

 色恋の指南役である我らが教官殿には、無事に帰って来てまたアドバイスしてもらわにゃ困るってのに。

 ようやっと北街のシャルロットと、上手くいくかも知れないとこまで来たんだから。

 

「あー、アオたちならドラウさんの店でスライムダウン頼んだって言ってたよぉ。南方大森林から帰って来るまでには出来上がるだろうし、準備万端整ってると思うなぁ。アオってあの服似合うと思うから、今から見るの楽しみなんだよねぇ」

「古狸んとこでか! アイツはほんにいつもどっから店の情報仕入れとるんじゃ。半年もせんと立派なボゥギフトっ子になりおって」

 

 ここんとこアオミを見る目が怪しくなってきたサーシャの狼耳が跳ねるのを素知らぬ顔で流し、シモン爺さんはなんだか嬉しそうにその白い髭を撫で付けた。

 身寄りの無いこの水魔法使いの老人にとって、懐に飛び込んできてすぐ懐くアイツは孫みたいなもんなのだろう。

 

 狙ってる雄の話をする狼獣人と孫のこと考えてる年寄りなんてのは、ほっとくとドンドン湿っぽい話になる。

 アオミなら全部聞いた上で上手いこと回すんだろうが、あそこまで口の上手くない俺は高望みせず、さっさと別の話題へ転換した方が良いだろう。

 

「あ、そうだ聞いてくれよ! オーガ一頭にゴブリンの群れの依頼だったのに、いざ倒してみれば不意を突いて傷跡持ち(スカー)のオーガがもう一頭乱入してきやがってさ! その上村に帰ったら『やっぱり巣穴もできてるみたいだから、そちらも対処して欲しい』なんて抜かしやがって、まったく頭に来るったらなくてよぉ!」

 

 辛気臭い空気になる前に俺はジョッキを机へと勢い良く置くと、今回のふざけた依頼への文句を語り始めるのだった。




書籍化についての新しいお知らせです。
本作はオーバーラップ様より刊行予定で、イラストはヤッペン様にご担当いただくことになりました。

レーベル様のホームページの方にも既にこの作品のタイトルが載っており、時々眺めては「信じられんな…」という顔をしています。
ここまで来れたのも読んでくださっている皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
これからもどうか末永く、このお話を楽しんでいただければ幸いです。
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