【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
一軒家ほどはありそうなラッパ型の花が空を仰ぎ咲き誇り、離島と本土を繋ぐ橋くらい大きな枝の表面を、荒縄のように頑丈な蔦が這う。
幾筋にも別れた木が絡み合い捻じれ伸び上がっている様は、まるで何本かの巨木が組み合わさった合体木のようにも見えた。一本の木にしてはデカすぎらぁな。
ただただ特殊な威容をした世界樹に、僕はビリビリと気圧されるような圧を感じていた。
先程までは枯れ葉が目立ち、ヒビ割れた幹の奥から乾ききった木片がこぼれ落ちる有様だったとは思えない、生命力に溢れた姿。
初めて見た時よりも、ずっと存在感があるというか……無意識の内に畏敬の念を抱いてしまう。
おそらくだけど、世界樹の本来の姿こそがこれなのだろう。
見回せば、それまで僕が一手に引き受けていた驚き役を買って出てくれたエルフさんたちや、そして驚くべき事にハーフエルフさんたちまでもが静まり返り、世界樹へむけて祈るように頭を垂れていた。
首が痛くなるくらいの、まさに天に届かんとする大樹を見上げる僕らは、種族の壁を超えて等しく嘆息してしまう。
自らよりも巨大な岩石、天にも届かんばかりの大木に、ヒトは自然“神“を見る……まさしく、コレこそがその例なわけだ。とんでもねぇ伏線回収だぞ。
まさか狭い馬車でみんなと二の腕触れ合わせた際に生まれた気持ちが、世界樹と繋がっているとはね。これホントに繋がってんのか?
なんかコンセントに針金突っ込むみたいな、やっちゃいけない繋ぎ方した気がしなくもない。
そもそも"畏れ"とは、極めてプリミティブな感情だ。
マウントの結果に生き死にがかかってた原初の時代であっても、理屈を超えて相手を上だと認め平服してしまう心の動きである。
つまりはとても本能に近い部分で感じる感情であり、ならば大きめ脳ミソを持ってる二足歩行生物には共通しているのも不思議ではない。
自身をも呑み込んでしまいそうな、あまりにも矮小なヒトの身からかけ離れた雄大な存在に、うやうやしく向けられるソレ。
人間の言葉で表し得る領域の先、その余剰分にこそヒトは尊い何かを見出し、神霊として崇める。
そして、世界樹には十二分にその素質があった。
無論さっきまで僕の頭をノギスみたいに挟んでた柔らか存在もそれに該当する為、後ほど新アわ国の世界遺産として登録される運びとなっている。人体って勝手に国有化していいのか?
良いワケがねぇ、彼女の体は彼女だけのものだ。他人が勝手に占有しようなどと、我が国とて許せぬ……! こうしてパルチザンとなった僕はレジスタンス活動に明け暮れ、最期には刑場の露と消えるのだった。
なんか基本的に「新生飼い主の資本主義アオミンわんにゃん大帝国」治安悪いんだよな。今度治安維持部隊作るか。より悪くなりそう。
僕のお先真っ暗統治計画はともかく、とりあえず世界樹の帯びた神秘性は凄まじいものがあった。
ともすればこの場に、話に聞いた精霊女王や女神様が降臨されたのではないかと思ってしまう程だ。
「おぉ……なんという……ハッキリとわかりますぞ。世界樹は、以前よりも更に生気に溢れておる……! 花を咲かすなど、いつぶりやもわからぬ程でございます……!」
熟れた落果の里長である老エルフさんは、膝をついて世界樹を見上げながら涙を流している。
その感涙のワケは、信仰の対象が息を吹き返したから──だけだったなら、話はもっと早かったんだがね。
僕の口から漏れた嘆息は、世界樹の雄大さに心打たれてか、はたまた察するまでもない彼の心の動きに言葉を無くしてかは……自分でもわからない。
一概に彼らを自分勝手だと批判する気はないが、それでも僕らにとって都合の良い展開ではなさそうだ。
まあ、泣いてること自体を大袈裟だとは思わないぜ。
きっとエルフさんたちにとって、この木は精霊女王や風の方……いや、もしかすると、その大本たる女神様すら宿りうる場所でもあったのだろう。
今ならばわかるが、そんな特別な木だからこそ彼らはある種楽観的だったのだ。
極めて強い力を持つ、精霊女王と関わりのある特別な大樹が、これまで一度もそんな素振りを見せなかったのに、まさか枯れ落ちたりはすまいという──正常性バイアス。
傍から見るとエルフという種族はひどく悠長で、そして無責任に見えるだろうなと思う。
世界樹の危機を甘く見ていたし、ようやく見つけた風の方に手放しで寄りかかる。
そらまあ、森の賢人とも称されるにしては、なんとなく間の抜けた気質だわな。
けれどその気質を見る際には、彼らが超長命種だって視点も大事なんじゃねぇかなぁ。
永い永い時をかけて、石が水に削られるように摩耗していった彼らの自尊心については、もうすでに語っている。
種族の特性として、自己矛盾を抱えたエルフさんたちの心はズタボロだった。
……そんな折れた心は、一度窮地を脱した程度では、元通りヒビ割れも無く治ったりしない。
だからこそ、彼らは今も求め続けている。
自分たちの女王となり、精霊女王の御元まで彼らを導いてくれる、始まりのエルヴン。
風だけで作り上げられた、混じりっ気のないエルフその物を。
濁って不純な半端者でしかない自分たちでは、到底できぬことをしてくださる完璧なる存在を。
もはやこの世界に存在するのかどうかもわからぬというのに、全ての不都合と問題を消し去ってくれる救いを、彼らは待ち望んできたのだ。
そして、かつて己たちを創り出し導いてくれたという、機械じかけの神様の再来は……思わぬところで実現してしまった。
その神の中身がまったくの別人である事は彼らも知っているが、その上でなお彼らは服従しようとしている。
きっと統括ギルドの応接室にて、僕らと叔父さんたちが出会ったあの時は、叔父さんたちだけでなくエルフという種族そのものにとっての福音だと思ったことだろう。
「ハーフどもの事も、ワームどもの掃討も……この老骨、もはや感謝の言葉もございません」
エルフという上位種族が治める、ケルセデクという極めて長い歴史を持つ国の、五つある里の内の一つの統治者が深々と頭を下げる。
彼が頭を下げればそれは、その里が、ひいては国が謝罪をしたに等しくなる。外交上の厄介な問題になりうる。
異例なことだ。褒められぬ行いだ。あってはならぬ話だ。
本来であれば。
自身が既に臣従関係にあり、あまねく民の総意としてこの国ごと従属してよいと思う相手に対してでもなければ。
「全て、あなた様のお陰でございます……『風の方』」
「……は?」
彼らのすさまじい感動ぶりを眺めていた先生の困り眉が、ビキリと固まる。
かけられた言葉の意味がわからないのか、困惑したようにその口元がヒクついた。
「『風の方』があの只人にお力を与えられたのだ……」
「只人ですらあのような事ができるとは……流石は『風の方』……土に塗れた我らとは違う……」
後ろに控えたエルフさんの中からも、いくつかそういった声があがる。
いや、全員が全員というワケではなくて、いくらかのエルフさんは、なんとなく「もしかして」という顔をしてはいるけれど。
しかし、僕らの前に居る一等年老いた老エルフは、まったくそんな素振りを見せず、苦労を思わせる皺をたたえた眼は先生だけを映していた。
重ねた年輪の違いが、思い込む強さとして現れている。
彼らのあんまりな言い様に、僕は迷った。
口を出すべきか否か、激しく頭を働かせ逡巡する。
なんとかする事は……できる。可能か不可能かでいえば、正直なところどうとでもなる。
脳内通信でみんなに"お願い"して、この場でひととおり暴れ回ってから正気に戻ったフリをすれば、魔王の危険性を裏打ちする事で魔王征伐の旅を続ける体で国を抜けられる。
盲従そのものを利用して指導者補佐をこっちが指定し、そのエルフさんに国を統治させつつ外交とでも称して帝国に帰り、その後はなあなあで引き延ばし続けてもかまわない。
いくらでもうやむやにできる。
多少の面倒はあるだろうが、逆に言えば「多少の面倒があるだけ」なのだ。
それは初めから、この国に来た段階から既にずっとそうだった。
目的を達成する手段は無数にある。
それを僕らがなんとなく忌避しているだけで、本来立場としては彼らより先生擁する僕らの方がよっぽど強いからだ。
数多の『選択肢』のクジが、僕らの手の内には握られている。
でも今、僕がその内の一本を選びとる事を躊躇しているのは──
「っ……いい加減にしなさいッッ!!」
エルフたちを包む、まるで『めでたしめでたし』と物語のエンドロールでも始まりそうな幸福な空気を、怒声が切り裂いた。
その声を発した本人は、柳眉を吊り上げ、顔全体で怒りという感情を形作って、目の前のエルフに詰め寄ってゆく。
「ウチの生徒の頑張りを、それによって成し遂げられた成果を、勝手にねじ曲げるなッ!!」
青筋を額に浮かべた先生が、戦いの中で敵へと向けるそれと同じように、圧を込めて言葉を叩きつけた。
彼女が持つ力の強大さ故に、それだけでビリビリと空気が揺れる。
彼女が怒るのもしごく当然な話だった。
まずもって望んでいなかった彼女を自分たちの都合だけで祭り上げ、その上でよりにもよってもっともフェータルな地雷を踏み抜いた。
全ての教職がそうであるとは言えずとも、少なくとも今眉を逆立てている彼女は、生徒の努力の結実を蔑ろにされて黙っていられるタイプではない。
それを自らの功績にすり替えられたりしたら、なおさらに。
「は……いや……す、すみま……」
突然崇拝する相手から怒声を叩きつけられた彼は、目を白黒させながら顔を青くして言葉に詰まる。
いったい何が彼女の逆鱗に触れたのか、それがわかっていないから。
「アレを見なさい!」
そんな煮え切らない彼の様子に、先生は突き刺すように背後の世界樹を勢い良く指し示して言い募る。
以前よりもずっと生命力に満ちた、星に根を張り巡らせる大樹。
きっと神代の時代からここに在って、世界の全てを見てきた命。
「私にあんなことはできない! どうすればあの木を救えるかなんて、この子たちには何一つ教えることができなかった! そんな方法、私は知らないから! ……それなのに、この子たちはやり遂げたのよ! エルフ族の誇りを取り戻したのは、他ならぬ人間だったでしょうが!」
その声音は生徒の出来の良さを誇るようでもあり……自身の不出来さを自嘲するようでもあった。
彼女の言葉にエルフたちがざわめく。
なんでもできると思っていた相手が、まるで自分たちと同じようなことを言っている事に、動揺しているのだろう。
永遠とも思える時間願った完全が、不完全な己たちのように感情を爆発させている光景が、彼らの中の何かを揺さぶっている。
「この子たちはハーフエルフよりもずっと風の精霊より遠い場所にいながら、あなた達が『風の方』なんて肩書を持つだけの余所者に放り出した重責を、全てなんとかしてみせたんです!」
「血の濃さなんて関係なかった! 自分が何なのかを規定するのは、どれだけ精霊に近いかとか、どれだけ純血かなんて曖昧なものじゃなかったッ!!」
「土に触れたからダメ!? 最初の形から離れていったら出来損ない!? 一度堕ちれば、もう二度と這い上がれないってのか!?」
「……ッ、フザケんじゃねぇ!」
ガギリと、先生の口元から音が響く。
「『
噛み合わせの良い尖った歯が、苛立ったように食いしばられて軋んでいた。
それはまるで認められない現実に噛みついて放さず、決して諦めることなく抗うかのように。
「風の精霊に近くなきゃいけないなんて、いったい誰が決めたんだよ! 産まれる前の誰かが思い込んだルールに、いつまでも縛られてんじゃねぇ!」
「完璧な誰かが空から降ってくるのを待つな! 隣に立つ誰かを無意味な基準で蔑むんじゃありません! 流れる血じゃなく、その人の顔を見なさい!!」
「土に触れたあなた達だからこそできる事が、種族の異なる誰かとの絆の結晶たる彼らだからこそできる事が、確かにあったハズでしょうがッ!!」
肩で息をした先生が、血を吐くように叫ぶ。
「その二人がもしも手を取り合えていれば、今回の事だってエルフという種族で解決できていたかもしれねぇだろ!」
「風の方なんて、過去の偉人のことばっか考えてんじゃないわよ! 今を生きるあなた達が、これから先に目指すべき目標へ、地面踏みしめて歩かなきゃ……人生は進まない!」
「不完全で、不純で、中途半端な者にしかできないことが……私たちには、きっとあるハズなんだから……ッ!!」
それはまるで、そうあって欲しいと心から願うみたいで。
だから、つまり、祈りのようでもあった。
……そもそも、エルフたちの要求を突っぱねることは簡単だった。
勝手に崇めて、こちらの意志を無視して指導者となる事を乞うてこられようと、「やりません」ときっぱりと断って相手にしなければ良かっただけなのだから。
国家ぐるみの宿願だろうと、相手がこちらを尊重せざるを得ない以上、すげなく断っても悪いようにはされないだろう。
けれど僕らの誰もが、エルフ側への対応を軽々しく決めなかったのは。
彼女の心が決まるまでくらい待つだけの恩が、みんな先生にあったからである。
彼らの要求に対し、縋りつかれた先生は強く拒否する事ができなかった。
なぜならエルフの在り方は、彼女自身と重なるものがあったから。
エルフという種族の生き方が、まるで夢を掴みとれなかった世界の自分自身にも思えたからだ。
学校ではおくびにも出していなかったけれど、こちらに来てから僕らが知ってしまった、この人のバックグラウンド。
教師という聖職者として生きるには、あまりにも似つかわしくない己の過去。
芯からそうあろうとしてきた周囲と隔絶した、人生の航路。
ヤンキーと教師、相反する属性の混じり者。
誰にも言うことができなかった、これから一生抱えて歩かなければならない半端な人生。
一度付いた土は、二度と払うことができない。
けして誇れたものではない自らの来歴という、聖先生自身の抱えるコンプレックス。
それを胸に秘めていた先生は、同じく劣等感に塗れた彼らに強くは出られなかった。
同じ半端者が、何を偉そうに彼らを諭せるものか、と。
「……私は、風の方なんかじゃあないわ。エルフであって人でもあり、教師だけど元ヤンな、一本筋を通せない半端者。完全なんかからは程遠い」
「だから私は、この子たちを教え導くとともに、彼らに頼ってしまう時もあるし、毎日が学びの連続よ」
「でも、誰かの夢を受け継いだ私は、私にしかできない素晴らしい教職者を目指し続けます」
「あなた方にも……できれば、そうあって欲しい。自分自身だからできる何かを、諦めずに心に掲げ続けて欲しい……」
けれど、地に堕ちた者の気持ちが分かるのは、土に触れた事のある者だけだ。
他の誰でもない先生だからこそ、彼らを教え導く事ができる。
本当に昔居たらしい純粋な『風の方』とやらでは、きっとエルフさん達の卑屈な思いに寄り添うことはできなかったハズだ。
風の精霊から徐々に乖離し、大地の恵みを受けて里を作り上げ、木々と共に生きてきたエルフさんは、地に足付けて精霊という曖昧な存在からヒトへと変わっていった。
精霊ではなくヒトである彼らに必要なのは、空飛ぶ完璧な指導者ではなく、共に大地を踏みしめて生きる隣人だった。
人は土から離れては生きられない、ラピュタ族もそう言ってたろ?
「……これだけ立派な街を作り、一つの国を治めてきたあなた達には、もう完璧な存在なんて必要無いハズなんです」
「足りないのなら、手を取って補い合いなさい。もしも完全な者が居るとすれば、それは分け隔てなくみなと手を取り合えた"誰か"に他なりません」
「過去に縛られず、これからを見据えて、己の心で舵を取るんです」
「あなた達になら、それができます。……こんな私にだって、できたことなんですから」
最初の烈火の如き怒りは鳴りを潜め、ただ自身の想いが伝わってくれますようにと、言葉を噛み締めて吐露し続けた彼女は。
シンと静まり返ったエルフ達を見ながら、最後には諭すような声量で、そう締めくくった。