【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯

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【136】 乾杯

 凪いだ水面のように、誰も言葉を発さない空気の中で、フィルルエルさんははにかむように続ける。

 

『ま、全ては昔の話じゃよ。先生がタンカ切っとったとおり、ワシはもはや過去の偉人に過ぎん。エルフのこれからについても、ワシが口を差し挟む気は毛頭ありゃあせんぞ。というかお主ら以外のエルフには、ワシのことは秘密にしておいてくりゃれ。アオ坊さえ良ければ、このままくっついて今代の魔王とやらを張っ倒しに行くつもりじゃし』

 

 そう言われて気付いたが、今の彼女は僕に精神というか魂だけで憑依している状態なのだ。

 そんな彼女が一緒に連れて行ってと言うのなら、まあ僕に否やは無かった。

 知り合いになった相手を、肉体の無いエクトプラズムだけで放り出すわけにもいかないしね。

 

 その思考を読んでか、彼女は心中にて『こんな婆が心の中に住まうなど、普通は嫌がって当然だろうに……初対面から「もちろん大歓迎ですどうぞどうぞ」と本心で受け入れてくれたアオ坊は、まこと心の広いますらおじゃ』とべた褒めし、ついでに脳みそを撫でられた。おごご……!

 たった一人で子どもたちを救おうと身を挺した彼女のためなら、自分の心をコワーキングスペースにするくらい文句などあろうハズも無いけれど、彼女の言う「初対面の時」ってのはとんと身に覚えが無かった。

 多分だが、世界樹とパス繋がって気絶してた時になんか会話してたんだろうな。人との会話を忘れるとか信じられん。次は気絶してても絶対に記憶だけは残そう。

 

 

「……やはり、初代様もお行きになられるのですね」

 

 アラノスさんが残念というか、心細そうな面持ちをしてつぶやく。

 先生の言葉の趣旨を理解しているからこそ、同じ風の方であるフィルルエルさんにもそう言われると、薄々わかっていたのだろう。

 

『そうじゃな……せっかくワシや先生のような神の送り込んだ異物に入れこむのをやめて、一つの種族として自立しようと決意を固めたというに、今更ワシがしゃしゃり出て『世界樹の中でお前らをずっと見守っておったぞ、よく頑張ったの』みたいな形にして水を差したくないからのう』

 

 しょんぼりとしてしまった末裔を前にもどかしげに懊悩した彼女は、良いアイディアを閃いたとでも言うように、突然脳内で僕へと『お願い』をしてきた。

 

 へ? あ、はい。闇無君ちょいと失礼。

 彼女に言われるがままに、空気を読んで食事の手を止めている隣席の闇無君の手を握る。

 

「は? マジで俺狙ってる? たしかに良い雰囲気ではあったけど、『押せばイケる』タイプの良い雰囲気ではねぇんだよ」

「いや違くて、これ僕の意思ではなくてフィルルエルさんからお願いされたことなんで。てか指の形綺麗だね」

「やっぱ落とす気じゃねぇか……あん? あー、そういうことね。ま、いいよ。このアホに一つ貸しでやってやる」

 

 眉間にシワを寄せて、こちらを訝しげに睨んでいた闇無君だったが、繋がった手から流れた何かを感じ取ったのか、ニヤリと笑って快諾した。

 あんま僕に貸し過ぎると全然貸し倒れとかありえるから、融資する前にもっと慎重に信用調査した方がいいよ。老婆心ながらね。稟議前に地主にもきちんと会っておこう。

 

 

 彼は小さく何かを唱えると、空いている方の手を虚空へ軽く振った。

 すると、その指先から緑の光がフワリと飛び、アラノスさんの頭の上で軽やかな風になって消える。

 微風にそよぐような彼の前髪は、ともすると優しく撫でられたかのようで。

 

『ほれ、そう落ち込むでないわ。ワシとてお前ら子どもたちは愛しいが、自分から離れて独り立ちする姿を見ることこそ、親の本望なんじゃよ』

 

 ようやく会えた親に優しく諭された老エルフは、ただ言葉も無く唇を噛み、巣立ちの時を噛み締めていた。

 

 

 

 一気にしんみりとなった空気の中で、僕はエルフさんたちへぺこと小さく頭を下げてから、エルフ族の伝統的な葡萄酒をグラスに注ぎ口に含んだ。

 舌の上で転がる常温の液体は、普段のバーガルよりも強いアルコール感とそれに付随したわずかな苦味、果物らしい渋さと軽い酸味がある。

 飲み下して軽く息を吐くと、芳醇な果実と木のような独特な香りが鼻に抜けた。

 

 かなりお酒感が強いしクセがあるから、僕自身としては正直飲み慣れた薄いバーガルの方が口に合う。このたった一杯で酔っちゃいそうだ。こんな高貴な飲みモン、飲み会にゃ向かんわな。

 けれど心のどこかで、淡くノスタルジックな感情が湧き上がってくる。

 無くなったハズの何かの面影を、旅路の先に見つけたみたいな郷愁。

 ほんの一時だけでも、あの頃に帰れたように錯覚する慰め。

 僕のものではないその想いが、僕の胸を締め付ける。

 この感覚だけで、なんだかこのお酒を好きになってしまいそうなほどに、特別な感情が胸に渦巻いた。

 

 ……フィルルエルさんが明示的にこのお酒を飲みたいと僕へ伝えてきたワケじゃないけれど、命を落とすまで秘め通した思いの丈を、遥か未来の今となってようやく漏らした彼女が、昔々の郷里の香りを欲していることくらいは分かった。

 精神を共有するということは、つまりその気持ちや思考だけでなく、身体感覚の全てを共に感ずるということだ。

 香りも、味も、郷愁も、僕らは二人で分かち合える。

 

 

『……ありがとうのぅ、坊。お主はほんにええ男じゃなぁ』

 

 フィルルエルさんから、絞り出すような感謝の言葉が漏れた。

 いやいや、別に感謝されるほどのことをしたわけでは……マジでしてねぇな、酒飲んだだけだし。飲むだけで感謝されるようになったら、それはもうヒモとかじゃなく神かなんかでしょ。

 

 というか思い返すと、今回の世界樹救出作戦でも僕マジでなんもしなかったなぁ……。

 何したって、不貞を罵られて、エルフさんの上層部と親戚になって、スパイのお姉さんの子分になって、みんなに養われて、罠にハマって、痴情のもつれでボコられて、みんなに養われて、命を何度も助けられて、ついに恋敵からも養われて、最後には世界樹から色々お土産貰っただけだが?

 エルフの国なんていう遠方まで、遥々何しに来たんだよ僕は一体。複雑な人間関係を構築しに遠方へロケハンしてるだけだろこうなったら。テレビ放映の際にはもれなく「珍道中」って銘打たれるだろうな。

 こんな体たらくで冒険者名乗ってちゃ、いつかギルドナイト差し向けられて粛清されたりとかしません?

 

『そう卑下するでないわ。この中のだーれも、アオ坊が無駄飯食らいじゃなんて思うとりゃせん。それにな、お主らはエルフだけでなく、世界を救ったと言っても良いのじゃぞ? なんせその名の通り世界樹じゃからのう。大陸に生きるあまねく生命に、少なからず恩恵を与えておるこの木が枯れ落ちれば、様々な国で飢饉だの天災だのが起こったに違いない。東の果てで妖精が起こした旋風のイタズラが、西の果てで町ごと呑み込む氾濫を引き起こすこともある。ともすれば、世界はこれだけで滅びていたかも知れんのじゃ』

 

 思わず遠い目をしてしまった僕を、そんな風に彼女は慰めてくれる。

 別の人の言葉とはいえ、己の口で自身の怠慢ぷりを擁護するのはかなりクるものがありますねぇ!

 あまりにも優しいが、優しさに慣れきってしまうと人は容易く堕落するので、甘えないように己を律していかねばならないぜ……。

 「ほな養われてる僕に感謝してね」と思うようにだけはなりたくない。僕にも一応人としての良識と尊厳があり、またバケモノになる勇気の持ち合わせは無いのだ。

 

 

 ……しかし「世界を救った」、か。

 地球で言うバタフライ・エフェクトみたいな喩えだったが、現・世界樹の精霊様が仰ってるんだから、あながち大袈裟な話でも無いのだろう。

 僕らを主演に仕立て上げたメインストーリーは、着々と進行されていた。

 それに比例して魔王からのヘイトの高まりも、ここんとこ実感させられているからねぇ。

 地獄の悪鬼羅刹を小指で薙ぎ倒し食うと噂の最強魔王サマが、まさかわざわざヒモ風情を狙い撃ちするなんていう恥も外聞もないことするとは驚きだったが……落とせそうなバッファーから落としていく堅実さは、ラスボスのクセにゲーマー向きの小賢しい性格が滲み出てて嫌んなるぜ。タンクやダメージが余りに強くて手も足も出なければ、まずはサポートを狙おうってのは理に適ってる。

 計算高いオールラウンダーなパワープレイヤーとか、相手すんの一番勘弁願いたいタイプじゃんね。

 ボスはボスらしく攻略可能な難易度であって欲しいってのは、女神からチート与えて送り込まれたチーターが言うにはワガママな願いか?

 

 

『ほれほれ、お主らもそう暗くなるでない。こんなのは遠い昔のおとぎ話みたいなもんじゃよ。なにより今は、憎き魔王の使いっぱしりを退けたおめでたい時じゃろーが! お祝いせい、お祝い! 宴でも開かんか!』

 

 フィルルエルさんが読み取れる深度を把握した僕が、それより少しばかり深いとこで今後を憂いていることも知らず、彼女は空気を変えようとことさら明るく柔らかいあまあまボイスを張り上げた。

 お゛ぅ゛っ゛、骨伝導で脳に声が直接響く……!

 

 ……ま、それもそうか。

 全エルフのお母さんみたいなフィルルエルさんもいらっしゃることだし、ここは一つ今の時代も上手くやってけてますよってとこ見せて、彼女に安心してもらいたいもんな。

 そうするのがきっと今を生きるエルフさんたちにとっても、良い事であるハズなのだから。

 

 

 えー、コホン。

 難しい話をしようと思えばまだまだいくらでもできるけど、そればっかりじゃ気も滅入ります。

 フィルルエルさんの言うとおり、世界樹もなんとかなったしエルフさんたちの話し合いも無事終わりました。

 となると、ケルセデクでの僕らのお仕事はこれにてオールクリア。なんとか依頼完了となります。

 エルフさんたちが会合に入っちゃったのもあり、これまで打ち上げって感じのことは出来てませんでしたし、今ここで一区切りといたしましょう!

 ほんじゃ、みんなもグラス持って〜。

 

 僕が率先して顔の高さにグラスを掲げると、クランの全員もそれに続く。流石にここはみんなと同じくジュースにしとこ。

 親戚エルフたちも目をぱちくりさせてから、おずおずと僕らに合わせてくれた。

 では今回の立役者である先生に掛け声をお願いしようかと目配せすれば、しかし返ってきたのは微笑みだけであった。

 え? なに? 僕? 僕がやるんすか? なんもしてないが乾杯の音頭は取るっつーのかよ。

 ……まあヒモっつーか社不っつーか穀潰しらしいっちゃらしいか? 待たせすぎるのも悪いしな。

 

「ほいじゃ、改めてクエストの成功と、みんなの無事、それに世界樹の復活を祝って──カンパイ!」

「「「「カンパイ!」」」」「カンパーイっす!」

 

 僕の掛け声にあわせ、みんなもグラスを軽く上げて中身を飲み干す。

 カーっ、ウマい! やっぱり僕はジュースのが向いてるかもな。

 なんせまだまだ子供舌だし、その上貧乏舌なもんだからさぁ。

 

『カン……? この時代ではそういうのが流行りなのかの?』

 

 そんな僕らの素振りを見て、フィルルエルさんの不思議そうな声が脳内に響いた。

 

 およ? 乾杯をご存知ない? そんな事あります?

 叔父さんたちも終始困惑気味だったし、エルフそのものにそういう文化がない感じか?

 エルフって高貴でハイソな種族だから、こういう庶民的な文化から縁遠いのかもしれん。

 間違ってもイッキとかしないだろうしな。宴会芸などもってのほかだろう。

 つまりブルーオーシャン。今ならば僕がその分野を独占できる……!

 ここから地獄宴会芸を飲み会公式マナーとして広めることすら可能なのだ……! クカカッ……! パイオニアの愉悦……っ!

 いやしかしお偉いさんの集まりこそ、なんかことある毎にカンパイしまくってる感じない? 社会に出ていない学生の偏見が光るぜ……。

 

 

 ま、ま、ま、別にこんなん知ってようと知ってまいと、どちらでも構わないんスよ。

 結局「めでたいねぇ! アホほど飲むぞ!」くらいの意味しかない表現なんでね。

 せっかくのご飯が冷めちゃうのももったいないし、食べて飲んでしちゃいましょ。

 フィルルエルさんなんか食べたいのとかあります?

 僕の胃袋っつー容量限界はありますけど、指示出してもらったら動きますんで。なんせロボットは慣れてますからね。ピポピ。

 え!! あのステーキと隣のパイとそのフリットと更にこの漬物石みていなパンを!?

 ……で、出来らぁっ! 思春期食べ盛りバイト漬け男子高校生の胃袋を見せてやる!!

 

 そうして果敢に戦いぬいた僕はお腹をぽっこりと膨らませ、部屋に戻るなり気絶したように眠るのであった。スヤァ……。

 

 

 

 

 

 

 その後、風の方からの課題を猪突猛進終わらせた里長たちによって、満を持してケルセデクを挙げたお祭りが開かれることとなった。

 風の方に頼らず己の力で生きていきなさいと叱られた彼らは、これからも国を自分たちの力でやっていくことにしたが、それはそれとして全然尊崇もしてるのでスーパーお祭り騒ぎをする気満々だったのだ。

 放っとくと本当に十年くらい夜通しの宴をやりそうな勢いだったのを、先生が今回はキレることなく根気強く説得して、なんとか一週間に納めてくれたのだから頭が上がらねぇぜ。

 

 精霊魔法によって、季節を問わない色とりどりの花が咲き乱れた里を、この日僕は山算金と歩いていた。

 普段は狩りや採取以外、屋内で静かに過ごすことの多いエルフさんたちも、このお祭りの間ばかりは通りに出て楽器を演奏したり踊って過ごしている。

 こういう賑やかなお祭りは大好きなんだよね~。

 

「おや、アオミさんにサザンカさん! 今あなた方の詩を歌っていたんです、よければどうぞ聞いていってください!」

「お二方、果物は足りているかな? 我が家が管理する果樹園の、今年最高の出来のプルーシェだ。ぜひ後で食べておくれよ」

 

 歩くだけで通りの左右からかけられる声に手を振り、時には座って歌を聞き、もらったフルーツを食べ歩いて、僕らは目的の場所へと歩を進めてゆく。

 

「うぷ……甘過ぎず瑞々しいフルーツとはいえ、流石にこれだけの量頂くとお腹たぽんたぽんになっちゃいますねぇ」

「あはは、そうだね。でも僕こんなに果物をたくさん食べた経験って無かったから、なんだか嬉しいや。ちょっと子供の頃の夢が叶った気分かも」

「……地球に帰ったら、毎朝新鮮なもぎたてのものをご用意させましょう」

 いやそこまでは……海原雄山じゃないんだから、毎日最高の飯食ってたらお腹ビックリしちゃうよ。毎朝ウマすぎてシェフ呼びつけんのも悪いしね。

 

 

 本日は山算金の用事についていく……という形を取った実質デートである。最高~!

 大変だった依頼も終わり、紛糾しそうだった問題も無事上手くいき、こうして心置きなく好きな人と遊び歩けるのは素晴らしく気分が良い。バイト終わりに店を出て朝日を拝んだ時くらいスゲー爽やかな気分だぜ。

 そう思っているのはなにも僕だけでは無いようで、隣を歩く山算金も先程から上機嫌に鼻歌を歌っていた。

 これなんて言うんだっけ、絶対知ってるんだけど教養が無いのでマジで出てこない。え、メンデルスゾーンさんが作った曲? はぇ~、流石山算金は博識だねぇ。

 嬉しそうに細められた目にもちゃんとハイライトがあるし、やっぱこうして好きな相手と親密なコミュニケーションを取るのが人間一番なんだよなぁ。

 

 デートの時も全部フィルルエルさんに見られるのは、僕が良くても彼女らには良くないな……と思っていたのだが、どうやら常に僕の中に居なくとも大丈夫らしく、『婆はここいらでドロンして宿舎の植木とかの中でのんびりしとくゆえ、後はお若い二人で、の?』と空気を読んでテレポしてくれていた。

 まあ世界樹の精霊でもあるのだから、他の植物に宿る程度はお茶の子さいさいなのだろう。

 ……なんかフィルルエルさんが入ってから、語彙が昭和になってきてないか?

 

 

 そうしてぽてぽてと寄り道やお店の物色、ついでに木陰の人目につかないとこでイチャついたりと、恋人がやりそうなことランキングトップ10を上から順に全て網羅しきった頃。

 

「おっ、つきましたねぇ」

 

 僕らはようやく……というか、ついに目的地へと到着してしまった。

 もうちっと二人きりの時間を楽しみたかったなぁ……ってのが本音であるが、しかしそれをやっちゃうとズルズル永遠に目的地へ到着しない結末を迎えるので、大人しく受け入れよう。

 

「ンフフ、どうです? センパイと私の愛しい支店……になる予定の物件ですよぅ!」

 

 彼女がそう言って芝居がかった仕草で指し示したのは、他種族と交流する為の外周集落の大通りに面した、立派な建物であった。




2026/6/20に【ヒモ】第一巻が発売となります。すごい……嬉しい……。
それにともない一巻の書影が公開されました。
めちゃめちゃ美人なエルフ教師が目印です。


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