【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
ここんとこ更新間隔が空いてすいやせん……今度耳を揃えてお返しを……。
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「……まあ特別な席とは申しましたが、普段はこの椅子でバルツァン本店から代理として派遣された支店長が仕事をするんですよねぇ。勝手に非常識なことしといて言うのもなんですが、これに他人を座らせるのは流石に忌避感があります。別の椅子を用意しておきましょう」
すっかり落ち着いた山算金が、極めて冷静な表情で至極当然なことを言った。
たしかに、やってること考えると控えめに言っても激ヤバ上司ッスからね。褒められた話じゃなさすぎる。
そういう空気に流された僕が完璧パーフェクト100%悪いとはいえ、社長室でこういうことすんのは悪役の親玉くらいのもんだろう。
どんな罪も一緒に背負う共犯者になるって言ったのは、べつに『これからも一緒に悪事働こうね!』ってお誘いではなかったんだけどな。
ま、やっちゃったもんはしゃーないよね。若気の至りです。
こういうのってどうあっても男側が悪いから、山算金が取締役会で吊るしあげられたら代わりに僕がバイトを解雇される所存だ。切るにしてもちっさすぎる尻尾で悪いね。
セクかつパワなハラスメントを、過激な設置技として就任前の支店長へブチかました彼女は、「アガり過ぎてついやっちゃったなー」と呟きつつも、同じ罪を分かち合う僕の服のボタンをとめてくれていた。
「はい、次は胸当てですよ。バンザイしてくださーい」
はーい。
……なにを自然と服まで着させてもらってんだ?
この上なく情けないよ、これじゃヒモどころか『お母さんといっしょ』見てるガキだろがい。
みんな未来の子育てを見据えながらも、それはそれとして隙あらば僕を子どもにしようとしてないか? いえ、勘違いならそれでいいのでつが……。
ここんとこ目黒さんが妙に歯磨きを代わろうとしてくるのも、今考えるとちょっとおかしいな。
本人が「予行演習です、ので……気にしないで、ください……はい、イー……」つって言うもんだから、なんも考えず「イー」の口して受け入れてたけど、思えば違和感のタネはあったのだ……。
『あったのだ……』で済ますな。その場で気付け。
とはいえ、今服を着せてもらってる理由は、昂ぶった山算金がレベルアップの恩恵をフル活用して両腕を押さえつけ続けた結果、未だバチバチに痺れきってるからではあるので、これは正当性のある甘やかされではあるんだけどね。
ただ正当性の存在と、男らしさの不在は全然両立してしまう二本柱なので、己の雄としての不出来を嘆く余地は存分に残されていた。おいは恥ずかしか……!
まあ、甘やかされるのがなんとなく僕の理想とする男らしさに反するからダメージを受けてるだけで、ああいう強引なのも僕は全然文句無いっちゃ無いし、そういう趣向自体に否やはねーのだけども。
組み伏せられるのもそれはそれでアリだからね。
形に価値があるのではなく、愛の存在そのものが尊いのであるからして。
コミュニケーションで大事なのは、何をするかではなく何を伝えたいかなんで。
とこしえなる愛の実存証明こそが彼女の願う真実ならば、向けられた矢印がどんな形だって慈しみ応えたい。
なにより、今回はついに彼女が設定してくれたセーフワード『小規模企業共済』を言わずに済んだ、記念すべき日だからね。
アレ言うと誰でもない架空のスーツ姿のオジサンが頭に浮かび、二人ともいっぺんに冷静になるんだよな。
エジソンの電球、ライト兄弟の飛行機に続く世紀の発明ではあれど、その後に絶対あれこれを再開できない諸刃の剣でもある。
これからも本当にヤバい時以外は使わないようにしたいぜ。
「この後はセンパイどうされたいですか? 私は確認も取れましたんで、正式な契約を結びに行きます。ついてきて頂いてももちろんOKですが、お暇をさせてしまうかも知れませんし」
「うーん、じゃあこの辺りをちょいと見て回りたいかな。やっぱ初めての国はいろいろ違って面白くてさ。なんせこれが初外国だし」
「なるほど、地球に帰ったらハネムーンは世界一周ですね」
そ、そこまではいいかな……。
僕に服を着せ終わり、自分の身なりも整えて、最後に窓を開け放ち換気をした彼女が今後の予定を尋ねてくるので、希望を伝えておく。
ある程度山算金と散策はしたけれど、意識のリソースをほぼ全て隣を歩く彼女に費やしていたから、まだ土産とかプレゼントを買えてないのだ。
さっき下見は済ませたようなもんだし、本命の出店や屋台を巡って漁りつつ、ごはん屋さんでもあれば入って軽く話を聞いときたかった。
結局エルフとハーフエルフの種族間の問題は、僕なんかが口を挟むまでもなく先生の一喝で丸く収まった。
相手と自分を重ね合わせた彼女の心からの言葉は、長い時間をかけて固まった彼らの頑迷な願いを揺らがせ、結果的に歩み寄りのきっかけを作り出した。
今回のクーデターだって、魔王による操心であったとエルフも説明を受け、ある程度は理解を得られたそうだ。
けれどハーフエルフという存在そのものを見れば分かるとおり、エルフとて一枚岩ではない。
お上が決めた方針を、下々の民がハイ喜んでと全員受け入れるかは話が別だ。
そのあたりの温度感を、実際に街に生きるエルフさんとの何気ない日常会話から、直に感じ取っておきたくてさ。
帰還まではも少し時間あるだろうから、仲取り持つのに口だけでなんもしなかった分、せめてアフターケアくれぇはしておきたいワケ。
忌憚のない意見ってやつを聞きたいってことっス。
しかし言ってから気付いたが、確かもう僕には屋外を一人で出歩く権利が無かったハズだが……?
なんつーセリフだよ。
ディストピアモノ以外でこんな極まった終末人権模様な事を言う機会が来るとは思わなかったぜ……。
けどまあそれもこれも、みんなが僕の生命を守る為に提案してくれたことだ。ありがたい話じゃないか。
ありがたい……うん、ありがたいもんな……いやでも……まあ、ありがたいか……。
多少の疑問は残るが、でも幸せなのでOKです。
「それでは用事が終わりましたら、街中心部の広場で集合するようにしましょうか。いやぁ、センパイの脳内通信は便利ですねぇ。本来だったらスマホも腕時計も無い世界で待ち合わせなんて、面倒だしリスク多いしでやってられませんよぅ」
けれどどういうわけか山算金は、やはり僕が一人で出歩く事を容認してくれているようだった。
言外に「いいの?」という意味を込めて視線をやると、彼女はイタズラっぽく微笑んだ。
「……ホントは外出時は必ず一人センパイに付く事になってるんですけど、お顔が知られているこの衛星集落の中だけなら大丈夫でしょう。何者かが国を救った英雄を襲おうとしたら、周りのエルフたちも黙ってはいないハズです。……なにより、センパイだって一人で出歩く時間くらい欲しいでしょ?」
山算金はそう言うと、手を伸ばしぎゅっと僕を抱きしめて、耳元で囁く。
「そういう抜け駆けもしちゃいますよぅ。私は先輩にとって、と〜っても都合のいい、ズル賢い女ですからねぇ」
あ〜ダメダメ! エッチすぎる!! えちえち累進課税でえらいことになります!! スケベ破産しちゃう!!
ボンと赤い顔をして爆発する僕を見て、彼女はさも愉快そうにクスクスと笑うのだった。
■
そんなワケで望外の一人外出とあいなった僕は、再びお祭り騒ぎな町中へくり出していた。
しかしなんで僕は、いくら経ってもああいう事の耐性がつかないんだろうか。
実際もっと凄いことしてんのに、あーいう駆け引きみたいな事されたらすーぐ赤面してあたふたしちゃうのは良くねぇぜ。
だってさぁ、あんなかわいい事されたらさぁ、んあ〜〜〜〜……!
思い出しただけでまたもやノックアウト。
プスプスと頭から煙を上げながら蹲ってしまった。
よ、ヨワヨワすぎる……!
なんたる軟弱さ。
もしもこの場にメスガキがいれば、「雑ぁ魚♡」と罵られてしまうこと請け合いだ。
もしもの場合で存在するメスガキってなに? 哲学的な設問か?
そんなちっちゃな子の暴言なんかに僕は負けねぇ……!
「あら、迷子かしら? ボク、おうちの人は一緒に居るの? お姉さんが一緒に探してあげるね」
あ、いや、違くて、紛らわしくてすいません、もう16なんで僕。
「じゅ、じゅ、じゅ、16!?!?!!?!? まだ赤ちゃんじゃん!!!! 親どこ!?!!?!?」
あぁ、種族の壁。只人族だともう成人してる扱いなんで大丈夫っすよ。
しかし現実にはそんなとち狂った存在はおらず、居るのは鹿野ちゃんよりもちっちゃいながらも、頭抱えて蹲った赤ちゃんを手助けしようとするえら過ぎエルフさんであった。
なんならメスガキに罵られるよりも男として失格な気がしますね、くぉれは……頑張って男坂登ってこうな……。
気を取り直して再び散策を再開。
おやつ前くらいの時間だが、いまだ賑やかな通りのあちこちで、魔法で作り出した即席の椅子に座り込んだエルフさんたちが笑いあっている。
果物を絞って作るジュースの屋台に、大きな葉で包んだ蒸し物を売るお店。
さっきの子みたいな小さな子どもを連れて歩く、親子連れのエルフさん。
奏でられるハープみたいな楽器や、フルートのような横笛。
広場の片隅に置かれた二段積みの小石の表面には、交差するψに似た文字。
外から来た獣人族や只人族もチラホラと目につくが、彼らものきなみ陽気な雰囲気に浮かれている。
その中の幾人かはなんのお祭りかすらわかってなさそうだが、まあお祭りなんてのは楽しんでくれればそれでいいからな。
ご多分に漏れず浮かれた僕も軽やかな足取りで通りを曲がり、入り組んだ路地の先をもう一回曲がれば、やはり彼女がそこに居た。
「あら、意外。最初の符号で気づくなんて、なんだか今日のアンタは妙に冴えてるじゃない」
へへへ、まあたまたま(さっきいろいろあり賢者モードで)頭が回りまして。
それにホラ、やっぱり尊敬する相手に教えてもらったことって、忘れにくかったりするもんでしょう?
「ホント、調子のいいことだけよく回る口だこと……出立前に挨拶くらいしとこうかと思ってね。今回の仕事はアンタらのお陰で楽させてもらえたことだし」
カールした紫の髪を掻きあげた女スパイは、最近からかうようになった玩具の軽口に口角を上げる。
先程の積み石は、この前彼女に教えてもらった符号である。
もちろんのことだが、こんなのは大モルマギア帝国の諜報員が現行で使っているヤツじゃあないだろう。
たぶん彼女なりのお遊びっつーか、お姉さんがガキのスパイごっこに付き合ってあげているだけのことだ。
ネリッサさんはそこら辺を間違える人じゃあない。むこうにとっちゃ遊びでしか無いんだから、下手に勘違いしないようにしねぇとダメだぜ。
そこんとこを思い違いしてしまうと、『ガキンチョが帰省してきた憧れのお姉さんに懐きまくって子供心に片思いしちゃうも、数年後に彼女が婚約者連れて帰ってくるのを目の当たりにし、僕を楽しげにからかっていたハズの彼女の瞳が年上の彼氏に対する甘えの色を浮かべてて情緒もなにもかもブチ壊れる』みたいな結末を迎えちまうぞ。
ぐッ、ごッ、ががッ……頭が割れる……!
あまりにもしっかりとした骨子の喩え妄想をしたせいで、想像上の叶わぬ恋に脳を焼かれてしまった。
言うてNTRでもBSSでもねぇのがミソだ、ほろ苦く甘酸っぱい青春が結局一番効く。
初恋は基本実らんし、大抵の結末はこんなもんだからなァ……!
たった一つの挙動で自戒と脳破壊を同時に達成する、ブッダも悟りを開くために行ったとされる荒行で突如勝手に苦しみだしたアホへ、呆れた目を向ける彼女の後ろから、スッと二人の人影が現れた。
フードを目深に被った彼らが誰かは……まあおよそ予想がつく。
片方がパサリとフードを脱げば、やはりよく知った顔が出てきた。
「よっ、アオミ。見てたぜお前らの勇姿。あの状況から上手くやった。良いクランだ」
燃え立つような真っ赤な髪に、真紅の革装備に身を包んだ猫獣人のコールダウさんが、軽く手を上げて挨拶してくれる。
どうやら彼らもあの場に居たらしい。
思えば二人は世界樹をなんとかする名目で派遣されたのだから、おそらく僕らが失敗した時に備えて待機はしていたのだろう。
なんとかなったから顔を出さなかっただけで、もしもの時があれば助け舟くらい出してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですよ、自慢の仲間たちですから」
「なに、素直な感想だ。流石に木の外へ叩き出してからの戦いしか見れなかったが、魔法使いは並の宮廷魔道士超えもありうる。剣士の方だってアレを真っ二つはたいしたもんだぜ。ま、俺ならもっと上手く斬ったがな」
そう言って彼は爪を出した人差し指をちょいと振ると、足元に散らばっていた小石がすべて両断された。
おわー!? なに!? めちゃめちゃカッコいい事やってる!!
能力バトルモノで強い人が登場シーンでやるヤツ! 能力バトルモノで強い人が登場シーンでやるヤツじゃないか!
超常の力を秘めた剣士によるデモンストレーションへ、素直な賞賛の言葉と拍手を送ると、彼は「よせよ」と笑いながら爪をしまい手を振った。
流石は帝国付き冒険者『震える刃』のコールダウ。
こういう派手な示威行為も、彼らの仕事の内なんだろうね。
わかりやすく強そうに魅せる技能は、冒険者としての実力を示し他者から一目置かれるのに必須なのだ。
僕らもなんかこういうの考えとかなきゃいけねぇのかなぁ〜。
鹿野ちゃんや目黒さんは道具使う都合上、手軽に披露みたいなのが難しいから、どちらかといえば素手格闘組になるやろね。
バフ受けた先生はパンを本気で握り込むと炭にできるらしいんだが、食べ物で遊ぶみたいなものだからと本人も気が進まなそうだったんだよな。
その後僕がスタッフとして美味しく頂けばOKか……?
「ま、俺はべつにそれといった用事はなくてよ。マジで単なる挨拶くらいなんだが……コイツが、どうしてもオマエと話しときたいらしくてな」
綺麗に刈り揃えられた毛並みの親指が指し示す先で、今まで黙り込んでいたもう一人がゆっくりとフードを脱ぐ。
お世辞にも綺麗とは言いにくい目立たぬ旅装束のローブの下から、ピンと伸びた長い耳がタテヨコ二種類まろびでた。
まあ、そりゃ残るは彼女だろうな。
「フン。どうしても、などと言った覚えはない」
あの日と変わらず冷たい表情を浮かべたボーレタラスさんは、ショートカットの髪から覗くウサ耳を不機嫌そうに小刻みに揺らし、不満を隠さず吐き捨てる。
僕らが捕虜とした彼女は、気絶より覚醒してからもエルフへの憎しみが強く、その後もネリッサさんが能力で仲間だと誤認させて押さえ込んでいたハズだ。
そうして他のハーフエルフがエルフと和解をしようという段になっても、公の場に彼女が姿を現すことはなかった。
こうしてネリッサさんと今もなお行動を共にしているのは、きっと彼女らと共にこの国を抜けて帝国へと戻る為だろう。
「……ただ、礼を言っておきたかっただけだ。お前らがあの蟲を倒してから、私も魔王の狂化から解き放たれた。頭にかかった薄気味悪い霧が晴れたような気分だ。私は蔦纏いどものような恩知らずではない。与った恩には、礼を返す。それに──」
あの騒ぎであれば、いくらでもどさまぎでハーフエルフの集団に紛れ込めただろうに、ネリッサさんがそうさせなかったということは。
そうするだけの理由がある、ということに他ならない。
「見下していた他種族に助けられ、風の方とやらにまで梯子を外された奴らの顔は、生きてきたなかで最高の見ものだった。まるで今日まで大地だと信じ込んでいた地面がガラガラと崩れたかのような、泣き出す寸前の幼子じみた表情。今思い返しても、胸がすくような気分だ。心からの感謝の言葉を送らせてもらおう」
砥がれた氷柱のように酷薄な笑みで、ボーレタラスさんはあざけ笑う。
そんな燃える氷みたいな激情を垣間見て、僕は「まあ、そうだよな」と思った。
諦めでも気付きでもなく……より正確な言葉を探すならば、これは『やるせなさ』だ。
人の過去を秤にかけることなどできない。
各々の経験や思い出は、それぞれの主観において解釈され咀嚼される。
だからこそ、こんな言い分はひどく勝手な物言いで、何様のつもりだと糾弾されれば返す言葉が無いのだけれど。
それでも彼女の過去は、今この国に集まっているハーフエルフさんたちの中で、たぶん指折りに凄惨なものだ。
魔王による操心が無くとも、いつかこうなっておかしくなかった程に。
ボーレタラスさんのエルフへの憎しみは深く、煮えたぎっていた。
「お前らは関わった相手全員を口先で丸め込み、この国の抱える問題をすべてうやむやにしてみせた。……けれど私はこれからも、この国を憎む。魂に刻まれたあの人の怨嗟は、狂化などとは関係なく私を縛り続けるだろう。……どのような栄光が私の上に微笑もうと、足元にはあの日の地獄が広がっている」
本当に大切な物を喪った時、人は変質してしまう。
取り返しのつかない形に変わった心は、何を以ても贖えない場合もあるだろう。
永遠に燃え続けなければならない呪いが、冷えきった彼女の心にはかけられている。
目を見ればわかる。
きっと僕に、彼女を救うことはできない。
ボーレタラスさんにとって、僕はエルフの側についた人間だからだ。
これからも一緒に過ごすのならばともかく、今この場でどんな言葉を投げかけようと、それは彼女の神経を逆撫でするだけだろう。
「みんな仲良く」なんて綺麗事が標語の中から出て来られない程度に、世界は二心ある者を許さない。
本当の敵と、手を取り合うことはできない。
「お前らが小賢しく立ち回り、思いつく限りの事をしたところで、なにもかもが上手くいきはしない。関わる全ての者を幸福になどできない。それはヒトの領分を超えた傲慢だ。お前がどれだけ歩みを進めても、その事実が変わる事は無い」
けれど、続いた言葉に籠められている感情は、さっきまでのそれと違って。
射貫くようだった視線は伏せられ、そしていくばくかの間迷いに揺れ──最後には閉じられた。
「……だから、ゆめゆめ思い上がらず……せいぜい目の前にあるモノを、とりこぼさないことだ」
言いたいことはそれだけだとばかりに、彼女は再びフードを被り、背を向けて歩き出す。
その背中を見たネリッサさんは肩を竦めると、こちらへと軽くウィンクをしてそれに続き、コールダウさんは音もなく揺らめくように姿を消した。
誰もいなくなった路地裏。
足元に散らばる割れた小石の破片が、さらと風に吹かれ奥の薄暗がりへと消えて行く。
大通りの明るい喧騒とは真逆の、陽の当らぬ場所へ、誰に見られることも無いままに。
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