【書籍化】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
その分数十ページ書き下ろしが増えるハズなので…なにとぞご容赦…。
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「オッ♡、涼し……いや
ホカホカに暖められた魔車から上気した顔だけ出した僕の鼻先に、ひらりと白い何かが舞い降りて淡く溶けた。ちべてぇ。
薄っぺらい馬車の幌を抜けると雪国であった、か……どうやらこちらの世界でも、雪の冷たさは変わらないらしい。
手配してくれたラナスティルさんが気を利かせまくってくれたのか、魔車の中の暖房は過剰なまでに効いていて、ただでさえ体積が小さい上にレベルによる耐性も無い僕は、車内に居るとまたたく間にのぼせあがってしまうのだ。幌から顔を出して冷却する度に整って思わずオホ声も出る。どうして僕はこんな凄惨な生き物になってしまったんだ……?
吹き荒ぶ寒風はその問いに答えはせず、ただ延々と続く重く暗い灰の空を押し流していった。どっどどどどうど……。
ケルセデクを出発した魔車が街道をひた走る頃、季節はもはや本格的な冬を迎え始めていた。
「おーら、風邪引いちまうだろうが。はよ中戻れ」
あ、はーい。もー暑くて暑くて汗かいちゃうくらいなんで、ついつい冷やしたくなっちゃって。
「だろうな、載せてる腿がアチーもん。ホカホカカイロ君がよ。あんまほいほいエロい特徴増やすんじゃねぇよ。寒い夜は手放せなくなっちまうだろうが、ナメやがって……」
なんか今スゲェ事言われてないスか? 伝導した熱で先輩もゆだってません?
くいくいと腰元に結わえられた縄を引っ張られたので、大人しく荷台へと戻るとそのまま膝の上へと抱え直される。
安全性を鑑み、ついに魔車内ではリードが正式採用されていた。僕のパーティーでの立ち位置が、とどまるところを知らずペットの地位へと邁進してゆくのをひしひしと感じる。
しかしそれに異を唱えられるほど身の程知らずではない僕は、諦めた顔でなにもかもを受け入れてただ「ヨン!」と吠えてSNSでのバズを狙った。
なおこの制度を一番歓迎したのは言うまでもなく目黒さんである。彼女が喜んでくれて僕も嬉しい。Win-Winだね。勝ち星無しの常勝不敗。
アラノスさんが言っていた通りクマ型精霊獣──『アルーン』の牽く魔車は、特急電車より三途の川の渡しに近いポーターと違って、僕らに比較的快適な旅路を提供してくれた。
今も並足で引っ張られる荷台は確かに路面の荒れ具合を反映しつつも、しかし吹き飛ばされる程の衝撃が訪れることはない。走行中の車内で立ち歩くのは基本推奨されないものの、落ちかけても縄を引っ張れば落ちる前に助けられるとあって、顔を出しての冷却が許されているくらいだ。
その分速度はある程度ポーターに劣るが、しかし速けりゃ中身がミンチになってもいいというワケではないので、軟弱な現代人である僕はどちらかといえばこっちのが好みだね。高速移動機能付きミンサーを好きな肉塊はそもそも存在しないという根本的な話になるが。
そんでこちらの魔車へと乗り換える際にみんなが薄っすらと考えていた『でも大義名分がな〜……』という問題にも、出発して早々に『理由とかなく膝に乗せても良くね?』っつー解答が出されており、僕は変わらず車上の人の膝上の人となっている。今はちょうど鼻息荒く僕のリードを握っていた目黒さんが、名残惜しそうに明星先輩へと交代したばかりだ。
みんなワームを倒したレベルアップで更にSTRが上がったからな。その程度のパワープレイは先生でなくともお手の物である。そして言うまでもないことだがペットを抱え上げるのに理由は要らないので、まったくもって彼女らは正しい。これまでの旅路で徐々に僕の人権を緩めに剥奪していたのが功を奏した形だ。人権剥奪が功を奏して良いことってあるんだ。
いや別に良いんすけどね。全然文句は無いし、僕だって好きな人に抱えられて照れるけど面映嬉しいくらいで、彼女らのやりたいことを叶えられる喜びに勝るものはないんだから。むしろ賛成派だ。自身の人権を喪失することに賛成していいワケねぇけど愛の前に道理は立たぬ。
ただ本当に僕の異世界ライフにはこの道しか無かったのだろうかと、教室に入ってきたテロリストからクラスメイトを守る妄想なんかしていた男一匹思わないでも無いだけなので……。
そんな風に黄昏れていると、膝に載せた僕の代わりに、自身のつむじ近くの髪の毛を摘んで見上げた明星先輩が軽くため息をついた。
「しっかし……アオミがせっかく見つけてくれたのに、結局このままかぁ」
「いやぁ、こっちこそなんか逸った報告しちゃったっていうか。ぬか喜びさせる形になっちゃってすいません」
「いやそりゃ良ーんだけどよ。オレの悩みを忘れないで探してくれたコトが嬉しいんだからさ」
物憂げってほどじゃあないが、どうしたもんかなという顔をしている彼女の髪は、結局ケルセデクへ来る前と変わらぬプリン頭のままだった。
エルフさんお手製の染髪料はマジで千年単位で色落ちしないらしく、その上生えてくる髪がそもそも金色になってしまうそうで、そうなってくると今度は地球の染料じゃあ黒に染め直すこともできない可能性が出てきたので、やむなく諦めざるを得なかったのだそうだ。
「ただまぁ、このままじゃどんどんプリン化が進行しちまうなァ」
たしかに、言われてみれば彼女の髪は出会った直後と比べて、少し頭頂部の黒の割合が大きくなってきているような気がする。
このままそれが進めば、いつしか真っ黒な髪になるのだろう。
正直なとこそれはそれで似合うと思うし、見てみたい気もしなくはないが……。
「そうっすねぇ。変な話ですけど、僕の中で先輩のイメージっててっぺんちょっと黒いその髪色ですから、確かに少し惜しい気もします。初めて出会った時からそうでしたから、なんだかすっかり定着しちゃったっていうか。ナマイキかもですけど、凛々しい先輩のかあいらしいとこって感じがあるんすよね」
「あ?……ふーん、そうかぁ……」
少し怪訝な顔をした先輩は、何でもなさそうにちょいちょいと自分の毛先を弄って見つめている。
黒も似合いますよなんてのは真っ黒になってから言うものであって、今の髪色を惜しむ彼女にかける言葉じゃあ無い。
そもそもオシャレってのは他人にどう思われるかも大事だが、一番肝要なのは自分の満足度だ。
この失敗に懲りることなく、ボゥギフトへ帰ってからも引き続き情報を集めることにしよう。
他種族用のが強力過ぎるとなれば、探すのは只人用に絞らなきゃな。
そもそも染髪料くらい錬金術ギルド行きゃいくらでも転がってると思ったのに、なんかあーんまその手のが見つかんなくて──
なんだかんだとこれからの染髪料探しの展望を思い描いていると、ふと思いついたように彼女が僕の顔の前で手を組み、神へと祈りを捧げ始めた。およ、先輩どうしました?
和やかな会話が弾んでいた車内ににわかに淡い光が満ちると、やわらかな布で包むような神の加護が先輩の周囲をぐるりと覆う。
「ぬあっ、寒気が……! 急な神への祈りは止めて頂きたいとあれ程言っておるのに……」
「なんで王城って明星先輩の祈祷で毎回スリップダメージ受けんの? 邪属性だから?」
「えぇいうるさい。オマエのような面の皮がマントルくらい厚い恥知らずと違い、健全な精神を持つ人間はトラウマの一つくらい抱えておるのだ」
そうして神の奇跡が吹き抜けるように過ぎ去ると、組んだ手を解いた彼女の頭髪は、異世界に来た時と同じくらいまで髪色が戻っていた。
「お、マジでイケた! こりゃありがてぇや! 染めんのも手間だからよ、日本でもこの力使わしてくんねェかなぁ!?」
突然のことに何事かと顔を向けたみんなを気にもとめず、張本人である彼女は無邪気に摘んだ髪を見上げてはしゃいでいる。
……なんか神様だんだん先輩のおねだりに甘くなってきてない?
信仰対象と聖女の間の関係に他人が口を挟むのは余計なお世話かもだが、寛容な神様に僕からも感謝の念を奉じておくのだった。
なお大きめの魔車が用意されたので今回はキングダムも同乗しており、視覚的ストレスで吐血をしかねない知名君には僕お手製アイマスクを先んじてプレゼントしておいた。これこそ余計なお世話か……?
至極複雑な顔をして受け取ってくれた彼との付き合い方は、もうその時々で図っていくしかない。苦労かけるね、謝んないけど。
◇ ◇ ◇
「ありゃま……スイマセンなぁお客人。例年より冷えこむのが早いんか、こりゃちょっと思ってたよりも雪が深い。アルーンはそういうのに強いから今回選ばれたが、それでも馬車そのものがダメだ。車輪をソリに換装するのに数日貰うがよろしいかね」
エルフ族外交使御用達である大柄な犬獣人御者さんから申し訳無さそうにそう告げられたのは、魔車ならもう一日も走ればボゥギフトへ辿り着こうかという宿場町でのことだった。
確かに昨晩までは薄っすらとしか積もっていなかった雪が、一夜明けた今はこんもりと街道を埋め尽くしている。マージで綺麗っすね。
もともと雪の降る地方住みじゃなかったから、テレビでしか見たことのない絶景に思わずため息がこぼれちまうぜ。
なおそのせいで足止めをくらっている模様。まあどんなとこ住んでても良いとこ悪いとこあるわな。ウチも工場と畑が混在してて地方都市感があったし、あとUMAと都市伝説のウワサが多かったもんね。これ良いとこ挙げれてるか?
しっかし、数日間この宿場町で足止めねぇ。
まあこちとら急いで帰らなきゃならん用事があるわけでもねぇんだから、べつに構わないっちゃ構わないのだが……。
とはいえこんな何も無い街道沿いの寂れた場所で更に数日過ごせと言われると、みんなもドーパミン中毒な現代日本の高校生としてはなかなか辛いものがあるだろう。いくら今は見慣れてなくて新鮮つっても、雪景色はスワイプしても雪景色のままだからな。
こっち来て季節が二つも移り変わろうとしてんのもありデジタルデトックスがかなり進んではきてるけれど、しかし暇と感じる心が無くなるわけじゃあない。
「ボクらが手伝えばもっと早く終わるんじゃないかい?」
「申し訳無いがそれは勘弁してくれんかね。いくらお得意様の大事なお客人とはいえ、商売道具は自分と信頼できる職人以外にゃ触らせられん」
そりゃそうだろね。
もしも僕らが手違いで車軸なんかブッ壊したら、彼にしてみればおまんまの食い上げなのだ。むしろこっちがそんな大事なもん触りたくないまである。
まあ僕としちゃみんなと雪景色眺めながら宿でのんびり過ごすのもべつに悪くない時間の使い方だと思うのだが、今日こそは宿場町の硬いベッドじゃなく慣れた定宿の寝床でゆっくり眠る心づもりだったみんなは、流石に延泊は勘弁してくれって思いが伝わってくる。
「ふむ。なら別の方法で帰るしかあるまい」
とはいえワガママ言ってもしゃーないので、みんなうんざりとした顔をしつつも承諾しようとしたところ、かなり下心丸出しの顔で聖先生の肩を揉んでいた王城さんがこともなげにそういった。
へ? 別の方法って?
僕が尋ねると彼女は歯列を見せてニヤリと笑い、立てた親指でビシリと自分の顔を指差す。
「任せろ、余は既に経験済みである」
全ての音と熱量を吸い取る白い悪魔の支配する、美しくも静謐な地獄に爆音が響き渡る。
猛烈な勢いで吹き飛ばされた雪煙が舞い上がる雪原を、小さな少女が結わえた前髪を揺らしながら軽やかに駆け抜けててゆく。
足元の悪さなどまったく感じさせないその様子は、まるで雪国で生きるハスキーみたいだ。
「アオォーン!」
「あぁ……また、鹿野ちゃん、が……野生、に……」
「フハハハハ! 雪道でやるのは爽快であるなぁ!」
「ぐっ、まったくバカどもめ……! 賛成多数ゆえ渋々従ったが、本当に遭難せずに帰りつけるのだろうな!?」
『ほっほ、心配するでない。どれだけ離れようと世界樹の方角は手に取るようにわかる。あの御者がウソを言うとらん限り、迷いようがないわ』
光り輝くオーラで繋がった僕らは、一路ボゥギフトへ向けてラッセル車の如く雪道を爆走していた。
王城さんが提案した方法は、神様からもらった天職やレベルアップのフィジカルに物を言わせ、更にはバフまで重ねがけした力任せのスーパーダッシュパワー帰宅だったのだ。そういやこの人前に依頼先から一人で街道爆走して数日巻いて帰って来てたわ。
筋肉をパンプアップさせ肢体を膨れ上がらせた彼女が先陣を切り、その肉体で雪を掻き分け跳ね除けて道を拓き、後に続く全員もたいした苦もなくそこを更に押し広げ爆進する。
僕ら一行が踏破した後には、すっかり歩きやすい道ができている有様だ。半ばボランティアで公共事業やってるようなもんじゃん。
社会への貢献により承認ゲージがグングンと上がっていくのを感じる。無職してると貯まらないゲージだから今の内に稼いでおきたいとこだ。
もちろんそんな強行軍に自走型お荷物がついてけるはずがねぇ。えー、今回の担ぎ手は悪王寺先輩ですね。ありがとうございます。上がっていたハズの承認ゲージが一気に霧散したのを感じる。まあブースティングは規約違反だしな……。
この数日、自分の足で立ってる時間の方が少ないんすよ。抱えられて散歩するタイプの小型室内犬くらい運動量ねぇぞ。
立ってんのに地面に腹付きそうな食パンタイプコーギーみてぇになったら、わんこなら可愛くてしゃーないが冴えない男子高校生の場合は見てらんねぇだろ。
そしてそんな動かなければ肥えてしまうという絶対的な摂理と同じく、生き物の身体はシステムとして筋肉を動かすと熱が発生し体温が上昇する仕組みになっている。
つまり周りの絶賛寒中マラソンをしているみんなと違い、怠惰に動かず運んでもらっている僕はキンッッキンに冷えているっつーことだ。さっきまでのホカホカ状態はどこへやら、顔に当たる風の冷たさで鼻がもげたかと思ったぜ。
さささささ寒寒過ぎ過ぎ過ぎて歯の歯の歯の歯の根が根が合わ合わ合わななななない……!
いくら走ってるっつったって、みんなも防寒具としては追加で簡易な外套を購入したのみだってのに、この極寒の極限状態でまったく平気そうなのは理屈が無いだろ。レベルアップとバフによる寒さ耐性が優秀過ぎる。なんでその優秀なバフの出元である僕はカチンコチンに凍りかけてんだよ。ままならねぇなァ……。
もしかして出発前にのんきに御者さんと世間話してた僕が知らないだけで、みんないつの間にかホットドリンク飲んだ上でピリ辛串焼きキノコ食ったりしてんのか? その手のアイテム忘れるのってマジでトロールなんで晒されても文句言えねぇぞ。
「わ! 耳真っ赤じゃないか! 寒いならそう言わないか助手クン! ダメダメダメ、身体壊しちゃうよ! えーっと、こういう時は裸で温めあうのが良いんだっけ!?」
僕が冷え切っているのに気付いて、悪王寺先輩が慌てて服の中に僕を突っ込もうとギラッギラのタキシードをはだけさせる。
わー! 良いワケねぇだろ、こんなとこで前開けないで! 嫁入り前の女の子にそんなことさせられるかい! いや嫁に行ってたらむしろ絶対ダメだわ!
「バカ! 嫁はキミだろ! いいからホラ! 早く入って服脱いで! あぁもうじれったいなぁ突っ込んで剥くからね!」
あわわわわわ! めちゃめちゃ暖かいですけどこれは別の理由で火照ってるのではァ!?
その後、この荷物持ち(暗喩)は悪王寺先輩・先生・明星先輩の高身長組持ち回りで行われることとなり、闇無君から「お前らは本当にいつか捕まるから、町に着いたら家の外には迂闊に出ないようにしてくれ」という注意を受けるのだった。なにも言い返せねぇ。
そうしてすったもんだ(※そういう意味ではない(※こんな注釈はつけるべきではない))ありつつも、朝方に宿場町を出た僕たちは、暮れるのが早い冬の日が沈まぬ内に、無事ボゥギフトの南門へと帰りついたのであった。徒歩で来た。
なお雪煙を巻きあげながらすさまじい早さで近づいてくる集団に、門番さん達がビビり散らかして危うく衛兵を呼ぶところだったらしい。すいませんね。