【書籍化】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
そういうのお気に召されない方は読まなくても支障ありません。
まあまた前と同じくifくらいの感じで見てもらえれば……。
次の投稿はたぶん一週間後の予定。
感想、ここすき、お気に入り、全部本当に励みになってます。
ぜひどんどこどんお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、どんな話が求められてるかの参考にもしていますので……。
木製の窓の隙間から差し込んだ光が、ベッドサイドへと落ちている。
日本のような高い気密性を持ったガラス窓とは違い、こちらの世界の窓は光も空気も温度も、それほど厳密に拒まない。
部屋の中まで、いとも簡単に朝は訪れる。
ボヤケた視界に映る天井の木目が、布団の温もりで暖まった体から吐き出された白い息で霞んだ。
先人の手により四角四面に十二等分された時間という枠組みに締め上げられてではなく、野に生きる動物と同じく夜が明けたという事実によって目を覚ます。
その感覚が、存外ボクは嫌いではなかった。
きっと実際に体験してみれば、大半の現代人がそう感じるだろう。
あの忌々しい電子的なアラーム音に叩き起こされて、これからやってくる騒々しい一日にみっしり詰め込まれた憂鬱なスケジュールどもに、ウンザリさせられなくて済むならば──朝というのは、笑える程に清々しく爽快なものなのだ。
しかし、まあ、そうはいっても。
「さぁむっ……」
今朝は少し、冷え込み過ぎているかも知れない。
宿備え付けの簡素な木製テーブルの上を見やる。
切り出した薄い石の土台に置かれた、丸まったネコちゃんくらいの金属塊は、機能を失って本当に単なる金属の塊になっていた。
昨夜床に入る前は、たしかにぼんやりと暖色に発光していたというのに。
どうやら
仕方なく布団に包まったままもぞもぞと体を起こし、ベッドの縁から限界ギリギリいっぱいまで手を伸ばして塊に触れて、むーんと唸り魔力を流し込む。
己に課せられた役割を思い出したかのように、ほんの僅かなチャージで魔導具は再びぼんやりとした発光を開始した。
感覚的に言えば、お風呂からマグカップ一杯を汲み出したくらいで、この子は満タンになる。量としては適切な例えだけど、ちょっときちゃないかな。
少食、省エネ、お腹が減るとすぐ寝ちゃう。うむうむ、可愛いやつだ。
そう思うとこの、のっぺりとしたマットな表面や、ちょっとずんぐりとした図体も、チャームポイントに思えてくる。
くっつけていた手でぺしぺしと叩く。うんともすんとも言わないが、ほんのりと暖かくなってきていた。その上働き者とは、感心感心。
流石は山算金が商会の人手を使い方々から買い付けた材料で、賢人が三日くらいあーでもないこーでもないと試行錯誤して作り上げた便利アイテムである。
エルフが帰りの魔車に載せてくれてたヤツはかなりデカかったが、これは小さいし安全性が高い設計らしい。詳しくはよく分からなかったけど、爆発したり部屋がサウナになったりしないなら、まあなんでもいいよ。
部屋全体が温もるまでの間、再び布団の中でボクも丸くなる。
たぶんそろそろみんなも起き始めている頃合いだが、朝ごはんまでにはまだ時間があるはずだ。
二度寝まではできないが、のんびりするくらいは大丈夫だろう。
……ただ、この便利で可愛らしい道具も、彼を自室に招き入れた、もしくは彼の部屋に遊びに行った日の夜は、お役ごめんになって部屋の隅で置物となるらしい。
たいへんよく分かる話だ。
なんてったって、密着するだけで勝手に熱くなる助手クンの体温で暖を取るのは、史上他に類を見ない至高の快楽とされているからね。
くっつくとこ全部暖かくて、ケルセデクからの帰国後はなんか前より肌質良くなって触り心地も抜群。更にボディタッチに弱い彼はたちまちの内に照れちゃって、もにょもにょ口が回らなくなるのも堪らない。
普段饒舌な男の子が、自身の魅力によって顔を真っ赤にし、なんにも言えなくなってしまうことほど満たされる物が、果たしてこの世にあろうか?
いーや、無いね。断言しよう。彼が一番ドーパミン出る。
人を駄目にするソファなるものが地球にはあったが、こちらの世界には人を駄目にするヒモが居るのだ。これは勝負が分からなくなったぞ。戦況はややこちら優勢といったところか。
……あぁ、早く次の番が回って来ないかなぁ。
会えない日が、ますますボクの中で彼への恋情を募らせてゆく。なんたる罪な男なのか。
夜空に輝く綺羅星の如きボクをこんなにやきもきさせるとは、これはたいへんな事だぞ。むしろそっちのが罪だよ罪。とにかくいっぱいの罪状で被告の終身刑を求刑するね。
まあ別に毎日会ってはいるんだけども。
なんせ! ボクらは! 一つ屋根の下! 一緒に! 暮らしてるんだから! Viva同棲!
……まあ会いはするといえココ宿だし、なによりみんなも居るから常に逢瀬とはいかないって言うか、そこはちょっと理想と違うけれど。
でもでも、可愛らしい女の子たちとも一緒に暮らせてるってのはかなりポイント高いんだよね〜。
それに助手クンが潤滑油となっているからか──もしくは、助手クンに嫌われたくないからか──女の子らしいギスギスとした不和が無いのも素晴らしい。そういうタイプじゃない子ばかりとはいえ、普通一人の男に矢印が集中してたら色恋沙汰ってのはもめるもんなのにね。
その点を加算すれば、ココでの生活も、不満って程のものは無いよなぁ……もう、鳥かごの中……偽りの王子を、演じる……滑稽な、マリオネット、じゃあ……ないん、だか……ら……
そんな事を考えている内に、なんだかうつらうつらとしてきて……結局二度寝してしまったボクは、起こしに来てくれた助手クンを寝ぼけて布団に引きずり込みかけるのだった。
危ない危ない。あのまま行くとこまで行ったら、査問会にかけられて一月は禁青海抱き着き令が出ちゃうとこだった。そんなに離れてたら干からびちゃうし、なによりボクと触れ合えない旦那クンが可哀想だものね。
ボクの事が好きで好きで仕方ない旦那クンを思ってこその我慢さ。これもいわゆる内助の功ってヤツかい?
ああまったく、このボクにこんなにも想われているなんて、旦那クンは天の星を掴んだような幸運な人だよ!
そしてそんな男の子を手中に収めたボクは……まさしく、その幸運の持ち主であるワケだ。
◇ ◇ ◇
えーっと? 1枚、2枚、3枚、4枚……。
重なった羊皮紙を指でペラペラとめくって、盗り漏らしがないか数えながら廊下を歩いてゆく。
途中何人かのギルド職員とすれ違うが、誰一人挨拶もしてこなければ、日本でさんざ向けられたような嫌らしい視線を向けてきたりもしない。
まるでボクが立つこの場所には誰もいないかのように、彼らは僅かなリアクションも無く素通りする。
やれやれ、人に見られちゃいけない情報だって山のようにあるだろうに、この体たらくじゃあいささか心配になってきちゃうね。
今度飴とかで釣って鹿野ちゃん連れてきて、抜き打ちスパイチェックでもやってみようかな。
でもなあ、この世界ってあの紫髪女スパイさんみたいな野生のチート能力者が居るワケだし、そういう手合が相手となると鹿野ちゃんでも見破れないもんなあ。
……まあそんな本職の偽装すらも見破っちゃうのが助手クンなんだけどね!
やはり彼の観察眼というか、いわゆる『人を見る目』というのは人後に落ちぬ神がかったものがある。
あちらの世界線でも、その真実を見通す瞳に何度助けられたことか!
いかないくつもの事件を解決に導いて来たボクとはいえ、証拠も論拠もなんにも無しじゃあそれこそお話にならない。
そんな時毎回、彼は出会った関係者たちの心の内を、見透かしたように語ってくれた。
彼らの抱える悩みも、複雑な人間関係も、時には犯行に至りうる動機すらも。
そこまでしておきながら、彼はこう言うのだ。
『僕に分かるのはそこまでです。後は
その時ばかりは、彼の気怠げな瞳の奥が楽しそうな色を宿す。
役に立てたのが嬉しいみたいな、これから起こるイベントに期待してるみたいな、そんな年の頃に見合った子供らしい目。
そしてその瞳で見詰められたら、ボクはいつだってこう返す。
『あぁ、任せたまえよボクのワトソン。キミのホームズの推理劇を、特等席で見ているといい!』
ああ……今思い出すだけでも胸がときめいてしまう。
ひょんなことから始まった、趣味のお遊び探偵業だったけれど、それは瞬く間にボクの全てになった。
ウンザリするほど退屈な日常、いい加減慣れてきてた愚かな期待、そんな灰色の冷たいなにもかもを吹き飛ばして、気怠げな彼と過ごす色鮮やかな青春がボクの毎日になったんだ。
そう、むこうの彼は「気怠げ」だったんだよねぇ。
あちらでの彼はここでの彼と違い、お仕事やらなんやらにお疲れだからか、ちょっと人相が違うレベルで覇気が無かった。
でも数ヶ月もする頃にはかなりこちらの状態に近くなってたし、もしかすると二人一緒に過ごす時間に癒やされてくれてたのかも知れない。
──もしくは、ボクからの付き人代でバイトが減らせた可能性も、無くはないけれど。
……今思い返せば、彼はどっちの世界線にしてもボクに養われてたんだなぁ。やっぱり天職が【ヒモ】なのは間違ってないようだね。
まあでも、好きな人が追い詰められていたら、それくらいの事はしてあげたいじゃないか。
ボクもたいてい他人のことは言えないが、彼の抱える闇は深過ぎだよ。
まさかあの素晴らしい日々の裏であんな……あんな事を、されていたなんて……腸が、煮えくり返りそうだ。
日本に帰ったら誘拐……じゃなく実家からの隔離はマストだね。彼が何言ったって、ボクらのワガママでブチ通さなきゃならない。絶対親戚を庇うぞ助手クンは。
あの子って優しいとか人が良いとかの次元じゃなく、単に心の中のジャンル分けに『嫌い』のカテゴリが存在してないだけなんだよな。
他者を理解するという事は、その人の気持ちに立つという事だ。
それを極めて高い精度で行い、擬似的にその誰か足り得る程にまで漸近し寄り添うからこそ、彼は人を嫌えな──
「何を入ってくるなり突っ立ったまま百面相してるんですかぁ……?」
ふと気付けば目の前には、椅子にもたれ掛かって足を組み、呆れたような顔でこちらを見る山算金の姿があった。
どうやら考え事をしてるうちに目的地へと到着していたらしい。
「おっと失敬、少し考え事をしていてね。ハイこれ、言われてたビルゴ商会のヤツ」
「どーも。まあここさえ抑えておけば、彼らも変な気は起こさないでしょう。使うことにはならないかも知れませんが、安全というのは余剰に存在するものです。カツカツキワキワの綱渡りなど、私はともかくあの人にはさせたくありませんからねぇ」
「まったく同感だね。そんな事させたら彼普通に落ちるぞ」
「あれでバランス感覚は良いのですよぉ? なんせホラ、我々がその証左でしょう」
「ボクらほど協力的なジェンガのブロックも無いと思うけどね」
「まさしく、我々はご褒美目当てに勝手に積み上がり、超絶技巧のトリックまで披露して見せる従順なコマですとも。彼は時折自らをペットと称しますが、彼のひととなりを知らなければ皮肉かとすら誤解されかねません」
「まあ魔車での移動中、リードを着けた状態で膝の上に乗せられてりゃあ、たしかにその姿はペットかもね」
赤いリードに繋がれた彼の姿を脳裏に思い浮かべると、胸というか腹というかそのあたりがうずいた。
繋いだ先は首じゃなく胴体だったので、リードというよりはハーネスだったが、どっちにしろかなり良かったのは間違いない。
山算金も腕を組み目を瞑って感じ入るように深く頷いているし、彼女もその点に異論はないのだろう。
……次出かける時には、首輪もあってもいいかもしれない。深い意味は無いけどね。全然なんの意図も無い、単なる思い付きなんだけど。ただそんな天啓が神より授けられた。
信心深くは無いがボクは道徳的なので、神からの啓示には素直に従おう。
「大変良いご提案です、さっそく一番良いものを誂えさせましょう。……あぁ、それで一つ思い出しました。あのリードは道中買ったモノ。素材にはできるだけ拘りましたが、しかし何分急場の間に合わせでしたので、どうも今回の旅路で質が良くなった彼の柔肌には、少しばかり合わぬ部分があったようです。後ほど彼をくまなく確認した所、赤くなるほどではないが、要らぬ負荷がかかってしまっていました。相応しい紐の用意は急務ではないかと」
「そりゃもっとも。ボクで良ければこの後ぷらっと店を見て回ってくるよ」
「よろしいのですか?」
「いいよいいよ、白々しい。ボクに行かせるのが適任だから、山算金はわざわざこんな話をしたんでしょ」
「社の全ての人が貴方ならば、どれだけ要らぬ質疑応答を削減できたでしょうかねぇ」
「バカ言いなよ。全員ボクなら彼の取り合いで仕事なんないさ」
簡単な一仕事を終えたそばから追加されたのは、かなり気乗りする用事だった。
愛しの人に似合うリードを見繕うなんて、それは仕事というよりも趣味の範疇だろう。
ついでに、色違いで揃いのを自分用にも購入しておこう。
気ままな悪いオオカミであるボクを、彼は果たして上手く御せるかなぁ〜?(なおその後、彼が狼獣人のクランを懐柔してきた話を聞き、再びの属性被りに愕然とするのであった(いくらボクが魅力的だからって、あんま似たようなのばっか引っ掛けるんじゃないぞ助手クン……!))
商業ギルドから大通りへ出ると、細雪がチラチラと降っていた。
重く立ち込めるという程でもない曇り空の下、のんびりと目当ての商店へと向けて歩を進める。
なんだかんだ朝から考えていたが、結局のところボクはこの生活がたいへん気に入っていた。
たとえ彼の隣に立っているのが自分一人ではないとしても、そこまで積極的に文句を言い出さない程には。
彼をひとりじめしたくはないのかと聞かれたら、もちろん言うまでもなくしたい。したいに決まってる。
彼の全てを余すことなく自分だけのモノにしたいという欲求は、別世界線とはいえ元々そうだったボクにしてみれば、他のみんなよりもなおさらに強いだろう。
けれど結局……あの夢の中で、ボク一人じゃあ今みたいに幸せな顔を彼にさせてあげられなかった。
環境のせいもある。境遇のせいもある。今とあの時はなにもかもが違う。一概にボクだけだったからとは限らない。
でも、日本じゃあ疲れきっていたハズの彼が、こっちでボクらと初めて会った時には、もうあんなに楽しそうに生きていたんだ。
その事実だけで、十二分なほどにボクは打ちのめされた。
恋が早い者勝ちならば、最初からボクは周回遅れだった。
流れる川を今更せき止めても、破綻するのは目に見えている。
そう思うと、あの夢のなんと甘美だったことか。
ポポローシャの夢と繋がってしまった人間が精神に異常をきたすというのも、わからない話ではなかった。
朝、寝床で吐き出したよりも白い息を、曇った空へと吹き付ける。
シルクハットに薄く積もった雪を、軽く指先で払いのけた。
……『それでもボクならば』という気持ちが、もちろん無いワケじゃない。
このボク悪王寺子王なら、たった一人可能性の世界を行き来して彼を知り尽くした今のボクであれば、彼を同じだけ幸せにできるという往生際の悪い強がりにも似た自信が、心の奥底には依然揺らめいている。
にもかかわらず、それを押し通した先の未来で……この腕の中はにかむ彼の姿を想像できないでいることが、自分が本物の王子様ではないという事を他ならぬボク自身が認めてしまっている証明なのかも知れなかった。
ボクを産み落としたヒトの、望んだ通りの姿になれなかったこの身体が。
「そうあれかし」と願われたように、産まれられなかったこの魂が。
ずっとずっと偽物のハリボテを演じてきたのだと、誰よりも理解しているから。
ボクは王子では無く、子王だから。
……なーんて、ホントならそんな風に殊勝に凹んでいたであろう女を、キミが救い上げたんだ。
ハットを軽く整え、邪魔な物の無くなった視界を、僕は鼻歌を歌いながら歩いてゆく。
脳裏にはきっと一生忘れる事のない、あの日の記憶が蘇る。
誰にも明かせなかった想いを溢してしまったボクに、普段と変わらず気怠げに、けれど真剣な眼差しでキミは言う。
『あれ、普段の仕草って演技だったんですか? 先輩、いつも心から楽しんでたのに』
『……あー、まあ良いんじゃないですか、始まりがどうであっても』
『他になりたいと思う姿が無くて、今先輩が楽しいと思うことをできているのなら……わざわざ自分を卑下する必要もないっていうか、無理に自分を嫌う必要は無いんじゃないかなって』
『たぶん、その……今僕の目の前にいる貴方こそが本物で、いろんな思いも傷跡も、全部合わせてそのまま……素敵、な人だと……思ってる、っていうか……』
『……今を好きに生きてる普段の先輩と、もっとずっと一緒に過ごしていたいです。いつもみたいに笑ってる貴方に振り回されるのが、僕も楽しいから』
『……えーっと、あー、アイス食べに行きませんか。バイト代入ったんで。いつものお返しに。いや先輩お返しなんで。それは大丈夫っていうか。いや、あの、ここで出されたらダメなんです。わかってください。もうこのままじゃ僕本当に、ヒモと言われても何も言い返せないんです。払わせてください。せめて割り勘にしてください。こんな新手の経済DV無いでしょ。お願いしますから。ホントに、頼みますから───』
キミがありのまま、今楽しく生きているままのボクで居ても良いんだって言ったんだ。
だからボクは好きに生きる。
ま、でも困らせたくないし、嫌われたくもないからさ。
ひとりじめはしぶしぶ諦めるけど、その代わりキミの事が好きな他の女の子にも舌なめずりして手を伸ばしつつ、逆の手でキミを愛して好き勝手させてもらおうじゃないか。
奔放な奥さんの責任はこっちの