【書籍化】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部本当に励みになってます。
ぜひどんどこどんお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、どんな話が求められてるかの参考にもしていますので……。
すみません、エスターテさん。
約束も無しに突然押しかけたのに、館を見に行く許可をもらうどころか、まさかその日の内に同行までしてくださるなんて……。
「ハッハッハ、何を謝っとる! 困りごとを解決してもらうのはこちら側なんだぞ、アオミ。それにな、知らん相手のフカシなら訝しみもするが、儂の小さな飲み仲間がこんな事でウソなどつくものかよ。……なにより、お前はそちらのお方をお連れしてくれた。感謝以外の言葉など出んよ」
エスターテ商会所有の豪華な馬車の中。
口周りを覆う白いヒゲに、天を貫く立派な白い双角を生やしたエスターテ翁は、向かい側に座る明星先輩へと視線を向け、顔を相手に向けたまま頭を下げた。
これは角が相手に向かないように配慮された、角牛族の正式なマナーに則ったお辞儀なので、間違っても「燃えよドラゴン」みたいだな……とか思ってはいけない。
そんな事を考えると先生からちょっと嬉しそうな感情が流れ込み、ついでに目配せを受けた。
あっ、先生も見てました? 確かに好きそ〜、良いっすよねぇ。バ先の店長がその手の映画好き過ぎて、バックヤードで勝手に持ち込んだDVDプレイヤー使ってずっと流してたんですよね。とんでもない公私混同。
今度カンフー映画夜話します? なんか文化人みたいなこと言っちゃったわ。
言うてそこまでいっぱい見てないから、僕は聞き手に回っちゃいそうだけど。
「シスター・ミョウジョウ。どうか、どうか今度こそ……あやつを楽にしてやってくだされ。この老角、伏してお頼み申し上げる」
「おう、任しといてくれ。紹介したアオのメンツ潰すようなマネはできねぇからよ。ま、なんとかしてみせらぁ」
「ありがたい。メンツの為というのは、下手な慰めより我ら商人にとってよほど安心できる言葉だ。……今まで出会った神父様やシスターたちは慎み深く、みな徳の高いお方なのだろうとたしかに感じられました。けれど、あなた様は格が違う。そしてそれは、この場に居られるあなたがた全員がそうだ」
エスターテ翁は少し垂れた瞼を開き、その奥に隠れた鋭い目で周りに座るみんなを見回す。
山算金のグループだけ少し離れた家を見に行っていたので、今ここに居るのは山算金・知名君・王城さん・鹿野ちゃんを除いたメンバーだ。
一組置いてくのも悪いとは思ったが、今日は話通すだけで訪問は後日になるだろうと当然考えていたんだけど、まさかの先方から「今からでも行きましょう」って誘われたんだよな。
まぁこの感じを見るに、一秒でも早く解放『してあげたい』のだろう。『されたい』、ではなくね。
「こうして相対した時に感じる、ジリジリと肌を焼き己の立つ足場が削られているかのような圧力。長年様々な種類の人間を見ているうちに、いつしか感じ取れるようになったこの感覚……ソレが皆さんからは、老いた身に響く程放たれている」
あぁ、日常的に浴び過ぎてもはやいつものと化してるあの威圧感。
あれを感じる時って大抵好きな人といる時なんで、最近はもう条件付けされちゃってあの負荷を感じると安心するようになっちゃってんだよな。
普通にヤバい。危険感知センサーバグってきちゃってます。エッチ感知センサーも大分バグってるしな。メンテ時では?
このままだとクソバカデカいサメとかに食われそうになってんのに安心感感じる、都合の良いエサが出来上っちまう。持とう、危機感。
……しかしなんか今の口ぶりからすると、もしかしてアレって万人が感じてるワケじゃないのか?
思い返してみればこれに言及されたのは、エスターテ翁が初めてなんだよな。
こんだけ町中とかをみんなが闊歩してんのに、初見の町人がこのオーラに当てられて平気な顔をしていたのもおかしな話だったのだ。
すご、全然気付かなかった。この場合の「すご」は僕が「すごい馬鹿」であるという意味です。
「恐らくこれこそ、宿した生命の精霊の量による、いわゆる『練度』というものなのでしょうなぁ。きっとあなた様方ならば、あの者をなんとかしてくださるでしょう」
そこまで言って、エスターテ翁はチラリと僕を見た。
な、なに? もしかして『その点オマエは……』みたいな意味ですか、その視線は。
しょーがねぇだろ、ボクもほぼ同量入ってんのになんか仕事してないらしいんだから。体ン中に「働かざるもの食うべからず」とか書いたモチベーションアップ用の張り紙でも貼ろっかな。
なんかそれ見たら今ギリ働いてくれてる分の精霊もストライキ起こして更に弱くなりそうなので止めよう。てかその条件だと僕も食えなくなるし。死なば諸共は勘弁だ。
共に働かず生きよう。終わってるアシタカ?
「皆さんのような方々と縁を繋げていただいた事、アオミには改めて感謝せねばならんでしょう」
僕の留まる所を知らぬ被害妄想をそれこそ露知らず、エスターテ翁はゆっくりと伸ばした手で僕の頭を撫でてくれた。
は、はわわ〜〜〜!!! ここで「はわわ」は違うか?
なんかこういう年かさの同性親戚っぽいコミュニケーションにも弱いんだよな。
てかもう大分自分の事分析できてきたけど、単純に『愛』に弱いっすね。悲しいラスボスみてぇな弱点してんじゃん。最後には愛の力で滅ぶんだろうな。
魔王さんsideも今から奥さん探しときなよ。決戦のバトルフィールドで相見えたらダブルデートでもしてそのまま僕ら二人で滅されようや。メガンテは男の浪漫だからさぁ。
「えー、いや、まあ、そこはぁ〜……実際に浄霊してもらうのは明星先輩なので、感謝は先輩の方にですね」
「そうはいかんさ。アオミの紹介だからこそ、シスターは来てくださったのだからの。……その恩に報いる為にも、もしも儂の願いを叶えてくださったなら、約束の報酬を違える事はない。どうかあの館に縛り付けられた彼を、滅するのではなく浄化して、正しき輪廻へと戻してやってくだされ。幾人も派遣された神父様でも、以前居られた聖女様でも、彼を滅ぼさず次なる世へと送り届けることはできなかった。それがなった暁には、あそこはきっかり金貨一枚で譲らせて頂きます」
金貨一枚、つまりは三百万円。
額だけ聞くと僕みてぇな年がら年中金欠だったクソガキ(そんな私も今では億万長者(詐欺広告か?(本当に実感が無くて怖い(なお怖すぎてお金は全部山算金の商会の僕入れる用バカデカ金庫に預かってもらってるので、今手元には9300円くらいしかない))))はチビリそうになるが、普通に考えて大都市の真ん中にある家一件がその値段で買えるワケがないのだ。
事前に聞いていた立地や大きさから考えれば、まさしく破格と言えるだろう。
だからこそこの値段設定には、正当な商取引というだけではない意味が見え隠れする。
「本当はタダで良かったんだが……そう言ってしまうと、『もしかしたら』と考えた有象無象が山のように集るのが目に見えている、と家族が煩くてな。館にすれば大した額ではないし、万一成功してから払えんでもいくらでも誤魔化せるゆえ気にせんでくだされ」
そう言うと彼はハァと軽いため息をついて、鬱陶しそうに眉間を揉みこんだ。
なんだか思う所がありそうな感じだ。
ふと考えてみると、エスターテ翁とは時折酒場で出会ったが、その他の親族の方とは僕はお会いしたことが無かった。
まあ現役の商会の長はそんなにホイホイ酒場に来れるほど暇では無いということなのかもしれないが、今の物言いを見るにもしかすると理由はそれだけってことはないのかもしれない。
「あー、爺さん。そのー、言い難い話かも知んねぇンだけどよ。その館に取り憑いている霊ってのがどういうヤツだったのか……アンタとどういう関係だったのかってのは、聞いてもいいか?」
訝しむというほどでは無いが、少し気になったように眉を寄せて先輩が問いかける。
なんだか思っていたのと違ぇな、って感じなのだろう。
僕もこの後話の流れで聞こうと思っていたのだが、当事者として責任を担う意識からか先んじて聞いてくださった形だ。すみませんトロくて。
ジャックスから聞いた話では、その地縛霊はエスターテ家の血族が入ったら襲い掛かるとの事だった。
そうなれば少なくとも、友好的な人間が未練を残したものとは考えにくい。
なんなら商売敵がやり手の若かりしエスターテ翁にやり込められ、無念の死を遂げて呪いを残したとかだと思ってたからな。
だからてっきりスーパー大悪霊を先輩が聖なる拳でブッ飛ばすみたいな、まあなんかゴーストバ○ターズくらいのもんを想像していたワケだ。
だが蓋を開けてみれば、エスターテ翁は終始幽霊のことを心配するように、大切な誰かとして語っている。
これからその人の残滓と対峙するにあたって、その乖離は見過ごすべきではない、極めて重要な情報のように僕にも思われたのだ。
彼女のその言葉に、エスターテ翁は咄嗟に何か言おうと小さく口を開き、けれど何も言わずに閉ざし俯いて……ゆっくりと思案してから、ぽつりぽつりと語り始めた。
昔を懐かしむように、過ちを悔いるように──罪を懺悔するように。
「今あの家にとらわれておるのは……儂の腹心だった男だ」
「聡明で、目端が利き、気の回る男であった。しかしけれどただ誠実なだけではなく、キチンと清濁併せ呑むこともできる、商人としての確かな才覚があった。ヤツとは本当に長い長い付き合いで……小さな身代だった頃どころか、下働きとして奉公に出た頃から同じ釜の飯を食い、苦楽を共にした仲だった」
「あの頃は儂もあやつも若かった。時には世間様に顔向けできないことだって二人でやったものよ。がむしゃらで傲慢で、何でも知っている顔をしていた考え無しだった。……いや、考え無しだったのは、儂だけだったのかも知れん」
「……そうしてある年の収穫期。当時儂らの商店と小麦の商いで鎬を削る競合店があった。買い付け先を奪い合い、ギルドの席を巡って争い合った。その店が、たまたま隙を見せた。送った賄賂が少なかったのか、役人からいちゃもんをつけられたのだ。チャンスだと思った。またとない好機だと感じた。その弱点を、儂は徹底的にやりこめた。後ろ暗い部分などウチの店もあったし、あちらの店にもあった。だからこそ、転んだヤツから袋叩きにされて消えていくのが商売の世界だと、少なくとも儂はそう思っておった」
「思い出してみれば、あやつは最後まで反対しておったし、いざ批判を行うとなればあやつがその指示役を買って出た。危険性をわかっておったのだろうなぁ。……結果的にそれが決定打となり、向こうの商会は傾いてその年の暮に潰れた。ボゥギフトで小麦を扱わせてもはやエスターテ商会の隣に出る者は居らんくなった。その頃の儂は、もはやこの世の何もかもを手に入れたような気分だったよ。救いようが無く浅はかで、愚かな男だ」
「そしてその年が明けてすぐ、その商店の経営者はどこから手に入れたのか、呪具であやつを刺し殺した。自身の命を生け贄に、刺された者は怨霊となりその人間が大切に思う相手へと襲い掛かる呪いを発動する……最悪の呪具だった」
「やり過ぎたんだよ、儂は。相手にわずかでも余地を残せば、確実に建て直し更に手強くなって戻ってくると思っていた。儂ならば確実にそうしたから、相手もそうなのだと思いこんでおった。しかしそうではなかった。……そうであったとしても、人は追い詰め過ぎてはならんかったのだ。儂は、『業突張り』のエスターテは、欲に目が眩みそんなことも分からんくなっておった」
「怨霊となったあやつは儂の屋敷に姿を現した。そうして儂に襲いかかろうとしたところで、まるで苦しむように呻いてもがき出した。その間に館から逃げ出し教会へと駆け込んだ儂は、当時の枢機卿の手を借りて館を結界で覆った。金に糸目はつけなかった。いくらかかってもいいからそうしてくれと頼み込んだ。……儂にはわかったからだ。あやつが残された最後の意識で、呪具の呪いに抗い儂を守ったのだと」
「結界で覆われた屋敷の前で、儂は地に膝を付けて枢機卿の裾に縋りついて懇願した。どうかあやつの魂を救ってやってくれと。けれど、それは不可能だと言われた。あの呪具は使用された者の魂に食い込む。それは当時ボゥギフトに在籍してた聖女の力をもってしても、魂を砕く事無く浄化することはできない、と。魂が砕ければ──次の生を受ける事は能わない、と」
「悪霊になったあやつをこれ以上苦しめ続けるのも心苦しいが、しかし死後の安寧すらないというのでは……いくらなんでも、あまりにむごすぎる。せめて、せめてそれをされるならば、儂の方ではないか……! ……伏して聖女様に、改めてお頼み申し上げる。どうか、どうかあやつを助けてやってはくださりませんか」
己の手のひらを見つめながら、老人は滔々と後悔を語った。
立派な角を生やした巨漢の老紳士は、いまやひどく小さく弱弱しく見える。
それは正しく罪の告解であった。
自分がしでかした事により恨みを買って大切な友を無くし、そればかりかその友は館に縛られた悪霊となり自分の血縁者を襲うようになってしまった。
けして表沙汰にはできない醜聞であるが、それでもエスターテ商会が未だこのボゥギフトで小麦を扱う最大手なのは、きっと十分に情状酌量の余地があったからなのだろう。
少なくともヘイルニヒト家に統治されている今、問題とされていないのならばこの店に疑義は無く、もしくは既に禊が済まされている。
「……なるほどな」
腕を組み静かに話を聞いていた明星先輩は瞑っていた眼を開き、押しつぶされそうな罪を抱え生きてきた迷える子羊を見つめる。
その瞳には、まるで子を見る母の如き優しさと赦し、そしてアウトローの気高さがあった。
「なぁ、ジイちゃん。アンタ、苦しかったろうなぁ」
「それは、まあ……しかしあやつの苦しみを思えば──「だからだよ」」
「ダチの苦しみを思うからこそ……自分がそちら側でなかった事を、ずっとずっと長い間後悔し続けてきたんだろ? ダチを一人苦しめ続ける日常が、心苦しくなかった瞬間なんて無かったろう。その事実から目を背け逃げ出さず、今もなおソイツを救い出す道を模索してきたそのダチへの想い──特定の誰かを指すでもない綺麗事より、オレにゃあひどく響くモンがあった」
パシリ、と彼女は己の膝を打った。
これまでは家を手に入れる為の方法でしかなかったこの除霊が、今彼女の中で明確な目的へと変わったのがわかる。
改造シスター服の中に仕舞われた、義理人情に篤い昔気質な
「褒められねぇ事したからバチが当たった……ってのも、まあそりゃ間違いじゃねぇだろうさ。だけどよ、その罪ってのはそんなめちゃくちゃな外法で悪霊にされたり、そんな悪霊となったダチに狙われ続けなけりゃなんねぇモンじゃあねぇだろう。こんな世界で、魂ごと砕かれて来世も輪廻も無しなんて程の悪行なハズがねぇ。ましてやそれを自身では無く、ダチにされるような謂れなんてのは、この世のどこ探したってありゃしねぇだろうよ」
伸ばされた手が、ガシリと彼の肩を掴む。
体格の良い角牛族をしてもなお力強く感じるのか、エスターテ翁は驚くように顔を上げた。
彼女から放たれる圧力が、普段とは違う熱を帯びる。
いつも誰かの為に祈る彼女は、今もまた目の前で自責の念に悩み続けてきた一人の老人の為に……その友の為に、敬虔なる祈りを捧げようとしている。
「ぜってぇになんとかしてやるよ、ジイちゃん。オレがアンタのダチを、悪趣味な軛から解放してやる。約束する。オレとアンタの約束じゃねぇぞ。アンタとそのダチ、互いの友情に対する、オレの宣誓だ」
シスターはビシリと己の胸を親指で指して、そんな誓いの言葉を口にした。