【書籍化】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:河葛幸狸/スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部本当に励みになってます。
ぜひどんどこどんお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、どんな話が求められてるかの参考にもしていますので……。
件の小麦御殿は、貴族別邸や豪商たちの館が建ち並ぶ中央街高級住宅地の外れ。そこから更に東寄りの、商店が軒を連ねる大通りとの境に建てられていた。
『わっ、ホーントに大っきいお家。お掃除大変そう。みんなで役割を決めなきゃね』
『これ、だけ……庭、が、広けれ、ば……いろんな、子を……飼えそ、う……です』
『離れってアレか? 離れだけでも普通の店よりデカいぞ。アレなら王城の問題も解決かもな。広いお庭でお茶などもできますね(編集済み)』
『あっ、この、管理者権限使うなよ青海、ズルいぞ! 俺にもロールくれよ』
僕にはまっとうな防犯意識があるので、愉快犯に家の鍵は渡しません。
この家にまつわる極めて重い事情を抱えるエスターテ翁に聞かせぬように、みんなも脳内discordでそれぞれの感想を言い合う。
今もなお友人が囚われている屋敷を前に、既にもらったつもりで話されても良い気するワケないからな。
先生が率先して脳内通信に切り替えた辺り、流石社会人。きちんと他人に配慮できる大人だ。
しかしまあ、おっしゃるとおりこりゃあ大きいし良いお屋敷だ。
おそらくは元々いくつもの商店とその倉庫だったであろう場所をガツンと更地にして、庭に離れまで付いた豪邸を一から建て直したのだろう。
高級住宅地よりもアクセスが良く、庶民がぎゅうぎゅう詰めに住む通りにせせこましく住む必要が無い良いとこ取りな立地。
……なるほどたしかに、この場所からは『業突張り』と呼ばれた男の痕跡が見て取れた。
そして家と呼ぶには広大な敷地の片隅には、秘石と聖水によって作られた要石が設置されている。
ヤンキー座りでしゃがみこみその結界を確認していた先輩は、パシンとそのしなやかな腿を叩き、立ち上がって腰を伸ばした。
「なるほどなぁ」
「おぉ、シスター……なにか、分かりましたか?」
「いや、ワリィけどやっぱこの手の理屈絡む結界系はいっこも分かんねぇや。なんでこれで霊とか封じ込めれてんのかも、しょーじきピンと来ねぇ」
エスターテ翁の期待のこもる声に、ぬか喜びさせないように先輩は首を振った。
そもそもが理論派ではない彼女にとって奇跡とは、そういった計算式から弾き出される概算ではなく、無垢なる祈祷によって結果のみを現出させる行為なのだ。
それを聞いても歴戦の商人らしく顔色や表情を変えることの無かった彼に向けて、「ただ──」と彼女は続ける。
「そういうのは分かんねェけど……どれだけマジかってのは分かる。この結界、張り続けるのも結構大変だろ。費用もバカにならねぇハズだし、毎度毎度教会の人間呼ぶのだって手間だ。ジイちゃんがどんだけ必死にココを、この中に閉じ込められたダチを守ろうとしたのかは、オレにもよーく分かるぜ」
だからこそ素直に吐き出される彼女の心からの感想に、彼は沈黙したまま静かに頭を下げた。
まるでなんでもないことのように、シスターは苦しむものの心に寄り添う。
「んじゃ、実地調査と行くかァ! 前もって準備どうこうをするより、実際に見てみた方が話がはえーからよ。うぃ、アオミ」
あ、ハーイ。いや、すいませんね、ヘヘヘ……。
「べつに金貰うだけでそんな申し訳なさそうにするこたねェだろ」
いや本来はね、本来は申し訳ない事なんですよこれって。
最近みんなヒモへの餌付けは悪い事だって忘れてるから、僕だけでも忘れないようにしねぇとなんすよ。
価値観の狂い始めた世界の真っただ中で、たった一人孤独に戦っていく所存だ。
「あぁ、シスターミョウジョウ! 費用は儂が……ん? あれ? 金? なんの? というかシスターの側が渡すのか? な、なぜ……?」
おっと、経費を全て持とうとしたエスターテ翁が、使途不明金の発生に混乱しておられる。あまり見られない方がよろしいかと、僕の世間体が悪化するので。
「あー、いや、気にしねぇでくれ。単なる願掛けだからよ。……さて、そいじゃあご本人に会いに行くとすっか。案内は要らねぇ、見てくるだけだ。ちっとのんびりしといてくれや。ほれ、アオミ、おっこちちまうから怖くても暴れんなよ」
あーい、まずは斥候隊の出動っすね。
「斥候と本隊がおんなじメンツな軍隊は、ちっと人手不足感があって悲しいがな」
買い物帰りの紙袋みたいなポジションで僕を小脇に抱えあげると、先輩は「ま、十分くらい待っててくれや」と言い残し、門の中へと入っていく。
「……あの、エルフ様や。いくらエスターテの血縁が居なければ襲われないとはいえ、アオミは連れてって大丈夫なんですかな?」
「えーっと、その、彼も私たちと同じパーティーの冒険者ですから……それにホラ、いざという時の為に抱えてますし」
「同じパーティーの冒険者なのに抱えて移動するのがそもそも……というか、じゃああやつは何のために連れていかれたので……?」
背後で行われる正当な質問攻めに苦しむ先生へ心の中で手を合わせながら、僕らは件の幽霊屋敷へと突入した。
◇ ◇ ◇
「なるほどなァ~~……ありゃ確かに厄介だ。剣なんとかしなきゃ成仏させらんねぇだろうし、抜いたら魂ごと壊れちまうだろうなァ。ちっと触れようとしただけで、スゲーヤな予感がした」
斥候からの帰還後。
エスターテ翁には御付の人と馬車で待っていてもらい、僕らは持って帰って来た情報をパーティー全員と共有する。
門を抜けて結界に侵入し、玄関を開けた先のエントランスホールにて、早々に僕らは件の幽霊を目の当たりにした。
墓地で出会ったレイスと同様に青白い半透明の男が、ゆっくりとその広間を周回している様は、まるであの世にいたるまでの十万億土を彷徨っている最中のようだった。
その表情は人としての感情がすっかり抜け落ち、まるで陶器でできた人形かなにかのように無に固定されている。
そして彼の半透明な身体の中心。
生ある者ならば心臓に当たる位置に、脈動する黒いモヤをまとったダガーが埋まっていた。
目黒さんの包まれれば安心感に満たされる闇とは違う、見ただけで穢れるような邪悪なそれは、決して人の魂に触れさせてはならない不吉さを感じさせた。
足を引きずるようによろよろと、おぼつかない足取りで前を通る彼へ向けて、先輩は僕を抱えるのと逆の手を伸ばそうとして……小さなため息をついて降ろした。
そして「戻るぞ」とだけ呟いて、彼女はそのまま踵を返しみなの下へ戻って来たのだった。
頭をガシガシと掻いた先輩は、以上のことを軽くまとめて説明を終えた。
「ふむ……それは例えば私の作る聖水などでも祓えないのでしょうか?」
「あー、どうして分かるかってのはなんとなくとしか言いようがねェんだけど……多分がっぷり四つ手ェ組み合わせたみてぇに、めちゃくちゃ絡み付いちまってるんだよ。ジイちゃんのダチも呪具に呪われて、言葉は悪いが属性が呪い側に傾いてる。聖水じゃどっちもまとめて、だろうな。あれを分離させて片方だけ壊すってのは、ほとんど同じ色のマーブル模様の型抜きを完璧にやるようなもんだ」
委員長の提案に首を振り、先輩は胸の前で両手をガッチリと組み合わせる。
彼女の力で噛み合わされたソレは、きっと並の力では到底剝がせないだろう。
それと同じように、あの中心部まで埋まったダガーは、彼の霊体に癒着してしまっていたように思う。
きっとアレを引き抜こうとすれば、本当に彼の魂ごと引き裂かれてしまうのだろう。
「ただ壊すだけじゃ呪いが絡み合った魂ごと砕けちまう。先に呪いを解呪しようにも、霊体ごと祓われちまう。卵が先でも鶏が先でも、結局どっちも共倒れだ。それに今のアイツは言わば巡回モードみてぇな状態だと思うんだが、あの状態は呪具が防御に集中してる感じがした。たぶん前に祓われかけた時に学習したんだろうな。ジイちゃん狙って攻撃に気ぃ割いてる時じゃねぇと、そもそも呪具に浄化の力が届かねぇ……どうすっかな」
地面に木の枝でヒトガタの中にあるナイフを描いた先輩は、難しい顔をして溜息をついた。
センパイは絵が上手い。意外というと失礼だが、なかなか不良ギャルシスターからは連想されにくい特技だ。
「なるほど……であれば、理論上"アレ"が役立つのではないかしら」
先輩の話を聞いた先生が、ひどく真剣な面持ちでそう切り出した。
せ、先生!? なにか秘策が!?
深く頷いた彼女は、確信を持った顔で明星先輩へ向き直る。
「明星さん。今こそあなたに授けた、あの技を使う時だわ」
「……ッ、なるほどアレなら……!」
その言葉に先輩はハッとしたように顔を上げる。
何かと何かが彼女の頭の中で繋がって、一つの解答を導き出した。
「私が昔猛練習の末に体得した技……それを貴方は、私が教えたほんの一月で身につけた。"暴"しか無かった私と違い、貴方には"武"の才がある。振るうべき時に振るわねば、剣は棒と変わらない……時とは、今よ」
「オス! やらせていただきやす、姐御!」
二人にしか分からない符号で通じあった彼女らは、周囲の全員を置いてけぼりに、早速特訓の成果とやらの準備を始めるのだった。
い、一体なにが始まるんです……!?
「……なんかまた、とんでもないメチャクチャを見せられる気がする」
「ま、それで解決するならいいんじゃない? ボクらと居るなら晶もいい加減慣れなよ」
そうして十分もかからずに準備は整った。
まずは門の中、結界の手前の玄関ギリギリまで近づきエスターテ翁が待機。
もしもの場合に備え闇無君と先生が傍に控えているので、翁は即座に結界外へ退避できる。
委員長は「手持ちの具材でできますので」と言うと、なにかあった場合用にチャチャッと聖水を精製済みだ。聖別ってそんな簡単にできて良いの……? 今夜の献立じゃねーんだぞ。凄い。
そして開け放たれた扉の前で、明星先輩は足を肩幅より広げて静かに腰を落とし、水月の前にて両拳を縦に構えていた。
ただその姿勢を維持しているだけだというのに、彼女の足元には水溜まりができるほどの汗が流れ落ちている。
瞑目し小さくすぼめた口から全ての息を吐き切り、そして緩やかに鼻より吸い込んで、腹の底にある丹田へと溜め込む。
外から吸い上げた気を、閉じられた
極限まで高められた集中。
生物であれば逃れられぬ微細な振動すら制御下に置き、ほんの僅かな身動ぎすらもしない。
そんな微小なエネルギーの散逸すらをも許さず、たった一雫さえ惜しんですべてを巻き上げ、体内に太極図のように動的な螺旋を描く。
今彼女の中には、はちきれんばかりの力が渦巻いている。
分かりやすく言えばそれは「圧力鍋」のようなものだ。
ただ静かに、けして外から見える変化が無くとも、今そこではたしかに尋常ではないエネルギーが、果て無く高まり続けていた。
「……エルフ様、これで本当にあやつを助けられるのですな」
「えぇ、信じてください。私の教え子は、きっとあなたの大切な友人を取り戻してみせるハズです」
不安そうに尋ねるエスターテ翁に、先生は万感の信頼をもって力強く頷いた。
レベルアップによる圧力を感じ取れる翁は、彼女の力の高まりも同様に察知できているだろう。
それでもなお心配してしまうのは、これまで何もできず手をこまねき足踏みしていた時間の長さが故か。
彼が緊張からかあえぐように吐いた吐息と、微動だにしなかった先輩が「ぞっ」と音を立てて一際大きく息を吸い込んだのは、まったくの同時のことであった。
そうして彼女の顎から垂れた一滴の汗が、足元の水たまりへと落ちた瞬間。
先輩の中で、高まりきった気が最高潮を迎えた。
「今ですッ!」
「っ……シスター! この命、お預けしますぞ!」
先生の合図に背を押され、ルビコン川を渡るようにエスターテ翁の足が結界のラインを超える。
その靴先がわずかに庭先の土に触れると同時、館からざわりと禍々しい気配が膨れ上がり、まるで自身まで呪われてしまったかのような怖気が足元から這いがった。
屋敷中を巡回していた霊が、囚われた呪具から発される命のままに玄関から飛び出して翁へと襲い掛かる。
その直線状に居るシスターの事など、まるで目に入らないとでもいうかのように。
レイスとは比べ物にならない凄まじい早さで空を滑る霊体が、彼女をすり抜けようと目の前まで差し掛かった刹那。
先輩の眼がカッと開き、腹の前にて並べられていた右拳が、腰ごと身体を捻った摺り足と共に引かれる。
流れるような動作で構えられた掌が、低く落とした腰から踏み出される大きな一歩と共に、体重移動と巌の如き腹筋の弾性力による十分な加速を伴い射出。
体幹の捻じれをともなう強烈な踏み込みと同時に放たれた光り輝く掌底は、目前まで迫った霊体の胸元へ音を置き去りに真っ直ぐ放たれ、砲弾の如くその左胸へと着弾した。
「喝アァッ────ッッ!!!」
彼女の掌底と霊体が衝突する瞬間周囲の空間がたわんで波打ち、まるでフラッシュグレネードが炸裂したかのような鮮烈な光が辺りを満たす。
『ほっほ、素晴らしい神気じゃ! 今よりずっと神と近かったあの頃でも、なかなかこのクラスはおらなんだぞ』
「……明る、いの、に……嫌じゃ、あり、ませ、ん……不思、議……」
眩しいはずのその光は、けれど僕らの目に突き刺さることなく物質を透過して、ただ神々しいその景色の神秘性のみを強調しているかのようだった。
剛力無双の聖女があれだけ貯め込んだ力を打ち込んだというのに、半透明の男はピタリと静止したのみで、吹き飛ぶどころか風の無い日の柳のように揺れ動きすらしていない。
けれど、その胸に埋め込まれたダガーが、邪悪なモヤをまとった不吉な凶器だけが、小さく振動する。
その震えは徐々に大きくなり、モヤが内側から殴られたかのようにボコボコと形を変わったかと思えば、刀身や柄に亀裂が走ってその中から光が漏れ始めていた。
呪いの内側で、純粋なエネルギーと聖なる力が暴れ回っていた。
インパクトの瞬間に込められた気功によって、聖なる拳の破壊力と神気が彼の霊体に一切触れることなく呪具にのみ伝播し、破砕と浄化が一寸の誤差も無くまったくの同時に進行している。
ラムネ瓶の中のビー玉だけを砕くが如き神業──功夫。
站樁により練り上げられた祝福、祈祷によって舞い降りた気功。
本来交わることのなかったまったく違うベクトルの力が、武によって通じ合う二人以外誰も想定のしていなかった相互作用を起こして、今目の前で弾けようとしていた。
聖女の振るうソレが神の力であるならば、"真なる悪"のみを選別して打ち払うのは、無論道理のことである。
悪いままの顔色を一つも変えない霊とは対照的に、それを縛り付けている呪具は身悶えするようにガクガクと打ち震え、悲鳴のような破砕音を響かせ。
【ーーーーーーー!!!!】
最期に、ヒトには聞き取れぬ断末魔を叫ぶと、一度大きく揺れて、端から砂のようにサラサラと砕けちっていった。
『……あ? こ、ここ……は……?』
そして後に残されたのは、たった今まで眠っていたとでも言うように、現状を飲み込めず辺りを見回している幽霊一人だけだった。
「お、お、おおおおぉぉぉ……っ! ディム……っ! わか、分かるのか、話せるのかッ! もう、苦しまんで、済むのか……!」
『そ、その声、エスターテか!? なんだ急にジジイになっちまって、これは一体どうなってんだ!? 俺はあの時、死んで……』
友に今生の別れをもたらす為だけにその半生を捧げた老人が、望むことすらできなかったその友人との会話に滂沱の涙を流している横で。
残心を解いたシスターは大きく息を吐いて……そのままふらりと水たまりの中へ背中から倒れ込みそうになったので、慌てて駆け寄り潰されながら一緒に横の芝生へと転がり込んだ。あぶなーい!
「だぁー……またガス欠だ。オレってスタミナあんまねぇのかもなぁ。いつもヘバってるアオのこと笑えねぇや」
いやぁ、あんな超必撃ったら誰でもそうなると思いますけどねぇ。
単に先輩の必殺技が強力過ぎて出番が多くなってるだけじゃないですか?
有事に頼りになるウチの最終兵器さんには、日頃はゆっくりのんびりダラけてて欲しいですけどねぇ。僕が小間使いとしていくらでもパシられますんで。
「……おいアオ、あんまオレ甘やかすなよ。甘い誘いに乗ってズルズルとサボり続けて留年する未来が今から見えたわ。大人しいマジメ君みたいな顔して根がサボローなんだよなオメェ」
僕のトゥエルブパックなお腹を枕にして寝転がった先輩に、あんま隠しきれてなかった本質を言い当てられお手上げになっていると、やってきた先生がそんな彼女の顔を覗き込むように屈みこんだ。
「隔山打牛……山を挟んだ牛を打つ。手前にある障害物を通り抜け、狙った対象にのみインパクトを与える、中国武術の深奥──『透勁』。完璧にモノにしたわね、明星さん」
「ウス! 姐御のおかげッス!」
「そんなことないわ。結局昔の私ができたのだって穿つような衝撃波の浸透……山のガワは傷付けずとも内部をズタズタにして、伝播した衝撃により牛を破砕するが如き、暴れる力を尖らせるような技だった。今あなたが放ったのはまさしく気功……師を超えたな、明音」
「……ッ、押忍!! ありがとうございました!」
師匠からのこれ以上ない賞賛を、先輩は本当に嬉しそうにニカリと歯を見せて笑って受け取るのだった。
「……なんかハッピーエンドな雰囲気出てるけど、これってそういう話だったっけ? 俺幽霊屋敷の除霊って聞いてたんだけど」
だからしたじゃん、除霊どころかなんか喋れるようにまでなってるし。
「エクソシストの上映会でカンフーハッスルを流すなって言ってんの」