【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
翌日の午後、僕は小金井さんが借り受けた商業ギルドの一室へと足を運んでいた。
二日連続でみんなとの晩ご飯すっぽかして酒飲んじゃったからちょっと反省して、朝ごはんと昼ごはんは同じテーブルを囲んだのだ。やっぱご飯は好きな人と食べた方が美味しいからね。
昨日は依頼の為に仕方ないこととは言え、家庭(将来的に各人とそうなるらしい)に仕事(ヒモが仕事……? 妙だな……)の事情持ち込んじゃうのは公私混同で良くない。いや普遍的な話しかしてねぇだろ、なんで注釈が二個も必要になるんだよ。
で、その後軽く知り合いに情報の裏取りをしてから、ここへ足を運んだわけである。
「昨日はごめんね。小金井さんのお仕事だったのに、勝手なことしちゃって」
「……いいえぇ、かまいませんとも。上手くいく算段の大きい方へ任せるのは、仕事として当たり前の事ですしぃ?」
しっかりと機嫌を損ねている小金井さんに、僕は謝罪代わりの手土産を渡す。
こういう時はシンプルな甘味、とらやの羊羹は買えなかったので鹿野ちゃん推薦の逸品だ。
舌ってのは正直で、味覚ってのは特別だ。
ある程度までなら乱れた精神状態でも美味いものを食えば味もわかるし、美味いなと思ってしまったら精神の逃避も相まってストレスの原因よりそっちに意識を優先させてしまう。
むろんそれは食ってる間だけ、一過性の慰みに過ぎないが、しかし駆け引きってのはたいてい一瞬の隙で決まるもんだろ?
……カッコよくは言ったが、上手くなるのは誤魔化し方ばかりだな。
彼女が甘ウマやーらか木の実団子を齧って数回咀嚼したのを見てから、僕は口を開く。うんうん、思ってたより美味しくてちょっと目を見開いたな。
口に物入ってる時に話しかけるのはマナーとして良くないが、今回ばかりは許してもらおう。
「いや、それがね。どうもむこうの貴族とその依頼ってのがさ、ちょいと面倒くさそうなんだ。あぁ、ごめん。返事はしなくていいから、ゆっくり食べながら聞いててよ……。僕としてもギルマス見た時点でダルそうな話だなってのは分かってたから、口を軽くする為にも相手に少し酒を入れたかったんだよね。
「なんでもギギルガムっつー家からの依頼なんだけど、彼らは爵位もそこまで高くないのに他の貴族家から軽んじられることはなく、時に圧倒することすらあるらしい。
「それもこれも、彼らの治める領地が問題だ。彼らが持つのは火山地帯、しかも鉱山だけじゃないぜ。なんと人も入れる温度の温かい湯が湧いてて、それに浸かると天にも昇る心地だと評判。皇帝すら別荘を持つ、帝国有数の観光地でもあるんだ。
「……そう、異世界あるあるの温泉地ってワケ。どうも二本足で立つヒト型の生き物が温かい湯に浸かるのが好きなのは、どの世界線でも共通してるのかもね」
「……なるほど。ギギルガム家でしたか。力ある貴族、だけれどそれは武力や権力というよりも資本力ですねぇ。かの領地は大変な人気だそうですよ。小金を持つ者にとって、一生に一度は旅行に行きたい場所……昔の日本で言えばお伊勢参りみたいなもんです。ヒトモノカネすべての流入が多いけれど、しかし住みよい場所は観光地に取られ、領民たちは鉱山労働やその自然の過酷さゆえに苦しむものも多いとか」
団子を飲み込んだ小金井さんが、ぺろりと口周りの粉を舐めて口を開く。
どうやら機嫌は半分くらい直ったらしい。
とはいえ、そもそも彼女は私情を仕事に持ち出さないタイプだ。僕の報告を聞く間は、端から何かを言うつもりも無かっただろう。
残ったもう半分は、これからの話で挽回していくしかないのだが……気が重いぜ。
串に残るもう一つの団子に齧り付く彼女へ、僕は話を続ける。
「もちろん権力も、僕らとは比較になんないくらいあるだろうけどね。でもパラメーターをグラフにするなら、そういう形になるんだろう。ギルドとしてもやりにくい相手さ。こういう金満貴族の無茶ブリに弱腰なのは、所属する冒険者たちにたいして外聞が悪い。冒険者ってのは……っつーか市民そのものが、たいてい金持ちを嫌うからな。金持ちの横紙破りなんて跳ね返してくれよ!とかの意見も出かねない」
「気持ちはよくわかりますよぉ。金があるだけの奴が偉そうなのは腹立たしいものですからねぇ。継続的な運があるならまだしも、家の前の切り株に一回ウサギがぶつかっただけの農民に誰も敬意を抱かないのと同じです。まぁこの貴族は行楽地の運営でうまくやっているみたいですし、そういう輩じゃあないみたいですが」
実力で素封家となった彼女にそう言われては、世の成金は形無しだろう。
大半の人間にとっては運の良さも実力の内なのだけれど……真に能力がある人間にしてみればそう甘くは無いらしい。
「そうして、そんな相手から別機関に所属するパーティへのお門違いな依頼を受けて、ヴォルバレイさんは途方に暮れてたっつーコト。しかしね、となると金払いは良さそうな相手なのに、なんで商業ギルドが口を挟まずに冒険者ギルドに任せようとしたのかは気になってくる」
「ふむ。依頼がそもそも解決できないものだった。その依頼を受けると払われる報酬以上の費用がかかる」
一本ずつ指を立てながら、小金井さんは考えられる可能性を挙げていく。
親指で冒険者視点、人差し指で商人視点、そして中指を立てて。
「もしくは……その依頼をこなされると問題がある者が、商業ギルドの中に存在する」
ずいぶんと物騒な事を飄々と彼女は言い放つ。
そこまで口に出してしまっていいってことは、この部屋は声が漏れる心配は無いらしい。
悪王寺先輩も居ることだし、そういった確認は済んでるんだろうな。
そしてこのイジワル問題の答えを知っている僕は、大事な大事な依頼内容を彼女へお伝えする。
「さて、肝心の依頼内容自体は、領地に出た大怪鳥を討伐して欲しいっていうシンプルなものだよ。なんでも大変な問題になってるらしくてねぇ。村単位で何個か壊滅的な損害を被っている。街所属の冒険者やギギルガム家の騎士団が何度も出張ったが、すぐに魔法も届かぬ程に高く飛ばれ対応できない。そこで魔王の走狗を倒したとされるパーティの、黄金に輝く聖女の祈りと凄腕砲術師に目を付けた。つまり今回の主役は明星先輩と鹿野ちゃんだね。どうも僕のバフが聖女の祈りと混同されてるっぽいけど、これは好都合なので放置しておくとして。……で、そんな大きな鳥さんは街道筋に住みついてしまっているらしく、温泉街と他の街を往復する商隊がいくつも被害にあっているそうだ」
それを聞いた小金井さんは呆れたように瞑目する。
あぁハイハイ答えがわかりましたよ、とでも言いたげに摘んでいた串を屑籠に弾き入れ、立てた三本の指の中から親指と人差し指を畳む。
残ったのは往年のヤムチャを彷彿とさせるポーズだ。
まーそうね、そうよね、簡単な話さ。
答えは中指。
極めてわかりやすく、その街で商売をする他営利組織の足を引っ張る方策だ。
物の売り買いってのは人間にとっての血液循環みたいなものだから、一部がずーっと停滞しっぱなしじゃ、もちろん周りにも悪影響を及ぼしちまう。
しかしこれは同時にまたとないチャンスでもある。
資金が細くなった競合の商会を刈り取れれば、その温泉地という一大経済圏に大きく食い込めるし、なんなら乗っ取ることすら可能かもしれない。
ボゥギフトの商業ギルドは、そのギリギリの線まで待っていたいのだろう。
こりゃ面倒くせぇぞぉ。
僕もヴォルバレイさんの武勇伝を堪能した後に、いろいろ聞き出して後悔したくらいだからな。
むこうもめちゃめちゃ申し訳なさそうな顔をしていたが、どうしても冒険者ギルドとして断るのは難しそうらしい。
やんなっちゃうねぇ。だってこの依頼、今解決しちゃうと商業ギルドとの関係が悪くなっちまうんだもの。
こういうどちらかを取ると他方との関係値が下がるイベント、僕は好きじゃないんだよね。
ルート分岐が多いとセーブデータの管理が煩雑でさぁ。
「つまり僕らは大怪鳥の巣の場所も調査しなきゃいけなければ、その商隊丸ごと壊滅させるダイナブレイドじみたでっけぇ鳥と大乱闘もやんなきゃならないっぽい。僕らはシンドバッドじゃねぇんだけどなァ? しかもその上、もう言っちゃうけどこの大都市にうごめく巨大な欲望にも配慮しなきゃいけないときた。全部やんのはマフィアの幹部でも無理ってもんだろ。もちろんお断りをしたいとこだけど、しかし残念。単なる木っ端ではない貴族様直々のご依頼を、僕ら冒険者が正面切ってお断りすればどんな因縁をつけられるかわかったもんじゃない。どうしよ、詰んじゃった。僕らは一休さんでもないんで、とんちでなんとかもできそうにねぇ」
「屏風から虎を出すくらいなら口車でなんとでもできますが、なにが厄介って私たちがまだこちらで地位を確立していないことです。時間が無い、金が無い、人手が無い。それらが無くてもなんとかするのが商人ですが、しかし異世界に来て数週間ではあまりに元手が少なすぎる。いやはや、異世界に来ると自分の生まれの良さがどれだけ恵まれた境遇だったか、改めて理解させられますね。……でも、なにを言ったところでこの依頼は受けざるを得ない、そうでしょう?」
そうだね、そこはもう既に二択じゃない。
ウチのパーティには説明済みだが、結論としてはやるしかないっつー感じだった。
貴族の害意ってのがどれだけの脅威となるのかは不明だし、なによりこう言ってしまうと小金井さんには申し訳ないが僕らと商業ギルドの間には関係性がまだ全くない。
その状況ならば、どちらを取るかと言えば明白だろう。
あとみんな普通に温泉街を楽しみにしてるし、僕も正直楽しみだし。
しかし、このままではきっと僕らはこの依頼を達成できないと思う。
これは極めて繊細なバランスを要求される難題だ。
ただ「よく知らない相手だしそっちに煮え湯を飲んでもらお」では、うまくいくハズがない。
……つまり僕は、今回の依頼の事前準備に失敗したのである。
「……ごめんね小金井さん。お仕事を途中でかっさらった上に、結局聞き出せた情報は僕らにプラスとなるものじゃあなかった。素直に謝罪させて欲しい。申し訳ない」
僕は自分の非を潔く認め、言い訳のしようもないと深く頭を下げた。
こちらを半目で眺めながら、彼女はわかりやすく頬を膨らませている。
デフォルメ表現された怒りだが、しかし小金井さんはきっと昨日から本当に怒っていたハズだ。
昨日のアレは完全なる横車、無作法極まりない横取りだった。
それでもあの場では、この方法が最善だと思ったのだ。
あれ以上二人に会話をさせていれば、僕はギルマスを連れ出す機会を逸してしまっただろう。
そうすれば二人の会話の中でギルマスは必ず何かを隠そうとし、それに勘付いた小金井さんは歴戦の手練手管で聞き出そうとした。
その先には関係の破綻があり、きっとそれは僕らを含めたみんなを不幸にするだろうという予感があったのだ。
そして彼が隠したかったのは、『商隊が襲われている』という情報だと今ならわかる。
それを言ってしまえば、聖女擁する小金井さんパーティが依頼を受けなくなるからだ。
なのでおそらく複数の村が襲われている、くらいに留めた話をしたのではないだろうか。
知らずに受けてしまえば、依頼達成後に小金井さんが商業ギルドからなんらかのペナルティを負わされた可能性も高い。
知らなかったでは済まされない。
商売の世界というのは、情報を得られなかった人間から落ちていくものだ。
とはいえ、それで横入りして聞き出したのはいいが、結局やりようがなく詰んでしまうとは……まったく、つくづく僕は成果を上げられない男だ。
「たしかにあんな事をされたのは私初めてで、呆気に取られましたよ。この人は私をナメているのかと、商人としての能力をみくびられているのかと、我に返ってから腸が煮えくりかえるかと思いました」
ごもっともなお怒りだと思う。
本質的に自分の能力に自信がある彼女は、僕とは違い確固たる実績に基づくプライドがある。
プライド、つまりは尊厳。
持たぬ者である僕なんかには実感が湧かないけれど、それは持つ人にとっては衣服のようなものだ。
それを侮辱するというのは、人前で裸に剥くに等しい辱めとなってしまう。
必要な事だとは思ったが、それがなんの救いにもならない事は言うまでもない。
大事な人のメンツを潰した事実に自己嫌悪が募る。
最近は反省する事ばかりだ。
なにをやってもうまくいかないとまでは言わないが、どうも異世界に慣れて慢心してしまっていたのだろう。
ほとほと自分が嫌になってきた、なによりヒモだし。
そもそも最近ちょっと調子乗ってたんだよな。一度自分のルーツに立ち返り己の仏性に向き合ってみる必要があるかも知れない。
心に宿った仏が「働かずに賭け事は良くないのでは……?」と語りかける。仰る通りだ。
「……でもまぁ、良いです。私より上手くやれると言い張る人は何人も居ましたが、ホントに私より上手くやれた人は初めてですから」
けれど、伏し目がちな僕の耳朶を、彼女の柔らかな声が打つ。
反射的に顔をあげると、机に身を乗り出した彼女の顔がすぐ近くにあって、僕は思わず少し仰け反る。
あんだけキス経験したのに、かわいい子の顔が近くにくると未だにビビるぜ……。
今日の行きがけも、鹿野ちゃんから行ってらっしゃいのキスされちゃったし。先生にバッチリ見られたし。後でお話がありますって言われたし。夜に目黒さんの部屋にも行くように鹿野ちゃんに言われたし。退路がドンドンなくなってないか?
「ありがとうございます、青海先輩。あなたにまた助けられました」
え、いや、でも、解決策は用意できなくて。
「それこそナメないでくださいよぉ。そんな事までしてもらっては、それこそ私たちは仲間ではありません。なにもかもおんぶにだっこじゃいけないでしょう?」
再び座り心地の良さそうな椅子に腰かけた彼女は、そのまま深く背を預け足を組む。
瞑られた目で瞼の裏を眺めながら、彼女は脳内でそろばんを弾いているようだ。
「情報があるのなら、いくらでもやりようはあります。おそらくあのまま応接室で話し込んでいても、彼はここまで踏み込んだ話はしてくれなかったでしょう。
「そうすれば私は商隊の話を知らないままに依頼へと進み、下手をすれば最後には消されてもおかしくなかった。
「……ま、流石に私も途中で勘付いて探りを入れたとは思いますが、しかしこんな大事が大々的に出回っていない以上、どこかで規制線が張られているのは間違いありません。
「私らの情報はどうしても、商業ギルド関係者からの物が多いですからね。もちろん外にまで手は伸ばしていますが、やはりこの文明度では情報の伝達に一番長けているのは商人たちです。よそから聞ける話は足が遅すぎて、今はまだ使い物にならない。そうなると、後の謀略の為に緘口令を敷かれてるであろうこの情報には辿りつけなかった。
「……それが今や、アドバンテージに変わった。ギルド側は私が気付いた事に気付いていない。お偉方は良い気なもんで、ぽっと出の生意気な小娘の凋落を眺めようと、下手に茶々を入れず葉巻でもくゆらせていることでしょう。ここでうまくやれれば、一気にそいつらを出し抜ける」
青海さん、あなたのその優れた手腕に私は敬意を表します。
普段のように作り物めいていない、腹黒くも自然な笑み。
それは、商人としての小金井山算金の本心の言葉のように思われた。
まさしく赦しを与えられた僕は、いつの間にか張り詰めていた気を緩ませ、握りしめていた手からも力が抜ける。
よ、良かった~~……。
僕の取り越し苦労ならまだしも、要らぬお世話にまでなってしまったと思い気が気じゃ無かったのだ。
僕も大事な人から嫌われたくねぇからさぁ。
僕が冷や汗を拭うのを見ながら、クスクスと彼女は笑う。
「フフ……、私も初めて親の商いに口を出した時、そんな顔をしていた気がします。……私たち、案外似てるのかも知れませんねぇ?」
まぁ、そうだね。月とスッポンは似てるから諺になったんだ。
「おーぅ、ただいま……っと、なんだ青海じゃねぇか。オイなんだ次は山算金口説こうってのか? コイツ結構アク強いからオマエでも無理なんじゃねぇか」
「おやおやおや、僕という相棒がありながら助手クンはさらに浮気かい。……女の子同士が鉢合わせた時にめちゃめちゃ困るから、あんまり複数同時はおススメしないよ」
僕らの話が一段落したところで、明星先輩と悪王寺先輩のご帰宅だ。
悪王寺先輩、やっぱりあの噂は本当だったんすねぇ。わ、悪い大人だ……!
いやしかしねぇ、複数同時っつーかもう各ご家庭って単位になっちまったから困ってんだよなこっちは。僕も悪い大人だ……。
一応結婚後の円満の秘訣を、ヒダルさんの奥さんにまた聞きに行くか。しかしそれって複数人相手でも有効です? 特殊なケース過ぎて前例を参考にできん。
「先輩方、今度の依頼はちょっと面倒そうです。お二方にもしっかり働いてもらいますよぉ」
すっかり人の良さそうな笑みに戻った小金井さんが、帰ったばかりの彼女らに無慈悲にもそう告げると。
二人からは情けない悲鳴があがるのだった。