【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【37】 もうどこにもないあの日

「いいですか蒼君。あなたはみんなとちょっと普通と違う形の関係になっているわけですから、そこはちゃんとそれに沿ったスキンシップをしないといけません。いえ、ねだっているワケではないんですけどね?」

 

 帰宅後訪れた先生の自室にて。

 握った手を軽く振り回しながら普段の二倍早口で話す彼女に、僕は度胸を振り絞って唇を近づけ、優しく触れさせる。

 自発的にやるのは初めてだが、とんでもなく勇気がいる行動だ。

 こんな事を僕にやってくれていた二人には、改めて感服させられる。

 

「うん、ごめんね聖さん。不安にさせちゃったんですよね」

「……いえ、その……はい」

 

 これは完全に僕のミスだ。

 自分の男と他の女の子のキスを目撃し、しかも自分はまだシた事が無いなんて、あまりにも酷い話である。

 いやホントに酷い話だぞ。倫理観とかお持ちでない?

 持ってるのに気付けばこの状況に追い込まれてるんだよ! 誰かに時を飛ばされたとしか思えない。こんなキング・クリムゾンがあってたまるか。

 

 

 他のみんなと違い先生は初めての恋人ではないから、今までの人と比較もしてしまうのもあるんだろうな。

 そう思うと胸がきゅっと締め付けられる。

 自分は何人もと将来誓いあっといて、ずいぶん勝手な感情で我ながら笑えない話だ。

 ……まぁ前任者も僕と同じ職業だった事まで聞き及んでいるから、先生のあまりの不幸に切なくなってしまっただけの可能性もあるが。

 

 そもそもみんなと誓いあった事を僕が把握できてないのも良くないんだよな。マジで良くないだろ。どういう事だよ。

 み、みんな実は幼馴染で幼稚園の頃に花冠作って指切りしてたりする?

 もしかして眠った僕に話しかけて言質取ったりしてないよね?

 それともヒモって職業に雀魂の自動和了みたいな機能があったりすんのか? イケそうな女の子とは自動的に将来を誓い合いますってボタンがあるなら、今すぐoffにしとかないといつか誰かを不幸にしちまう。

 

 

 次から次へと湧き出す疑問や仮定は尽きないが、しかし今は目の前で黙り込んでしまった女の子に思考を割く。

 彼女はどうして欲しいか、どうすれば喜ぶか、どうすれば幸せになってくれるのか。

 いつしか相手の顔を見ていれば、なんとなくわかるようになってきた感覚を、自分の体でトレースする。

 それは結果的に、自分のやりたいことをやるのと同じだ。

 

 僕と彼女の幸福を、一緒に作り上げてゆく。

 

 赤くなった先生の頬に手を当てて、額を触れ合わせる。

 人間には許されなかった神渾身の自然美は、透き通った朝焼けの果てにそびえる天貫く大樹のような荘厳さまで感じさせる。

 畏れすら抱くほどの造形を相手に、僕は恥ずかしげもなくもう一度口付ける。

 彼女がこうして欲しそうだったから。なら、僕は恥ずべきではない。

 艷やかな唇に触れる度、同じ生き物とは思えない柔らかさに目眩がした。

 

「未熟なパートナーでごめんなさい。誰かと好き合うの、慣れてないんです……よければ聖さんが、僕にいろいろと教えてください」

「……フフ、わかりました。……こっちでも先生として、授業をさせてもらいます」

 

 こうしてドスケベ薄布爆乳超絶美女エルフ女教師と僕の午後の授業が始まった。異世界発のエッチな動画のタイトルか? 最近のああいうののネーミングは属性が過多過ぎる。マンネリ回避も難儀だな。

 

 いやしかし、こういう時に“夜の“じゃなく“午後の“だと締まらねぇもんだぜ。紅茶じゃねぇんだぞ。でも今全然15時くらいだし。

 あの後小金井さんたちがパーティで会議をする流れだったので、早々にお暇させてもらってすぐこうだからね。そんな事あっていいのか……?

 

 策謀渦巻く商人たちの情報戦に一噛みして、その足で女と逢瀬ってもう島耕作じゃん。モーニングでもなきゃ許されない爛れっぷりだよ。

 今や社外取締役かなんかにまで成り上がった人生の成功者とはいえ、ヒモの肩書を持った事はあるめぇ。

 あの超人に勝てることってあるんだ。密かな自慢やね。ヒモを自慢するな。

 

 不思議と植物を思わせる先生の香りに参ってしまいそうになりながら、そこから一時間弱、僕は大人がするキスの仕方を教わるのだった。

 ちょっと予習が過ぎますね。大学の教育課程も通り過ぎてないか? 共通テストで出題されてもしっかり答えられるぞ。

 こ、こんな事してたら僕のお腹に子供できちゃうかも……。

 それよりなによりキスから先に進まないで切り抜けた自分の手腕に驚嘆を禁じ得ない。

 

 壮絶な奇跡体験にちょっと前後の記憶が曖昧であるが、へろへろと先生の部屋を出た僕は、帰り着いた自室のベッドに倒れ込むのだった。

 なんか身体から良い匂いするよぅ……。

 

 

 

 

 

 

「ってワケなんで、依頼は受けるし温泉には行くけどちょっと面倒な話にはなってるんだよね。事が力ある貴族からの領地の救援依頼である以上邪魔が入るとは思わないけど、依頼完了後に商業ギルドからなにがしかの嫌がらせがあるかも知れない」

 

 なんとか数時間かけて現実に復帰した夕食の席で、今日小金井さんと話した事を軽くまとめてみんなに報告した。

 大皿の野菜ゴロゴロクリームシチューもどきに、デカいパンを千切って浸し食べる手を止めず、鹿野ちゃんが疑問を呈する。

 

「えー? でもそんなら事前にウチらを温泉に行かせないとか、そういう邪魔したりする方がいいんじゃないッスか? な、なんて邪悪な……! ウチらの露天温泉満喫豪華旅館長期宿泊カニ・松茸食べ放題マル得旅プランは誰にも邪魔させないっスよ! てか温泉地の人たちも大変じゃないッスか! 許せない話ッすよこれはー!」

 僕も初耳の旅程をトリバゴで予約していたらしい彼女は、まだ見ぬ巨悪へ無邪気な怒りを見せる。本当に善良な人間ってのは、こうあるべきなんだろうな。

 他人を陥れる策略と自分のお楽しみを無きものにされそうな事態に、キチンと義憤を燃やせる無垢な鹿野ちゃんを見て、僕は慰められたような気持ちになる。

 人の善なる部分が形をとるならば、きっとこんな女の子になるのだろう。

 

「うん、そうだねぇ。でもたぶん大丈夫。いくら大都市の商業ギルドとはいえ、相手が貴族様だからさ。今やってる情報封鎖で遅延させるくらいの妨害が精一杯だと思う。それに僕らが依頼に失敗すると、聖女と教会の顔も潰すし商業ギルドお抱えの魔王の走狗討伐者の評判も地に落ちちゃう。だから商業ギルドとしては、これくらいの損害与えて手打ちってのが落とし所なんじゃないかな。でもちゃんと考えれててえらいよ鹿野ちゃん」

 

 手を手拭いで拭いてから、顎の下を撫でてあげると嬉しそうに身をよじる。

 女の子を撫でる時ってあんまココ撫でない方が良いんじゃないか?

 でもなんでか鹿野ちゃんとじゃれ合う時は、こうすれば喜ぶかなって察するイメージが、ペコと接する時とまったく同じ絵で浮かぶんだよな……。

 なんでだろうか、人間の心の深奥には計り知れぬ謎がある。

 え、いや、耳の裏もくすぐって欲しいの!? 飯時にやっていいペッティングじゃなくない!?

 

「とは言ってもあの小金井さんが、事前に情報を知った上でやすやすと罠にハマるとは思えないから、なにがしかの策は講じてくると思う。なんで僕らは、彼女が考えた計画をこなす事に注力しよう。普通魔車で一週間くらいかかる長旅だから、話を聞く時間はいくらでもあるんでね」

 

 変に不安にさせても仕方ないから、安心材料もしっかり伝える。

 小金井さんが先輩方二人に指示を出していたあの感じなら、なにかしら打開する心当たりがあるのだろう。

 彼女の事だ。これを奇貨に三倍返しの逆襲の一手を考えていてもおかしくない。

 

 

 ……ま、もし万が一それが上手くいかなくて、結果としてマズい事になってもさ。

 しょーがねぇなぁっつってみんなで遠くの街まで行っちゃおうや。

 

 良いじゃん、どうしようもなくなったら一緒に逃げちゃえば。

 あーぁなんなんだよ〜つって、途中まで上手くいってたのにな〜なんて嘯きながら、8人で笑って夜逃げしよう。

 少なくとも僕は、地の果までだって着いていくから。

 仲良くなった町の人たちを思うと寂しいけれど、別れの存在しない相手なんて居ないしね。

 

 やらかしたり手詰まりになったりご破算になったり、いつもいつも失敗の繰り返しだった僕は、だからこそ誰の失敗も一切責める気にならない。

 なあなあで、馴れ合いつつ、傷を舐めあって怠惰に妥協しながら……手元にある幸せだけ鞄に詰めてとんずらこいちゃおう。

 ……実はこれが、僕の持つ一番ヒモらしい社会不適合な資質だと思っている。

 

 でもさ、しょうがないよ。

 

 ずっと成功できる人間なんて、この世にいないんだから。

 いつか訪れる破滅も、傷つきながら笑い話にして、受け入れて生きるしかないじゃんね。

 だったら、それも含めて慈しんだ方が、ハッピーになれるハズだから。

 

 不出来な僕は、幸福と喪失を同じだけ愛してあげるんだ。

 

 

 ……だがこういうこと言うと、NTR同人誌になった時〆の一コマのモノローグに入れられちまうから、そこは気をつけておきたいね。

 

 

 

「……青海君? どうか、しましたか?」

 

 委員長の声にふと我に返ると、みんなが手を止めて僕の顔を見ていた。

 え、なになに!? な、なんか口に出してた!?

 いや違う、ホントに違うからね。全然NTRは性癖じゃないんだよマジで、僕ああいうの見ちゃうと相手の男を斧で真っ二つにする気しかしなくて……。

 我ながら支離滅裂な言い訳も虚しく、みんなはなんとも言えぬ物を見る目で僕を見るのだった。

 マ、マジでNTRは地雷なんだよ〜〜〜!!

 

 

 

「あの、目黒さん……どうしたの……?」

 

 変な空気のまま終わった食後、鹿野ちゃんにアドバイスされたとおり目黒さんの部屋を訪れた僕は、まるで等身大の人形の如く彼女の膝の上で抱きしめられていた。

 僕こう見えて161にちょっと届かない程度はあるんすけどねぇ?

 

 とはいえ、実はけっこうこのポジション好きなんだよね。

 誰かに所有欲を持たれているということが、僕の醜い承認欲求を心地よく満たしてくれる。

 でもいつもしてもらってばかりだから、今度一回目黒さんをこうしてあげたいな。

 比較すると大人と子供かっつーくらい身長差がある僕がやっても、格好つかないとは思うけど。

 

「……やっぱりさっき、なんか変な事言っちゃってた?」

「……いい、え。く、口には……して、なかった、です」

 

 ぎゅっと、少し痛いくらいに彼女の抱き締める力が強くなる。

 ま、マズい……これもちょっと気持ちいいっすね……。

 どこに逃がすこともできない破裂しそうな想いを、こうやって発露してくれているみたいで、目黒さんへの愛おしさが溢れてくる。

 僕は思わず彼女の大きなかわいい手にキスを落とす。

 ビクリと震えた後に、おずおずと彼女の頭が僕の頭頂部へと降ってきた。

 そうすると黒い髪の幕の中で、僕らは二人きりになる。

 彼女はこれが好きみたいで、最近よくやってくる。たいへん良いですね。僕もはちゃめちゃにお気に入りです。

 

「青海君は……ときどき、どうしようもなく……寂しそう、な雰囲気になり、ます」

「……そう?」

「そう、です。……な、なにが、あったのかは……聞きま、せん……あな、たが……私の顔を、見ないで……くれて、いる、ように」

 

 だからきっといつか……自分から明かしてくれる事を、待っているという事なのだろう。

 しかしこれは、べつに隠しだてするような話でもない。

 

「……たぶん死んだ両親の事を思い出してる時なんじゃないかな、わかんないけど」

 

 変にひっぱって大事みたいにしたくないから、今ここで告げてしまう。

 わざわざみんなに大声でべらべらまくし立てて、お涙頂戴しようとするような話でもないから、言っていないだけだ。

 だって、学校の友達から昔親が死んだ話なんてされても、ちょっと重過ぎるじゃんね?

 

 目黒さんの手が強張り、背中越しに触れる体が固まったのがわかる。

 あぁ、そんなに気にしないで。こうなりそうだから、言ってなかっただけなんだよ。

 僕を囲む腕に、ぽんぽんと一定のリズムで触れる。

 まるで子供をあやすみたいに、寝かしつけるように。

 僕がそうして欲しいように。

 

「なんか劇的な何かがあるわけじゃないし、たぶん探せばよくある話だよ。僕がワガママ言って連休に海へ連れて行ってもらって……その帰りに交通事故に遭った。その時の記憶は無いし、詳しく何があったかなんて覚えてないけど。それをつい思い出しちゃって、そんなおセンチな雰囲気になるのかも」

 

 もうずいぶん昔の……小学生低学年くらいの話だ。

 それは一切の脈絡も無く、暴力的なまでに否応無しな、不幸なアクシデントだった。

 もちろん、悲しいし思い出したら苦しいけど……そんな思い出は誰にでも一つはある。

 これだけ時間が経てば、流れる涙ももう無いし、ただ時折胸が締め付けられる程度。

 それをさ、こんななんか、口に出して誰かに言うなんて、それは……あんまり、良くないかなって思うだけ。

 

 話を黙って聞いていた彼女は、急に僕を抱いたままベッドに倒れ込むと、布団を引っ張り僕ごとすっぽりと覆い被さってしまう。

 おわわわわわ! な、なにごと!? 

 突然の4Dアトラクションからの初めての同衾に、僕は完全にテンパってしまった。

 ヤ、ヤバ過ぎる!! メーデー、メーデーですよ! レバノン料理も食べてないしピトー管は凍ってないがもうダメなのか!? 子供はまだ早いと思います!

 

 

 ……?

 

 

 ……。

 

 

 僕はゆっくりと震える彼女を抱きしめて、背中を優しくさする。

 静かに、音も無く、僕のつむじのあたりが濡れた。

 

 

 呆れ果てた話だけれど。

 こんな自分のために泣いてくれる人がいることに……結果としてあの人たちが救われたような、そんな気分になった。

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