【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【4】 本当は怖い異世界転移

「それじゃあ、行くわよみんな!」

 

 その後、動揺を隠しきれない先生、一気に胡散臭い物を見る目になった委員長、ヒモが何か分かってない鹿伏さん、そもそも変化がわからない黒井さん、と十人十色なリアクションをもらった。

 が、なんとか我に返った先生が「デッ、デッ、デデデデでも! 男子が居てくれて良かったわ! ほら異世界を救うとなると、力仕事やアウトドアが多くなるでしょうし!」とフォローを入れてくれたおかげでなんとか致命傷で済むわけねーだろ。元から無かった社会的地位が本日の十割食らってFATALITYになり死を迎えたが、時は無情に進みそんなこんなも今は昔、僕は死んだが無事荷物持ちやら力仕事係としてパーティーに入れてもらえたのだった。

 めでたくなしめでたくなし。

 

 

 そういうわけでパーティー(仮)を組み、僕らもようやくスタートラインに立った。

 白いレンガで作られた広場の先に、白いレンガで組み上げられた門があった。けして荘厳とも言えない簡素な造りのソレに、けれど僕らは息を呑む。

 誰もが言葉をなくしてしまう神秘性が、確かにそこには存在した。

「うわーすごー! なにこれ、なんで先見えないの!? この白いの乳液!?」

 そうだね鹿野さん、みんながみんなそう感じるわけじゃないよね。多様な価値観が認められるべきだもんね。

 気を取り直して、再び門へ目を向ける。

 僕が縦に二人並んでも入れそうなその門の中で、水面の如き空白が静かに立ち上がって揺れている。ドモホルンリンクルのようだ。ダメだ、もうそうとしか見えない。

 ここに足を踏み出せば、どことも知れぬ場所に辿り着くのだろう。

 そう思うと、今までどこかに潜んでいた感情が、盃から零れるように胸の内で溢れ出した。

 

 自分はこれからどうなるのかという恐怖。

 自分はこれからなにを出来るのだろうという期待。

 自分はこれから何を見て、聞いて、触れるのだろうという好奇心。

 

 全ての思いが、目の前に揺らぐ空白に吸い込まれてゆく。

 それを喪うのが怖くて、思わず手を伸ばした。

 勢い余って空白に触れてしまった指先が、ここではないどこかの空気を感じた時。

 もう後戻りはできないと、何故か分かって。

 

 僕は自らの心を追いかけて、異世界へ足を踏み入れる。

 これから先どうなるか、今の僕にはわからなかった。

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃうううぅぅぅ!」

 

 この声が自分の喉から絞り出された物なのか、それとも横を走る誰かの物なのか、今の僕にはわからなかった。

 

 異世界に来て数分後。

 僕らは絶賛死の恐怖から全速力で逃げていた。

 隣、というか斜め前を見れば、4人とも素晴らしいフォームでダッシュしている。女子より遅いのは成長期の男子としては複雑だなぁ!

 

 異世界に来て初めてやる事が全滅とは、現実のあまりの高難易度設定っぷりに恐れ入るばかりだ。フロムかATLASが作ったろこの異世界。残機1で死に覚えは流石の僕もコントローラー投げて不貞寝しちゃうぞ。

 さっきはなんかちょっとポエミーな事を考えてしまったが、普通に考えてヒモが異世界に来てもただ野垂れ死ぬのが関の山だったのだ。

 

 ぬったぬったぬったぬった。

 

 なんて、”トリモチつき”してるみたいな気の抜けた音が、そんな僕らの背後から聞こえてくる。

 これ、なんだと思う?

 正解はプルーンの苗木でも製菓会社でもない。

 

 もはやバテバテの僕は力の限り走りながらも、肩越しに後ろを振り返る。僕らに差し迫る『ソレ』の姿が、そこには依然と存在した。

 

 まるで中型犬の様なフォルム。角の無い丸い輪郭。草木よりも濃く濁った、薄汚れた緑色の表皮。そして、ぶにょぶにょと波打つ醜悪な質感。

 

 それは、四足歩行スライムの足音である。

 

 パッと見は犬のバルーンアートみたいな感じで、オークやゴブリンなんかに比べれば、よっぽどモンスターらしさは無い。けれど、表面の潰れた虫の死骸や泥の汚れ、刻まれた生物特有の小さな皺、そんなディティールにまで拘った「生き物感」が、僕らに原始的な恐怖を抱かせる。

 そして、その不気味なカートゥーンが、醜い四肢を無秩序に振り乱して追いかけて来たら。

 

 異世界ビギナーな僕らが死を想像するのは、自然な事だった。

 

 とはいえ、死ぬか生きるかの場面に追い詰められ火事場の馬鹿力を発揮したところで、人間は永久機関からスタミナを取得できるわけではない。みんなもなんでか僕より走力があるとはいえ、パーティーの全員が普段から走り慣れていないのは明らかだ。みんなフォームが崩れ始めている。

 あぁ、もう危ないな。

 いつ誰がオチてもおかしくない。

 目の前の光景を見ながら、どこか冷静な頭でそんな風に思っていると、案の定その時がやって来た。

 徐々に腿が持ち上がらなくなってきていたのだろう。そういえば、苦しそうな息も出していたように思う。

 ついに一人。

 足をもつれさせて、盛大にすっ転んでしまったのだ。

 

 

 

 僕が。

 

 マジで言ってんのかお前。

 

 

 

 普通ここは転倒したヒロインを、落ちこぼれ主人公が勇気を奮い立たせ身を呈して庇い女の子の胸がトゥンクと高鳴って恋が始まり、セカイ系に突入して女の子も世界も救って投げっぱなしジャーマンなエンディングを迎えるのが昨今の流行りだろうにいやでもまぁ僕はヒモなので勿論主人公じゃないしこれはセカイ系どころか物語じゃないし目前にはもうスライム犬は近づいてるしあれなんでこんな時間が止まったみたいに

 

 

 ──あぁ、走馬灯か。

 

 

 そうして肉が潰れる音が、異世界の森にこだました。

 

 

 

 

 しかし、想像していた痛みは、いつまで経っても訪れる事はなく。

 キツく瞑ってしまった目の前に、誰かの強い息遣いを感じて。

 僕はゆっくり目を開いた。

 

「……わぁたしの生徒にぃ! 手ぇ出してんじゃないわよ、糞ワン公!」

 

 そこには肩で息をした聖生先生が、その手の槍をスライム犬に突き刺して、僕を庇って立ちはだかっていた。 

 

 僕の胸はトゥンクと高鳴った。

 そんな場合じゃねぇだろ心臓。

 

「せ、せんせ……っ」

「良いから! 立って早く向こうへ! 私もそう長く保たせる自信が無い!」

 

 叱咤のような命令に僕は体を跳ねさせ、ほうほうの体でその場から離れてみんなの元へとたどり着いた。

 振り返ってみれば、先生の持つ槍はズブズブと少しずつ、深くスライム犬の体へ刺さっていっている。

 しかし相手は目も口も無い無貌の化物。槍の刺さった傷口から赤い血も流れ出てはおらず、ただ中身(、、)らしき緑の粘体が零れている。

 

 果たして彼女の攻撃が効いているのか、それとも槍が吸収されつつあるのか、それすらも判別が付かない。

 先生もそう思っているのか、槍を貫くか抜きとるか逡巡しているようだ。いや、あの苦しそうな顔を見るに、力が拮抗し抜き差しすらままならないのかもしれない。

 みんなもどうすればいいか分からず固まってしまっている。

 

 どうにかしなければならない。

 僕を助けて窮地に立たされている先生に、何かしなければいけない。

 いくら人任せで無責任で何もできないボンクラでも。

 そんな当たり前の事だけは、わかっているつもりだから。

 

 でも、僕に、単なる高校生だった僕に、今も武器すら与えられていない僕に、一体何ができるというのか。

 きっと何もできやしないだろう。他の女子より体力すら無くて、結果的にこんな状況を招いているのは事実だ。

 

 けど、それでも。

 

 

 できなくても、やらなきゃダメだろ!

 

 

「先生っ!」

 

 手元に落ちていた石を拾い、振りかぶってスライム犬に向かい投げつける。

 少しでもいい、先生の力になれれば!

 

 そう思ったその時。

 

 石を投げた僕の指先から黄金色に光り輝く何かが放たれ、先生の背中に溶け込んでいった。

 まるで僕の中の何かが、先生に分け与えられたように。

 

 そしてそれに呼応するかの如く、彼女の身体が淡い光に包まれる。

 

「な、なにこれ、力が……っ! あ痛っ! え、なに!?」

 ちなみに投げた石は先生のお尻に当たった。すいません。

 

「よく分からないけど、これなら! ふんんんんんぬううぅぅ……」

 

 先生は腹の底から振り絞るように唸り、深々と突き刺さった槍に力を込めると、スライム犬の足が徐々に地面から離れ、遂には頭より高く持ち上げてしまう。よくわかんねー金属製の槍がミキミキと嫌な音をたててしなり、スライム犬の姿形に見合わぬ重量を物語っている。

 

「ああああぁぁぁっ!!」

 

 そのまま雄叫びと共に腰を捻って、身体ごと回転するように横一閃に槍を振るうと、槍の先に刺さっていたスライム犬は慣性のままに千切れ吹き飛んでゆく。そして直線にも近い放物線を描いて木にぶつかると、汚い水音をたてて爆発四散した。

 

 今度こそ全員が固唾を呑んで口を閉ざし、ピクリとも動かないスライムの欠片を見詰めている。

 そして、30秒か。それとも1分が過ぎてから。

 

「……か、勝てた……の……?」

「……みたいね。はーぁーぁー、なんとかなって良かったよぉー……もう先生、腰が抜けちゃったぁ」

 

 ようやく、僕らは生き延びた事を理解した。

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